メジロマックイーンは悲鳴をあげていた。
彼女が感じているのは強烈なGと、内臓全てが浮き上がるかのような浮遊感であった。
隣にいるはずのドーベルの声さえ、まるで水の中で聞いているかのように不明瞭に聞こえる。
彼女は意識を失いそうになる自分をなんとか叱咤し続けていた。
なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか。それはそもそもドーベルと遊園地にきた事にある。テイオーといい、ドーベルといい、なんで絶叫マシーンに付き合わせてくるのだろうか。こんなもの、何が楽しいのか全然わからない。
「きゃー、はやーいっ☆」
後ろの客席から大げさにはしゃぐようなスマートファルコンの声が耳に入ってきた。
絶叫マシーンの平均速度は、この種類はおおよそ時速60kmくらい。最高速度到達時以外はたぶんスマートファルコンが全速力で走った時のほうが速い。それ以下の速度を体感するのは慣れっこである。
(それはわたくしも同じはず……)
だがマックイーンの方は加速度的に吐き気が増大してゆくのだ。もはや胃の中がひっくり返ったとしてもおかしくない感覚に襲われる。
なんでマックイーンだけがそうなっているのか理由は単純。直前に飲み過ぎた。食い過ぎた。パクパクですわ。チョコが一番ですわ。
ウマ娘たる彼女がゲボ吐くなんて
【メジロマックイーン:抜かりなし】
【スマートファルコン:リスタート】
【メジロマックイーン:アガッてきた!】
【メジロドーベル:鋭い眼光】
【メジロマックイーン:貴顕の使命を果たすべく】Lv6
ファル子が真後ろで楽しそうにきゃあきゃあ騒いでいたりマックイーンの様子に気づいたドーベルが目で制してきたり。
マックイーンは地獄のようなデバフ環境へ涙目になりながらも、メジロの誇りにかけて吐き気から逃げ切り、どうにかこうにか最終地点に到着したのだった。
無事生還したマックイーンとドーベル。そしてスマートファルコンとトレーナー。
スマートファルコンは漫画の内容を思い返しながら、しおらしく席から立ち上がり乗り場から出口へ歩く道中に一言呟く。
「ファル子……ちょっとくらくらしてきちゃった……」
そんな事を言いながら抱き留められるのを待ち構えていたが……トレーナーがファル子の身体を支える事はなかった。
振り返ってみれば、トレーナーはアトラクションの座席にまだ座っている。前席のマックイーンと同じように項垂れて……その上、気絶していなさった。
なんで乗る前から青い顔をしていたのかといえば、考えられるのは一つ。トレーナーは絶叫マシーンが大の苦手だったのだ。
【ケース3】トレーナーに抱きとめられる。《失敗》
「と、トレーナーさん!?」
ファル子は座席の方へ再び近寄ってから、係員と一緒になって彼を起こす。顔面蒼白ながら、どうにか意識を取り戻すトレーナー。
周囲の人間を安心させるように微笑むが、まるで機械仕掛けかのごとく機械的に手を上げる。立ち上がる動作は無い。脚に力が入らない様子だ。
「ど、どうしようフラッシュさん……?」
腕時計に取り付けた通信機に小声で呼びかける。いくらか遅れてから、フラッシュからの応答。
『……マックイーンさん達と同じようにしてください』
そう言われて、前方の席に座していたメジロ達の方を見る。そこにはドーベルが青い顔をしているマックイーンを背中に抱えるようにして、ゆっくりと運んでいた。
二人に倣う形で、ファル子は自分もトレーナーを背中に抱えた。当然トレーナーの方が体格は大きいが、これもウマ娘の怪力ならではである。
だがフラッシュの助言に従ったとはいえ、こんな風におぶっているのでは恋人ではなく本当に親子……というより年寄りの父親と子、あるいは祖父と孫である。今までよりも体と体が密着しているはずなのに、そこにはどぼめじろう先生に貰ったラフ漫画みたいなキラキラなドキドキなんて微塵もない。
「ドーベル……もっと優しく……」
「……背中に吐かないでね……?」
アトラクションから去る途中、そんなやり取りがメジロの方から聞こえてくる。背負われたマックイーンは真っ白に燃え尽きていた。芦毛は年を取ると毛が白くなるとはいうが……。
ファル子が背負っているトレーナーも、はたから見ればあぁなっているのだろう。最近は白髪に悩んでいたっけ。
そんな光景を眺めていると、ファル子は後悔の念が渦巻いてきた。こんな事になるなんて予想していなかった。
(ファル子が悪かったんだ……トレーナーさんが怖いの苦手なのに気づかないで、辛い想いさせちゃったし……そんな私が、トレーナーさんと幸せになるなんて――)
『ファルコンさん』
フラッシュの声が響いて意識が現実に引き戻される。
通信機越しの声は彼女らしく冷静でいて、「それは違う」と諭す時のような声色だ。
『……ドーベルさんとマックイーンさんが観覧車に向かっています。ゆっくりとした乗り物ですし、休ませるにはちょうどいいでしょう』
フラッシュの言う通り、彼女達は観覧車の方へ向かっていた。これもまた、ラフで貰ったファル子の漫画通りである。
キラキラな青空を背景にしたゴンドラ内で、これまでの感謝や謝罪、そしてスマートファルコンの恋愛感情を告白する場面だったはずだ。
【ケース4】観覧車の中でトレーナーに自身の心の内を打ち明けて――
フラッシュの勧め通り、トレーナーと一緒に観覧車へ乗り込んだ。
一周15分。その間、トレーナーと二人っきり。何人たりともにも邪魔はされない。
ゆったりとした外の風景を見渡す彼の横顔を見ながら、ファル子は自分の気持ちを正直に打ち明けるべきかどうかを悩んでいた。
ここで本音を言ってしまえば、二人の関係性はどちらか一方に転ぶ。受容か、拒絶か。ハッピーエンドかバッドエンドか。
――――怖い。
スマートファルコンからは何も言えないまま、時間だけが過ぎてゆく。今回ばかりはフラッシュの方から急かしてくるような事もなかった。
そしてお互い押し黙ったまま4分の1を過ぎた頃合い。トレーナーの方から言葉をかけてきた。「URAファイナルズ優勝おめでとう」と。
ファル子は胸の中が熱くなった。
「……ありがとう。トレーナーさん。あなたがステージの裏で、いつもファル子の事を見守ってくれてたおかげ」
自分がここまで来れたのは、この人のおかげなのだから。でも、ファル子の道はまだ終わらない。
砂漠の強敵達が迎え撃つ海外遠征。これからが本番なのだ。
そんな大事な局面だというのに、ファル子はどうしても言わなければならない事をまだ言えずにいた。
今こそ勇気を出すべき時なのに。いや、今だからこそ勇気を出さないべきなのだろうか。
「あ、あのね、トレーナーさん」
震える唇で、やっとの思いで言葉を紡ぐ。あの漫画の通りの台詞を……。
「トレーナーさん……ファル子…………トレーナーさんの事が………好きなの」
――もちろん、異性として。
その最後の言葉が出なかった。喉まで出かかったのに、その言葉だけ失語症に罹ったように音を失う。
「もちろん、家族としてっ!!」
自分の口から咄嵯に出た誤魔化しの言葉に、自分自身が呆気に取られてしまう。バレンタインデーでチョコレートを渡した時のように、また誤魔化してしまった。
結局、また同じだ。ファル子は俯きながら自嘲するように笑みを浮かべた。
【ケース4】観覧車の中でトレーナーに自身の心の内を打ち明けて――二人はキスをする。
そんな事はできっこない。この関係は変わらない。漫画の通りに上手くはいかない。
それを自覚させられ、スマートファルコンは笑顔のまま涙が出そうになった。
耳に仕込んでいた通信機から、エイシンフラッシュのため息が聞こえてくる。
呆れて当然だろう、散々お膳立てしてもらってこの結果なのだから。
……ファル子がそう考えていると。
『トレーナーさん、これのケアも予定通りにお願いします』
耳を疑うようなフラッシュの指示が飛んできた。明らかに、その言葉はファル子に対してではない。
(えっ……どういうこと?)
意味が分からず困惑していると、トレーナーが席からゆっくり立ち上がり、スマートファルコンの手を取ると、そのまま静かに彼女の手の甲へ敬愛の口づけをした。
(??????? ……!? !??!? !!!!)
ファル子は突然の出来事に目を白黒させた。
それはまるでお姫様が王子様にされるような、そんな幻想的な接吻。そんなの、このにぶトレーナーが自力で思いつくはずがない!!
ファル子が驚愕の表情でトレーナーを見ると、彼はニッカリと笑いながら耳から通信機らしきものを取り外した。
『……そもそも、その人が自ら手を繋いでくれると思います?』
エイシンフラッシュがそのようにため息をつく。
どうやら最初から、トレーナーとフラッシュに仕組まれていたらしい。
「ぁ、ぁぁぁあぁ………」
ファル子は蚊の鳴くような声を出す。まさか、漫画の内容も全部知られているのでは……。
『大丈夫ですよ。当たり障りのない事しか伝えてませんから』
エイシンフラッシュがそうやって、漫画の大部分は伝えていない事をフォローする。だが、それでもファル子にとっては恥ずかしい限りだ。
穴があったら入りたい気持ちになった。されど観覧車に穴なんて無い。まだまだ、トレーナーとは二人っきりだ。
顔を真っ赤にしたファル子にトレーナーは真横の座席に座って、縮こまるファル子に告げた――――。
【ケース4】観覧車の中でトレーナーに自身の心の内を打ち明けて――二人はキスをする。《成功?》
後日、エイシンフラッシュとメジロドーベル達は同じ部屋で少女漫画の執筆作業をしていた。これは、ドーベルにとって予想外の事だった。
「……なんで私が“どぼめじろう”だと分かったの?」
「明らかに打ち合わせのラフ漫画の内容を意識したような行動を取っていましたので」
エイシンフラッシュが当然の如く答える。それはそうだと言わんばかりに、呆れ顔で何度も頷いているマックイーン。
「やぶ蛇だったかしら……」
とはいえ、描き直して清書している少女漫画はどれも前のラフより“スマートファルコンらしい”代物だと実感がある。
仲良く腕を組もうとして上手くは行かず手を繋ぎ、お腹が空いてハンバーガーを貰い受け、絶叫マシーンでファル子が楽しんでいる一方でトレーナーが青くなる。
そして、ドーベルは最後の告白のシーンを描いていた。
学生であるウマ娘と、教員であるトレーナーが在学中に男女の関係として結ばれるわけには当然いかないけれど。
たとえトレセン学園から卒業したとしても、たとえアスリートとして走り続けるのをやめたとしても、固く結ばれた二人の絆が消えてしまう事は無い。
学生と教員の関係ではなくなったとしても、二人の交流は続けてゆけばいいのだから。
「……ファルコンさんの気持ちは、その時にまた答えを出せばいい。いつまでも後ろ向きになったって、貴女らしくない」
エイシンフラッシュがそう呟きながら、最後のシーンのトーンを貼り終えた。
その台詞にドーベルとマックイーンも同意して、首を縦に振る。
「ではこの作品は納品するとして、どんな題名で公開するのですか? 前の作品は『シリウスの軌跡』……今回は」
「『イーグルの軌跡』なんてのはいかがでしょう?」
「……イーグルはワシで、ファルコンがハヤブサです」
マックイーンもファルコンのコミッション名にてっきり釣られたようで、目を丸くしている。
そんな彼女達を見て、ドーベルは微笑んだ。そして、二人に向けてぴったりのタイトルを提案する。
ダートの……いや、ウマ娘界のセンター、スマートファルコン。
我々から、感謝を。
そのハヤブサは、未来を迎える事にもう怯えたりしない。前を向いて、砂の上をはばたき続ける。
おまけ:『作中で描写されているネームドキャラクター以外からの依頼とか』
『送信者:アシゲスキー
依頼種別:一枚絵100枚
依頼内容:芦毛ちゃんの一枚絵百枚お願いします。シップちゃんのもお願いします』
ドーベル「…………」
マックイーン「ちょっと、知り合いでしょう? どうにかなさい」
ゴルシ「しらねーしらねー」
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アシゲスキーに送られる芦毛の一枚(マックイーン)
【挿絵表示】
七話の依頼者
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テイエムオペラオー
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スイープトウショウ