当たり前の話だが、トレセン学園では競技に関わる事以外の基礎的な教養を生徒に教えている。
そして今日、ドーベルに美術の宿題が出た。
テーマは自由で良いらしい。
他の人は風景画をテーマにしたり、推しのウマ娘ちゃんを描いたり、仲の良い子をモデルにしたりと様々だ。
(そういえば、この前タイキが『モデルが必要だったら、私をモデルにしてもいい』って話をしてきたわね……)
タイキシャトルの誤解でぎくしゃくしていた事もあったが、それも解消された事だし。モデルになってもらいながら雑談でもしてみるのもいいだろう。
タイキシャトルにモデルを頼んで恥ずかしがるような子でもなし。それに彼女はスタイルも良いから、人物画としてなかなか映えそうだ。
早速、ドーベルは寮室に帰ってすぐタイキシャトルにモデルの提案をした。
「美術の宿題が出たんだけれど、タイキにモデルを頼んでいいかしら?」
ドーベルが聞くと、タイキシャトルは頬を紅くした。
「…………
そして、ややあってから。タイキシャトルは口を一文字に固く結んだまま、コクコクと何度も頷いた。
その表情の変化を見て、少し緊張させてしまったかなとドーベルは反省する。
(タイキなら平気かと思ったけれど、やっぱり授業で提出するものとなれば照れるのかしら……)
ドーベルはそう考えていると、タイキシャトルは自身の制服のリボンを解いて、前裾に手をかけてそのまま捲ろうと――
「待って」
「……ほわぃ?」
ドーベルが真顔で止める。タイキシャトルは驚いた様子であった。
(……まぁ、モデルになるならちゃんとした衣装にしたいのでしょうけれど)
だが同性といえども目の前で着替えるのは、何か違う気がする。
それに服装を気にする以前に、もう少し場所を選びたいものだ。美術の勉強だからもっとモデルに相応しい場所が良い。
タイキシャトルなら練習場の前か、草花生い茂る場所などで描いてみた方が活発的な印象を得られて映えるだろう。
そう考えたドーベルは、彼女にその事を提案した。
「場所を変えましょう。練習場の前か、草木がある場所とか」
するとタイキシャトルは先ほどよりも顔を紅く、真っ赤にした。
「
ドーベルは聞き慣れない英語に首を傾げた。相手の反応から、安易に肯定したり否定したりしない方がいいと悟った。
「パブリック……えぇっと、ごめん。英語だと分からないから日本語でお願い」
「え、えぇ……と……ゃがぃ……ろしゅっ……」
「もっとハッキリ」
「や、野外……うぅぅ……」
羞恥心で舌が回らないタイキシャトルは必死に言葉を紡ごうとするが、うまく言葉が出てこない。
そんな時に、ドーベルの携帯が鳴った。ドーベルはタイキシャトルに「ちょっとごめん」と一言謝ってから通話に出た。相手はエイシンフラッシュだ。
『ドーベルさん。今お時間よろしいでしょうか?』
どうやら用件があるらしい。
『この前の誤解、ちゃんと弁解していただけました?』
ちらりとタイキシャトルの方を見る。何故か自身の人差し指同士をツンツンと合わせ、申し訳なさそうにドーベルの方をうかがっている。
「えぇ、もちろん。如何わしい本を見ていたと誤解していたみたいだけど、そんな事はないって訂正しておいたわ」
『いえ、それもあるんですが、もうひとつあるというか……』
それを聞いて、ドーベルはまた首を傾げた。それ以外に何を誤解しようというのか。
数秒の沈黙があって、フラッシュは大きくため息をついてから、やや気恥ずかしそうに指摘した。
『……マックイーンさんと私と、ドーベルさんの三人が如何わしい事をしていると誤解されているのではないのかと』
「……まぁ確かに人に見せたくはない趣味だけれど」
ドーベルが小声で言っている言葉がタイキシャトルの耳に届いた。
(
タイキシャトルの頭の中で『人に見せたくはない趣味』という状況を想像し、妄想が加速していく。
女三人集まれば姦しいという言葉がある。それが一つの部屋に集まって、人には見せられない光景を――
『もういっそ、少女漫画の趣味があると直接見せてはいかがですか。そのままでは、取り返しのつかない状況になりかねません』
エイシンフラッシュはいつもよりも低いトーンの声で、ドーベルにそう進言した。電話越しでも分かるほどの、彼女の真剣さ。
気圧されたドーベルは、ゴクリと唾を飲み込んだ。たぶん、これは断ったら本気で説教される流れだ。
「……分かったわ。同室の子にいつバレるかって怯え続けるのもなんだし、タイキなら茶化したりしないでしょう……」
観念したように、ドーベルは溜め息混じりに呟いた。そしてマックイーンとフラッシュに寮室に集まってもらうように指示を送る。
少し気まずい気持ちになりながら、ドーベルは再びタイキシャトルの方を見た。
彼女は相変わらずモジモジとしていたが、ドーベルの視線がタイキシャトルに向くやいなや涙を目に浮かべた。
「タイキ、見てもらいたいものがあるの」
「
何かを覚悟するようにドーベルはタイキシャトルを見つめる。
タイキシャトルもまた、頬を紅潮させながらも、目から涙がこぼれそうになるのを必死に堪え、覚悟を決めた様子でゆっくりと目を閉じ、ドーベルの行為を待った……。
「オゥ! ドーベル、少女漫画を描いていたのデスね!! ワタシはてっきり……」
マックイーンとフラッシュが集まるやいなや、ドーベルが今まで描いてきた作品の一部をタイキシャトルに明かした。
そこにはシリウスチームの軌跡を描いたあの作品や、今まで請け負ってきたウマ娘とトレーナーの間柄を描いたイラストがある。
「アタシ達、同性相手にそういう趣味はないから……」
タイキシャトルの“誤解”を聞いて、三人一様に頬を紅くしていたり、苦い顔をしていたりする。まぁ、その辺りは誤解させた此方も悪かろう。延々引き摺るのもクドい事だ。
「ワタシの依頼を受けてくれたのも、ドーベルなのデスね?」
そう言って、タイキシャトルはドーベルの方へ向き直った。
ドーベルはぎこちなくこくりと頷いて、ここまでの説明を始める。
少女漫画を描いてみた事。そして今に至るまでの経緯を。
タイキシャトルは、腕を組みながら考え込むような顔をしながら清聴する。
「……そういう事なの。あんまり人に知られたくないから、あまり言いふらさないでほしいのだけれど……」
ドーベルからの話が終わると、タイキシャトルはふるふると震えてから、破顔一笑。そして腕を大きく広げてきた。
「ドゥーベェェルッ!!!!」
「だから勢い良く抱きつくのは」
ドーベルの制止も聞かず勢いのまま、思い切り抱きついてくるタイキシャトル。
「く、くるしい……」
「Thank you! Thank you so much for your amazing project. You are my beautiful friends!」
感極まったのか、やや早口気味にまくし立てるタイキシャトル。
孤独な時に慰めてくれただけでなく、トレーナーを休ませる為の段取りを一緒に考えてくれた。それがたまらなく嬉しかったのだろう。
タイキシャトルの表情は、今にも泣き出しそうなほどに喜色満面だ。
「ワタシも、協力させてください! リペイング! リペリング!! ワタシも手伝いマースッ!!!」
その言葉にドーベルはもちろんのこと、マックイーンとフラッシュも目を丸くして驚く。三人は、ドーベルの選択を待つようにして彼女の顔を見つめた。
ドーベルは小さく溜め息をつくと、やれやれといった感じで微笑んだ。
「……じゃあ、まずは宿題のモデルになってもらえるかしら。それから、新しいペンネーム考えなくちゃね」
こうして、サークル『メガドボ』に新しい人員がまた一人加わったという。
次の依頼者
-
ウイニングチケット
-
ビワハヤヒデ
-
ナリタタイシン