オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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第16話 戦いの準備

「忙しくなるな」

 

 村人の細かな役割分担を話し合った後、村の薬師頭マンゴー・ギレナは一人呟き、自分の作業場であるエルフツリーに戻ろうと、早々に広場を後にした。

 人付き合いは少ないとはいえ、一応は自分も村の代表の一人。下手に残って村人からあれこれ話しかけられては面倒だ。

 エルフ軍がやってくるまでにしておかなくてはならないことは山ほどある。時間はいくらあっても足りない。

 

 特に重要なのは、様々な種類の薬剤調合だ。

 非戦闘員が他の村に一時避難する際や、囮となる者たちが森に潜伏する間、そして肝心のエルフ軍を迎え討つことになる仮弟子たちに持たせる傷薬や武器となる毒薬、その解毒剤も必要になるかもしれない。

 ある程度の備蓄はあるが、次に村へ戻るまでどの程度掛かるか不明なのだから、作れるだけ作って持ち出しておいた方が良い。

 時間経過で急速に効能を失うような物もあるが、それらは原材料のまま持ち出すつもりだ。

 

 どちらにせよ、エルフ軍が到着すると目されるまで後二日。

 のんびりしている時間はない。と歩調を速めた。

 直後、薬師頭の背後から音が聞こえて振り返る。

 すぐ傍に立っている人影にギョッとして、仰け反った。

 

 こうして足音を立てずに生活する者は多い。

 特に野伏(レンジャー)の力を持った者たちに多いのだが、危険な森の中を移動する際、足音を立てないよう慎重に行動するのが癖になっているらしい。

 背後に立つ白黒二色の髪色を持ったハーフエルフの少女も同様だ。

 薬師頭の仮弟子として作業していた際、いつの間にかすぐ傍に立っていることが何度もあった。

 

「お前は準備しなくていいのか?」

 

 あいつみたいに。と続けたのは、もう一人の仮弟子である戦士モモンのことだ。

 モモンは仲間である双子のダークエルフと立派な騎獣と共に自分が借りているエルフツリーに戻っていった。

 それぞれの役割分担を決める際、モモンたちはエルフを迎え討つべく武具の手入れを始めとした戦いの準備を行うと宣言していたためであり、直接戦うという最も危険な仕事を行う彼らの発言に異を唱える者はいなかった。

 

 エルフ王と戦うことになっているアンティリーネも、当然彼らと共に戦いの準備をするものだと思っていた。

 あるいは、その準備に必要な薬などを伝えるために追いかけてきたのだろうか。 

 薬師頭の言葉を受けて、憎々しげに顔を歪ませてから、彼女は憮然として唇を突き出した。

 

「先に自分たちだけで話し合いをするから付いて来るなですって。なにを話し合うつもりなんだか」

 

「そ、そうか。なら、お前だけでも準備する事があるんじゃないのか?」

 

 明らかに不満を抱いた様子に、思わず遠ざけるような言葉が出てしまった。

 前回は仮弟子であるモモンに押しつけられる形となってしまったが、これも人付き合いが少なかった弊害か、元より宥めすかしが得意ではない身としてはこうした明らかに不機嫌な相手とは関わりたくない。

 そんな薬師頭の言外の意図に気づかず──あるいはわざと無視をして──続ける。

 

「こんな状況で、村の中を歩き回るなんてゴメンよ。それならまだ作業に慣れている貴方の手伝いしている方がマシ」

 

 確かに、今の状況で彼女が出歩けば、村のどこを歩いていても、村人たちに囲まれるだろう。

 その点、薬師頭の作業場は、万が一調合が失敗した場合に備え、周囲に他のエルフツリーがない位置にあり、偏屈な本人の気質と相まって、基本的に村人は近づいてこない。

 避難場所として最適だと考えたのだろう。

 

(いや、それだけじゃなさそうだな)

 

 村人が煩わしいだけなら、自分が借りているエルフツリーに閉じこもっていれば良い。

 彼女たちが借りているエルフツリーは二つ。モモンたちがどちらで会議をしているかは不明だが、全員が集まっているなら、もう一つのエルフツリーは空になっているはず。

 そこで待っていれば、いずれモモンたちも戻ってくる。

 その後改めて、全員で作戦を練ればいい。

 彼女ならその程度のことは分かっているはず。

 そうしたくない理由があるのだ。

 とそこまで考えて、先ほどの憮然とした態度を思い出す。

 

 村人たちに囲まれることを嫌がったものではなく、その前だ。

 モモンたちだけで会議を行う。

 彼女はその中に入っていないことに不満を抱いている、端的に言えば拗ねているのではないだろうか。

 

 モモンから聞いたことだが、元々モモンの仲間はダークエルフの双子だけで、アンティリーネはこの森に来てから一緒に行動するようになったらしい。

 彼女を外して作戦会議を行っているのはそれが理由だろう。

 

 彼女としては、それを理解しつつも良い気はしないと言ったところか。

 数日程度とはいえ師弟関係を結んだ身として、この娘が外見年齢相応の子供っぽさを持っていることは知っている。

 だからこそ、黙って待っているのではなく、自分は自分でやることがあったのだ。と言えるように、薬師頭の手伝いをしようとしているのではないだろうか。

 そう考えて、薬師頭は大きく頷いた後、分りやすく鼻を鳴らしてみせた。

 

「それなら今日は仮弟子として俺の仕事の助手をして貰おうか。何しろこれから危険な森に出るんだ。用意しなくてはならない薬は山ほどあるからな。こき使ってやる」

 

 あえて粗暴な態度で告げる。

 村の英雄となり、村人はおろか長老たちまでも敬語を使うようになったのは知っているが、今までの態度を見るにこちらの方が気が楽だろう。

 彼女は薬師頭の急変ぶりに驚いたように目をしばたかせつつも、小さく肩を竦め、はいはい。と投げやりな口調で言う。その声がどこか嬉しそうに聞こえたのは、気のせいではないと信じたい。

 そんな素直じゃない姿に、自分が対価を差し出したモモンだけでなく、アンティリーネのことも仮弟子として認めた理由を思い出した。

 なんとなく、アンティリーネが自分と似ていると思ったからだ。

 

 もちろん能力や外見の話ではない。

 この村での境遇とでも言えばいいのか。

 村の意志決定者の一つである薬師頭という地位に就いていても、自分には妻も家族もなく、まともな弟子すらいない。

 もちろん蔑ろにされている訳ではない。

 尊敬も──多分──されている。

 

 それでも人付き合いが苦手で、教師として物を教えることも不得意な自分に好んで近づいてくる者はおらず、村では浮いた存在だ。

 そんな自分と同じく、村から見れば同じ外からの来訪者という立場でありながら、一人だけ仲間内から浮いているアンティリーネに奇妙なシンパシーを感じた。

 だからこそ、モモンと共に仮弟子として迎え、二人を協力させることで仲間内にとけ込みやすくしようとしたのだ。

 もちろん最初からそこまでハッキリ思っていたわけではないが、漠然とそんな思考があったのは間違いない。

 

「よし。それじゃさっさと行くぞ」

 

 ぶっきらぼうに言って歩き出すと、彼女も続く。

 目論んでいた成果が出なかったのは残念だが、仕方ない。

 そもそもたった数日、それもまともな人付き合いも出来ていない自分が、人の世話までやこうとしたこと自体無謀だったのだ。

 こうなったらせめて、皆が村を脱出するまでの間、浮いた者同士悩む間もないほど忙しく働いて──

 

「ん? あれ、貴方のエルフツリーよね?」

 

 後ろから声を掛けられ、思考を中断して顔を持ち上げると、そこには確かに自分の作業場であるエルフツリーに数人のダークエルフが集まっているのが見えた。

 今ある薬草の分配や、必要となりそうな物を依頼しにでも来たのかと思ったが、近づいてみるとそうではないことに気づく。

 集まっていたのは皆、村で薬師として働く者たちだったからだ。

 自分にしか作れないような秘伝の薬を依頼しにきた可能性もなくはないが、それとてわざわざ薬師自らが来る必要はない。

 伝令役なら、子供たちなどこれといった役割がない者たちもいるのだから、そんなことをしている暇があれば、少しでも多くの薬を生産するべきだ。

 

 ではなぜ、薬師たち自らやってきたのかを考えて、僅かに嫌な予感が頭を擡げてきた。

 やがて接近に気づいた薬師たちが、こちらに駆け寄ってくる。

 彼らはまず、村の英雄となったアンティリーネが一緒にいることに驚いた態度を見せつつ、一礼する。

 目的は彼女ではなく、自分のようだと察して薬師頭はむっつりと唇を結んだ。

 

「薬師頭! 頼みがある」

 

 名前ではなく役職名で呼ばれ、ますます嫌な予感が強まった。

 

「雁首そろえて、いったいなんだ」

 

「俺に、いや。俺たちにも仕事を手伝わせてくれ」

 

 やはりか。と頭を覆いたくなった。

 これは本来当然の提案だ。

 狩猟の際、狩猟頭を中心としてチームを組むように、薬師たちもそれぞれが個別に作業するより、薬師頭指示の下、協力して仕事を行った方が効率が上がる。

 これまでそうせず、薬師頭が一人で作業していたのは、ひとえに自身の人付き合いの悪さ故だ。

 昔は自分を弟子にして欲しいと売り込みに来る者もいたし、実際に弟子にして教えた者もいた。

 だが、薬師頭の性格と教師としての技量のつたなさもあってか、皆早々に逃げだしてしまい、モモンたちがやってくるまで、まともに弟子と呼べる者は居なかった。

 

 ここにいる者たちの中にも、一度弟子にした連中もいる。

 後ろめたいのか、後ろの方に隠れていたが、それでも手伝いたいと言ったときには一緒になって頷いていた。

 今になって突然そんなことを言い出した理由は想像がついた。

 

 これまで仲違いしていた派閥間の村人たちが、エルフの軍勢という強大な敵を前にして現れたアンティリーネという英雄の下、一つに纏まったためだろう。

 主義主張の違う者たちですら一つに纏まったというのに、特段対立しているわけでもない薬師たちがバラバラに動いているのはおかしいと考え、こうして頭である自分の下にやってきたのだ。

 

(しかし、なにもこんな時に……)

 

 今だからこそ動いたのは分かっているのだが、そう思わずにはいられない。

 チラリと後ろに意識を向ける。

 振り返って確認は出来ないが、なんとなく悪寒を感じた。

 先ほど薬師頭が感じた、浮いた者同士のシンパシー、それをあちらも理解していたのなら、この状況を裏切りと取られたかもしれない。

 事実として、ここにいる者たちの協力を受け入れた場合、アンティリーネの手伝いは不要となる。

 

 これも当然だ。

 それなりに手先は器用とはいえ、まだまだ見習い程度で器具の名前もまともに覚えていない者と異なりここにいるのは、見習いや弟子の過程を経て、正式に薬師を名乗っている者たちばかりなのだ。

 不要どころか、作業の邪魔になりかねない。

 

 エルフ到着まで時間がない今、彼らの申し出を受けるのが最良なのは分かる。

 同時に、そうした損得論を排したとしても、彼らの心意気も嬉しく思った。

 偏屈で人付き合いも出来ず、良い師匠にもなれなかった自分を頭として認め、手伝いを申し出てくれたのだ。

 

 それに。モモンたちと違い、既に基礎ができている薬師たちなら、短い時間でも自分の知識や技術を伝承させることも可能だ。

 薬師頭の秘伝は簡単に教えてよいものではないが今回は特別である。

 この後、囮となって残る者たち以外は危険な森を移動して別の村に避難させてもらうことになっている。

 この体型も併せて、囮に向いていない自分もその中に組み込まれることになるだろう。

 危険な森を集団で移動するのは命がけだ。

 そこで自分の身に何かあったとしても、技術だけは伝え残すことができるのだから。

 

 そうなるとますますアンティリーネの面倒までみている余裕はない。

 だからこそ、自分はこれから彼女に手伝いが不要になったと告げなくてはならない。

 

「間が悪い」

 

 思わず口から出た言葉は、誰に対して言ったものなのか自分でもよく分からなかった。

 

 

 ・

 

 

「さて。まだアウラが戻ってきていないが、とりあえず状況を整理しよう」

 

 アインズが借り受けているエルフツリーの内部で、マーレと向かい合う。

 

「は、はい」

「了解でござる!」

 

 マーレの声をかき消しそうなほど、元気の良い返事にアインズは視線を入り口に向けた。

 一緒に来たハムスケが、その大きな瞳にやる気を漲らせ、エルフツリーの入り口を塞ぐ形で顔だけ室内に突っ込んでいる。

 これは単純にハムスケの体が大きくて、室内に入れないのではなく、村人たちが近づいてこないようにするためだ。

 基本的にこの村の連中のパーソナルスペースは非常に近い。

 食事を持ってくる際も挨拶などせず、無言で室内に入ってくるし、それ以外でも入り口付近からチラチラこちらを覗いてくることも多い。

 これからする話の内容も考え、誰かが近づいてこないよう、そして仮に近づいてきても物理的に室内を覗けないようにするための目隠し役だ。

 そのため、ハムスケには話し合いに参加するより、エルフツリー外の警戒に力を入れて欲しいところなのだが、ここまでやる気満々だと言いづらい。

 

(まあいいか。今はそれより大事なことがある)

 

 ハムスケから視線をマーレに戻す。

 かなり近い距離で向かい合っていることも影響しているのか、マーレは恥ずかしそうに身を捩らせた。

 

(あの子供たちの中で、一体誰と仲良くなったのか。それを確認しなくては)

 

 アインズにとって、エルフ王が世界級(ワールド)アイテムを持っているかどうかに続く、二番目の重要事項だ。

 子供たちと村の大人たちの関係性が不明な以上、基本的には村人全員を死なさないようにするつもりだが、エルフ王が世界級(ワールド)アイテムや、アンティリーネも知らない能力や切り札を持っていた場合に備え、優先順位を決めておきたい。

 後は単純にシズに続いて二例目となる、ナザリック外に出来た友人の顔を知っておきたい気持ちもあった。

 

(直接聞いて話してくれれば一番良いんだが、あんな面倒なやり方をとった以上、簡単には行かないだろうな)

 

 再度マーレを見る。

 少しは慣れてきたのか、視線を逸らすことなく、むしろハムスケ同様、やる気満々といった様子で唇をぎゅっと結び、アインズからの言葉を待ちかまえている。

 

 今回の場合、こちらから友達になったのは誰だと聞くのは悪手にしかならない。

 アインズが双子の考えを読んだと気づかれれば、感情を優先してナザリックの利益を僅かでも損ねるようなことをしてしまった。と考えてしまうかもしれないからだ。

 そうなれば、失態を取り戻すべく、自らの意思を押し殺して、やっぱり子供たちを含めて村ごと見捨てましょうなどと言い出しかねない。

 どんなに友情を育もうと、守護者にとって最優先はナザリックの利益なのは変わらないのだから。

 

(ならば俺は、あえて気づかない振りをする!)

 

 アウラたちが考えた案がナザリックにとっても最善という体で話を進めるのだ。

 デミウルゴスやアルベドの深読みによって生まれた、存在しないアインズの作戦をさも知っているかのように振る舞うときとは逆だ。

 

(答えを知っている分、いつもよりは楽だが、二人に気づかれないように話を聞き出すのもなかなか難易度が高いな)

 

 さてどう切り出したものか。と頭を悩ませていると、不意にマーレがアインズから視線を逸らし、ハムスケの方を見た。

 釣られてアインズもそちらに見る。

 ハムスケが何かしたのかと思ったがそのハムスケもまた短い首を回して後ろを見ようとしていた。

 ハムスケの頭は、狭いエルフツリーの入り口ほぼ全てを埋め尽くしているため、そんなことをしても後ろを見ることは出来ないのだが。

 その格好のまま、ハムスケはブルリと身を震わせた。

 

「な、なんだか後ろから、イヤな予感がするでござる」

 

 ここしばらく、自堕落な生活を送っているせいか、アインズが近づこうとも一切気づかなかったものだが、この森にやってきたことで失われた野生の勘を取り戻したのだろうか。

 

「アウラか?」

 

 どうもアウラと最初に会ったときに、皮を剥ぎたいと言われたことがトラウマになっているらしく、ハムスケはアウラに対して妙に怯えているところがあった。

 しかし、予想に反し聞こえてきたのはアウラの声ではなかった。

 

「ハムスケ。退いて」

 

 低く唸るような非常に機嫌が悪い声はアンティリーネのものだ。

 この気配を感じ取ったというのなら、ハムスケが怯えるのも理解できる。

 そのハムスケの目が、アインズに向けられる。

 通して良いかの確認。いや、込められた意味は懇願に近い。

 正直に言うと会いたくない。

 彼女の不機嫌の理由が手に取るように分かるからだ。

 

(アイツを村の英雄に仕立てたことに対する文句だろうな)

 

 アインズが提案した作戦の内容を聞いたときは特に不満はなさそうだったので思い当たることがあるとすればそれぐらいだ。

 アインズも経験があるが、英雄として無条件に尊敬の眼差しを向けられるのは案外精神的にキツいものだ。

 しかし、元々村人を救って欲しいと言い出したのはアンティリーネの方だ。

 こちらがなにを言うまでもなく、村人たちは逃げ出す方向で話が進んでいたとはいえ、音頭を取っていた若者グループに比べ、長老を始めとした派閥は不服そうな顔をしていた。

 そんなバラバラの状態では、あのまま逃げ出しても途中で仲違いをする可能性もある以上、アンティリーネという英雄の下、村を一つに纏めるのは必要な行程だった。

 アインズの計画に村人がすんなり乗ったのも、英雄であるアンティリーネが頼って出させたアイデアだったという点が大きいはず。

 そう考えるとアンティリーネに文句を言われる謂われはないのだが、感情論は話が別らしい。

 

(俺なんか、一般人なのに英雄どころか絶対的支配者、いや今では一国の王様までやってんだぞ。それに比べればまだマシだろうに)

 

「殿~」

 

 反応がないアインズにじれたハムスケの情けない声で、思考を中断する。

 本当は追い返したいところだが、ここでガス抜きをしておかないと、後々面倒になるのは目に見えている。

 こちらに戻ってきているらしいアウラ──村の者と警戒を交代したとマーレに連絡が入った──とはち合わせても面倒だ。

 

「分かった。アンティリーネ、そこで待っていろ。俺が外に出る」

 

 声を張ってアンティリーネに伝える。

 あちらを招き入れてもいいのだが、その場合でも戻ってきたアウラとひと悶着あるのは目に見えている。ならばアインズが外に出た方がまだマシだ。

 そう考えて、未だアインズをじっと見上げているマーレに近づき、肩に手を乗せて声を落として告げる。

 

「アウラが戻ってきたら、さっき言ったように現状の確認。その上で村人を含め、今後どう動くべきかを二人……三人で考えておいてくれ。戻ったら私が確認する」

 

 こうなっては仕方ない。

 せめて双子にアイデアを出させることにしよう。

 その中で村人をどう扱うかによって、間接的に村の者たちの誰を助けたいのかが分かるかもしれない。

 

「わ、分かりました! 頑張ります!」

 

 やる気満々に頷くマーレ。

 頼むぞ。と二つの意味を込めて再度告げてから、恐る恐ると言った様子で、後退して入り口を開けたハムスケの横を通り抜けた。

 その先には案の定、不満を隠そうともせず腕を組んで立っているアンティリーネの姿があり、アインズはため息を吐きそうになる自分を意志の力で抑え込み、軽く手を上げて挨拶した。

 

 

 ・

 

 

「王よ! お願いいたします! これ以上進軍速度を上げては皆が持ちません」

 

 側近として連れてきたエルフの言葉に、デケムは眉を寄せた。

 王たる自分の決定に異を唱えるとは。

 一瞬、ベヒーモスに命じてたたき潰してやろうかと思うが、取りやめる。

 自分は慈悲深い王なのだ。

 それに、この男には軍全体の指揮を執らせている。ここで殺してしまって余計進軍速度が落ちては堪らない。

 

「すでに王都を発って五日だ。その間に落とした村はたったの一つ。すべての集落を落とすまでどれほど時間をかけるつもりだ?」

 

 今一度自分の無能さを理解させてやるために説明すると、男は意を決したように顔を上げた。

 

「……本来ダークエルフの村までは一週間は掛かります。それもこの人数ですと五日ほどで着いたのは早い方かと」

 

「ハァ。急いでこれなのか……」

 

 話しながらここ数日の不愉快な出来事を思い返す。

 エルフたちが王都を発ったのは五日前だが、デケムはつい先日まで王都で待機していた。

 王たる己が、村に着くまでの間、森の中で寝泊まりするなどあり得ない。

 

 デケムはベヒーモスの側に一瞬で転移できるのだから、せめて一つ目の村まではエルフたちとベヒーモスだけで進軍させ、村に到着後転移し、その村を拠点にするつもりだったのだ。

 しかし、いつまで経っても一つ目の村にすら到着しなかった。

 五日目でようやく到着したことをベヒーモスとの繋がりで探知し転移したのだ。

 

 ダークエルフの村に着いた後、早速件のハーフエルフとダークエルフたちについて訊ねたが、知らないの一点張りであり、あまつさえエルフ種全体の頂点であるデケムのことすら知らない有様で、村の中に入れようともしなかった。

 いくら国外れに住む未開人とは言え、その無礼な態度を許すことはできず、見せしめとして村を兵たちで取り囲んで逃げられないようにした後、ベヒーモスを送り込んで内部から暴れさせた。

 

 地理的にデケムとあのハーフエルフが戦った場所から最も近い村だったため、匿っていたのなら、それで出てくるかと思ったが、本当にあのハーフエルフたちはいなかったらしく、現れることはなかった。

 ならばこれ以上、暴れさせる必要もなく後は村を拠点にしつつ、ダークエルフたちを使って道案内でもさせようかと思った矢先、村人たちはなにを血迷ったのかベヒーモスに大量の油を掛け、火の精霊で着火するという蛮行に打って出た。

 

 使い道の限られている油を大量に用意していた意味はよくわからないが、ダークエルフには何らかの使い道があるのかもしれない。

 もちろんその程度の攻撃では、最強の精霊であるベヒーモスにダメージも与えなかったが、問題なのはそれが明確な意志を持った攻撃だったことだ。

 絶対の王であるデケムの存在を知らなかったばかりか、罰を受け入れず攻撃まで加えたのだ。

 許されるはずはない。

 奴らには愚かさの代償として、自分たちが加えた火の攻撃をそのまま利用してやった。

 

 つまりベヒーモスに火を纏わせた状態で更に暴れさせ、意図的に村に火を付けて回ったのだ。

 当然逃げ出そうとした者はエルフ共を使って村の中に叩き戻させて、一人も逃がさないようにさせた。

 王に刃向かった者に対する罰としては当然のものだが、いくつか誤算が生じてしまった、らしい。

 

 一つは思った以上に火の回りが早く、拠点とすべき村が全焼してしまったこと。

 そしてもう一つは、その中にいたダークエルフたちのほとんども焼け死んでしまったことだ。

 強力な魔法による炎ならばともかく、油が燃えただけのちっぽけな火に炙られた程度であっさり死んだことにはいささか驚いた。

 あのダークエルフの子供までとは行かずとも、同じ種族ならもう少し強い者がいてもおかしくはないと考えたのだが見込み違いだったらしい。

 当然そんな燃え尽きた場所を拠点にはできず、さっさと次の村に行くことにしたのだが、そのときになってようやく、移動にこれほど時間が掛かった理由を知ったのだ。

 

「この深い森、それも我々が普段立ち入らぬ森の奥となりますと移動するだけでも体力の消耗が激しく、これ以上の速度は──」

 

 男が再度、絞り出すような声をあげる。

 そう。エルフたちが付いてこられないのは単純に体力の問題だ。

 本来エルフたちは木の上を移動するのが基本だが、今回は人数も多く、時間が掛かることも含めて多量の食料なども運ばせているため地面の上を移動するしかない。

 草原の中に作られた王都と異なり、森の中は地面も起伏に富み、太い木々が密集して生えているため、纏まって行動はできず、頭上からの光も届き辛いため、慣れていない者にとっては移動するだけでも困難なのだという。

 

「まったく。エルフでありながら、森の中も自由に動けないとは。その程度の力しか持たぬから人間共などにいいようにやられるのだ」

 

 法国の軍が、王都がある三日月湖近くに前線基地を作った話は聞いている。

 いつだったか、自分たちの弱さを棚に上げ、王であるデケムに前線に出て戦ってほしいと厚顔な要求をしてきた者もいたくらいだ。

 王の慈悲とは要求するものではなく、施すもの。

 当然デケムがそんな面倒なことをしてやる道理はないため、却下した。

 だからこそ、それから更に時間が経って、王都のすぐ近くまで到達した人間たちを無視して王都を離れたのだ。

 その間に王都が陥落したとしてもデケムにはなんの関係もない。

 

 自分一人。いや、これから捕らえにいくハーフエルフとダークエルフの子供。

 あれらを使って子供を増やしていけば、問題はない。

 強力な力を持った母体から生まれる子供は、これまでの出来損ないとは違うはずなのだから。

 

「申し訳、ございません」

 

 再び男が頭を下げ、その声でデケムは思考を一時中断した。

 ともかく今は急ぎ次の村に向かうことを考えなくては。

 役立たずは置いていき、自分だけで向かってもいいのだが、未開人であるダークエルフがデケムの名すら知らないことが判明した以上、他の村でも今回と同じく敵対行動を取る可能性も捨てきれない。

 その際ダークエルフを逃がしてしまうと、事前に他の村に連絡され、目的であるハーフエルフに逃げられてしまう。

 次の村にいれば手っとり早いのだが、そう上手くことが進むとは限らない。

 

(かといってコイツらに合わせては、数日は森の中で寝起きしなくてはならない)

 

 それはごめんだ。

 デケムの転移は自身と繋がった精霊の傍に移動するものなので、王都に帰るには自分の足──正確には飛行(フライ)の魔法──で戻るしかないのだが、それも面倒だ。

 やはりさっさと次の村に移動して拠点とするのが一番手っとり早い。

 ではどうやって。とまた思考が戻る。

 

 実のところ一つ思いついた方法はあるのだが、決断しきれない理由があった。

 それを行うためには、ベヒーモスを戦闘状態に変える必要があるからだ。

 自身より強力な精霊であるベヒーモスを召喚し操る代償として、デケムはベヒーモスを戦わせている間徐々に魔力が減っていく。

 これから戦いになるかもしれないと考えると魔力は温存しておきたい。

 

(いや、あのハーフエルフはともかく、ダークエルフの二人は無知ゆえに私のことを知らなかっただけ。キチンと言ってきかせれば問題ないか?)

 

 未開の地で育ったからこそ、あんな行動に出ただけとも考えられる。

 とはいえ、それも確実ではない。

 なにより、これでは王である自分が民たちに施しをしているようで気が進まない。

 しかし、他に方法がないのもまた事実。

 

(……業腹だが、これもまた王の慈悲というものだな)

 

「喜べ。愚鈍なお前たちのために王たるこの私が直々に道を切り開いてやる。その分、村に着いた後は必死に働け。前回のように私に不敬な態度を取る者がいればお前たちが殺せ」

 

「っ! は、はい。承知いたしました」

 

 声が震えているのは、王の慈悲に触れて感激しているからに違いない。

 

「行け。ベヒーモス」

 

 気分良くしたデケムは、本来必要のない声を使ってベヒーモスに命令を下す。

 人間の浅知恵も偶には役に立つ。と考えながら。

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