オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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今月は忙しくてなかなか趣味に使う時間が取れず遅れました


第12話 揺れ動く感情

 周囲を警戒しつつ、空き屋となっているエルフツリーの中に一人のダークエルフが入っていく。

 彼の名はピーチ・オルベア。

 三人いる長老の一人だ。

 村の代表の一人である彼が、この場所にコソコソ隠れながらやってきたのは理由があった。

 

「……いるか?」

 

「ああ。ここにいる」

 

 元は居間として使用されていた広い部屋で声を掛けると、物陰から狩猟頭が姿を見せる。

 外見は同年代にも見えるこの男は、実のところまだ二百歳そこそこであり、長老であるピーチと比べるとずいぶん年下である。

 その若さで狩猟頭に任命されているのは当然、実力の高さ故だ。

 待ちによる狩りを得意としていることもあって、弓の腕はさほどではないが、気配を消したり獲物を追いかけたりする野伏(レンジャー)としての実力は一級品だ。

 事実、ピーチは姿を見せるまで、物陰に隠れていることにも気づけなかった。

 

「遅くなった。待たせたか?」

 

「いいや、俺も先ほど着いたばかりだ」

 

 彼は年下だが、村の顔役を務めていることもあり、敬意こそ払っているが話し方は対等な間柄である。

 それ以外にもこの二人には共通点があった。

 

「しかし参った。若者たちからもどちらに付くのかと連日詰め寄られている」

 

 地面に腰を下ろして早々、思わず深いため息が漏れる。

 

「俺もだ」

 

 狩猟頭も同じように息を吐く。

 現在村の中に存在している二つの派閥。

 

 伝統を重んじる長老派閥と、能力主義の若者グループだが、実際のところどちらの陣営も数は多くない。

 長老に同調している年かさの行った者たちの数は大分減っている。

 若者たちは数が多いように見えるが、本気で村の中を変えようとしている者は、おそらく十人にも満たない程度で、後は漠然とした不満を持っている者たちか、完全に中立を貫いている者だ。

 

 ピーチと狩猟頭はそれぞれの派閥に属していながら立場は中立に近く、何かある度にどちらの味方なのだと詰め寄られて苦労していた。それでも、これまでは決定的な出来事もなく、いがみ合いを続けているだけで、どうにか均衡が保てていたのだが。

 

「我々が一歩引くことで、うまく行くかとも思ったが──」

 

 マーレから教わった知識──正確には彼らの両親が残したもの──を知ったことで、長老衆の間でも、頑なに知識を守り続けるのではなく、こちらから一歩引く形を取ってでも、若者たちに知識の伝達を行うべきという結論に達したことで、早速ウルススの解体を協力して行ったのだが、若者たちはこちらの知識を聞くだけ聞いて、後は自分たちがやると言い出してしまった。

 

 その無礼な態度に、どっちつかずの立場を維持していた者たちも呆れ、こちらの味方につく者が増えたが、そうした態度は同時に若者たちをさらに頑固にさせ、余計に対立が深くなった気がする。

 狩猟頭はそれを聞いて、当然とばかりに頷いた。

 

「それについては、以前エグニアが言っていた。たとえ長老方全員が引退しようとも、今度は問題が村外に波及するだけだとな。だからこそ、長老たちが頭を固くしている方がまだ村がまとまるともな」

 

 ピーチの顔が苦虫を噛み潰したように渋くなる。

 自分たちの頭が固いと言われたことは当然思うところがあったが、実際にそうなりつつある現状を見ていたのだから、何も言えない。

 余計な考えを消し去るべく、小さく頭を振る最中、ブルーベリーの名を聞いて、ふと気になることを思い出した。

 

「ところで、プラムのみならずブルーベリーまでもフィオーラ殿に付いていたが、あれはどういうことだ?」

 

 始まりの十三家の姓を持ち、この森に住むダークエルフの中では知らぬ者はいない一流の野伏(レンジャー)であるブルーベリー・エグニアが、プラムと共にアウラの狩りに同行した。

 彼はこれまで、ピーチや狩猟頭のようにどちらにも良い顔をして中立を保つのではなく、逆にどちらにも一切肩入れせずに、孤高を貫いてきた。

 そんなブルーベリーの急な変わりようが信じられず、理由を確認しておきたかった。

 それを聞いた狩猟頭は、先ほどのピーチより更に渋い顔をした後、肩を落とす。

 

「恋、だそうだ」

 

「……今、なんと?」

 

「だから恋だ。ブルーベリー・エグニアがフィオーラ殿に恋をしたらしい。それで出来るだけ一緒にいたいそうだ」

 

 一気に言い切った狩猟頭は眉間に指を当て、皺をのばすようにゴシゴシと動かした。

 

「……奴は今いくつだった?」

 

「二百五十過ぎだったはず」

 

「……フィオーラ殿は?」

 

「はっきり聞いてはいないが、八十になるかならないかだろうな」

 

「……」

 

 予想通りの返答に、言葉を失う。

 

「幸いなのは、今のところ俺以外誰もそのことに気づいていないってことだ。プラムと同じく野伏(レンジャー)の腕に惚れ込んでいると思っている。そしてそのプラムとどちらがフィオーラ殿の側近にふさわしいかと揉めていて纏まりがない。フィオーラ殿もそうした態度に呆れたのか、昨日は子供たちと遊んでいたらしい」

 

 その話は聞いている。

 それもアウラのみならず、長老たちの紹介で祭祀頭に会うと言っていたはずのマーレも、一緒に子供たちの下へ行っていたらしい。

 話を聞いたときは何故、彼らのような圧倒的な武力と知識を持った者が子供の遊び相手をするのか疑問だったが、いつまでも村内で対立し、さらには派閥内でも諍いが起こっている現状にほとほと呆れて、しがらみのない子供たちの世話を買って出たのなら話も分かる。

 

「こちらも先の歩み寄りが失敗したことで、多少足踏みするはずだ。だが、そう長くは持たない。更に歩み寄ろうとするか、それともやはり若者は信用できないと今まで以上に頑なになるか」

 

「……ここはやはり、第三派閥を作るしかないのでは?」

 

 意を決して告げる狩猟頭に、ピーチは目を伏せ、思考する。

 元々、ピーチも狩猟頭も特段仲が良かったわけではない。

 中立寄りとして互いに苦労するな。と仲間意識のようなものを持っていただけだ。

 その二人がこうして隠れて会合しているのは、狩猟頭から村を一つに纏めるための策として、どちらの派閥とも違う第三勢力を作り出すことを提案されたためだ。

 このままアウラたちが予定通りに数日後村を去ってしまった後でも、派閥争いが続くことを心配してのことだ。

 

「しかし──」

 

 中立寄りとはいえ、長い間共に過ごしてきた他二人の長老を裏切っているようで、良い気がしない。

 

「これも以前エグニアが言っていたことだが。今のままではこの対立はいつまでも解決しない。どこかで大きな破綻が起こるそのときまでな」

 

「大きな破綻か。それが今だと?」

 

「確実に足音は近づいている。決定的になる前になんとかしたい」

 

「……分かった。それでどうすれば良い?」

 

「簡単な話だ。どちらの陣営も旗頭になりうる双子を引き込めていない以上、俺たちが先に味方を作る」

 

 二人のどちらか。という意味ではない。

 そんなことをすれば、両方の陣営を刺激することになるからだ。

 

「モモン殿、は違うな?」

 

「ああ。リーダーとしての器があるのは見て分かるが、やはり人間ではな」

 

 種族の問題だけでなく、寿命の問題もある。

 

「ではあのハーフエルフの少女か?」

 

 狩猟頭が一つ頷く。

 ハーフとはいえ、寿命は問題ない。

 長老間での話し合いでは、薬師頭の下にいることや、種族的な問題で取り込むことをやめたが、だからこそ誰にも怪しまれず接触できるとも言える。

 

「モモン殿たち三人と違って、あの少女だけは距離がある。おそらく昔からの仲間ではないのだろう」

 

「つまり、我々がするべきことは、フィオーラ殿たちが子供たちと遊んでいるうちに、彼女が村に残ってくれるよう説得することか」

 

「それしかないと思う」

 

 互いに頷き合った二人は、この村に残るメリットなども含めて、如何にして説得するかの話し合いに移行した。

 

 

 ・

 

 

 無心になってすりこぎを動かすアンティリーネの後ろ姿を見ながら、アインズと薬師頭は互いに目配せし合う。

 

 今日アンティリーネはアウラとマーレと共に子供たちと遊ぶことになっていたため、本来はアインズ一人で、これまで書き記したメモ帳の内容の確認や、手や舌で覚えるやり方を取らずに済む方法──皿と天秤を使用して材料を計る──を提案して、薬師頭に作業を行ってもらっていたのだが、午後になって突然アンティリーネがやってきたのだ。

 遊びの結果はどうなったか、アウラたちに友達はできたのか。

 色々聞きたいことがあったが、質問を許さない雰囲気が全身から立ち上っている。

 

「おい。仮弟子一号」

 

 薬師頭が顔を近づけ、小声で言う。

 

「なんですか仮師匠」

 

「すりこぎの動きが速すぎる。あれでは潰した葉が熱を持ってしまう」

 

 素材を加工する際の温度管理も、調合技術の内だという話は何度も聞いている。

 そうならないために、適切なすりつぶし方や速度があるのだが、アンティリーネはそれを無視しているらしい。

 

「だったら仮師匠から注意してくださいよ。なんで俺に」

 

「……俺は嫌だ。お前から注意してくれ」

 

「俺だって嫌ですよ」

 

 怒れるアンティリーネに声を掛けたくない気持ちは良くわかるが、それは自分も同様だ。

 そうなくてもアインズはここ数年、ナザリックという基本的に誰も自分の言葉に異を唱えることのない場所で生きているのだ。

 こうした雰囲気には慣れていない。

 

(いや。この前のペストーニャとニグレドに呼び出されたときは──)

 

「さっきからボソボソと。なに? なんか文句でもあるの?」

 

 こちらの声を聞き取ったアンティリーネが振り返る。

 明らかに不機嫌なその表情から逃れるようにアインズは顔を逸らし、同時に少し後ろに下がって薬師頭を前に出した。

 

「このっ……んんっ。いや、すりこぎを動かす速度がな、少し速い。それに力も入りすぎている。それでは熱が籠もってうまくないんじゃないか、と思うんだが……」

 

 生け贄に差し出された薬師頭はアインズを責めるように睨みつけたが、諦めたのか、一つ咳払いしてから恐る恐る切り出した。

 

「……そう。これくらい?」

 

 こちらの心配とは裏腹に、アンティリーネは薬師頭の指摘に大人しく従い、すりこぎを持つ手の速度を落とした。

 

「ああ。それぐらいなら問題ない……一度で修正できるとは。お前さん、物の名前を覚えるのは遅いが、手技の方は筋が良いな」

 

 これ以上不機嫌にさせない為のお為ごかしかとも思ったが、声は本気で感心しているようだ。

 確かに戦いの訓練に明け暮れていたというアンティリーネが、速度だけでなく力加減もあっさり修正できているのは、彼女の手先が器用だからだろう。

 

「そ。ありがとう」

 

 対するアンティリーネもさほど喜ぶ様子もないあたり、この程度できても当たり前といったところか。

 とりあえず、メモ帳に動かし方などを記載しておこうと手元に注目していると、再びアンティリーネの腕が止まり、こちらを振り返った。

 

「あー、そうそう。モモン」

「ん?」

 

「私はこっちの方が向いているらしいから、この村にいる間はずっとこっちの手伝いするわね」

 

 有無を言わさぬ宣言に、なんと言っていいのか分からず黙っていると、彼女は更に力強く続ける。

 

「もう! 二度と! 絶対に! 子守なんてしないから」

 

 どうやら友達作りには失敗したらしい。

 

「あ、はい」

 

 剣幕に押され、頷くことしかできなかった。

 

 

 

「全く。とんだ目にあったわ」

 

 今日の作業が終了し、薬師頭のエルフツリーを出た後も、彼女の不機嫌さは変わらなかった。

 それどころか、仮とはいえ教えを請う師匠がいなくなったことで、我慢する気もなくなったらしく、アインズに不満をぶちまけ続けている。

 

「それで、結局なにがあったんだ?」

 

 これだけ不満を口にするくせに肝心のことは話そうとしないアンティリーネに辟易して、ストレートに聞くと彼女は苦虫を噛み潰したような顔で眉間に皺を寄せた後、何故かニヤリと凄惨な笑みを浮かべた。

 

「言いたくない」

 

 表情とは合わない口調で吐き捨てるように言ったアンティリーネだが、感情を抑えきれないのか、そのまま小声でぶつぶつと恨み言を呟いている。

 耳を澄ましてみると、『英雄ごっこを提案できたおかげで助かった』や『もう少しで赤ちゃん役』などの不穏なワードが含まれていたが、しばらく経つと急に何かを思いついたように素面になってアインズを見た。

 

「でも、私だけじゃなくアウラとマーレ。特にアウラはあんまり楽しそうにしてなかったわよ?」

 

「なに!? そうか。我慢させていたのか、うーむ、やはり最初の段階で魔獣熊討伐には関わらせず、普通の子供として紹介すれば良かったか」

 

「……本当に過保護ね。普通、子供の友達作りにそこまで関わる?」

 

「俺には子供がいないから──まあ、それらしいのはいるが」

 

 敬礼をしたまま、空洞の瞳をこちらに向けている息子のようなものの姿が浮かび上がり、慌てて付け加えてから続ける。

 

「ともかく。普通というのがどんなのかは知らないが、あの二人は俺が保護者から預かっている大切な子供たちだ。できる限りのことをしてやるのは当然だろ」

 

「大切な子供、か」

 

 アンティリーネの視線が宙を舞う。

 

(親の話は禁句だったか? まだエルフ王のことは聞けそうにないか。いっそのこと、寝ている間にでも記憶操作で……いかんいかん)

 

 またもや楽な手段に逃げそうになっている自分を律する。

 

「……ところで。その俺っていうの、本来の貴方の口調なの?」

 

 この話題をこれ以上掘り下げられたくないのか、突然話が変わる。

 

「ん?」

 

(ああ、一人称か。ここは翻訳でも違って聞こえるのか)

 

 こちらが話した内容が自動的に翻訳されて聞こえるこの世界に於いて、ちょっとしたニュアンスの違いが、どこまで翻訳されているかは不明だ。

 アインズ本来の一人称は俺だが、モモンとしての活動中や魔導王として振る舞うときは私と使い分けているが、それが相手にどう伝わっているかまでは考えたことがなかった。

 英語で自分のことを指す言葉がIだけであるように、そうした細かな変化は伝わらないと思っていたが、案外聞き分けられているのだろうか。

 

「なにを本来というかは別にして、相手や状況によって態度を使い分けるのは当然のことだが、まあ近い間柄ではこの方が多いかな」

 

「ふぅん?」

 

 アインズの言葉を聞いたアンティリーネの表情が得意げになるが……

 

「あとは気を使わなくてもいい奴とかもな」

 

 もう一つ付け足すと今度は途端に不機嫌な顔になる。

 

「私はそっちだって?」

「さぁ。どうかな。ん?」

 

 適当に話を濁し、視線を逸らす意味で顔を正面に向けた所で、木と木を繋ぐ橋の向こう側に二人のダークエルフが立っていることに気付く。

 

「あの二人」

 

 稀人であるアインズたちが村の中を出歩いていると村人たちがこっそり視線を向けてくるのは、今までも良くあったが、あそこまではっきり見ているとなるとアインズに用があるのだろう。

 

(いや。どちらかというと……)

 

 その視線はアインズではなく、アンティリーネを捉えているように見える。

 少しほっとした。

 立っているのは、三人いる長老の一人と、もう一人は確か狩猟頭だ。

 二人とも、この村では顔役である。

 きっと面倒な内容に違いない。

 内容によっては村を出るのを早めることも考えなくてはならないが、アンティリーネが目的なら問題ない。

 

「こんにちは」

 

 安堵と共に橋を渡ってこちらから話しかけると、長老の一人は柔和な笑みを浮かべた。

 

「どうも。お二人は今日も薬師頭のところですか?」

 

「ええ。私は物覚えが悪いようで、仮師匠には苦労をかけてしまっています。彼女は筋が良いと誉められたんですけどね」

 

 世間話に入るが、どうせ本題はこちらだろうと、アンティリーネの話を振ると、彼女は眉を寄せる。

 

「ちょっと、止めてよ」

 

「ほう。あの気むずかしい薬師頭が。それはそれは、流石ですね」

 

 なにが流石なんだ。と思わないでもなかったが、下手に口を出して矛先がこちらに向くのもいやだったので、アインズはさりげなく、三人の視界から外れる位置に移動する。

 

「少しお話があるのですが、これからのご予定は?」

 

 案の定、二人の目的はアインズではなくアンティリーネだったようだ。

 

「えっと──あれ?」

 

 どうしたものかと考えるような仕草を見せたアンティリーネが、助けを求めるようにアインズが居た場所を見るが、既にそこから離れていることにそのときになって初めて気づいたらしく、視線をあちこちに動かしてからようやく、移動していたアインズを発見する。

 

「彼女は今日はもう予定はないので大丈夫ですよ。アウラとマーレには私の方から伝えておきますので。では!」

 

 一気に言い切ると、手を持ち上げ、その場からさっさと離れた。

 後ろからは引き留めようとする声が聞こえた気がしたが、無視をする。

 

(今のうちにアウラたちと今後について話し合っておくか)

 

 アンティリーネのことは、まだしばらく無理はせず慎重に情報収集を行う必要があるが、それ以外にも決めなくてはならないことは山ほどある。特に友達作りの結果に関しては、二人からも直接話を聞きたい。

 背中に刺さる視線を振り切るように、アインズはアウラたちが借りているエルフツリーに向かって歩調を早めた。

 

 

 ・

 

 

 夜明け前の森には、昼間とはまた違った騒々しさがあった。

 虫や小動物だけでなく、夜行性の魔獣たちの鳴き声も遠くから聞こえてくる。

 

 村人たちにとって魔獣はいかなる時でも危険な存在ではあるが、夜は危険性が更に跳ね上がるため、太陽が昇る前に村の外に出る者はまずいない。

 そんな危険な森を、絶死は一人で散歩していた。

 彼女も夜目は利かない──装備品などで補うことはできるが、今はそれも持っていない──のだが、この森に住むいかなる魔獣が襲いかかってきたとしても、問題なく対処できる。

 それだけの力を彼女は持っている。

 

 故に、夜が明ける前の森は、誰にも邪魔をされず考えごとをするのに適した場所と言える。

 

「……なにを考えるっていうのよ。下らない」

 

 鼻を鳴らして呟いた台詞には、自嘲めいたものが込められていた。

 そうだ。

 考えるまでもない。

 村の中立派だというあの二人、狩猟頭と男の長老から請われた内容を簡単に言ってしまえば、このまま村に残ってほしいというものだ。

 絶死の出自を知らないとはいえ、よくもまあ、あんな厚顔な頼みができるものだ。

 それも絶死が選ばれたのは、消去法でしかない。

 

 アウラとマーレは村の二大派閥がそれぞれアプローチを仕掛けており、モモンは人間であり寿命的に永く村を率いていくことは難しい。

 そこで絶死に白羽の矢を立てたというところだろう。

 モモンたちの一団とは距離を置いている──実際本物の仲間でもないのだから当たり前だが──ことも理由の一つだろうか。

 どちらにしても必ず絶死でなくてはならない理由はない。

 

 その証拠に村に残った際のメリットとして挙げた内容は、自分たちの誰であっても当てはまるようなものであり、その上、小さな村らしいというか、素朴で慎ましいものだった。

 それでもこの村としての精一杯の内容なのは、ここ数日村で暮らして理解しているつもりだ。

 しかし──

 

「本当にばかばかしい。そんなの考えるまでもなく却下でしょ」

 

 エルフ王討伐や、法国への恩義──そんなものがあるかは正直疑問だが──を抜きにしても、法国での文明的な生活を捨てて、こんな一歩間違えれば、人間種どころか亜人の蛮族と見間違うような暮らしをしているダークエルフの村に残ることなどあり得ない。

 そう自覚した上で、絶死は何故か即答する事ができなかった。

 自分の思考が理解できない。

 だからこそ、己を見つめ直す意味でこうして一人で森にやってきたのだ。

 

 本当は一つだけ、説明がつく理屈がある。

 このまま行けば、この村に未来はないからだ。

 絶死がモモンたちを利用してエルフ王を討伐したとして。

 エルフ王が居なくなった後、王都に住んでいるエルフたちは奴隷となる。

 当然、エルフだけではなくダークエルフも同じだ。

 人間至上主義の法国にとっては、どちらも変わらず人類の敵でしかないのだから。

 明るい未来は訪れないだろう。

 数日程度とはいえ、寝食を共にした者たち相手ならば多少なりとも情は湧く。

 その事実が絶死の心に引っかかりを残している。

 

(こうならないために、接触しないようにしてたのに。モモンのせいで……)

 

 薬師頭の教えも、子供たちとの交流も元を辿ればモモンの提案で始まったことだ。

 やれやれと息を落としたところで、ふと思い立つ。

 

(でも、元々法国はエルフ自体に恨みがあるわけじゃないわよね)

 

 恨みがあるのはあくまでエルフ王だけ。

 事実エルフ王が絶死の母をだまし討ちして連れ去るという蛮行を起こすまでは、法国とエルフ国は協力関係を築けていたのだ。

 それを考えれば、エルフ国と和睦することも不可能ではないのかもしれない。

 

 なにしろ法国は現在、魔導国という潜在的敵国とエルフ国に挟まれている状況だ。

 挟撃を受ける危険性を考えたからこそ、切り札である絶死を投入することを決定したのだから。

 諸悪の根元であるエルフ王さえ死ねば、多少の遺恨はあれど、双方矛を収める方向に話が進めるのも不可能ではない。

 

「そうよ。これなら」

 

 エルフたちは無理だったとしても、エルフとダークエルフの間に交流がないことだけでも伝えられれば、最悪でも、この村の者たちは助けられる。

 こうして理屈を付ければ付けるほど、やはり絶死が村に残る必要はない。

 頭では理解しているはずなのに、まだ胸のつかえは取れなかった。

 

「……ハァ」

 

 諦めの息を吐く。

 もう誤魔化すことも目を逸らすこともできない。

 

 認めよう。

 認めるしかない。

 

 彼女は、この村での生活が嫌いではない。

 むしろ、楽しかった。

 そう。楽しかったのだ。

 

 ここでの彼女は、法国最強の切り札にして奇跡のような確率で二つの血が覚醒した超越者、絶死絶命ではなく、普通より少し強いだけのハーフエルフでしかない。

 これは絶死にとって初めての経験だ。

 

 弱い頃は母に拷問のような訓練を強要され、傍に近づく者は殆ど居なかった。

 それは強くなった後も同じこと。

 誰もが絶死を恐れ敬うが、近寄ろうとはしない。

 ごく稀に力を持ったことでつけあがり、増長して絶死に大きな態度を取る者もいるが、圧倒的な実力差を見せつけると直ぐに大人しくなり、以降は一歩引いて大人しくなるか、中には卑屈な態度を取る者もいる始末。

 

 そんな環境で生きてきたからこそ、この村での生活は心地よかった。

 自分と同格の強さを持っているであろうモモンと軽口を叩き合い、絶死に対して生意気な態度をとり続けるアウラと、おどおどしながらも何とかそれを諫めるため、間に入ろうと試みるマーレ。

 

 まだ短いつき合いではあるが、このまま気安い関係を続けていけば、彼らとはそれこそ友情のようなものが育めるかもしれない。

 村人たちは少々事情が異なるが、それでも絶死を仮弟子として指導してくる薬師頭をはじめとして、皆必要以上に恐れたりすることはなく、尊敬と好意を向けて気軽に話しかけてくる。

 

 それが絶死の出自と、本当の実力を知らないが故の仮初めのものだとしても、この生活は心地よかった。

 ずっと村に残るとは言わずとも、もうしばらくはこのままでいても良いかもしれない。

 そんな考えが頭を過ぎる。

 

 瞬間。

 

 絶死の耳が遠くから駆け寄ってくる足音を捉えた。

 かなり早く、そして巨大な何者かがこちらに近づいてきている。

 匂いを嗅ぎつけた魔獣が襲いかかってきたのかと、構えを取ろうとしたところで。

 

「本当にいたでござるー!」

 

 聞き覚えのある情けない声に、絶死は目を見開いた。

 

「ハムスケ?」

 

 モモンの騎乗魔獣にして、言葉を解する巨大な四足獣の姿が暗い森の奥から現れた。

 

「アンティリーネ殿。伝令でござる。殿は、殿はどこでござるか?」

 

 モモンが共に来ていると思ったのか、慌てた様子で周囲を見回す。

 

「落ち着いて。モモンはまだ村にいるわ。私は……ちょっと用事があって一人で来ただけよ」

 

「こんな時間にでござるか? 夜の森は危ないでござるよ」

 

「ええ。まあ、それはともかく。伝令って言ってたけど、何かあったの? 緊急事態なら私がモモンに伝えてもいいわよ?」

 

 話を誤魔化す意味でモモンの名前を出すと、ハムスケは大きな体をブルリと震わせる。

 恐怖を覚えているような雰囲気に、眉を顰めた絶死にハムスケが告げた台詞で絶死の思考は停止した。

 

「それは助かるでござる。実は、殿たちが泊まっている村にたくさんのエルフが向かっているのでござるよ。その中にこの前見た、大きな土の化け物もいたでござる!」

 

 大きな土の化け物。

 そう聞いて思いつくのは、絶死が戦ったあの強大な土の精霊だ。

 この前見たというのは、絶死を助けたときだろう。

 ならばそこに、あの男もいるに違いない。

 

(そうだ。なにを暢気なことを考えていたんだ。私は)

 

 この地には、絶死にとって決して許すことのできない怨敵が存在している。

 生まれて初めて敗北の屈辱を味わわされ、肉体的に母を。そして、精神的に自分を辱めたあの男を必ず殺す。

 絶死が最優先すべきはそれだ。

 友情を求めたり、慣れなくも楽しい作業に心を躍らせたり、村人との交流を通じて得られるであろう平穏な生活。そんなものを望んでいる場合ではない。

 そのために。と絶死は高速で思考を回転させ、素早く計画を立てる。

 

「……ハムスケ。とりあえず私と一緒に来なさい。その話、貴方から直接モモンに伝えた方がいいわ」

 

 まだ太陽が昇る気配はないが、今からゆっくり進めばちょうど、夜明けと共に村へ戻ることができる。

 

「伝言してくれるのではないのでござるか?」

 

「そのつもりだったけど、そんなに重大なことなら、直接見た貴方が伝えた方がいいわ。情報伝達は正確に行うべきでしょう?」

 

 さもそれらしいことを言うと、ハムスケはなるほど。と言うように頷いたが、すぐに心配そうな上目遣いを向けた。

 

「それがしが村に行っても大丈夫でござろうか? 熊殿との関係が疑われたりしたら、殿に叱られるでござる」

 

「だから私も一緒に行くんじゃない。大丈夫、もしものときでもモモンなら上手く誤魔化してくれるわよ」

 

 あの口から先に生まれたような男であれば問題はないだろう。

 それに。

 ハムスケを連れて行かなくては、絶死の計画が実行できない。

 

「いやー、殿はともかく、アウラ殿が──」

 

「ほら。さっさと行くわよ」

 

 まだぶつぶつ言っているハムスケを追い立て、先んじて歩き出す。

 その口元には、本心を隠す歪んだ笑みが浮かんでいた。




ちなみに書籍版でピーチと狩猟頭が中立と明言はありませんでしたが、15巻でどっちの味方? と言われたことがありそう。との記述があったので中立寄りということにしました

今月は忙しいので多分もう投稿できないと思います
ただ正月休みは取れそうなので年明けまでは書き溜めて、正月休みで纏めて推敲して投稿します
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