不自然な笑顔の人って、妙に怖いですよねって話。
この小説で言うと、かなた君とかノアさんとか衣舞紀さんとか、あとまだ見ぬ登場人物とか。
てなわけで第3話どうぞ~
昼休み。それは多くの生徒たちが愛し、最も尊ぶ時間の一つである。
ある者は午後の授業に備えて睡眠を、ある者は戦場に向かう戦士のような面構えで人気のメニューたる料理を食すため、戦地食堂券売機へと向かう。もちろんそれ以外の事を昼休みに実践する者だっている。
それは、この男……石動かなたも例外ではない。
「えーと、この問題はこの公式を使って……」
「違う違う、このグラフをさっき解いた式を使ってこっちに代入するの。公式は後」
「あー、なるほど。さんきゅ、ノア」
陽葉学園の食堂の一角にて。ここでは、2人の男女……かなたとノアの2人が隣り合って並んでいた。
そう。
互いに机という障壁を挟む事なく、普通に隣り合っているのだ。しかもよく見れば、互いの肩と肩が触れ合っている。その光景を見れば、2人が付き合っていると邪推することは間違いないだろう。
しかし、2人の間には恋人のように甘い雰囲気などカケラもない。
かなたは机の前にノートと教科書を広げており、その左手にはボールペンが握られている。
ここは食堂では? という疑問を持つ者もいるのだろうが、その疑問はかなたの右隣に座り、背もたれ代わりにかなたの肩に寄りかかってカレーライスを食す福島ノアの姿により解決している。
かなたの書いているノートの内容を、カレーを食べながらノアが指摘する。昼休みが始まり、2人がこの場に来て以降この状態が続いているのである。
甘い雰囲気はない。
だが、少なからず邪推する者は現れる。しかし、そのような類の者は必ずと言っていいほど後悔をすることになる。
これはとある生徒の体験談だが……
曰く『2人は幼馴染みとの事だが、付き合っているのか?』と尋ねたところ、このように返ってきたという。
「「
と、即座に口論になり、お互いがお互いの頬やら耳を引っ張るちょっとしたキャットファイトが展開され、挙句の果てには面倒な口論にも巻き込まれたと云う。
その体験談を聞いて以降、2人にちょっかいを掛ける人間は格段に減ったとされている。
しかし、それでも未だに2人の間柄に嫉妬する生徒はいるもので……まぁ、それはまた別の話だろう。
閑話休題
「いやぁ、ノアに教えてもらった問題、マジで助かった」
「はいはい。午前中の数学、ほとんど気絶してたもんね」
そう、この男。朝方にて衣舞紀を煽った際に落とされており、結果として1限目の数学を気絶という形で過ごしているのだ。
必然的に、彼は今日この日に学んだ内容を知らないのである。よって、昼食の時間……すなわち昼休みに、こうしてノアに今日の日の範囲を教えて貰っているのである。
「というか、なんで衣舞紀が気絶したかなたを連れてきたのよ。私が起こしに行ってから何があったの?」
ノアが美味しそうにカレーをスプーンで口に運びながら、今日の日の出来事を訪ねる。
「衣舞紀に後ろから抱きつかれて首落とされた」
「…………どうせ、かなたが何か衣舞紀に言ったんじゃないの?」
「あえ、わかっちゃった?」
「まぁ、かなただからね。すぐ分かるよ」
「そっか。なら、今俺が考えてることも分かるよな?」
未だにモグモグとカレーを食べながら、肩に寄りかかるノアの方へと顔を向ける。ノアの方も、口をモグモグとさせながら視線をかなたへと向けており、自然と目と目が合う。
側から見れば、もうお互いが唇と唇を近づけて接吻でもしそうだと錯覚してしまうほど、2人の距離は近い。
「私に寄り掛かられて凄い嬉しい、とか?」
ノアが、自然とそうなった上目遣いという形で訪ねる。世の男子がこの上目遣いを受けようものなら心臓の鼓動は高鳴り、頬は紅潮し、心も即座に奪われてしまうだろう。
しかし、彼にとっては常日頃から見慣れている以上心を奪われる訳もなく、その次に紡がれる言葉は当然甘い言葉ではない。
「いいや、違う…………なんでお前、俺が勉強してんのに飯テロしてくれてんの? 後肩重い」
「…………」
無言の空気が流れる。何故だろう。二人の顔の距離は変わっていない。そのまま接吻をしそうな程の距離だというのに、お互いの目が全くと言い程笑っていないのだ。
「勉強教えてあげてるじゃん」
「食堂で勉強教えてあげるって言われてここ来たけど、なんでお前カレー食ってんの?」
「美味しいじゃんカレー」
1+1は2でしょ? とでも言うかのように、かなたの質問に答えを返すノア。当然、かなたの額に青筋が浮かぶ。
「財布忘れた俺に対する当てつけか? 目の前で飯テロなんていい度胸じゃん」
ちなみに、彼は今言った通り財布を家に忘れており、彼自身に弁当を作る腕も時間もない。
そのこともあり、結果的にノアの飯テロの被害をもろに受けているのである。
「勉強してるかなたを
「どこがだよ。むしろ隣でカレー食べられてる分気が散るんだけど?」
先ほどから上品にカレーを頬張るノアに、かなたの怒りと空腹は止まらない。
そして、沸々と湧き上がる怒りを感じたノアは、スプーンでカレーを一口分すくうと、かなたの口元へと向ける。
「はい、あーん♡」
「え、いいの?」
流石にノアの行動が予想外だったのか、一瞬目を白黒させるかなた。
お腹がすいていることも事実だし、再三にわたる彼女の飯テロによりカレーを食べたくもなっているのも事実だ。
少し考えたのちに、かなたは口を開けてカレーを食べようとする……しかし
「ん~~っ、美味しい~~っ!」
「…………オイ」
しかし、お約束と言うべきか、案の条と言うべきか。
かなたによって食べられる前にスプーンの方向を自分の元へと変え、まるで見せつけるかのように食べたのだ。
もちろんかなた、怒る。ノア、カレーを持ってかなたから離れる。
かなた、食堂に常備されたスプーンを手にして立ち上がる! ノア、カレーを持って椅子から立ち上がる!
かなた、立ち上がり追いかける! ノア、カレーを持って逃げだす!
「待てこの野郎!」
「ふっふ~ん、可愛いものハンティングと日々の練習で常日頃から鍛えられてる私の脚を舐めないでよね!」
「オメェの場合ほとんどがストーキング技術とかだろ!」
かなたがノアを食堂で追いかけるが、その追跡を完璧な形で逃げるノア。
「クソっ、追いつけねぇ!」
「ふっ、昔からかなたが私に駆けっこで勝てたことないでしょ? ん~~っ! 美味しい!」
ひたすらかなたを煽り続けるノア。その瞳は子供のようにキラキラと輝いており、ある意味で完全にスイッチが入っている。
(クソッ、このままじゃ追いつけねぇ……ぜってぇアイツのカレー食ってやる!)
完全にカレーを食すか食されるかの謎勝負と化した昼休み。
「ほらほら、速くしないと私が全部食べちゃうよ~」
「この……っ!」
流石に無駄に追いかけてもノア本人にたどり着くことはできないと悟ったのか、かなたは怒りを堪え、落ち着いてノア攻略への思考を巡らせる。
「ふぅ……」
「っ!?」
一度呼吸を整え、
(落ち着け、無駄に挑んでもノアは捕まえられない……なら、どうすればいい?)
ふと、かなたの脳裏にとある日の情景が思い浮かぶ。
ある日の放課後。
電柱の裏に隠れながらスマホとノート、ボールペンを構えてコソコソと不審な動きをするノアを、かなたは目撃している。
しかし、何をしているのかと尋ねようにも、かなたはノアに話しかける事ができなかった。
なぜか。それは、彼女の異常な歪んだ笑みを見てしまったからである。
頬は赤く染まり、口元はだらしなく緩んでは
その姿に、彼は一言。
『うわキモっ』
幼馴染みの少女に向けるべきでない言葉を、反射的に吐いたという。
(あの時のノアって確か、可愛いものハンティングと称してストーキングしてたよな? 確か相手は……)
「
「えっ!? むにちゃんが!?」
「げっ!?」
その名を聞いた瞬間、ノアはかなたへの警戒を一瞬で解き、そのまま食堂の方へと視線を向ける。
次の瞬間、かなたは一瞬の隙を突いてノアへと肉迫し、壁際まで追い詰める。ノアの脚の間に自身の脚を滑り込ませて逃げられないようにし、自身の両腕でノアの両腕を塞ぐことで、動きを完全に封じる。そして、ノアはようやく失敗してしまったと。
入口の方から声が聞こえた気もするが、かなたは敢えて気が付かないフリをして、そのままノアの腕へと力を込める。
「やっと、捕まえた」
「あ……くっ、殺せ!」
「いや、お前女騎士ってガラじゃないだろ……」
呆れた目を向けながら、かなたはノアの手に持たれたカレーの皿を見る。しかし……
「って、お前もう全部食ったのか!? 確かに煽りながら食ってたけど……」
「ごちそうさまでした☆」
完全に勝ち誇った笑みを浮かべるノア。その笑みは大変可愛らしいものである。しかし、その笑顔は彼の
「残念、私がカレーを食べる方が早かったみたいね」
「あぁ、そうだな。でも、お前今の状況分かってんの?」
「え?」
今のノアの状況……かなたによって両手両足を塞がれ、壁際に追い詰められているため、逃亡は不可能。
「えっと……もしかしなくても、怒ってる?」
「怒る? 俺が? 俺はただ、腹が減ってるだけだよ。お前に散々飯テロされた訳だからな」
世の女子が直視しようなら某即落ち2コマ現象を起こすであろう……しかし、腹黒さの隠しきれていない爽やかな笑みを浮かべながら、かなたはゆっくりと右手をノアの顔へと伸ばし……
「むぎゅっ!?」
口元をむぎゅっとするような形で掴む。それにより、ノアは自然と餌待ちをする子スズメのような顔になってしまう。
「カレー食ったばっかりならさ、お前の口の中に多少は残ってるよな、カレー」
「んんっ!?」
「嫌なら抵抗してみろよ」
カレーを食ってやる……もとい、遠回しに煽って来たお返しとして、思いっきりキスしてやる、と伝えられ、ノアは一気に顔を真っ赤にして狼狽える。
無意識に後退しそうになるが、後ろはすでに壁である。
かなたはそんなノアの行動に嗜虐心を刺激されたのか、もう片方の左手をノアの顔へと添えるように伸ばし、確実に逃がさないと行動で伝える。
(えぇっ!? ち、ち、ちょっと待って!? 私キスなんてしたことないよ!? 私の初キッス、こんな形になるの!? て言うか待って、ここ食堂! ここ食堂だからかなた! 男女がイチャイチャする場所じゃないよ!? ていうか、かなたも初キッスでしょ!? 良いの!? 私が初キッスなんて絶対に後悔するよ!? 絶対やめた方がいいって!)
ノアはオタク特有の早口を遥かに凌駕する速度でかなたを止める言葉を思い浮かべるが、それが口に出ることはなく……
「あっ、えっと、その、えっと……」
情けない戸惑いの言葉以外が彼女の口から出ることはなかった。
そもそも、かなたは一度「嫌なら抵抗してみろよ」と言っている。一応、彼が両手でノアの顔を押さえている形にはなっているのだが、その関係で彼女の両腕は拘束から解放されている。
なので、その気になれば簡単に逃げ出せるはずであり、それをしないのをノアの強がりだと判断したかなたは、手に力を込め、ゆっくりと、自身の唇を近づける。
(う、うそ……ホントにこのまま……?私の初キッス、こんなに色気もムードもないの……?)
しかし、もうかなたの顔は文字通り目と鼻の先。お互いの息はすでに触れ合っている距離だ。ノアは、半ば無意識に目を瞑り、次に来るであろう感触に備える。
(あぁ、せめて……せめてもっとムードとかのある中でキスしたかった……)
そんなことを考えながら、自身の制服の端を握る指に力を込める。
そして……
(あれ、なにも……ない?)
いつまで経っても、何も起こらないことに違和感を覚え、うっすらと目を開く。そして、目の前に映ったかなたの顔は、悪戯が成功した子供のようにニヤニヤしていて……
「バーカ、ホントにキスなんてする訳ないだろ」
「いたっ!?」
額に、パチっと何かを弾くような音がすると同時に、微妙な痛みがノアを襲う。かなたのデコピンを食らったのだ。
「さすがの俺でもムキになってキスする程鬼じゃないっての……はぁ」
「あ……」
かなたはノアから離れ、ため息を吐く。そのままくるりと、もともと座っていた席の方に向かって歩き始める。
「あーあ、結局飯食い損ねちまった……こうなったら、佐々木か広瀬あたりに飯でもたかっとくか」
「ち、ちょっと!」
ブツブツと文句を言いながら立ち去ろうとするかなたを、ノアが呼び止める。
「なに?」
「あ、いや、えっと……」
いざ呼び止めたのは良いものの、何を言って良いか分からず、再び口籠もってしまう。
「ノア、お前顔真っ赤だけど……まさかマジで俺にキスされると思ってたの?」
「っ!」
“キス”という単語を聞いた瞬間、ノアの肩がビクッと跳ねる。さらによく見れば、ノアの顔は耳まで林檎のように真っ赤になっており、無意識下で息を止めていたのか、軽く息が乱れていた。
その様子に気がついたかなたは歩く方向を変え、ノアの元へと再び向かう。
「なぁ、俺にキスされると思ったの? そういえば、キスしようとしても何も抵抗しなかったよな? なんで?」
「……ッ!!」
煽るようなかなたの質問攻めに、ノアは目の端に少量の涙を浮かべると、悔しそうに唇を噛み、拳を振り上げ……
「このっ!」
ポカっと、絵にすればそんな効果音が聞こえそうなほど、弱々しく殴った。もちろん、かなたは
「このっ! 乙女の! 純情を!
「うん。特にお前の場合スッゲェ楽しい」
「さいっ! ていっ!」
何度も何度も言葉に合わせて連続で叩くが、その拳に力はなく、むしろかなたの嗜虐心を加速度的に高めている。
「そっかぁ、ノアは俺にキスされると思ったのかぁ〜、いやぁ〜まさかねぇ〜」
「クッ! このっ! バカっ! アホっ! 死んじゃえ!」
必死に殴るが、効果はない。
「いやぁ、ノアも案外衣舞紀と同じでむっつ__」
「誰が、なんだって?」
かなたではなく、ノアでもない第三者の声が聞こえたその瞬間、その場の空気が凍った。
その人物は、煽りに夢中だったかなたの背後へと気付かれないように回り込み、ゆっくりと、力強く肩を触ったのだ。
かなたは、目の前にノアがいることも忘れ、ガタガタと震え始める。それ程までに、彼は恐怖を感じていたのだ。全身に鳥肌が立ち、彼の生存本能が訴える。今すぐ逃げなければ、殺されると。
自身の命を奪いに来たかもしれない死神の存在に、かなたはゆっくりと後ろを振り向き、その名を呼ぶ。
「い、衣舞紀さん……朝方ぶりっすね……」
「えぇ、今朝ぶりね、かなた君?」
背後から現れた人物……新島衣舞紀は、それはもう素晴らしい満面の笑顔で、彼の肩を右手で掴んでいた。心なしか、掴まれた肩からミシミシと人体から鳴ってはいけない音がするが、きっと気のせいだろう。
「あ、あの……肩痛いんすけど……」
「あらそう、ならマッサージしてあげましょうか? 筋肉の
ミシミシという音に合わせ、かなたがプルプルと震え始める。
「衣舞紀さん、僕の耳がおかしくなければ今あなた、分解って言った?」
「うふふふふ……さぁ、マッサージしに行くわよかなた。そうね……場所は校舎裏でいいかしら?」
「良くない良くない良くない!」
顔をぶんぶんと振って逃げようとするが、まるで今朝の出来事をなぞるかのように、首に手を回されてしまい、逃亡は不可能となる。
「ち、ちょっとノア! た、助けてくれ!」
「ふんっ!」
反射的にノアに助けを求めるが、頬を赤くしたままそっぽを向いてしまう。
その反応に、かなたは絶望の表情を浮かべてしまう。そして悟る。自分は、もう助からないかもしれないと……
「さぁ、デートに行くわよ」
「え、俺こんなデートは嫌なんですけど? あ、ちょ、引っ張らないで! ねぇ、なんで何も言わないの!? ねぇ待って、えちょ、待っ——————」
引きずられ、そのままずるずると食堂の外まで連行されるかなたを見送るノア。
「行っちゃった…………」
必然的に一人となり、ノアは自分の状態を確かめるかのように、自分の胸に手を当てる。
ドクドクと、まるで50mを走った後のように心臓は音を立てて鳴っている。周囲の人にこの鼓動が聞こえていないか不安になり、視線を周囲を観察するように動かすが、衣舞紀に拉致られたかなたのインパクトが強すぎて誰もノアの事は見ていない。
「良かった……この音、まだ誰にも聞かれてない……」
そんな小さな呟きが、食堂の一角に響くのだった。
衣舞紀に拉致られ、デート(意味深)を終えたかなたは、廊下をとぼとぼ歩くかなたが。
「いだだだ……衣舞紀のやつ、あんな乱暴にして……激しすぎだろ……」
完全に誤解を招くかなたの発言に、廊下でその言葉を偶然にも聞いた同学年の生徒がギョッとしてかなたの方を振り向く。が、当の本人は何も気にすることなく自身の教室への道を歩いていた。
「はぁ、疲れた……午後の授業は……もういいや、寝よ」
衣舞紀とのデート(意味深)により、極度の疲労が蓄積され、午後の授業は眠ることを心に決めたかなた。
だからこそ、彼は気が付かなかったのだろう。
「あれが石動かなた、ねぇ……アイツを手に入れることが出来れば私は……」
かなたの後を、後ろから追跡する者がいたことに。
「石動かなたをモノにすれば……私は、
かなた君、自分で厄介事を増やしてね?
次回はノア回……でもなく、衣舞紀回……でもありません。
さて、だれでしょーね。