「……キサマ」
「おいおい、落ち着けよ。俺みたいなプリティなクマちゃんになんて殺気向けてるんだよ!」
軽口をたたくクマはまずは捨て置く。
軽く見た限りではあるが、部屋にアレンの姿はなく、乱雑に開けられたままのクローゼットに、物の散乱した机。
本棚には、英雄達の物語が整理されて並んでいた。
「ゼノ様」
「任せる」
ウィンが短く声をかけ、ゼノが頷くと、幹部達は部屋から姿を消した。
「あらら、華やかだったのに一気に冷ややか」
「キサマ、ふざけるのも大概にしろ…アレンはどこだ」
「あん?どこってそりゃ…新天地だろうさ、此処じゃ無い、な」
べーやんがヘラヘラとそう答えた瞬間
キィンッ!と一瞬にしてアレンの部屋が凍りつく。
魔王ゼノ。ドライグ国魔王にして、絶対零度の女王、その魔術は氷龍ですら凍え殺す。
一部の、極々限られた者しか修得できない氷魔術。
魔王ゼノを魔王たらしめる、彼女の魔術。
「下らん問答は無しだ、答えろ」
「わかった、わかったよ…アンタの精鋭達が探し始めたんだ、今さら俺が言わなくても、見つかるのも時間の問題だと思うがね」
自身以外の部屋一面を凍らされ、魔力の籠る鋭い氷柱に矛先を向けられていてもなお、軽口を止めないぬいぐるみにゼノは静かに凍てつく殺気を放つ。
「まてまて!俺だってアンタとサシで話したかったんだ、氷の魔王よ。こんな機会が無いとお互い話しなんて出来ないだろう!?だからよ、腹を割って話そうぜ!?」
「キサマの腹に綿以外の何が詰まっているか見てやろう」
「いや猟奇的ィ!いちいち物騒なんだよアンタは!」
「黙れ、キサマの存在がアレンの人格形成に少なからず影響を与えたなどと思うと、虫酸が走る」
「ひどぅい……」
このクマとアレンの返答の癖がどうにも似ていると思わざるを得ない。
それくらい、2人は長い間共にいたのだ。
それが悪いこととは思わない、だが、母親としては認めるのは癪だった。
ゼノは凍ったアレンの椅子を、自らの苛立ちを表すかのように無理やり引き抜き、腰かける。
幹部達の能力ならば今のアレンでも逃げ切るのは不可能と考えたゼノは、アレンが親友と呼び慕う不可思議なクマと対話してみることにした。
砕くのは後だ、戻ったアレンが悲しむかもしれない。
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「よし、まあ…なんだ、俺だってアンタ達の敵って訳じゃない、それは分かってくれ」
「…………」
「アレンは大好きさ、弟のように思ってる」
「…………」
「まだガキだった頃のアレンがアンタ等を嫌わないよう憎まないよう随分とフォローに苦労したもんだぜ?」
「…………」
「……壁と話してるみたぁい」
「続けろ」
「ハイ……で、だ。アンタ達の教育ってのは、良い。戦闘面や知能面でも既に並みいる実力者達と遜色無いレベルにまで高まっている。」
「………」
「けど、今のままではアレンに与えられないモノがある」
「経験か」
「分かってるじゃん……いやゴメンて、いちいち砕こうとしないで」
「続けろ」
「アンタも言っているとおり、アレンには圧倒的に経験値が足りない。城と、魔の森の往復の毎日。アレンが知っているのはこの窓から見える外の景色と、本の中の物語だけ」
「………」
「それだけが、アレンの世界だ」
「………」
「アンタも分かっているだろう?いくら知識を深めたところで、実際に経験して、体験しなければ所詮はただ知っているだけ、ただ理解した気になっているだけだ」
「………」
「良い機会だと思ったぜ。アレンが外の世界に興味を持ち、外の世界で生きていけるだけの力は十分に備わった……なぜ好きにさせてやらない?」
「寂しいから」
「おおい!!うっそだろ!?」
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「腹を割って話そうとキサマが言ったはずだが」
ゼノの返答にべーやんが驚く。
流石に予想できなかったようだ。
べーやんの驚愕をなど知らぬように淡々とゼノは言う。本人はいたって大真面目だ。
「キサマとて、煙に巻く返答など必要なかろう…ならば、事実を言おう、今さらアレン無しの生活など考えられん」
魔王として君臨し、優秀な部下達に囲まれている。これからも変わらずに魔王としてこの国を治めていくつもりでいた。命尽きるまで。
しかし、突然現れた赤子のアレンによって我々5人の生活が一変した。
ゼノが魔王となって暫くした時の、ようやく魔王業にも慣れてきた時の話だ。
子育ての経験など無い。
もっといえば、若い頃から今までずっと戦いの中で生きてきたのだ。これまでだって他人の子供とすら接したことは数えるくらいしか無い。
アレンが赤子の内はとても苦労した。何をやっても泣き止まず、何を食べるのかすら分からなかった。赤子には何が必要なのか。何も分からなかった。
自身の母を頼ろうにも、すでにこの世に無い。
自分がかつて育てられたようにアレンに接して良いものか。
この子は純粋な魔族ではなく、ハーフだ。
1人で四苦八苦していると、魔王業が少しばかり疎かになってしまった。
見かねたウィンが周囲の子を持つ親に話を聞いて回り、自分でも調べて、手伝ってくれた。
外に出ることの少ないシェリスが、自身の研究室で幼いアレンの面倒を見てくれた。
アレンがある程度成長して、その辺の棒なんかを振って遊んでいるのを見たフレイが遊び相手になっていた。
アレンの中に特別な力が備わっていると気付いた時には、アリアにも相手をするように言った。
気が付けば、心より信頼している部下達と協力しての初めての子育てが始まっていた。
部下達も子育てなど初めての経験だったので、何が正解なのか分からないままにアレンと接していた。
魔王としてこの国を治めなければならない。
自然とアレンと接する時間は他の幹部達よりも少なくなる。
だが、それでも暇を見つけては様子を伺いに顔を見せた。
笑うのだ。とても。この子は。
何が楽しいのか、あんなに泣いてばかりだったのに、顔を見るとお母さんお母さんとヨタヨタと寄ってきては、抱きついて笑う。
アレンを抱き止めながら私もきっと、笑っていたのだろう。
母性というのだろうか。それが芽生えるまでにそう時間はかからなかった。
だが、サタナキアは特殊な大陸だ。強くならねば生きてはいけない。
だからこそ幹部達に本格的なアレンの訓練を命じた。
幸いにしてこの国の各分野でのトップが集まっている。
部下達の能力を信頼している。だから訓練にも口は出さなかった。
アレンの訓練は厳しいものになるだろう。自分がそういう指示を出したのだ。辛かったが、全てはこの子の為だ。アレンに嫌われるかも知れないと考えた時には身が張り裂けそうな気持ちだった。
現に、ある日アレンが泣きながら僕が嫌いなの?と訴えてきた時には計り知れないショックを受けたものだ。
その日から、なるべく親子の時間と言うのだろうか、そういった機会を設けるようにした。
随分と辛い思いをさせただろう。
しかし、それしか無いのだ。
この世界で生きて行く。そのためには。
愛しい我が子。血の繋がりなど無くても、愛している。
魔王ゼノにとって、アレンとはそれ程大切な存在であった。
と、同時に、このクマに対して自分の嘘偽りのない答えを伝えることは、やぶさかではなかった。
魔王となる前も、魔王となった後も。
それなりの修羅場を潜ってきた。
相手が自分を害する存在なのかどうなのか、言葉が嘘偽りにまみれているのかどうか
それこそ、経験で分かる。
いつの間にか子育てに参加していた不思議なクマ。
アレンに聞けば、落ち込んだりすると自分を慰めてくれるし、ゼノ達5人を必死でフォローしてくれていると言う。
べーやんは、心よりアレンを。そして魔王ゼノと幹部達ですら同様に案じていた。
仮に、べーやんが居らず、不器用な彼女等の教育だけでは、家族の形は間違いなく歪んだモノとなっていただろう。
そのような、ともすれば恩人と言っても良い程の者に対して心無い問答など、魔王としての矜持に反する。
それはそれとして、アレンに1番信頼されているっぽいこのクマに嫉妬し、感謝している等の言葉の代わりに、どうしても辛辣な言葉を投げつけてしまう母親なのであった。