「まったく、信じられない! 人に手伝えって言っておいて、人手が集まった途端、帰れですって。何様のつもりよ!?」
「……仮師匠が本心からそんなことを言うとは思えないな。お前も分かっているだろう?」
不満をぶちまけてくるアンティリーネの言葉を、つい否定してしまう。
本来これは悪手だ。
興奮している者の言葉を、正論で否定しても相手がそれを素直に聞き入れるはずがない。
本来こういうときは、とにかくうんうん頷いて肯定しておくのが最善だと、アインズも経験上理解していた。
それでもなお口に出たのは、いい加減草臥れてしまっていたからだ。
二人は現在、アウラたちが借りているエルフツリーの中に居た。
明らかに不機嫌になっている彼女を人目に触れさせないため、仕方なく場所を移動したのだが、それはつまり、彼女の不満をアインズ一人で全て引き受けることと同義だ。
やはりというべきか、アインズの推察通り、彼女の不満の多くは自らを村の英雄に仕立てあげたことに起因しているようだが、原因となった双子やアインズに直接文句を言ってきたのならばまだマシだった。
適当に謝罪をしたあと、改めて彼女の望みである村を救うために必要なことだったと説明すれば良いだけなのだから。
しかし、アンティリーネもそのことを理解しているのか、口から出るのは英雄扱いしてくる村の者たちへの不満ばかり。
先の薬師頭から邪魔者扱いされたことだけではなく、エルフツリーを出た直後、村人に囲まれて次々と感謝の言葉を贈られ、言葉だけでなく様々な貢物──木工細工の首飾りや置物、魔獣の毛皮や爪、骨などを利用して作られた装飾品など──も大量に押し付けられたという。
そうした贈り物の後は、皆決まってエルフを追い払った後も村に残って欲しい旨を懇願され、対応に苦慮したとのこと。
話しかけてきた者は老若男女問わなかったそうなので、やはり例の長老派閥と若者グループの対立は終結したと見て良いだろう。
むしろ一致団結したことで、より圧力が増したようだ。
結果としてアンティリーネはアインズたちがいたエルフツリーにたどり着くだけでも相当消耗してしまい、その鬱憤を元凶たるアインズにぶつけに来たのだ。
それを理解していたからこそ、アインズも最初は黙って聞いていたが、いい加減疲れてきたことと──こうしたじわじわとした疲れは、感情が抑制されるほどではないのでなおさらだ──もう一つ。
途中からなにか、本題に入る隙を窺う気配を感じたからこそ、反論することにした。
これは社会人時代に培われたものではなく、こちらの世界に来てから学んだものだ。
今のアインズの周囲に居る者の多くは、絶対者であるアインズに対し、頼みごとやお願いをすること自体恐れ多いことと考えているのか、とにかく本題に入るまでが長い。
NPCたちはまだしも、魔導国の王として謁見を求める者たちからの話は、もはやわざとこちらを疲弊させるためにやっているのでは。と疑ってしまうほどだ。
当然相手にそうした意図は──おそらく──なく単純にそれが一国の王に対する礼儀であると共に、うまく話を持っていくための隙を窺っているのだと分かるようになったのは最近のこと。
それと同じ気配を、アンティリーネからも感じた。
事実、アインズが否定の言葉を口にした途端、アンティリーネは息を呑み、しばし沈黙が室内に広がった。
しかし、それもごく僅かの間。
「……分かってるわよ」
ぽつりと落とされた声は、先ほどまでの激昂が演技だったのではないかと疑ってしまうほど静かなもので、拗ねているようにも聞こえた。
「まあ、仕事の邪魔になるのは間違いないでしょうけどね。手伝いに来ていたのは、村の薬師たちだもの」
「ほう。俺たちが教わっている間は誰も近づいてこなかったが、大量に作るときは集まって作業した方が効率的だからな」
ンフィーレアたちは、ユグドラシルの素材や器具を使わせているため、少数で研究を行っているが、逆にルーンの開発や研究を行うドワーフたちは全員が一ヶ所に集まっている。
効率を考えれば後者の方が正しいのは間違いない。
もちろん、知識の流入を避ける観点からみれば少数の方が望ましいので、どちらが正しいとは一概には言えないのだが。
薬師頭が一人で作業していたのも、それが理由だろう。
アインズたちはポーションという対価を払うことで、秘伝の伝授を許されたが、そうしたものを払えない村の薬師たちと一緒に作業はできないと言うことだ。
「仮師匠は嫌がりそうだが、村の危機を前に、意地を張っている場合ではないということか」
そんな風に納得していると、アンティリーネはアインズに呆れた視線を向けた。
「それもあるでしょうけど。単純に他の薬師たちを信頼したのよ」
「信頼、か」
よく意味は分からなかったが、とりあえず納得したと言うように頷くと、アンティリーネも同様に頷いた。
「そう。こんな状況で秘伝を盗むはずがない。だから俺たちを信じて手足として使ってくれってね。対して仮師匠はそれを受け止めた上で、自分の秘伝も授けるつもりみたい。そんなことを言っていたわ」
こちらはポーションと引き替えにやっと教えてもらう許可を得た秘伝を教えようとしていることに、こんな時と思いつつも若干不公平さを感じるが、数日前に出会ったばかりのアインズたちとずっと共に過ごしてきた薬師たちでは信用が違うのだろう。と無理やり自分を納得させる。
アンティリーネは鼻を鳴らし、呆れ調で続けた。
「まったく。貴方もそうだけど、本当に男ってそうやってあえて言葉にしないで意思疎通するのが好きよね」
(いやむしろ嫌いだけど! いつだってはっきり言葉にして欲しいと願ってるけど!)
声には出さない心からの叫びは当然伝わるはずもなく、アンティリーネは再び僅かな沈黙を挟んだ後、咳払いをして姿勢を正した。
その動きに、ようやく本題に入る気になったのだと察し、アインズも心構えを作る。
「モモン。前にも言ったけど、あなたの作戦通りエルフ王と土の精霊を孤立させた後、アイツは私が討つわ」
「ああ。例の土の精霊はこちらで抑えておく。俺も前に言ったが、できる限り相手を殺さずに拘束してくれよ」
エルフ王がシャルティアを支配した
もちろん、アインズとしては本当に
とはいえ、持っていなかった場合、召喚がメインで直接戦闘力は低そうなエルフ王と比べ、多少とはいえ回復も使える戦士である彼女の方が遥かに強いはずだ。
憎しみのあまり勢い余って殺さないか心配なので念を押す。そんなアインズの言葉に、アンティリーネはごくりと唾を飲んだ。
「勝つだけなら、今の私でも何とかなる。でも」
一度言葉を切ったアンティリーネはチラリとアインズを窺う。
さっきのやりとりも含めて、あえて言葉にしないので、察してほしいと言いたいのは分かるが、その内容に関してはさっぱり分からない。
誤解を解く意味でも最後まで言葉にさせようと、あえて黙っていると、アンティリーネも諦めたらしく、意を決したように告げる。
「それじゃあ手加減できるかわからない。殺さないで捕らえるために。私に貴方の武器を貸して欲しいの」
「……ん?」
思わず首を傾げてしまったのは、疑問を抱いたからではなく、肩すかしを食らったからだ。
現在彼女は武器どころか、まともな防具も持っていない──アインズがはぎ取ってナザリックに送ったため──のだから武具を貸して欲しいと頼むのはごく当たり前のことだ、実際アウラたちと作戦会議をした後、適当に見繕って渡そうと考えていた。
「なんだ、そんなことか。ちょっと待っていろ」
念のためアインズのエルフツリーを出る際、一緒に持ち出した荷物を置いた一角に向かおうとするアインズの後ろから困惑した声が掛かる。
「え? いや、だって」
彼女の視線はアインズがモモン形態で使用するグレートソードに向けられていた。
(あ、そうか。前に貸すのを断ったからか)
魔獣熊をアウラの配下につける際に戦ったときのことだ。
あのときは確か、武器を装備していないと効果が発揮しない云々と誤魔化したことを思い出した。
アインズは慌てて咳払いを入れ、誤魔化すように告げる。
「んんっ。いや、前にも言った通り、この剣は貸し出せないのでな。代わりに私が自分の主から借り受けた武器がいくつかあるからその中から何か貸そう」
ここで剣を貸してしまうと嘘がばれる。
それはなんとか言い訳できても、今度は鎧を外せだなんだと言われると面倒くさい。
「えっと。そんな大事なもの借りてもいいの?」
(主の持ち物は余計だったか。普通のエルフやダークエルフは気にしないだろうけど、こいつは一応王族だからな──となれば)
頭を回転させ、思いついた言い訳と共に、
「俺もお前を信頼しているからな」
ちょうど良さそうな武器を見繕いつつ、先ほどの彼女の言葉を引用した台詞を口にすると、アンティリーネは驚いたように目を見開き、その場で硬直したまま、ポカンと口を開けた。
・
「これはどうだ? マーレの予備として借り受けた物だ」
潰れた背負い袋の中からモモンが取りだしたのは、先端を金属で覆いそこから左右長さの違う三日月型の装飾が付いた杖だった。
取り出された杖を見て絶死は目を丸くした。
背負い袋の中に入るサイズではないが、そうした体積を無視して大量に物が入れられる魔法の袋は特に珍しくもない。絶死が驚いたのは別のことだ。
(この装飾の感じ。六大神の残した遺産に似ている?)
法国に残された神の遺産はどれも強力な力が込められているが、力だけならば、この世界で作られたものでも近い物はある──真なる竜王が作り出した物など──ため、見分けやすいのは外見だ。
神が残した遺産はどんなものであれ、信じられないほど精巧な造りをしている。鋳造や加工などではなく、その形のまま無から生み出されたかのように。
この武器からも似たような意匠を感じる。
言葉を失った絶死に対し、モモンはなにか勘違いしたらしく、ああ。というように頷いてから付け加えた。
「安心しろ。この杖は魔法力ではなく、物理攻撃に特化した物でな。マーレよりお前の方が巧く使えるだろう」
直接戦う姿を見たわけではないが、マーレは回復が得意な
それでも神人級の実力があれば、並の戦士よりは強いだろうが、自分と比べれば落ちるのは間違いない。
「……これも、その貴方の主から借りた物なの?」
念のため確認する。
声に動揺は出なかったはずだ。
その証拠にモモンはこちらのことなど気にした様子もなく、絶死の言葉にその通りとばかりに大きく頷いてみせた。
「ああ。かつて、自分専用に作り出したものでな。さっきも言ったが魔法力を高めるのではなく、魔法が効かない相手に有効打を与えるため、物理攻撃力が高い。杖と言うより単純に殴打武器として使うのが正しい使い方だ。もちろん、杖だから魔法の力も宿していてな、先端から炎を吹き出す力がある。魔法を飛ばす訳じゃなくて、纏わせるだけだが──」
滔々と語る様は、まるで自分が作った物を自慢しているようにも聞こえたが、戦士であるモモンが魔法武器を作れるはずがない。となると本来の持ち主である主とやらを尊敬しているから口が軽くなったとみるべきか。
普通に考えれば、彼の主とは自国の王であり、冒険者であるモモンと契約を結んでいると推測される魔導王のことであり、この武器を作ったのも魔導王本人と考えれば辻褄は合う。
名の通り魔術を極めた者である魔導王ならば、強力な魔法武器を作れても不思議はないからだ。
だが、そうなるとモモンが魔導王のことを尊敬していることになってしまう。
(私の推察は間違ってた?)
絶死は以前、魔導王とモモンの主従関係は形だけのものではないか。と推察した。
強さや立場で大きく劣る友人がモモンにいて、その者を守るために魔導王の下に付いたと考えたのだ。
その推理が間違っていたのか、それともこの武器を作った相手こそがモモンの友人なのだろうか。
どちらにしても、ここで重要なのはそんな大事な武器を、絶死に貸すとあっさり言い出したことだ。
モモンは以前、魔獣熊の
あのときは魔法の効果がどうこう言っていたが、それが嘘であるのは絶死にも分かっていたし、なによりこうして他の武器を持っていた以上、あそこで武器を貸さなかったのは、やはり絶死を信用していなかったからで間違いない。
だから今回もどうせ断られると思っていた。
それでもなお頼んだのは、単純に八つ当たりである。
前回と同じ理由で貸せないと言ってきたら、今度こそ武器に魔法の輝きがないことを指摘して問い詰めてやろうと考えていた。
もっとも、口の巧いモモンのことだ。巧妙に言い逃れる可能性の方が高いが、村の英雄に祭り上げられたことや、先の薬師頭の一件も含め、戦い前に余計なストレスを溜めたままにしないためにも、言わずにはいられなかった。
だからこそ、別の武器とはいえあっさりと絶死に貸し出した事に驚いた。
「まあ、持ってみれば分かるさ。ほら」
こちらの気も知らず、暢気な口調で言いながら押しつけられた杖を思わず手に取ってしまう。
その途端頭の中に、武器の特性や使い方などが流れ込んできた。
モモンの言うように、物理攻撃に特化した杖であり、炎を纏わせる力に関しても同様だ。
しかし、一つだけ想定とは違う事があった。
(……そこまで強くない武器ね)
確かに、現代の武器職人が作った武器とは比べ物にならない強力な力が込められているのは分かる。
しかし、カロンの導きを始め、六大神が使用していた武器を使うことが許可されている絶死からするとそこまで強い武器だとは思えなかった。
他の漆黒聖典の隊員たちに与えられる武具と同程度だろうか。
(魔導王はもっと強力な武器をいくつも持っているから、この杖をモモンに貸し出した?)
本来、真の強者は本気の武装をいくつも持つことはないのだが、六大神が残した遺産の中には武具も多い。
六大神と同じ場所から来たとされる魔導王もまた自分の主武装以外にも、いくつか武具を持ち込んでいる可能性はある。
そのうちの一つを部下であるモモンに貸し出したと考えればつじつまは合う。
(これが本当に魔導王の武器なら──)
握ったままの杖を見る。
この杖に向かって絶死が持つ特異な力、
それが強力な切り札なら、これから行われるエルフ王との戦いで使用できる手札が一枚増えることになる。
法国の人間として仮想敵国である魔導国のトップの実力を調べる意味でもやらない理由はない。
なにしろ、この力は使用することでなにか身体的、精神的なデメリットがあるわけではなく、探知系の魔法などと異なり、目の前で使用したとしてもそれが相手に伝わる類のものでもない。
いわばノーリスクで幾つものリターンがあるのだから。
(でも)
考えてしまう。
モモンは絶死のタレントを知らない。
しかし、そうでなくとも自分の主から借り受けた武器を、他人に貸す行為自体、誉められた行いではない。
まして相手が本当に魔導王の私物であったのならば、なおのこと。
万が一、戦いの中で壊れたり、絶死がそのまま持ち逃げをするようなことにでもなれば、いくらモモンといえど不敬罪に問われかねない。
モモンほどの男がその事実に気づいていないはずはない。
つまりこれは。
(本気で私のことを信頼しているってことよね)
先ほど彼が言っていた台詞だ。
口調こそ冗談めいていたが、こうして自国の王から預かった武器を貸し出すことで、それが本気なのだと、絶死に伝えようとしている。
もちろん、現状で絶死がそんなことをする意味はないため、単純にエルフ王という未知なる強者を前にして、少しでも勝率を上げようとしているだけなのだろうが、それでもやはり嬉しく思えてしまう。
だからこそ。
そんなモモンの信頼を裏切るようなことをしたくなかった。
しかし、モモンたちの戦力も合わせれば、エルフ王と土の精霊に勝利はできるだろうが、今回はエルフたちと諍いを起こさないよう速攻で勝負を決める必要がある。
その意味で、決め手となる手札は多いに越したことはない。
(まあ、本当に魔導王の物だったとして、例のカッツェ平野で使ったっていう超広範囲魔法が切り札だったら、エルフたちどころか囮のダークエルフも巻き込んじゃうからどっち道使えないかもしれないけど──)
魔法の種類によっては範囲を自分で選択できるものもある上、別の切り札を持っている可能性も捨てきれない。
自分のタレントを使えばそれも確認できるのだが……
「どうした? その武器では不満か?」
「え? あ、ううん。そんなことはないわ」
思った以上に長く沈黙していた絶死を訝しむモモンに弁明するが慌てていたせいか、分かりやすく動揺してしまった。
「そうか。ちなみに弓で良いなら別の武器もあるぞ? これはルーンなる古い技術で作られたものでな」
言いながら、背負い袋から大きな弓を取りだそうとする。
絶死が動揺したのを、本当は気に入らないがモモンに気を使って嘘を吐いているとでも思ったのだろう。
「本当に大丈夫。弓はあんまり得意じゃないのよ」
「……そうか」
どこか残念そうに、モモンは弓を背負い袋に戻した。
この杖がマーレの予備なら、あちらの弓はアウラの予備と言ったところか。
気を使ってくれたのはありがたいが、魔導王の武器でないのなら、タレントを使ったところで有用な切り札が手に入るとは思えない。
使うならやはり魔導王の武器だ。
しかしそれではモモンの信頼を裏切ることになる。
思考が堂々巡りを続けている中、ふと閃くものがあった。
(……こうなったら正直に、私のタレントを教える?)
絶死のタレントは、六百年に亘る法国の歴史に於いて同様の力を持つ者が存在しない非常に希有な力であり、これ自体が絶死の切り札の一つでもある。
そんな力を他国の者、それも潜在的敵国とされている魔導国の人間に教えることなど許されない。
(まあ、それをいうなら私の存在自体秘匿中の秘匿だけど)
六大神のみならず大罪人である八欲王の血も引いた神人の存在が他国、特に世界盟約を結んでいる評議国に知られるとそれだけで戦争に発展しかねない。
どちらにせよ、現在の絶死はエルフ国の者すら知らないエルフ王の隠し子という立場を偽装──ある意味事実だが──している。
エルフ王の討伐後、一緒に付いてきたエルフたちを止める意味でも、立場を偽装し続けなくてはならないが、法国と魔導国の戦争を回避するために動くとなれば、いずれモモンには本当のことを打ち明ける必要がある。
そのとき絶死が事前にモモンを魔導国の人間であると知っており、その上、魔導王の力を勝手に調べたと判明したら、これまで積み上げてきた信頼関係は一気に崩壊するだろう。
ならばせめて、タレントのことだけでも話しておいて、モモンから許可を得る。あるいはそれでも貸し出してくれるのか改めて確認する。
それが彼の信頼に報いることになるのではないだろうか。
我ながららしくない思考をしているのは重々承知だが、本気でそう思った。
「……モモン」
「ん?」
「あのね」
手にした杖を握りしめながら、ほとんど衝動的に口を開いた瞬間、足音が響き、モモンと絶死は同時にそちらを見た。
武器を構える前に、入り口に姿を現したのは見知った人物。
「モモンさん!」
「アウラ。どうした?」
慌てた様子のまま、室内に入ってきたアウラはモモンに話しかける前にチラと絶死に目を向けた。
その瞳に一瞬不満の気配が現れる。
アウラはこれまでずっと周囲の警戒を行っていたため、絶死と顔を合わせたのは今朝が最後である。
あのとき絶死はわざとハムスケを連れてきて、モモンたちをエルフとの戦いに巻き込もうとしていたため、アウラを怒らせてしまった。
結果的には、事前に他村の者が報告に来ていたため、あまり意味のない行為だったがアウラからすればモモンたちを巻き込もうとした時点で許しがたいことだったのだろう。
その怒りを未だ引きずっているらしい。
謝罪するべきか否か一瞬悩むが、それより早くアウラは絶死から目線を外し改めてモモンを見る。
「フェンから連絡が入って、エルフ軍の侵攻速度が一気に上がったみたいです。多分あと数時間のうちにこの辺りまで到着すると」
「なんですって!」
森に詳しいエルフたちでも、集団での移動となると移動にかなりの時間を要するため、最低でも二日は掛かると計算され、そこに合わせて準備を行っていたのだ。
急に速度が上がったとすれば可能性は一つ。
「エルフ王が一人、あるいは土の精霊と一緒にきたのか?」
絶死の思考と同じ内容をモモンが問う。
人数が多いからこそ、移動に時間が掛かるのだ。エルフ王が他のエルフを足手まといとして切り捨て、単独で移動すればこの村まではすぐだ。
モモンもその可能性を考えていたからこそ、
しかし、アウラは少しだけ躊躇うような間を空けてから首を横に振った。
「いえ。そうではなく他のエルフたちも一緒です。ただ、土の精霊が木をなぎ倒しながら一直線に向かって来ているみたいで。エルフたちはその後ろを付いてきています」
「木を? ……そっか。それなら確かに。でも、エルフがそんなことをするなんて」
このダークエルフの村でもそうだが、エルフもまた森の恵みを得て生活しているため、住処となるエルフツリーはもちろん、それ以外の木々に関しても必要以上に傷つけることはないと思っていたのだが。
「……なるほど。法国の真似か」
自国の名が告げられ、反応しそうになる自分を必死に律すると同時に、内心で舌打ちする。
モモンの言うように、法国はエルフの国を攻め落とすため、エイヴァーシャー大森林の入り口からエルフ国の王都に向かって木々を切り倒し、道を造りながら侵攻していた。
そうして視界を開いておけば、ゲリラ戦が特異なエルフたちと森の中で戦う愚を犯さずに済むだけでなく、単純に荷運びや拠点づくりに便利だからだ。
そのため、単純な侵攻だけなら必要ない幅──およそ百メートルほど──の木々を切り倒しているそうだ。
実際このやり方で王都がある三日月湖付近に前線基地を作り出すことに成功したのだから、有効な作戦だったのは間違いないが、それは同時に相手にその作戦をそのまま真似られる危険性も秘めているのだ。
これまでエルフ国は防衛が基本だったため、そんなことをする必要は無かったが、今回はダークエルフの村を攻め落とそうとしている、つまりエルフ国が侵攻側だ。
自分たちがやられた方法を使っても何の不思議もない。
(せっかくモモンが安全な策を立てたのに)
この村というよりダークエルフが狙われたこと自体、絶死がエルフ王に敗北したことに起因している。
モモンが絶死をエルフ族の英雄に仕立てたことで、それは村人たちに知られることなく、供に戦うことになってしまったが、村人たちにはせめて安全圏に居てほしい。
そうした絶死の願いを察してくれたのかは不明だが、これもまたモモンの立てた計画によってごく一部の囮役を除いて、ほとんど村人は別の村に避難することに決まり、密かに胸をなで下ろしていたところにこれだ。
一直線に村に向かってくる以上、もはや先の作戦は使えなくなってしまった。
今すぐ村を出たとしても、こちらの村人はおよそ二百人。
見つからずに逃げ出すことなどできるはずもない。
「私たちが今すぐ、エルフ王を狙う? 目的である私たちが出ていけば、村には来ないんじゃ……」
遺恨を残さないようにエルフたちと戦わないというモモンの作戦には反するが、もうそんなことを言っている場合ではないと思っての提案も、即座に一蹴される。
「いや、その場合連れてきた兵隊は戦いの邪魔にしかならないんだから、散開させて村を襲わせるだろう。俺たちが村を守ろうとしていると気づけば、人質にしたり、俺たちの戦力分散を狙う可能性もあるからな」
「じゃあ。どうするの?」
「……アウラ。この話は村人は知っているのか?」
「は……えっと、うん。ちょうど、プラムとブルーベリーがあたしと交代で森の警戒をしようとしていたみたいで、二人には話したよ。でも混乱を避けるために他の人には言わないように口止めしといたけど……」
徐々に声が小さくなる。
モモンの指示を聞く前に、話してはまずかったか、心配になったのだろう。
しかし、そんな彼女の不安を吹き飛ばすように、モモンは力強く頷いた。
「それでいい。アンティリーネ、俺に考えがある。お前はその二人と協力して、もう一度広場に人を集めてくれ。俺よりお前の方が皆言うことを聞いてくれるだろうからな」
「……貴方たちは?」
「準備をしてから行く。それと、今回は村人全員を呼んでおいてくれ。いいな? 子供たちも含めてだ」
子供たちに力が入っているのが気になるが、何か考えがあるのだろう。なんて、いつの間にか無条件に彼のことを信じている自分に驚く。
「じゃあ、後で」
その感情を隠すように視線を逸らして告げて絶死は勢いよく立ち上がる。
「ああ!」
力強い返事が戻ることに不思議な高揚感を覚えつつ、アウラの横を通り過ぎた瞬間、彼女の視線が自分が持つ杖に向けられていることに気づく。
(あの子の前で言うとまた面倒くさくなりそう。タレントのことは後で話そう)
アウラの魔導王への忠誠がどの程度か分からない以上そうするのが正解だと考えたのだ。
その決断が正しいのかどうか、考える余裕は今の絶死には無かった。