どぼめじろう先生   作:稗田之蛙

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どぼめじろう先生、コミックマーケットに参加してきた!

 

 年末のコミックマーケット。数多の二次創作・オリジナル創作同人誌が頒布される会場。

 その中の創作物には――ナマモノながら――ウマ娘を題材としたものも多くあり、そのジャンルのサークルも多数見受けられた。

 

「ねぇ、あそこの売り子さん。すごいレベル高いコスプレじゃないか?」

 買い手の一人が囁くように声に出し、同行している者も視線を向けた。確かに、売り子の少女二人のコスプレはモデルのウマ娘当人と思えるほど高いレベルのものだ。

 容姿の可愛さ・美しさは元より、G1出場ウマ娘の証とも言える勝負服を再現している。

「すごいな、まるで本人みたいだ」

 買い手がつい口にしてしまったのは、それほどのクオリティの高さだからだった。

「年末のコミックマーケット……そこにフルカラー本を頒布するのは並大抵の労力では為し得ず、これを目標にしようとして〆切日を過ぎてしまった作家も多い」

「どうした急に」

 相方が饒舌に語り出したのを訝しんだ。

「ウマ娘のレースは、奇しくも年末に重賞が詰まっている。ジュニア・クラシック・シニアすべてにおいてだ。現役のウマ娘であれば、G1とまでは言わずとも、どれかの重賞レースに出場を望みたいはずだ」

 それはわかる。と相方の男は頷く。彼もウマ娘を推している一人だから、その方面の事はすんなりと身にしみている。

「だから、本人なら、お手元で売ってる本を描く余裕なんて無いだろう」

 確かにそうだと、彼らは乾いた笑いを浮かべあった。

「いやぁ、それにしても……ずいぶんと似てるよなー」

「あぁ」

 

 

 

 

「「まるでメジロドーベルとアグネスデジタル本人みたいだ」」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 そんな会話を耳にしながら、メジロドーベルはコミックマーケットへの売り子としての参加を後悔していた。

 事の発端は、以前から創作界隈の情報面で色々と世話になっていた作家『アリスデジタル』に、寄稿の打診をされた事に始まる。

 コミックマーケット。いつか自分の作品を出してみたいとも思っていた場でもある。そういった場で自分の作品がどう評価されるか多少の不安はあったが、アリスデジタルとの『合作』という体での頒布なら、その気持ちもいくらか緩和される。

 昔から創作の事について色々と教えてくれたアリスデジタルへの恩義もあり、その提案を了承した。

 

 そしてナリタタイシンやトレーナーとの問題に集中していれば、〆切限界日まですっかり忘れる体たらく。コスプレ衣装すら見繕えず、お互い勝負服を『コスプレ』という体で着込んでいる始末。

 せめて連絡を入れておけばよかった、と今にも幽体離脱しそうなアリスデジタルの表情を横目に、ドーベルは気まずそうにするしかない。

(というか……アリスデジタルさんって……)

 さすがのメジロドーベルも、ようやく気づいた。自分に創作の手ほどきをいくつもしてくれた存在が、まさかトレセン学園の後輩だとは夢にも思わず。

 しかしそれを今、デジたんに言うのは酷だろう。彼女はこの上なく追い詰められているように見える。体力的にも、他の意味的にも。

「ふ、ふひゅ……ふひ……」

 憔悴しきった様子で、それでもなお自分達の本を売りさばくためにせっせと動き続けている。

「ね、ねぇ……アリス……えぇっと……」

 核心を突いていいのか、ドーベルが迷っていると。デジたんは生気の籠もってない目線だけをこちらに向けた。

「はひ……?」

 今にも消えそうな儚い笑みを浮かべられて、ドーベルは。その。どうしたもんかと……それでも何か言わなければと言葉を探した。そして。

「……デジタル、よね?」

 結果、それしか言葉が出てこなかった。

 しかしそれだけでも事足りたらしく、デジたんは弱々しくピースサインをしてきた。

「そう……です……デジたん、本人ですよ~……」

 ドーベルは、申し訳ないやら恥ずかしいやらで両手で顔を覆うしかなかった。

 

 

「まさか、ね。デジタルもこういう活動をしていただなんて」

 一通り頒布品が捌けた後。ドーベルはようやくデジたんの呼吸が整ったところを見計らって話しかけた。

「いやはや、いつかは、いずれはとは思っていたのですが……こちらだけ把握したままというのも、不平等と思った次第で……」

 そう吐露するデジたん。どぼめじろう≓メジロドーベルというのは、既に把握していたらしい。

「……デジタルの年齢で、万単位を他人に送るのは少し関心しないわよ」

「…………ごもっともで」

 デジたんがドーベルの初コミッションに五万円も投入してきたのも鮮烈な思い出だ。

 

「……ごめんね、約束したはずの作品をスムーズに提出出来なくて」

 ドーベルはしゅんと耳を伏せて、デジたんに向けて頭を下げる。

 しかしデジたんの表情はきょとんとしていて、頭を下げられた事にあわあわと慌てだした。

「い、いえいえ!! お忙しい中、こうして一緒にご参加いただきありがとうございます!!」

 そしてデジたんは、逆に頭を下げ返すと、そのままドーベルに感謝の言葉を紡いだ。

 その勢いは、まるで神仏に祈るがごとく。ドーベルは、内心くすぐったい思いがした。

 

「どうですか、創作活動をしてみての感想は」

 デジタルは、自分達の本に目を向けながら。その答えがまだ定まっていないのは分かっていながら、それを言葉にする。

 それはデジタルも同じで。それでもなお、言葉として聞きたかったのだろう。

「まだ……大層な事言えるくらいにやりきったわけじゃないけど……」

 ドーベルは、目をつぶって考える。そして頬を少し紅潮させてから、自分の言葉を確かめるように発した。

 

「――ただ最初は、作ったものを机の中に隠してるだけで満足してたんだと思う。こうやって本にして他人に配ったりだなんて考えつかなかった。何より恥ずかしかったし」

 ドーベルも本の表紙を指でなぞりながら、その感触を確かめながら続ける。

「でも、思い切って世に出した自分の創作物を褒めてもらえるのは、とても嬉しい」

 ドーベルは、真っすぐに本を見つめながら。頬を紅潮させながら、笑顔を隠すように顔を伏せ、だがくしゃりと笑みを浮かべて言った。

「もちろん、感想の全部が全部褒め言葉というわけじゃなかった。絵が下手だってコメントを投げつけられた事もあったし、コミッションでは24時間毎に返事を強要されたりした事もあった」

 でも、とドーベルは続ける。これまで関わってきた依頼者達の気持ちを想い浮かべながら。

 

「"それ"を表現したい気持ちは、きっと机の中なんかに隠しておくのはもったいないものだから」

 

 常に顔から赤みが引いていないのを恥じらいつつも、それでも真剣に喋る彼女を見て。デジたんは、その変化に少し寂しさを感じつつ……しかしそれ以上に嬉しく思った。

 このわずかな年月で、自分の推し作家がこんなにも成長している。その事が、何よりも嬉しかった。

「まぁ、いまもっとも気にすべきは余裕を持てるスケジュール管理ね。クリスマスなんかはそれが極まってたし、デジタルの本も、ほら……迷惑かけちゃってさ」

 そう、自分の本。その表紙を優しく撫でながら、ドーベルは言った。

「デジタルも。本当に、ありがと。ほら、あたしだけじゃ絶対に手に入らなかったモノだったから」

 デジたんは奥歯で内頬を噛む。こんなにも尊い表情を引き出したのだ。尊死しかけたり奇声を出しそうになるが、シリアスなシーンなので気合いで堪える。代わりにデジたんの目に涙が浮かぶが、何とか言葉を返す。

「……ぃぇ! お役にたてて何よりです!!」

 そう言って、互いに頭を下げていた。そして――同時に顔を上げて見つめ合うと、ドーベルは思わず吹き出してしまった。デジたんは尊死した。

 

 先日、ナリタタイシンと連んで自身らのトレーナーを連れ回した折の事を思い返す。

「アンタはさ、自分の担当してるトレーナーの事をどう思う?」

 近頃話題の有名なラーメン店。寒空にぴったりな料理を席に座って楽しみに待っている最中、小声でそんな事を聞かれて、ドーベルは眉を歪めた。時期が時期な為、恋愛的な意味合いだと早とちりしてしまったからだ。

「別に、他の奴らみたいに色恋沙汰で茶化してるわけじゃないって」

 ナリタタイシンは、そう言ってから。自分がどう思っているか、気持ちの整理をする形で続けた。

「――自分の担当だからって、所詮は他人なのにさ。アタシのトレーナーったら、まるで娘か姪っ子相手みたいにアタシに接してくる。アタシ自身が自分の走りを誇れない、信じ切れないって不安になってた時はさ……『俺が君の分まで信じる』とか『不安は全部、俺にぶつけてくれ!』とか、自信満々に言い切っちゃって。……あまつさえ、そんなもんいつ解放されるかわかんないって言い返したらさ。あいつ『一生でも!!!』とかさ。暑苦しいし、距離感がおかしいんだよね、まったく」

 肩を竦めて、呆れたように言うタイシンの表情は、どこか柔らかくて優しいものだった。その様子を見て、ドーベルも安心した。

 自分のトレーナーに対する気持ちとどう折り合いをつけていくかを既に考えがついているようだったからだ。

「でも、タイシン先輩は上手くいってるように思えます」

 とは、ちょっとした仕返しに。ドーベルは言ってみた。その言葉を受けて、タイシンも特徴的な短く細い眉を少し歪める。

「そういうそっちはどうなんだい」

 トレーナー陣に聞こえないように声を荒げず、しかし少し語気を強くしてタイシンは返した。

 ドーベルも、先のタイシンのように少し考え込む。

「……どう、って。…………トレーナーとしての腕前は、信頼してます」

 ドーベルがなんだかんだ言えど、彼女がティアラ路線の二冠を授かったのは、ドーベルの才能や努力の他にトレーナー自身の名采配も大きい。

 しかも、その大きな功績を残しておきながらここに至るまでドーベルは"怪我らしい怪我はしていない"のだ。これもまた、トレーナーの管理能力の手腕である事は疑いようもなかった。

 ただ、そんなトレーナーの腕前への信頼とは別に、『人間関係として全面的に信頼しているかどうか』といえば、やはりまだ少し難しい。

「……自分のトレーナーが悪い人じゃないっていうのは、わかってる。そこは十分理解してる。でも……やっぱり、ちょっと……」

 目の前にいるタイシンほど、トレーナーの事を心の内から信頼しきれているかどうか。比較対象が眼前にいるからこそ、ドーベルは躊躇してしまう。

 

 ――たとえば、もしトレーニングでレースに差し障る大きな怪我をした時に、自暴自棄になってトレーナーに八つ当たりせずにいられるかどうか。あるいは、過剰に自分自身を責めて、トレーナーに負担をかけてしまわないかどうか。

 

 そういう不安を、あるいはそうなった時の気持ちを吐露するような、心の内を打ち明けられるような、そんな信頼関係を築けているだろうか?

 ライスシャワーのように淡い恋心とも年上に対する強い信頼とも、どちらともつかぬ憧憬。スマートファルコンのように、末永く繋がっていたいと願う親愛。スイープトウショウのように一見憎まれ口を叩き合う関係ながらも、お互いの栄華を望む関係性。タイキシャトルのようにまるで祖父か父親相手のように甘えられる関係性。

 そしてナリタタイシンのように、相手の為に一生を費やしても惜しくないと受け取れるような結びつき。

 ……たぶん、ドーベルはまだそれらの域には至れていない。

 だから、これまで請け負ってきたコミッションでの学友達とその担当トレーナーとの関係性が、少し羨ましいような気持ちがたまに思い浮かぶ。

 

「まぁ、無理に仲良くなれなんて言わないさ。アタシもそんな事言われたらほっといてくれ、って言い返すだろうし」

 タイシンは、そこで一つ長い息をつく。そして、少しの沈黙。

 そののち、彼女達の前にラーメンが運ばれてきた。

「タイシン先輩、大丈夫です?」

 小食だと噂のタイシンに少し多い量ではないか。そう思って声をかけた。……見れば、タイシンのトレーナーも同じような表情でタイシンの横顔をうかがっている。

 タイシンは、少しバツの悪そうにしながら、それでもそのラーメンを自分の目の前に引き寄せて言った。

「どいつもこいつも、ホントに娘か姪っ子みたいに扱いしてくるね。これくらい、ふつーに食べられるから」

 そう言いながら、トレーナーの視線に気づかない素振りで麺をすすり始めるタイシン。ドーベルとトレーナー二人はその様子を数秒うかがってから、互いに顔を見合わせて、「いただきます」と手を合わせてから、自分達もラーメンを口に運び始めた。

「…………いつまでもさ、心配させてられないからね」

 タイシンが小声で呟いた声が誰に向けた言葉かはドーベルには分からない。

 だけど、それが悪態ではなく、むしろ前向きなものなのだと。彼女の表情から理解出来た。

 

 

 そんなやり取りを経てからのコミックマーケット。合作の寄稿作品は、漫画作品が主なデジタルと違って一枚絵のイラストが軸となっている。

「ふひゅひ、ドーベルさんの描いたウマ娘ちゃん達が……デジたんの本に一緒に刷られてる……!!」

 デジたんは、そのイラストを一枚一枚じっくりと眺めながら。にへら、と表情を緩ませる。

「そんな舐めるように見つめないでよ……」

 恥ずかしいという声色には、しかしそこまで強い拒絶の意志はない。褒められるのは、悪い気分ではない。何よりも。

「――描かれているウマ娘ちゃん一人一人、とても良い表情をしています」

 イラスト一枚一枚を丁寧に見つめながら、デジたんは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見て、ドーベルも思わずつられて微笑んでしまう。

 珍しく、自分自身でも良い作品だという自負はドーベルにあった。

「私もそう思うわ」

 今までコミッションで繋がってきたトレセン学園での学友達の笑顔を、そこに描いたのだから。

 

 

 

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