「デジタル化しましょう」
三人集まっての作業中、エイシンフラッシュは二人に対してそう提案した。
「砂塵を被るのはどうにも苦手ですわ。髪に絡まって取れなくて」
「尊みラストスパートを継承するのもちょっと……」
「そっちのデジタル化じゃないです」
エイシンフラッシュは、もはや膨大な数となった原稿を指さした。謎のアシゲスキーやスイープトウショウの件も併せてか、段々と机に収まりきらない量に近づいている。
「アナログのまま描き続けるとしても、スキャナーはあるのだし原稿の方は破棄しませんか? ドーベルさんは、周囲には隠しておきたいんですよね」
フラッシュの指摘は的を射ていた。事実、同室の者にも隠すのが辛くなってきた。
「確かに……整理中に、タイキともこういう事があって……」
『what? ドーベル、何か読んでいるんデスか?』
以前、少女漫画の原稿を片付けていると部屋に入ってきたタイキシャトルにそんな事を聞かれた。
ドーベルは大急ぎで原稿を隠してタイキシャトルがいる方に振り返る。
『な、なんでもない!!』
緊張からか、ドーベルの頬が赤い。やはり少女漫画を描いているなどとは、他人にはバレたくない。
『…………』
しかしタイキシャトルからすれば、なんで“本らしき物体”を隠すだけでそんなに慌てているのかと思った。彼女は訝しげな表情で前のめりになりながら腕を組んで考え込む。
『!!!!』
タイキシャトルは一つの考えに至ったのか、顔を真っ赤にして手で口を覆う。
『ゴ、ゴメンナサイ……ワタシ、散歩にイッテキマスので、ゴユックリ、続きを、ドウゾ……』
絞り出すような声色でそう言って、強張った笑みを浮かべ、ぎこちない動きで部屋から退出していく。
『……?? え、えぇ、続けさせてもらうわ……』
「いやそれ絶対誤解されてますよ」
「少女漫画の趣味がバレるよりもずっと悪化してますわね……」
「次の日には“マックイーンやフラッシュと一緒に作業する”とも言ったわ。何故か天地がひっくり返ったように驚いてたけれど」
「何がまずいかはいちいち指摘しませんが、後で弁解してくださいね?」
話を戻そう。
アナログ作業からデジタル作業に移行するかどうかという提案だ。
「……原稿は捨てたくないのよね。原本は取っておきたいというか……」
「じゃあ、これ以上増やさないようにデジタル化をするというのは?」
「それ自体は大賛成だけれど……」
パソコンはどうする?
いや、私用のパソコンならなんだかんだフラッシュもマックイーンも持っている。レースの記録を取ったり、勉強の為といった用途が主だったが、それをドーベルを手伝う為に使っても問題はないといわんばかりに二人は頷いている。
「……道具を買うお金も、問題、ない……」
そして一枚3000円とはいえ、ドーベルが早描きの才があってかチリツモだ。アリスデジタルや星空雲の依頼を完了していた時点で、小遣いとしてはバカにならないお金が貯まっていた。
この時代に漫画を描くのだから、デジタルの方が便利なのは確かだ。画材代も初期投資分にまとまりやすくなる。
「デジタルなら、部屋に集まらずともクラウド上で作業をやり取りも出来ます。タイキさんの目を気にせずともよくなるでしょう」
「いえ、タイキは二人が部屋へ訪ねてきた時はいそいそと何処かに行くようになったからそれは心配いらないわ。タイキったら、本当に優しいんだから」
「だから、それは絶対に弁解してくださいね?」
「一歩間違えると“優しい”が“やらしい”に変わってしまいますゎぁー…………」
…………話を戻そう。
「デジタル化移行の提案するにあたって、予めこちらの予算・目的にあったカタログをプリントアウトしてきました」
フラッシュは机の上に紙の束を置く。A4サイズの印刷用紙に様々な機械が載っている。
今持っている以外にもデジタル環境の構築には相応の機器が必要だ。ペンタブレット、プリンター、イラスト用のプログラム、等々……。
この辺りは先んじて揃えても特に問題はないだろう。
「うん、お金も足りる」
「これを買えば、もうベタ作業で袖が汚れませんのね?」
予算的にも手頃だ。デジタル化移行において何も問題は見受けられない。さすが『ブリッツ・マイスター』とあだ名されるだけの事はある。知恵が必要な先導は彼女の仰せのままに、ドーベルはそれらを注文するとした。
そうして、数日後……機材は何ら問題なく届いた。ミホノブルボンが介入してぶっ壊れるなんてお約束も起こらなかった。
「机がペンタブレットやプリンターだけで埋まりそうですね」
「そうね、でも格段に作業がやりやすくなるわ。まずは、扱い方に慣れないと」
フラッシュもドーベルも届いた新品の機材達に興味津々といった様子で触れていた。
それぞれ興味のある事や使いたい機能など色々とあった。
そんな中、唯一小難しそうな表情で考え込んでいるのがマックイーンだ。
「どうしたのマックイーン。まさか、初期不良の機材がみつかった?」
マックイーンは首を振る。
彼女は黙ったまま機材一式をドーベルの机に並べてから、別の問題点を指摘してくれた。
「……これ部屋に置いていたらタイキさんに『漫画を描いている』とバレるのでは?」
「え゛?」
「あ゛」
【エイシンフラッシュ:掛かり】
【エイシンフラッシュ:Schwarzes Schwert】Lv5*1
とりあえず、机と機材には大きなカバーを掛けておく事で誤魔化しておく事にした。
何故かタイキシャトルはその中を覗き見る事はなかったらしい。
「あ、あんなに大きいモノを、布で見えないように隠してるなんて……キット、『ナニカスゴイモノ』に、違いアリマセン……!!!」
……なんだか余計に変な方向に誤解された気がするが。
おまけ:♡カレンチャンのすっごい逸話♡
スイープは機嫌を直したとはいえ、自分とカレンの扱いの差が少々不服だった。
「はぁ……アタシも頑張ってるはずなのになんであっちばかり可愛がられるのかしら……」
「いやぁ、カレン先輩は尋常じゃねぇッスよ?」
同じチーム員の、マスクをつけた、ぼっーっとした顔つきのウマ娘がそんな事を言った。彼女はカレンチャンが海外遠征に行った時の事を話す。
――あの時は色々と事故が起こりましてね。
カレン先輩、飛行機の中で狭い客室に閉じ込められたッスよ。
寝そべる事も出来ないくらいの空間で、暇つぶしのゲームもなければおトイレも無しっていうヒデェ話。
そんな空間に閉じ込められるのがなんと《26時間》くらい続いたッス
まぁなんやかんやで事故は解決したみてぇッスが、トレーナーを含めた大人達は大急ぎでカレン先輩を助け出すべく部屋を開けたッス。
寂しくて泣いてるかもしれない。疲れ果てて怯えてるかもしれない。色々とお
……そんな野郎どもの妄想みたいな展開は一つたりとも起こらなかったのでそこは省くンですが。
ただ一つだけ。トレーナー達が扉を開けた時の彼女の様子を語らせてもらうとッスね。
カレンチャンというウマ娘は『26時間ぶっ続けで窮屈な空間に閉じ込められてる』のに冷静に腕組んで仁王立ちしてました。
「……何それ。子供が考えたホラー話? それとも
「まぁ、信じねぇッスよね」
「からかおうったってそうはいかないんだから」
「簡潔に言えば、それくらい頑張らなきゃあれくらい可愛がられねぇって事ッス。つーか、スイープ姐貴もあのトレーナーから頬にキスされたいンすか? レース終わって疲労困憊で気が立っててもお構いなしにやってきたンですよアイツ。あん時だけは本当に噛み殺そうかと思いました」
「……それはされたくないから多く求めるのはやめる事にするわ」
「それがいいっすね。あ、でもトレーナーは『
「何よ。文句あるの?」
「……いや、アタシなら素直で可愛いカレン先輩より、スイープ姐貴くらいワガママな子を可愛がりたいって話ッスよ?」
「……なんだか誤魔化された気分」
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