「大学の調査・・・ですか」
「そうだ。妙なエネルギーが観測されたとかでな」
BURK日本支部基地内、ブリーフィングルームにて。実働部隊の隊長を務める弘原海が部下の一人である鶴千 契に指示を出していた。今のところ張り詰めた空気ではない辺り、警戒レベルは然程高くないようだ。
「妙なエネルギー・・・大学・・・まさか」
「お前もそう思うか?マイナスエネルギーの可能性があるから調べてこい、ってわけだ」
契の中で警戒レベルが一段上昇した。
【マイナスエネルギー】とは、いわゆる【人間の負の感情】の事であり、これが高まり続けると怪獣を呼び寄せてしまう、或いは怪獣そのものが誕生してしまうという厄介極まりない事象だ。かつて地球を防衛していた国際組織であるUNDA、特に極東エリア担当のUGMが手を焼いていたという人心に巣くう闇である。
「観測された日付は?」
「三日前だ。現地も警戒態勢だったが、それから何も起こらなくてな。これ以上学生の不安を煽ると、それこそ怪獣が生まれかねないから直接見てこいとさ」
「なるほど・・・了解しました」
最低限の装備を仕込んで私服で向かうか、などと任務に思考が傾きつつある契。そんな契を頼もしく思う反面、もう少し落ち着いてほしいとも思っているのが弘原海という男にして上司である。
「待て待て、もうちょい聞けって・・・その大学には築与の妹さんが通ってるらしくてな」
「真弓が?」
「なんだ、知り合いか?」
「ええ、一応」
「なら話が早いな。案内してもらえ」
僅かに逡巡する契。真矢の妹である真弓は確かに知り合いではあるが、素直に協力してくれるかどうか怪しい女性である事も知っている。
「どうした?」
「いえ、可能な限り頼んではみます」
ではこれで、と退室していく契を見送り、改めて件の大学に関する調査報告に目を落とす弘原海。真弓の事を聞いた契の迷いは気になるが、とにもかくにも現地に行かなければ始まらない。ここは契に一任すると決めたようだ。
「そういやこの大学の名前・・・どっかで見た覚えが・・・」
▽▲▽▲▽▲
「へっくしっ」
「どうした嵐真、風邪か?」
「いや・・・体調はすこぶる良いんだけど」
舗装された道を歩く二人の男性。くしゃみをしたのは暁嵐真。またの名をウルトラアキレス、という事は一部の人間を除いて知らないごく普通で異常な大学生である。その横を歩くのは嵐真の友人「空依 水人」。何かと休みがちな嵐真に講義の内容を伝えたり課題を手伝ったりと面倒見の良い男だ。
「相変わらずBURKの補欠は大変そうだな」
「特別隊員な?」
「似たようなモンだろ?」
違うって、いやいや補欠だろ、と他愛ない会話をしながら歩く野郎二人組。そんな二人にぶつからないよう小走りしていく会社員、二人とは違う方向に逸れる制服を着た女子、コンビニから出てくるジャージの男。こんな何の変哲も無い【日常】こそが嵐真の守りたいモノ、守りたい景色。皆が当たり前のように笑い、自らの人生を謳歌できる【普通】。これを守る為に俺はアキレスになったんだ、と改めて気を引き締める嵐真。
「おーい、どうしたー?急にイケメン顔作っちゃってさぁ」
「えっ?いや、何でも・・・」
「なーんか最近変だよな。覚悟ガンギマリさせたと思ったらいきなり悩んだり。情緒不安定か?そういうお年頃なんか?」
「そこまで言うか・・・まぁ悩みというか、何というか」
嵐真の悩み、直近で言えば【謎のウルトラマン】の事になる。人質を取った怪獣に苦戦していた時、突如として現れて共闘したかと思えば急に姿を消した【アキレスではなく】【過去に確認されたウルトラ戦士でもない】という存在。
(説明しろって言ったじゃねぇか・・・基地でも会えねぇし)
共に戦った嵐真にはその正体が分かっていた。嵐真に白い怪獣が瞳に人質を捕えている、という事を伝えたBURK隊員だ。本人が妙に印象に残ったのか、はたまたウルトラマンと一体化した者同士だから分かったのか。
「今度はどうした?あっ、アレか。恋の悩みか!遂にお前にも春が来たんだなぁ」
しみじみと腕を組む水人。入学した時からの付き合いの為、互いの趣味やどんな性格をしているか等は把握している間柄だ。元気付ける意味も込めて茶化す水人と、それを理解してノる嵐真という光景は、既にこの大学の新たな日常風景になっていた。
「ちっげぇよ。まぁ話を聞きたいっていうか、聞かなきゃならないってのはあるけど」
「へー、それってどんな人なん?女の人?」
「残念ながら男だよ。身長高くて目付き鋭い人」
もしかして美人?という絶賛彼女募集中である水人の淡い期待を両断する嵐真。続けて大まかな特徴を挙げる嵐真の言葉に更に肩を落とす水人。
「なぁ、それって一般人じゃなくないか?ヤの付く自由業だったりしねぇ?」
「一般人、ではないな。確かに」
「おいおい大丈夫かよ・・・あー、あんな感じの?」
「あんなって・・・はっ?」
既に視界に映っている大学。その正面ゲートで守衛と話をしている男を水人は指していた。長身で鋭い目付き、記憶の中のBURK制服とは違う私服を纏った男。話が終わったのか、敷地内へ向かおうとしているその背中に慌てて声を掛ける。
「お、おいアンタ!」
「・・・?」
他の学生の注目も集めてしまったが仕方ない。何かあったのか、と男も足を止めて振り返ったので御の字だ。
「暁 嵐真?」
正直BURK制服よりも厳つい印象になる青いレザージャケットの男、基地でも中々会えない隊員、嵐真が話を聞きたかった鶴千 契が居たのだった。
◆◇◆
「悪いな、貴重な昼を」
「こっちも聞きたい事あるからな」
予定していた講義を終え、少し遅めの昼食と契との会話も兼ねて学食へとやってきた嵐真。昼時はやや過ぎている為か他の学生の姿は多くない。
「アンタがあの十字模様のウルトラマン、で合ってるんだよな?」
「メディスの事か?そうだが」
「あっさり認めるんだな・・・」
「隠しているつもりは無いがな。もし俺とメディスの事を知って利用しようとするなら、相応の報いは覚悟してもらうが」
「アンタ本当にBURKの隊員かよ・・・」
午後の講義に出席するため水人はこの場に居ない。だが水人が表した「ヤの付く自由業」もそう遠くない表現じゃないか、と実感する嵐真だった。
「怪我してる所ぶん殴られたとか、言いたい事はあるけど・・・助かったよ」
「お前のお陰でムムを救う事ができた。礼を言うのは此方の方だ」
ちょっと誤解されやすいけど根は優しい人、でほぼ確定する契の印象。そんな契が何の為にこの大学まで来たのかが気になる嵐真だが、詮索して良いのか悩む所。だが契も契で学内に詳しい人物と打ち解けられたのは渡りに船だったりする。
「BURKの協力者でウルトラマンなら頼めるか・・・嵐真、聞きたい事がある」
「お、おう」
一つ違いという歳の近さと、生来の性格もあって距離の詰め方がエグい契。期待値の低い真矢の妹よりも嵐真から情報を得るようだ。
「俺がここに来たのは、この大学から妙なエネルギーが観測されたからだ」
「妙なエネルギー?あぁ、何日か前に危険物が発見されたとかいうやつ」
「雑な誤魔化しを・・・午前の時間を使って粗方歩いてみたが、特に異変やその兆候は確認できなかった。手持ちの計測機器にも反応無しだ」
「上手いこと隠してるのか、もう敷地内には居ないのかってとこか」
嵐真を待つ間、見学者を装い調査を行っていた契。その結果は見事に空振りだった。
「お前が気付いた事は無いか?」
「うーん、そうだなぁ・・・さすがに敷地全部を使ってる訳でもないからなぁ」
怪獣の覚醒や異星人の侵略が活発化している今、アキレスとしての活動が忙しくなっている嵐真は出席そのものが危うい所。最近の学内事情にはあまり詳しくないらしい。
「そうか。なら過去のデータから、今回出現した可能性のある怪獣をピックアップする。直感でも良い、思う所があったら言ってくれ」
「おう!俺に分かる事ならドンと来いだ!」
そう言ってタブレット端末を操作しだす契。嵐真も契の言葉を待つ。
「まず、この大学内で関係性を進めようとして破綻した学生は居るか?」
「俺に分かる事ならっつったよな!?要はフラれたり別れたカップル居るかって事だろ!?何の関係があるんだよそれ!」
「ホー」
「はぁ?」
別名 硫酸怪獣。失恋による悲しみと、振られた事への怒りが引き金となって発生したマイナスエネルギーにより生み出された怪獣。悲しげな鳴き声を発し、目からは別名通り硫酸の涙を流して物体を溶かす。更にはマイナスエネルギーの波動と毒ガスで周囲を破壊し尽くす危険な存在である。
「データによれば発生元は中学生だったそうだ。心身共に未発達の中学生から生まれた個体が、当時のUGMやウルトラマンを相手取れるだけの力を持っていたなら」
「大学生から生まれるやつは、もっと厄介ってか」
「ああ。言い方は悪いが、大人に近い分マイナスエネルギーも淀むだろうからな」
感情が発達する分、手酷い振られ方もする。語彙が増える分、より相手を傷付ける。そしてその分のマイナスエネルギーから生まれるホーも凶暴で手強くなるのだろう。
「聞きたい事は分かったけど、それは分からねぇよ。情報通ってわけじゃないからな」
「そうか、なら次だ。この大学に昆虫を扱う学科はあるか?」
「昆虫?生物学みたいな学科はあるけど・・・昆虫専門は無いと思うぞ?」
「なら昆虫を偏愛している学生───」
「またトンデモな目の付け所だなぁ!?そこまで行くと俺も逆に知りてぇよ!」
「ならグワガンダの線も薄いか・・・」
昆虫怪獣グワガンダ。小学生同士のいざこざから始まり、死んでしまったクワガタムシに飼い主の怒りのマイナスエネルギーが乗り移って怪獣化したもの。
「当時のウルトラマン、エイティですら仕留めきれなかったというタフな奴だ。土の中に潜伏していたという情報もあるから、コイツかと思ったんだが」
厳密には飼い主の怒りが治まらない限り立ち上がり続けるという性質ゆえに倒せなかったのだが、今となっては伝説になっているウルトラマン80が仕留められなかったという事実を聞き、嵐真も戦慄している。
他にも難病を抱えている学生か、成功率の低い試験か何かを控えていて、模型作りが得意な学生は居ないか?という質問や、地熱やマグマに関わる論文が酷評された学生は?という質問を嵐真にぶつけては、さすがに知らねぇよ!と返される契。当然と言えば当然なのだが。
「・・・ならこれで最後だ」
「昔の怪獣ってとんでもねぇ原因で生まれるんだな・・・」
悉く予想が外れた契は若干落ち込み、ほぼ全てにツッコミを入れ続けた嵐真は少し疲れている。そんな中で契が発する最後の質問。どんなトンチキが来るんだ、と身構える嵐真に対して契はどこか神妙な顔つきになっていた。
「正直これが上層部の考える最も確率の高い予測であり、個人的に一番外れていてほしい予測だ」
「・・・おう」
「この大学内で、人為的に大怪我を負わされた学生は居るか」
「人為的、って・・・」
学校で人為的な怪我。脳裏を過るのは【イジメ】や【体罰】だろう。それがこの大学で行われているか?という契の質問に対し、嵐真も憤りを隠せなくなる。
「アンタ・・・言って良い事と悪い事があるぞ」
「あくまで可能性の話だ。それに、個人的に一番外れていてほしい、とも言ったはずだ」
「っ、悪い」
「こちらも言い方というものを考えなかった。すまない」
マイナスエネルギーを生む人間の心。それを最も手っ取り早く最悪の形で砕くのは【暴力】と【理不尽】だ。契がタブレットに表示しているのは、かつてUGMとウルトラマン80が遭遇した【悪意】が形を成した存在。
「だが探らなくてはならない。最悪の場合、ウルトラマン同士の戦闘になる」
「っ!何で!」
「ウルトラセブン」
「セブン!?何でセブンが敵になるんだよ!」
妄想ウルトラセブン。何をしたでもない少年が暴走族に襲われ、大怪我を負うという痛ましい事件が発生。その少年の怒りと憎しみがウルトラセブンの人形に宿り偽りのセブンが誕生。人々を守るはずのウルトラマンが街を破壊しながら暴走族に復讐しようとした、という悲劇を引き起こしたのが妄想ウルトラセブンなのだ。
「そんな・・・事が・・・」
「幸いUGMの女性隊員とウルトラマンエイティの奮闘でどうにかなったらしいが。当時よりも多いウルトラマンの存在が、世間一般に深く刻まれている現代だ。もし大学生の抑圧されていたマイナスエネルギーが解き放たれ、それがウルトラマン由来の何かに宿ればセブンどころか他のウルトラマンまで妄想体で現れかねん」
もしそんな事になれば、アキレスとメディスの二人だけではとても抑え切れない。セブンの時よりも悪化した最悪の可能性を考え、嵐真も青ざめている。
「外れてくれるなら、それでいい。むしろ俺が慎重になりすぎているだけだと言うならそれでも構わない。だが最悪に至る可能性が僅かでも残っているなら、俺はそれを摘む。絶対にだ」
協力感謝する、と席を立つ契。成り行きとはいえ嵐真を不安にさせるだけだったと内心深く反省している。手掛かりが無い以上、足で稼ぐしかないと再び校内に向かおうとする契だったが───
「待ってくれ」
「ん?」
立ち上がる嵐真。その表情は決意に満ちた勇ましいものだった。
「最後まで手伝わせてくれ」
「最悪、同じ学舎の仲間を討つ事になるかもしれんぞ」
「その時は全力で止める。皆を守りたいから、俺は」
奇しくも契のベーターSフラッシャーと同じように懐に忍ばせているアキレスアイ。それを服の上から握りしめ、守るために、奪わせないために戦うと三度決意を新たにしたようだ。その様を目にした契も、なら止めはしないと歩き出す。
「待てよ!一応、俺の方が先輩なんだからな!」
「歳と戦闘員歴は俺の方が上だ。それと、お前授業は良いのか?」
「・・・何とかなる!はず!多分!」
「はぁ・・・ならなかったら弘原海隊長に言え」
「ぶえっくしっ」
「隊長、風邪ですか?」
何処かで誰かがくしゃみをしたらしい。
◇◆◇
「で、こういう時どうすんだ?聞き込みとか?」
「そうだな。幸い授業終わりの生徒もそれなりに居るようだし」
昼過ぎの時間帯という事もあり、夕方より前に講義が終わった生徒の姿がちらほら見受けられる。もし悪意ある下手人が居るのなら、嗅ぎ回るのは悪手なのだが背に腹は代えられない。片っ端から聞き込みを始める二人。
「変わった事?さぁ・・・特には」
「先生が体調不良とかで講義変わったけど、そういう事じゃなくて?」
「悪い、急いでるんだ」
「変わったことぉ~?目の前にぃ~イケメンが二人も現れたことかなぁ~。この後ってぇ~ヒマぁ~?」
数分後、疲れきった二人の姿があった。
「大変なのな・・・聞き込みって・・・」
「当然だ・・・次はあいつらだな」
どうにか気を持ち直し、校舎から出てきた三人組に聞き込みを行う契。最後まで手伝うと言った手前、嵐真も半ば意地でそれに付き合う。
「変わった事って言われてもなぁ」
「あっ、アレじゃね?運動部の連中が騒いでた」
「あー、怪談みたいなの?」
「怪談?」
マイナスエネルギーとの関連性が僅かに見出だせた。もし恐怖を煽るような、おどろおどろしい何かを見てしまったのなら、或いは生み出してしまったのなら。
「その話、詳しく聞かせてもらえるか?」
「当事者じゃねぇから詳しくは分かんねぇぞ?」
「何か、夜の校舎で不気味な影を見たーとか」
「連れてかれそうになった、って人も居るらしいよ」
顔を見合わせる契と嵐真。もし、マイナスエネルギー産の怪獣が生徒を餌にしようとしていたなら、または敵性宇宙人が生徒を連れ去ろうとしたなら穏やかじゃない。
「何処の部だ」
「何処って、全部?」
「そうそう、大会とかある運動系サークルの連中はだいたい言ってたよな。最初に言い出したのって剣道部だっけ?」
「でも被害無いから誰も相談とかしてないよ?よくある学校の怪談みたいな感じで、先生達も本気で調べようとしてないし」
今は何らかの理由で実害が無いとしても、いつ被害者が出てしまうか分からない。そしてエネルギーが観測されたのは三日前。ある程度の蓄えが終わり、動き出してもおかしくはない。
「ありがとな」
「夜、だな」
夜の校舎。そこで網を張るしか無さそうだ。
▲▽▲▽▲▽
「けっこう雰囲気あるなぁ・・・」
「怖気付いたか?」
「なわけねぇだろ!お化けみたいな奴とも戦った事あるし!」
生徒の姿が疎らになり始めた夜の校舎。今、この大学敷地内に残っているのは教師、ギリギリまで自習したい者と設備を使いたい者、サークル活動をしている者、そして契と嵐真だろう。人の目が多く見えて、意外と死角や目の届かない所も多い絶妙な時間帯だ。
「しっかし、運動系の生徒を狙うのは何でだろうな?誘拐目的なら文化系サークルの方が狙われそうな気がするんだが」
「確かに拐う難易度という意味ではそうだろうな。あとは労働用の奴隷として、という可能性はある。若く、それでいて成熟した労働力というのはどの星でも欲しいのだろう」
更に言えば思考様式の異なる生命体としてサンプルが欲しい、等だろう。現にBURKのデータベースの中には人攫い目的の異星人が記録されている。古い所で言えば科特隊が遭遇した三面怪人ダダだろうか。
(第四惑星のような例もあるが───)
地球を丸ごと植民地にしようとしたロボットにまで思考を飛ばしていた契だが、遠くに人影が見えた事で現実に引き戻された。建物から出るのではなく、この時間に建物へ入って行ったのが気になるようだ。
「嵐真、あの棟には何がある?」
「あ?えーっと・・・たしか考古学とか歴史学専攻がよく使ってるはずだけど」
「考古学?」
運動系ではないのか?と疑念を強める契。無論たった今建物に入っていった学生が、謎のエネルギーや怪談話に関わっている確証は無い。だが、ここらで状況を動かしておきたいのも事実。
「嵐真はここに居てくれ。確認したい事が出来た」
「あぁ、分かった。気をつけろよ?」
BURKの隊員に言うかと歴史・考古学棟へ向かって駆ける契。この場を任され、いつでもアキレスに変身できるよう気を引き締める嵐真。
そんな彼の背中を見つめる【何か】が居る事に、契も嵐真本人も気付いていなかった。
◆◇◆
「電灯は落とし始めているのか」
利用者が少なくなったからか、閉館の規定時間が近いからか既に電灯が消えている場所が見られる。警戒を強めながら、ベーターSフラッシャーに近い位置に仕込んでいるサブコンパクトタイプの拳銃に意識を割く。さすがにBURKガンは今回のような任務に持ち込むには大型かつ嵩張るらしい。
「すまない、ちょっと良いか?」
契の進行方向から歩いてくる学生四人組。見た所これから帰るように見えるが。
「君達で最後か?」
「あぁー鍵閉め?いや、俺らの他にまだ居たぞ」
「あれ何のサークルだっけ?」
「歴史学の・・・何か」
「民俗学だよたしか」
「助かる」
誰かが残っているという情報を聞き、学生グループが歩いてきた方向へ向かう契。曲がり角の先で確かに電気を点けている部屋を発見し、そこへ足を進める───
「っ!」
突如として感じる違和感。自分が歩いてきた廊下を振り返るが、当然のように誰も居ない。学生グループはさっさと建物から出ており、新しく誰かが入ってきた様子も無い。
「何だ・・・?」
怪訝に思いながらも目的の教室に辿り着く契。中からは会話しているような声がする。聴こえる声からして女性だろうか。もし勘が外れても他の情報が得られれば御の字、という事で入室を決める契。引戸式のドアに手を掛け───
───カエレ
「そう言われて帰る訳にはいかないな」
一息にドアをスライドさせて入室する。教室の中に居たのは一人だけ。誰かに向けたような言葉が聞こえたのだが、と不思議がる契に驚いた様子の女性。恐る恐る契に尋ねてくる。
「あ、あの・・・どちら様、でしょうか」
「鶴千 契、BURKの隊員だ。見回りと聞きたい事があってな」
「聞きたい事・・・?それにBURKって・・・あ、えっと、すいません、何でしょう」
おどおどしているが受け答えはしてくれるようだ。
「三日前に危険物が発見された、という事は?」
「しっ、知ってます」
「それが異星人の仕業の可能性が出てきた」
「えぇ!?」
「異星人でなくとも、超常的な存在や力が絡んでいるかもしれないのでな。こうして調査しているんだが」
「超常・・・」
微かな手応えを感じた契。異星人の部分は素直に驚いていたようだが、超常的な存在の部分に食い付いたのを見逃さなかった。自覚が無いのか、隠そうとしているのかはまだ不明だが、この女性に心当たりがあるのはほぼ確定と判断して良さそうだ。
(もう少し鎌を掛けるか)
「何か心当たりは無いか?それなりに悪質な奴かもしれないんだ」
「悪質って・・・そんな・・・」
「人を驚かせたり、連れ去ろうとしたり、今はまだ稚拙な手段しか取っていないようだが」
───……
「ダメっ」
「ん?」
「あ、いえ!何でも!」
「・・・とにかく、子供のイタズラが明確な悪意を伴った犯罪になる前に───」
───……!
「堪えて・・・!」
「さっきから誰と話している?」
「あっ、ちがっ、そのっ!え、契さんですよ?」
鎌を掛け始めてから女性の様子がおかしい。契ではない別の誰かに言葉を投げ掛けているようであり、指摘すると分かりやすく動揺し、目も泳いでいる。契が入室する前にしていた会話もこの女性がしていたのだろう。
【何か】と。
「正直に話してくれないか?今、この場には何が居る?」
「わ、わたしと!契さんの二人しか居ません!」
「・・・そうか。まぁ、驚かすしか能の無い、姿も見せられない臆病な奴なら大した被害は出ない───」
「ぬがぁぁぁぁぁ!!!黙って聞いておれば調子に乗りおってぇ!これ以上の侮辱は許さんぞ人間ンンッ!!!」
釣れました。
◇◆◇
「それで呼び出したは良いものの、全くといって力を発揮できないと」
「みたいです・・・」
「それもこれも!出鱈目だらけ間違いだらけの書物を残した阿呆と!それに輪を掛けて阿呆な儀をしでかしたお主のせいじゃろうがぁ!!!」
呆れながら聴取を行う契、何故か床に正座している女性、キレ散らかす少女と三者三様のカオスが繰り広げられている教室。
順を追うと、女性の名前は【月城 果乃】。嵐真と同じ19歳で専攻は考古学。軽度の人見知りとやや深刻なコミュニケーション能力不足でいわゆるボッチ。民俗学も派生して学んでおり、その中で黒魔術や悪魔との契約を知り、友達とはいかないまでも気軽に話せる知人が欲しいという何ともな理由で悪魔召喚の儀式を敢行。その結果呼び出されたのがキレ散らかす少女という訳らしい。
「あうぅ・・・おえんあはいぃ・・・」
「儂が全力を出せれば、貴様らなぞ軽く捻り潰せるのだからな!付け上がるでないぞ矮小な人間風情が!」
召喚主であるはずの果乃に対して、頬を引っ張り捏ねくり回すという微笑ましい灸の据え方をしている悪魔は【大魔獣 ビシュメル】。古くから語り継がれてきた強大な悪魔であり、果乃の求めに応じて現世に召喚された・・・のだが、果乃が参照した手引き書のような書物がビシュメル曰く「阿呆が書いた」レベルらしく、合っている事の方が少ないとの事。お陰で本来の力を一割程度しか発揮できず、今のところ仰々しい衣裳で胡散臭い喋り方をする少女でしかないようだ。
「そのうえ何だお主は!悪心とは無縁か!このままでは餓死してしまうわ!たわけ!」
「ほんはほほひっへほぉ・・・」
「そんな善人の雑な儀式に応じたお前もお前だと思うが」
口振りからするに人間の悪感情を食って生きているのだろう。だが果乃が少々臆病なだけで、他人への悪心を抱かない良心的な人物の為に食糧が確保できず、力も取り戻せないらしい。話を聞く限りでは果乃も果乃だが、召喚に応じておいて半ば逆ギレしているビシュメルもビシュメルである。
「はぁ・・・それで他の人間にちょっかいを掛け始めたという事か」
「んん~?そういえば、お主も先程から戯れ言をぬかすのぅ」
「何だと?」
「儂が人間を連れ去ろうとした、だのと」
「あっ、そ、そうですよ!シュメちゃんはそんな事しません!」
「その妙な呼び方は止めろと言っておろうがぁ!」
一度離した手を再び果乃の頬に戻して引っ張るビシュメル。コミカルなやり取りに流されそうになるが、他の生徒が言っていた「連れ去られそうになった」はビシュメルの犯行ではないらしい。
「真剣に聞かせてくれ。扉に手を掛けた時、直接頭の中に響く声を出したのは」
「それは儂じゃな。心に揺さぶりを掛けて引き返させる術じゃ!」
「何故そんな事を?」
「此処は儂が呼び出されたいわば聖域!何処の馬の骨ともしれぬ輩に踏み荒らされたくないのでなぁ・・・待て、お主は何故入れた?」
「さてな」
「お主・・・まさか───」
ビシュメルが契の中に居る何かを感じ取った瞬間、寒気が走る。契とビシュメルだけでなく、一般人である果乃も感じたらしい。
「別件か・・・いや、こっちが黒幕か」
「儂も耄碌したものよ。ここまで気付かなんだとは」
「・・・っ」
教室の外、廊下に【何か】が居る。
暗く深い【それ】が教室の扉に手を掛け───
【ビシュメル】(原作:ウルトラマンダイナ)
大魔獣。
原作であるネオフロンティア時代では、三人の女子高生が執り行った黒魔術の儀式で召喚された異次元生命体。女子高生達を利用し、実体化や能力の行使に必要なエネルギー源である人間の魂や負のエネルギーを集めていた。
強大な魔力を操り、ダイナ ミラクルタイプと超能力vs魔力の超常バトルを演じた。
【だいまじゅー びしゅめるちゃん】
本作におけるビシュメル。
ダイナに登場した個体と同じく、古来より悪魔として人間が認識してきた異次元生命体。だが召喚の手順が間違っており、更に召喚主である果乃が悪意とは縁の無いおとなしい女性である為に大幅に弱体化。呼び出された場所である教室に、夜間だけ精神誘導の呪いを掛けて人払いするのが精々との事。
現在の姿は、黒いボロ布で足首辺りまでを被い、頭から山羊のような角を生やした薄紫髪の少女。
力を取り戻す為に果乃以外の生徒を狙ったのでは?と契に疑われたが、教室の呪い以外は何もしていないらしい。
【月城 果乃】
嵐真と同じ大学に通う女学生。考古学専攻。
太古から伝えられる大魔獣に「気軽に話せる知人が欲しい」と願いビシュメルを召喚した。が、その黒魔術の書物が間違いだらけであり、ビシュメルの容姿や能力も大きく変容してしまった。