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「ふははははははははははっ!」
本日、四月一日は日本ウマ娘トレーニングセンター学園の、通称『トレセン学園』の入学日である。
狭い難関を乗り越えて、全国津々浦々から集った幼さをまだ残すエリート達の中、彼女は皆の視線を入学式で集めていた。
より正確に言うなら、これから故郷を旅立つ為にそれを見送る両親、祖父母と新幹線をホームで待っている時から既に注目されていた。
新幹線に乗車して寛いでいる時も、東京駅に降り立った時も、乗り換えた中央線での車中でも、前泊したビジネスホテルが在る新宿駅周辺でも、今朝の通勤ラッシュで賑わう京王線の車中でも、東府中駅からトレセン学園への道のりを歩いている時も、トレセン学園の正門を感慨深く眺めて立ち止まって時も、常に彼女は視線を浴びていた。
なにしろ、彼女は目立った。
そもそもからして、人間と人間の似て非なる隣人『ウマ娘』の比率は9:1である。
ウマ娘達が駆ける競技は世界的なメジャースポーツであり、日本人なら誰もが知っているであろうトレセン学園の制服を彼女がいずれの場所でも着ていた為、昨日からトレセン学園には問い合わせの電話が鳴り続け、その正体がSNS上で盛り上がりをみせているほどだ。
それに彼女は容姿が整いすぎていた。
夏服の制服から覗かせる肌は雪のように白くて、腰まで伸びた艶やかな髪は黄金色。赤い瞳には蠱惑的な輝きがあった。
しかも、やや細身でありながら出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだスタイル。歩く度、その突き出された制服胸元の大きなリボンが揺れた。
それは今日の日付と見覚えの無さから彼女が新入生だと即座に理解したトレセン学園の正門を守る男性守衛二人に『あの娘、昨日まで小学生だったなんて犯罪的だろ!』と言わしめたほどに超中学生級だった。
だが、特筆すべきはそれ等を単なる付加価値にしてしまうほどの気品である。
彼女の紅い眼差しには強い自信が、真っ直ぐに伸びた背筋には気高さが満ち溢れ、時には不躾なジロジロとした視線を向けられてもモノともしないどころか、そんな視線すらも当然のように受け止めて、その触れがたい気品を前に新宿駅周辺の雑踏ですら誰もが彼女に道を譲り、彼女の行く先に道が自然と出来た。
無論、彼女は入学式でも話題になった。
新入生の列にならぶウマ娘達にとって、同じく新入生の列にならぶ彼女は同期の桜である。気にならない筈がない。
厳かな雰囲気が張り詰める入学式にて、お偉いさん達が祝辞を読み上げている中、あっちでヒソヒソ、こっちでヒソヒソと囁き合う声が聞こえ、学園理事長秘書『駿川たづな』が窘めの咳払いを何度も放つ必要になり、その数の多さに学園理事長『秋川やよい』が風邪を患ったのかと本気で心配するくらい。
しかし、何度も言うが今日は入学日である。
新入生はその殆どがこの場で初めて出会った者達ばかり。知り合いがいる方が少なくて、そう話も弾まないから彼女の正体まで至れない。
上級生も同様だ。上級生はまだ春休みの最中、入学式に出席しているのは生徒会役員の三人だけ。
諺に『三人寄れば文殊の知恵』とあるが、ウマ娘界の情報を新入生より圧倒的に持っていても彼女の正体は解らなかった。
新入生の一覧名簿を持つ大人達は立っている列から彼女がカ行のキで始まる名前とまでは当たりをつけられたが、結局はそこまでだった。
辛うじて、顔と名前が一致したのは新入生の顔写真付きの履歴書に目をしっかりと全て通していた秋川やよいと駿川たづなの二人のみ。
彼女を知る者は入学式に出席していなかった。彼女を知る者は別の場所で戦っていた。
旅の途中、偶然に目撃したその走る姿に一目惚れ。手元に置きたい親心故、地元のトレセン学園入学を強く希望していた彼女の両親の元へ足を何度も運び、今日というめでたい日を一年がかりで迎えたトレーナー『西崎リョウ』は彼女と一緒の新幹線で上京して、彼女が前泊したビジネスホテルの別室に泊まったが、昨夜は嬉しさのあまり酒を飲み過ぎてしまい、彼女のモーニングコールのおかげで寝坊だけは免れるも酷い二日酔いに見舞われて、今は途中下車した幡ヶ谷駅のトイレの個室から出れない状態に陥っていた。
その上、彼女は黙して自分を語ろうとしなかった。
何人かが勇気を振り絞って話しかけてみたが、彼女は『ああ』とか、『そうだな』と素っ気ない相槌を打つだけ。
最終的に『黙れ』と言わんばかりに鼻を不愉快そうに鳴らされてしまっては、誰もが彼女とのコミュニケーションを閉じる他はなかった。
だからこそ、麗らかな春の日差しの下、彼女の高笑いが響き渡った瞬間、その場の時が比喩表現なしに止まった。
レースの開始を告げるスターターの者でさえも自分の役目を見失い、足を肩幅に開きながら腕を組んで高笑いをあげる彼女に目を奪われた。
「先ほどから黙って聞いていれば、ここは王様のバーゲンセール会場か?
何々王だの! キング何とかだの! 一体、何人の王が居るのやら!
あまつさえ、上の学年には王どころか、帝王、女帝! それに皇帝までいると言うではないか!
くっくっくっくっくっ……。中央とは実に愉快なところよ! ふははははははははははっ!」
入学式が終えて、クラスごとの昼食会を間に挟み、新入生達を待っていたのは『入学記念レース』と銘打たれた早速の洗礼だった。
但し、全国より集ったエリートであろうと新入生達は心も、身体もまだまだ子供。所謂『本格化』に至っていない為、全員が芝の1000メートル右回りコースを一律にクラスの出席簿順に行うタイム、着順、レース内容は問わない遊びであり、その真の目的は今日この地で初めて出会った新入生達の仲を育む事にある。
しかし、そんな目的や事情があろうとなかろうと駆け競い合う本能を宿すのがウマ娘である。
さすがに動きの固さが第一レースに選ばれた者達には見て取れたが、いずれも本気で一着を奪い合い、レースを一つ、また一つと重ねる毎に盛り上がりは高まってゆき、それは第七レースで起きた。
過去、幾多の俊英を生み出してきた北海道。
その日本のウマ娘界の激戦区といえる地にて、小学校低学年の頃から名を馳せてきた『キングヘイロー』が二着と大差をつけてのゴール。
それも只の一着ではない。数年前、二つ名『スーパーカー』で名高い『マルゼンスキー』が刻んだレコードタイムを一秒近くも更新しての一着である。
当然、場内はどよめきに溢れた。
キングヘイローは自身が成し遂げた快挙を信じられず、口を半開きにしながらポカンと驚き呆けていたが、入学式の列で隣り合ったのをきっかけにパーソナルスペースへグイグイと入ってくる『ハルウララ』から『凄い! 凄い! キングちゃん、凄い!』と褒めちぎられて調子を取り戻す。
『お~っほっほっほっほっ!
私を誰だと思っているの? キングヘイローよ!
ええ、キングに相応しいエレガントな結果を出しただけ! お~っほっほっほっほっ!』
胸を張りながら左手は腰に、開いた右手は外にして口を隠すように高笑い。
聞く者にとって、そのまるでお手本のようなお嬢様っぷりはちょっと鼻についたが、ハルウララは違ったらしい。目をキラキラと輝かせて更に絶賛した結果、キングヘイローはますます調子に乗った。
自分自身を何度も何度も『キング』と呼び、他者を見下す色を滲ませた『一流』などといったワードを用いての自画自賛を連発しまくり。その勢いは止まりそうになかったし、新入生達に止める事は出来なかった。
なにせ、レコードタイムである。
その口を閉じさせたかったら、キングヘイローが叩き出したレコードタイムを上回る実力を示すしか他に術は無い。
例え、その高飛車な態度に苛つきを感じたとしても、それを口に出す事は出来なかった。
それ故、キングヘイローを嗜めるのは大人達の役目だった。
だが、大人達はレコードタイムに興奮して沸き、キングヘイローがどのG1レースを獲るかとその将来を夢想して、キングヘイローを嗜めるどころではなかった。
この状況に溜息をやれやれと漏らしたのが、レース運営を手伝っていたシンボリルドルフだった。
昨年、史上初のクラシック三冠を無敗で成し遂げて、その名前から『皇帝』の異名を持ち、今年度から学園の生徒会会長を担うシンボリルドルフが息を吸って、一喝を今正に放とうとしたその時。
彼女がキングヘイロー以上の高笑いを響かせて、新入生の誰にも成し得なかったキングヘイローの口を閉じさせたのは。
「我を笑い殺す気か! 痴れ者共が!
この世に王はただ一人! 英雄王たる我、ギルガメッシュだけと知れぇ~ぃっ!」
かくして、彼女『ギルガメッシュ』の黄金伝説は幕を開ける。
その第一歩は数分後、彼女はキングヘイローが刻んだレコードタイムを更に1秒近く縮め、キングヘイロー以上に傲慢で不遜な態度をその場に居合わせた者達全てに認めさせた。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
これを書く前にあれを書け、それを書けという声が聞こえてきそうですが、これを書いてみました。
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ちなみに、この物語のトレセン学園では以下の設定になっています。
13歳、入学 :主人公と黄金世代
14歳、ジュニア期 :
15歳、クラシック期:
16歳、シニア期 :シンボリルドルフ
17歳、シニア期 :
18歳、シニア期 :マルゼンスキー(未定)