オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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第18話 故郷への誘い

 アンティリーネが村の連中を集めている間、アウラは主人と共にマーレとハムスケが待つエルフツリーに向かっていた。

 戻るまでの間、主人は一言も口を利かず、アウラの聴覚ですら捉えられないほど小さな声で、ぶつぶつ何かを呟いていた。

 アウラもたまに行うが、そうして口に出すと頭の中だけで行うより上手く情報が整理できる。

 

 つまりこれは、すべてに於いて完璧に計画を進めていた主人にとって想定外の出来事が発生していることになる。

 だが、一体なにが想定外だったのか。

 

(エルフ王が来ることだけなら、あたしも予見していたし、アインズ様が気づいていないはずはない。ということは、一緒にエルフを連れてきたことが問題? アンティリーネを王に据える時に障害になるとか?)

 

 ここでエルフ王を殺した後、アンティリーネにはエルフたちを率いて王都に戻り、そのまま国を簒奪させる計画だが、その際アンティリーネとエルフたちが争っていた場合、少々面倒なことになるのは確かだ。

 王の血筋とはいえ、純粋なエルフではないアンティリーネが国を継ぐには、圧倒的な武力だけでは足りない。

 正確には、武力のみでの簒奪も可能だが、時間が掛かりすぎるのだ。

 法国がすぐ近くまで迫っている今、自分の仲間や家族を殺したという隙を自ら作るようなことをさせてはならない。

 だからこそ、主人が立てた作戦では、エルフ王と根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)だけを引きはがしてエルフには手出しをしない予定だったのだが、エルフ王が木々を倒して道を造りながら、エルフを引き連れて向かってきている。

 つまりエルフ王もエルフの兵隊を自分から離すつもりがないという意思表示だ。

 

(あいつの代わりに、この村のダークエルフをぶつけるとか? どうせもう使い道はないんだし。ああ、でもあいつが村人を助けたがっているんだっけ)

 

 そうなると、やはりエルフとダークエルフは殺さずに、エルフ王だけを分断して殺す必要がある。

 主人が悩んでいるのはその方法だろうか。

 

「よし」

 

 隣を歩く主人の様子を再度窺おうと顔を動かしたとほぼ同時に、顔を持ち上げた主人もまたアウラを見たことで図らずも同時に見つめ合う形となった。

 

「っ!」

 

 思わず体が反応するが、主人は特段気にした様子もなく、アウラの肩に手を乗せた。

 

「アウラ。こうなっては仕方ない。予定より少々早いが、この村の者たちには外に逃げてもらおう。もちろん子供たちも一緒にな」

 

 先ほどアンティリーネに指示を出していたときもそうだったが、子供たちの部分に力が込められている気がして、不思議に思う。

 村が一つにまとまった今、もはや子供たちには価値がないのではないかと思ったがすぐに気がつく。

 

(あ。そっか。そういえばアンティリーネとまともに話したことがあるのは、薬師頭をのぞけば子供だけか)

 

 アンティリーネが村人たちを守ろうとしている理由は良く知らないが、子供たちに絆された可能性もある。

 その場合、最低でも子供たち──薬師頭も──だけは守る必要があると言外に告げているのだ。

 

「そうで、だね。子供たちは大人に比べるとやっぱり、木登りとか移動速度みたいな野伏(レンジャー)の能力も低いから、なにか別の方法、護衛とかをつけた方が良いかもしれない、ね」

 

 普段通りの話し方になりそうになり、慌てて取り繕った。

 周囲に人の気配はないが、そうした油断を主人は最も嫌う。

 しかし、いつまで経ってもこの話し方には慣れない。

 いつだったか第六階層で、仲の良いユリやペストーニャを招いて開いたお茶会で、冒険者モモンの仲間であるナーベラルがいつまで経っても主人のことを様付けて呼びそうになるのが改められないらしく困っていると、相談を受けたことがあった。

 

 話を聞いたときは、実際そんなに難しいことなのだろうかと思ったものだが、自分がその立場になると非常に難しい。

 ましてナーベラルが変更しているのは呼び方だけだが、アウラの場合は話し方まで変えるように命じられているのだからなおさらだ。

 そんなことを考えている間にアウラの肩に手を置いたまま、主人は何度も大きく頷いた。兜で顔は見えないが──主人の場合素顔でも表情は窺えないが──非常に嬉しそうだ。

 

「そうか! そうだな。うんうん。だが大丈夫だ。護衛は必要ない」

 

 動き同様、声も嬉しそうに弾み、機嫌良さそうに告げる。

 

「えっと。でも隣の村まで結構距離があるみたいだし、エルフ王が木を倒しながら近づいているから森の中の魔獣とかモンスターも騒がしくなっていると思う、よ?」

 

「移動すればそうだろうな。だからこそ、彼らには足ではなく、別の方法で避難してもらう」

 

「別の──あ、転移門(ゲート)で?」

 

 主人が魔法の使えないモモンの格好をしているため、この森にきてからは徒歩やフェンやハムスケなどの騎乗魔獣による移動が基本だったが、本来ナザリックの者たちが移動する際は転移門(ゲート)上位転移(グレーター・テレポーテーション)を使うのが基本だ。

 

「ああ。村の住人は二百人程度か。そのぐらいなら一度で移動できるはずだ」

 

 数千数万となれば難しいが、数百人から千人程度なら一気に移動できるのは何度か実証済みだ。

 確かにそれなら、エルフ軍がすぐ傍まできていても問題ない。

 しかし。

 

「でも、大丈夫かな? 慣れていないと転移門(ゲート)とか信用して入ってくれないって言ってたけど」

 

 数人程度を纏めて移動させる第五位階魔法の転移程度ですら、伝説の魔法であるこの世界に於いて、数百人を一気に移動させる転移門(ゲート)はもはや神話の領域にあるらしく、安全だといくら言っても入ろうとしない者が多いと、シャルティアから聞いたことがある。

 

「確かにそうか。危険が迫っているとはいえ、そんな簡単には信じてはくれないか。この村には転移系魔法を使える者もいないからな」

 

 どうしたものか。と考え始めた主人を前にアウラも一緒になって考える。

 アルベドやデミウルゴスを超える英知を持った主人の思考力に、アウラが太刀打ちできるはずはないのだが、だからといってなにも考えず主人に任せきりにするのは間違っている。

 特にこの村に来てからはアウラたちはみな別行動をとっていたのだから、自分だけが知る情報も──

 

「あ!」

「どうした?」

 

「えっと。さっきあたしが村に戻ったときに、エルフから聞いたんだけど、この村のエルフは昔、妖精の小道を使ってトブの大森林からここまで逃げてきたみたい」

 

 プラムと共にやってきたブルーベリーが言っていた。

 彼らにはエルフ軍のことを伝えてあるので、その力が今でも使えれば逃げられるのに。と悔しがっていたのだ。

 

「妖精の小道? ああ! なるほど!」

 

 主人が納得したように頷くが、アウラは内心で首を傾げる。

 妖精の小道はナザリックの第六階層に存在するが、あれにはそれほどの距離を移動する力はない。それは主人も知っているはずだが……

 

「それならば問題ない。アウラかマーレがその力を使えることに……いや、実際に見た者が残っているなら、転移門との違いに気づかれるか。どちらにせよ、そうした集団で転移する能力があると知っているなら何とでもなる。アウラ」

 

 心の中の疑問に答えるように、独り言を呟いていた主人がふと思い出したようにアウラの名を呼ぶ。

 

「はい!」

 

 不意をつかれて、また敬語を使ってしまったが、主人は気にした様子もなく大きく頷くと、アウラの頭をそっと撫でた。

 

「よく教えてくれた。感謝する」

 

「ありがとうござ──んんっ、えっと。どういたしまして?」

 

 全身に漲る歓喜をなんとか抑えて返答し、そのまま至高の感触に身を委ねていると主人は顔を近づけ声を落とした。

 

「これからマーレたちのところに行くが、そこから一度ナザリックに帰還してくれ。アンティリーネが村人を呼んでいる間に、いろいろと準備してほしいものがある」

 

 ナザリックの名を聞いた瞬間、それまでふやけていたアウラの表情が引き締まる。

 その名が出た以上、これは冒険者モモンの仲間としてではなく、階層守護者としての仕事なのだから当然だ。

 

「はい。なにを準備すれば良いのでしょう?」

 

 口調も戻す。

 もちろん周囲に村人がいないことは確認済みだ。

 

「先ずは──」

 

 告げれた命令はいくつかあったが、最後に命じられた内容にアウラは目を見開いた。

 

(確かにアイツを使えば信用も勝ち取れる)

 

 この村に来た当初からこうなることを予期していたかのごとく、いや、こうなったとしても問題ないように布石を打っていたと見るべきか。

 どちらにせよ、流石は至高の主だと賞賛しつつ、同時にひっかかりも覚える。

 

「よろしいんですか? そこまでしてしまうと、これまでの偽装工作が無意味になりますが」

 

 そう。

 命じられた内容は全て、冒険者チーム漆黒ではなく、魔導国、そしてナザリックの力を使うものばかり。

 この森に来た際、アウラたちは主人から普段の装備とは異なる服や武器を貸し与えられていた。

 それらは全て敵──先日王国を攻めた際に現れたという白金の鎧の戦士やシャルティアを洗脳した、世界級(ワールド)アイテムを持つ者など──の目を欺き、偽りの情報を持ち帰らせるために用意したと聞いている。

 

「ああ。その危険はあるが、ハンゾウなどを引きつれていない状況で、ここまで隙を作っても現れて来ないのだ。今は覗かれていないと考えていいだろう。なにより、今回の作戦において最も重要な目的は達成された。後は手早く片づけよう」

 

 ふっふっふ。とアウラに視線を落として笑う主人はやはり嬉しそうだ。

 しかし、重要な目的とは何だろうか。

 アンティリーネを心変わりさせたことかもしれないが、心変わりはあくまで過程、大事なのはその後エルフ国の女王に即位させ魔導国と国交を結ぶことなのではないか。

 それとも他に何か目的があったが、アウラたちが気付かない間に達成したのかもしれない。

 

「では、行こう。準備が出来次第、また何かあればマーレに連絡せよ」

 

「はい!」

 

 それについて、聞いてみたい欲求はあるが、まずは命令を済ませてからだ。せっかくナザリックに戻るのだから、時間があればアルベドにでも聞いてみよう。

 頭の片隅で考えつつ、アウラは主人と共にマーレたちが待つエルフツリーに向かって歩き始めた。

 

  

 ・

 

 

 最長老ラズベリー・ナバーは広場に集まった村人たちの顔をそっと観察する。

 早朝に続き、今度は村の英雄となったアンティリーネによって広場に集められた村人たちの顔には困惑と疑問の色が見える。

 皆、戦いや疎開の準備をしている最中だったのだから当然だ。

 

 そんな中、困惑ではなく気まずさを覚えているのは自分たち長老衆である。

 他の者たちにはまだ話していないが、自分たちはプラムたちから今回の召集の理由を聞いていたからだ。

 曰く、一人で森の中に入って警戒を行っていたアウラが、遠くから恐るべき速度で木々を切り倒して進んでくるエルフたちの音を聞き取ったというのだ。

 

 本来は二日後に来るはずだったが、この分だと後数時間のうちにエルフたちが到着してしまう。

 アジュの村で太く成長したエルフツリーをなぎ倒したという巨大な土の精霊を伴っていると聞いていたのだから、当然予想してしかるべき事態だった。

 

 しかし、ダークエルフは生活の基盤であるエルフツリーは元より狩りで森の中に入るときでも、基本的に地上へは降りず木の上を移動する──捕らえた獲物を処理したり持ち帰る際などは除き──ため、樹木をとても大切にしている。

 

 アウラたちに最初に会った際、彼女たちを木に例えて呼んだのもその現れだ。

 それはエルフも同様だと聞いていた。

 だからこそ、エルフの王たる存在が、わざと木を切り倒して道を作り出すなどいう蛮行に出るとは思わなかったのだ。

 

(フィオーラ殿がすぐに森に入って警戒していたのはその可能性を考慮してのことか)

 

 同じダークエルフと言えど、モモンのような人間を始め、多数の種族が共に暮らしているという都市からやってきたアウラだからこそ、その考えを思いつけたのだ。

 それならそうと言っておいて欲しかったと頭にちらつくが、さすがにそれは責任転嫁が過ぎる。

 

 どちらにせよ、今からすぐに森の中を逃げても、相手と異なり森の木々を切り倒して進む術などない以上すぐに追いつかれるのは必定。

 それぐらいならばアジュの村のように籠城することを選んだ方が幾分かマシだ。

 モモンが皆を集めたのもその説得をするために違いない。

 だが、皆が納得してくれるだろうか。

 

 一度はアンティリーネと共に戦うことを選んだとはいえ、モモンの作戦──ごく一部の囮を除いて他の者たちは別の村に避難する──を聞いて安堵していた者が多いこともまた事実。

 それが一転して、村人全員で戦う総力戦となってしまった。

 一度安全な作戦を聞いた後だからこそ、その落差に絶望する者も多いはずだ。

 

 そのとき攻められるのは、村のために立ち上がったアンティリーネやモモンたちではなく、いつも伝統や知識の大切さを説いていながら、この事態を予測できなかった自分たちだろう。

 これをきっかけに一度は落ち着いた村内での派閥争いが再び始まるようなことがあっては目も当てられない。

 かといって隠し通せることでもない。

 

 なにしろ後数時間もすれば実際にエルフたちが攻めこんでくるのだから。

 覚悟を決め、辺りを見回す。

 

「全員、揃ったか?」

 

 ぱっと見た限りだと揃っていそうだったので、聞いてみるが何名かが周囲を見回した後、おずおずと告げる。

 

「子供たちがまだ。今呼びに行っていますのでそろそろ来るかと」

 

 そう言えば、モモンから今回は子供も含めて集めるように言われていたのだった。

 普段村内で話し合いをする際は子供たちは除外していたから忘れていたが、誰かが呼び出していたらしい。

 

「うむ」

 

 この期に及んでもなお、さも分かってましたとでも言いたげに頷いてしまう。

 考えてみれば、今回は子供たちの言葉が発端となって村が一丸となったのだ。

 その話し合いに子供だからというだけで外すのは間違っている。

 こうした柔軟さも、モモンにあって自分たちに欠けていた頭領としての資質なのかもしれない。

 

「お待たせしました!」

 

 そんなことを考えていると、呼びに出た村の大人に連れられて六人の子供たちがやってきた。

 子供たちの先頭に立っているのは先の話し合いにやってきたクーナスで、一抱えほどの壷を大事そうに抱えている。

 彼らも村を出るための準備を手伝っていたはずなので、なにか作業をしている最中に呼び出されてそのままやってきたのだろう。

 普段は参加できない話し合いに呼ばれたからか、どこか誇らしげだ。

 

 話の流れによってはその表情が曇ってしまうことに罪悪感を覚えながら、改めて全員揃ったことを確認し、モモンに目を向け、さっと目配せを行う。

 

 例の巨大な四足獣も含めて、モモンたちも揃っているようだが、唯一アウラだけはいない。

 単純にまだやってきていないのか、それとも再び森に戻りエルフたちがどこまで近づいているのか調べている可能性もある。

 モモンもその意図を汲み、無言のまま大きく一つ頷いた。

 後者だったようだ。

 

 やはり都市を生きる者たちは考えが深い。

 自分たちも同じ場所で暮らせば変わることが出来るのだろうか。

 チラと頭に過った思考を振り払い、話を開始する。

 

「皆、忙しい中再び集まってもらって済まない。しかし、先ほど森の中で警戒をしてくれていたフィオーラ殿から連絡が入り、状況が変わった」

 

 ラズベリーの重々しい言葉を聞いて、全員が聞く姿勢を取る。

 それを確認後、ラズベリーは先ほど聞いた内容を皆に伝えた。

 

 

 

「──以上だ。今すぐ逃げたとしても相手が森を切り開いて追いかけてくる以上、すぐに捕捉されてしまう。ならば当初の予定通りここに籠城し、アンティリーネ殿たちと共に敵を迎え撃つしか道はないと、私は考えているが、皆の意見が聞きたい」

 

 一瞬、水を打ったように、場が静まり返り。

 次の瞬間、爆発した。

 

「そんな後数時間なんて!」

「それっぽっちの時間じゃなにも出来ないわ」

「籠城って言っても、森の木を倒しながら来るような奴が相手じゃ返しなんて何の意味もないだろ!」

「全員は無理でも少しずつ別々の村に逃げるのは?」

「そんなことをして、他の村まで襲われたらどうする?」

「だいたい、なんでそうやって近づいてくることに気づかなかったんだ。長老たちは強い精霊が居るってアジュの村の者から聞いていたんだろ?!」

 

 口々に自分の考えを話す中、誰かの台詞で全員がはっとしたようにこちらに目を向けた。

 口よりも雄弁に告げる瞳に、思わず身じろぎそうになる己を律しその視線を受け止める。

 誰も気づかないで居てくれれば。と期待していなかったと言えば嘘になるが、気づかれた以上誤魔化すことは出来ない。

 これ以上貴重な時間を浪費しないためにもきちんと謝罪し改めて話し合い、村一丸となって対処に当たらなくてはならないのだから。

 

 普段であれば、個々人の考えを尊重し、場合によって村を割るようなことになっても仕方なしと村から出ていくことを許したかもしれないが、今回ばかりはそうもいかない。

 村の者でもないのに、ここに残って戦おうとしてくれたアンティリーネや、フイになったとはいえ、村から避難して安全を確保する策を提案してくれたモモンたちに報いるためにも。

 先ほど覚悟をもう一度強く決め直しその場から立ち上がろうとしたその瞬間。

 

「皆待ってくれ!」

 

 声を張り上げたのはガネンだった。

 相変わらず自信に溢れた大声での呼びかけに騒がしくなっていた村人たちが黙り込む。

 静かになったのを確認後、ガネンはラズベリーを見て、わずかに笑った。

 早朝の集会で恥をかかされたことへの意趣返しとして、村人を代表して自分たちを糾弾するつもりだろうか。

 

(それならばそれも良い。我々が責任を負い、長老の座を引退したとしても、その後に村を纏める者が必要だ)

 

 本当は英雄となったアンティリーネに頼みたいのだが、彼女の場合エルフを退けた後も村に残ってくれるかは不明だ。

 ピーチが狩猟頭と共に打診したらしいのだが、あまり芳しい反応ではなく、その後エルフたちがやってきたことでうやむやになったままなのだ。

 

 他に候補となり得るのはい周囲の村にも名前が知られているエグニアだが、本人にその気がなさそうだ。

 結果的に残るはガネン、あるいは狩猟頭のどちらかだが、本人がやる気ならガネンに任せてみるのも悪くない。

 

 立ち上がったガネンは自分たちの前までやってくる。

 甘んじて謗りを受け入れようと口元を硬く結んだ直後、ガネンはくるりと背を向けた。

 まるでラズベリーたちを村人から守るかのように。

 

「気持ちは分かるが落ち着いてくれ。ここで長老たちを責めても何の意味もない」

 

 キッパリと告げられた言葉もまた、想像とは逆で長老たちを擁護するものだった。

 

「──ッ」

 

 言葉を失ったのは村人たちも同様だ。

 特に元々ガネンが中心となっていた能力主義の若者グループの面々はあっけに取られている。

 そんな視線を無視してガネンは話を続けた。

 

「長老たちがアジュの村の者から話を聞いていたのは確かだが、誇り高いエルフが大切な木々を意図的になぎ倒し森を破壊するなど考えつく奴がいるか? 少なくとも俺はそんなこと思いつきもしなかった。お前たちならどうだ?」

 

 ガネンの演説に皆黙り込む。

 それぞれ自分たちならどうかを思考し、その上で、やはり思いつけないと考えたようだ。

 

「ガネン」

 

 ピーチが感極まった声で名を呼ぶが、ガネンは先ほどと変わらぬ皮肉を込めた笑みを浮かべたままフンと、鼻を鳴らし、その後黙って腕組みをしたまま話を聞いていたアンティリーネに目を向けた。

 ガネンがどうしてこんなことをしたのか理解した。

 あくまで、これ以上村の恥を見せてアンティリーネに失望されないようにするため。

 つまり長老たちを助けるためにやったわけではないと言いたいのだ。

 

 そうだとしても、これまで何かつけて対立していたガネンと自分たちが同じ方向を見ている事実に目頭が熱くなる。

 熱狂も静まり、広場に先ほどまでとは別種の沈黙が落ちたタイミングを見計らったように、ずっと黙っていたモモンが一歩前に出た。

 

「私からも一つ、よろしいでしょうか?」

 

 手を挙げ発言を求めるモモンに、ラズベリーは表情を固めて重々しく頷いた。

 小さく一礼した後、モモンは広場中に聞こえるように声を張る。

 

「エルフたちがそうした行動に出ることに気づかなかったのは私も同様です。それに、私の提案した作戦で、本来は森の奥へ移動を考えていた皆さんをここに引き留めてしまったことも事実。その件に関してはお詫びします」

 

 小さく頭を下げるモモンに慌てたのは村人たちだ。

 モモンはアンキロウルススの王種から村人を守ってくれただけでなく、今回エルフ王の軍勢とも戦ってくれようとしている村の恩人なのだから当然だ。

 

「止めてください。俺たちはそんなこと考えていませんから」

 

「そうだぞ、仮弟子。いや、モモン。最初にお前に頼ったのは俺だ。お前はなにも悪くない」

 

 最初にモモンに何かアイデアはないのかと提案した薬師頭も含め近くの村人たちが必死に言葉を尽く。

 その願いが通じたのか、顔を上げたモモンはしかし、小さく首を横に振った。

 

「いいえ。一度みなさんを助けると決めた以上、途中で投げ出すようなことをするのは、私のプライドに関わります」

 

 声の調子が変わった。

 スラスラと口を出る言葉は事前に用意していた内容を読み上げているかのようだ。

 どうやら最初からここに話を持っていくための演技だったらしい。と察するが、それに気づいたのは自分を始め長く生きている者たちだけのようだ。

 

「ですので、改めて私に手助けをさせて下さい」

 

「手助け、とは?」

 

 間髪入れず、ラズベリーが聞く。

 モモンに何らかの思惑がある以上、それを円滑に進めさせる必要があると考えたのだ。

 モモンもこちらの意図を汲んだらしく、視線を村人たちからラズベリーに移動して続ける。

 

「アウラから聞いたのですが、皆さんはかつて暮らしていた森から妖精の小道を使って、この森に移動してきたとのこと」

 

「妖精の小道!? あれは伝説ではないのか?」

 

 村人から驚きの声があがる。

 それも無理はない。

 確かに三百年前の大移動に於いて、大勢のダークエルフが、この森にやってくることが出来たのは、妖精に祝福されたダークエルフのみが使える妖精の小道を使用したことが大きい。

 

 ラスベリーたちはその事実を後世に伝えようとしていたのだが、例の若者グループとの対立などもあってまともに取り合う者はほとんどおらず、結果誇張された伝説のような扱いを受けているのだ。

 モモンがその力を使って村人たちを逃がせばいいと言いたいのかもしれないが、残念ながらそれは不可能だ。

 

「如何にも。ですが、今村に残っている者の中に妖精の祝福が残っている者はおりません……もしや。フィオーレ殿たちが?」

 

 話しながらふと思いつく。

 元々ラズベリーたちはアウラたちが祝福を受けているからこそ、こんな森の奥深くまでやってこられたのではないかと考えていた。

 騎乗魔獣の存在を知り、そうではないと思っていたが、もしかしたらどちらも併用して移動していたのかも知れないと思い直しての問いを、モモンは否定する。

 

「いえ、そうではありません。実はそれとは少々異なりますが、私が暮らしている国の王はとても強大な力を持った魔術師(ウィザード)なのです」

 

「うぃざーど?」

 

 聴いたことのない単語に、村人たちは首を傾げる。

 

「まあ、森祭司(ドルイド)とは違う系統の魔法を扱える者と考えて下さい」

 

 簡単に説明されるが、森祭司(ドルイド)が使うものとは違う系統の魔法と言われてもピンとこないというのが正直なところだ。

 

「その御方も、妖精の小道と似たような力が使えるため、現在アウラを派遣して皆さんを匿ってもらえないか打診させていますが、おそらく問題はないでしょう」

 

 アウラがいなかったのはそのためだったようだ。

 しかし、気になる点がある。

 

「それは大変ありがたいお話ですが、それはモモン殿たちが暮らしている都市で生活するということでしょうか?」

 

 何名かが渋い顔をする。

 命には代えられないとはいえ、住み慣れた森を離れ、全く違う生活環境に身を置くことに戸惑う者は多いだろう。ラズベリーもその一人だ。

 せめて、同じ森の中の奥地などで新しく村を開拓するのならば話は別だが。

 しかもモモンたちから聞いたところ、彼らの暮らす都市というところは、モモンのような人間を始め、ゴブリンやオークのような様々な亜人種とも共存しているらしい。

 魔獣と並び、知恵を持ち策を弄する亜人たちもダークエルフにとって脅威となる存在だ。一緒に暮らすことなど、考えられない。

 

「いいえ。そちらが良いのであれば考慮しますが、とりあえずは慣れた場所──そう、皆さんがかつて生活していたという南の森、現在我々はその森をトブの大森林と呼んでいますが、そこに作られた村でしばらく暮らしてみるのはどうでしょう? あの森は現在我が国の領土となっていますので、安全は保障しますよ」

 

 瞬間、ラズベリーたちがまだ子供だった頃の記憶が蘇る。

 この大樹海よりは少し規模は小さいものの、中央には豊かな水源となる湖があり、獲物となる動物たちも豊富に存在したあの森。

 なにより妖精の祝福を受け、強大な力を持っていたダークエルフが森中を支配していたため、この森より安全に暮らすことが出来た。

 その森に帰れると聞いて望郷の念にかられる。

 しかし──

 

「まさか。そのようなことできるはずがありません」

 

 ダークエルフがどうして森を棄ててこの大樹海に逃げてきたのかを思い出したのだ。

 ひとたび目覚めれば世界すら破壊しかねない強大な力を持った巨大な魔樹の封印が年々弱まっていることを感じたからだ。

 モモンはそのことを知らないのだろうか。

 しかし、あの森で別れたピニスンとは顔見知りだと言っていた。

 彼──あるいは彼女──から話を聞いていると思っていたが。

 

(それともやはり触手の方を打ち倒したとみるべきか? であれば魔樹もしばらく大人しくなるはず。一時的に厚意に甘え、その後折を見てこちらに戻ることを考える……いや、しかしモモン殿の国の王とやらが、何度も力を貸してくれるとは限らない)

 

 その場合、自分たちの足で戻ることになるが、祝福を受けたダークエルフがいない以上、村人全員で戻ってくるのは難しい。

 ならば危険を承知で彼らの言うトブの大森林で暮らし続けるべきか。

 アンティリーネがどう出るかは不明だが、アウラとマーレもその近くで暮らすというのなら再度魔樹の封印が弱まったとしても、力を借りることもできるかもしれない。

 

「確かに口で言うだけで信じてもらうのは難しいですね。でしたら証人を呼びましょう」

 

 思考を続けているラズベリーの態度に何か勘違いをしたらしくモモンが口を開く。

 

「証人?」

 

 疑問への答えと言わんばかりに、手を持ち上げると同時に、ラズベリーの背後、すなわち広場の最奥に真っ黒い闇が広がった。

 

「!?」

 

 異様な光景にラズベリーを含めた村人全員が言葉を失う中、その闇の向こう側から小さな声が聞こえてきた。

 一人ではなく、誰か二人が会話をしているようだ。

 

「……応……たし、……村長……」

「いいから。ほら」

 

 ダークエルフ特有の鋭敏な聴覚でその会話内容を聞き取る。

 一つはアウラの声であり、こちらは比較的よく聞こえるが、もう一つの声がいまいち聞き取りづらい。

 

「この声、もしかして」

 

 ストロベリーが、ポツリと呟く。

 確かにどこかで聞いたような声だ。

 やがて、闇の中から声の片割れであるアウラが、そのままクルリと一回転して現れ地面に着地した。

 

「ブイ!」

 

 両手の指二本を立てて掲げる不思議なポーズと共に現れたアウラを見て、皆もわずかに安堵する。

 その後アウラは首を捻って後ろを向き、ため息を吐いてから闇の中に手を突っ込んだ。

 

「ほら、時間制限があるんだから早くして」

 

 そんな言葉と共再度闇から腕を抜くと、先ほどまで無かった物を掴んでいた。

 いや、それは物ではなく生物のようだ。

 形自体はダークエルフと同じ人型だが、その肌は木の幹のような色艶をしている。

 

「あのー、一応あたし本体の傍から離れられないんだけど大丈夫なの? ここすっごい遠いところなんでしょ」

 

「足が付いていれば大丈夫でしょ。栄養もそっちから吸収するんだから」

 

 そんなやりとりの後、諦めたように恐る恐る闇の中から顔を覗かせたのは、森の精霊であるドライアード。

 本来別種族である者の顔は判別がつきにくいが、彼だけは話が別だ。

 

「ピ、ピニスン?」

 

 ストロベリーが震えた声で呟く。

 

「あ。本当だ。懐かしいのがいっぱいいる。太陽がたくさん昇ったぶりだね」

 

 あっけらかんとした底抜けに明るい声の主は確かに、かつて同じ森の中で生活し、大移動の際に別れた懐かしい友人のものだった。 




なんだか話し合いや会議ばかりであまり話が進んでいませんが、この話は絶死の交流によって、彼女だけでなくダークエルフの村も変化していく話として書いているので村側の描写も多くなります
ラストへの布石でもありますので、もう少しお付き合いください
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