有名NTRゲームのハーレム野郎はハーレム大先生でした。   作:蒼井魚

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3:この世界は待つという行為を許さない、

 今日は明文の夢であったお好み焼き屋の開店日、個人経営の小さな店で席は四つだけ、本当にこじんまりとした店だ。

 明広は学校に行く前に父が作るお好み焼きを食べていた。

 

「どうだ、父さんのお好み焼き美味いだろぉ」

「……普通に美味しいよ」

「そこはお世辞でも凄く美味しいって言ってくれよー」

 

 お好み焼きという食べ物じたい毎日のように食べたい物かと問われればそこまで、依存性の低い食べ物だ。この世界で一番依存症を引き起こしているのは砂糖。砂糖以上に依存性の高い物はない。

 父の最初のお好み焼きを完食した明広は行ってきますと一言告げて新装開店の店から出た。

 

【お好み焼き・アキ】

 

 明広は苦笑いを見せ、小さく「数週間後にダイナマイトで爆破されるんだよなぁ」と不穏なことを呟いて学校に向かう。

 ハレスティ名物お好み焼き屋爆破。

 

 

 お好み焼き屋からの登校なのでいつもより遅い時間に学校へ、教室に入ると数日間休んでいた結衣とさくらがソワソワしていた。そしてそのソワソワは明広の到着によって解消される。

 

「あ、相沢くん! えっと、大丈夫だった……?」

「こっちのセリフだよ、二人の方がひどい目に会ったんだから」

「……カウンセリングは受けたけど、特に問題なかった」

「心に傷が出来てないならよかったよ。じゃあ、俺は本を」

「待って!」

 

 いつもなら明広を毛嫌いする結衣が引き止める。明広は珍しいという表情で結衣を見つめる。すると結衣が「見つめるな!」と叱りを入れる。明広は呆れながらそっぽを向いて話しを聞く。

 

「えっと……ずっと見下しててごめん……」

「大丈夫、みんな見下してたから。なんとも思わないよ」

「で、でも! あたしは……相沢を叩いて……」

「気にしなくていいよ、殴る蹴るは慣れてるから」

 

 明広は二人の頭をポンポンと撫でて自分の席についた。

 二人は撫でられた反動で顔を真赤にする。今までの彼には無かった大人の色気、少女の幼い恋心を刺激するには十分過ぎる。

 そんな少女二人なんて知らないと本を熟読する。

 西暦と同じくらいの年齢だが、使わない言語というのは身から離れていくものだ。彼が読んでいるのはスウェーデン語の指南書。六月の初めにスウェーデンから転校生がやってくる。もちろんハレスティのヒロインだ。

 無難にアメリカ人の転校生が来れば英語だけで済むのだが、スウェーデンという創作物にしては珍しい場所から来る転校生。ループ二回目の明広は必死にスウェーデン語を勉強したものだと苦笑いを見せる。

 戦闘機パイロットなら英語、ロシア語、中国語、韓国語は必然的にマスターするがスウェーデンとなると話しは変わる。ここまで来るとこれも勉強だとスペイン語やドイツ語、フランス語までループの中で習得している。もし、予定される命日が消えたなら機体から降りた後は通訳か何かになりたいと思ったりもする。まあ、ハレスティの世界で明広は戦闘機の中で死ぬ。死ななかったとしても……あるのは辛い現実だけだ。

 少しだけの希望があるのなら、この世界がハレスティではなく相沢明広を主人公に据えた新作。それだったら明広は……。

 

 

 学校も終わり通学路を歩むと懐かしいが会いたくはない存在が校門前に車を止めて待っていた。明広はその姿を見るだけで鳥肌を立てる。どんなにループしようがその存在には近づきたくもないし関わりたくもない。

 ――母親。

 男は全員マザコンと言われてはいるが、明広は例外だ。

 

「明広……大きくなって……」

 

 感動の再会だと思っているのか? 出てもいない涙をハンカチで拭う。

 母親の襲撃、これはどうにも慣れない。明広はため息を吐き出した。

 明広は父親に電話を入れて母親が来たことを伝える。すると店を開いた初日に気分悪いと嘆きながら早めに店を閉めて向かうと返事が帰ってくる。

 

「明文さんは……なんて……?」

「早めに店を閉めて来てくれるって」

「近くのファミレスにお母さんと」

「父さんが来るまで待つ……」

 

 明広は父が来るまで母の顔を見ないように流れていく雲に視線を合わせる。

 この人は明広が母親に愛着があると思っているのだろうが、父がアルコールに依存した理由も、彼が寂しい思いをした理由も、そのすべてが目の前の血の繋がりがあるだけの母に押し付けられたものだ。

 父の乗る軽自動車がやってきて安堵する。

 

「……久しぶりだな、要件はなんだ」

「ここでは話せない。ファミレスで話しましょ」

「……明広、行こう」

「うん」

 

 助手席に座り風景を眺める。父は心底嫌そうな表情で息苦しいのか窓を開けた。

 それだけ母という存在は相沢家にとって嫌悪する対象なのだ。地獄に投げ捨て希望を見出したら引っ張り上げようとする。結局は人間お金なのだ。

 ファミレスに到着する。

 近所のファミレス、そこで二つの家族が向かい合う。

 一つは相沢、もう一つは山下と名乗る。父と自分を捨てた母との再会、感動で涙が流れてハッピーなんてありえない。明広は幼稚園の頃に捨てられた。溢れてくる感情なんてない。ただ、母親と間男に挟まれた少女に目が行くだけだ。

 

「お金を貸してください……」

 

 母だった人の第一声は金の無心だった。いや、確定している。

 父は両手で顔を隠して自分が愛した女の末路に呆れを通り越して涙が流れてくる。この女に自分の人生をボロボロにされ、息子の起死回生の一手がなければアルコールが切れた瞬間に自殺する状態だった。そんな状態にし、息子の顔を見ず自分の顔を真剣に見つめているソレに吐き気に近い何かを感じる。

 

「……虫が良すぎる。隣の男……いいスーツ着てるじゃねぇか? なんで金を工面してくれって」

「正人さんが事業に失敗して! ……負債が五千万円も」

「それを払ったら俺に何かいいことがあるのかよ……俺には明広しかもうないんだ。明広が俺のことを救ってくれて、俺に明かりを灯してくれて、おまえは俺達を奈落に突き落としただけじゃねぇか!?」

 

 父は別に喧嘩が弱いわけではない。学生時代は実戦空手の道場に通ってちゃんと帯も持っている。だが、心優しい存在ゆえ暴力で解決しようなんて思うタイプではない。だからこそ、どうして顔を見せたのかを問いただした。

 彼らは何も言おうともしない。ただ、明広が感じたのは自分は悪くない、周りが悪いのだ。だから自分達を助けろ、助けないと後悔するぞ、だから助けろ。極悪人も真っ青な思想で金を渡せと言っているのだ。

 突っぱねればいい話だ。でも、本当にどうしようもない奴らなのだ。

 真ん中の少女、彼女は明広の母の再婚相手、山下 正人(やましたまさと)の前妻と授かった娘。だが、この正人という人間、それの最初の事業失敗で夜の街で喰われる存在になり……悲惨な最後を遂げる。

 

『いたい……助けてお母さん……!』

 

 彼は知っている。この数日後に送られてくる一枚のDVD、それに映される一人の罪なき少女の純潔が小汚いおっさんに散らされる姿、天国か地獄かはわからない場所にいるであろう……本物の母親に助けを求めるその姿。

 人間とは堕ちる時は奈落より底に堕ちる。人の欲は底知れない。

 

「……君、名前は?」

 

 明広は静かに人間ではない存在に囲まれる少女に名を尋ねる。

 

「このみ……」

「そうか、このみちゃんか……何年生?」

「……四年生」

「俺の一つ下か……父さん、この子は腐っても俺の妹だ。この子をくれるなら五千万くらい払おうよ」

 

 父と母は驚いた表情を見せる。明広は昔からワガママなんて言わない。聞き分けがよく利発で、そして……欲を見せない。だが、この時は違った。血の繋がらない妹を欲した。未来を知っているから出来ることだが、二人には自分の息子がワガママを言う姿があまりにも衝撃的すぎた。

 

「……その子をこっちに渡すなら払うよ、明広の最初のワガママだ。ただ、明広……誘拐されたとか言われたら不味いからな、正式な家族になるまでは我慢してくれよ」

 

 明広は頷いた。だが、彼らは欲深い。

 

「このみを渡すなら……六千万……」

 

 母は五千万は最初から貰えるものだと高をくくってもう一千万吹っ掛けてきた。本当は居なくなって欲しい存在の癖に毟り取れるなら限界までということらしい。父は反論しようとするが、明広父の足に手を乗せる。

 

「わかった……養子縁組ってことになるのかね、家庭裁判所だったかな? そこでこのみちゃんが正式に相沢家に入ったら小切手で六千万、それでいいか」

 

 吹っかけるものだと満面の笑みを見せて獣達は悔しそうな表情をしたこのみを撫でる。だが、これではまだ詰めが甘い。明広は義理の父に当たる正人の目を見つめる。そして吐き気を感じる。

 腐ってる人間は何をするかわからない。

 

「父さん、この人達は期待を裏切ることの天才だ。最初に三千万渡してこのみちゃんを家に招こう。その後で正式に養子縁組したら三千万。母さん……それでいい?」

 

 彼らは頷いた。

 最初に六千万でこのみを養子にした時、彼女は女性としてのすべてを奪われる。この世界は期待や待つという行為を許さない。即日決断、そうしなければ不幸になってしまう。

 明文は小切手を取り出しボールペンで必要事項と金額を書き記して立ち上がる。

 

「……娘に執着、無いんだな」

 

 パッと小切手を取った正人に明文は呟いた。

 二人は娘のことを一切見ずに小切手を現金化するために店を足早に出ていく。これが人間、それも人の親になったことがある存在のやることか? それとも、彼らは獣なのだろうか、どう考えても美しく表現することができない。

 

「このみちゃん……俺は明広、好きに呼んでいいよ」

「……お兄ちゃん?」

「それが呼びやすいならそれでいいよ」

「……お兄ちゃんありがとう。あの、えっと、おじさん。次、二人に会う時に……お母さんの写真、もらってきてもらえませんか」

「ああ、わかった。あと……おじさんだと色々と誤解されちゃうからお父さんって呼んで」

 

 本当に汚い大人ってのは駄目だ。

 まだまだワガママを言いたい子供を強制的に大人にさせる。

 帰り道、後部座席に並んで座り窓の景色を眺める。その時、このみは明広の手を握った。それを拒むこと無く、ただ、優しく握り返す。

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