どぼめじろう先生   作:稗田之蛙

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どぼめじろう先生、学んできた!【依頼者:星空雲】

 どぼめじろう――メジロドーベルは一つの事実を学んだ。

 それはイラストのコミッションにおいて5万円の報酬は有り得ない額ではないという事だ。

「え、えぇっと……アマチュアでもそれくらいもらってる人は、いますよ……私だって、そういう事はありましたし……だ、だから不安にならずに……ごめんなさい……」

 前回のコミッションから生じた不安のせいで、いよいよアグネスデジタルに泣きついて相談してみるとそういう回答が得られた。実際、ネットで調べてみるとそういう相場もあるのだと知った。なんでアグネスデジタルに謝られたのかは結局わからなかったが。

 

 ただ、駆け出しの自分にとってはやはり5万円は貰いすぎな金額だとは思う。メジロドーベルはそう感じざるを得なかった。

 恐怖を払拭して改めてコミッションサイトを眺めてみると、アカウントの設定で追加報酬のON・OFF機能がある事を知った。

 トラブル回避の為にそういうシステムは請負側で無くしておく選択肢があるらしい。

 もちろん追加報酬の受け取りはOFFだ。ドーベルはお金が欲しいわけではない。自分の創作にその価値があるかどうか、一種の腕試しなのだ。

(でも、他のコミッションと比べてみても1枚1000円は安すぎるみたいね……)

 価格設定をサイト内で検索してみると、ドーベルの設定している数値は最安値だという事がわかった。同価格帯のものがいたとしても、それはアイコンなど描く労力の比較的少ないものだ。

 そこから考えるに5万円とまではいかないが、ワンランクは値段をあげた方がよさそうだ。

(じゃあ、まずは3000円くらいかしら……)

 値段設定を改めて、メジロドーベルはコミッションの受注を再び開いた。

 

『サークル名:メガドボ

 ペンネーム:どぼめじろう

 請負内容:一枚絵・漫画形式

 料金:一枚絵・ページ一枚ごとに3000円

 備考:R-18はNGでお願いします。サンプルは以下のURLから――』

 

 そんな内容でウマッターに宣伝してから二十分後。コミッションサイト経由でイラスト依頼のメールが送られてきた。

 

『送信者:星空雲

 依頼種別:漫画形式20ページ

 依頼内容:初めまして。星空雲といいます。

 どぼめじろう先生の作風に惹かれて、コミッションを打診させてもらいました。

 

 突然ですが、ウマ娘のセイウンスカイとその担当トレーナーさんが出会ってから恋人関係に至るまでの物語を描いてください。

 どぼめじろう先生がウマッターのアカウントで出している作品の雰囲気でお願いします。

 細かい指定は――

(中略)

 こういう事を頼むの初めてなので、色々といたらない部分が多いかもしれませんが、よろしくお願いします。』

 

 漫画形式20ページ。なかなか労力が必要な事を依頼された。

 しかし、その程度では注文に怯むつもりはない。何故なら自分の作風に惹かれて依頼してきてくれたのだ。

 ただ、それよりもドーベルにとって気がかりな事があった。

 コミッションサイトの依頼者とやり取りするページで、一つ付け加える。

『モデル本人の許可がない場合は当人への配慮の為、納品した作品については公には非公開の形でよろしいですか?』

 マックイーンとの約束がある手前、『ナマモノ』をインターネットの大海原に放出しなければならないなら断るつもりだった。

 そういう相談を送ると、すぐに返信がきた。

『セイウンスカイからはたった今許可が取れました。ただトレーナーさんから許可を取るのは怖いので、非公開の形でお願いします』

 それの回答をみて、メジロドーベルはホッとした。非公開なら請け負っても大丈夫だろう。請負受託のやり取りを経て、ドーベルは作業に入る。

 

 さて、ここで問題なのが内容をどうするかという事だ。

 先日に依頼してきたアリスデジタルほど漫画知識がないのか、依頼の指示内容があやふやだ。

 しかし、一般人相手にコミッションを開くというのはそれが当たり前なのだ。その上で、望んでいるであろうモノを描き切る。20ページ過不足なく。

(この注文内容は、推している人達が最終的に幸せな関係に至るのを望んでいるのよね……)

 メジロドーベルの描く漫画は物語性が強めである。そこに紡がれるのは酸いも甘いも混ざり合って、その葛藤を経てのカタルシスを味わう作風だ。

 だから“酸”の部分、障害となりうる存在を作りたい。

(セイウンスカイのトレーナーさん。女性経験は結構ありそうだし……特にキングヘイローさんとも結構仲が良かったわよね……)

 キングヘイローの面倒見の良さから、彼女は他のウマ娘のトレーナー達ともいくらかの交友があった。特に黄金世代のトレーナー達とは良き師弟・ライバル関係を築けている。キングヘイローが高松宮記念を勝った時は、彼ら(彼女ら)も自分の担当のように喜んだと聞く。

 ……そこから着想を得てピンときた。その事実はセイウンスカイの漫画に活かせるかもしれない。

 ナマモノ題材かつ、非公開なのだ。その一点がどぼめじろうの箍を外してしまった。

 

 

 数日後。

「…………」

 星空雲――セイウンスカイはどぼめじろう先生から納品されたデータをダウンロードしている最中、口がニヘニヘと笑っていた。

「セイちゃんだって女の子だからね~……こういうの、こっそり一つくらい頼んでもバチは当たらないよね……」

 セイウンスカイとトレーナーはパートナーとしての付き合いは長い。

 教員職であるトレーナーとその生徒であるセイウンスカイの恋愛など言語道断だし、トレーナー当人にそんな感情は微塵もないのは分かっている。

 ……分かってはいるが、学園生活の中で一回くらいはそういう物語を望んでもいいじゃないか。

 セイウンスカイだってそういう禁断の恋というシチュエーションに憧れを抱く中高生なのだ。

 慕っている先生に本命チョコレートを渡すつもりだったけど、渡せずに一人で食べた。これは、それと同程度の可愛げのある行いである。セイウンスカイ本人はそんな建前を免罪符にした。

(…………まぁ、6万円はちょっと可愛げない金額かもしれないけど……)

 それでも、これから見る漫画にその価値はあったと信じたい。どぼめじろう先生から納品されたイラストを今、ダウンロードしきった。

 パスワードを入力して中身を確認する。それは、まさしくどぼめじろうの作品だった。

 解像度が高めのセイウンスカイ。容姿は忠実に、されど教え子の恋心に理解は示しているトレーナー。

 出会いこそは色気無く、トレーニングの内容もスポーツ漫画ばりの描写、だが合間に挟まれる二人のやり取りは段々と甘いモノを絡めたものに……。

 

『……信じていたのに。嘘つき』

『キング……違うんだ』

『馴れ馴れしく呼ばないで。あなたは、私よりもスカイさんの事が好きなんでしょう?』

『違うんだ! 俺はお前の事が好きだ!』

 

 中盤辺りのページで展開されていたのは、セイウンスカイのトレーナーとキングヘイローの仲違い。そこから過去は相思相愛であった事が読み取れる。それを理解した途端、セイウンスカイの胸の内に酸っぱいものが込み上げてきた。ズキズキする。動悸もしてきた。

 ――いや、どぼめじろう先生の作品は確かにこういう作風だった。依頼文でもそういう作風を指定したよ? だけれど、違うんだ。セイちゃんが望んでいたのは、こう、最初から最後まで一途な甘酸っぱい関係というか……。この胸の痛みは純愛モノかと思ったらNTR(ナリタトップロード)を読まされた時のソレだね。……いや、読んだ事無いからよくわかんないけど、たぶんきっとそれに違いない……。

 セイウンスカイは頭の中に鉛を詰め込まれた感覚に陥り、横になりたくなった。

 なんでそこまでダメージを受けたかというと、現実にこのやり取りが起こってそうな事だと少しでも想像出来てしまった事にある。

 自分と担当トレーナーの恋仲は一分たりとも現実に起こり得ないであろうに、キングヘイローと自分の担当トレーナーの恋仲である空想は頭の中で思い描く事が出来た。

 ……もうダメだ。このままでは心が壊れてしまうかもしれない。セイウンスカイは虚ろな目をしつつ、最後の希望を求めるようにどぼめじろうの作品を読み進めた。

 

『セイちゃん、実はトレーナーさんの事が好きなんですよ』

『…………スカイ』

『だから、ね? ここまで頑張って来れたんですよ』

『……』

『……うん、セイちゃんは大丈夫ですよ』

 

 トレーナーは結局その好意を素直に伝える描写はなかった。

 だが、その作品内においてセイウンスカイがトレーナーにとって『教え子』から『想い人』にすりかわっていた事は、そこに至るまでの描写からハッキリと読み取れる。ラストの描写から、この二人はこのまま“秘密の関係”に至るのだろう。

 キングヘイローはあくまで二人の関係を昇華させる為のサブキャラクター。終わり方に安堵もしたし、内容もどぼめじろう先生らしく実に面白かった。面白かったが……こう……。

(……うん、セイちゃん、大丈夫じゃないですよ……)

 トレーナーが自分の知らない間に他の女と付き合ってる気持ちをひとときでも味わって、セイウンスカイはめげてしまった。

 ……たぶん、セイウンスカイ本人じゃなきゃこの感覚は味わう事はなかっただろう。

 この絶不調な気持ちは、どうにかして解消しなければならない。

 

 

『送信者:星空雲

 依頼種別:漫画形式20ページ

 依頼内容:追加依頼です。

 ウマ娘のセイウンスカイと、その担当トレーナーさんが恋人関係に至ったその後のお話をお願いします。

 あとサブキャラクターにセイウンスカイを慕うニシノフラワーさんを出してくれたら嬉しいです。

 セイウンスカイが両手に花の状態でお願いします。

※キングヘイローさんとアグネスタキオンさんとタイキシャトルさんは出演禁止の方向でお願いします。

 というかセイウンスカイとトレーナーとニシノフラワー以外のキャラクター出演させない形でお願いします。本当に。』

 

 

 星空雲に漫画を納品しての当日、同じ人物から再び依頼打診のメールが送られてきた。

 メールの文面からは納品した作品が好評だったのか不評だったのかよく分からない。

(3000円を20ページって、6万円よね? その額だと、不評なら再度依頼なんて出さないでしょうし……)

 深く考え込んでいる内に、トレーナーとキングヘイローの関係性に思うところがあったのだろうとひとまずの結論を出してドーベルは反省した。

 アグネスデジタルから『カップリング論争』だとか『同担拒否』だとかの概念は聞き及んでいる。“酸いも甘いも”を絡めたのがドーベルの作風とはいえ、ユーザーから指定のない相手を絡ませるのは軽率だったかもしれない。

(『作者の描きたいもの・面白いと思えるもの』と『仕事として描くべきもの・ユーザーが求めるもの』は違うって事よね……また一つ、学んだわ)

 ドーベルはそれを心に刻みつつ、今度こそ星空雲という人物が求めるものを読み取って原稿を描き上げる事にした。

 構想について星空雲と打ち合わせもいくらか挟み込んだ。

 

 そうして納品した原稿は、星空雲が長い長い感謝のメールを送りつけてくるほどの大好評だったという。




アリスデジタルのコミッション知識:
 こんにちはー。Alicedigitalです。
 今回はコミッションにおいてはユーザー側から留意しておきたい事をお話します。
 まず、作中の星空雲さんのように大掛かりな依頼をする場合は『下書き(ラフ)』や構想の段階で、一旦クリエイターと打ち合わせるのが大事ですね。
 じゃないと「望んでいたものと違う」という事が当然ですが起こり得てしまいます。
 これは、双方にとっても不幸な結果です。
 今回はクリエイター側もユーザー側もコミッションの知識が無いゆえに起こってしまった事例ですね。
 デジたんも一回やらかしましたよ。えぇ、遠い記憶ですが……

 ともかくとして、ラフや文章で構想しているような早めの段階ならクリエイター側に掛かる労力も比較的少ないので、『思い切っちゃって要望を言っちゃう』のがお互いにとって大切です。クリエイター側だってユーザーに喜んでもらうのが一番なんですから! その為、クリエイターによっては備考欄などで打ち合わせの段取りやリテイク可能回数を明示している方々もたくさんおられます!

 ……あ、いう必要はないかと思いますが。明らかに不必要なほど何度もリテイク出してはダメですよ? 完成してからのリテイクはもっと負担が大きいのです。
  それを念頭に入れて、皆さんもコミッションライフを楽しみましょう!!

四話目の依頼者

  • ハルウララ
  • ライスシャワー
  • オグリキャップ
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