空疎創作論破   作:あるぺす

7 / 12
はじめての創作論破小説です。

▶︎当作品は、ゲームおよびアニメ“ダンガンロンパ”の
 世界観をお借りした創作論破作品です。
 本家作品の設定を元に、独自解釈を多大に加えた世界で
 物語が進行していきます。ご留意ください。


第二話(後編) 【血、死臭、硝煙】

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

▶︎PM 18:22-イタリア-ローマ-TDC本部庁舎

 

 

 

すっかり日が暮れ、人気もほとんどなくなたイタリア・ローマの郊外。

“超高校級の指揮官”ナナレア・リメスの本拠である

TDC(トゥオーノ・ディフェンサーズ・コープ)の本部庁舎は、

血と死臭、そして硝煙に満たされた、惨憺たる殺戮の現場と化していた。

 

正面玄関、通路、駐車場——敷地内のあらゆる場所に、隊員たちの死体の山が築かれている。

 

庁舎各階のフロアも同様だ。壁や床を赤黒く染めているのは、殺害された隊員たちの血液や臓腑。

悪趣味なスプラッター映画のような光景が、そこかしこに広がっていた。

 

 

 

 

 

 

本部庁舎2階。

 

折り重なった死体と倒れた棚などで足の踏み場もないフロアに、

スーツと黒いコート姿の女性が1人と、

黒ずくめの戦闘服に無機質な黒い仮面を着用した男が数名、佇んでいた。

いずれも、大小様々な銃やナイフなどの武器をその手に構えている。

 

「——————、———?」

 

「——————!」

 

くぐもった声で男たちの口から発せられているのは、ナワトル語。

かつてメソアメリカ一帯で共通語として使用され、

現在のメキシコの公用語の一つでもある言語だ。

 

「そうだな、電話線も切っておけ。生き残りに出くわしたら殺しておくように」

 

「——————、———!」

 

男たちに短く指示を飛ばす黒コートの女性——名前は、九道集子(くどうつどうこ)

 

彼女は難解なナワトル語に対し流暢に答え指示を出すと銃をしまい、

ポケットからスマートフォンを取り出してしゃがみ込む。

 

足元に転がっている死体の胸元のネームプレートに付着した血液を指で拭き取ると、

その死体の写真を撮影し始めた。

 

1枚、2枚と——

 

どちらもその顔とネームプレートが画角に入るような構図で、別々の死体を写真に収める。

 

 

 

『Liberio Scavino』

 

『Pietro Magrini』

 

 

 

写真に収められた死体のネームプレートには、ピラミデンに向かって以降音信不通状態のままの

特務生たちを捜索すべく動いていた、2人の隊員の名前が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

「———、——————」

 

「———! ——————?」

 

撮影を終え立ち上がった九道に、男たちがいくつか問い掛ける。

 

「……あぁ、そのことか。

心配はいらない、彼女は少し遅れて来るそうだ——ん、噂をすれば……」

 

九道と男たちのいるフロアに向かい、ぴちゃり、ぴちゃりと——

血溜まりを踏み進めながら足音が近付いてくる。

そして部屋のドアがからりと開き、件の“彼女”が姿を現した。

 

「集子……それに、ツィツィミメの皆さんも……

遅れてしまってごめんなさい。道具選びに、時間がかかっちゃって——」

 

床に横たわる死体を避けながら九道らと合流したのは、

彼女と同じくスーツにコート姿の女性——

 

名前を、罰丸封鎖(ばつまるふうさ)

 

謝罪しながらコートを広げると、腰に提げている切れ味の良さそうな

マチェーテがちらりとその姿を見せる。彼女の腰には他にも、大きな軍用ナイフや

スモークグレネードなど、物騒な品々が携えられていた。

 

「気にするな、なにせ相手は特務生だ。戦力は有り余る程度で丁度いい」

 

「そ、それなら……よかった……

じゃあ、ここでの仕事は済んじゃってるみたいだし、もう——」

 

「あぁ、ここに用はない。次の段階へ移行する。お前たちは後始末をしておけ。

現地には、私と罰丸の2人で向かう。表にヘリを用意してある、行くぞ」

 

「—————————!」

 

「———、——————」

 

「そうだ。終了次第、拠点に戻って連絡を待て」

 

指示を受けて散開した男たちを見送ると、

2人も踵を返して庁舎の出口へと向かい歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

▶︎PM 20:41-ピラミデン-トリグラフ基地-共有スペース

 

 

 

「——よし、もう充分かな。

みんな上出来だ、今日はもう身体を休めて、明日に備えよう」

 

イルヴィアが、戦闘訓練を終え息の上がった

シーナ、刺国、鴉座、蓮仰、狗縊の5人にペットボトルを手渡す。

 

「ふぅ……楽しかったね、意外と。諒名と為澄はどうだった?」

 

「あぁ——なんだか、複雑な感じだな」

 

「流石にイルヴィアも隊長だよなー、教え方がマジで上手かったぜ。

こんな時間までサンキューな!」

 

シーナと刺国、鴉座は基礎体力が高かったこともあり、

一線級の活躍が期待できるまでに仕上がっていた。

 

特に鴉座は、絶望に堕ちていた当時の動きが体に染み付いていたようで、

ナナレアと対等に渡り合えるほど。

 

蓮仰と狗縊は3人には劣るにせよ、その身のこなしは以前の彼らとはまるで別人だ。

 

「あー、疲れた……蓮仰、息上がってっけど立てる?」

 

「あぁ。心配いらないよ——皆のおかげで、体力と……少し自信もついたみたいだ」

 

約8時間に及ぶ訓練をこなした彼らを見て、

ナナレアや安楽襲も確かな手応えを感じていた。

 

 

 

“今の自分たちであれば、戦える——”

 

 

 

「じゃあ休憩が終わったら、明日のことについて

軽く話し合いをしておきましょうか。尊、準備を」

 

「ふぅ……了解しました」

 

「あら。珍しく疲れてる?」

 

「まさか。あと10時間は動けます」

 

「ふ〜ん?」

 

「——10分ほど、休憩をいただけると……」

 

 

 

 

 

 

▶︎PM 20:53

 

 

 

短い休憩を終え、話し合いが始まる。口火を切ったのは刺国だった。

 

「じゃあとりあえず……みんな、スマホ出してくれ。

あと、他にも何か電子機器があると助かる。

朝までに使えそうなパーツ、ピックアップしとくわ」

 

彼の言葉に従い、7人がそれぞれのスマートフォンをテーブルの上に置く。

加えて、ナナレアと安楽襲はTDCで使用していた無線機を。

イルヴィアは、念の為に携行していたというスタンガンを提供した。

 

「サンキュー。これだけあれば充分だ」

 

満足げな刺国に、鴉座が心配そうな視線で問う。

 

「朝までに……って、訓練で疲れてるだろうに、大丈夫なのか?」

 

「心配いらねーよ。こういうのはスピード勝負だ。

それに、なんか動いときたい気分なんだわ」

 

サムズアップで応える刺国を見て頷き、ナナレアが口を開く。

 

「よろしくね、為澄。それじゃあ、夜の間の見回りだけど……どうする? 想慈は——」

 

先ほどの訓練で少し持ち直したとはいえ、

例の映像によるショックはまだ癒えていないだろう。

 

祓戸に襲われた時のことも考えると、彼に任せるのは——

 

「大丈夫。できるよ」

 

ナナレアや他の皆の心配とは裏腹に、蓮仰は穏やかな笑顔でそれを了承した。

 

「訓練のおかげで、ボクも結構動けるタイプだってことが分かったしね。

もう不意を突かれるようなことはない。約束する」

 

刺国が彼の肩に手を置いて強く頷き、蓮仰もまた笑顔で応える。

 

「——いい顔。本当に心配いらないみたいね、じゃあ想慈、見回りはよろしくね」

 

「あぁ」

 

本格的なことは明日の朝、

刺国の作業の進捗を加味して改めて確認することとし、この日はここで解散となった。

 

皆が共有スペースを後にして個室へと戻るのを見送ると、蓮仰は巡回を開始した。

 

 

 

 

 

 

▶︎PM 21:11-ピラミデン-トリグラフ基地-鴉座の個室

 

 

 

「はぁ、疲れた——」

 

皆と別れて個室に戻った鴉座はボディシートで汗を拭き取ると、

全身を覆う眠気に任せてベッドへと身を投げた。

 

ものの数分で、深い眠りへと落ちていく。

 

 

 

「—————————」

 

 

 

「——————」

 

 

 

「———」

 

 

 

 

 

 

『おい』

 

 

 

 

 

 

「——ッ! はぁ、はぁ……なん、だ……?」

 

 

 

夢——にしてはあまりにも明瞭な声に、鴉座が思わず飛び起きた。

すかさず照明を点けて辺りを見回すが、当然の如く、この部屋にいるのは彼ひとりだ。

 

 

 

「………………」

 

 

 

言葉では言い表せない、嫌な予感。

この感覚に覚えがあることに気付いた鴉座は、狗縊が調合したアロマで鼻腔を満たし、

その感覚から逃れるように、目と耳を固く閉ざして眠りについた。

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 10:23-ピラミデン-トリグラフ基地-共有スペース

 

 

 

翌朝。訓練の疲れに加え、正体不明の声のこともあり快眠とはいかなかった鴉座は、

普段より遅い時間に目を覚ました。

 

身支度を済ませて共有スペースへと急ぐと、そこでは既に、

“作戦”の実行に向けた製作、準備が急ピッチで進められているところだった。

 

刺国のナノメタル・デバイスが

蜘蛛の巣のようにそこらじゅうに展開され、まるで精密機械の工場だ。

 

「おう諒名、おはようさん。早速で悪ぃけど、こっち来て手伝ってくれ!」

 

「あぁ、わかった……!」

 

部屋の中央に陣取り、先日皆のスマートフォンや電子機器から取り出したパーツを用いて

シミュレーションを繰り返している刺国の隣では、ナナレアと安楽襲、

イルヴィアがEMPの設計図を製図している真っ只中だ。

 

その様子を、席についた鴉座が横目で見やる。

 

「——しかし指揮官、このサイズでは出力不足に……」

 

「難しいわね……イルヴィア、貴女はどう思う?」

 

「部品と部品の間にある無駄な隙間を埋めれば問題ないだろう。例えば——」

 

一言挨拶を——と思ったが、とても割って入る余裕はなさそうだ。

粒揃いの特務生の中でも、特に軍事作戦や兵器の扱いに長けた3人の纏う雰囲気は、

まさに戦端の最前線。鴉座は、静かに刺国の補佐として作業を開始した。

 

 

 

 

 

 

「そういえば……シーナと狗縊は? 蓮仰もいないみたいだが……」

 

作業開始から20分ほどが経過したところで、周囲を見回して鴉座が問う。

刺国は作業の手を止めぬまま、簡潔に答えた。

 

「あー、3人は地下の資料室。あの建築図面だけじゃちょっと心許ないってんで、

他に使えそうな資料とか、あとは部品になりそうなモンとか、色々探してもらってるトコだ」

 

「成功率を上げるため……か。確かに、資料も部品も多いに越したことはないな」

 

 

 

 

 

 

 

▶︎同刻-トリグラフ基地-地下一階-資料室

 

 

 

地下の資料室では先ほどから、シーナ、狗縊、蓮仰の3人が

ズラリと並んだ巨大な棚を隈なく検分し、EMPの製作、及び作戦の実行にあたって

手助けになるような資料や道具を見繕っていた。

 

「えっほ……あー埃っぽい……シーナ、よく平気だね」

 

「エジプト出身だからね、一応。慣れてっから。砂にも埃にも」

 

得意げにVサインをするシーナと、その隣で黙々と探索を続ける狗縊。

蓮仰は彼女らが担当している棚を挟んだ向かい側で、

同じく大きな段ボールやファイルの類を広げ、探索に没頭していた。

 

資料に目を通しつつ、彼が口を開く。

 

「それにしてもシーナ、よくあんな方法思いついたよね。

電磁波を使って——なんて、普通出てこないよ」

 

「あー……やったことあるんだよね、一回だけ。結構前だけど。

即身には話したことあるっけ?」

 

「ふつーに初耳なんだけど……」

 

「あらま」

 

曰く、彼女が義賊としての活動を始めて間もない頃、

エジプトのとある悪徳政治家が所有する最新の防犯システムが施された金庫を、

今回のようにEMP装置を使って強制的に解錠。

違法に築き上げた資産を根こそぎ奪い取った経験がある、とのことだった。

EMP装置の出所は——少なくとも、一般的な流通ルートではないことは確かだ。

 

「はァ、そんなことが……」

 

「人生、何が役に立つか分からないもんだね〜……ん、即身、使えそうじゃない?

その“改築工事記録”ってやつ」

 

「あぁ……確かに。キープしとくか」

 

「……よし、じゃあ今度はあっちの棚、行ってみようか。

まだ使えそうなものがあるかもだ」

 

蓮仰が服についた埃を払いつつ立ち上がり、2人に呼びかける。

 

時刻は午前11時になろうかというところ。

 

刺国たちの製作作業と合わせ、作戦はつつがなく、順調に進行していた。

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 11:37-ピラミデン-トリグラフ基地-共有スペース

 

 

 

「……よし。諒名、スイッチ入れてみてくれ」

 

「了解——どうだ?」

 

「まだっぽいな……よし、もう一回!」

 

「設計の見直しが必要だったら、いつでも言って頂戴ね」

 

 

 

共有スペースでは、依然としてEMP製作が続いていた。

設計図も完成し、あとは組み立てを待つのみ——というところだが、

さしもの刺国もEMPの扱いには不慣れということもあり、作業は難航中だ。

 

「そういえば——」

 

コイルを手でいじりながら、イルヴィアが唐突に口を開いた。

 

「ん、どったよイルヴィア?」

 

「あぁいや……これだけ大掛かりなことをしているのに、

朝から一度も、コンラートの奴が姿を見せていないだろ? なんだか、不気味でな……」

 

言われてみれば——と、皆が顔を見合わせる。

 

「何か……トラブルでもあったのか——」

 

困惑気味な安楽襲の声に、皆が沈黙で答えた。

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 08:11-ピラミデン-トリグラフ基地出入り口から南に400m地点

 

 

 

3時間ほど前。ヘリでピラミデンに降り立った九道と罰丸が、手元の地図、

そして、先日この地に降り立ち、シェンによって命を奪われた2人——

ジラルドとラニエロの足跡を頼りに、トリグラフ基地へと歩みを進めていた。

 

「寒い、ですね……」

 

「—————————」

 

白い息を吐く罰丸の言葉が聞こえているのかいないのか、

九道は返答も瞬きもせず黙々と歩き続ける。迷いなく。確信に満ちた足取りで。

 

「………………」

 

そんな彼女の背中に気圧されたのか罰丸も押し黙り、2人の静かな行脚は続く。

 

 

 

 

 

 

しばらく歩くと、基地の出入り口である鉄扉——そして、

その前に陣取る1人の男の姿が視界に入った。コンラートが雇った——正しくは、

九道が手配しコンラートにあてがった傭兵、シー・シェンだ。

 

彼は2人を視認すると警戒態勢を解き、ゆっくりと近づいてきた。

 

「九道か。早めの到着だったな。罰丸も、寒い中をご苦労だった」

 

「挨拶はいい。シェン、お前の仕事は終わりだ。

もう戻って構わない、帰りはあのヘリを使え。行き先は設定してある」

 

九道はシェンの顔も見ないまま彼の横を素通りし、最低限の言葉で要件を伝えた。

 

「……あぁ、エディももう役目を終えて帰ったよ。会いたければ好きにするといい」

 

言い忘れていた、という風に付け加えると、再び歩き出した。

シェンは短くため息をつくと、2人が乗ってきたヘリへと向かう。

 

「……この扉から、入るのですか……?」

 

「違う。こっちだ」

 

鉄扉の前で立ち止まった罰丸の問いを遮るように九道が答え、

彼女を先導し扉から離れてゆく。

 

向かうのは、シェンが利用していた“もう一つの出入り口”——

ピラミデンに元々あった建物の地下から繋がる、秘密の通路だ。

 

 

 

 

 

 

地下通路を進むこと、およそ20分。2人は目的地——

コンラートが潜伏している、トリグラフ基地地下四階の部屋へと辿り着いた。

九道が、躊躇なくそのドアを開ける。

 

「—————————」

 

多数のモニターが並べられた、事務所のような部屋。

 

奥の方にはガス台もあり、とても快適とは言えそうもないが、

最低限の生活を送ることができるだけの設備は整っていた。

 

そんな部屋の奥で、モニターに向かっている男が1人。コンラート・ヘルターだ。

ドアが開いた音に気付き、キャスター付きの椅子ごと振り返る。

 

「シェンか。どうし——」

 

「やぁ、久しぶりだな。コンラート」

 

 

 

そう言って微笑む九道の手は、既にコートの懐に伸びている。

 

 

 

「——九道?」

 

「—————————」

 

 

 

心臓に2発。眉間に1発。

 

九道が握る拳銃から放たれた弾丸が、

「なぜ?」という疑問を持つ暇も与えぬまま、コンラートの急所を正確に撃ち抜いた。

 

 

 

「え……えぇ……?」

 

驚嘆を隠せない罰丸をよそに、九道はコンラートの死体を椅子から降ろし、

ゴミでも投げ捨てるかのように部屋の隅へと追いやった。

 

「お前のような破綻者がそう驚くな、既定路線だ。

この男の役割はここで終わり。それだけのことだ」

 

言い終わり、銃の薬室を確認してから懐にしまうと、

今度は部屋の壁を手でなぞり、ある一点で力を込め、奥へと押し込んだ。

 

音を立てて、壁の向こうに続く通路が現れる。

 

「隠し通路……ですか……?」

 

「行くぞ。武器を構えておけ」

 

「武器……ってことは、あぁ……

ようやく、ようやく……彼らを救えるのですね……嬉しい——」

 

先導する九道の後ろを、これから起こることを察した罰丸が意気揚々と追従する。

 

 

 

どこまでも続きそうな暗い通路の中。2人の瞳には、黒黒とした光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

▶︎AM 11:53-ピラミデン-トリグラフ基地-共有スペース

 

 

 

「トラブルねぇ……ま、気にしてても仕方ねーだろ。

手出ししてこないってんなら、こっちとしちゃ好都合だ。

とっとと終わらせちまおうぜ。な、諒名!」

 

朗らかに笑う刺国に背中を軽く叩かれた鴉座は笑顔を返しつつも、

どこか煮え切らない表情を浮かべていた。

 

イルヴィアも彼ほど楽観的ではないらしく、依然としてその目つきは鋭い。

 

「おい、油断は大敵だぞ。刺国」

 

トラブルの可能性に言及した安楽襲も同様、毅然とした態度で作業を続ける。

 

「よし……と。指揮官、そろそろ下の3人を招集すべきかと」

 

「ん、そうね。声を掛けに行きましょうか——」

 

 

 

 

 

 

言いながら、ナナレアが椅子を引き立ち上がろうとした——その時。

 

 

 

 

 

 

ばちん、という音と共に、共有スペースが暗闇に包まれた。

 

通路も同様だ。基地の一階フロアの照明が全て落ち、

鴉座たちの視界は完全にブラックアウトする。

 

 

 

 

 

 

「——停電!? 指揮官!」

 

「私は大丈夫よ、皆も落ち着いて。なるべくその場から動かないように!」

 

ナナレアの鋭い声に従い、鴉座、刺国、イルヴィアが切磋に動きを止める。

 

「コンラートの野郎か!? 噂をすれば——」

 

刺国が共有スペース中に展開していたナノメタル・デバイスを

一時的に格納し、有事に備えて盾を構築した。

 

「……配電室に行けば復旧できるかもしれないわ。尊、為澄、一緒に来てくれる?」

 

「ナナレア、私たちも——」

 

「イルヴィアと諒名はここで待っていて。

一箇所に集まるのはむしろ危険よ、何かあったらすぐに配電室へ。じゃあまた後で!」

 

「あ、あぁ……」

 

言うが早いか、ナナレアは安楽襲と刺国の2人を伴い、

壁伝いに共有スペースを後にした。

 

残された鴉座はいつでも動けるように片膝立ちの姿勢をとり、イルヴィアは

テーブルに立てかけてあったライフルケースを手近なところに引き寄せる。

 

一向に顔を見せないコンラートと、この停電——

鴉座たちの思考は、言いようのない不信感と猜疑心に支配されていた。

 

 

 

 

 

 

「—————————」

 

この停電の原因についての考えを話そうと鴉座が口を開こうとしたところで——

 

“それ”は起こった。

 

 

 

 

 

 

「……なんだ? 今の音——」

 

2人の耳が捉えたのは、何かが破裂するような、けたたましい衝撃音。

共有スペースの外から聞こえたその音は、

イルヴィアにとっては聴き馴染みのあるものであった。

 

「銃声……だな」

 

銃声。その二文字を聞き、鴉座の顔色が変わる。

音は明らかにエレベーターの方向——つまり、下の階から聞こえていた。

 

配電室にいる3人にまでは届いてないようで、彼らが出てくる様子はない。

 

「——ッ、イルヴィア行くぞ。地下だ……!」

 

イルヴィアの肩を叩くと、鴉座が暗闇の中で壁に身体をぶつけながら、

弾かれたように共有スペースを飛び出す。

 

「ま、待て! 停電してるんだぞ、エレベーターは動いて——」

 

ライフルケースを担ぎ、イルヴィアもまた彼を追って駆けていく。

 

 

 

 

 

 

「どう、なってるんだ……?」

 

鴉座を追ってエレベーター前に辿り着いたイルヴィアの目に飛び込んできたのは、

停電により暗闇となった空間に浮かぶ、階層を示すランプの光だった。

どうやら電気の供給が途絶えているのは照明のみのようで、

エレベーターは正常に稼働しているようだ。

 

「考えてる場合か。地下で何かがあったんだ、急いで——」

 

鴉座とイルヴィアがもつれるようにしてエレベーターに乗り込むのと同時に、

彼らの足元の直下から、先刻聞いたあの音が鳴り響く。

 

より鮮明に聞こえる銃声が、今度は2つ。

 

顔を見合わせた2人の鼓動が、早鐘の如く脈打つ。

 

「なんだよ……今の——」

 

想像してはいけないことを想像し、

それを否定することでより現実感を際立たせてしまう。

 

実感として、より強く感じてしまう。

 

2人の思考は、最悪のループへと陥っていた。

 

 

 

地下には今、シーナと狗縊、蓮仰の3人がいる。

彼らの中の誰かが、銃を所持していた? 可能性としてはあり得ない話ではない。

 

そうでなければ、資料室で偶然銃を発見し、それが暴発したという可能性も——

 

 

「はぁ——はぁッ……」

 

 

 

2度目のコロシアイが起きている可能性。

 

思わぬ事故が発生し、死傷者が出てしまっている可能性。

 

或いは——

 

 

 

あらゆる“最悪”を想定し、

目と口を固くつぐんだ2人を乗せ、エレベーターは下降していく。

 

 

 

そして、程なくして下降が止まる。

 

 

 

ドアが開いたその先は、上階同様、停電によって一面暗闇の世界と化していた。

 

 

 

「おい、何があった? シーナ、狗縊、蓮仰! いるのか?」

 

イルヴィアが前を行き、声を張って呼びかける。

が、その声は暗闇に吸い込まれるばかりで、返事はない。

 

鴉座が彼女に並び、もう一度呼び掛けようとしたところで——

突然、2人の視界が明瞭になった。停電が復旧し、照明が点灯したのだ。

 

「うっ、眩しい……」

 

急に明るくなった視界に2人が思わず目を閉じる。

そして次第に目が慣れ、瞳を開いた。

 

 

 

 

 

 

瞳を、開いてしまった。

 

 

 

 

 

 

「—————————」

 

 

 

 

 

 

鴉座諒名は“絶望”の勢力として、また“超高校級の捜索者”として。

 

イルヴィア・ゲフィオンは“超高校級のスナイパー”として。

 

常人ではおよそ目にしないような凄惨な現場、過酷な現実を、

幾度も目にしてきた。体験してきた。しかし——

 

 

 

今、彼らの脳は、視界に入ったモノを、

 

“見てはならない” “見たくない”と、全力で拒絶している。

 

この光景を、“現実”として受け入れることを否定している。

 

 

 

駄目だ。それだけは、あってはならない。

 

 

 

あってはならないことが、想定の埒外から襲いかかってきた“現実”が、

網膜を焼き切らんばかりの鮮明さで迫り来ている。

 

 

 

互いの心臓の音が耳に届き、ようやく2人は瞬きをする。

弱々しく息を吐き、言葉ですらない音を、口から絞り出す。

 

 

 

 

 

 

「そん、な—————————」

 

 

 

 

 

 

あったのは、特務生の仲間——だったもの。

 

 

 

狗縊の黒いジャケットも。

 

シーナの青いガラビアも。

 

蓮仰の艶やかな髪も。

 

 

 

その全てが、真っ赤な血の海に沈んでいた。

 

3人とも、ぴくりとも動かない。

 

 

 

鴉座とイルヴィアが視覚から得る情報には、一切の生気がなかった。

 

 

 

「は、ぁ………………」

 

 

 

網膜にノイズが走り、自重を支える脚の力が抜ける。

 

やがて——

 

 

 

やがて——

 

 

 

—————————

 

 

 

——————

 

 

 

———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶︎PM 12:18-ピラミデン-トリグラフ基地地下一階-資料室

 

 

 

2人はしばし放心した後、3人の脈拍、呼吸を確認。

結果は否応なく、シーナ、狗縊、蓮仰が死亡したことを示していた。

 

 

 

直接の死因は、胸部への銃撃だろう。

正確に、心臓を撃ち抜かれていた。

 

蓮仰の遺体にはその他に、

背中を鋭利な刃物で袈裟斬りにされた大きな傷跡も残されていた。

 

おびただしい量の血の海に沈んだ彼の瞼をそっと閉じ、

イルヴィアが深いため息をつく。

 

 

 

「軽く調べたが、3人の中の誰も、銃は持っていなかった。

第三者による襲撃と見て、間違いないだろうな」

 

「—————————」

 

床に視線を落としたまま動かない鴉座の肩に、イルヴィアが優しく触れる。

 

「おい、鴉座?」

 

「——ッあ! あぁ、悪い……」

 

「大丈夫……な訳はないだろうが、立てるか?」

 

差し出されたイルヴィアの手を取り、鴉座がなんとか立ち上がる。

 

3人の遺体が視界に入り——改めて、その実感が全身を覆う。

 

 

 

仲間が殺された。しかも——同時に3人も。

イルヴィアの推測によれば、第三者の手によって。

 

 

 

深く呼吸をして僅かながら頭を落ち着かせた鴉座が、思考を巡らせる。

 

「第三者……考えられるとしたら、コンラートぐらいだが——

だとしたら、どうして自ら手を下すような真似を?」

 

「よほどの事情があったのか……コロシアイというフォーマットを

壊しても構わないほどの何かがあった、と見るべきか……」

 

 

 

 

 

 

その時。

 

考察する2人の耳に、再びあの“音”が突き刺さる。今度は、上階からだ。

 

 

 

 

 

 

「——聞こえたか?」

 

「………………ッ!」

 

イルヴィアの声に答える間もなく、

鴉座はエレベーターへと駆け込んだ。すぐに追いついたイルヴィアが、

ライフルケースから拳銃を取り出し、鴉座に手渡す。

 

「……使えるか?」

 

「——身体が覚えていれば」

 

弾を装填し、下段に構える。

 

程なくしてエレベーターが上階に到着、

ドアが開くと同時に2人が飛び出すと、足の裏に奇妙な感触が伝わった。

 

液体のようだが、確かな粘度がある。

 

次に錆びた鉄のような匂いが2人の鼻腔へと入り込み、

その感触の正体を明確に実感させる。

 

 

 

 

 

 

鴉座とイルヴィアの足元には、大きな血溜まりが形作られていた。

 

そしてその向こう。大量の血液が作る赤い道の先で——2人は、“現実”を見る。

 

 

 

 

 

 

普段の快活な姿は見る影もなく。

 

その四肢は、力なく投げ出されていた。

 

瞳を大きく見開いたまま。まるで——

 

何か恐ろしいものを目の当たりにしたかのような表情で、彼は——

 

 

 

 

 

 

刺国為澄は、絶命していた。

 

 

 

 

 

 

「—————————あ」

 

 

 

鴉座が、声にならない声をあげる。

 

着用していた白衣は切り裂かれ、

腕に巻かれていたデバイスも粉々に砕かれていた。

全身に残る擦過傷から、ここで激しい戦闘があったことが見て取れる。

 

致命傷は資料室の3人と同じく、胸部への銃撃だった。

 

 

 

「クソ……!」

 

 

 

イルヴィアが膝から崩れ落ち、飛び散った血が白い戦闘服に赤い模様を形作る。

 

 

 

「はぁ……あぁッ………………」

 

 

 

壁にもたれかかっていた刺国の遺体を床に寝かせると、鴉座が力なく立ち上がる。

 

 

 

この短時間に、4人。

 

 

 

「なぜ?」という疑問を持つ時間すらないまま、死の連鎖が続いていく。

考察の余地すらなく、仲間たちの命が奪われていく。

 

 

 

あまりの不条理さ、荒唐無稽さ、理不尽さに、2人の思考は既に限界に達しようとしていた。

 

 

 

「イルヴィア、行くぞ……まだ、ナナレアと安楽襲がいる、はずだ……」

 

「………………あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人は今にも倒れそうな重い足取りで、床に残された赤い足跡を辿り——

 

実に10分もの時間をかけて、配電室へと辿り着いた。

 

鴉座が、道中で何度も床につき血に染まった手をドアに掛け、ゆっくりと開いていく。

 

 

 

「—————————」

 

 

 

配電室の照明は点いておらず、通路から差し込む光でようやく視界が確保される。

 

 

 

 

 

 

「—————————ッ」

 

 

 

 

 

 

視界に広がる光景に、鴉座が息を呑む。もはや、声すら出ない。

 

「………………あぁ」

 

彼が見た光景をイルヴィアもまた視認し、半ば諦めの混じった声を漏らす。

 

 

 

 

 

 

無骨な配電盤にもたれかかっていたのは、

肩から胸にかけてを大きく切り裂かれ、物言わぬ骸となった——安楽襲尊だった。

 

致命傷は、確認するまでもない。

 

 

 

 

 

 

「——諒、名………………?」

 

茫然自失の2人の耳に、か細い声が届く。

 

鴉座が顔を上げ、声のした方に目を向けると、

所狭しと並べられたコンピューターや配電盤の向こうに、僅かだが衣服と手が見える。

 

ナナレアだ。まだ息がある。

 

 

 

「ナナレア——!」

 

 

 

鴉座とイルヴィアが気力で足を前へと動かし、彼女の元へと駆ける。

 

 

 

「—————————ッ!」

 

 

 

 

 

 

2人の目に飛び込んできたのは、満身創痍、虫の息で横たわるナナレアと、

彼女を羽交締めにして、その胸元に鋭い刃物——

マチェーテを突き立てんとしている、ひとりの女性だった。

身につけているコートや髪、顔は大量の返り血を浴びて真っ赤に染まっている。

 

 

 

 

 

 

「待っ——————」

 

 

 

 

 

 

鴉座とイルヴィアが女性の姿を視認したのとほぼ同時に、

マチェーテがナナレアの胸部を貫いた。

 

瞬く間に鮮血が床を真っ赤に染め、2人の靴の爪先まで一面の赤が広がる。

 

 

 

 

 

 

奪われた。

 

仲間の命がまた一つ——今度は、自分たちの目の前で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マチェーテを引き抜いた女性が立ち上がり、2人を見据える。

その瞳には、理由は判然としないが、涙が讃えられていた。

 

怒りか、恐怖か——銃を握る鴉座の手は震え、イルヴィアは膝立ちのまま動けない。

 

 

 

 

 

 

シーナ・キャラマウィ。

 

狗縊即身。

 

蓮仰想慈。

 

刺国為澄。

 

安楽襲尊。

 

そして——ナナレア・リメス。

 

 

 

 

 

 

仲間たちが、殺された。

有無を言わさず。異論を挟む余地などなく、殺された。

 

 

 

 

 

 

一体誰に? なぜ?

 

理由は分からないが、目の前の女性が実行犯であることは間違いない。

 

コンラートはどこに?

 

それも分からない。頭が思考を拒否している。

 

 

 

一つだけはっきりしているのは、目の前のこの女性が——

仲間たちの命を奪った、忌むべき敵であること。

 

混濁する意識の中、その事実だけが、2人が自我を保つ理由になっていた。

 

 

 

「ふぅッ…………あぁ——」

 

 

 

イルヴィアがぎゅっと目を閉じて立ち上がり、目前の“敵”を睨め付ける。

 

 

 

「—————————ッ!」

 

 

 

鴉座は震える手を抑え、“敵”に向けて銃を構える。

 

 

 

臨戦体制に入った2人を前に、女性は依然として悲しげな顔のまま立ち尽くしている。

 

その視線は鴉座とイルヴィアではなく——その背後に、向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——やぁ、待っていたよ。鴉座」

 

 

 

 

 

 

 

 

「! 後ろ——ッ」

 

 

 

声に気付いた2人が振り返るより先に、

二発の弾丸が鴉座の脚、そしてイルヴィアの腕を、それぞれ撃ち抜いていた。

 

 

 

「うッ………………」

 

利き手を封じられたイルヴィアが即座に身を屈めて背後の人物から距離を取るが、

既に先ほどの女性に回り込まれていた。

 

「!!」

 

マチェーテの柄で後頭部に強烈な一撃を喰らい、そのまま意識を失ってしまった。

びしゃり、と音を立てて、床の血溜まりに倒れこむ。

 

 

「あッ——————」

 

軸足をやられた鴉座は正面から倒れ、すでに光を失ったナナレアの瞳と目が合った。

右脚からとめどなく溢れる血液が、彼の衣服を赤く染める。

 

「—————————」

 

出血性のショックにより徐々に意識が遠のき、聴覚が薄れていく。

 

そして視界の淵から赤が広がり、程なくして——

 

 

 

 

 

 

暗転。

 

 

 

 

 

 

雪と氷に閉ざされた、ピラミデンの地。

コンラート・ヘルターが仕掛けたコロシアイの舞台となっていたトリグラフ基地は、

血と死臭、そして硝煙に満たされた、惨憺たる殺戮の現場と化していた。

 

 

 

そこに一切の慈悲はなく、救済も、情けも、容赦もない。

 

 

 

鴉座とイルヴィアを除いた全員が、その命を奪われた。時間にして40分足らず。

あまりにも理不尽な殺傷が、暴力が。

 

彼らを襲い、対処すらさせないまま——全てを壊し去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「運ぶぞ。罰丸はイルヴィアを」

 

「え、集子——ここで……殺さないのですか……?」

 

「今はまだ、な。行くぞ、別の隠し通路を使う」

 

「……あ、はい……」

 

 

 

トリグラフ基地に来訪した2人の襲撃者——九道集子と、罰丸封鎖。

 

彼女たちは意識を失った鴉座とイルヴィアをそれぞれ担ぎ上げると、配電室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶︎PM 13:14-ピラミデン-トリグラフ基地地下四階

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……」

 

「聞こえますか……?」

 

「大丈夫、ですか……?」

 

 

 

「だいぶ参ってるみたい——って、こんな状況にしたのは、私たちなんですが……」

 

「あぁ……いえ、イルヴィアさんも一緒ですよね——」

 

「だって、いきなり……こんなおかしなことに巻き込まれるなんて……」

 

 

 

「—————————」

 

「……あの、聞こえてます、か……?」

 

 

 

 

暗闇に囚われていた鴉座の意識に、少しずつ生の実感が戻ってくる。

指先がぴくりと動き、撃たれた脚の傷口から走る痛みを、脳がはっきりと認識した。

 

背中に伝わってくるのは、冷たいコンクリートのような感触。

彼は九道に運ばれた後、どこかの部屋の壁にもたれるようにして意識を失っていたようだ。

 

 

 

「——ッ、はぁ……はぁ……」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

ようやく瞼を開けた鴉座の視界にまず入ったのは、

彼の顔を覗き込む、ひとりの女性——罰丸封鎖、その人だ。

 

 

 

彼とイルヴィアの目の前で、ナナレアを殺した張本人。

 

 

 

その顔を認識し、あの光景が脳裏にフラッシュバックした瞬間。

鴉座は反射的に罰丸に飛び掛かろうとした——が、彼の手は空を掻き、

コンクリートの床を力無く叩くのみだった。

 

足の傷口が発する激痛が、足枷となって彼の動きを封じていた。

 

 

 

「あぁ……ぐ——」

 

「あーあー無理しないで……動くとまた血が出ちゃいますから……ん。

あぁ……イルヴィアさんもお目覚めですか……おはようございます」

 

 

 

鴉座の視界の端に、血塗れの白い戦闘服が映る。

 

彼とほぼ同時に目を覚ましたらしいイルヴィアが、

腕の傷を押さえながら眼前の罰丸に鋭い眼光を向けていた。

脚こそ無事だが、力が入らなくなってしまっているのか、鴉座同様、

目を覚ました時の姿勢から動けないままでいる。

 

 

 

「……お前、何者だ……大方、コンラートの協力者か何か、だろうが——」

 

 

 

 

 

 

「それは違う。彼は“構成要素”ではあったが、協力者ではないよ」

 

 

 

 

 

 

イルヴィアが息も絶え絶えに放った言葉は、

罰丸のそれとはまた違う、凍りついた鉄のような声に否定された。

 

配電室で聞いた、背筋を刀で切りつけられるような声。

自分の脚を、腕を撃ち抜いた、2人目の襲撃者だ。

 

 

 

「—————————」

 

 

 

2人が重い首を持ち上げ、ついに声の主——九道集子と対面する。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一印象として、鴉座、イルヴィア両名の頭に浮かんだのは——

“恐怖”の二文字だった。

 

目の前にいるのは生きている人間のはずなのに、血の通いを感じない。

自分と同じ身体組成をしているはずなのに、言い表せない異物感がある。

 

一目見ただけで彼らは、目の前の人物が、自身の常識の埒外にある存在——

理解できない存在であることを理解した。

 

身の危険を感じた2人が銃を構えようとするが、ない。

彼らが意識を失っている間に、目の前の2人に奪われてしまったのだろう。

 

冷たい床に這わせた指を、ぎゅっと握り締める。

 

それは銃を失ったことによる焦りであると同時に、

目の前の人物への恐怖心を誤魔化すための、せめてもの防衛手段でもあった。

 

そんな2人を見下ろしながら、九道が口を開く。

 

 

 

 

 

 

「コンラートは既にこちらで処理した。そして——

宣言しよう。現時刻を以って、“コロシアイ”は終了だ。

これより先、捜査は不要であり、邪推は無用であり、推理は意味を成さない。

鴉座もイルヴィアも、ご苦労だったな」

 

 

 

 

 

 

一方的な宣言だった。

 

コンラートの死、及び——コロシアイの終了。

 

思考が追いつかない2人は、瞬きも九道への恐怖心も忘れ、

ただただ彼女の言葉を聞くことしかできなかった。

 

九道はコートを翻して背を向けると、続けてこう付け加えた。

 

 

 

 

 

 

「いつまでもそうしているつもりか? 向こうに席を用意してある。来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで——お前たちに真実を伝えよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告