これまで村との交流で得たものが実を結ぶ話です
アウラとマーレは警戒を行いつつ、村中央の広場に意識を向けていた。
長老たちから呼びだされた主人がアンティリーネを連れて、会議に参加していることを察知したためだ。
「むぅ、ここからではよく見えないでござるなぁ。殿はどうするつもりなんでござろうか」
「あいつの願いを受け入れたんだから、ここでエルフ軍を迎え討つんでしょ」
ハムスケの疑問に答えながら、自分の声に不満が混ざっていることに気が付く。だがそれはアンティリーネへの不満ではない。
ここまでの全て、主人の狙い通りだったに違いないからだ。
そもそもアンティリーネを助ける際、アウラたちが碌な変装もせずに姿を見せた時点で、エルフ王がいずれダークエルフの仕業と推測して村に攻め込んでくることは分かり切っていた。
エルフにとっては親戚であるはずのダークエルフの村を、突如全滅させるという非道を行なったエルフ王を、アンティリーネが討ち取ることで、直接救われたダークエルフはもちろん、エルフたちにも正当性を示すことになる。
あとは彼女がエルフ王の娘であると喧伝すれば、正統な後継者としてエルフ国の女王に即位することが可能だ。
その後、魔導国が友好を結び、法国との戦いに大手を振って参戦して恩を売り、ゆくゆくはエルフ国そのものを、帝国のように魔導国の属国とする。
全て主人が想定していた通りにことが運んでいる。
故に、アウラが気にしているのは、エルフが到着するまでに、村を纏めることができなかった自分自身の不甲斐なさについてだ。
今日は村に滞在して五日目の朝。
主人の想定していたタイムリミットだ。
アウラとしても今日中に村を纏めるつもりでいたが、エルフ軍襲来のせいで計画変更を余儀なくされてしまった。
主人が言った五日とは、五日が終わるまでという意味ではなく、五日目の時点で纏めておけという指示だったのだ。
事前に命じていて欲しかったと思うが、それも含めてアウラたちを試すテストだったのかもしれない。
アウラたちがそうした主人の真の意図をもっと早く読み解けていれば。もっと必死になって動けば。結果は変わっていたかも知れない。
正確に言えば、現時点でも一応村は一つになっている。
しかしそれは長老衆が一歩引いたことで、若者グループに主導権を譲る形であり、当然ながら譲った側である長老派閥は心の底から納得しているわけではない。
これではとても村を一つに纏めたとは言えない。
もちろんこの状況からでも、主人の素晴らしい叡智を以てすれば村を纏めることはできるだろうが、それではいつもと同じ。
主人のため、ナザリックに最上の利益をもたらすために存在する守護者として失格だ。
「はぁ」
自分の不甲斐なさを責めるようにため息を吐くと、ハムスケの巨体がブルリと震えた。
「ア、アウラ殿」
「何?」
「やっぱり、それがしがアンティリーネ殿と一緒に来たのはマズかったでござろうか? 殿に怒られるでござるか?」
「……そーかもね。あんたの姿を見なければ、あいつも騒ぐことなかったし。今は忙しいからそんな暇ないけど、全部終わってからお叱りがあるかもね」
そうは言うが実のところ、壊滅した他の村の生き残りが来た時点で、エルフ軍のことを隠すことはできなくなった。
昨夜の時点でそれに気付いたからこそ、アウラたちはアンティリーネを待ち伏せできたのだ。
よってハムスケを連れてきて、ブルーベリーの前で知らせたことに大した意味は無く、主人も怒ってはいないだろう。
だからこれは単なる八つ当たりだ。
「ひぃ」
「それがイヤなら頑張って働きなさい。さ、行くよ。あたしたちは周辺の警戒」
広場の方ではそろそろ話し合いが始まりそうだ。
その内容にも興味はあるが、あちらには主人が出向いている以上、アウラたちにできることはない。
「で、でも、エルフの人たちが来るのは二日後じゃないの?」
不思議そうに首を傾げるマーレに、アウラはため息を落とす。
「エルフ軍がそうでも、エルフ王が土の精霊に乗ってきたら直ぐでしょ」
実際、アンティリーネと戦っていた時エルフ王は一人だった。
今回も同じようなことをしてくる可能性はある。
「そ、そっか」
納得するマーレを余所に周囲の警戒を強めると、アウラは村の中を動くいくつかの気配に気がついた。
「あれ?」
村人は全員、広場に集まっているはず。
とそこまで考えて、唯一集会から外されている存在を思い出した。
「お姉ちゃん?」
「しっ!」
唇に指を立て、もう片方の手を耳の後ろにやって音を集める。
少し高めの声は子供のもの。
集会に呼ばれていない子供たちだけで集まっているようだ。
『ねぇ。急にみんな集まってどうしたのかな』
『わかんない。私たちには村の外には出ないで大人しくしてろって言ってたけど……』
『そんなこと言われなくても、森なんて出ないのにね』
口々に話す子供たちの声には、全員聞き覚えがある。
ここ数日、一緒に遊んでいた六人の子供たちの声だ。
どうやら彼らには、エルフ軍襲撃の話は知らされていないようだ。
『俺は大人から聞いたぜ』
会話の隙間を縫うように話し出したのは、確かクーナスなる男の子。
六人の中で一番年上で、リーダーでもあるらしく、周囲が持ち上げているところを何度か見た。
クーナス自身、煽てられると調子に乗りやすいタイプだが、流石に今は誰も軽口を叩くことなく、話を聞き入っている。
『じ、じゃあ。この村にもエルフが来るの?』
『ああ。もしかしたら村を棄てることになるかもしれないって言ってた』
クーナスの言葉に、驚きの声が挙がる。
広場での話し合いの結果によってはそうなるかもしれない。
現在村の中は若者グループの力が強くなっている。
それが広場での話し合いに影響されるとなると、安全を考え、村を棄ててでも逃げる方向に話が向かう可能性が高いだろう。
若者グループは血気盛んな者が多いが、考え方自体は保守的というか安全を第一に考える傾向にあるためだ。
(でも、今回に限って言えば、長老たちも似た考えになるかな)
たとえば法国が攻めてきて、それを撃退するためにエルフ国に力を貸すというようなことであれば、この森に移動してきた際に受け入れてくれた恩義を返す名目で戦いに出向いた可能性はあるが、今回の相手はそのエルフ国なのだ。
(もしかしたら、アンティリーネとあたしたちを差し出す方向に話が行くかもしれないけど……)
エルフ王の目的はアンティリーネを助けたアウラたち、そして共にいるアンティリーネを確保することだ。
その場合村人が自分たちだけ助かるために、裏切る可能性もある。これもアウラたちが村を纏めきれなかったせいだ。
『ねぇ。あの子たちは助けてくれないのかな?』
再び落ち込みそうになっているうちに、押し黙っていた子供たちの一人が意を決して言う。
あの子たちとは、アウラたちのことだろう。
『流石に無理じゃないのか? だって元々あの子たちには関係ないことだし、アンキロウルススの時は調査の邪魔だから手を貸してくれたって話じゃん。で、その途中で大人連中の対立に嫌気がさしたから俺たちと遊んでたんでしょ?』
『そんな村を危ない目に遭ってまで、救ってくれるとは思えないな。せいぜい逃げるときに手を貸してくれれば、良い方じゃねぇの』
クーナスも同意する。
思ったよりも冷静な判断だ。
ダークエルフは基本的に自己責任の考え方が強い、それは子供でも同じなのだろう。
『でも、ダークエルフの英雄なら──』
ぼそぼそと小さな声が反論する。
六人の中で唯一、アウラたちと同年齢くらいだった男の子の声だ。
ダークエルフの英雄とは、ままごとで遊んだ際、彼が提案した村の伝説として残っている英雄譚の主人公のことだ。
『あれはお話だろ』
当然バッサリと切り捨てられる。
それきり男の子は口を噤んでしまい、話は逃げるとしたらどこに逃げるのか、なにを持っていけばいいのかなど、現実的な話に移行していく。
だが、その会話をアウラはもう聞いていなかった。
今の話を聞いて頭の中に閃きが走ったからだ。
そして先ほどまで、村を纏められずに落ち込んでいた自分の早とちりと、主人が出したヒントの本当の意味を理解した。
(そっか。アインズ様が子供たちと遊べって言ったのはこのため。これなら今からでも村を纏められる!)
「お、お姉ちゃん?」
音に集中するため、耳に当てていた手を外したアウラに、おずおずとマーレが問いかけるが、アウラはその問いに答えず告げる。
「……マーレ」
「な、なに?」
「それとハムスケも」
「はいでござる!」
アウラの真剣な声に二人は姿勢を正した。
「あたしはさっき言ったとおり、周辺の確認をしてくる。その間あんたたちには重要な仕事をしてもらうよ」
そう。この中で最も感覚の優れたアウラは警戒を行わなくてはならない以上、二人に任せるしかない。
「な、なに?」
ごくりと息を呑むマーレに、アウラは以前主人がやっていたように、間を置いてからニヤリと笑った。
「英雄を作って、村を一つに纏めるのよ」
・
二人が連れてこられた場所は、歓迎の宴が開催された広場だった。
広場に着いたときには、既に多くのダークエルフが集まっていた。
子供以外のほぼ全ての大人が集まっている様は、先日行われた歓迎の宴と同じだが、雰囲気は真逆。
既にある程度の話を聞いているのだろう。
皆、一様に表情が暗い。
広場の中央まで案内された後、最後に長老たちがやってきた。
「それでは、始めよう」
重々しい宣言により、話し合いが始まった。
そのまま長老が話し出すのかと思ったが、立ち上がって話を引き継いだのは、アウラに近づいていた副狩猟頭プラムだった。
「みな、ある程度の事情は聞いていると思うが、正確を期すため改めて説明しよう」
他の村人たちは、なぜ長老ではなくプラムが説明するのかと長老たちを見る。
長老たちはその疑問には答えず、プラムを苦々しげに見つめつつも口は挟まない。
(この間のことで、若者グループの勢力が増したのかしら。まあ、それなら好都合)
絶死の目的は、この地でエルフ王を迎え討つため、モモンたちを引き留めることともう一つ。
世話になった村の住人たちを安全な場所に逃がすことだ。
伝統を重んじる長老より、若者グループが主導した方が逃げる話へ持って行きやすい。
「現在、武装したエルフたちがこの村に向かっている」
続けざまの言葉に、プラムが仕切っていることへの困惑は消え、代わりにざわめきが増した。
エルフが攻めてくることはすでに聞いていたが、その理由が分からないといったところか。
しかし、予想外だったのは、既に全員がその話を事実として受け止めていることだ。
現状、エルフの国が攻めてきていると言っているのはハムスケだけで、実際に見たわけではないはず。
絶死はエルフ王と一度交戦して性格を把握しているので、攻めてきたことを確信しているが、ダークエルフにとっては、初めて見る魔獣が言った言葉をあっさり信じていることに違和感があった。
答え合わせとでも言うように、黙っていた長老が一つ咳払いして、口を開く。
「昨夜アジュの村からやってきた使者からも、同様の報告を受けておる。アジュの村は既に壊滅同然だそうだ」
再びざわめきが大きくなる。
(なんだ。この村が最初じゃなかったんだ。だったらハムスケを利用することもなかったわね。モモンはともかくアウラを怒らせちゃったし。若者グループが実権を握ったのも、そのことが関係しているのかしら)
「目的は何なんだ? 何故突然そんな真似をする」
絶死が思考している間に、若者の一人が声を張り上げる。
「そうだ。俺たちとエルフたちはそもそも大した交流もない。いったいなにが目的でそんなむごい真似を」
隣に座っていた別の若者も嫌悪を込めた声で続ける。
ほんのわずかに胸が痛む。
エルフ王の狙いは間違いなく絶死と双子だ。
絶死を助けた際、エルフ王が双子を見たことでダークエルフが反旗を翻したと勘違いし、絶死たちを捕らえるついでにダークエルフの村を順に滅ぼすことにした。そんなところだろう。
双子は魔導国の住人なのだが、森に閉じこもっているエルフ王がそんな話を知っているはずもないので、大樹海に住んでいるダークエルフの仕業だと勘違いするのも当然。
この地に住んでいるダークエルフたちにとっては、とばっちり以外のなにものでもない。
「そんなことはどうでもいい!」
話を誤魔化す方に持っていくべきか一瞬悩むが、その前にプラムが声を張り上げる。
「大事なのは、アジュの村が壊滅したという事実だ。あの村は元々、先日俺たちを襲ったウルススの
アジュの村とやらの防衛力がどんなものかは知らないが、村人にとっては納得できる話だったらしく、落ち込む気配があり、同時にチラチラとこちらを窺う視線を感じる。
そのウルススの
だが、軽々に頷くことはできない。
元からそのつもりだが、下手に戦うと宣言すると、恩義を大事にするダークエルフのこと、恩人だけを危険な目に遭わせるわけには。などと言い出して村に残ろうとする者が出てきかねない。
あえて冷たい態度を貫くと、村人たちも諦めたように息を吐いた。
それを見届けてからプラムが続ける。
「だが、幸いにも連中が到着するまでまだ時間がある! 危険から逃げることは恥ではない。元から俺たちは、南の村からこの地に移動してきた種族。今度は俺たちが中心になってかつての大移動を今一度行えば良い」
大移動。という言葉を聞いたダークエルフたちの瞳に希望の光が宿った。
「この森はまだまだ広大だ。森の奥地まで行ってしまえばエルフたちとて簡単には追いつけない」
「他の村はどうする?」
逃げることを前提にした問いかけに、プラムは大きく頷く。
「もちろん知らせる。同時に一緒に逃げるように説得も行う。そのためにも一刻も早く村をでる必要があるんだ。何か反対意見のある者はいるか!?」
自信満々な表情は、反対意見など出来るはずがないと確信しているかのようだ。
事実、長老も含めた誰も声を上げない。
このまま逃げ出してくれれば絶死としても望むところだ。
村人の安全も保障され、空になったこの村を戦場として利用できれば、村の地理を把握している絶死が地の利を得ることになる。
加えて、モモンたちの協力も仰げれば今度こそ憎きエルフ王を──。
「ま、待って!」
緩みそうになる口元を隠して笑う絶死の耳に、甲高い声が響いた。
裏返った声は震え、緊張している。
聞き覚えのある声の主を思いだそうとしているうちに、今度は複数の悲鳴が聞こえた。
声がした側にいる村人たちが悲鳴を上げたようだ。
その直後、人垣の向こうから見覚えのある丸い影が現れた。
「ま、魔獣!?」
誰かの叫び声と共にパニックが伝播しそうになる中。
「だ、大丈夫です。これはモモンさんの騎乗魔獣ですから」
マーレにしては珍しい大きな声に全員が動きを止める。
その声に呼応するように、モモンも前に出た。
「マーレの言う通りです。こいつはハムスケ。かつては森の賢王と唄われ、トブの大森林。いや、皆さんがかつて住んでいた南の森の一角を支配していた魔獣。ですが、今はこの通り私の配下に収まっています」
近寄りながら、そうだな。と声を掛けるとハムスケはその通りとばかりに大きく頷いた。
「それがしは殿に絶対の忠誠を誓う騎乗魔獣にして戦士。ハムスケ・ウォリアーでござるよ」
おおっ。と感嘆の声が挙がったのは、ハムスケの言葉によるものか、それとも単純に言語を解する魔獣を見たことへの驚きかもしれない。
そうして、場の混乱が収まってくると、今度はそのハムスケとマーレに連れられてやってきた子供に視線が向けられる。
(あの子、確かクーナスとか言ったかしら)
アウラたちと遊んでいた子供の中で最年長で、リーダー格の少年だ。
最年長といえど、まだまだ大人の一人として数えられる年齢ではないので、この集まりにも呼ばれなかったようだ。
「クーナス、どうしたんだ?」
村人の一人が問いかける。
気安い話し方から察するに彼の父親だろうか。
そんなことを考えている間に、クーナスは拳を堅く握りしめたまま顔を持ち上げると力強く告げた。
「俺、逃げたくない!」
簡潔ながらも力強い意志を感じさせる宣言に、皆息を呑み、そのまま沈黙する。
その態度を見て本当は彼らも、ここから逃げ出すのは嫌なのだと察する。
単純に森の中を集団で移動するだけでも、危険があることもそうだが、それ以上に住み慣れた村を棄てること自体、本意ではないのだ。
それは先ほどまで、逃げることを大移動と銘打って先導していたプラムも同じらしく、押し黙ってしまう。
故郷を棄てたくない気持ちは絶死にも分かるが、ここで下手にやる気を出させる訳にはいかない。
「待って。気持ちは分かるけど、敵はエルフたちだけでなく、エルフ王が召喚した土の精霊もいるわ。その身体能力は、私たちがこないだおっぱらったウルススの王ですら相手にもならないほどよ。そんな危険な力を持ったものが森の中を疲れ知らずに動ける。これがどれほど脅威になるかは貴方たちが一番分かっているはずよ」
マーレが何を考えてこの少年を連れてきたのかは知らないが、余計な横やりが入る前に、一気に語りきる。
あくまでオブザーバーとして参加し、これまでずっと黙っていた絶死が口を挟んだことと、彼らにとって最上位の存在である魔獣熊の王ですら相手にならないと聞いた村人たちの中に再び、動揺が生まれる。
実際土の精霊は特別な能力は少ない代わりに、身体能力が高い。
村の中にも聖霊を呼び出せる森祭司もいるため、そのことをよく知っているはすだ。
皆押し黙り、これで決まったかと思った矢先、再度クーナスが声を上げた。
「でも。そんな危険な相手と戦うんだよね!?」
クーナスの視線が絶死に向かう。
「え?」
思わず間の抜けた声を上げてしまったのは、絶死かそれとも村人たちか。
全員の視線が絶死に集まった。
「なんの話? 私はそんな……」
「この子たちから聞いたぜ。俺たちを村から逃がした後、ここに残ってエルフたちを迎え撃つつもりなんだろ?」
慌てて否定しようとする絶死を遮る言葉に、思わず顔を歪めてしまう。
思わず、彼に入れ知恵をしたであろうマーレを睨み付けると、彼はその視線を敏感に感じ取りビクリと体を震わせて、さっと視線を逸らした。
この対応が失敗だった。
クーナスの言葉を否定しなかったばかりか、それを教えたマーレに非難のまなざしを向けた。
これではクーナスの口にした内容が事実だと言っているようなものだ。
村人たちのざわめきの種類が変わる。
これは不味い。
マーレが何を考えているのかは知らないが、このままでは彼らも共に戦うと言い出しかねない。
いや、それはまだ良い。できれば巻き込みたくはなかったが、それはあくまで自分たちのせいで罪の無い村人たちが危険な目に遭うのが嫌だっただけで、彼らが納得した上で戦うことを選択するなら仕方ない。
問題なのは。
「まさか。我々にそのことを言わず、黙って戦いに出向くつもりだったなんて」
「ああ。まるでおとぎ話に出てくるダークエルフの英雄だ」
これだ。
ダークエルフの伝承や伝説など、絶死は知らなかったが、それは先日までの話。
クーナスたちが提案したおままごとをすることになった際、アウラに押しつけられそうになった赤子役を回避するため、他の子供が提案した英雄ごっこ──これはこれで恥ずかしいが、仮にも漆黒聖典という法国に於ける英雄部隊に所属している以上、そうした振る舞いには自信があった──を行うため聞いた村に伝わるダークエルフの英雄もまた自己犠牲を行い、人知れず多くの者を救ったという伝説を残していた。
その伝説の英雄と自分が同一視されてしまう。
これが不味い。
(これで私があの屑を討ち取ったら、ダークエルフどころか、エルフ族にとっての英雄になりかねないわ)
エルフ王はその横暴な性格上、まともに国家を運営できていないため、国民の多くは不満を抱いている。
そんな中、ダークエルフの英雄となった絶死が現れたら、エルフですら頭を垂れかねない。
こんな状況が本国に知れたらどうなるだろう。
エルフ王に敗北後、連絡もせずに行方を眩ませている状況と相まって、祖国を裏切ってエルフ方に付いたと思われるのではないだろうか。
(マズいマズいマズい)
なんとしてもこの誤解だけは解かなくては。
思考を高速で回しながら助けを求めるように視線を向けたのは、会議が始まってから、これと言った発言もせず沈黙を貫いていたモモンだった。
この状況を覆せるのは彼だけだ。
ようは、力を貸すにしてもそれがハーフエルフである絶死が主導してのことではなく、同じダークエルフのアウラたち、あるいは人間であるモモンが義憤にかられて動いたと宣言して貰うだけで良い。
そんな絶死の願いを受け、自分に任せろと言わんばかりにモモンは一つ頷く。
ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間。
「その通りです。私たちは彼女に請われ、ここに残ることを決めました」
続く言葉であっさりと裏切られた。
(コイツ!)
なまじ事実であるため、否定の言葉がすぐに出なかった隙を突く形で、一番手前に座っていたブルーベリーが立ち上がる。
「なんと勇敢な。今にして思えば、エルフ来襲の報を最初に知らせてくれたのも彼女だった。危険な夜の森に一人で入り、警戒に当たっていたのですね?」
「え?」
「なら。お前が薬草作りの作り方を教わっていたのも、俺たちを逃がした後の戦いに備えるためか。仮弟子二号」
ブルーベリーに続くように、薬師頭が立ち上がる。
「ちょっ!」
「その通りです仮師匠。これまでは皆さんを犠牲にしたくないという彼女の気持ちを汲んで黙っていましたが、気づかれてしまっては仕方ありませんね」
絶死が否定するより先に、再度モモンが語る。
先ほどまでの沈黙ぶりが嘘のようだ。
「なんと──では、村に来た当初から我々の為に」
長老たちまでも感激に身を震わせている。
中でも、昨日絶死に村に残ってくれるように要請してきた、男の長老であるピーチは目を潤ませていた。
(なんなの、これ。今までの私たちの行動がまるで最初からこうなることを予定していたみたいに)
先ほどブルーベリーと薬師頭が言ったこともそうだが、アウラとマーレがそれぞれの派閥に近づいていたことすら、逃げ出す際混乱が起こらないように村を一つにしようとしていたかのようだ。
村人からすれば、それも絶死の提案したことのように映るだろう。
当然そんなはずはない。最初からこの流れを予想していたなど、あるはずがない。
いや、そんなことができるとすればただ一人。
「皆。このまま俺たちだけ逃げ出せば、この森中のダークエルフに、いいや。アウラ殿たちのような、森の外にいる同胞たち、あるいはそれ以外の種族にもダークエルフとは恩知らずで臆病者だと笑われるぞ。それで良いのか!」
笑われるという台詞に、多くの村人が反応した。
「俺は嫌だ!」
一番に動いたのはクーナスだ。
子供の真っ直ぐな言葉に負けるものかと他の村人たちも口々続く。
「俺もだ。受けた恩も返さずに、逃げるようなことはしたくない」
「笑われるというのもな」
「ああ。業腹だな」
エルフ族は非常に誇り高い。
それはダークエルフも同様なのは、この数日だけで十分理解した。
そんな彼らからすれば、たとえ自分たちに直接言われるのでなくとも、笑われる事実だけで許せないらしい。
ざわめきは大きなうねりとなり、場は高揚し続ける。
もはや村内で派閥争いをして敵対していたことが嘘のように、意思が統一されていく。
一人だけ、梯子を外された形となったプラムだけはどこか憮然とした態度を見せていたが、反対するつもりはないらしく、そそくさと後ろに下がり村人たちの列に戻っていった。
これでは絶死がなにを言っても聞き入れてもらえることはない。
(ハメられた!)
絶死が睨みつけた先にいるモモンが手を叩く。
基本的に金属が存在しないダークエルフの村に於いて異質なその音は、熱くなっていた広場の空気を一気にこちらに集めた。
それを確認後、モモンは絶死の肩に手を乗せ、小声で言う。
「さ。お前からも一言言ってやれ。そうしなくては場が治まらないぞ」
この態度。
やはり全てモモンの作戦だったのだ。
苛立ちが募るが、確かに全員の視線は音を出したモモンではなく絶死に注がれている今、余計なことはできない。
「……みんなの気持ちは分かったわ。でも先に言っておくけど、私は別に貴方たちのためにこうした訳じゃなく、エルフの王に個人的な恨みがあるから戦うことを選んだだけ」
村のためではないことを強調してみるが、村人たちは絶死の言葉を信じていないのか、それとも結果的に助けられるのは変わらないと言いたいのか、大きな反応は見られない。
仕方ない。と絶死はほとんどヤケクソ気味に続けた。
「それでも良いというのなら。悪辣非道なエルフ王を討つため、そしてこの村を守るために力を貸して」
一瞬、水を打ったように静まった場が一気に沸き上がり、巨大な歓声となって響きわたった。
こんな時にとは思いつつ、絶死は思う。
(こんな真っ直ぐな歓声を浴びたの、生まれて初めて)
自分の中に生まれた奇妙なむず痒さを抑えるように、絶死は胸に手を当て、小さくため息を落とした。
当然ですが、アインズ様はいつも通りアドリブで乗り切っています