「みんなー! ファル子が逃げたらー?」
「追うしかなーい!!」
取材陣がファル子の掛け声に合わせて、お決まりの台詞を叫ぶ。
ここ最近を活躍するウマ娘を取り上げる番組。ファル子やその専属トレーナー。そしてカレンチャンやスイープトウショウと彼女達を補佐するもう一人のトレーナーがその取材を受けていた。
「スマートファルコンさんはもうすぐドバイ遠征を控えているとか。不安はありませんか?」
質問を投げかける女性記者に、ファル子は胸の前で腕を組みながら答えた。
「ちょっと前までは不安な事があったけど……トレーナーさんと一緒だから、ぜんぜん不安はないよっ!! ね? トレーナーさん」
意味ありげな笑顔をトレーナーに向けると、彼も柔らかく優しい笑顔を浮かべる。
「……だから、みんなもファル子の事応援してねーっ☆」
キラキラとしたアイドルスマイルを振りまく彼女に、カメラのフラッシュが焚かれる。
ついこの前まで何処か陰りがあったスマートファルコンだが、今の彼女にそれはない。もしかしたら予想していたよりも、ドバイで良い走りが出来るかもしれない。そういう感想を抱いたのは“天才”と謳われる少女スイープトウショウ。
彼女も彼女でクラシック一冠の《秋華賞》を勝ち取ったという、赤鬼スマートファルコンと並んでも恥ずかしくないような活躍をしている。
もっとも、酷くワガママな気質なので「あのトレーナー以外には誰もマトモに御せない」とも言われているが……。
「スイープトウショウさんについて、彼女の人物像は、トレーナーさんからはどういう子に見えますか?」
話題はスマートファルコンからスイープトウショウに移る。
焦点が当てられたトレーナーは、こちらもスイープと同じく天才と名高い。
史上最年少で三冠の栄誉を得たトレーナーにして、史上六人目の5大クラシック完全制覇者。おまけにかなりのイケメンという事で、彼を慕う女性ファンも多い。
スイープとしても、“使い魔”たるトレーナーが美形というのは悪くなかった。なにせ『美形トレーナーに美少女スイープ』と、一緒に囃される事も多い。その点においては実にスイープトウショウの美人さをよく引き立ててくれている……と、彼女自身は内心でご機嫌に考えていた。
しかしトレーナーの方はというと、ご機嫌なスイープとは正反対に。彼女の事について聞かれて目が死んでいた。
「ワガママ。な……あと、プライドが高い……女性? じゃないですかね……ハイ……」
その言葉は、普段からどれだけ彼女に手を焼かされているか理解するに十二分な態度だ。
その回答には、流石の女性記者も苦笑い。スイープトウショウはプルプルと震えながらも、番組の収録中という事なので抑える。
「あ、逆にカワイイですけどね! 逆にね……」
周囲が苦笑いし、スイープがキレかけているのに気がついて咄嗟にフォローを入れるトレーナー。自分にも言い聞かせているようにも聞こえるのは気の所為じゃないだろう。
「大変ですよ。いや、あの、世話してるかたとトレーナーのかたは……」
どっちもアンタでしょう。スイープはそうツッコミそうになったが、まだ堪える。
とはいえ、トレーナーの態度のせいで限界寸前だった。スイープの機嫌を察した取材陣は、明るい話題を振ろうと冗談まじりにトレーナーに質問を投げる。
「彼女にしたい?」
スイープの耳がピクリと動く。「ちょっと、そういうのはやめてよ」と言おうとしたが、その前にトレーナーの方が食い気味に即答した。
「いやぁーっきついでしょ!!」
それは先ほどの死んだ目とは違って、満面の笑みであった。
「振り回されっぱなしになると思いますよっ! うん! 手のひらで転がされるというか――」
取材陣はスイープトウショウの顔色をうかがうように視線を動かした。トレーナーの方もそれにつられて彼女の方を見る。
「…………」
メジロドーベルは、スイープトウショウの激怒を表現する字幕とテロップが映し出されるテレビを眺めていた。
それから数秒間、トレーナーがスイープトウショウにドツキ回される光景が流れ、怒り収まらぬ彼女はそのまま取材陣の前から退散してしまった事が番組の映像から見て取れる。
「……まぁ、犬とか猫みたいな動物相手ならともかく、ウマ娘相手ならそうなるわよね……」
スイープトウショウ抜きにして取材は相変わらず進んでいるようである。それを鑑賞していると、メールの着信音に気づいてスマフォを手に取る。どうやらコミッションの依頼らしい。
『送信者:東方事業改革
依頼種別:一枚絵
依頼内容:スイープトウショウの人物画を描いて。』
……今までの依頼者と比べて、ひどく手短な依頼である。
確かに人物画単体で描く事はある。
しかし、いつもの依頼者もっと具体的な指示を出していた。
それが今回に限っては、たった一行の文面なのだ。
とりあえず、依頼を請け負う前に相談用の文面をドーベルの方から投げる。
『どういったシチュエーションの人物画にしますか?』
それを投げると、すぐに返事がやってきた。
『とにかく美人に描いて』
……いまいち要領を得ない話だ。
ドーベルはこの依頼を受理しようかしまいか悩んだ。しかし、モノは試しとも考える事は出来る。ドーベルからみても、スイープトウショウは“美人”といって差し支えないのだ。それをモデルに描く事は、絵描きとして腕試しの一つになるかもしれない。
一枚絵なら作業量も少ない。それならば、とドーベルは受理のボタンを押して早速作業に取り掛かった。
まず、大まかな構図を決めるためにラフを描く。
そこから細部を描き込むのだが、今回は特に指定がないので、一人で部屋の中に行儀よく座っている場面を描く事にした。
鉛筆を走らせる事、1時間足らず。
色塗り前の段階のスイープトウショウが描けた。人物画としては上出来だと、ドーベルは自画自賛しながらスキャナーに入れる。そして依頼者に送信。
『これでいかがですか? 大丈夫ならこのまま色塗りしますが』
しばらくして、返事が送られてくる
『リテイク』
……初めて真正面からリテイクを食らった。要望からズレた時以外にやり直しを要求されたのは今回が初だった。
「……うぅん、実物より美人に描いてみるべきかしら」
ちょっと大人っぽくしてみる。
『リテイク』
まだダメらしい。色々と盛ってみた。
『……リテイク』
いっその事、ライトハローさん並に熟女化……。
『リテイクッ!!!』
「……なんですの。そんな風に露骨に落ち込んで」
マックイーンは手伝いにやってくるなり、タマモクロスがナーバスになった時*1みたいに落ち込んでいるドーベルが居たので首を傾げた。
「依頼……リテイク立て続けに喰らっちゃって……」
「リテイクの制限回数をちゃんと設けてないからよ」
マックイーンはドーベルが描いた一枚絵を視界に入れる。
そこにあるのは、おびただしい数の人物画だ。どれもこれも年齢や雰囲気、構図などを変えたスイープトウショウのものである。
これはさすがに相手の要求が常識外れだと理解した。
「蹴ってしまいなさいなそんな依頼。もしかしなくとも、悪意のある嫌がらせかもしれませんよ?」
そう諭すマックイーンに対してドーベルは首を横に振る。
「……たぶん違うと思う」
なんとなく、ドーベルはそう感じていた。何故なら、ちゃんと人物画を品定めしているように相手の返信にはタイムラグがある。
違うと判断した要因はそれだけだが、ドーベルは番組の事もあってどこか引っかかった。
「ぐすっ……なによ……あんな言い方しなくたっていいじゃない……」
あの番組の収録以来、スイープは寮室でずっと塞ぎ込んでいた。
当然が如くトレーニングも拒否している。トレーナーの顔も見たくない。
スイープトウショウは、女の子としての自信がぽっきりと折れていた。トレーナーとはそんな間柄じゃないとはいえ、あまりにもぞんざいな態度が許せなかった。
彼女は、彼に対して恋愛感情はないにせよトレーナーとしては一定以上に認めている。だから今まである程度の指示は聞いてきた。それに“男性”としても他の女性からすれば羨望される存在だって事も分かっている。
そんなトレーナーに、スイープを「彼女にしたいか」との話題に馬鹿にされたように笑顔で答えられれば、スイープトウショウともいえど心に傷を負った。
部屋の隅っこにうずくまり、彼女は自分の尻尾を抱きかかえる。
こんな状態では、トレーニングなんてしたくないしレースにも出走したくない。
スイープは自信を取り戻すべく、どぼめじろうという絵描きに自分の人物画を依頼した。
しかし、そのどれもがしっくり来ない。描かれているスイープトウショウは当たり前ながら美人であるし、その絵が上手だって事も分かる。
それでも、自分が求めている物とは違った。別物なのだ。
求めている物がなんなのか、正直なところスイープ自身にもよくわかってない。だけれど、漠然と“もう一度見たい自分自身”があるような気がするのだ。
それが何であるのか、まるで分からなかった……。
「スイープトウショウさん、今日もお休みらしいです」
エイシンフラッシュがドーベルにそう話題を振る。寮長のフジキセキがどうにか説得しているが、ダメだそうだ。トレーナーに至っては面会拒絶。
知り合いが何日も登校拒否ともなれば、さすがに心配になってくる。
「……見舞いにいくべきかしら?」
ドーベルは悩んだ末に、エイシンフラッシュの方を見る。それを受けたフラッシュは、意味有りげに頷いた。
「一つ、ドーベルさんに提案したい策が」
そしてフラッシュはドーベルに対して、一つの映像を見せてきた。
「なによ! トレーニングしろって言ったってやらないわよっ!! 学校にだって出てやんないんだからっ!!」
自室に引きこもるスイープは、お見舞いにきたドーベルとフラッシュに対して開口一番そう大声をあげた。
その様子たるや、今まで見てきた以上の癇癪だ。しかし二人はそれを気に留めず、彼女と言葉を交わそうとする。
「そうは言わないけど、一緒に鑑賞してほしい番組があるの」
「…………」
スイープトウショウは警戒しながらも、渋々といった様子で頷いた。
フラッシュは手元の記録媒体を使って、その番組とやらをテレビに再生する。
『月刊、トゥインクルのコーナー♪』
画面には、スイープも見た事のある司会者が映っていた。ウマ娘をメインに取り扱う放送番組だ。
司会は軽快なトークを披露して、さっそく本題に入る。
『さて、それでは今月大活躍したウマ娘達を取り上げるコーナーです! 今月のウマ娘は……?』
テレビの映像が、スタジオから別の場所へ切り替わる。
『みんなー! ファル子が逃げたらー?』
『追うしかなーい!!』
スイープはそれを耳にした途端、引き攣った顔をした。
そこに映っているのは、あの日あの時に収録した映像だったのだ。
「……二人して、アタシを笑いモノにしにきたの……?」
スイープトウショウの目尻に涙が浮かぶ。この後、トレーナーにあの酷い事を言われるからだ。
彼女の表情を見たドーベルとフラッシュは、首を横に振った。
映像には、スマートファルコンのレース経歴が紹介されている。……三人からしても甚だ恐ろしい戦績である。
ナレーションは彼女やトレーナーの人となりも紹介し始めた。人気絶頂中のウマドルだとか。お父さんみたいに優しいトレーナーだとか。もうすぐ二人一緒にドバイへ遠征に行くだとか。
やがて、番組の焦点はスイープトウショウに当てられる。
レース経歴やトレーニング風景。そして……。
『スイープトウショウさんについて、彼女の人物像は、トレーナーさんからはどういう子に見えますか?』
スイープの肩がビクリと震えた。怯えた顔で「イヤイヤ」と首を振りながら、両手で自身の耳を塞ぐ。
フラッシュは、すぐに10秒スキップのボタンを何度か押す。映し出されたのはスイープトウショウが帰った後の場面。
『だ、だいじょうぶですか……?』
取材陣がズタボロになったトレーナーへ心配そうに尋ねる。トレーナーは痛みを堪えながらも「いつもの事です」とにっこり笑って返した。
『……ワガママな彼女に振り回されたりして、辛かったりしませんか?』
画面の中でインタビューに答えるトレーナー。
『彼女は並のウマ娘じゃないと思っているんで。G1で良い結果も出せるように、一緒に頑張りたいと思っています』
スイープは、それを耳に入れて俯いた。
「…………何よ。だったら、あんな風に言わないでよ……」
スイープは唇を噛み締めた。番組はスイープトウショウが勝利した秋華賞のハイライトに移り始めている。
「どぼめじろう宛に人物画のコミッションを送ってきたのは、スイープさん?」
「…………」
スイープは静かに頷いた。それを確認してから、ドーベルがスイープに一枚の絵を渡した。
「これ」
スイープはおそるおそる、それを手に取る。
渡された絵はスイープトウショウが秋華賞で勝利をして表彰台に上がっているシーンだ。
同じ場面に描かれているトレーナーは、大喜びしながらスイープトウショウの頭上に冠を載せている。
冠に付いている大きな赤い宝石が、まるで彼女を祝福しているようだった。
「……まるで馬鹿にされたように感じたのでしょうけれど。トレーナーさんも本心でこそは、貴方がとても素晴らしいウマ娘だって認めているわ」
言葉は、一種の魔法だ。それは呪いであり、祝福でもある。
言い方や受け取り方によっては人を幸福にも不幸にもするだろう。だからこそ、呪文を紡ぐ時には慎重にならねばならない。
トレーナーの方も、スイーピーがここ数日ずっと塞ぎ込んでいた事でそれがイヤというほど理解出来ただろう。
「……『嫌い』だとか、『顔も見たくない』だとか、不幸せの魔法を掛け続けるのはお互いを傷つけてしまうだけだわ。だから、トレーナーさんの事、許してあげて?」
ドーベルの言葉を聞いたスイープは……泣き出した。
涙が次から次に溢れ出る。フラッシュがハンカチを手渡すと、スイープはひったくるようにそれを受け取った。
ドーベルはその様子を黙って見守る。フラッシュも同じく。
スイープは泣き続けた。そして、ようやく泣き止んで。嗚咽を漏らす中で、こんな事を呟いた。
「……『もう一回あれと同じような事言ったら、今度は許さない』って……伝えといてっ………」
ドーベルとフラッシュは、ゆっくりと頷いてから。嗚咽が止まるまで彼女の頭を撫でてやった。
「……というか。どぼめじろうってドーベルなのね。この絵のタッチを見る限り」
泣き止んでからまじまじとイラストを見るスイーピー。頭を抱えるドーベルと「バレて当然だ」と言わんばかりの表情をするフラッシュ。
「じゃあ、このままコミッションを取り消ししたら3000円返ってくるのかしら?」
ニコリと笑うスイーピー。ドーベルもその言葉には苦笑いで返すしかない。
「冗談よ。その……この絵のデータを送信しておいてくれない? 携帯に入れておきたいから。悪かったわね、何度も作り直しを命令して……」
スイープトウショウが申し訳なさそうに言うと、ドーベルは首を軽く横に振った。
「いい教訓になったわ。色々とね」
ドーベルは、「自分のトレーナーにもあまり酷い言葉は使わないようにしようかな」とも思いながら。スイープにそう言った。
『カレンチャンでーす♪』
付けっぱなしのテレビから明るい声が聞こえる。
三人が振り向くと、そこには可愛らしく振る舞うカレンチャンが映っていた。
取材スタッフはその姿にデレデレと笑みがこぼれている。…………スイーピーのトレーナーもだ。彼は、カレンチャンのトレーナーでもある。
『トレーナーさん。カレンチャンを彼女にしたいですかっ?!』
インタビュアーは調子に乗って、懲りずにそんな言葉を投げかける。
『いやぁー、したいでしょ。ボクのガールフレンドですっ!!』
『もう、トレーナーったら~♡』
「……は?」
イキイキとしてインタビューに応えるトレーナー。まんざらでもなさそうなカレンチャン。再びブチキレ気味のスイーピー。
そういえばこのトレーナーは気性難な子を任される事が多い中、カレンチャンは相当に愛想の良い性格だったか。トレーナーとの付き合いも良好であるらしいし。
「……これは宥めた方がいいのかしら?」
「……たぶん対抗心燃やしてトレーニングも学校も頑張るでしょうし、ほっときましょう」
ドーベルとフラッシュの二人はスイープを刺激しないように、彼女の部屋から去っていったという。
トレーナーが気性難を完全に御しきれる日はまだ遠い。スイーピーが、男性を魅了する魔法を習得する日もまだ遠い……。
おまけ:メイショウドトウやライトハロー以上にナイスバディになったボツの人物画を鑑賞。
スイープ「見なさい! ドーベルに描いてもらった絵を! 将来は私もこんな風になるのよ! 彼女にしたいって訂正するなら今の内なんだからね!!!」
トレーナー「いやー、(スイープがここまでナイスバディを目指すのは)きついでしょ」