当然ですが、アインズ様側には深い考えなどありません
「それじゃあ今日も薬師頭のところに行ってくる」
「はーい。いってらっしゃーい」
ぶんぶんと大きく手を振って、主人を見送る。
冒険者モモンという立場を演じるため、気安い雰囲気を出している主人にようやく慣れ始めたことも相まって、緊張せず普通に見送れるようになった。
主人の思考をごく一部とはいえ、読み解くことが出来て、気分が高揚していることも関係しているのかもしれない。
「……お姉ちゃん」
二人だけになって早々、アウラとは対照的に低い声のマーレがこちらを睨む。
マーレにしては珍しい態度だが、気持ちは分かる。
その上でアウラは自分の目を指さして告げる。
「どうしたの、マーレ? すごい目してるよ?」
もちろん、マーレが主人の思考を読み解こうと、いつもであれば眠っている時間を過ぎても起き続けていたせいで寝不足なのは分かっていた。
自分だけが気づけた事実に、奇妙な優越感を覚えて意地悪を言ってしまった。
「うぅー」
抗議を込めた低い唸り声に、アウラは苦笑する。
少し虐めすぎた。
「ごめんごめん。でも、自分で考えることの重要性は分かってるでしょ?」
他ならぬ主人から教わり、ここにきてからずっと心に留めて指針にしてきた言葉だ。
特にマーレは、出立前の不用意な発言による失態を取り戻すべく、努力し続けている。
ではなぜアウラだけが、主人の思考を読み解けたかといえば、単純に経験の差だ。
アウラとマーレが守護する第六階層には、ナザリック外から植物系モンスターを中心に、様々な者が移住している。
そうした者たちとコンタクトを取るのは基本的にアウラの仕事である。
その際、気まぐれな者が多い植物系モンスターを纏めるのに苦労している自称村長のピニスンなどの苦労話も聞いて、多数の者たちが集まる集落特有の問題なども、事前にある程度理解していたため、すんなりと状況把握ができたのだ。
「ようするに、アインズ様が仰りたいのは、これから村を一本化するために、子供に接触する必要があるってことよ」
胸を張って説明を開始するアウラにマーレは首を傾げる。
「ど、どうして、子供に近づくのが、村の一本化に繋がるの?」
主人がアンティリーネを懐柔している間に、アウラたちがすべき仕事は、現在二つの考え方で対立している村を纏め上げることだ。
すでに若者グループと長老派閥、双方のまとめ役の懐に潜り込んで影響力を強めているが、これだけでは村が一本化するどころか、互いに勢力を強めたと勘違いして対立が激化するだけだ。
「子供たちがこの村で唯一、派閥とか関係ない独立した存在だからよ」
「そうなの?」
「見た感じ、立場どころか年齢がバラバラでも一緒に遊んでいるみたいだし、多分子供の数自体少ないから纏めて集まってるんでしょ」
危険な森の中で生きているダークエルフの考え方は、基本的に自己責任。
だからこそ、子供たちの集まりに監視をつけることもなく、ある意味放任している。
そうして子供たちが森の中に入り、犠牲が出たとしても、森の危険性を知るメリットの方が大きいと考えているからだ。
子供たちもそれを理解しているのだろう。少しでも安全に過ごすため、大人の派閥争いなど無視して、子供たちだけで集まって遊んでいるようだ。
「で、でも。この村の子供って、特別価値があったり地位が高いわけじゃないよね?」
「子供自体には価値がないからこそ、打算なく近づいているって思われるの。昨日のあいつ、見たでしょ」
「えっと。お姉ちゃんが接触した、若者グループのまとめ役している人?」
「そ。プラムとか言ったかな。あいつ、なんかあたしが味方に付いたとか勘違いして偉そうに」
魔獣熊の解体に際し、マーレと接触した長老たちは、若者グループも含めた皆で協力しようと歩み寄ったが、それを長老たちが過ちを認め、すり寄ってきたと勘違いしたらしいプラムは、傲慢な態度を強めていた。
あの現場を主人も遠くから見ていたからこそ、このままでは村の一本化は遠いと判断し、ヒントを与えてくれたに違いない。
その方法が子供たちの懐柔だ。
「そもそもさ。今回の計画の最終目標は、あの女の下に村の連中を付けることでしょ?」
「あ、そっか。村の人たちがぼくたちのことばっかり見てたら意味ないよね」
「そ。だから、あたしたちは今日村の子供たちと遊びながら、昨日の派閥争いを見て、嫌気が差して大人から距離をおくことにしたと、それとなく伝えるわけ。そうしたら、どっちの派閥にもそれが伝わる」
「う、うん」
ようやく話を理解したらしく、コクコクと何度も頷く。
「その後、村の連中はどうするか」
「僕たちの代わりに、あの女の人に近づく?」
「正解。連中はあたしたちの誰かが村に残ってほしくて動いているみたいだから。あたしたちがダメなら他の人。アイ──モモンさんは人間ってことになってるから、種族とか寿命的にも村に残ってとは言えない。そうなると消去法であの女に近づいてくるってこと」
「な、なるほどー」
感心したように何度も頷くマーレに、アウラは胸を張って自慢げに鼻を鳴らす。
いつもはアウラもアルベドやデミウルゴス相手に感心する側だっただけに、そうした視線を向けられるのは、気分が良い。
「じ、じゃあ。モ、モモンさんがこのタイミングでそれを言ってきたのは。あの人の懐柔が終わったから、なのかな」
「恐らくね。ただ、まだモモンさんの偉大さを理解したって感じはなかったから、自分が操られていることに気づかないままって感じじゃないかな」
昨日も主人から褒美を受け取っていた自分たちを、苛立たしげに睨み付けていた。
そのせいで至高の時間が中断したのは許しがたいが、それ以上にアンティリーネの視線が向かう先が自分たちでなく、主人だったことが問題だ。
主人に対しても思うところがあり、シズが話していた聖王国の人間のように、主人に心酔しているわけではない。
ナザリック最高の知恵者として創造されたデミウルゴスより遙かに優れた叡智を持つ主人のこと。
言葉巧みに相手を誘導し、望んだ行動を取らせることなど容易い。
つまり、アンティリーネは自分の意志で動いているつもりだろうが、すでに主人の術中にいる。
今後アンティリーネの方からも、何か動きを見せるに違いない。
「話はおしまい。こっちに子供の足音が近づいてる」
「え?」
声を潜めたアウラの言葉にマーレも耳を澄ませる。
ピクピクと動く耳が大人より軽い足取りを捉えたらしく、本当だ。と小さく唸った。
これも主人の差し金だろう。
主人の意図をくみ取れている事実を噛みしめながら、アウラは子供たちの到着を待った。
・
「では、二人をよろしく頼むよ」
薬師頭の下に向かう前に見つけた村の子供たちに、アウラとマーレと遊んでくれるように頼んだ後、飴玉らしきものを握らせたモモンは、その甘さに驚愕している子供たちを後目に、絶死のところに戻ってくる。
その様子を見ている絶死の口元は、知らずへの字に曲がっていた。
「済まない、時間をとってしまったな。急ごう。仮師匠が怒っているかもしれない」
モモンはそれだけ言うと、足早に薬師頭のエルフツリーに向かって歩き出す。
昨夜アウラに提案したときも正気を疑ったものだが、アウラたちを焚きつけるだけでなく、子供たちの方にも根回しをしている以上、モモンは本気であの二人と子供たちを遊ばせようと考えているようだ。
「ねぇ。あの二人と子供たちを遊ばせてどうしようっていうの? あなたたちの仕事は情報収集なんでしょう? 子供が持っている情報なんてたかが知れているでしょうに」
ダークエルフの聴力で聞き取られないよう、モモンに近づく。
「……そうだな。君には話しておいても良いか」
絶死の言葉に、モモンは歩きながら考えるような仕草を見せていたが、やがて一つ頷くと、絶死に合わせるように自身も声を落す。
「実のところ、あの二人を連れてきたのは、森の案内だけでなく、二人とダークエルフを会わせて、友達を作ってほしかったからなんだ。あ、二人には言わないでくれよ?」
最後に慌てたように付け加える。
しかし、その言葉は絶死には届いていなかった。
その前に言った内容があまりにあり得ないものだったためだ。
「──本気で言っているの?」
「何がだ?」
分からないというように首を捻るが、モモンのような力ある者が、そんなことはあり得ない。
よく、友情に立場や強さは関係ないなどと嘯く者がいるが、絶死はそれを信じていない。
強者とは孤独だ。
絶死は生まれた環境が特殊のため、はじめから選択肢はなかったが、ほかの漆黒聖典の者たちも程度の差こそあれ同様である。
もちろん彼らも、最初から力があったわけではない。
英雄となる前は普通に生活し、友達や仲間も居ただろう。
しかし、英雄級の実力を持っていると認められ、漆黒聖典に選ばれた段階で、それまでの生活は一変する。
例えば漆黒聖典の第三席次、四大精霊。
彼は元々火滅聖典に属していたが、その実力が英雄級に達したと認められて、漆黒聖典に引き抜かれた。
かつては、火滅聖典副リーダーのシュエンとライバルとして互いを高め合った仲だと聞いているが、漆黒聖典に配属された後は距離を置いているそうだ。
一般人ならともかく、同じ六色聖典であるシュエン相手ならば、そのまま友好を保っていても良いはずなのにだ。
距離を置いた理由は知らないが、一つ聞いているのは距離を取ったのはシュエンの側からということだ。
彼も才能はあるだろうが、少なくとも英雄と呼ばれる領域には達していない。
自分ではもう彼の隣に居られないと分かったからこそ、シュエンの方から距離を置いたのだろう。
それこそが対等な存在として隣に並び立つには、同等の実力がなければならない証拠だ。強者の傍に人が集まることはあっても、それは下に集まるだけであり、決して隣に立つということではない。
アウラとマーレのような子供であっても同じ。いや、昔からの親交がない分、なおのこと。
二人はダークエルフとしてはまだまだ子供であろう年齢で、既に桁外れの力を持っている。
村の子供とは年齢が近くとも、強さ以上に立場に天と地ほどの差がある。
まさしく生きる世界が違う。
村の子供たちも、それが分かっているからこそ、二人に興味を抱いていても、近づいてくることはなかった。
彼ほどの強者であれば、同じようなことは経験しているはず。それなのに、無遠慮に両者を焚きつけようとするモモンには、正直怒りを覚える。
それを説明するとモモンは、再度口を閉じ、歩いていた足を止めると後ろを振り返る。
絶死も同じように後ろを見ると、先ほどまで村の広場で集まって相談していた子供たちが、纏まってアウラたちがいるエルフツリーの方向に向かっているところだった。
その足取りはどことなく重たそうだ。
「あれだって、貴方に言われたから仕方なく行っているだけ。結局強者と弱者、いえ生きる世界が違う者が、真なる意味で仲良くなることなんかないのよ」
「それは違う」
きっぱりと断言する。
「え?」
「確かに、今遊びに誘おうとしているのは俺に言われたからだろうし、アウラたちが遊ぶことを了承したのも同じだろう。遊んでみても、お前の言うように立場を気にして、気が合わない可能性も低くはない」
「だったら」
分かっているなら何故。と詰め寄ろうとする絶死をモモンは再度遮った。
「それでも。遊びは垣根を越える。いいや、遊びだけがその垣根を越えられる。俺はそれを実際に経験した」
視線を遠くにやって語るモモンは真に迫っており、口から出任せを言っているようには聞こえなかった。
(もしかして、モモンが魔導王に膝を折ったのはそれが理由? エ・ランテルに立場の違う友人がいて、それを守るためということ?)
元より高潔な人物として知られ、人類の英雄でもあるアダマンタイト級冒険者が、邪悪なアンデッドの王に従った理由に関しては、法国でも議論の対象になっている。
あまりに理解不能のため、魔導王とモモンは元から手を組んでいたのではないか、と邪推されたほどだ。
だが、絶死の想像が事実なら、未だ魔導王の下にいる理由としては納得できる。
(本当に。立場の違う強者であっても、友達は出来るというの?)
百数十年生きてきて、気に入った者はいても友と呼べるような存在はいない。
その経験故に、自分の強さと立場では、対等な友人など出来るはずがないと言い聞かせてきた。
だが、自分と同じように、強者であり立場も持ったモモンや、アウラたちでも友人が作れたのなら。
(もしかしたら、私も……)
そんな考えが頭をよぎる。
「さて。行くか……アンティリーネ?」
子供たちが完全に見えなくなったところで、モモンが言う。
「え? ああ。うん。そう、ね」
同じく子供たちを見送っていた絶死は後ろ髪が引かれる思いを抱きながらも、モモンと共に薬師頭の下に出向いた。
しかし、これまで信じていた価値観が覆された影響か、昨日覚えたはずの器具の名前や使い方などもほとんど忘れてしまった。
結果、昨日以上にミスをしてしまい、薬師頭から幾度も怒鳴られ、昨日より早く帰されることとなった。
「……悪かったわね」
調合など元から気乗りしない作業のため、帰されること自体は別に良いのだが、調査というモモンの仕事を邪魔する結果になったのは、悪いことをした。
そうした気持ちから出た謝罪だ。
そんな絶死に、あまり進まなかった調合法を記した手帳を眺めていたモモンが、チラとこちらを見た。
「いや。正直言って、まだ昨日記したメモも覚えられていなかったからな。今日は復習に当てるよ。アウラたちもまだ帰っていないだろうしな」
確かに面倒な手順は多いが、それでも薬師頭は初心者である絶死にも分かりやすいよう、丁寧に教えてくれている。
モモンほど頭の切れる男ならば、もうすっかり暗記しているだろうに。
こうして歩きながら読み返している姿を見せていることも含めて、絶死を気遣ってのことかも知れない。
だがそれよりも、絶死は付け加えるように告げた最後のセリフに反応してしまった。
「……今朝の話か?」
「っ!」
その反応が見抜かれての問いに、思わず言葉に詰まった。
「──ええ。前にも話したけど、私は子供の頃からずっと、訓練ばかりで友達を作ったことなんて無かったから」
「それなら。明日、アウラたちと一緒に遊んできたらどうだ?」
手帳を閉じたモモンが、改めてこちらに向き直る。
「え?」
まさかそう来るとは思わなかった。
「私をいくつだと思ってるのよ。流石に子供たちと遊ぶなんて」
「ん? 見たところお前くらいの年齢ならまだ子供として扱われているようだぞ? 朝会った子供の中にもアウラたちより年上が交ざっていたし、年齢差はあまりないんじゃないか?」
そう言われると困る。
絶死の外見年齢を、人の年齢に換算すれば十代前半。
もう働き手の頭数には入れられる年齢だが、大人とは言い難く、まだまだ遊びたい盛りなのは間違いない。
しかしそれは、精神年齢も同じ場合だ。
基本的にエルフなどの長命種の場合でも、外見年齢と精神年齢が一致することが多いが、それも立場や周囲の環境によって変わる。
ここの長老たちも、人間で言えば三十代半ば程度にしか見えないが、態度は五、六十代、絶死の知るところだと神官長たちに近い重々しい話し方をしている。
それと同様に、成長の早い人間を主とした国家であるスレイン法国で育った絶死は、精神的に同じ年代のエルフより成熟している自負があった。
そんな自分が、子供と一緒になって無邪気に遊ぶことなど、出来るはずがないのだが、即答で断ることも出来なかった。
(見てみたい)
アウラとマーレ。
本当に二人が立場や強さに関係なく、友好関係を深め友達を作ることが出来るのか。
もしそれが出来たのなら──
「いいわ。遊ぶというのとはちょっと違うけど、明日は二人に付いていって様子を見てくる」
「そうか。アウラたちには私の方から話しておくか?」
落ち着いた大人の声は、こちらを気遣っていることが分かる。
最強の存在として敬われることはあっても、気を遣われた経験などほとんどない絶死の胸に言いようのない感情が湧き上がった。
どう反応して良いのか分からず顔を逸らすと、意識的に冷たく言い放つ。
「結構よ。朝のアウラたちとか、子供たちを見ているときも思ったけど、あなたちょっと過保護なんじゃないの?」
「むっ。そうか?」
「ええ。今からそんなことじゃ、もっと大きくなったとき、うざがられるわよ」
実際はダークエルフである二人が反抗期を迎える頃まで、人間のモモンが生きていられるかは分からないが、モモンはそんなことに気づいた様子もなく、盛大に狼狽えた。
「そ、それは困るな。そうか、過保護か。いやしかしな、二人のことを任せられている身としては──」
兜の上から口元部分を押さえてぶつぶつ言っている。
その様子を見て、同時に胸に湧いていた奇妙な気持ちも収まった。
あの感情の正体は子供扱いされたことに対する怒りだったのだ。
だから、こうしてモモンを言いくるめたことで、溜飲が下がったに違いない。
良い気分のままモモンと別れ、自分たちが借りているエルフツリーに戻ると、家の中には既にアウラとマーレが戻っていた。
一瞬遊びに行かなかったのかとも思ったが、部屋の隅に朝は無かった花冠が置いてあるのを見つけた。
二人で作ったとも思えないので、それを作って遊んだのだろうか。
マーレはともかくアウラには合わなさそうだが、モモンが子供たちを誘う際、身体能力を競う遊びでは簡単に勝負がついてしまうため、他の遊びを。と言っていたため、そうなったのだろう。
「戻ったわ」
「あ、はい」
「……」
反応したのはマーレだけだ。
いつもであればアウラの方が何か言ってくるのだが今日は妙に大人しい。
それにしてもマーレもマーレで、はい。だけというのもどうなのだろう。
お帰りなさいと言ってほしい訳ではないが、もう少し何かあっても良い気がする。
どちらにしても、小うるさいアウラが大人しい今がチャンスだ。
「二人とも子供たちと遊んできたんでしょう?」
二人と言いつつ、話しかけたのはマーレの方だ。
マーレも自分に言われたことに気づいたらしく、オロオロしつつ必死に目でアウラに訴えかけるが、彼女は相変わらず虚ろな目でぼうっと、部屋の一角を見ている。
(本当に何かあったのかしら)
感情のない瞳は、先日の宴で芋虫を食わされた後、一刻も早く歯を磨こうと用意した水盆に映った絶死の瞳に似ている気もする。
いやな予感が首を擡げた。
明日、自分も遊びに付き合うと言って良いものだろうか。
しかし、モモンには既に話している。
悩んだのは一瞬だ。
「ねえ。明日もまた遊ぶの?」
再度、マーレの目を見て問いかける。
おどおどした態度は、相変わらず保護欲を刺激する。
これで男の子というのだから。男勝りなアウラと性別を間違って生まれたとしか思えない。
「え、えっと。どう、でしょう? まだ決まってないです。ね。お姉ちゃん」
「……」
「そっか。私は明日休みになってね。モモンからあなたたちと子供たちに付いていってくれって頼まれたんだけど……」
本当は自分から言い出したのだが、モモンを親のように慕っている二人ならばこちらの方が納得しやすいだろう。
案の定、これまで反応していなかったアウラの瞳に光が戻った。
「モモンさんが?」
「ええ」
詳しい話をしてしまうと、ボロが出そうだったので言葉少なに頷くと、アウラはそのまま考え始め、直にニンマリと笑顔を浮かべた。
いやな予感がさらに強まったが、もう後には引けない。
「モモンさんが言うなら、しょーがないなー。アンタも付いてきて良いよ。明日も今日と同じ遊びをするって言うから、あたしがやった役と代わってあげる」
「役?」
「ず、ずるいよお姉ちゃんそれなら僕も」
「あんたは頑張りなさい。精神修行よ」
「ねえ、ちょっと役ってなによ」
一向に答えようとせず、姉弟でじゃれあう二人を余所に、いやな予感は一向に止むことなく、危険を知らせ続けていた。
・
エイヴァーシャー大森林の奥地。
三日月湖のほとりにあるエルフ国の王都。
その王城である、最も太く高いエルフツリーの内部。
王であるデケム・ホウガンは戦場での汚れを落とした後、自室に戻って寝台で横になっていた。
「チッ。なにをトチ狂ってあんな真似を」
苛立たしげに舌を鳴らす。
思い出すのは、王城に戻って早々、デケムに近寄ってきた女のことだ。
デケムが親より譲り受けた弓を貸し与え、法国の軍勢に差し向けた子の母親だというその女は、疲れて戻ってきた王を労うこともなく、出来損ないの己の子供の生死について訊ねてきた。
不敬な態度ではあるが、己が生んだ子が王であるデケムの役に立ったのか、一刻も早く確認したいという気持ちは分からないでもない。
なによりその女が、デケムの差し向けた勘気──弱い者であれば気を失ってしまう強い感情を込めた視線──を受けても気を失うことなく、耐えた褒美として正直に教えてやった。
結果女は言葉を失い、絶句した。
あんな失敗作を生み出したことを恥じるのは当然だが、デケムは慈悲深く優しい王だ。
加えて、そのときのデケムは思いがけず強い子を生み出せそうな母胎を発見したことで機嫌が良かったこともあり、俯き涙を流して自らの罪を悔いる女に言ってやった。
あの失敗作は尊い武具を貸し出してやったにもかかわらず、人間ごときに敗北して死んだ愚か者だが、ただ唯一。自分が子を孕ませるにふさわしい母体を見つける役には立った。
その褒美として、母体を捕らえる前にもう一度だけチャンスをやろう。
そう言って慈悲を与えたデケムに対し、女は奇声を上げたかと思うと、デケムの元を離れ、近くの窓から飛び降りていった。
配下に確認させたところ、そのまま死亡したらしい。
あの程度の高さから落ちた程度で死ぬことには、いささか驚いたが、所詮は弱者。
そんな程度の力しかないからこそ、あんな出来損ないを生んだのだ。
その事実を自分に謝罪するために自殺したのだろうと察しはついたが、今まさに挽回のチャンスをやると言ってやった直後、それも自分の前で飛び降りるとは、不敬にもほどがある。
だが、もはやあんな女も、失敗作もどうでも良い。
「失礼します」
声と共に室内へ男が入ってきた。
女が死亡したことを確認させた男だが、名前は知らない。
自分にとって価値のない無駄な名前を覚えることは記憶力の無駄遣いだ。
不快ではあるが、出来損ないを生んだ罪を死を以て償った女の死体を丁重に葬るよう命じた後、自室に来るように命じていたのだ。
もっとも来るまでの時間が短かったので、この男が直接死体の処理を行ったわけではなく、別の者に命じて本人はできる限り素早くデケムの下に馳せ参じたのだろう。
王を待たせることなくやってきた真摯な態度に、満足して鷹揚に頷きかける。
「ご報告いたします。王のご命令通りミューギの遺体は──」
「そんなことはどうでも良い。命令だ。王都を守っている兵どもを集めよ。打って出る」
王都を守っているのは、この国ではそれなりに能力のある──もちろんデケムと比べることすら烏滸がましいが──精鋭だ。
無表情だった男の目が見開かれる。
「王よ! 法国討伐にお力を貸してくださるのですか!?」
語気を強めた男が勘違いしていることに気が付き、手を振った。
「法国? あれは今まで通り、子か女どもを送り出して戦わせておけ。力に目覚める者が出てくるやもしれん」
実際デケムはこの目で成功例を見た。
ベヒーモスと互角に戦う者。不意打ちとはいえベヒーモスを吹き飛ばした者。デケムよりも素早く行動し、逃げ出すことに成功した者。
三者とも、今までデケムが生ませたどの子よりも強大な力を持っていた。
法国の方は元から母親が強者であったため、不思議はないが、ダークエルフの方はまだ幼かった。
少なくとも最近ダークエルフを抱いた記憶はないため、おそらく直接の子ではなく、孫なのだろう。
子が優秀でなくとも、孫の代で血が目覚める可能性に気づけたのは僥倖だ。
その意味では、今いる子を送り出すのは良くない気もするが、どうせ実験を行うならあの三人を使った方が強者が生まれる確率は高くなる。
特にベヒーモスを吹き飛ばした男子は期待できる。
デケムと共に、何人も子を作ってもらうとしよう。
「……では、どこに進軍なさるのですか?」
思考を巡らせていたデケムに対し、再び無表情となった男は絞り出すように言う。
王の思考の邪魔をするのは、不愉快きわまる行為だが、ここでこいつを殺すとまた別の者に一から説明しなくてはならないため許してやることにして、デケムは笑みを浮かべて宣言した。
「ダークエルフどもの村に私の子と孫を迎えに行く。邪魔するものは全て排除せよ」
ここから話が動いて終盤に入ります