オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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前回の続き、アウラとマーレの活躍を見たアンティリーネとアインズの話です


第10話 エゴの押し付け

「では、明日も同じ時間に伺います」

 

「ああ。今朝も言ったがメモした内容は覚えたら、焼却しておけよ」

 

 腕組みをしたままむっつりと唇を結んでいる様は、不機嫌なように見えるが、視線すら合わせようとしなかった朝から比べれば、こうして見送りに来ているだけで、ずいぶん打ち解けてきたと言える。

 

「もちろんです」

 

 力強く頷くモモンに、満足げに頷き返した後、薬師頭は視線を絶死に向けた。

 

「お前は最低限、器具の名前と使い方を把握しておけ」

「はいはい」

 

 何度となく注意されたことを再び言われ、絶死は顔を逸らして適当な返事をする。

 薬師頭の眉間に皺が寄ったのが視界の端に映ったが、あちらが何か言うより早く、モモンが割って入った。

 

「そちらも私がメモしたものを彼女に渡しておきますので、ご心配なく」

 

 まだ不満そうではあったが、それ以上何か言われることはなく、モモンと絶死は薬師頭のエルフツリーを後にした。

 薬師頭が戻ったのを確認後、絶死はこれ見よがしに思い切りため息を吐く。

 

「どうした?」

 

「どうしたじゃないわよ。なんで私がこんな面倒なことをしないといけないのよ。あーもう、手が薬草臭い」

 

 しっかり洗ったつもりだが、潰した薬草から出た生薬のツンとした刺激臭は、たった一日で手に染み付いてしまったかのようだ。

 

「最初に話しただろう。これも調査の一環だ」

 

「それは貴方の仕事でしょう? なんで私が……」

 

 ジロリと睨め上げる。

 また鎧を言い訳にするつもりなら、今度こそ鎧に魔法の力が付与されていないことを指摘してやろうと思ったが、そんな空気を読んだのか、モモンは小さく肩を竦め、まったく別の角度から攻めてきた。

 

「仮にも私は君の命の恩人だ。少しくらい手伝ってくれても罰は当たらないと思うがな」

 

「ぐぬ」

 

 それを言われると痛い。

 実際モモンたちがやってこなければ、どうなっていたか。

 エルフ王が言っていた内容から推察するに、殺される可能性は低いだろうが、それより遙かに最悪な事態となっていたのは想像に難くない。

 

(いくら私に勝った男ならって言っても、あんな最低最悪の屑が相手なんて冗談じゃない)

 

 日頃から漆黒聖典の隊長など、それなりに近しい間柄の相手に言っている言葉を思い出してしまうが、流石に自分の父親──認めたくはないが──が相手なんておぞけが走る。

 これ以上は考えたくないと、絶死は思考と共に話を切り替えた。

 

「それにしても、あの薬師頭。こっちは素人だっていうのにギャーギャーと。自分より遙かに弱い者からあれこれ言われて、貴方もよく耐えられるわね」

 

 実質的な作業をしたのは絶死なので、文句を言われる比率は当然自分の方が遙かに多かったが、モモンもまた、道具の用意や、使用する素材の間違いなどを指摘されて、ずいぶん小言を言われていた。

 

 これが思いの外ストレスが溜まる。

 特に絶死はこれまでの人生で頭ごなしに怒鳴られる経験が、殆どなかったからなおさらだ。

 

(母は、怒鳴ることはなかったし)

 

 叱責されることはあっても、それは暴力によるものであり、口から出るのはじわじわとこちらを追いつめるような冷酷な台詞ばかり。

 ああして感情的に怒鳴られたことはなかった。

 

 しかも相手は自分より遙かに弱く、絶死が本気で攻撃すればもちろん、殺気を向けただけでも昏倒してしまうような相手だ。

 絶死ですら素手では勝ち目がなさそうな、強大な戦士であるモモンもそれは同様のはずだが、彼は不思議そうに首を傾げた。

 

「調合に強さは関係ないだろ? 仮師匠は私の知らない知識を持っている。それを教わるのだから、下手に出るのは当然のことだ」

 

「……そういうものかしら」

 

 そんなに簡単に割り切れるものだろうか。

 モモンの心が広いのか、それとも自分の心が狭いのか。

 

「それに、あの調合技術は面白い」

 

「そう? あんまり効果が高い薬だとは思えなかったけど」

 

 昔から、法国ではポーションや巻物(スクロール)などの研究が盛んに行われている。

 

 かつて六大神がもたらした神の遺産と同じ、あるいは類似したアイテムを開発するのが目的であり、費用対効果は悪いものの劣化しない真なるポーションである神の血(アムリタ)や、第四位階までの魔法を込めることが可能な特別な巻物(スクロール)などが開発されているが、ここで作られるアイテムはそれらのものと比べると効果も目新しくはなく、そもそも効能が低い。

 

 モモンが六大神と同じ場所からやってきたのならば、あの程度の薬に興味を示すとは思えない。

 

(となると、モモンは揺り返しで現れたんじゃなくて、そうした者の血が覚醒した者?)

 

 六大神の血が覚醒した神人とは呼び名が異なるが、同じように他の強大な者の血が覚醒した存在もいる。

 八欲王の息子であるエルフ王もそうだ。業腹ながら絶死も六大神のみならず八欲王の血も覚醒した特別な神人である。

 モモンも同じような存在なのだろうか。

 新たな疑念を抱き、疑いの眼差しを強めた絶死に対して、モモンの返答は実にあっけないものだった。

 

「たとえ効能が弱かろうと、自分の知らない知識が得られるのは楽しいし、喜びだよ」

 

 色々と考えた自分が、バカみたいに思えるほど単純な答えに、思わず閉口する。

 

「そういう気持ちは分からないか?」

 

「……そうでもないわ」

 

 絶死の趣味は、新しい服や食べ物を試すことだ。

 手当たり次第なので失敗することもあるが、未知を切り拓くという意味では知識欲と大きな差はない。

 

(そういえば、この服も結構洗練されたデザインよね)

 

 個人的にはもう少し装飾が多く付いたデザインの方が好みだが、肌触りの良い高級そうな布地を使い、丁寧に仕立てている。

 加えて絶死に誂えて作ったようにピッタリと体にフィットする形状は、まるで魔法の力が込められた武具のようだ。

 しかし、この服からは特別な輝きや力は感じられない。人体の形状に合うように細かな細工が各所に施されているに違いない。

 

(アウラたちも同じデザインなんだから、これは量産品よね。魔導国は服飾技術も高いのかしら)

 

 そんなどうでもいいことを考えていると、絶死の返答を受けたモモンが、それみたことか。と言いたげに小さく鼻を鳴らした。

 

「そうした喜びを与えてくれる相手に敬意を払うのは当然のことだ。お前も明日までに覚えておけよ」

 

 ほら。と言いながら、メモを取っていた紙の束から、何枚か──おそらくは器具の名前と使い方が記されたもの──を渡そうとしてくるモモンに、絶死は手を振った。

 

「良いわよ。大体は覚えているし、貴方の国の言葉じゃどうせ私読めないでしょ」

 

「ん? ああ、そうか。エルフ国の言葉じゃないとダメなのか」

 

 ドキリと心臓が跳ねる。

 余計なことを言ってしまった。

 人間種のみならず亜人種、果てはハムスケのような言葉を使う魔獣であっても言語は統一されているが、文字に関してはそうはいかない。

 

 王国と帝国のように、元は一つの国だった場所ならば、ある程度似通った部分があるが、それ以外は国ごとにまったく別の文字が存在している。

 絶死が読めるのは法国で使用されている文字だけだが、今彼女はエルフの国で生まれ育った設定となっているのだ。

 

 ダークエルフが使う文字と違いがあるかは不明だが、仮に同じだった場合、モモンが村の誰かにエルフ語へ翻訳してもらおうなど言い出すとまずい。

 ここは──

 

「……そもそも私。文字、読めないから」

 

 しおらしい演技と共に視線を逸らす。

 どんなに進んだ文明を持った国でも、識字率が百パーセントということはあり得ない。

 まして原始的な生活が基本のエルフ国では、言葉が読める方が珍しいはずだ。

 加えて、そのことを恥ずかしく思っているような態度を見せれば、深く追及されることはないだろう。

 とっさにしてはなかなか良い言い訳だ。と内心で自賛する絶死に、モモンは一瞬絶句するような間を空けてから、姿勢を正す。

 

「……そうか。考えたらずだったな。すまない」

 

 ペコリと頭を下げ素直に謝罪する姿に、絶死の方も言葉を失った。

 絶死とて、自分が間違っていても決して謝らないほど頑なではないつもりだが、絶死ほど強さが隔絶してしまうと、軽い気持ちで頭を下げることができなくなるものだ。

 そうしてしまうと、逆に相手を萎縮させてしまうことの方が多いからだ。

 そのため、強くなるほど自然と頭を下げる機会自体減っていく。

 これも先の目上に対する敬意と同じく、モモンも同様のはずだが。

 

 どうもモモンは、そうした強者であるが故の不自由さを、あえて無視しているようだ。

 冒険者という自由な立場ゆえだろうか。

 

 少しだけ羨ましく感じると同時に、法国の守護者としての責務や、母から憎悪をコピーされ、復讐に縛られている自分が小さく感じてしまう。 

 

「──いいわよ別に」

 

 思わずぶっきらぼうな返答をしてしまい、場に気まずい沈黙が落ちた。

 そんな空気を吹き飛ばしたのは、村の外れから聞こえてきた歓声だった。

 

「なんだ?」

 

「さぁ?」

 

 方角的には、絶死たちがこの村に最初にやってきた際と同じ方角、つまり村の入り口付近のようだ。

 

「んんっ。行ってみるか」

「ええ」

 

 多少のぎこちなさは残りつつも、場の空気を変える良い機会であるという点で互いの考えが一致し、揃って歓声が聞こえる方に歩きだした。

 

 

 

 なんとなく想像はついていたが、歓声を受けていたのは、早朝村の若者と一緒に狩りに出たアウラだった。

 どうやら無事獲物を獲ることに成功したらしい。

 

 声をかけるべきか否か、少し悩んでモモンを見ると、彼はダークエルフと比べて大きな体を、木の陰に隠していた。

 なにをやっているのか訊ねる前に手招きをされ、どうやらアウラに見つかることなく様子を窺いたいのだと察し、絶死もモモンの近くに移動すると、縦に並んで様子を観察した。

 多くの者が野伏(レンジャー)の技術を持っていることもあって、ダークエルフの感覚は人間より優れている。

 それでも気づかれない程度の距離を取っているため、ダークエルフたちがこちらに気づいている様子はない。

 

(といっても、あの娘ならこの距離でも──ほら気づいた)

 

 野伏(レンジャー)としての実力もさることながら、単純に英雄や逸脱者を超える実力を持っているであろうアウラの感覚はごまかせない。

 鋭い視線がこちらに向けられた。

 モモンではなく、一緒にいる絶死に対する敵意を剥き出しにした視線だ。

 アウラとマーレはモモンに随分と懐いているようなので、彼が二人ではなく、絶死と共に行動していることが気に入らないのだろう。

 

 それを理解した上で、ニヤリと笑う。

 先日、人を年寄り呼ばわりしてくれたことへの意趣返しだ。

 当然、絶死の挑発的な態度にアウラは分かりやすく眉を持ち上げて、怒りを露わにするが、その直後一緒に狩りに出ていた者たちから大きな声が響いた。

 

「皆! 喜べ! 今回もフィオーラ様が大きな獲物、いや、村の危険を取り去ってくださったぞ!」

 

 含みのある言い方で、四人掛かりで運んでいた巨大な獲物を地面に降ろし、全員に見せつけるように左右に移動した。

 その獲物の姿を見た瞬間、先ほどまでとは違った歓声、いや悲鳴に似た声が上がった。

 

「ウルスス?」

「え? この前の」

「いや──」

 

 入り口近くの橋の上に集まっていた村人たちが口々に話し出す。

 ウルススとは、確かこの村に来る前に全員で捕まえた、巨大な熊に似た魔獣の名前だ。

 魔獣使い(ビーストテイマー)であるアウラの配下になり、この村と接触するため、ひと芝居打たせた後は、ハムスケやフェンと呼ばれた狼に似た魔獣と共に、森の中に潜伏させていたはずだ。

 

「あの時の魔獣熊か?」

 

 モモンが不思議そうに首を傾げる。

 仕事が済んで用済みになったため、証拠隠滅も兼ねて殺してしまったのだろうか。

 絶死の言えた義理ではないが、少々酷な気もするが──

 

「いや、違う! これは前回フィオーラ様たちが撃退したウルススの王種(ロード)ではない」

 

 絶死の疑問に応えるかのごとく、先ほどまで声を張り上げていた者とは別のダークエルフ──確か魔獣熊に一人で立ち向かっていた者──が一歩前に出る。

 その姿を見た瞬間、観衆たちに別のざわめきが混ざった。

 

 彼とアウラの顔を交互に見て、なにやら驚いている様子だ。

 歓迎の宴の際に紹介された村の顔役たちの中には居なかった人物だが、村内で特別な地位に居るものかもしれない。

 

「こいつはかつて俺が見たことがある、村の近くを縄張りにしていたウルススだ。おそらくあの王種(ロード)が暴れたことで、縄張りを追い出されたのだろう。しかもこいつは一目散に村の方向に駆けだしていた。つまり、俺たちは再びフィオーラさんに村の危機を救っていただいたのだ!」

 

 一気に語ると、おお。と力強い声が湧いた。

 

(近くを縄張りにしている強者が居なくなったら、余計に森の中が騒がしくなる気がするけど、その辺りは気づいてないのかしら。それともあえて隠している?)

 

 どちらにせよ、これは若者グループによる宣伝活動、いわば茶番だ。

 年齢や立場でなく、実力の高い者が村を治めるべきだと考えている若者グループからすれば、子供でありながら村の誰より強く、さらに森で生きる上で重要な野伏(レンジャー)の職業を修めているアウラは、自分たちのトップとして祭り上げるのに、これ以上無い存在だ。

 それを他の村人にも知らせるため、こんな目立つ方法をとったのだろう。

 

「余計なことを」

 

 頭上から不満げな呟きが落ちる。

 

「村から感謝されるのは、良いことでしょ。貴方たちの調査もやりやすくなるんじゃないの?」

 

 そっと探りを入れてみる。

 モモンは今回村、というよりこのエイヴァーシャー大森林に来た目的を、未知を求めての調査の一環だと話していた。

 それならばアウラが英雄として祭り上げられるのは、何も悪いことではないはずだ。

 やはり、モモンには別の目的があるのだろうか。

 

 絶死の問いにモモンが答える前に、再び観衆からざわめきが走り、同時にアウラたちのところに近づいてくる者たちの姿があった。

 

「長老のお出ましね」

 

 いつものように並んでゆっくりと威厳を見せつけながら歩く三人の長老。

 しかし、今回は別の小さな影も共にいる。

 

「……マーレも一緒か」

 

 その声はやはり不満そうだ。

 もしかすると、目的がどうこうではなく、単純に二人が権力争いの道具にされることが、気に入らないのかもしれない。

 個人的には、強者の下に人が集まるのは当然のことだとは思うが。

 

「これは長老。今回はお早いお着きで」

 

 最初に声を上げた方が嫌味ったらしい口調で言うと空気が一気に張りつめた。

 見ている観衆もまた、その空気を察したように押し黙り、ことの成り行きを見守り始める。

 

「戻ったかプラム。これは……ウルスス、この間の王種(ロード)とは別の個体か」

 

「その通り。フィオーラ様が村に危険が及ぶ前に討ち取って下さいました。如何に伝統や経験を学んでも、こういう時は何にもなりませんね」

 

 プラムと呼ばれた男の明らかな挑発に、女の長老がピクリと反応する。

 また嫌味の応酬になるかと思われたが、意外にも女長老は何も言わず、フイと視線を逸らすだけに留めた。

 そのことに他ならぬ嫌味を言った者が驚いている中、最長老が一歩前に出て、アウラを見た。

 

「フィオーラ殿。村の危機を事前に救って下さったこと、感謝致します」

 

 今度こそ、ダークエルフたちに動揺が走る。

 長老たちはこれまで、大人であり、チームのリーダーであるモモンには敬語で接していたが、他の者たちに対しては、尊大とも思えるような言葉遣いで接してきた。

 

 それを変えるということは、自分たちよりアウラの方が上だと認めたことになる。

 ニヤリと勝利の笑みを浮かべたプラムが、さらに何か言おうとしたところで、よく通る声が遮った。

 

「いいよいいよ。別に大したことじゃないし、それより、こいつの解体を急ごうよ。この間は他の人たちに任せたけど、今日はあたしが手伝うからさ。指示を頂戴」

 

 チラとマーレに視線を送ってからアウラが言うと、長老たちは目に見えて安堵する。

 アウラから解体の指示を請うことで、経験を大事にする長老たちに花を持たせてくれたからだ。

 

「フィオーラ様。雑事は俺たちがやります。解体のやり方だって、俺たちの方が慣れていますし」

 

「ガネン。いい加減にしろ、ウルススの解体は俺たちもやったことはないだろ。長老はご存じですか?」

 

 先ほどまでプラムに同調していた、もう一人のダークエルフが突如長老たちの味方に付く。

 一見すると突然手のひらを返したようにしか見えないが、離れた位置から見ているとよく分かる。

 

 どうやらこのもう一人のダークエルフは、若者グループの一員ではなく、アウラの考えに同調しているだけのようだ。

 そのためアウラが何も言わなかった今までは若者グループに付き、彼女が長老たちに花を持たせようとしたことで、それに同意を示した。

 

 神輿であるアウラに加え、村の中で特別な地位にいるらしい男まで同意したことで、流石にプラムも何も言えず、渋々ではあったが、長老の指示に従うことに同意した。

 

「んんっ。では、今日はいつもとは違うやり方で、血抜きと解体を試してみたい。皆も手伝ってくれ」

 

 長老の言葉に様子を窺っていた観衆たちも応え、一斉に動き出す。

 その様子を最後まで黙って見ていたマーレも、ホッとしたような仕草を見せ、アウラとアイコンタクトを取った。

 

(これも二人の狙い通りってこと? さっきの態度だと、モモンの指示では無いはずだけど──)

 

 チラと頭上を確認すると、モモンは低く唸ったままだ。

 いったい何が不満なのか、改めて訊ねようとしたところで、急にモモンが下を向く。

 兜越しとはいえ、近距離で見つめ合う形になったことに驚き、心臓が一つ跳ねた。

 

「アンティリーネ」

「な、なに?」

 

 思わず上擦った声が出る。

 そんな絶死にモモンは一瞬不思議そうに小首を傾げたが、すぐに気を取り直したように告げた。

 

「私は自分のエルフツリーに戻る。アウラとマーレが戻ってきたら、後で私が行くから今日は外に出ず待機しているように伝えてくれ」

 

「……はいはい」

 

 単なる連絡事項だったことに、自分でも理由はよく分からないが、苛立ちが募った。

 そんな絶死に気づくことなく、モモンは一つ頷くとその場を立ち去っていった。

 

 一人残された絶死は、気を取り直してアウラたちに視線を戻す。

 素直な賞賛を浴びながら、多数のダークエルフたちと協力して作業を進める双子の姿は、なんだかとても眩しく映った。

 

 

 ・

 

 

「どうしてこうなった?」

 

 自分に貸し与えられたエルフツリーの中、アインズは村人が運んできた食事を前に一人考える。

 

 この村では基本的に、食事は朝まとめて準備をしたものを朝夜二食にわけて食べるのが基本であり、今日の分は既に用意されている──アインズは食べたように見せかけただけだが──のだが、アウラが狩ってきた獲物を調理したということで、自分の下にも運ばれてきたのだ。

 

 焼かれた肉の塊からは、香辛料の良い香りが漂っている。

 前日の宴の席でも肉は用意されていたが、それは獣臭が強いものだった。

 後で聞いたところによると、あれは獲物の血抜きなどの下処理が不十分なまま肉を焼いたため、余計に臭みが強くなった結果らしい。

 それに比べ、この肉からは獣臭が殆どしない。

 これは全体に塗してある香辛料のおかげだけではない。

 どんなに強い香辛料でも、下処理をキチンとこなさなくては、二つの臭いが混ざりあってしまうものだ。長老が指示を出していたが恐らくあれはマーレが教えた知識なのだろう。

 

「この肉自体が、二人が村の有力者と関係を構築して得た成果ということか」

 

 アウラはともかく、引っ込み思案のマーレが、たった一日で。

 素晴らしい成果であり、成長だ。

 この世界に来たばかりのマーレであればできなかったはずだ。

 先日もアウラの年齢を聞いて、この世界に来てから積み重ねた歳月を実感したものだが、当然それはマーレも同じであり、彼も立派に成長しているということだ。

 ともすれば、いつまで経っても政務をこなすことも出来ない自分などよりも、遙かに。

 

「しかしなぁ」

 

 二人の成果を認めているからこそ、アインズは悩む。

 アウラとマーレに仕事のことは忘れて、友達を作って貰うためにここに連れてきたのだ。

 それがたった一日で、派閥争いの中心人物となってしまうとは。

 

「問題はこれが成り行きによるものか、それとも二人が考えての行動かということだな」

 

 単なる成り行きなら、今後は近づかないように言えば済むが、二人があえて近づいたのであれば簡単ではない。

 そして可能性としてはそちらの方が高い。なぜなら今回アインズは二人に表向きの理由として、未知を求める冒険者として情報収集を命じているからだ。

 二人がそれを効率良く行うため、それぞれの派閥の有力者に近づいたと考える方が自然だろう。

 実際、情報収集の観点からなら大成功だ。

 しかし──

 

「今回の目的はやはり二人の友達作りだ。一日くらいは子供たちとも接触させておきたい」

 

 友達作りの本番も、次の村に行ってからだとしても、ダークエルフの子供特有の生活や考え方、遊びなどを知っておいた方がスムーズに事が進む。

 

「……やはり、俺から言うか? そうすると、二人はともかく大人からの非難が集まるだろうなぁ」

 

 アインズが命じれば、二人は多少疑問を感じても従ってくれるだろうが、それ以外の者たちはそうはいかない。

 すでに村の有力者から絶大な信頼を得ている二人と異なり、アインズがまともに接したのは薬師頭のみ。

 彼も村の顔役であるのは間違いないが、あの偏屈な性格もあって、村内での影響力は殆どない。そう思ったからこそ、アインズも彼に近づいたのだ。

 つまり他の村人からすれば、自分たちとろくに関わっていなかった者が、急に口出しをしてくることになる。

 いい気はしないだろうし、二人がせっかく手に入れた村の有力者とのパイプも使えなくなってしまうかもしれない。

 

「それでも。俺はお前たちに知って貰いたいんだ。友達の素晴らしさを」

 

 言い訳をするように、ここにはいない双子に語りかける。

 二人の成果が、アインズのひいてはナザリックのために努力した結果だと分かった上で、自分のエゴを押し付けることを決めた。

 

「よし。行くか」

 

 皿に載った肉を部屋の隅に置いてから、アインズは覚悟を決めて、二人の下に向かうべく外に出た。

 

 

 

 アウラたちが三人で使用しているエルフツリーに到着すると、アンティリーネから伝言を聞いていたのか、既に双子が入り口の前で待機していた。

 

「お、お疲れさま、です。モモンさん」

 

 相変わらずたどたどしく言葉を選びながら話す、アウラとそのアウラに追従するように、コクコク頷くマーレに出迎えられて中に入る。

 二人とも多少緊張してはいるようだが、同時に誇らしげにも見えた。

 

(やはり、村の顔役に近づいたのは二人の計画だったみたいだな)

 

 自分たちの計画通りに進んでいることを、アインズは当然見抜いており、それを褒めに来たとでも思っているのかもしれない。

 それを理解した途端、存在しない胃がキリキリと痛みだす。

 なにしろアインズは、これから全く逆のことを告げなくてはならないのだから。

 

 覚悟を決めて室内に入ると、部屋の隅で座っているアンティリーネと目が合った。

 彼女は不貞腐れたような顔で座ったまま、チラリと視線を天井に投げかけた。

 席を外すかという合図だと察したが、アインズは首を横に振る。

 

(あいつがいれば、詳しい理由を説明しなくて済むからな)

 

 そう考えたからこそ、二人を呼び出すのではなく、アンティリーネに伝言を託して、アインズがここに出向くことにしたのだ。

 表向きの目的である情報収集を円滑に進めるという立派な理由がある二人と異なり、友達作りはあくまでアインズの個人的な願い(エゴ)でしかなく、合理的な理由が存在しないからこその姑息な作戦だ。

 

(だが、せめて──)

「二人とも聞いたぞ。アウラは二日続けての魔獣討伐、マーレは獲物の処理方法やこの村でも取れる野草を使った香辛料やソース造りを伝授したそうだな」

 

「う、うん!」

「は、はい!」

 

 背筋を正し、話を聞く姿勢を取る。

 緊張はしているようだが、表情はやはり期待に満ちていた。

 アインズが両手を持ち上げると、アウラはこちらの意図を察したようで、更に表情を輝かせて、小さく首を下げる。

 マーレも姉の様子を見て、慌てて同じ姿勢を取った。

 

「素晴らしい成果だ。村人から信頼を得れば、私も情報収集がやりやすくなる。ありがとうな」

 

 絶対的支配者であるアインズの立場ではなかなか言えない、素直な感謝の言葉を口にしながら、差し出された二人の小さな頭に手を乗せて、そのまま撫でる。

 手甲の隙間に髪が挟まらないよう、ゆっくりと優しく、しかし心を込めて丁寧に。

 

「っ! えへへ」

 

 頭を下げているため顔を見ることは出来ないが、自然と漏れた笑い声と、ピクピク上下している長い耳の動きで、二人が喜んでくれていることがわかる。

 

「っ!」

 

 別方向から息を呑むような音が聞こえて、そちらを見ると、アンティリーネがアインズたちを凝視していた。

 見開かれた瞳は、驚きだけでなく、怒っているようにも悲しんでいるようにも見える。

 

(何だあいつ……ああ、そうか。さっき俺が不満を漏らしていたのを聞いていたからか)

 

 アウラを英雄扱いしていたダークエルフを見て、余計なことをしてくれたと毒づいてしまった。

 それを聞いていたアンティリーネからすれば、アインズが二人を褒めたことも本心ではなく、演技でやっていると思い、不快に感じているのかも知れない。

 

(もうしばらく褒めてやりたかったが……)

 

 二人を労う意味でも、そしてこれからアインズがしようとしているエゴの押し付けを、少しでも先延ばしにする意味でも。

 仕方ない。と覚悟を決め、アインズは双子の頭から手を外す。

 すぐに二人、特にアウラは分かりやすく、もう終わり? とでも言いたげな悲しそうな表情を見せる。

 その姿に更に罪悪感を募らせつつ、アインズは一つ息を吸ってから話し出した。

 

「ところで、二人の明日の予定はどうなっているんだ?」

 

「えっと、あたしはまた森の中に入って、今度は狩猟頭のおじさんと、獲物以外の採取、野草とか薬草、後は木の実とか果物なんかを取りに行くつもりです」

 

「ぼ、ぼくはあの、今日長老の人たちに紹介して貰った祭祀頭さんのところに行って、エルフツリーの特性とか操る魔法とかを見せて貰おうかと」

 

 既にしっかりとした予定が立てられている。

 それも今日会っていた者とは別の村の顔役と接触して、更に交流を深めるつもりのようだ。

 明日どころか、この村に滞在中はずっと薬師頭のところに通うつもりだったアインズとは雲泥の差だ。

 聞いたことを若干後悔しつつ、それでも明確な約束ではないことに安堵する。

 

「これは決して命令ということではないんだが──」

 

 前置きをしてから、アインズは意を決し一気に告げた。

 

「明日は村の子供たちと遊んでみるのはどうだろう? 大人と接して情報を集めるのも大事だが、村には子供たちもいるだろう? ダークエルフの生活を知る上で、子供たちがどう暮らし、どう遊んでいるかを知ることも大事だと思うんだ」

 

 強制とは取られないよう、ぎりぎりを攻める。

 子供たちと遊ぶこと自体が命令だと思われるのは困る。あくまで自発的に選んでもらいたい。

 その上で、アインズがそれを望んでいることを、何となくでも読みとってくれるとスムーズにことが進むのだが……

 ドキドキしながら様子を窺うと、二人はアインズの言葉が意外だったのか、顔を見合わせる。

 そのまま少しの間不思議そうな顔をしていたが、突如アウラが大きく目を見開き、何かに気付いたように頷いた。

 

(わかってくれたか!?)

 

 喜んだのもつかの間。

 

「なるほど! そういうことですか」

 

 太陽のような笑顔とともにアウラは言った台詞に、アインズの頭は一瞬フリーズする。

 

(……単純に俺が子供と遊んでほしいと思っていることに気づいただけだよな? いやしかし、この台詞は)

 

 これまでデミウルゴスやアルベドが、アインズの思考を深読みして、勝手に勘違いした際、何度となく聞いた台詞だ。

 思わずアインズ自身も深読みしてしまい、じっとアウラを見つめたまま止まっていた思考を必死に回転させる。

 

 だからこそ、アインズは気づけなかった。

 三人のやりとりを後ろから見ていたアンティリーネの瞳が細くなり、小さく舌を打ち鳴らしていたことに。




村との交流は次かその次位で終わる予定です
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