どぼめじろう――メジロドーベルは、スマートフォンを眺めながら「ふぅ」とため息をつく。
自分の心情をトレーナーへ半ば筒抜けにしてしまったという黒歴史の出来事から数週間、SNSに対して『どぼめじろう』としては距離を置いてきた。代わりにSNSの取り扱い方をアグネスデジタルやカレンチャンなど、扱い慣れた友人達に教わってきた。
『ポジティブに創作を続けていれば、きっと皆がついてきてくれますよ。……あ、でも。カップリング論争とか……ネガティブな事は避けてくれた方が~……』
『自分の好きなモノを語る事が一番だね! 政治的とか宗教的な事、それと他人を傷つけるような発言はNGかな?』
そんなアドバイスをもらって、なおかつマックイーンからSNS復帰の了承も得た。
そうして、ドーベルはウマッターのアカウントを再取得したのだ。
SNSに復帰してしばらく、行儀よく発言を続けた事もあって平穏な創作活動を送る事が出来た。復帰に気づいたファンが、フォロワーとして戻ってきた事も嬉しかった。
(まさか、私やマックイーンをモデルにした作品に二次創作が出来てるなんて……)
黒歴史が掘り返され、しかもその続きが捏造されているという予想外の事もあったが……それでも復帰してきた事に後悔はなかった。
何より、創作活動を再び公に出来た事は実りが大きい。創作活動において読者の感想は参考になる。励みにもなる。
どぼめじろうのペンネームでウマッターに投稿している作品群は評判が良いのも、ドーベルにとってはとても嬉しかった。
フォロワー達の感想を見聞きしていたある時、メジロドーベルは『コミッション』という概念を知った。
創作界隈では「金銭をやり取りして注文通りの創作を請け負う事」を指すらしい。
それを知って、ドーベルは一つ思い立った。自分もコミッションを開こう。
創作において、金銭が関わる事となればその評価は一層とシビアになる。自分の創作技術がどこまで通用するか、腕試しのつもりで挑戦してみたくなったのだ。
幸いにして、昨今においてはそれを仲介するサイトはいくらでもある。
ドーベルは早速コミッションサイトに登録を始めた。
(記入する事は振込先とか以外は、ウマッターと大体同じなのね……サークル名も登録出来るの? せっかくだから、この機会にそっちも考えてみようかしら……)
サークル名。所属はドーベル一人だが、モチベーションを保つ為にそういうものを設けてみるのも悪くない。
(前と同じく、メジロドーベルという私に直接繋がるサークル名は危険よね……かといってペンネームと離れすぎるのも分かりづらいし……今度は可愛い響きなのがいいなぁ……)
メジロドーベルは、そんな風に考えながらふと思いついた言葉をサークル名の欄に記入した。
『サークル名:メガドボ
ペンネーム:どぼめじろう
請負内容:一枚絵・漫画形式
料金:一枚絵・ページ一枚ごとに1000円
備考:R-18はNGでお願いします。サンプルは以下のURLから――』
そんな感じの、コミッションにおける常識的な注意事項を記載して、ドーベルはコミッション受注開始のボタンを押下した。
ウマッターの方にもその宣伝を呟いておく。すると、5分もしない内にコミッション打診のメールが送られてきた。
「早っ……」
ドーベルは思わず独り言ちる。
ウマッターの宣伝を見て依頼してくれたのか、あるいはコミッションサイトの条件を見た上での依頼なのか。どちらにせよ、有り難い話である。
ドーベルは早速その打診メールの内容を確認していく。
『送信者:Alicedigital
依頼種別:一枚絵
依頼内容:テイエムオペラオーさんが和田トレーナーさんと高級そうなレストランで仲良く食事している場面をお願いします。
恋愛色は薄めで、師弟や相棒という関係性に近い描写の――
(中略)
p.s.モデルになる本人達の許可は取っています。』
……依頼内容を読んでいき、頭の中でその光景を想像した。
依頼内容の指定が描き手に親切で分かりやすい事もあって、ドーベルへの負担は少ない。しかもモデルになる人達の許可を依頼者から取っているときた。
「アリスデジタルさんかぁ……前のアカウントでもフォローしてくれてた人だし、請け負っちゃってもいいかな……」
ドーベルは快く請負受理のボタンを押した。
そして即日納品。依頼内容が理解しやすい事もあって、一枚絵程度なら二時間で満足のいく出来に描きあげる事は容易かった。
納品してから10分足らずで、早速Alicedigitalから返信が届いた。
返信内容は、非常に丁寧なお礼の文章だった。末尾にこんな言葉が添えられている。
――どぼめじろう先生へ。ステキな作品をありがとうございます。これからも応援しています。
ドーベルは自分の作品が金銭を払っても惜しくない代物だと認められた気がして、なんだかすごく嬉しくなった。
(コミッション、案外悪くないかも……)
時給換算で500円。アルバイトとしては効率が悪いが……そもそも金銭目的でコミッションを始めたわけではないし、メジロ家の一員だからお金にも困っていない。
それでも、その金銭は初めて創作活動で得た証として大切な代物だ。ドーベルは気分良さげに鼻歌を歌いながら、金銭取引の記録がなされているアカウントページに移動した。
(1000円……何に使おうかな。新しい画材とか……参考にしてみたい新しい少女漫画とか……)
《取引記録》
依頼者『Alicedigital』:51000円
(……?)
ドーベルの思考が一瞬止まった。
5100円? 金額が多い。
そこで、追加報酬を依頼者側の判断で支払えるシステムの存在を思い出した。請負側だったからその辺りは深く読み込んでなかったが、Alicedigitalが納品物を気に入って追加で支払ってくれたのだろう。
ドーベルはまた嬉しくなった。時給2550円。時間換算として考えるとなかなか割高だ。それくらいの価値があるのだと認められた気分がして、いっそう嬉しくなった。
感慨深い気持ちを噛み締めながら、それを反芻する為に再び取引金額の記録を目に入れる。
《取引記録》
依頼者『Alicedigital』:51000円
(……????)
時給25500円。
高給取りの代表である医者の非常勤時給換算が2万円というたとえ話を聞いた事がある。それよりも高い。
あまりの金額に嬉しさという感情から一転して、ドーベルは恐怖を抱いた。何か違法な事に加担させられたのではないかという警戒心。
アカウントを再取得する前に、マックイーンが『実在人物をモデルにする時はトラブルも念頭に置いておく事』と忠告をしてきたが……まさにこれがソレなのではなかろうか?
創作者として駆け出しのドーベルは思わず怯えた。カレンチャンなどの情報通に比べれば、ドーベルは比較的世間知らずの方なのだと自覚している。それだけにこの金額が何を意図しているのか、嫌な方向に勘ぐってしまう。
ドーベルは思わず泣き出してしまいそうになりながら、まだ開いているコミッションの事を思い出してその受付を即座に中止した。
「これは素晴らしい! これが許可を出してたボクとリュージの絵かい?」
「はい! どぼめじろう先生がコミッション請負を開いてるのをみて、思わず注文したものです!!」
そのように歓談しているアグネスデジタルとテイエムオペラオー。デジタルのスマートフォンには、テイエムオペラオーと和田トレーナーがレストランで食事をしている仲睦まじい光景が描かれている。
「なかなか良い絵だ。タダではなかっただろうに。いくらかかったんだい? よければボクからもカンパを……」
「いえいえ、実報酬は1000円でしたからお手を煩わせるわけには」
――ただ、あまりにも安いので相場の追加報酬を支払っておきましたが。
アグネスデジタルはそれを言葉にせず、心の中で呟いた。
創作界隈のコミッションについてはいくらかの知識があるアグネスデジタル。
アマチュアの創作者に一枚絵を頼む上で、5万円というのは別に相場から外れているわけではない。デジタルからすれば、どぼめじろうの技術に対する対価として1000円という金額が安すぎるだけだ。
「きっと、どぼめじろう先生はこれからも素晴らしい創作者になってくれますよ……!」
……しかし、それは創作界隈で手慣れたモノ目線での感覚。メジロドーベルはその事に気づく余地もない。
その日、メジロドーベルは自分が何かトラブルに巻き込まれるのではないかと怯えたまま眠りにつく事になった。
おまけ:
ダイレクトメールでの相談
デジタル『オペラオーさん』
デジタル『和田さんとオペラオーさんの絵をとある絵描きさんに描いてもらっていいですか』
オペラオー『いいよ!!』
この間、わずか2分足らず。
次の依頼者
-
ハルウララ
-
セイウンスカイ