▶︎当作品は、ゲームおよびアニメ“ダンガンロンパ”の
世界観をお借りした創作論破作品です。
本家作品の設定を元に、独自解釈を多大に加えた世界で
物語が進行していきます。ご留意ください。
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◆
▶︎PM 13:24-ピラミデン-地下四階
鴉座とイルヴィアが案内されたのは、彼らが先ほどまでいた
コンラートが潜伏していた部屋に隣接した小部屋だった。
他の部屋同様一面コンクリート張りで窓もなく、独房のような威圧感を放っている。
6畳ほどの広さの空間にあるのは、ステンレス製のテーブルと、パイプ椅子が3脚。
どちらも使い古されているようで、所々に錆や歪みが見られる。
九道を先頭にして鴉座、イルヴィアと続いて部屋に入り、罰丸が扉を閉める。
促されるまま椅子に腰掛けた2人の向かい側に九道と罰丸が立ち、やがて鴉座が口を開いた。
「お前たち、一体何者なんだ……」
痛む脚を押さえながら問う鴉座の顔を一瞥し、九道が答える。
「そうか、まだ名乗っていなかったな。
私は九道集子。そして、罰丸封鎖。両名共に、未来機関の所属だ」
「うぇ、えっと……わ、私は既に追放された身なので、
“元”……ですけど……あ、追放された理由は——」
「その事についての言及は必要ない、省くぞ」
「うぅ……」
残念そうに返り血の滲んだコートの裾を掴む罰丸から視線を外し、
今度はイルヴィアが疑問を口にする。
「——他に仲間は? どこかにいるんだろう?
お前たち2人だけで、ナナレアや、安楽襲や……」
倒れた彼らの顔が脳裏に浮かび言葉に詰まるが、大きく息を吐き出して続ける。
「……私たちの仲間を、特務生を……
あんなに簡単に殺せるとは、とても思えない。一体どうやって——」
いまいち要領を得ないという顔で、罰丸が口を開く。
九道は腕を組んでどこか遠くに視線を投げている。
今現在展開されている話題について微塵も興味がない、といった感じだ。
「んぇ……どうやって、も何も……道理と言うか……」
椅子に座っている2人に目線を合わせるように罰丸が中腰の姿勢になり、諭すように告げた。
「”特務生”とか”超高校級”って肩書を持っているとはいえ……
皆さんはまだ高校生、子供……ですよね?」
罰丸の瞳に、険しい顔の2人が映る。
「子供が大人に勝てるわけ、ないじゃないですか……?」
ため息すら出ない、シンプルすぎる返答だった。
罰丸がそのまま身を乗り出してテーブルに両手を置き、
揺れる髪から滴り落ちた血が鈍色を赤く上書きした。
その血痕に視線を落としたまま、か細い声でぼんやりと続ける。
「そう。貴方たちはまだ子供なんです……庇護されるべき対象なんです……
そ、それなのに、それなのに——!」
罰丸の語気が、次第に強くなっていく。
九道は依然として興味なさげに、何もない壁を眺めていた。
「才能に恵まれてしまったばっかりに……その身に余る重責を背負わされてしまった……!
次世代の希望、世界の再興……”他者より優れている”というだけで、
その才能を濫用され続ける……身の丈に合わない責任や義務が発生してしまう……」
「………………」
血走った瞳に涙を滲ませる罰丸を見て、鴉座とイルヴィアが眉根を顰める。
「私は、そんな子供たちを解放したかった……だから、未来機関に入ったんです……
彼を、今の学園長を説得すれば、“超高校級制度”なんてものを無くして、子供たちを救えると、
そう思って……」
罰丸の視線が、机上の血痕から離れる。
「以前、彼が特務生の結成を開始したタイミングで、
話をしに行きましたが……結局は、聞き入れてもらえなかった……」
「………………」
九道は小さなため息をつくと、罰丸から少し離れた場所に移動した。
「仕方がないので、彼を殺そうと思ったんですけど……寸前で阻まれてしまって……
し、竹刀って、結構痛いんですね……あ、未来機関を追放された理由っていうのはそれです。
学園長に対する殺人未遂、ですね……」
「そんな事が……」
イルヴィアが声を漏らす。
分かりきっていた事だが、目の前にいるこの人物は、かなりの危険人物だったようだ。
「それから私は、才能に恵まれてしまった子供たちを救うにはどうしたらいいか、考えました。
たくさん考えて、考えて——考えたん、ですけど……私にできることは、あまりにも少なかった。
貴方たちは生きているだけで、“利用価値のある人的資源”として、
その身の自由を奪われ続けてしまう……それをただ見ていることしかできないのが、
悲しくて、悔しくて、絶望的で……そんな子供たちが、かわいそうで、かわいそうで——」
罰丸が顔を上げた。
顔に付着した血を吸って赤く染まった涙を流しながら、ゆっくりと口を開く。
「——だから、やってしまいました。未来機関を追放された後、色々な場所に行って……
才能に恵まれてしまった子供たちを、殺し続けました。
“才能ある人間”としての人生から、解放してあげました。たくさん……頑張りました」
細めた目で彼女を睨め付ける2人をよそに、罰丸がテーブルから離れてさらに続ける。
既に声色に悲壮感はなく、歓談でもするような口調だ。
「あぁ、それと……私が学園長を説得しに行った時点では、特務生は“16人の超高校級”で
編成される予定だったんですけど、私が解放した子供たちの中に、
そのうちの7人がいたらしく……そのせいで、今の10人編成になってしまったみたいで……
ごめんなさい。やっぱり、仲間は多い方がよかったですかね……
あ、でも結局他の皆さんも“解放”できたし、気にする必要もない、か……」
笑顔のつもりだろうか、罰丸が口元を歪ませる。
一切の倫理を感じさせない、身勝手で異常極まる
彼女の供述を聞き届けた2人の顔は強張り、言葉も出ない。
「それからしばらくして、集子に出会って、言われたんです……
“一緒に来れば、特務生の子供たちを救えるぞ”って。
ふふ、その言葉通りになりそうで、本当によかった……」
言いながら九道の方を向いたのとほぼ同時に、小部屋に衝撃音が鳴り響く。
一拍遅れて、罰丸の頭部から血と脳漿が噴き出した。
そのまま背後に倒れ、数秒痙攣した後——罰丸封鎖の身体は、ぴくりとも動かなくなった。
事態を全く飲み込めていない鴉座とイルヴィアの視線の先で、九道が拳銃を構えている。
疑う余地もなく、罰丸の命を奪ったのはその銃から放たれた弾丸だった。
静かに銃をしまうと、九道は何事もなかったかのように椅子を引き寄せて腰掛ける。
彼女の瞳に光はなく、一切の感情が読み取れない。
「え——?」
「何を……してるんだ……? 仲間じゃ、なかったのか……?」
鴉座の震える声に、九道は彼の目を見て答えた。
「仲間……思想や目的を共有する人間のことを言っているのであれば、
そんなものは初めから存在していないよ。私に関わった人間や出来事は、
単なる構成要素に過ぎない。罰丸も、コンラートも……彼が仕掛けたコロシアイもな」
言いようのない脱力感。
茫然自失の2人の心拍は、むしろ安定し始めていた。
脳がクールダウンし、思考回路が整理されていく。
やがて鴉座とイルヴィアの思考は、同じ結論に至った。
“この場において、きっと——あらゆる疑問は意味を成さない”
——で、あるならば。
◆
「………………」
罰丸の遺体を視界に入れたまま鴉座が椅子にもたれ、金属の軋む音が小さく響く。
彼はイルヴィアと顔を見合わせて短く息を吐くと、ゆっくりと瞳を閉じた。
「…………そうか」
今まで目にしてきた凄惨極まる景色が、目を覆いたくなるような光景が——
瞼の裏に次々とフラッシュバックする。それら全ての“現実”を受け入れ、飲み下し、
湧き出る感情を理性によって堰き止める。
今は。少なくともこの時間だけは——冷静に。
この基地に足を踏み入れてから発生した、あらゆる出来事、あらゆる“なぜ?”への解答を、
今目の前にいるこの人物から、聞き出さなければならない。
それがどれだけ——理解し難い真実であっても。
「——話してくれ。お前の目的は……一体何なんだ。九道集子」
瞼を開き、九道を見据えて放たれた鴉座の声から、先ほどまでの震えは跡形もなく消えていた。
◆
鴉座の声が耳に届き、九道はしばし遠くを見つめる。
やがてその瞳が眼前の2人を捉えると、ゆっくりと口を開き、淡々と答えた。
「そうだな。有体に言えば——この惑星の死を、回避することだ」
「………………?」
予想もしていなかった返答に、イルヴィアが思わず黙り込む。
鴉座は努めて冷静に、その言葉を反復した。
「“惑星の死”——どういう意味だ?」
九道は眉を顰めて息を吐くと、脚を組み替えて2人を見据え、語り始めた。
彼女が計画し、練り上げ、実行した——その企ての全容を。
◆
「知っての通り現在、世界は未曽有の混乱の渦中にある。”希望のビデオ”による不完全洗脳は、
世界各国のパワーバランスを大きく変えてしまった。今や、
先進国や発展途上国といった枠組みは存在しないに等しいだろう。
どの国も、一押しすれば基礎から瓦解するほどに脆くなっている。そして同時に、
”仕掛ける”タイミング——”やられる前にやる”タイミングを、虎視眈々と窺っている」
「………………」
「コンラートから聞いているだろう? 中東から一つの国が消えた話だ。
あれは名もなき市民団体が武装組織となって行ったものでね。それを皮切りに今現在、
中東から東ヨーロッパにかけての一帯で、同じような暴動が次々に発生している。
まぁ、こんなものは序の口だが——いずれは内戦に発展し、その戦火は隣国へと及ぶ。
そうなれば、次は国家間戦争だ。2年——いや。1年もかからずに、
主導者たちはスイッチに手をかけ、世界は終わりのない地獄へと突入するだろう。
希望ヶ峰学園学園長や、君たち特務生の不在がなかったとしても、不完全洗脳による
社会の機能不全が常態化した時点で、このような状況に至るのは既定路線だったと言える」
九道が、研ぎ澄まされた針のような声で滔々と外の世界の状況についての事実を述べていく。
話を聞く2人の顔は次第に強張り、彼女に対して忘れかけていた恐怖心がひたひたと蘇ってくる。
内戦。
国家間戦争。
終わりのない地獄。
全ての言葉が言いようのない現実感を帯び、2人の鼓膜に突き刺さる。
「——さて。ここまで言えば分かるだろう? ”惑星の死”とは何を指すのか。
終わりのない戦争と地獄の先、現生人類が迎える結末とは何なのか」
「それは——」
言葉に詰まった鴉座に代わり、イルヴィアが前に出る。こと戦闘、
戦争に関する知識であれば、彼女の方が精通している。九道が語った内容から、
“現生人類が迎える結末”として考えられる答えを選び取り、逡巡しつつも口を開く。
「……核戦争、か」
九道はイルヴィアの瞳を見据えたまま頷き、話を続ける。
「その通りだ。事実、インドの大統領府は既に準備を始めている。
さすがはラマヌジャンを輩出した国だ、先見の明がある。
他の核保有国も同様だ。各国で中東の一件以降、物騒なニュースには事欠かない」
“まさか”という疑念を前提に放った答えが即座に肯定され、イルヴィアがたじろぐ。
鴉座も“核戦争”という単語の突飛さに息を呑むが、九道はそんな2人を意に介さず続ける。
「——どうあれ、核戦争が勃発するのは時間の問題だ。
未来機関や77期生たちが総力を結集すれば、事態の鎮圧は叶うかもしれないが——
彼らでは間に合わない。遅かれ早かれ、だ。地表は焼き尽くされ、放射能が惑星を侵す。
破壊の限りが尽くされた世界に、次代の生命が現れることはないだろう」
九道の声のトーンがひとつ下がる。
小部屋に充満する乾いた血の匂いが、彼女の語りに嫌な説得力を持たせていた。
「——まさに、”惑星の死"だよ。大袈裟に聞こえるかもしれないが、
前例としてこの世界は一度、"人類史上最大最悪の絶望的事件"によって滅びを経験している。
秩序というものがいかに脆いか、君たちもよく知っているだろう?」
2人の脳裏に、あの事件が世界を混沌に陥れた当時の景色がフラッシュバックする。
至る所から火の手が上がっている街。
白と黒の覆面を被った暴徒たち。
理不尽に繰り返される破壊、暴力、殺傷——
「……でも、核戦争だなんて、そんな馬鹿な話が——」
こめかみに手を添えている鴉座の声は、小刻みに震えていた。
「拒絶する気持ちは理解できるが、既に要素は揃っており、
今この瞬間にも、"その時"は刻一刻と迫っている。
"どうあれ訪れる、避けようのない未来"というヤツだ。今の世界に、これを止める術はない」
「………………」
「では、その未来をどのようにして回避するかだが——
説得に意味はない。交渉など論外だ。武力行使も……得策ではない。
むしろ争いを加速させる。愚策と言ってもいいだろう」
「ならお前は……どうするつもりなんだ」
イルヴィアの問いに、九道はやはり無表情のまま、事務的に答えた。
「現生人類の絶滅だ。他に道はない」
◆
あまりにも荒唐無稽なその答えに、鴉座が思わずフッと息を吐き出す。
腕を組んだイルヴィアの視線の先にいる九道の顔から感情は読み取れないものの、
少なくとも先ほどの言葉が冗談の類でないことは確かなようだった。
「“一体どうやって”——とでも言いたげな顔だな」
九道が肩にかかった髪を指で梳きつつ、“どうやって”の答えを口にする。
「簡単な話だ。世界には、実に多種多様のウイルスが存在している。
中でも致死性の高い、“南米出血熱”のウイルス群を最適な形で掛け合わせて
新種を造り出し——大気、海洋、土壌を通して世界中に拡散させる。
突拍子もない話かもしれないが——私には、それを可能にするだけの行動力と、忍耐がある。
既に新種のウイルス自体は完成している上、生産ラインも各国に確保済みだ。
ただ——ウイルスの迅速な拡散に際してあとひとつだけ、パーツが必要でね」
「………………」
鴉座の眉が歪に動く。
「コンラートに”仕掛けさせた”コロシアイは、
そのパーツを確保するための工程のひとつに過ぎない。
必要不可欠な要素ではあったが——まぁ、”大事の前の小事”というヤツだな」
「"仕掛けさせた”——?」
イルヴィアが腕を解いて身を乗り出す。
「——そうだな。残された時間は少ないが、まずはそこから話すことにしよう」
◆
「第二次大戦当時のドイツに、クリストフ・へルターという科学者がいた。
コンラートの父親だ。脳科学の権威として知られていた彼は終戦後、アメリカへと招かれた」
「……ペーパークリップ作戦か。アメリカが、
ドイツから優秀な科学者を大勢招いたっていう」
顎に手を当て思案するイルヴィアを見て頷き、九道が続ける。
「そうだ。その後クリストフは大成し、CIAに所属することとなった。
そして——1953年。彼の人生は転機を迎える。
"MKウルトラ計画"への参加だ。計画の主目的は、超音波などを用いた記憶の消去や
マインドコントロール実験だったが、クリストフはそれと並行して、独自の研究を進めていた」
九道の語る内容から狗縊たちと共に資料室で目にした情報を想起しつつ、鴉座が口を開く。
「それは一体、どんな——」
「簡単に言えば、"人間同士を殺し合わせるプログラム"の開発だ。
"敵国に力量差で勝てないのならば、相手を内部から崩壊させればいい"とな。
残念ながら彼の悲願は達成されないまま、1960年代末に、MKウルトラ計画は終了を迎えた。
クリストフもCIAを去ったが——彼はまだ、諦めてはいなかった。それからしばらくして、
クリストフは、このピラミデンの地に身を寄せた。
そして、我々のいるこのトリグラフ基地を拠点とし、研究を再開した。
君たちが研究室や資料室で見つけたファイルは、まさにその研究の遺物だ。
結果として彼は、長きにわたる研究と実験を繰り返し、プログラムの開発自体には成功した——
しかし当時、彼は既に高齢でね。その"成果"を外に持ち出すことは叶わぬまま、
この地でその生涯を終えた」
「………………」
「そして、ここからはコンラートの話だ。彼は”人類史上最大最悪の絶望的事件"の最中に
妻と子を失い、深い絶望の中、単身ピラミデンへと赴いた」
「……奴はどうしてここに?」
イルヴィアが目を細める。
「——クリストフが研究の果てに作り上げた"成果”——幸運にもほとんど手付かずの状態だった
この基地の最奥で、長さ6万メートルにも及ぶ磁気テープに保存されていた
"人間同士を殺し合わせるプログラム"を用いて、”復讐"を遂げるためだ」
「"超高校級の絶望"への復讐……か」
顎に手を当て思案する鴉座の言葉を、九道が遮る。
「それは違う。むしろ逆だよ。コンラートの復讐の対象は"超高校級の希望”——
そして、未来機関だ。彼の家族は、未来機関の過失、多忙ゆえの不注意によって失われた。
外野からすれば"間が悪かった"だけではあるが、コンラート・へルターはそれを契機として、
以降の生涯を復讐に捧げることを誓ったそうだ」
部屋の奥に追いやったコンラートの遺体に視線を投げ、すぐに2人に向き直る。
「とはいえ、当時のコンラートに件のプログラムを上手く扱えるだけの技量はなかった。
そこで彼は計画を円滑に進行すべく、未来機関への潜入を図った。難民として身を寄せた
塔和シティで積極的に復興支援活動を行った功績が認められ、時間こそかかったが、
彼は未来機関の一員となることに成功した。例の海上プラント施設でのコロシアイが終わり、
未来機関が新体制となったタイミングでね。まさに僥倖——
であると同時に、そこが彼の、運の尽きだった」
「………………」
鴉座とイルヴィアが目を見合わせ、九道に向き直る。
「——さて。ここからは私と……鴉座。君の過去についての話だ」
改めて名指しされ、鴉座が息を呑む。
「コンラートとほぼ同じタイミングで未来機関に所属した段階で、
やがて訪れる"惑星の死"を回避するには現生人類の絶滅が必須事項である、
と結論付けていた私は、ウイルスの扱いに長けている組織の拠点がある、という情報を基に、
自身の配属先として——メキシコを中心とした中南米地方を選択した」
「組織……?」
鴉座の怪訝そうな顔を覗き込むように、九道が首をもたげる。
「なんだ。思い当たらないか? “ツィツィミメ”は、
君が絶望に堕ちていた頃の家のようなものだろう、鴉座」
「……?」
イルヴィアが鴉座と九道を交互に見やる。
九道は目を閉じ得心いったように頷くと、姿勢を直して語り続けた。
「“本当に”覚えていないのだな、まぁいい。その後私は、
構成員としてツィツィミメに入り込み、彼らの成り立ちと目的を聞き、
その企てを知った。彼らもまた、私と同じようなことを考えていたんだよ。
全く異なる動機ではあるが、“ウイルスを用いた大量殺戮を行う計画”という点で、
我々の目指すところは一致していた。そして幸運にも彼らが利用しようとしていたのは、
かの“天然痘ウイルス”。私の計画に必要な、"あとひとつのパーツ"だった。
君たちも、名前ぐらいは聞いたことがあるだろう?」
「紀元前から存在する、人間にのみ感染するウイルスだったか——
感染力が非常に高いらしいが、確か……1980年に根絶宣言が出されているはずだ」
「詳しいな隊長。しかしそれだけではない。ツィツィミメにとって天然痘ウイルスは、
まさに“先祖の仇”と言っても差し支えのない忌むべき存在でありながら、
同時に……最も有用な兵器だった」
「先祖——?」
聞き返すイルヴィアの横で、鴉座は先ほどから黙り込んでしまっている。
そんな彼を一瞥すると、椅子に座り直して九道が答える。
心なしか、その声色には感情が乗り始めていた。
「おや、世界史は苦手だったか? 授業にはしっかりと出席しておいた方がいい。
——16世紀初め、彼らの先祖とその故郷であるアステカ王国は、
スペインからやって来た侵略者たちの手によって滅ぼされた。
異教、言語、疫病——天然痘をメキシコの地にもたらし、
彼らの文化や歴史は完膚なきまでに蹂躙された。ツィツィミメの構成員の多くが、
その数少ない生き残りの子孫たちだ」
天井の蛍光灯が明滅する中、九道は口を動かし続ける。
「アステカ神話の世界観において、現代は"第5の太陽"と呼ばれていたが、
超高校級の絶望がもたらした"人類史上最大最悪の絶望的事件"によって、
世界は一時の滅びを迎えた。それを"第5の太陽の終わり"だと解釈して絶望に堕ちた彼らは、
一つの時代を終わらせた"超高校級の絶望"を新たなる時代の象徴——
“第6の太陽"として仰ぎ、彼女への供物として、また——先祖を滅ぼした世界への復讐として。
中南米各地で凄惨な無差別殺人やテロ行為を繰り返すようになった。
——時代の終わりに人を喰らうアステカの悪鬼"ツィツィミメ"を名乗ってね。
絶望に堕ちていた当時の鴉座も、優秀な構成員として所属していたようだな」
「—————————」
鴉座の目尻がぴくりと動く。
その視線は九道に向いているものの、意識の進行方向はあやふやなまま、
どこか虚ろな表情で彼女の話を聞いている。
とうの彼女はそんな鴉座の表情を見て短く息を吐くと、僅かに語気を強めて再び語り出した。
「それからしばらく後。希望ヶ峰学園で例の——78期生によるコロシアイが発生し、
"超高校級の絶望"は命を落とした。"第6の太陽"の終わりだ。
しかし、彼らの信仰心が揺らぐことはなかった。"より多くの血と死を捧げれば、彼女は復活する"
と信じ、ツィツィミメの破壊活動は激化した——が、未来機関の台頭もあり、
それも長くは続かなかった。戦力の多くを失ったツィツィミメの残党は地下へと逃げ隠れ、
方策を練ることにした。より多くの血と死を捧げるためのな。そして採用されたのが——」
「天然痘、というわけか」
イルヴィアが吐き捨てるように呟く。
「あぁ。"彼女"への信仰心と同様彼らの原動力となっていた"世界への復讐"を遂行するにあたり、
先祖の仇である"ソレ”は、大きな意味を持つ兵器となっただろう」
「——でも、確か天然痘ウイルスは、根絶宣言が出されて以降、
生物兵器として利用される可能性を鑑みて、アメリカとロシアにある研究所で
保管されているはず——いや、"人類史上最大最悪の絶望的事件"の影響で、
保管場所も変わっているかもしれない。見つけ出すことすら難しいはずだが……」
神妙な面持ちで語るイルヴィアに、九道が微笑を浮かべながら答える。
「その通りだ。実際、アメリカでは"人類史上最大最悪の絶望的事件"発生以降、
天然痘ウイルスを含むあらゆる病原体のサンプルをより厳重な施設へと移送していたらしい。
ロシアも同様だ。実際に現地へ赴いたことがあるが、研究所はもぬけの殻だった。しかし——」
九道の視線が、鴉座を捉える。
「組織には、類稀なる才能を持った"捜索者"がいたようでね。
ツィツィミメは彼に、"天然痘ウイルスの捜索"を依頼したそうだ。
そして捜索者は依頼通り、ウイルスが移送されたアメリカの施設を突き止めたが、
拠点にその情報を持ち帰ることはできなかったらしい。
帰路の途中で未来機関との交戦が始まってしまい、その折に頭部を負傷し、
"絶望"から覚めてしまったためにね。
これにより、ツィツィミメの計画は一時凍結となった」
「—————————」
「ちょうどその時期に未来機関に所属し、
ツィツィミメの計画についての情報を噂程度に伝え聞いた私が、組織に入り込んだ。
彼らと行動を共にすれば、天然痘ウイルスを入手できる、という確信があったからね。
だが——組織に入り込んで間もなくして、件の殺戮計画が既に凍結状態にあることを
知らされると同時に——ウイルスの所在を知りながら、
絶望から覚めて組織を去った人物についての情報を得た」
「——それが、鴉座か」と、イルヴィア。
「そうだ。ただその顔を見るに——鴉座。君は、
"自身がツィツィミメという組織に所属していた"という事実に、覚えがないようだな。
"第6の太陽"や"天然痘"という単語を聞いても、これといった表情の変化はなかった。
私の得た情報がが確かなのだとしたら、事態は良い方向に進んでいる——と見てよさそうだな。
ツィツィミメから鴉座についての情報を得たしばらく後、彼の身柄がサカテカス州の
収容所から移送されていたという話を聞いた私は、
その移送先を突き止め、彼への接触を図ろうとした。ウイルスの在処について、
話を聞くためにね。しかし驚くことに、家にいたのは彼ひとりではなかった」
俯いていた鴉座が、思い出したように瞬きをする。
「そう、傷橋綴離だ。鴉座は彼女の治療を受けながら、
"絶望"からの完全な更生を目指している真っ只中だった。
計画の確実な遂行のために慎重を期した私は"まずは情報を得よう"と、
2人が長時間留守にするタイミングを見計らい、彼らの家に侵入した」
「そんなことが……いつの間に——」
長い沈黙を終え口を開いた鴉座の声は、
九道の告白を受け湧き出た不快感混じりの恐怖心で乾き震えていた。
「君たちの家には興味深い資料が多く保管されていたが——どれも私にとっては、
不必要なものばかりだった。この手記を除いてはな」
言いながら九道がコートの懐に手を入れ、数枚の紙を取り出した。
「……?」
「これは、彼女のPCに保存されていたテキストファイルを私がコピーしたものだ。
ここに記されている内容がきっかけとなり、
私の計画は本格的に動き出した。傷橋には感謝しているよ」
「一体、何が——」
傷橋の名前を出され、鴉座の声に芯が戻る。
「君が忘れている——いや、"忘れさせられている"君自身についてだよ、鴉座。
君がツィツィミメや、第6の太陽や、天然痘という単語に反応しなかった理由は、
この手記に記されていた」
「どういう、意味だ……?」
九道は眉間に皺を寄せる鴉座を見据え、よく通る声で真実を告げた。
「結論から先に述べよう。
それらの記憶を君に忘れさせたのは——他でもない、傷橋綴離だ。
彼女が、君の記憶を"封印"したんだよ」
「え………………?」
呆気に取られている鴉座と、その顔を心配げに見るイルヴィア。
2人の前に、傷橋が綴ったものだという手記が差し出される。
◆
4月28日 傷橋綴離 記す。
——————————————————
諒名との生活が始まってから約一ヶ月が経った。
完全な更生にはまだ時間がかかるだろうけど、着実に良くなっている。と、思う。
気になる出来事があったので、念のために記しておく。
今日のお昼ごろ、諒名に記憶のフラッシュバックの症状が出た。
以前のような暴走はしなかったが、代わりに(?)
発作が治まった後、うずくまって独り言を呟いていた。
聞き取れた部分はこんな感じだ。更生の手助けになるといいけど……
・ツィツィミメ:意味を調べたら、アステカ神話に出てくる妖怪?のようなものらしい。
聞き間違いかも。
・第6の太陽:これもアステカ関連みたい。
調べても第5の太陽までしか出てこなかった。謎。
・ウイルス:謎!何のウイルスかさえ分からない。
どんな記憶がフラッシュバックしたんだろう。
フラッシュバックの時に出てくる言葉→諒名が絶望だった時に関わりがあったものの名前?
また同じようなことが起きたら、今度はその状態での会話が可能か試してみよう。
絶対助けるぞ~!
◆
7月14日 傷橋綴離 記す。
——————————————————
今日も4月に書いたようなことが起きたので、会話が可能か試してみた。
もちろん細心の注意を払って、だ。
以下に、その時のやり取りで気になった部分を記しておく。
・"ツィツィミメ"は、諒名が所属していた絶望たちの集団の名前だった。
・当時の彼は”第6の太陽"のことを尊敬、
というか信仰しているようだった(太陽=特定の人間?)
・"ウイルス"は、天然痘のことだった。詳しく聞こうとしたら苦しみだしてしまったので、
すぐに話を切り上げて落ち着かせた。
諒名を助けるためにももっと聞き出したかったけど、
楽しい話じゃなさそうだった。どうしようかな~
◆
8月5日 傷橋綴離 記す。
——————————————————
フラッシュバック状態の諒名との会話を通して、
“第6の太陽”が“超高校級の絶望”その人を指す言葉であることが分かった。
そして、ツィツィミメが天然痘を用いた殺戮計画を企てていたこと、
諒名がウイルスの捜索を担当していたことも聞き出すことができた。
それがどこにあるのかまでは、私には聞く勇気がないし、聞こうとも思わない。
知ったところで、誰も幸せにならないもんね。
自分を奮い立たせる意味でも、はっきりと記しておく。
ツィツィミメも、第6の太陽も、天然痘ウイルスに関する話も、
彼の中にあってはならないものだ。更生に成功したとしても、
その記憶が少しでも残っているだけで何らかの悪影響を及ぼしてしまうだろう。
それらについての話をしている諒名の顔は、ひどく辛そうだった。(無理をさせてごめん)
どれも、情報としての毒性が強すぎる。
気乗りはしないしリスクも伴うが、それらの記憶に関しては“封印”を施すしかない。
私の行ってきた“絶望からの更生治療”は、過去を現実として受け入れ、
折り合いをつけてそれらを克服し、訣別するのが目的だ。
ただし“封印”はそうではない。過去を受け入れることなく、力尽くで“否定”するもの。
その単語や関連する話を聞いても記憶の引き出しが開くことはなくなるが、リスクは大きい。
代表例として、“封印した記憶を核とした別人格の発露”がある。
自分への注意喚起の意味も込めて、これについても記しておこう。
状態としては、かのジェノサイダー何某に似ている部分はあるものの、
やはり不明な点も多い。(サンプルケースが少なすぎる)
主人格との対話が可能であるらしい、という話を聞いたことはあるが、どうなんだろうか。
諒名の中に発生した別人格が、彼の人格を乗っ取りでもしたら……
最悪を想定しても仕方ない。要は記憶を封印した上で、別人格が表出しないよう、
しっかりとケアを続ければいいんだ。
どうしたって更生の最終工程は荒療治になってしまうので、来年の春がちょっと心配だけど……
いや、大丈夫だ。絶対に救ってみせるとも。
◆
「これ、が……」
1枚目の手記に目を通し、鴉座が大きく息を吐く。
今の自分が覚えていない“自分”と、傷橋が行ったという“記憶の封印”。
脳に流し込まれる情報の奔流に思わず瞼をぎゅっと閉じ、
呼吸を落ち着かせて目の前の手記に向き直る。
九道は構わず、淡々と話を再開した。
「その後彼女は、君の記憶からツィツィミメという組織の名前や、
“第6の太陽”という言葉の意味、
天然痘ウイルスを用いた計画に関する一切の記憶の封印に成功した。
そして興味深いのは——次の手記だ。それを見たことにより、私の計画は動き始めた」
促されるまま、鴉座が2枚目の手記に手を伸ばす。
◆
8月6日 傷橋綴離 記す。
——————————————————
記憶の封印には成功した。
それらに関する単語や話題を聞いても、特段変わった様子はない。成功だ。
ただ、やっぱり懸念点はある。
まずは睡眠の質の低下。これは私でも対処可能だからよかった。
即身の所に行って、アロマに使えそうなハーブを見繕うことにしようかな。
そしてやはり心配なのは、別人格の表出の危険性。
こればかりは私でも、確実に有効な対策手段を打てるかどうかは分からない。
おそらくだが、トリガーになり得る可能性があるのは、強い“絶望”への接触。
大量殺戮のような凄惨な現場への遭遇や、それに伴う精神的なショックだ。
まずもって遭遇することはないだろうけど、
諒名をそういう現場に近づけないようにしないとな。グロ系の映画とかもやめとくか。
(アロマにはリラックス効果が高いものを多く配合する、即身に連絡!)
ともあれ、最近はフラッシュバックの頻度も低くなってきてるし、きっと大丈夫だろう。
辛抱強く、春までがんばろう!
◆
「——なるほど。じゃあ、コンラートのコロシアイも、
お前たちがここに来てした事も……ここで起きた出来事は全て——」
言いながら顔を上げた鴉座が、視界の中心に九道を捉える。
「あぁ。全て、鴉座諒名の内に眠るもう一つの人格を呼び起こすために行ったことだ。
傷橋が封印した記憶によって形成された人格、ということは、
天然痘ウイルスの在処についての情報は、
その人格が保持しているとみて間違いないだろうからね」
「—————————」
押し黙る2人。
鴉座はテーブルに肘をついて俯いており、その視線は定まらない。
既に声を出すことすらままならないようだ。
そんなことはお構いなしに、九道による“真実”の開陳は続く。
「そして、ここで再びコンラートの話だ。
彼はクリストフのプログラムを用いた未来機関への復讐を計画していたものの、
具体的なアイデアが出ないまま燻っていた。
その焦りは、側から見てもすぐに分かる程だったよ。手記を発見した後、
定例会議への出席のために未来機関へと戻った際に、
彼との接触を図った。話を聞き、コンラート・ヘルターという男を理解した。
彼の行動原理は強烈な復讐心であり、それは彼にとって“希望”と呼べるものだった。
この大きな希望を“絶望”へと反転させれば、
それは鴉座の別人格を表出させるための一助となるだろう、と考え、それを育てるために
私は彼の希望を後押しし、コンラートにコロシアイを仕掛けさせた」
「後押しって、具体的には何を……」
「簡単に言えば、“チャートの作成”かな。プランさえあれば、彼はいくらでも動ける男だ。
コロシアイの前準備の段階から多くの助言をしたが、大部分は彼の意思によるものだった。
その際たるものが、クリストフのプログラムの使用方法だ。
大胆かつ粗が目立つものではあったが、悪くないアイデアだったよ」
「——奴は、プログラムを使って何をするつもりだったんだ……?」
いまだに情報を処理しきれていない中、イルヴィアが問う。
九道は一瞬口角を上げ、つらつらと語り始めた。
「——現在、世界は先の不完全洗脳によって世界人口の約3割が入院を
余儀なくされている状況にあり、原因となった“希望のビデオ”の開発者である
元“超高校級のアニメーター”とWHOが目下、協力して治療プログラムを開発中だが——
その責任者であるWHOのドクターが、君たちの入学式の前日に殺害された。
コンラートの仕業だ。その後彼は学園で爆破テロを起こし、学園長の動きを封じた上で、
君たち特務生をピラミデンへと誘い出した。彼にとってコロシアイは、
その様子を記録した映像を学園長に見せつけると同時に、計画の進行において
障害となり得る君たちの動きを封じることを目的としたものでね。
爆破テロを成功させ、君たちをトリグラフ基地に監禁した時点で、
彼の計画は完遂されていたと言っても差し支えない。その後、彼は基地内で
治療プログラム開発の責任者に成り代わり、“プログラムが完成した”と偽って、
各医療機関にクリストフのプログラムを送付した。医師たちは疑う事なくそれを導入し、
現在進行形で多くの患者たちが施術を受けている。
プログラムの効果が発現するのは、おおよそ2週間後といった所かな。
私の計画にはさしたる影響がないのでどうでもいい事だが、
各国の医療機関は大混乱に陥るだろうな。気の毒なことだ」
フッと息を吐き、次のように付け加える。
「そして彼は、もうひとつの目的である“特務生たちが殺し合う映像”を用意するため、
コロシアイの運営を開始した。その後は君たちの知っている通り、
“私が提供した”例の映像を動機として最初の——
いや、最初にして最後のコロシアイが発生し、傷橋と祓戸が命を落とした」
——と、九道の言葉の結びを遮るように、イルヴィアが割り入った。
「待て。奴は、あの映像は“祓戸に鴉座を殺させるためのもの”であって、
傷橋の死亡は想定外だと言っていた。もし彼女の介入がなければ、
彼が死んでいたかもしれない——そうなれば九道、お前の計画は破綻する。
そのリスクは考えなかったのか?」
それに対し九道は、つまらなさそうに答える。
「あぁ——それはコンラートの勝手な解釈だろう。
彼は傷橋について、書面の上の情報しか把握していなかったからね。
彼女の個人的な感情、信条までは計算に入れていなかったのだろう。
あの映像は“祓戸に鴉座を殺させるためのもの”で間違いないよ。
その上で、傷橋が彼を庇うことも織り込み済みだ。私にとっては
“祓戸が傷橋を殺す”事こそが既定路線だった……鴉座。君に“最初の絶望”を与えるためにな」
「そ、んな——」
九道はゆっくりと立ち上がると、
絶句するイルヴィアを横目に、鴉座を見下ろしさらに追い討ちをかける。
「実際その甲斐あって、人格表出の兆候は早い段階で現れていたはずだ。
どうだ、裁判後に彼女の遺体と対面した時、涙は流したか?
頭の中で誰かの声が聞こえたことは?」
「あ—————————」
鴉座の脳内に、“その時”の光景がフラッシュバックする。
◆
▶︎PM 11:25-トリグラフ基地-遺体安置室
「傷橋……」
遺体用の冷蔵庫を開け、彼女と対面する。
そして、ピラミデンに向かう前に交わした会話を思い出す。
◆
「……いや、行くよ。言っただろ? 諒名は私が守る。忘れちゃったかな?」
「初めて会った日だろ? 覚えてるよ、頼りにしてる。
お前は精神的に、俺は物理的に互いを守る」
◆
「ごめん。傷橋……互いを守ると約束したのに……」
涙は、流れなかった。
◆
そして、昨夜のことも。
◆
▶︎PM 21:11-ピラミデン-トリグラフ基地-鴉座の個室
「はぁ、疲れた——」
皆と別れて個室に戻った鴉座はボディシートで汗を拭き取ると、
全身を覆う眠気に任せてベッドへと身を投げた。
ものの数分で、深い眠りへと落ちていく。
「—————————」
「——————」
「———」
『おい』
「——ッ! はぁ、はぁ……なん、だ……?」
夢――にしてはあまりにも明瞭な声に、鴉座が思わず飛び起きた。
すかさず照明を点けて辺りを見回すが、当然の如く、この部屋にいるのは彼ひとりだ。
「………………」
言葉では言い表せない、嫌な予感。
この感覚に覚えがあることに気付いた鴉座は、狗縊が調合したアロマで鼻腔を満たし、
その感覚から逃れるように、目と耳を固く閉ざして眠りについた。
◆
「そうだ。傷橋の死をきっかけとして、君の精神は着実に、“絶望”へと傾き始めている。
そして最初で最後のコロシアイが終われば、そこから先は私のターンだ。
戦力として引き入れた罰丸と共にこの基地に赴き、まずはコンラートを殺した。
彼は学園長を絶望させるために、復讐心という自らの“希望”に則って
コロシアイを続けるつもりだったろうな。だがそれは叶わなかった。育ち切った“希望”は、
死の瞬間に“絶望”へと反転し、こうして語ることで、君の心に伝染する。そして——
コンラートの次に、我々は特務生たちの殺害を開始した。人格表出のトリガーとなる、
“大量殺戮” “凄惨な現場”を用意することに加えて、“辛く苦しいコロシアイを超えた先に
何か得るものがあるはず”という、君たちが無自覚に抱いていたであろう“希望”を砕くためにね。
あぁそれと——TDCの面々が君たちの救出作戦を立てているという情報を得たので、
ここを訪れる前に皆殺しにしておいた。ナナレアと安楽襲は難敵だったが、現場写真を見せたら
すぐに隙を晒してくれたよ。罰丸の言っていた通り、所詮は“まだ子供”だったな。
配電室に辿り着く頃には既にあちら側の人格が表出しているものと思っていたが……
存外にしぶとかったな。傷橋の治療の成果というヤツか?」
「——————ッ……」
「だが——そろそろ限界だろう。今まで語ってきた全ての真実は、
殺戮の現場とは違う残酷さで君の心を揺らし、“絶望”へと引きずり込む。
実際、もう自我を保つことすら困難なのではないか?
先程から、発話すらまともにできていないぞ?」
「——ッ! 諒名、気を確かに……!」
「—————————」
「——情報の開示は終了した。では、総仕上げと行こうか」
九道の目つきが変わる。
先ほど懐にしまった銃を再び抜き、イルヴィアに向けて躊躇いなく発砲する。
「……ッ!」
しかし、その銃弾が彼女を撃ち抜くことは叶わなかった。
九道が引き金を引くと同時にイルヴィアはテーブルを蹴り上げ、
それを盾としてすんでのところで銃撃を回避することに成功した——が、
この場においては九道の側が一枚上手だったようだ。
「ん———」
初撃で仕留めることに失敗したことを理解するや否や、九道は素早く身を屈めた。
そのまま上体を大きく捻り、全体重を乗せた肘鉄を宙に浮いた状態のテーブルに叩き込む。
大きな衝撃音を立て、テーブルとその向こうにいるイルヴィアが諸共吹き飛ばされる。
「あッ………………」
背後の壁に後頭部を強打して脳震盪を起こしたイルヴィアが、
受け身も取れないままその場に倒れ伏す。
ここまで、約6秒。
鴉座はもつれる足で部屋の隅へと退避することに成功したが、
揺れる自我を保つのに精一杯で、うずくまった体勢から動くことができない。
九道とイルヴィアを見ていることしかできないもどかしさに、奥歯がギリギリと音を立てる。
「——いい動きだ。流石、Fimbulの隊長を任されるだけのことはある。
しかし所詮は高校生だな——」
乱れた髪もそのままに、九道が気を失って倒れているイルヴィアに近づきしゃがみ込んだ。
「そら、起きろ」
そして、いまだ熱を帯びたままの銃口を、配電室で発砲した際の傷口に押し当て——
「ッあぁ——!! あぁ、は……ぐ——」
そのまま、至近距離でイルヴィアの腕を撃ち抜いた。絹を裂くような悲鳴が、小部屋に響き渡る。
直後、骨を貫かれた腕が、糸の切れた操り人形のように力なく床に投げ出される。
「イルヴィア。ここまで君を生かしてきたのは——君の死を、
鴉座の別人格を表出させる最後の一手とするためだ。
君は鴉座が父親の仇であることを知っても尚、その高潔さを貫き、
彼を仲間として受け入れた。実に美しい関係性だ。“希望”に溢れている。だからこそ——」
言いながら、肩で息をするイルヴィアの戦闘服の襟を銃を握っていない方の手で乱暴に掴む。
「君の死によって“絶望”へと反転した時の影響力は計り知れない。
鴉座をもう一度“絶望”に堕とす手段として、これ以上の手はないだろう?」
そのまま、部屋の隅でうずくまっている鴉座の側までイルヴィアを引き摺りながら移動する。
そしてなんとか顔を上げた鴉座の眼前で立ち止まり、
イルヴィアの襟を掴む手に力を込めて持ち上げた。
「何を——」
腕の痛みに顔を歪ませるイルヴィアと目が合った鴉座は、
彼女の身にこれから何が起こるかを察する。
“それ”を阻止するために腕を、脚を動かそうとするが、
既に彼は自分の身体の制御権のほとんどを失っていた。
薄れる自我と視界の中、なんとか声を絞り出そうとするが——
「終わりだ。目を覚ますがいい——“鴉座諒名”」
九道が、イルヴィアのこめかみに銃口を押し当てる。
それが——鴉座が最後に目にした光景だった。
意識が途絶え、自我が底のない暗黒へと沈んでいく。
「—————————」
僅かに残った聴覚に、遠雷のような一発の銃声が突き刺さった。
◆
▶?? ???:???-████-████
「——————」
町外れの高台にある、決して綺麗とは言えない平屋のドアを開け、
“超高校級の捜索者”鴉座諒名が帰宅した。
しかし、彼の視界に映る景色には一切の生気がなく、
この家が、この部屋が彼の知っているそれとは全く異なる空間であることは明白だった。
例えるならば、深夜の墓場のような——
「ここは……」
九道の銃撃により傷を負った脚からは不思議と痛みが消えており、
先ほどまで自我を保つので精一杯だった意識も明瞭になっていた。
鴉座は普段と変わらぬ足取りで、
見知った……しかしどこか違和感のある玄関を抜けて部屋へと向かう。
照明は点いておらず、朝日とも夕陽ともつかぬ自然光が照らすのみ。
ドアを開けて辺りを見回していると、
部屋の奥でソファに腰掛けている人物のシルエットが目に入った。
自身に背を向けた状態のソレに既視感を覚えた鴉座は、
慎重に、ゆっくりとその人物の正面へと回り込む。
「——傷、橋……?」
疑心と期待を込めた声で、鴉座が問い掛ける。
しかし、その声に応えたのは、彼がその名を呼んだ人物ではなく——
『………………へぇ、来たのか』
——鴉座諒名、その人だった。
◆
「なるほど、お前が……」
傷橋がその発生を懸念し、九道がその表出を心待ちにしているという、
“封印された記憶を核として生まれた人格”。
目の前の人物の正体を理解すると同時に、彼——“彼ら”が今いるこの空間が何なのか、
鴉座はようやく把握した。
一種の明晰夢……のようなもの。精神世界、と言い換えてもいいかもしれない。
鴉座は自分と同じ顔をした人物の正面に立ち、
自分がこの場においてすべきことを瞬時に理解した。
“この男を、外に出してはいけない”
『——傷橋が死んだって?』
ソファの背もたれに気だるげに身体を沈めながら、男は覇気のない声で鴉座に問い掛けた。
視線は窓の外に投げられており、その瞳はひどく濁っている。
鴉座は努めて冷静に、彼に近づきながら答えた。
「他の皆もだ。何もできなかった——」
『にしては落ち着いているじゃないか。まぁ、人死にには慣れてるもんな。
でも安心しろ、イルヴィアはまだ死んじゃいない。
“ここ”は時間の流れとは縁のない場所だ、くつろげよ』
混濁した瞳が見上げるように鴉座の姿を捉え、彼が思わず一歩後ずさる。
「——————ッ」
男はソファから立ち上がり、窓際に近づきながら続けた。
『しかし恐ろしい奴だな、九道集子。いやまぁ、
"超高校級の絶望"には遠く及ばないけどよ——
“核戦争の先にある星の死を防ぐために人間を絶滅させる"なんて、よく思い付くよなぁ』
鴉座はその声を背中で聞き、振り返りながら言葉を返した。
「あぁ——奴はその計画を実行するために、お前を目覚めさせようとしている」
すると間髪入れず、男——“カラスザ”が口を開く。
『正確には、"天然痘ウイルスの在処"についての情報を得るために、だろ?』
振り返った彼は、まっすぐな瞳でそう言い放った。
鴉座とカラスザは、元を正せば同一人物。声に出さずとも、
相手の考えはある程度汲み取れる。鴉座も、そこに疑問はなかった。
目線を合わせ、語気を強めて答える。
「そうだ。その情報が奴に渡れば、世界は終わる……なんて、信じられない話だけどな。
どういう原理でお前と話すことができているのかは分からないが——
こうして言葉を交わせる場にいる以上、伝えておきたいことがある」
『"目を覚ますことなくここにいろ" "目覚めたとしても、
ウイルスの在処についての情報は吐くな”か? 気持ちは分かるぜ。
仲間たちをあんな風に殺した奴に、これ以上好き勝手させたくねぇもんな——
だが、そいつは無理な相談だ』
カラスザが吐き捨てると同時に、窓の外が夜の帷に包まれた。
2人の顔が、月光の薄明かりに照らされる。
「——な、なぜ……」
『なぜって……九道が話してたろ。天然痘ウイルスを使った大量殺戮は、
俺たちツィツィミメの最大の目標だった。
我らが太陽たる“彼女”を沈めた"超高校級の希望"。そして、その同胞……
それから自分たちも含めて、諸共地上の人間たちを殺し尽くし、
その血、その死を第6の太陽への供物とする——」
カラスザが首の骨を鳴らしつつ、鴉座の正面に立つ。
『奴のプランに乗れば、その悲願を達成できるんだ。乗らない手はないだろ?』
「お前——ッ!!」
月光を吸い不気味に青く染まった薄ら笑いに、堪え切れず鴉座が飛びかかる。
が、軽くいなされ、もんどりうって床に叩きつけられてしまった。
カラスザは悠々とした足取りで玄関へと向かいながら、滔々と背後の鴉座に向け語りかける。
『どっちにしろ、大量に人が死ぬことは変わらない。星の死を選ぶか、人の死を選ぶかだ。
俺は誇り高きツィツィミトルとして、第6の太陽を仰ぐ者として——人の死を選ぶ』
上体を起こした鴉座が後を追おうとするが、鉛のように重い脚がその前進を阻む。
玄関に到達したカラスザが振り返りつつ、ドアノブに手をかける。
深く濁りながらも強い信念が感じられる瞳に鴉座を映し、口を開いた。
『——じゃあな』
その声が耳に届くと同時に——
「………………ッ」
鴉座の視界が暗転し、意識はぷつりとブラックアウトした。
◆
「—————————」
イルヴィアの頭部に向け放たれた弾丸は、軌道をずらされあらぬ方向へと飛んで行き、
コンクリートの壁を抉って床へと落ちた。
「…………ほう」
目を覚ましたカラスザが、銃を構えていた九道の手首をがっちりと掴んでいたのだ。
九道はイルヴィアの襟から手を離すと、銃を握る手に掛かっている、
目の前の男の指を一本ずつ引き剥がしていく。そして銃を懐にしまうと、
改めて目の前の男——鴉座に代わり身体の制御権を得たカラスザに向き直る。
「——目を覚ましたか」
九道が流暢なナワトル語で語り掛け、カラスザもまたナワトル語で答える。
「不思議な感覚だ……でもまぁ、悪くない」
「………………鴉、座?」
物珍しそうに周囲を見回すカラスザとイルヴィアの目が合い暫しの沈黙が流れるが、
九道の声がそれを断ち切った。
「捜索依頼の結果報告を。ウイルスはどこにある?」
「ダルシー。ニューメキシコ州だ。そこの地下施設に保管されてる。
出入り口は山肌に一箇所だけ」
「ありがとう。では、向かうとしよう。案内を頼めるか?」
手短に用件を済ませた九道がカラスザとを伴って小部屋を後にしようとした所を、
満身創痍のイルヴィアが呼び止める。
「待て……!」
九道は振り返らないまま、興味なさげに口を開いた。
「まだ動けたか。しかし無理をするな隊長、
そこで休んでおけ。君に私たちは止められない——」
言いながら視線を床に落とすと、
罰丸の遺体の側に転がっていたマチェーテがその視界に入る。
「鴉座。楽にしてやれ」
“そこのマチェーテを使って”と付け加えるまでもなく、
カラスザは彼女が目を向けている先へと足を進めていた。
「……そうだな」
「……ッ、鴉座——」
マチェーテを拾い上げ、大きく振って付着した血を払う。
そのまま、からがら立ち上がったイルヴィアに向き直った。
「残念。あんたの知ってる鴉座諒名はお休み中だ、悪ぃな」
光のない瞳で言い放ち、上段にマチェーテを構える。
「—————————」
ヴン、と空を切る音が鳴り響くと同時に、
小部屋の床や壁に真っ赤な鮮血がバッと飛び散った。
「………………ッ」
斬撃を受けた人物が、腹部から夥しい量の血を流しながら、
その場に膝から崩れ落ちる。ただし——
「……おや」
カラスザがその手に握ったマチェーテの刃を向けたのは、
イルヴィアではなく……九道だった。
状況を理解できない様子のイルヴィアはへたり込み、
カラスザの背中をただ見ていることしかできない。
彼はマチェーテを放り投げると、
倒れた九道に近づき、彼女の顔の前でしゃがみ込んだ。
「驚いたか? 驚いてるよな。こんだけ大掛かりな計画を練って
ようやく目的の人物に会えたと思ったら、いきなりそいつが斬り掛かってきたんだから」
「なぜ……」と、虫の息の九道が問う。この状況においても、その表情に焦りはなかった。
「——簡単な話だよ。お前は、傷橋綴離の才能を見誤っていた」
「—————————」
怪訝な顔をする九道に対し諭すように、カラスザが語り始めた。
「彼女が封印した記憶を核として生まれた俺は、個としての自我はあるが、
どうしたって“鴉座諒名の一部”であることに変わりはない。自我が芽生えた当初の俺は、
早く表に出ようと必死だったが——傷橋の献身と治療は、鴉座を通し、
オレにまで影響を与えた。全く恐ろしい才能だよ」
「再洗脳……のようなものか」
「ちょっと違うかな。オレも不思議なんだが、傷橋の影響下にあっても、
オレの“超高校級の絶望”への信仰心に揺らぎはなかった。もちろん今もだ。
彼女へ捧げるために、山ほど人間をブッ殺したいと本気で思ってる。
お前のプランが魅力的なことも理解してる。そのうえで——」
カラスザの脳裏に、特務生たちの顔が走馬灯のようにフラッシュバックする。
傷橋綴離。
祓戸蒐子。
シーナ・キャラマウィ。
狗縊即身。
蓮仰想慈。
刺国為澄。
安楽襲尊。
ナナレア・リメス。
イルヴィア・ゲフィオン。
それは鴉座の記憶であって、今の“彼”のものではない。
が——特務生として過ごした日々や、傷橋との共同生活を通して
それらの記憶や思い出はカラスザにも共有され、
その在り方に、更生とはいかずとも少なからず“変化”を与えていた。
「——そのうえで、“それは善くない”って理性も共存しててな。
正直気持ち悪いが——それが“俺”の本心らしい。悪ぃな、協力してやれなくて」
「そうだな……残念だよ——とても、残念だ……」
カラスザの言葉を聞き届けながら、
九道が震える手で懐からスマートフォンを取り出し、画面を数度、指で叩いた。
「あ? 何を……」
そして、最期の言葉を口にする。
「……首を、切り落とすべきだったな——」
「………………?」
そう言い残し、九道集子は絶命した。
その手の中のスマートフォンの画面には、“送信完了”という四文字。
◆
▶︎PM 14:11-メキシコ-メキシコシティ-ある廃病院の地下-ツィツィミメの拠点
「——————!」
「———、———?」
「——! ——————」
裸電球の頼りない灯りで照らされた地下空間。
所狭しと試験管や薬瓶が並べられた部屋で、
複数の人間の話し声が飛び交っていた。無論、全てナワトル語である。
“連絡が入った”
“天然痘は?”
“手に入らなかったようだ。サブプランに切り替える”
◆
“始めろ、とのことだ——”
◆
ある構成員はガスマスクを装着したうえで、
天然痘ウイルスの到着を待つのみの状態にある新種のウイルスを世に放つための準備を開始した。
ある構成員は無線機やPCを操作し、各国のツィツィミメの拠点に対し“開始”の旨を伝え回る。
その情報は瞬く間に世界各国の構成員に共有され、遂にウイルスの拡散が開始された。
トラックで。
貨物船で。
ジェット機で。
もしくは——“研究所の爆発事故”という名目で。
南米出血熱の掛け合わせにより誕生した新種のウイルスが、世界に向けて解き放たれたのだ。
静かに、確実に——侵食が始まった。
◆
▶︎PM 14:15-ピラミデン-トリグラフ基地地下四階
「おい、何が起きてる——?」イルヴィアが不安げに問う。
「……やられたな」
カラスザ/鴉座の瞳に映る九道の遺体は、僅かな微笑みを浮かべていた。
◆