有名NTRゲームのハーレム野郎はハーレム大先生でした。   作:蒼井魚

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4:人間は快楽を忘れない。

 人間は快楽を忘れない。

 美味しい物を食べた時、その味を忘れない。

 スポーツで勝利した時、その意味を忘れない。

 弱者を一方的にねじ伏せた時、その優越感を忘れない。

 簡単なものでいじめっ子というのはいじめられっ子の泣き叫ぶ姿を脳みそに焼き付けて新しい方法で虐げる。それは生物として当たり前、集団の個体の中で劣っているものを徹底的に排除し、その藻掻く様は快楽物質を発生させる。

 傍観者はいじめというものを否定しない。ある意味でそれは一種の見世物(ショー)として考える。見るだけでも快楽物質は発生するものなのだ。

 古来はいじめではなく処刑や拷問という形でそれを満たしていた。現在は陰湿ないじめという形でそれを継承している。

 

「今日こそはボコボコにしてやるよ!」

 

 明広の放課後は華々しいものではない。いじめの快楽に溺れた存在が明広を傷つけようと絡んでくる。これもいつものこと、まだまだ試行回数が少ない頃は骨を折られたりと失敗を繰り返していたが、西暦とほぼ同い年の彼に小学生の安直ないじめは通用しない。

 舞でも踊るように攻撃を回避し、隙きがあれば足を引っ掛けて転ばせていく。

 今ならわかる筈なのだが、『明広がいじめられるような存在ではない(弱者ではない)』と。だが、身近な場所にいじめの対象が居ないのだから彼を引き続き標的にするしかない。

 

「……もういいでしょ、俺をいじめの対象にしても疲れるだけだよ」

「うっせぇ! おまえのバカにしたような目が嫌いなんだよ!! 今までみたいに無様に許してくださいと泣いてりゃいいもんを!!」

「……どうして人をいじめて気持ちよくなれるの? 人が傷つく姿を見たいなら格闘技を見ればいい、傷つけたいなら格闘技をやればいい。それ以外の選択肢で人に怪我させれば犯罪だよ」

「なめてんじゃねぇ!!」

 

 正しいことを表現したら逆ギレ、これこそが人間。自分の不利になることには目を瞑り、利益になるなら他人を掻き分けてでも奪い取る。これを押さえつけるのが理性、この世界の摂理に従う力が弱ければ犯罪も軽い気持ちで犯す。

 合計六人のいじめっ子が明広に殴りかかり、それをすべて躱して飽きるのを待つ。すると教師の一人が人目に付きにくい体育館裏にやってくる。

 

「君達! 何をしてるんだ!!」

 

 明広は知っている。この教師は自分がいじめられている姿を見て見ぬ振りしていた存在。今更助けてくれるとは到底思えない。

 教師は明広の襟を掴んで地面に押し付ける。

 

「上級生が加わってるってことは君が悪いことをしたんだろ!?」

「……何もしてませんよ、来いって言われて殴られたくないから逃げてるッ」

 

 教師はゲンコツを落としてヘコヘコと自分より何歳も年下のガラの悪い生徒達に謝る。この世界は彼を助けてくれない。この世界は彼が不利になることしかしない。生徒も敵、教師も敵、なんなら『()()()()』まで敵と来ている。

 

「ほら、先生が叱りましたから帰りなさい!」

「そうはいけねぇ、俺達はそいつを殴らねぇと気がすまねぇ!!」

 

 生徒の一人が教師を引き剥がし体制を崩している明広に殴る蹴るの暴行を繰り返す。警察に通報してもいい現場、教師までいる。だが、そんなのお構いなしだ。

 嫌な話し、教師は事なかれ主義だ。いじめがあろうが暴行事件があろうが勤務している学校で問題事が起こったと発表したくない。それを知っているから明広が受ける暴行に目を逸らす。正義感の強い教師なら許さないだろうが……眼の前の教師に熱意なんて見受けられない。

 明広は障害が残らないように首の辺りを手のひらで庇う。一回だけだが、このような暴行で脊髄を損傷し一生動けない体にされたこともある。今は比較的順調に進んでいるのだ。糞餓鬼(加害者)に自らの歩みを止めさせる理由にはならない。

 気が済んだいじめっ子達が帰ったのを確認し、口の中の血の色に染まった唾液を吐き出す。

 

「先生……どうして止めてくれなかったのですか……」

「そ、それは……」

「先生の証言があれば、警察も動いてくれます」

「それはできない! 私にも生活がある……」

「じゃあ、なんで俺を殴ったんです!? 俺を殴ってアイツらが止まると思ったんですか! 先生……どうしてアイツらを許すんですか……」

 

 教師の答えを待つが彼は何も言わないでその場から逃げ出した。

 こっちは拳すら使っていないのに相手は手も足も使い放題。なんなら教師の公認ときた。事態は悪化の一途を辿っている。こっちが手を出せば警察、相手が手を出すのは教師、いや、学校公認。これでは公開処刑のようなものだ。

 今回のいじめっ子達はタイミングや心境が悪いのか引き下がるのが遅い。こうなってくると不本意だが別の学校に飛んでもらうことが最優先になるだろう。明広はため息を吐き出して新品になったランドセルを持ち上げた。

 

 

「ッ!? お兄ちゃんその怪我……」

 

 最近ようやく相沢このみになった義妹がリビングでテレビを見ていたのだが、明広のボロボロの姿を見て駆け寄ってくる。転校の手続きがまだまだかかるので学校にはまだ行けていないが、妹に危害が及ぶ前に行動開始したいと思うのが兄としての心境だ。

 

「大丈夫、六人に袋叩きされただけさ」

「ろ、ろくにん!? 救急箱もってくる!!」

 

 献身的な妹にほっこりする。

 彼女の将来は原作のルート次第ではあるが看護師。気弱だが心優しい性格に似合う職業だ。こんなに可愛い妹を、結婚も許される妹を寝取られると考えたら明広の肩は自然と落ちていく。

 この世界は彼に優しくない。この世界は彼を踏み台にしている。この世界は彼を徹底的に妨害している。

 それは、彼が死ぬ人間を無理矢理に生かすからか、ゲームを成立させるためか、真相はわからない。だが、一つだけ言えるのは最終地点は大空、大空を駆けるだけ。

 

「痛くない? しみない……」

「大丈夫だよ」

 

 消毒液で擦り傷を消毒してくれる妹に笑顔を見せる。最後に絆創膏、絆創膏に止血以外の効果は無いのだが気分的な問題もある。応急処置をしてくれた妹を撫でてソファに深く腰掛ける。

 

「お兄ちゃん……無理しないでね……」

「ふふっ、妹が生意気言うんじゃありません」

 

 このみの小さな体を抱き上げて自分の膝に乗せる。恥ずかしそうに顔を隠すが口元は微笑んで見える。

 ネグレクトされていた元の家より構ってくれる兄がいる家。

 母が死んで愛されるという当たり前が無くなった日々、今は違う。優しさと暖かさを分けてくれる兄。兄を信頼できるようなったのは仏壇()が戻ってきた翌日。

 

【回想】

 

 自分の部屋を与えられ、学校ももう少しで通うことができる。

 少年の鶴の一声で山下から相沢に変わった名字。何も変わらないと思っていたけど、義兄と義父は優しく迎い入れてくれて、普通の少女として扱ってくれる。

 その日、いつもより早起きしたその時、兄が父が持ってきてくれた母の遺影に線香を上げ、静かに手を合わせて頭を下げている。その姿は美しく……凛々しくもあった。

 

「お兄ちゃん……」

「今日は早いな? 卵焼きと目玉焼き、どっちがいい」

 

 彼の優しい笑みを見た時、元気だった頃の母を思い出す。物静かでいつも柔らかい笑みを見せる母、その姿を兄に重ね合わせる。

 このみは立ち上がった明広に抱きつく。跳ね返して欲しいと思った。でも、彼は少し困った表情になりながらも優しく頭を撫でてくれる。

 母と同じ、甘えさせてくれる。抱きしめてくれる。彼女は大粒の雫を見られないように彼の胸に顔を当てる。暖かくて心が安らぐ、家族の愛。長らく感じられなかったそれを彼から与えてもらってる。

 

「……ごめんなさい」

「謝る必要はないよ、寂しい気持ちはわかるから」

 

 明広も寂しい思いはしてきた。母だった人に捨てられた父、酒に溺れ感情を消していた頃は彼女と同じように寂しさを抱えていた。だけど、確定した奇跡を使って今までよりもずっと、愛し愛されるようになっている。

 今回こそは失敗せず、ただ、この世界が壊れないことを願う。

 未来に誰もいなくても。

 

「……どうしてお母さんにお線香あげてくれるの?」

「故人を偲ぶ、つまりは死んだ人を思いやるのは大切なことなんだ。だから、お仏壇があったらひと声かけてお線香を上げる。それに家族や他人は関係ないんだよ」

「……お兄ちゃんはどんな気持ちでお線香をあげるの」

「そうだね、頑張ってお兄ちゃんやりますからこのみちゃんを守ってください……そんな風に思って手を合わせてるかな……」

 

 心の鍵が開いた音が聞こえる。

 嘘偽りの無い清らかな言葉、油汚れのような汚い言葉しか使わない前の両親には言えない。ただ、素直に天国にいる母に頼むだけの行為、正しい祈り。

 仏壇こそ買って飾ってあるだけの前の家、いつも閉じられて母の顔を見れなかった。でも、今は違う。水のように清らかな心を持った兄、不器用だけど優しい父、これだけでもこのみという少女の世界は別の世界に移り変わる。

 

「お兄ちゃん……ワガママ言っていい……」

 

 このみはもう一度抱きつき、最初のワガママを言う決意を固める。

 

「お母さんのお墓……お墓参りしたい……」

 

 それはワガママというには身勝手なものではなかった。

 

「うん、お花買って一緒に行こうか」

 

 それが少女の初恋。

 

 

 明広は飽きないね、そんな風に上級生の混じったいじめっ子達に呆れた顔を見せる。居合わせた教師も結局は指導なんてせずに明広の件は放っている。今は大問題になっていない。小学生が人を殺すなんてしない。多少の罪悪感はあるはず。そんな希望的観測、圧倒的な事なかれ、結局は大人のやり口。

 明広は両手を上げて久しぶりに情けない姿をさらけ出すことにした。

 

「もう許してください、痛いのは嫌なんです……辛いのも……」

 

 久しぶりの情けない謝罪に心躍ったのか主犯は助走をつけて明広の腹を殴った。

 唸り声を響かせて痛みに耐える。だが、次から次へと飛んでくる拳と足。

 明広は本当に無知な奴らだと痛みに耐え忍ぶ。

 

「謝ってるよ! お願いだから許してよ!!」

「おまえみたいな屑は俺達のオモチャなんだよ! これからもいじめ倒してやる!!」

 

 主犯は明広の髪を掴んで何度も拳を叩きつける。

 そして明広のランドセルをあさり財布を引っ張り出す。中身を確認してびっくり、そこには六枚の万札、この場所にいる誰よりも金持ちだ。全員が気色の悪い笑みを溢す。

 今まではストレスの捌け口としか利用できなかった明広が今では金のなる木、叩いても許されるし奪っても許される。こんな美味しい存在はいない。

 

「一人一万円な! そうだ、おまえさぁ、もっと金持ってこれねぇ? 俺の兄貴がバイク欲しいって言ってんだ。嬉しいだろ、俺の為に金を使えてさぁ!!」

「そんなの、自分でゴッ!?」

「なに馬鹿なこと言ってんだ……おまえは俺達のオモチャだろ? 言葉しゃべんじゃねぇよ!!」

 

 主犯達は明広の心をへし折る為にいつも以上に暴行を加える。これ以上は駄目だという一線すら超える暴行、顔は腫れ上がり立つことも出来ない。

 彼らは明日はもっと金を用意しろと捨て台詞を吐いてその場から消えていく。

 呼吸を整えてゆっくりと立ち上がる。

 本当に馬鹿な奴ら、自分達が何しても許されると思い込んだ井の中の蛙。世界は自分を中心に回っていると言わんばかりのくだらない思想。

 

「……本当に、嫌になる」

 

 木陰に設置したビデオカメラを止めて餅は餅屋と呟いた。

 その後はあっけないものだ。ただの暴行なら罪は軽くなるかもしれないが強盗となれば話しは別。彼らは一線を越えたのだ。別に少年院なんて望んでいないがこの学校、妹も通うことになる学校に居てもらいたくない。

 彼らの両親からの謝罪はテンプレートにそったありふれたものだが、主犯を含めた四人は転校してくれるらしい。残りの二人は六年生、来年には学校を去る。なんら問題はない。警察に連れて行かれる恐怖は二度と味わいたくないだろう。味わいたいなら罠を作るだけ。

 物語はサビにも入っていない。

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