メジロドーベルというウマ娘は少女漫画の読み書きが趣味だ。
周囲にその事は隠してはいるが、自分でも少女漫画を描いている事がある。
(……うん、いつも以上に上手く描けた)
彼女の手元にある原稿は、トレーナーとジュニア期のウマ娘の関係性を描いた少女漫画。
出会いこそは警戒していたが、紆余曲折を経て互いに淡い信頼関係を築いた2人。
2人の距離感が少しずつ縮まっていくサマを描いた作品である。
……メジロドーベル自身の経験を振り返って描いてみたら、思いの外手応えがあった。
手応えがあっただけに、誰にも見せずに机の中で眠らせておくだけというのは多少惜しい気持ちがある。だが題材が題材だけに、「メジロドーベルがこんなものを描いた」と他人に知られるのは恥ずかしい。特に自分のトレーナーには。
(……最近ではウマッターっていうSNSで、他人に感想を求めるのも流行ってるんだっけ)
アグネスデジタルというウマ娘から、以前にそんな話題を振られた事を思い返す。
匿名で気軽に画像をアップロードしたり、他人がそれに対する感想を書き込めたりするのだとか。そこで感想を聞いてみるのもいいかもしれない。
そう考えたメジロドーベルは、早速スマートフォンを取り出してウマッターにアクセスした。
『ようこそ! ウマッターへ!』の文字と共に表示されるアカウント作成画面。
まずは自分の名前や生年月日などの基本情報を入力してアカウントを作成しなければならない。
(……メジロドーベルって名前で登録するわけにもいかないわよね)
ペンネームを使うべきかと考えた。今まで公に作品を公開した事はないから、ペンネームは持ってなかった。これを機会に考えてみるのもいいかもしれない。
(漢字四文字で収めるとしたら『目白多伯』? いや、それだとメジロドーベルって気づかれるかもしれないし、もっと……私から離れた……いっその事、男性的な……)
そこまで考えて、メジロドーベルは自身の目的に適うペンネームを思いついた。
彼女がウマッターにアカウントを創設して数日後の事だ。
メジロライアンはトレーニングの休憩時間にウマッターを確認していた。彼女も少女漫画を読む事が趣味の一つである。
「わぁ、この作者さん絵が上手だなぁ……男性の描写も恰好いいし……」
ライアンはリツイートで回ってきた作品を目に入れて、思わず感嘆を漏らす。
ウマッターではフォロワー同士による交流も盛んなので、時折こうして自分が好きな作品が流れてくる事もある。
その内容は男性が苦手なウマ娘が、自身の男性トレーナーと交流を重ねていくうちに信頼の出来る人物だと気づき、いつしかそのトレーナーに惹かれていく関係性を描いたものだった。
まるで作者本人の経験を描いたように、登場人物の心理描写が丁寧かつ繊細に描かれている。漫画の内容を評価するように示されるいいね・リツイートは共に1000件以上。
「作者さんは誰だろう? 見た事ない絵柄だけど、新人さんかな」
ライアンはその作品にすっかり魅了され、作者の名前を確認した。
「最近、ウマ娘の間で流行ってるんだ。どぼめじろうっていう作者さんの漫画なんだけど……」
メジロライアンはメジロ家に集まって食事をしていた時、同じメジロの一員であるウマ娘達にそんな話題を振った。
「ジュニア期の子達はご執心のようですわね」
噂くらいは聞いた事があるという素振りのマックイーン。ドーベルやライアンと違って少女漫画にあまり興味はない。マックイーンは色気より食い気だ。
「今日も新作が出たんだよ。ほら、これ」
メジロライアンはマックイーンへスマートフォンを手渡してきた。「食事中に行儀の悪い」と口を開きかけたマックイーン。しかし画面を注視して、押し黙った。
そこにはウマッターの作品ページが表示されており、どぼめじろうという作者の作品が掲載されてる。
メジロマックイーンは内容を読んでいく内に、次第に目を丸くさせていった。
それはチームを受け継いだ新人トレーナーの男性と、性格の固いウマ娘が出会ったところから物語が始まる。
先任トレーナーから引き継いだチームで、そのウマ娘と共に四苦八苦する新米トレーナー。
チーム員は不足。レースでは降着。最初こそ苦難続きだが、やがて互いに支え合う関係を築いていく。それが淡い恋心にまで発展していき、そして最終的には―――。
そんな少女漫画を読み進めていく内に、マックイーンは微妙な顔をした。
(…………何故だか既視感が……)
本人がよくよく考えなくとも、モデルがマックイーンなのは明らかだった。彼女が辿ってきた道筋は中央トレセンでは一種の語り草になっている。
だが、トレーナーとの関係が“恋心”かどうかといえば難しい。彼とはそんな安っぽい言葉で収められる関係性ではないのだ。
だからメジロマックイーンは複雑な気持ちになりながらも、ライアンにスマホを返してからこう言った。
「確かに絵は上手だけど、拡大解釈のしすぎですわね」
彼女からしてみれば、この作品には一部脚色が混じっている。主にウマ娘の心理描写に対して。
「マックイーンのお気に召さなかったかー」
「えぇ、たとえば8ページ目のシーン。この場合はウマ娘の内心は――」
ライアンはマックイーンの感想に対して、同調するように頷く。モデル当人が言うのだから、それ以上に納得の出来る言葉はなかった。
その翌日の事である。どぼめじろうのアカウントにおいて、アップロードされた漫画の訂正・修正版が出された。
『思うところがあったので、漫画の内容を修正致しました。byどぼめじろう』
「…………」
寮室でくつろぎながら修正された漫画を読んでみて、昨日よりも更に目を丸くするマックイーン。内容はマックイーンの指摘通り、ウマ娘の心情描写を誇張した部分を見事に修正したもの。
……さすがに偶然が過ぎる。マックイーンは作者の正体に勘づいてしまった。
(あの時、ドーベルもしきりに頷いていたから……やっぱり……?)
マックイーンは前々からドーベルに少女漫画趣味がある事は薄々知っていた。わざわざそれを明るみに出してやる事はないと思い、そっとしていたのだが。
(……どう注意したものかしら)
他人をモデルにこういったものを描くのはトラブルの元だ。界隈用語でたとえるなら『ナマモノ』というジャンルである。
それに加えて『どぼめじろう』という作者の正体は、わかる人にはわかる。現にマックイーンがそうだったのだ。
マックイーンとしては、そういった危険性を孕んでいるものを安易に掲載するのは避けてほしかった。
幸いにして、ウマッターにアップロードされた作品数はまだ少ない。いいね・リツイート数が既に新人の域を超えている気がしたが、その事はひとまず置いておこう。
マックイーンは『メジロマックイーン』の本人認定マークがついたアカウントから、どぼめじろうに対してダイレクトメールを送りつけた。
『誰だかバレていますよ。メジロドーベル』
そんな風に指摘を送信すると、すぐに返信が来た。
『知りません』
『違います』
『私はメジロドーベルではないです』
数秒の内にそんな文言が立て続けに送信されてくる。その慌てぶりが情けなく思えて、マックイーンはため息が出た。
ドーベルはあくまでもシラを切るつもりらしい。いつもなら男性以外には素直で良い子なのだが、今回は少しばかりおイタがすぎる。
この調子なら直接咎めても素知らぬフリを突き通してくるかもしれない。
あまり使いたくない交渉手段だったが、致し方ない。マックイーンは次の文言を送った。
『あなたがメジロドーベルでないのなら、最初にアップロードしていた作品をメジロドーベルのトレーナーさんに見せても構いませんね?』
そのダイレクトメールを送ると、叫びにも呻きにも取れる単一文字を連続した文章が速攻で送り返されてくる。そして数分後、某がマックイーンの寮室の扉をドンドンと叩いてきた。
扉を開ければ、そこには顔を真っ赤にしているメジロドーベルの姿。彼女は必死の形相でマックイーンを睨むと、涙目になって訴えた。
「おねがい! トレーナーには黙ってて!!!」
「…………」
マックイーンも本気でそんな外道を働くつもりはなかった。さりとて、ネットリテラシーの問題からドーベルの行動も見過ごす事は出来ない。
「では、無断で他人をモデルにしないと約束できますか? 漫画を描くな、とは言いませんから」
親が子へ諭すように、柔らかい口調でマックイーンは問いかけた。
ドーベルは唇を引き結んで、コクリと首を縦に振る。これにて一件落着だ。
好評だった作品に少々尾を引かれるような感覚を味わいながらも、ドーベルはマックイーンの目の前でウマッターのアカウントを消去した。
ネットの少女漫画界隈に流れ星のように輝かしく現れて、流れ星のように消えていった『どぼめじろう』。
その作品はウマ娘達の心を惹き付け、彼女たちの想い出として心に残った。
マックイーンにしてみれば複雑な危険性を孕んだものだったが、大抵の者にとってはどぼめじろうの描いた漫画は素晴らしく、憧れを抱くような物語であった。
漫画の中にあった主人公達のように、甘酸っぱい物語を体験してみたい。そんな作品は、現役ウマ娘達にとって一つの心の支えになっていくだろう。
…………それから更に数日後の話。『どぼめじろう』の作品を惜しむウマ娘達が、自身のデータメモリに保存していたどぼめじろう先生の作品を共有する形でウマッターに再アップロードしていた。無論、その作品に対してのリツイートはとても多い。
それがマックイーンやドーベルのトレーナーの目に留まるのは、ある意味必然の流れだったかもしれない。
自身がモデルになっている作品だと気づいたトレーナー達は「他人から見たらこんな風に見えてるんだなぁ」だとか、一種の笑い話としてマックイーンやドーベルに話題を振っていたが。その内容が恋愛描写のあるものだから、ウマ娘二人は顔を真っ赤にして頭を抱えるしかなかった。
「……よくわかったでしょう? 誰かを無断でモデルにするのは良くないって……」
「……うん」
二人はドーベルの作品に寄せられた感想群を眺めながら、深いため息をついた。
『Alicedigital:どぼめじろう先生へ。素晴らしい漫画をありがとうございます! 私達は、先生がウマッターに戻ってくる日をいつまでもお待ちしております!!』
……どぼめじろう先生がウマッターに戻ってくる勇気を取り戻す日は、まだまだ遠そうだ。
どぼめじろう先生
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復帰後にウマ娘達から無理難題を依頼される
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想い出の中でじっとしていてくれ……