「自分より遅いものを武器にするって馬鹿げてませんか?」 作:もっと苦しめたい
「ふん、ふん、ふん、今日もいい天気〜」
呑気に向こうへ銃弾を撃つのに夢中になっている男達の背後を取り、持っていた刀を横に勢いよく振り向く。それだけで先ほどまで煩かった鉄火の爆音は一瞬止み、そしてまた、近くで鳴り出す。空白は周囲の戦場の轟音によってあっという間に掻き消される。
「あはは、そろそろ面倒くさくなってきたな〜」
走りながら辺りを見回すが、あるのはボロボロになった廃墟と土煙、血を流して転がるバラバラになった残骸と汚れ、焼け焦げた地面のみ。しかし、その更に外側にはまだまだ銃声と怒号、火薬や硝煙の匂いが広がっている。
「これ、あと何人いるんだろ?別に大変ではないけど、数だけあっても飽きちゃうな〜」
頬を少し掻きながら、もうここで切り上げてしまおうかと思った。はっきり言って、今までの実績を考えたら、一回ぐらい依頼を途中破棄しても痛くはない。
けれど、そこで考え直す。
「いや、でもそれじゃあダメだ。世は弱肉強食。強くなければ生き続けることはできない。それなら、僕はより多くの敵を殺し、喰らう側じゃなくちゃ」
そう言って、自分の信条を胸に刻みように、いや、刻んだ跡を撫でるように言うと、刀に付いた血を振るい落して、再び敵がいるであろう場所に向けて走り出す。
「何事も
きっと今日も呆気なく仕事は終わるんだろうと思いながら、笑顔で駆け出した。
────────
「はい、依頼通りですよ。指定された場所にいた敵は全員殺しましたよ。え?うそ?いえいえ本当。あ〜はい、それじゃあ報酬は事前に指定した通りにお願いします。ええ、ええ。今回は初回ということで安めにしておいたので。はーい、またのご利用お願いしま~す」
つい数分前とは変わって風以外の音がなくなり静寂と化した戦場で、電話を切った。この電話は何やら特別性らしく、通常では電波の通じない場所にいたとしても、海を隔てた場所にいる相手とも会話ができる優れものだ。おかげで戦闘が終われば直ぐに依頼主に報告が出来るため、重宝している。
「さてさて、これでやっと溜まっていた依頼は片付いた」
辺りに転がった肉片を避けながら、戦場を後にする。もはや、ここには僕以外誰もいないのだから。
しかし本当に静かになったものだ。先ほどまで数百人規模での内紛があったとは誰も思わないことだろう。これ以上の武力衝突を止めるためとはいえ、まさか戦闘に参加した両方の陣営を皆殺しにすることになるとは。殺った身が思うのもあれだが、依頼主も大分物騒な人物だ。
「いや〜、『類い稀なる殺しの才能』だなんて言われたときは使い道あるのそれって?とは初めは思っていたけど、結構使い道あるもんだなぁ」
そう言いながら懐に入れていた
「それじゃあ、そろそろ行きますか。話によれば、
僕と同じように『殺し』を認められた存在。それは果たしてどんな人なのか。どんな才能なのか。僕とそれらとの間にはどんな力関係があるのか。もしも僕が上ならそれでいい。下であってもまあいい。世の中、上には上がいるということだ。
だが、それを知らないままでいるのは嫌だ。この世は弱肉強食。強くなければ喰われる。弱ければ喰される。それが嫌なら、相手よりも強くあるか、相手が強者であることを事前に知っておく必要がある。
そして、相手が自分と同じステージにいるならば、直接確認するのが一番だ。
「それじゃ、まあ、日本、僕の故郷へいざ出発と」
─────
一応、あちらの方で移動の手配はしてくれたようだが、はっきり言って信用していないし、飛行機では逃げ場もないため、いつも通り貿易の貨物船に乗り込むことにした。
僕としては適当に人目を気にしながら船の中に入ればいいだけなので、こっちのほうが楽だったりする。人混みの中はどうも落ち着かない。
そして、乗り込んでから数時間、苦労も問題もなく無事に日本に到着した僕は人がいない海岸で海を眺めていた。
「やっぱり落ち着くのは母国だよな〜」
今までいた中東あたりも慣れこそしているが、やはり落ち着くのはこの海だ。都心の海であるため特段綺麗という訳ではないが、銃声が聞こえないため、ボーッとして心を休ませることもできる。あちらでは毎日ずっと煩かったため、たまにこういう静かな時間があるのは丁度いい。
それからしばらくの間、何も考えずに海を眺めた後。
「よし、そろそろ行きますか」
立ち上がると、懐に入れたスマホを見る。
「えーっと、居場所の分かっている先輩は………」
事前に入れてあった資料が画面に映る。
「へえ、喫茶店なんてやってるんだ。表向きは普通を装う。カモフラージュ用かな?」
大胆なことではあるが、普段は一般人として暮らし、尚且つ趣味でやっているのであれば、上手い手ではある。
そんな事を考えて感心していると、お腹から小さく音が鳴る。
「あはは、昨日から何も食べてないからなぁ。丁度いいかな?」
背負った黒のギターケースと共に、僕は目的地に向かい始めた。
─────
「お客さん一人もいませんねぇ、先生」
和風の雰囲気が漂う二階建ての喫茶リコリコ、そのレジカウンターでテーブルに肘を付けながら、赤い和服の少女、千束が言った。
「まあ、この時間帯はな。そろそろ夕方になる。常連さんも来るだろうし、準備してきたらどうだ?」
その後ろで珈琲を用意しながら、紫の和服を着た大柄の黒人、喫茶店の店長ミカは言う。
「よし!今日こそはクルミに勝つぞー!ねえ!たきな!もう、ボドゲ準備してていいよ!」
「分かりました。千束、昨日何処に置きました?」
「ああ、それなら、あっちの部屋の方だぞ」
千束が店の奥側に声を掛けると、それに紺色の和服を着た少女、たきなが返事をし、その疑問に既に他より早く私服に着替えた見た目幼女のクルミが落ち着いた様子で答えた。
その様子を見ながら、千束はクスリと笑った。
「何よ?どうしたの?」
それを見て、千束の向かいにある畳の席に座っている女性、ミズキは声を掛けた。その右手にはまだ閉店前にも拘らず、何故か瓶一本の焼酎が握られていた。
「何でもう飲んでんだよ、オマエ?」
「いいから、いいから。色々あるのよ。最近は仕事中に風呂入り出すオチビもいて世話が大変なのよ」
「聞こえてるぞー。こっちこそ、酒でぶっ倒れたお前運ぶ羽目になって大変なんだからな」
「うわ、自分より何回りも小さい子に何やらせてんの?」
「うぐ………」
その言葉にミズキは罰の悪そうな顔をした。
「そ、それよりもよ。あんたいきなり笑ってどうしたのよ?」
ミズキの疑問に千束は何処か自慢気になる。
「ふっふ〜、別に〜、たきなもすっかり成長したなぁ、と思ったり思わなかったり?」
千束の脳裏には、初めリコリコに来たばかりの頃のたきなが思い浮かぶ。あの頃に比べれば、だいぶ雰囲気も柔らかくなり、皆とも打ち解けていた。そして、何よりもDAに居た時を振り返るばかりでなく新しく前を向き始め、今を楽しんでいた。
「あんたはあいつのママかっつーの」
「え〜?ママって何?わたしはお姉ちゃんがいいんだけど?」
「いや、どっちかというと、たきなの方がちゃんとしてるからお姉ちゃんだろ」
千束の言葉にボドゲを畳の席のテーブルに置いて広げ始めたクルミが冷静な指摘を入れる。
「ウッソ!お姉ちゃんはわたしでしょ!?だって私の方が年上だし!たきなもそう思うでしょ!?」
「え?」
千束の突然の質問にクルミの隣で準備をしていたたきなは首を傾げる。
「そうですね、千束はなんというか…………」
「お姉ちゃんでしょ?ね?ね?」
「犬ですね。ポメラニアン。癒されます」
店内に沈黙が走る。
「え?」
先ほどとは変わって、今度は千束が首を傾げた。
「ブフッ」
「あはは、犬、犬か。確かにそうだな!」
ミズキは笑いを堪えきれずに吹き出すとテーブルに突っ伏し、クルミは膝を叩いてリアクションを取りながら笑う。
そして、二人が笑う中、首を傾げていた千束は目を見開いたまま、小走りでミカの方へと突撃をかました。
「アアアアア、センセー!たきながァ、たきながァア!」
「あ、ああ、その、なんだ。ざ、残念だったな」
「笑うの我慢しながら言うなァ!!」
よく見れば見るミカの口元が少し、いや、だいぶ引き攣っている。
「そんなぁ、犬、犬って………お姉ちゃんかどうかの質問で犬って………」
「千束、別に悪気があったわけじゃなく、本当に千束がいると癒されるから言ったのであって」
「知っとるわ!だから嬉しいけど余計に傷ついたわ!」
「たきなは天然だからねぇ」
「諦めてもっと年長者らしい振る舞いをするんだな」
「うわああああああん!」
かなり良い話題で始まったはずのリコリコ内の会話は混沌としたものになってしまった。
しかし、混沌も長くは続かなかった。
突然、店のドアが開く音がした。
「あれ?すみません。お店ってまだやってます?」
入って来たのは一人の青年だった。若干青みのかかった揃えられた平均的な長さの黒髮と瞳、白く染みのない綺麗な肌、歳は高校生ほどだろうか、少々小柄だが、身体はしっかりとしており、健康的である。服装は藍色に染められたワイシャツに黒の長ズボンとあっさりしており、背中には黒のギターケースが背負ってある。顔立ちは幼さを残しながらも大変綺麗に整っており、美少年と言えるだろう。だが、一番印象に残るのは、その優しげで温和な笑顔だ。その穏やかさは、千束の笑顔を太陽に例えるなら、さながら月である。
「扉見たらまだやってそうだったんですが、もしかしてもうお店閉じるとこでした?」
店内に優しげな声が響く。千束たちは全員青年の方を見て硬直しており、青年の方はそれでも笑顔のままだ。
「あ、ああ、大丈夫だ。まだやってる。空いている席に座ってくれ。千束、接客頼む」
「あ、はーい。すぐに〜」
「おら、ミズキ、奥に行くぞ」
「あ、ちょっと引っ張らないでよ〜」
「たきな手伝ってくれ。こいつ重い」
「あ、はい、分かりました」
「女性に重いとか言うな!ガキンチョ!」
そのままミズキ共々たきなとクルミは奥の方に退散していった。無論、置いてあった焼酎も回収して。
そして、それを見ていた青年の方は特段それに反応することなく、カウンターの方に座った。
「なんだが、賑やかな感じですね〜」
「あはは、すみません。いつもはもうちょっとちゃんとしてるですけど」
流石の千束もこれには苦笑いだ。
「いえ、別にいいですよ。こういうのも嫌いじゃないんで、僕」
青年のほうは変わらず笑顔のまま。特に深いに思っている様子はなさそうだ。
「お客さんはこの店来たの初めてですよね?」
「ええ、ちょうど小腹が空いていたので、検索してみたら、ここが結構オススメされてたので」
「わああ!嬉しい!ありがとう!」
それを聞いた千束は、一気に目をキラキラと輝かせながら満面の笑みを浮かべた。
「ウチはね、珈琲が超オススメ、あと和菓子もスッゴい美味しんですよねー!」
「へえ、だったら珈琲を一杯と、あとはそうだな、オススメの和菓子も一品お願いします」
「はーい!先生!珈琲一杯と、小腹が空いてるなら、お団子一つ!」
「了解した」
千束が厨房の方に声を掛けると、すぐにミカの返事が来た。
「あなたはここで働いているんですか?」
青年はそう千束に質問した。
「そうですよー。あ、わたしの名前は錦木千束!さっきの黒髮の子が井ノ上たきなって子で結構前から働き出したの。それであの黄色の子がクルミっていって、ちょっとウチで預かってて、あの酒飲んでやつがミズキ。一応、ウチの店員。普段は、多分、うん、おそらくあんな感じじゃないから心配しないでね!」
千束がそう話しているうちに、ミカがコーヒーカップと団子を持ってきた。
「はい、お待ち。珈琲とお団子」
「それでこの人がミカさん!ウチの店長!本当に美味しい珈琲だから期待してね!」
「ありがとうございます。それではさっそく珈琲から」
青年はカップを口元にやると、一口飲んだ。
「わあ、美味しいですね。これ」
「でしょでしょ!ウチの自慢なんだ!」
「褒めてくれて嬉しいよ」
そのまま、今度は団子を一串口元にやって食べる。
「これも団子にかかっている餡子と相性いいですね。ちょうどいい甘さです」
「良かった!他にも美味しいのいっぱいあるからどんどん食べてね!」
「あはは、そうですね。それもいいですけど、この後用事があるので、これだけ食べて珈琲を飲んだら、また今度にします」
「え〜、そっかぁ。残念。もしなんかあったら言ってね!ウチは困っている人のお手伝いもやってるから!」
「何でも屋みたいなですか?」
「そうそう!さっき言ったたきなと一緒にやってるんだ!」
「……………へえ、そうなんですか。でしたら、何かあったら手伝ってもらいますね」
そう言いながら、青年は目を細めた。もちろん、笑顔はそのまま。
「うん!いつでもいいよ!」
それからしばらくの間、話していると、ついに青年は団子も珈琲も食べ終えた。
「それでは、また来ますね」
「ああ、いつでも来てくれ」
「今度はもっと珈琲用意しておくからね!先生が!」
「あはは、楽しみにしてます」
青年は、店に入ってきたときから維持してきた笑顔のまま、扉へと向かって行く。
「あ、そうだ!名前なんていうの?」
千束の声に青年は足を止めた。そして、振り返ると、やはり笑顔のまま言うのだった。
「
「そっか、それじゃあ、梓君!またね!」
「ええ、また」
────
「うーん、何だか想像と違ったなぁ」
夕日の照らす道を一人歩く。
「初めは気のせいかなって思ったけどどうもそうじゃないみたいだ」
店に入る時、わざと存在を察知されないように直前で足音を消していた。普通、この時点で異変に気付いてくるかもしれないと思ったが、そうじゃなかった。
もちろん、これが普通の人なら何でもないが、彼らは、特にあの少女は別だ。
「あれが僕と同じなんだよなぁ」
いくら表向きは接客業をしているとはいえ、それでもあれは、と思った。
「これは予想以上に────」
───大したことないかもしれない
実際のところはまだ断定できない。本番になれば、何か凄いものがきっとあるのだろう。僕と同じように認められた『殺しの才能』が。
けれど、あれはダメかもしれない。あれはもっと根本的な部分がおかしくなっている。ズレている。そんな予感がする。
「あ~あ、これは、もう
僕はそうため息をつきながら、スマホを取り出し画面を見た。
そこには、黒のコートに緑色のアフロヘアをした男が、僕のもう一人の先輩が映っていた。