空疎創作論破   作:あるぺす

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はじめての創作論破小説です。

▶︎当作品は、ゲームおよびアニメ“ダンガンロンパ”の
 世界観をお借りした創作論破作品です。
 本家作品の設定を元に、独自解釈を多大に加えた世界で
 物語が進行していきます。ご留意ください。


第二話(前編) 【■■の兆し】

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▶︎AM 04:14-ピラミデン-トリグラフ基地出入り口から南に700m地点

 

 

 

夜明け前、生命の気配を感じさせない一面の白い大地。身を凍えさせる風が吹く中を、

重装備に身を包んだ男二人が歩いている。

イタリア国旗が描かれた腕章を身につけている——

ナナレアが指揮官を務める“TDC”の隊員たちだ。

 

彼らも各国の軍や警察組織同様、学園で爆破テロが発生して以降その活動の勢いを

増すばかりの絶望の残党への対処に追われていたが、

つい先日、ようやくローマでの交戦に区切りがついた。ナナレアと安楽襲の不在が響き

不利な戦況であったが、苦境を乗り越え残党たちの無力化に成功した。

 

そして、特務生がピラミデンから戻らないことを不審に思っていた二人が、

自ら捜索隊として現地に赴いた。

本来であればイルヴィアが所属するFimbulや祓戸のMI6など、

特務生と関わりを持つ組織の優秀な面々を揃えて訪れたいところだったが、

そのような人材を割くだけの余裕が彼らにはなかったようだ。

 

前を行くのは、ジラルド・コンテスティ。190cmを超える長身と恵まれた体格を

武器としたパワープレイを得意とする、TDCの中でも古参の隊員だ。

 

そして彼の背中を預かる若い隊員は、ラニエロ・ストルキオ。安楽襲の同期で、

銃器の扱いに長けている。身体つきこそ細いが、しっかりとした芯のある男だ。

 

「指揮官と尊くんたち、見当たりませんね……

無線への応答もないし……何か見つかりました?」

 

双眼鏡で辺り一体を見回していたラニエロが、無線機を操作しながらジラルドに問う。

もう二時間ほど歩いてきたからか、若干の疲労が見て取れる。

 

「あぁ。見つかった」

 

ジラルドが歩みを止め、顎で前方を指す。

ラニエロも並び立ち、彼が指した先に双眼鏡を向けた。

見渡す限りの白の中に、無機質な黒い四角形が顔を覗かせている。

トリグラフ基地の出入り口である鉄扉だ。

 

有事に備えて銃を構え、二人は再び歩みを進める。

 

 

 

 

 

「こんな所に建物があったんですね……」

 

約五分後、トリグラフ基地の出入り口前に辿り着いた二人が

周囲を捜索していると、彼らの足元に何かが投げ込まれた。

500mlペットボトル大の、黒いこれは——

 

「——! ラニ、離れろ!!」

 

その正体に気付き、目を見張ったジラルドがラニエロを突き飛ばした次の瞬間、

投げ込まれた手榴弾が轟音を立てて炸裂する。

吹き飛ばされた彼の身体は基地の鉄扉に叩きつけられ、間も無く絶命した。

 

「先輩……? ……ッ先輩!!」

 

ジラルドの咄嗟の判断により難を逃れたラニエロが、

全身からおびただしい量の血を流し倒れている彼の遺体に駆け寄る。

とめどなく涙が溢れるが、尊敬する先輩の死を悼んでいる暇はない。

手からこぼれていた銃を急いで拾い上げて涙を拭き、

目的を“特務生の捜索”から“襲撃者の発見と殲滅”に切り替える。

 

「………………」

 

耳を澄ませて襲撃者の気配を探る。布擦れの音や、呼吸音。そして——足音。

ラニエロの耳が、背後で小さく鳴った“ざく……”という音を捉えた。

 

無駄のない動きで振り返り銃を構えるが、その銃口の先には誰もおらず、

見慣れた雪景色が広がるばかり。

張り詰めていたラニエロの神経が一瞬弛緩する。

その肩から力が抜けた瞬間を、襲撃者は見逃さなかった。

 

“タン”と、乾いた銃声が鳴り響く。

 

「……アッ——」

 

ラニエロの喉を、一発の弾丸が貫いていた。背後からの発砲だ。反応しきれなかった。

襲撃者の姿を視認できないまま、彼は力なくくずおれた。

 

喉から流れる血が、白い地面を赤く染めていく。

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 04:36-ピラミデン-トリグラフ基地-地下四階

 

 

 

「………………」

 

ジラルドとラニエロの殺害を完了した襲撃者——

コンラートに雇われている中国出身の傭兵、シー・シェンは、二人の遺体を伴い、

鉄扉とは別の出入り口からトリグラフ基地に入り、

自身の雇い主が身を隠している地下四階に訪れた。

最低限の文章量で手短に報告を済ませ、肩に積もった雪を払う。

 

「流石の手際だ、シェン。君を雇って正解だったな」

 

「コンラート。お前の目的が何なのかは知らないが、特務生の子供たちの数を

減らしたいのなら、俺をあの場に放てばいい。なぜそうしない?」

 

シェンの無機質な視線を受け、コンラートはにこやかに答えた。

 

「——いくら優秀な傭兵だからといって、

君に彼らを殺すことはできないからだよ、シェン。

彼らの力は、君や私の想像以上に強大だ」

 

傭兵としてのプライドに傷を付けかねない発言だったが、

しかしシェンは雇われの身、コンラートの所有する武器として、私情を殺して頷いた。

 

「……まぁいい。引き続き警戒を続ける——

『来る者は殺せ、去る者は見逃せ』だったな」

 

「あぁ。よろしく頼むよ」

 

シェンは二人の遺体を床に並べ終えると、踵を返して部屋を後にし、

持ち場である監視塔に向かった。

 

それを見届けたコンラートはジラルドが身につけていた無線機を手早く操作し、

TDC本部との通信を繋ぐ。

 

短いノイズの後、本部に常駐していた隊員の男が応答した。

 

『——おぉ、ジラルドか。どうだ、指揮官たちは見つかったか?』

 

コンラートが、袖口を使ってわざと声を籠らせながら答える。

 

「大丈夫だ。指揮官たちは無事に発見した。コンラートの身柄も拘束済みだ。

ただ、体調が優れない者が何人かいてな。

幸い、大きなホテルの跡地があったから、数日こちらに留まる。

状況が落ち着き次第帰還する。心配はいらない」

 

『……了解。じゃあこっちも頑張るとするかね。

何かあったらまた連絡しろよ。じゃあな!』

 

「あぁ、そうするよ」

 

何もかも——そう、何もかも、筋書き通りに進んでいる。いや、

一点イレギュラーが発生したが……支障はないだろう。

 

——と、コンラートは満足げに口角を上げると、無線機の電源を切った。

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 07:25-トリグラフ基地一階-配電室前

 

 

 

特務生二人が犠牲となった第一のコロシアイから一夜明けた朝。

生存している八人は、ナナレアの招集で一階の配電室前に集まっていた。

 

早くに目が覚めた彼女が安楽襲と二人で見回りをしていた際に、

先日まで施錠されていたこの部屋の鍵が開いていることに気づいた——とのことだった。

 

イルヴィアと安楽襲を先頭に据え、警戒しつつドアを開け放つ——

果たして彼らの眼前に広がったのは、ひどく無機質な光景だった。

唸り声のような駆動音を発するレトロな造りのコンピューターや、

無骨な配電盤が整然と並べられた、決して狭くはない空間。

他の部屋同様に壁も床もコンクリ打ちっ放しだが、不思議と清潔感がある。

これまで目にしてきた基地内施設の中で最も清潔な部屋、と言っても差し支えない。

 

依然警戒体制を解くことなく、部屋の中央付近まで足を踏み入れていく。

全員が部屋に入り、罠や仕掛けがないことを確認した後、

ナナレアの号令で部屋の探索が開始された。

 

刺国を筆頭に、精密機器の扱いが得意な面々が積極的にコンピューター、

並びに配電盤について徹底的に検分していく——

が、どこも強固なロックが掛けられており、探索は難航した。

 

 

 

▶︎AM 07:47

 

 

 

然る後に、シーナが配電盤の一部に操作可能な箇所を発見した。

操作盤に刻まれている文字から察するに、エレベーターを動かす為のものだろう。

 

「ナイスだシーナ。あとはオレに任せときな」

 

「気をつけてね、自爆スイッチかもしれないから」

 

シーナの冗談に苦笑しながら刺国が場所を代わり、

スマートな手つきでボタンを操作する。

すると、B1からB4まであるうちの“B1”……地下一階を示す文字盤の上にあった

ランプが点灯した。と同時に、部屋の外——エレベーターがある方向から、

ガシャリという重い音が聞こえてくる。刺国の操作によって、

エレベーターの昇降機能が(地下一階までではあるが)復旧したことを示していた。

 

刺国が皆と顔を見合わせ、続いて地下二階への昇降機能の復旧を試みるが……エラー。

二、三度挑戦するも、ランプは点灯しないままだ。

 

「やぁ。手こずってるな」

 

しばし思案していると、ふいに配電室のモニターの電源が入り、

暗い室内でパイプ椅子に腰掛けているコンラートが姿を現した。

先日の学級裁判以来の対面である。

皆一様に、険しい表情でモニターを見据える。

一体今度は、何を仕掛けようというのか……。

 

「コンラート。この部屋の鍵を開けたのはお前か?」

 

鴉座がつと前に出て問い掛けた。対するコンラートは

「あぁ。昨日の夜にな」と頷き、続ける。

 

「そしてその操作盤だが、学級裁判を一度突破するごとに、

下の階層への昇降機能の復旧が可能となる仕組みになっている……

まぁ、私の遠隔操作によってな。

操作盤を見れば分かる通り、この基地は地上一階、地下四階建てだ。

そして私はその最深部、地下四階にいる。さて……」

 

コンラートは滔々と説明を行いながら身を乗り出し、画面に顔を近づけてくる。

八人を見つめる灰色がかった青い瞳が、どこまでも落ちてゆく仄暗い洞穴のようだ。

 

「君たちは、私を捕まえに来たんだろ? ならば来るがいい。

“やること”をやれば、すぐに……私に辿り着けるぞ」

 

“やること”——それはすなわち、先日彼らが経験した、殺人、捜査、学級裁判……

そして、処刑。“コロシアイ”……である。

言葉の意味を全員が理解し、冷たい緊張感が場を支配する。

暫しの沈黙の後、口を開いたのは刺国だった。

 

「遠隔操作か……クソ、祓戸がいれば——」

 

その名前の登場に、鴉座をはじめ一同がぴくりと反応した。

彼らの脳裏に先日の裁判、そして凄惨極まる処刑の様子が克明に再現され、

その表情にはより一層影が差す。

 

「確かに、彼女の知識と……刺国。君の技術があれば、

あわよくば……私の遠隔操作を解除し、

コロシアイをスルーして私の元に辿り着くこともできたかもしれないな。

だが、それは不可能だ。彼女は……祓戸蒐子は、もう死んだ——“予定通りに”な」

 

コンラートの結びの言葉に、思わず八人の顔が強張る。

眉間に皺を寄せた鴉座が、コンラートに詰め寄った。

 

「どういう、意味だ……?」

 

「そのままの意味だよ。“祓戸が最初の事件を起こし、

クロとして処刑される”というのは、私の計画の一環、既定路線というやつだ。

彼女の工作員としての才能は厄介だからね、早い段階で排除しておきたかったんだ」

 

「………………」

 

唐突に明かされた新事実に一同が言葉を失う中、イルヴィアが一つの疑問を投げ掛けた。

 

「では、私たちがこの基地に来て最初に見せられた、あの映像はなんだ?

あれは……あれは、私の動揺を誘い、殺人を誘発する為のものでは——」

 

コンラートが、思わず口角を上げた。

 

「……隊長。私はそれなりの期間を、未来機関で過ごした。

故に、君たち特務生についての資料にも目を通している……

経歴や功績、倫理観や人間性も把握している。

その上で、私はこのコロシアイを計画した」

 

パイプ椅子から立ち上がり、続ける。

 

「あの映像は確かに、殺人を誘発し、

コロシアイを始めさせることが目的で用意したものだが——

隊長、君があの場で“間違い”を犯すほど愚かでない高潔な人物であることは、

私もよく知っている。ではあの映像は、誰をターゲットにしたものだったのか——」

 

「……祓戸、か」

 

鴉座の小さな呟きに、コンラートは満足げな笑みを浮かべる。

 

「その通り。あれは、彼女が兼ねてより鴉座に抱いていた敵意を増幅させ、

殺意へと変じさせる為のもの。資料によれば祓戸は、

一名を除く特務生の面々を大層尊敬していたそうだ。その尊敬する仲間の家族を、

自身が敵対視している鴉座が殺害する映像を見せられれば——やることは一つだろう?

まぁ彼女は、鴉座のことを擁護している君たちのことも、

皆殺しにしようと画策していたわけだが……」

 

再びパイプ椅子に腰掛け、ほうっと息を吐いてから続ける。

 

「目論見通り、彼女は殺人を犯し……そして学級裁判を経て、

クロとして処刑された——が、一点、想定外があった。

彼女に殺されたのが鴉座ではなく……傷橋だったという点だ。

まぁ結果的に祓戸という脅威は排除できたから、さほど問題ではないがね」

 

「………………」

 

「そんな顔をするなよ鴉座。

私も彼女の——傷橋の死を、悲しく思っている……本当だ。

彼女は予定外の犠牲だった。本来の予定では……

祓戸が君を殺し、学級裁判を通して傷橋がその才能を遺憾なく発揮し、

犯人の正体を暴くはずだった。祓戸同様、君の捜索者としての才能も、

この基地からの脱出においては強力な武器になり得るからね。

最初のコロシアイで、君と祓戸の二人を封じておきたかったんだ」

 

だが、鴉座は今もこうして生きている。傷橋が祓戸の殺意に気付き、

彼を守る為に行動を起こし、命を落とした結果として。

本来であれば、自分が犠牲になるはずだった。

むしろ、犠牲になるべきだった……とさえ思う。一度絶望に堕ちた身である自分は、

どうあれ周りを不幸にしてしまう。

 

いっそ——

 

「……大丈夫か?」

 

心が黒に堕ちかけていた鴉座の肩を叩き、イルヴィアが心配そうに尋ねる。

見ると、他の皆も同様の視線を彼に向けていた。

頷いて応え、モニターの方に向き直ると、コンラートと目が合った。

男は冷ややかに微笑みながら、一同に向け告げる。

 

「ここでの話はこれで終わりだ。さて——聞かれる前に答えておくが……

次回以降のコロシアイに、私が直接介在することはない。

安心してくれ——どうあれ拾った命だ、大切に使うがいい。ではまた」

 

モニターがブラックアウトし、配電室は再び無機質な駆動音のみが響く空間と化した。

 

判明した事実としては、コンラートの居場所がこの基地の最深部であることと、

そこに辿り着くためにはやはりコロシアイ——

殺人とそれに伴う学級裁判を避けて通る道はない、ということ。

そして、先日の事件において祓戸が加害者となることは、

コンラート本人によって、あの映像を含め、全て仕組まれていたものだった……ということ。

 

ただ一つ、彼女に殺害された人物が鴉座ではなく傷橋であったという点を除いて。

 

「——地下に行ってみよう」

 

深呼吸の後、覚悟を込めた鴉座の号令で、一同は配電室を後にした。

 

 

 

 

 

▶︎AM 07:51-イタリア-ローマ-TDC本部庁舎

 

 

 

「——で、ジラルドたちの様子は?」

 

ジラルド……を装ったコンラートとの通信を終えたTDCの古参隊員、

リベリオに、同じ部屋にいた同僚の男——

安楽襲の一年先輩にして教育係だった若い隊員、ピエトロが声を掛ける。

リベリオは無言のまま立ち上がると、

呑気にコーヒーを飲んでいる彼に近づき神妙な面持ちで答えた。

 

「恐らくもう手遅れか、そうでなくとも危険な状況だろう。

さっきの通信越しの声……僅かだがドイツ訛りがあった。

ジラルドでもラニエロでもない、他の誰か——例の爆破テロ犯だろうな」

 

話を聞いたピエトロがコーヒーを置き、小さくため息をつく。

そして目線をカップに落としたまま、口を開いた。

 

「コンラート・ヘルターか。じゃあもしかすると……指揮官や尊たちも?」

 

「厄介なことに巻き込まれている可能性は高い、と考えるべきだろうな……」

 

不安と後悔を募らせた声色で答える。

指揮官たちがピラミデンに向かうと知らされた時、一声掛けていれば……。

側にあった椅子に腰掛けて俯く彼の肩に、ピエトロが手を置いた。

 

「——助けに行きましょう」

 

「そうしたいが……うちの隊員たちは残党の連中の対処で手一杯だぞ。

他の組織に応援を乞おうにも——何かいい案でもあるのか?」

 

不安げな声に、しかしピエトロは不敵に微笑んだ。

リベリオの肩から手を離し、携帯を操作しながら口を開く。

 

「確かに今の世界、この状況で、協力を頼めるような組織はほとんどない。

警察にも軍にも頼れない。“善い奴ら”はみんな忙しいですからね……

だったら誰に力を借りるか——」

 

「…………?」

 

怪訝な顔のリベリオの目を見て、ピエトロが言い放った。

 

「——“悪い奴ら”ですよ」

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 08:14-トリグラフ基地-一階エレベーター前

 

 

 

配電室を後にした一行は、

先ほど昇降機能を復旧させたエレベーターの前に集まっていた。

 

「じゃ、行こうか」

 

蓮仰が地下一階への行き先ボタンを押すと、年季の入った駆動音が鳴り響き、

八人の足に振動が伝わってくる。

ドアが開くと、鴉座が先陣を切って中に乗り込んだ。

後に続いて他の皆も乗り込むと、エレベーターは降下を開始した。

 

「…………」

 

金属が擦れる無機質な音が響く。誰も言葉を発することのないまま、約一分が経過した。

 

大きな振動と共にエレベーターが降下を終え、ゆっくりとドアが開く。

 

「——ん、着いたっぽい」

 

「行きましょう」

 

シーナとナナレアの言葉に先導されるように、

一同は暗く広い地下一階のフロアへと降り立った。

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 08:16-トリグラフ基地-地下一階-???

 

 

 

「んー……お、あった」

 

蓮仰が手探りで照明のスイッチを入れ、地下一階フロアの全貌が明らかになる。

巨大なスチール棚がいくつも立ち並ぶその光景は、さながら都会のビル街のようだ。

棚の中にはファイルや箱の類がいくつも並べられている。

どれも埃を被っており、これらの棚には長い間手が付けられていないことを示していた。

 

「“reference room”……“資料室”か。では、指揮官」

 

安楽襲が照明のスイッチの上部に設られていたプレートに刻まれた文字を読み上げ、

ナナレアに目配せをする。

 

「そうね。それじゃあ皆、早速探索を始めましょう。

“何か”あったらいけないから、二人一組で。

もしも危険な物を見つけたらすぐに報告してね——じゃ、始めましょう」

 

ナナレアの号令を合図に、一同が散開する。

 

「………………」

 

“何か”という一言に込められた意味に思いを馳せ、鴉座の表情は僅かに曇っていた。

 

 

 

 

 

 

「ひどい埃だな……」

 

言いながら、鴉座とペアを組んだイルヴィアが手近な所にあった棚の中から

ファイルを一冊取り出してページをめくる。

綴じ込まれていたのは、おそらく第二次大戦中に行われていたであろう、

何らかの研究開発に関する資料の類だった。

難解な専門用語ばかりが並んでいる。もっぱら戦闘の専門家である

イルヴィアは頭に疑問符を浮かべるばかりだが、

狗縊や刺国に意見を乞えば何らかの手掛かりになるかもしれない。

 

イルヴィアがシーナと共に近くの棚を探索していた狗縊を呼び寄せ、

手に取った資料を渡して見せる。

 

狗縊は一通り目を通すと、プロフェッショナルに答えた。

 

「詳しいことは私にも分からないけど……確実なことは、1999年頃から、

この基地で何らかの生物学的な実験が行われてたってこと。

この辺の記述からして、マインドコントロールとか、そっち系の」

 

「マインドコントロール……やっぱり、上の研究室にあった資料とも関係が?」

 

「あるだろうね。相当大掛かりな研究だよ、これ……」

 

鴉座の質問に答えながら狗縊がファイルをイルヴィアに返し、他の資料を引っ張り出した。

ハードカバーのそれを開いて読み進めていくと、終盤あたりで彼女の手が止まった。

 

「…………やば」

 

「ん、どうした?」

 

心配げなイルヴィアの声に、険しい顔で答える。

 

「——二人さ、“MKウルトラ計画”って知ってる?」

 

MKウルトラ計画。

1950年代初頭から1960年代末まで行われていたとされる、

CIA科学技術本部による極秘実験。

その目的は“マインドコントロールの効果の立証”であり、

被験者の合意がないままの薬物投与をはじめとする各種非人道的な実験を繰り返し、

多数の被験者に重篤な被害をもたらした。他にも多数のサブ計画が存在したとされているが、

1973年に計画に関する資料がほとんど破棄されており、

その実験や計画の全貌は未だ不明な点が多く残されている。

 

「MK……? 俺はあまり。イルヴィアは?」

 

「まぁ、一応は。確か……第二次大戦後に行われていた、

CIAの極秘実験だったか。でもどうして、その名前が?」

 

「この資料によると、さっきのマインドコントロール関連の実験の前身に、

MKウルトラ計画が関わってるらしいんだよね。まぁ、“だから何”って話ではあるけど……

もしかしたら——」

 

ファイルを閉じ、一呼吸置いて続ける。

 

「もしかしたら、私たちの敵は……想像以上に大きいのかも」

 

「よう、なんか見つかったか?」

 

神妙な面持ちの三人に、蓮仰と一緒に探索をしていた刺国が声を掛ける。

その手には何やら大きめの紙の束が携えられていた。

目元を擦りながら、鴉座が答える。

 

「まぁ、一応はな……そっちは?」

 

「大漁とは行かねーが、それなりのレア物ゲットだ。

この基地が建てられた時のモンだろうな。詳しい建築図面だ」

 

言いながら、紙の束から何枚かを広げて見せる。

そこにはこのトリグラフ基地の部屋割りや壁の厚さ、

各種ケーブルや配線の設置図が記されていた。

一同の個室がある地上階から、コンラートが潜伏しているという地下四階まで、

全てのフロアの建築図面が揃っている。

 

「これ……結構使えるんじゃない?」

 

「奴が改装を行っている箇所も少なからずあるだろうが……もしかすると、

脱出の糸口になるかもしれないな」

 

狗縊、イルヴィア両名の顔に明るさが戻る。

刺国も満足げに微笑んで三人と別れ、蓮仰と合流し探索を再開した。

 

「さて、じゃあ俺たちももうひと頑張りするか」

 

「あぁ」

 

鴉座が背中をぐぐっと伸ばし、再び棚に向かい合う。

イルヴィアもそれに倣い、狗縊はシーナの元へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 08:58-ピラミデン-トリグラフ基地一階-共有スペース

 

 

 

資料室の探索を一通り終えた一同は、ひとまず共有スペースで腰を落ち着かせつつ、

探索結果の共有と今後の方針についての話し合いを始めた。

ただし、鴉座とイルヴィアが件の研究資料以外に見つけたものといえば、

第二次大戦当時の旧ソ連軍の人事や兵器の管理に関連する資料ばかりで、

他に目新しい発見はなかった。

それ故に自然と、話題は研究資料の内容と、

その前身にあったとされるMKウルトラ計画。

そして、刺国が発見した基地の建築図面についてとなる。

 

安楽襲とシーナが各々の名前が書かれたペットボトルを配り、皆が喉を潤す。

埃っぽい空間にいた分、飲む量も自然と多くなっていた。

 

「——んで、そのMKなんたらっつー計画が、な、なんだっけ……?」

 

先刻ナナレアからMKウルトラ計画の凄惨な詳細を一通り聞いた刺国の顔色が、

心なしか青ざめている。声色も弱々しい。

 

「だから、この基地で進められてたんだか進められてるんだかしてる研究に、

その計画が関わってるかもって話。はいあーん」

 

「ゔぁ……」

 

隣席のシーナがドライフルーツを食べさせ、刺国の顔色が幾ばくかマシになる。

そんなやり取りを横目にイルヴィアがやおらに立ち上がり、何やら考え始めた。

 

「資料にあった研究が仮に現在進行形のもので、

それにコンラートが関わっていた、もしくは奴の主導によるものだったとしたら……」

 

イルヴィアの呟きに、鴉座が合わせる。

 

「——このコロシアイも、その研究の一環だと?」

 

無言で頷く彼女を見て、ナナレアが口を開いた。

 

「そうだと仮定して、じゃあ——コンラートの目的って?」

 

「分からない。判断材料が少なすぎる」

 

腕を組み直して言い切った鴉座に、ナナレアも「仕方ないか……」と肩をすくめた。

いくら“超高校級の捜索者”といえど、

手掛かりもなしに目的や答えに辿り着くことは至難を極める。

 

 

 

 

 

 

「——それで、為澄が見つけたって言う建築図面だけど……」

 

気を取り直して、ナナレアが刺国に水を向ける。

彼は「あー、そうだった」と姿勢を正すと、

資料室から持ち帰っていた件の図面をテーブルの上に広げた。

 

「これとこれが地上階と……この階の図面で、

残りのこれが地下二階、三階、四階の図面だ」

 

図面を広げ終わると、皆がそれを囲むように集まってきた。

未だ見ぬ地下二階から四階の建築図面には部屋割りこそ記されているものの、

どの部屋がどのような役割を果たしているか、までは判明しなかった。

 

「こっちはこっちで、情報量が少なすぎるね……」

 

——と、頬杖をつく蓮仰の脇から手を伸ばしたシーナが図面の一枚を手に取り、

何やら検分を始める。“超高校級の義賊”の肩書きを持つ、

建造物への侵入及び脱出のエキスパートである彼女であれば、

この手掛かりの少ない図面からでも何かヒントを得ることができるのかもしれない——

 

すると、皆の期待が込められた視線にあてられつつ検分を終えたらしいシーナが、

無言のまま唐突にペンを取り出して図面を裏返し、

白紙の部分にサラサラと何かを書き記し始めた。

 

「ん、シーナ、何して……」

 

狗縊を目線で制すと、シーナは監視カメラの方を気にしつつ、

図面の裏に書いたものをさりげなく皆に見せた。そこに記されていたのは——

 

『うまくいけば、コロシアイのルールを無視して全員で脱出できるかもしれない』

 

「………………!」

 

皆が思わず目を見合わせる。なるほど、確かにこの内容は、声に出すべきものではない。

ナナレアが空いたスペースにペンを走らせる。『でも、どうやって?』

それを見たシーナは再びペンを手に取り、先の文言の下にこう書き加えた。

 

『EMP』

 

——有体に言えば、“電磁パルス”のことである。

彼女はそれを、全員での脱出手段として採用する心算らしい。しかし、どうやって?

 

刺国が「マジ?」と言う顔でシーナを見る。彼女は自信ありげに、

しかし緊張感を保った表情で強く頷いた。

 

話が大きく動き、本格的な検討のために筆談で話し合いを——

という空気になったのも束の間。共有スペースのモニターにノイズが走る。

一気に場の緊張感が高まり、一同がモニターに注目する。

そして数秒のノイズの後に、忌々しくも見慣れた顔——コンラートが現れた。

 

 

 

 

 

「——やぁ。芳しくない……という風な顔だな?」

 

「……まぁな。今度は何の用だ」

 

平静を装いつつ警戒心を剥き出しにした鴉座の視線をさらりと受け流し、

コンラートはつらつらと話し始めた。

 

「今日は君たちに、とある映像を見てもらいたくてね。まぁ……そうだな。

“次の殺人の動機”というやつだ。前回見せた映像は、君たちに……

というか祓戸にコロシアイを“始めさせる”ことが目的だったが——

今回見せるのは、君たちにコロシアイを“続けさせる”ためのものだ」

 

「続けさせる? そりゃどういう意味——」

 

身を乗り出す刺国を無視し、

コンラートは有無を言わさず映像の放映を開始した。即座に画面が切り替わる。

 

 

 

 

 

 

「——まずは、ワシントンD.C.」

 

コンラートのナレーションと共に映し出されたのは、

暴徒——絶望の残党によって破壊の限りが尽くされた、大きな商業誌施設の監視カメラ映像。

所々から火の手も上がっており、フロアの出入り口には逃げ惑う人々が鮨詰め状態になっている。

常駐しているはずの警備員の姿はなく、完全な無法地帯と化していた。

 

「次に、アムステルダム」

 

映像が切り替わり、今度はオランダ・アムステルダムの市街地。

こちらもワシントン同様に荒廃の様相を呈しており、

とても政府や警察が機能しているようには見えない。

例の爆破テロ事件以降、どれだけ絶望の残党が力を増しているかを表している。

 

「そして……」

 

パリ、シドニー、新宿、リオ・デ・ジャネイロなど、

世界の主要都市の学校や商業施設、駅などが完膚なきまでに破壊され、燃やされ、

人々が嘆き苦しんでいる様子が次々と映し出されていく。

どれも監視カメラや、一般市民が撮影しインターネットに投稿したもの、

報道機関のカメラによって撮影されたものだった。

中には酷く痛めつけられた遺体が映し出される場面もあり、目を背ける者もいた。

蓮仰や狗縊は慣れ親しんだ土地の変わり果てた姿を見て、

すっかり意気消沈してしまっている。

 

放映を終了し、再び画面にコンラートが現れる。

 

「……見ての通り、これが世界の現状だ。心の拠り所である“希望”たる彼、

そして君たち特務生を失い……不完全洗脳による国政機能の麻痺をいいことに、

絶望の残党たちは勢力を拡大。つい先日、中東から一つの国が消えた。

大国で国家間戦争が勃発するのも、時間の問題だろうな」

 

「そんな、ことが……」

 

「………………」

 

安楽襲が思わず声を漏らす。隣席のナナレアは、努めて冷静だ。

そんな彼女を見て、コンラートが不気味に微笑む。

 

「指揮官。人々は、君たちの帰りを待っている。急いだ方がいい。

今はまだこんな“ボヤ騒ぎ”だが、いずれ……取り返しのつかない事になる。

戦争がマシに思えるほどの——“悪夢”にな」

 

「学園長は……無事なのか?」

 

イルヴィアの呟きにコンラートが頷き、続ける。

 

「当然だ。彼には——“生きていてもらわないと困る”」

 

「……?」

 

その発言に、鴉座の眉がピクリと反応する。

 

「——どうあれ、君たち次第だ。このまま壊れていく世界から目を背け、

この基地の中で限りある生を謳歌するか……

仲間を殺して学級裁判を勝ち抜き、外の世界へと繰り出して、

人々を……世界を救うか。私はどちらでも構わないが……健闘を祈るよ、

優秀な次世代の希望——特務生の諸君」

 

そう言って、コンラートはモニターから姿を消した。

間も無く画面はブラックアウトし、重い静寂が訪れる。

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 09:26

 

 

 

沈黙を破ったのは、蓮仰の上ずった声だった。

 

「は、早く……早くここから出ないと。早く……!」

 

普段の姿からは想像もできないほど焦燥した彼の肩を、ナナレアがぐっと押さえる。

そして目線を合わせ、彼を——

自分を含めたこの場にいる全員を落ち着かせるように、こう説いた。

 

「落ち着いて想慈。ショックだったのはわかるけど、ここで動揺していては、

コンラートの思う壺よ。一度冷静になって——」

 

言い終わろうとしたところで改めて皆の顔を振り返り、続ける。

 

「——これからどう動くべきかを考えましょう。

一刻も早く、皆でここから出るために。そして……

あんなことになってしまった世界を、救うために」

 

「………………」

 

蓮仰は無言で頷いて水を一口飲むと、弱々しい声でゆっくりと話し始めた。

 

「ごめん、ナナレア……さっき見せられた、荒らされた新宿の映像……

あそこにマヤ——あぁ、ボクの恋人の家が、映ってたんだ。

だから、取り乱しちゃって……ごめん。冷静にならないと、だよね……」

 

彼の語った内容に一同が押し黙る。

隣席の刺国が優しく肩に手を置き、真剣な眼差しで頷いた。

言葉こそないが、蓮仰の心を落ち着かせるにはそれで十分だった。

 

「蓮仰……」

 

鴉座が小さく呟く。もし傷橋が生きていれば、

今の彼に必要な言葉を掛けてあげることができただろう——

と、彼女の死を、不在を改めて自覚する。

 

ややあって、件のEMPを用いた脱出作戦についての話し合いのため、

シーナが建築図面をまとめ始めた。

狗縊は依然として険しい表情のままで、イルヴィアもどこか落ち着かない様子だ。

 

「指揮官」

 

シーナの補佐をしていたナナレアに、安楽襲が声を掛ける。

 

「どうしたの?」

 

「話し合いの前に、少しよろしいでしょうか——

先ほどの映像について、一つ気になることが」

 

やや張り詰めた彼の声色に、他の面々も耳を傾ける。

 

「……話してみて」

 

ナナレアに促され、安楽襲が訥々と語り始めた。

 

「我々が置かれているこの状況——このコロシアイは、

指揮官の見立てでは、学園長たち78期生がかつて経験したそれの再現……とのことでしたが」

 

「えぇ」

 

「あのコロシアイの目的は、希望ヶ峰学園の生徒が殺し合っている姿を全世界に中継し、

外の世界の“希望を諦めきれない人たち”——言わば“希望の残党“を絶望させることでした。

そのために彼女……“超高校級の絶望”は、電波ジャックを行っていたはずですが、

先ほどの映像に映り込んでいた街頭ビジョンの類を見る限り、

我々の姿が放映されている様子はありませんでした」

 

「よく見ていたな……」思わず、イルヴィアが声を漏らす。

 

「このコロシアイが、過去に起きたものの再現、模倣だとしたら……

この基地内部の様子もどこかに中継されていると考えるのが妥当でしょう。

しかし恐らく、外の世界への放映は行われていない。

当然、コンラートがそこまで大規模な設備や技術を有していないだけ、

という可能性も考えられますが……設置されている監視カメラの台数からして、

少なくともこのコロシアイを“誰かに見せる”という点は、

踏襲しているものと考えるべきかと」

 

「長々と申し訳ありません」と結び、安楽襲が話し終えた。

 

この基地でのコロシアイの様子が全世界に中継されている可能性は低いが、

少なくとも“誰かに見せる”という目的はあるだろう——というのが彼の考えだった。

では、その誰かとは……。

 

「このコロシアイを見せたい相手……か。まぁ、考えられる可能性と言えば——」

 

顎に手を添えながら、ナナレアが鴉座に視線を移す。

彼も考えていることは同じなようで、彼女の言葉を引き継ぐ形で口を開いた。

 

「……あぁ、学園長だろうな。さっき奴が言っていた

“彼には生きていてもらわないと困る”という言葉にも説明がつく」

 

無論、暫定ではあるが……

彼らは、このコロシアイの真相、目的の一つに辿り着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 09:48

 

 

 

「じゃあ改めて……始めよっか。例の話……想慈、大丈夫そう?」

 

シーナが建築図面とペンを用意しながら音頭を取る。

多少顔色が戻った蓮仰が「あぁ」と答え、例の話——

EMPを利用した全員での脱出作戦についての(筆談での)話し合いが始まった。

発案者であるシーナが文字で語るところによれば、作戦はこうだ。

 

まず、現在八人全員が所持しているスマートフォンなどの電子機器を分解し、

応用可能な部品をピックアップして集める。この作業及びEMPの製作は、

主に刺国が担当することになる。

次に軍事兵器に関する知識に長けたナナレアとイルヴィアの主導で製図を行い、

刺国のナノメタル・デバイスでフレームやコイルなどのパーツを構築する。

そして地上階の倉庫に備蓄されていた工具の類も使用しつつ、

時限式で電磁パルスが一方向に射出されるように組み立てを行う——

というのが、作戦実行にあたっての事前準備だ。

 

ここまでの内容に皆からの異論はなく、話はつつがなく進められてゆく。

準備が終われば、次は実行だ。

シーナがイラストを交えながら説明した作戦実行の流れは、

次のような、ごくシンプルなものだった。

 

この基地の配電室の床、その中央部分から下の階に向けて

電磁パルスが射出されるようEMPを仕掛け、タイマーをセットする。

地下四階から配電室の設備を遠隔操作しているという

コンラートが使用している機器を、多少の位置のズレはあれど狙い撃ちするためだ。

仕掛け終わったら、すぐに出入り口の鉄扉へ。

EMPが起動して基地内部のシステム系統がダウンすれば、

扉のロックも外れるだろう、という算段だ。

もし解除に失敗したとしても、少なくとも監視カメラの機能を落とすことはできる。

システムが復旧する前に全員で力を合わせ扉を破壊すれば、

ルール違反への抵触を回避しながら全員で脱出することができるだろう。

確かに危険を伴うが、基地内部のシステムがダウンしている以上、

コンラート自身も外部との連絡を取ることはできない。

つまり、エディに学園長の殺害を命じることもできないから心配はない……

というのが、シーナの発案した脱出作戦の全容だった。

 

多少意見が対立する場面もあったが、最終的には全員が納得し、

ナナレアの賛成票によってこの作戦は採用された。

紙とペンの擦れる音が止み、筆談での話し合いが終了する。

 

 

 

▶︎AM 11:53

 

 

 

気づけば、筆談開始からおよそ二時間が経過していた。

 

「——じゃあ、そいう手筈で」

 

一纏めにした建築図面を刺国に手渡し、シーナがぐいっと伸びをする。

 

「OK。かなりの大仕事になりそうだけど……へへ、やってみっか!」

 

刺国が威勢よく席を立ち、他の皆も釣られて立ち上がる……が、

やはり蓮仰、そして狗縊は、未だ全快というわけではないようだった。

そんな二人の横顔を見たイルヴィアが、一同に一つ、提案を持ちかけた。

 

 

 

 

 

 

「戦闘訓練……?」

 

鴉座が反復した言葉に、イルヴィアが頷く。

彼女の提案とは、脱出作戦の遂行にあたり、

今この場にいる八人の中で戦闘経験の浅い、またほとんどない面々——

つまりシーナ、刺国、鴉座、蓮仰、狗縊に、

“有事の際”に備えての戦闘訓練を施しておこう、というものだった。

先述の作戦、その最終段階においてトラブルが発生してコンラートとの

交戦を余儀なくされたり、もしくは脱出後に基地の外で彼の仲間と

会敵した場合に備えておくべきだ——

というのが、彼女の主張だ。確かに、筋は通っている。

思わぬアクシデントに見舞われても、全員が全員を援護できれば生存確率は格段に上がるだろう。

 

——といった内容の説明を一通り聞いた五人はの反応はというと……。

 

「いいね、賛成」

 

「オレもいいぜ。身体が鈍ってきたトコだったしなぁ」

 

「あぁ、是非頼む」

 

「……そう、だね。もしもの時に、足を引っ張るわけにはいかないし」

 

「はぁ……あんま気分乗らないけど、必要なら仕方ないか。分かった」

 

乗り気でない者もいるが、全員が参加を表明した。

 

「ありがとう。それで指南役だが……まぁ当然、私とナナレア、

安楽襲が務めさせてもらう。二人共、構わないか?」

 

「えぇ、もちろん」

 

「委細承知した。手加減してやれるかどうかは、分からんがな」

 

尊が冗談を言うなんて珍しい——という表情で、ナナレアが彼の方を見る。

不慣れな冗談による不慣れな笑顔が、余計に不気味だ。

 

「では早速始めようと思うが……シーナ。“アレ”には、いつ取り掛かる?」

 

「そうだね……今日はとりあえずブツを作るところまでできればいいかな。

だから任せるよ、時間は。訓練が終わって一休み挟んだら始めよう」

 

シーナがイルヴィアの質問に答えながらストレッチをこなす。

他の面々もテーブルを共有スペースの端に寄せるなど準備を進めていた。

 

 

 

 

 

 

▶︎PM 12:27

 

 

 

各自ストレッチとスペースの確保を終え、戦闘訓練の準備が整った。

イルヴィアが戦闘服の袖をまくり、五人の前に立つ。

 

「さて、組み分けはこうだ。ナナレアが刺国とシーナ。

安楽襲が諒名。そして私が、蓮仰と狗縊を担当する。

基本から実践までを流れで行い、最終的には五人総当たりで

組み手をしてもらう。特に合否は設けないから、リラックスして臨んでくれ。

外の世界が心配で気持ちが逸ってしまうこともあるだろう。

私もそうだ……だが、どうか冷静に。

時間は掛かるかもしれないが、確実に段階を踏んでいけば……

私たちは必ず全員でここを出られる。そして大切な人を——世界を救いに行こう」

 

一度区切り、鴉座を一瞥してからイルヴィアが続ける。

 

「——焦るなよ。二度と……二度と、犠牲を出さないために」

 

ナナレアを始め、一同がその言葉に強く頷いた。それを見て、彼女もまた頷く。

 

「よし——では、始めようか」

 

イルヴィアがタクティカルベストを脱ぎ捨て、訓練の開始を宣言した。

 

 

 

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