『自分達は担当のウマ娘を休ませてあげた方がいいのではないか』
と、言い出したのは果たしてメジロドーベルのトレーナーからだっただろうか? ナリタタイシンのトレーナーからだったろうか?
どちらが先に言い出したかは、さして重要な事ではない。重要なのは、その言葉をきっかけにした議論が大いに白熱したという事である。
ドーベルもタイシンも歴とした女性であり、未成年だ。しかしながら日夜アスリートとして励むのは並大抵の仕事よりも激務にほかならず、それと並行して勉学を学んでいる。
彼女達は今年もレースで功績をあげてきたのだから、師走くらいはたっぷりと休養を取らせるべきだというのがお互いの考えであった。
しかしながらに、トレーナー達は彼女達を休ませたい一方で、彼女達がどのような場所で休日を過ごさせるかというのに頭を悩ましている最中であった。
ドーベルとタイシンは二人とも、どちらかといえば不真面目ではない方だ。ドーベルは夜更けまでも勉学に励んでいるのか、近頃では露骨に目の隈が際立ってきている。
しかも中空を見つめて何か考えながら「ウフフフフ」と呟く事があるからなおさら心配なのだ。熱でもあるのか、頬に紅がさしている時さえある。
「は、はぁ!? わ、わたしが赤面してるとか何言ってんの!! 本当は私をからかってるんじゃない?! 正体見たり! って感じだわ!!! まんじりともせず白状しなさい!!」
それを鑑みて休息を勧めたら妙に歯切れの良い語彙でキレ気味に迫られるから、トレーナーとしてもたじたじとするしかない。
いつもトレーナーに対してはキツい物言いをするドーベルではあったが、こんなにも声を荒げて捲し立ててくるのは珍しいものだ。あったとしても、それは聞かれたくない事を聞いた時。
タイシンのトレーナーも「難しいものですな」と言いたげに、ドーベルのトレーナーがため息をつくところを眺めていた。
「はぁ? アンタに注文の文言任せると査読してるアタシまで頭痛くなるようなのあげてくるじゃない。確かに『一生』ってアンタは言ったよ。言ったけどさ……赤の他人にそーいうの明かさなくていいから……マジで…………」
タイシンの方も熱があるのか、ほっぺたを赤くして睨み付けてきている近頃である。とはいえ、冷静になってみれば受け取りようによっては誤解を生みかねない事を言っていたのは事実だ。最近でいえば、自分自身を信じ切れない事に苛まれていた彼女に『いつまでもかかってもいい!』『一生でも!!!』と、タイシンの傍に寄り添って信じ続ける事を宣言した。
…………「どぼめじろう」という作家にタイシンとの仲を聞かれて、その事について話が及んだというのは迂闊だったかもしれない。
ともあれ、タイシンは以前に学園から退学勧告が持ち出された身の上だ。あれはトレーニングに励むあまり門限破りや遅刻を連発といった次第だったが、激戦のクラシック期を走り終えようというところであるからして相応のストレスや負荷が掛かっていることだろう。特に、他のウマ娘より体躯の小さな彼女の疲労の蓄積は推して知るべしといったところなのだ。
ドーベルも……夏と、冬はやけに忙しなくバタバタとして、何かに気を取られている事がある。顔を赤らめて、尻尾と耳をしきりに動かして――アグネスデジタルというウマ娘も同じような状況らしい――机に向かって、勉学に励んでいる……。
果たして、毎日のトレーニングと並行してそういった状況がどれだけ彼女達を疲弊させるのかは計り知れない。ただトレーナーとして担当している二人だから……気にかけざるを得ないのである。
ナリタタイシンもメジロドーベルも、素晴らしいウマ娘であるとトレーナーの二人は信じているが、だからこそ……「思春期真っ盛りの多感な彼女達が安らげる休日」というのは何だろうかと、トレーナー二人は難しい顔をして思案しあっていた……。
「どーべぇる……っっ!! いい加減休んでクダサイ!!」
ドーベルとタイシンの寮室にて。明朗だが、声量を絞った叱りつける声が小さく響く。その声を向けられた彼女は、楽しそうにピコピコと耳を揺り動かして、尻尾をご機嫌そうにゆらゆらと揺らすばかりだ。
「タイキったら、大丈夫よ。もう一年分は休んだ気分よ」
そんなはずはなかろうに。おそらく、ハイな状態になって面白い冗談を言っているつもりなのだろう。タイキシャトルは困り眉を寄せる。ドーベルは発注された絵を描く事に集中していた。いわゆる『疲労困憊によるゾーン状態』とでも称すべき状態なのか、ドーベルは時間を忘れて画材に向き合い続けていた。
タイキシャトルは難しい表情を浮かべて沈黙する。これはあまりに、のめり込みすぎている。
すでに、トレーニングにも影響は出ているのだろう。走っている途中に眠気が来て転んだりしないだろうか?
……タイキシャトルの頭にその可能性が浮かんだ時、彼女はドーベルの背後へと忍び寄り、その体を抱きかかえあげた。
「わひゃっ! タイキ!? 何するの!?」
「ドーベルは太っ腹すぎマス。ダイエットしろデス。器のデカさの」
唐突な事にドーベルは体を強張らせる。タイキはカツラギエースのモノマネをしながら、飄々とした態度でドーベルをお姫様抱っこで机から遠ざけた。
「……うう……アリスデジタル先生との合同誌だけでも……入稿が遅れたら相手に迷惑が……」
ドーベルは弱々しく抵抗しつつも、タイキの腕の中でくたっと体を脱力させていた。
……コミッション以外にも、創作意欲に火がついている状態だというのが感じ取れる。そこから生じる疲労を感じ取りながら、タイキシャトルはため息をついた。
「……ドーベル」
「たいき、なぁに?」
「絵を描くのを、もうやめ」
タイキシャトルが何かを言いかけたところで、部屋のドアが開かれた。その先から姿を現したのはナリタタイシンだ。
何か用事でもあろうかと思いつつ様子をうかがってみると、いかにも不機嫌であるといった雰囲気を纏っている。
タイシンは険しい表情のまま、つかつかと二人の前へと歩み寄ると、口を開いた。
「アンタとアタシで、休日に行きたいところ決めろってさ」
……何かと思えば、思いもよらぬ言葉であった。ドーベルは目を点にさせて、タイシンと見つめあう。
ナリタタイシンは不機嫌そうだった顔つきを、ドーベルがやつれている様子なのと、タイキシャトルが涙目になりながらドーベルの体を庇うように抱きしめている仕草を見て、困ったように細い眉を八の字に曲げた。
「……あのさ。アタシが言えた口じゃないけど、無理せず休んだら?」
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