オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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第19話 忘れたかった味

(信じられない……)

 

 中空に浮かぶ真っ黒な空間に入っていく村人たちを、絶死は驚愕の眼差しで見つめ続ける。

 皆、傍に立っているモモンたちと、そこから少し離れた位置にいる絶死にもペコペコと頭を下げてから、意を決したように飛び込んでいく。

 当然、反対側から出てくるようなことはなく、完全に転移している。

 

(数百人規模を一気に移動させる転移魔法。それも話が本当ならトブの大森林まで一息なんて)

 

 もう一度、信じられない。と繰り返す。

 法国にも転移魔法を使う者はいるが、それは術者を中心に数名を転移させるものであり移動距離も短い。

 

(これが魔導国の力。もしかして、今この向こう側に魔導王がいるの? いやさっきの会話からするとエルフ族固有の能力? でもアウラたちは使えないって言っていたし、もしかして魔導王は元エルフのアンデッド? どちらにしても、こんな力が戦争に使われたら……)

 

 絶死本人がここに来る際、転移魔法でやってきたことと同じようなことを、あちらは最低でも数百人単位で行うことができるのだ。

 例年王国と帝国が繰り返していたような大軍をぶつけ合う戦争であれば、数百程度で大勢に影響はでないが、魔導国にはデスナイトやソウルイーターのような強力なアンデッドがそれこそ数百単位で確認されている。

 今更ながら、王国が誰にも気付かれずに侵略されていたのは、こうした転移魔法を使っていたのかもしれない。

 とはいえ、確認されたアンデッドは絶死や漆黒聖典の隊長などの神人であれば、どれほど居ようと勝てる存在だが、それが複数箇所に同時に現れたら対処が間に合わない。

 王国同様、法国もなす術なく蹂躙され尽くすだろう。

 そして、その場にモモンたちが参加するようなことがあれば──本来冒険者は戦争に荷担しないが、こうしてエルフたちの争いに力を貸している以上、魔導国ではそうした縛りはなさそうだ──絶死が居ても結果は変わらない。

 

(やっぱり魔導国と敵対するのは、絶対ヤバい)

 

 圧倒的な強者と相対した場合、弱者が取るべき手段は二つ。無条件に恭順するか、徹底抗戦の末に乾坤一擲の大勝負に打って出るか。

 それに対し魔導国がどう動くかは、帝国と王国が教えてくれた。

 

(幸い法国と魔導国は互いに仮想敵国ではあっても、今のところ決定的な何かが起こっているわけじゃない。でも王国のように隙を見せれば直ぐに戦争をふっかけてくるでしょうね。それなら帝国のように属国となるべき? 神官長たちだってそのぐらいのことは考えているはず)

 

 絶死は面倒で報告書の類は読んでいなかったが、これまで六色聖典──主に情報収集に長けた風花聖典と水明聖典──が集めた情報で魔導国の戦力についても、ある程度推察はできているはずだ。

 そして最高執行機関の面々は、あくまで人間という種族が生き残ることを最重視している。

 故に、本当に必要ならば、帝国のように魔導国の属国になることも仕方ないと考える。

 問題となるのはむしろ、国民の方。

 

 国民の多くは、人間のみが神に選ばれた種族であり、その他の異種族は排斥すべきと考えている。

 それこそが神の意向だと信じさせることで国民の意志を団結させるためだ。

 これも弱小種族である人間を一致団結させるための手段の一つ。

 そうした団結は大きな力を発揮するが、同時に方向転換させるのが非常に難しくなる。

 

 アンデッドの王に支配されている国の属国になるなど、認めるはずがない。

 そうした者たちが暴走して魔導国にちょっかいをかけるようなことになれば、魔導国はそれを宣戦布告と取り、大義名分をもって嬉々として攻め込んでくることもありうる。

 

(あの屑を殺したらさっさと本国に戻るつもりだったけど、その後もしばらく一緒にいて情報を集めた方がよさそうね)

 

 幸い、モモンたちは絶死の嘘を見破ってはいない……はずだ。

 もし法国の者であると気付いているなら、これほどあっさりと魔導国の秘匿であろう魔法を見せるはずはない。魔導国にとっても法国は仮想敵国なのだから。

 絶死をエルフ王排斥後に友好的な関係を構築する予定のエルフ国の者だと思っているからこそ、ここまで力を見せつけているのだ。

 エルフ王を討った後、絶死を使ってエルフ国の上層部──権力がエルフ王のみに集中しているあの国にそんなものがあるかは不明だが──に情報を伝えさせ、恭順を促すつもりなのだろう。

 その場合でも絶死が吐いた嘘が役に立つ。

 

 ハーフであったために、エルフ王から冷遇され、誰も知らない場所に隔離されていたことにすれば、エルフ国の者たちをも騙せるかも知れない。

 そうしてモモンたちの狙い通り、魔導国とエルフ国の仲介役を担い、そのまま魔導国まで付いていく。

 通常であれば、移動の際に法国を通る必要があるため、本国に知られる可能性があるが、この転移の魔法を使ってもらえばその危険性はない。

 そこで魔導王に謁見できれば、魔導国が法国にどういうスタンスを取るつもりなのかも聞き出せる。

 何しろエルフ国と法国は現在戦争の真っ最中。その片方に力を貸すのだから、敵対国である法国の話をしないはずがない。

 

(そこで帝国のように属国にするつもりであれば、直ぐに本国にそのことを伝え、王国のように滅ぼすつもりなら──)

 

 その場で魔導王を討つことも考える必要がある。

 カッツェ平野での戦いや、この転移魔法を見るに相手は絶死の想定以上の強者だが、法国が生き残るにはそうするしかない。

 仮に魔導王に破れたとしても、法国との関係が気づかれないままなら、最低限エルフ国との友好関係は破棄させられる。

 しかし。

 

 チラリと手に握ったままの杖を見る。

 絶死がやろうとしているのは、モモンたちへの恩を仇で返すも同然のこと、そしてそれはダークエルフにとっても同じ。絶死が魔導王を殺せば今まさに魔導国の領土に移動している彼らもただでは済まない。

 

 だが、そうしなくては一千万を超える法国の民が蹂躙されかねない。

 国そのものにはそこまで恩義はないが、法国は長い絶死の人生の中で出会った幾人かの気に入った人々、彼らが全力で、それこそ人生をかけて守り続けた国だ。

 絶死の命であれば賭ける意志はある。

 だが、その他の者たちの命を犠牲にしてもいいのだろうか。

 

 頭の中にある天秤が揺れ動く。

 そんな想像をしながら、ぼんやりと漆黒の中に消えていく村人たちを眺めていると、列から離れ、こちらに歩いてくる数人の小さな人影を捉えた。

 アウラたちと共に英雄ごっこをして遊んでやった六人の子供たちだ。

 緊張と不安を織り交ぜたような顔で絶死の前に立った子供たち、一番前に立つクーナスが、絶死と向かい合うが、口は開かない。

 言うべきかどうか迷っている様子を見て、こちらから声を掛けることにした。

 

「どうしたの?」

 

「あ、あのさ」

 

「ん? なによ?」

 

 もう一度促すと意を決したように顔を持ち上げて、声を張る。

 

「俺たちまたこの村に帰ってこられるよね?」

 

 語尾を僅かに震わせた声に、他の子供たちも併せて頷き、他の列に並んでいる者たちまでもが絶死に視線を向けた。

 その殆どは若いダークエルフたちであり、懇願するような表情で彼らの心情を察することができた。

 先ほど漆黒の中から顔だけ覗かせた長老たちの知り合いだというドライアードの言葉によって、向こうの森が安全だという保障はなされた。

 

 あのドライアードがどんな存在なのかは知らないが、少なくとも信用に値する相手なのは間違いないらしく、直接の知り合いである長老以外の村人も向こう側の安全については確信している。

 あの怪しげな漆黒の半円に大人しく入っていくのがその証拠だ。

 しかし、安全が確保されているからといって、この村を棄てることに心から同意している者は少ない。

 どんな場所であろうと彼らにとってはここが故郷なのだから。

 

 特に、トブの大森林からこの大樹海に移動してきた後に生まれた者にとっては。

 それは、絶死が祖国を大事にする気持ちと同じ。

 だからこそ、絶死はクーナスの真剣な眼差しに一つ頷いて告げた。

 

「当たり前でしょ。私たちがエルフの奴らをおっぱらったら、いつだって戻ってこられるわよ」

 

 明るく言うが、これは気休めにすぎない。

 モモンに策があるとは聞いているが、それはエルフたちを全員村の中におびき寄せてから行うものらしいので、その作戦の中で、村にも被害が及ぶ可能性が高いからだ。

 

 第一、戻ってくるときも今と同じように魔導王が転移させてくれるとは限らない。

 クーナス自身、薄々はそのことに気付いているのだろう。少し寂しげな苦笑を見せた後、気を取り直したように頷き、絶死の前に細い木の枝と蔓を組み合わせて作られたカゴを差し出した。

 広場に来たときから、ずっと持っていたものだ。

 

「これ、やるよ」

 

「私に?」

 

「うん。みんなで集めたんだ。途中で呼び出されたから量は少ないんだけど……」

 

 周囲を見回しながら、二人には内緒ね。と続ける。

 アウラとマーレのことだ。

 要するに、本当は共に遊んだアウラたちの分も用意するつもりだったが、時間が足りなかったため、一人分しかないということだろう。

 

「いいの? 向こうではどんな生活をするか分からないんだから、持っていった方がいいんじゃ──」

 

 中身が何かは知らないが、元々彼らは別の村に避難する予定であり、子供たちはその際に必要な食料調達を任せられていたはずだ。

 もちろん森に入れるはずがないので、ごく近場での作業。となるとエルフツリーのプランターで育てられている野菜などだろうか。

 エルフツリーのくぼみに魔法で地面から土を移動させ、そこで野菜などを育てているところを何度か見たため、そう考えたのだが……

 

「大丈夫! 森の中ならどこにだっているだろうし、それにねーちゃんの大好物なんだろ?」

 

 大好物。と聞いて、体の動きが止まった。

 絶死の大好物といえば、今はもう食べられないナズルおばちゃんのオムレツだが、当然その話はここではしていない。

 思い当たるのは、初日に行われた歓迎の宴の席でのことだ。

 自分の疑いを晴らすため、決死の覚悟で口にしたあの芋虫。

 

 その席でも別に好物だと言った覚えはないが、食事に対して絶死が感想を言ったのはあのときが最初で最後だ。

 あの時の忘れたかった味の記憶が口の中いっぱいに思い出されて、表情が歪みそうになるのを意志の力で押さえ込む。

 ほら。と満面の笑みで差し出されたカゴを受け取ると、そのカゴは僅かに揺れ動いていることに気がついた。

 

「ちょっと食べづらいけど、生きたままが一番美味いんだぜ?」

 

 へへっと、自慢げに鼻の下を擦るクーナス。

 その後ろでは他の子供たちも自慢げに顔を見合わせている。

 そんな彼らの笑顔を曇らせてはいけない。

 唯我独尊を地で行く絶死にも、そのくらいの分別は存在した。

 せめてこの場で食べてと言われることだけは避けなくては。

 

「あ、ありがとう。戦いの前にこれで英気を養うわ」

 

 その言葉に動揺が現れないよう、体に力を入れてしまったことで、腕の中にあるカゴまでも強く抱いてしまう。

 中で蠢く生物の感触に、寒気と鳥肌が立つのを感じながら絶死は精一杯の笑顔を向けた。

 

 

 ・

 

 

 アンティリーネと話し終えた子供たちが転移門(ゲート)の中に入っていく。

 彼らにはアンティリーネではなく、マーレのところに行って別れの挨拶と再会の約束をしてもらいたかったが、仕方ない。

 子供というのは英雄に憧れるものだ。

 モモンを演じていた際、エ・ランテルでも同じようなことがあったからこそ分かる。

 

 そして現状、村を救うために立ち上がった英雄は絶死であり、モモンたちはあくまでその仲間という立場でしかない。

 その上アウラは現在転移門(ゲート)の向こうでピニスンと共にトブの大森林の案内をしている。マーレは残っているが、もともと引っ込み思案の上、現在マーレはこの村に来てから交流を持った長老派閥の者たちに囲まれているので、子供から話しかけづらいのだろう。

 

 そのことを残念に思いつつも、上手く魔導国の領土に引き込めたのだから、これから長い目で見ていけばいいだろう。と思い直し、アンティリーネから視線を外すと、見覚えのあるふくよかな体格のダークエルフがこちらに向かってきていることに気がついた。

 薬師頭だ。

 両手いっぱいに大荷物──おそらく薬の材料となる薬草や、調剤に必要な器具など──を抱えたまま、よたよたとアインズのすぐ目の前までやってきた薬師頭はそれらを一度地面に置き、にやりと笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

「お前は話しておく奴はいないのか? ほら、村の娘どもも見ているぞ」

 

 からかい混じりに言われ、そちらを見てみると、確かに転移門(ゲート)の列に並んでいる村娘たちの何人かがこちらをじっと見ていることが分かる。

 中にはアインズが視線を向けたことで、黄色い声を上げ、手を振っている者もいた。

 

「残念ながら俺が村でまともに会話したのは仮師匠くらいですからね」

 

「……まあ、お前がそれでいいんなら構わないが」

 

 歯切れの悪い返答に、兜の中で存在しない眉を寄せる。

 まだ何か話があるのだろうか。と様子を窺っていると、薬師頭は気を取り直したように、床に置いた荷物入れの中から、村人の服などにも使用されている樹皮と蔓を利用して作られたとおぼしき肩掛バッグのような物を取り出して、アインズに差し出した。

 

「これは?」

 

「村の薬師たち総出で作った秘薬や毒、その解毒薬だ。戦いで必要となるかも知れないだろ?」

 

 村で作っている程度の薬は、効能的にアインズたちの戦いの役に立つようなものではないのだが、それをバカ正直に言うほど愚かではない。

 

「なるほど。分かりました。ありがたく使わせていただきます」

 

 その場で肩から掛けてみせると薬師頭は満足げに頷いた。

 

「ああ。それを使って必ず生きて帰れよ。お前たちにはまだ秘薬の調合を教え切れていないんだからな」

 

「ええ。必ず」

 

 分かりやすい激励にアインズが応えると、薬師頭は再度満足げに頷いた。

 その後、一瞬考えるような間を空けてから一歩アインズに近づき、小声で言う。

 

「当然、あいつもな」

 

「アンティリーネですか?」

 

 薬師頭に併せて声を落とす。

 彼女は、子供たちがいなくなったため、順番待ちをしていた他の村人たちから囲まれていた。

 

「ああ。生きて連れ帰るのもそうだが、ちゃんと俺たちが今から行く森に連れて来いよ」

 

「それは──」

 

 言葉に詰まる。

 アンティリーネがエルフ王を倒した後、どうするかについてはまだ聞いていない。

 最初はエルフ王の首を手土産に法国に亡命するつもりだったらしいが、今でも同じことを考えているかは不明だ。

 アインズとしては、魔導国に亡命してくれるのが一番良い。

 

 ついでに、今村人たちを送っているトブの大森林に移住してくれれば、現地人にしては強大な力を持つ彼女の監視などの名目でアウラたちを頻繁に村へ送り出す理由付けにもなる。

 だからこそ、薬師頭の言葉には賛成したいところだが、なんだかんだと忙しかったこともあり、そちらの説得は進んでいないため、簡単に約束することに躊躇してしまう。

 そんな態度をどう勘違いしたのか薬師頭は、はぁ。とこれ見よがしなため息を落とすと、さらに声を落とした。

 

「あいつとお前がどうやって知り合ったのかは知らないが、お前にとってあの双子と違った立場にいることは分かる」

 

 村に来てからはあくまで一つのチームとして対応していたため、対応に差をつけたつもりはないが、傍から見ると分かりやすかったのだろうか。

 とりあえず肯定も否定もせずに、無言で続きを促す。

 

「その上で、あいつはお前の方から歩み寄ってくれるのを待っていると思うぞ? 俺が言うのもどうかと思うが、お前さんは口の巧さの割にそういうところが苦手そうだからな」

 

 チラと一瞬だけ視線を向けたのは先ほどと同じ村娘たちだ。

 アインズが反応しなかったことで諦めたらしく、不安そうな顔で転移門(ゲート)を見つめている。

 今の話と彼女たちが何か関係しているのだろうか。

 

(要するに俺から説得してトブの大森林に連れてこいってことなんだろうけど。どう説得すればいいのやら)

 

 一人悩んでいると薬師頭はもう一度呆れたようにため息を吐いた。

 

「とにかくしっかりな。いざって時は逃げることを優先しろよ。生きてなけりゃ、薬も効かないからな」

 

 アンデッドのアインズにとっては苦笑するしかない薬師らしいジョークと激励を込めた言葉とともに手が差し出される。

 

「もちろんです。また会いましょう仮師匠」

 

 その手を握りしめ、堅い握手を交わし、手から力を抜こうとしたところで、薬師頭は再度力を込め、ぐっと身を寄せた。

 

「ところで、お前から貰ったあの紫色のポーションだが。あれも都市にはたくさんあるのか? どこに行けば手に入る? 作っている薬師の名前は?」

 

 薬品を渡すこともアンティリーネのことも、すべてついでだったのではと思わせる、力の入った声と矢継ぎ早に問われる内容にアインズは兜の中で思い切り幻覚の顔を歪ませた。 

 

 

 ・

 

 

 村人たちの移動を完了させ、一度ナザリックに帰還したアウラは、準備を整えた後、再び主人の下に戻るべくシャルティアと合流した。

 

「……それ、持っていくのでありんすか?」

 

「ん? ああ、まぁね」

 

 先ほどまで身につけていなかった腰に下げた巻物、世界級(ワールド)アイテム山河社稷図を目敏く見つけたシャルティアの問いを曖昧に誤魔化した。

 

「確か、今回は敵をおびき寄せるため、わざとハンゾウを連れていかず、世界級(ワールド)アイテムも持っていかないように命じられたと聞いておりんすが?」

 

 シャルティアの目が鋭くなり、アウラは内心で顔を歪ませた。

 以前、共にドワーフの国に出向いたときのシャルティアなら適当な言い訳で誤魔化せただろうが、あれから時間が経って成長したらしい。

 ナザリックの強化という意味では、シャルティアの成長は歓迎すべきことなのだが今はまずい。

 

(エルフ王がシャルティアを洗脳した世界級(ワールド)アイテムを持っているかもしれないなんて知られたら、絶対に付いてくるって言い出すよね)

 

 自分を洗脳し、あまつさえ主人と無理矢理戦わされたのだ。決して許すことはできないだろうし、自らの手で捕らえ、地獄を味わわせてやりたいと思う気持ちは痛いほど分かるが、それはできない。

 単純にアンティリーネにどう説明するかという問題もあるが、なによりシャルティアをエルフ王と戦わせること自体マズイのだ。

 

 シャルティアも主人から世界級(ワールド)アイテムの持ち出しを許可されているため、連れていっても再び洗脳されることは無いはずだが、感情的になったシャルティアは勢い余ってエルフ王を殺してしまいかねない。

 それでなくてもシャルティアは血の狂乱によって常に暴走する可能性があるのだから。

 

 背後に別のぷれいやーがいることも考慮して、できる限りエルフ王は殺さずに捕らえる必要があると主人も言っていた。

 不確定要素はできる限り減らしておくべきだ。

 そしてその言い訳も、既に主人が用意してくれている。

 

「一向に現れないから、今回も覗き見はされてないだろうってさ。ならもう世界級(ワールド)アイテムを持たない理由もないからついでに取ってくるようにアインズ様から命じられたのよ」

 

「ふーん。そうでありんすか」

 

 納得してくれるか心配だったが、流石は主人が考えた理由だと思うべきか、それともシャルティアがまだ成長しきっていないからだろうか。

 どちらにしても、上手く誤魔化すことができた。

 

 もちろん、こうした大規模作戦が終わった後は報告書を提出することになっており、それは他の守護者でも読むことができるため、本当にエルフ王がシャルティアを洗脳していた場合、面倒なことになるが、とりあえずエルフ王が生きていれば、すべての情報を引きだした後、玩具としてシャルティアに与えれば、少しは溜飲も下がるだろう。

 後で主人にお願いしてみよう。

 

「ところで、さっきのダークエルフたちは、行動に制限はかけなくていいんでありんすよね」

 

 シャルティアが話を変えたので、これ幸いとアウラも乗る。

 

「そう聞いてるよ。元々あいつらはトブの大森林で暮らしていたらしいから、懐かしさもあっていろいろ見て回りたいだろうからって」

 

「それはいいんでありんすが、ハンゾウたちに見張らせて危険を取り除くように仰られたのはどういうことでありんしょうかぇ? あの森はもう魔導国の領土でありんしょうし、危険はないと思いんすが……」

 

 確かに王国を滅亡させた今、トブの大森林は正式に魔導国の領土となっている。

 もっとも実際はずっと以前からトブの大森林に生息していた亜人たちは実質的にナザリックの支配下に置かれていたのだが。

 シャルティアが言いたいのはそのことだろう。

 

「ゴブリンとかリザードマンならそうだろうけどさ。狼とかの普通の獣だと襲いかかっちゃうでしょ」

 

 魔導国の支配が及ぶのは知性を持つ亜人や魔獣だけで、通常の獣や知能の低いモンスターはその限りではない。

 村にいたダークエルフ程度でも、普通の獣に遅れを取るとは思えないが、村には子供たちもいる。

 そして、主人は何故かあの子供たちを妙に気にかけているため、危険の芽を摘んでおくつもりで、シャルティアに命じたのだろう。

 それにしてもハンゾウによる護衛は少々やり過ぎと思わないでもないが、主人がそう考えたのなら必要なことに違いない。

 

「なるほど。それはそうでありんすね」

 

 アウラの答えにシャルティアは納得したように頷いたが、少ししてから眉を持ち上げた。

 

「どうしたの?」

 

「では、森の中に配置しているアンデッドも退かした方がいいのでありんしょうか?」

 

「森にアンデッドなんて居たっけ?」

 

「ほら。例の王国から連れてきた、何とかって組織の生き残り。あれを守るために配置していんす」

 

 言われてから思い出す。

 八本指とその家族などの関係者たちだ。

 王都を破壊する際、主人の指示でシャルティアが移動させたと聞いていた。

 

「そっか。村の建設まだ終わってないんだっけ」

 

 王国の大部分を破壊しつくしたことで、土地はいくらでも余っているが、流石に千人規模が暮らす村を作るとなると、それなりに時間が掛かる。

 そのため、村ができるまでの間、かつてアウラがトブの大森林内に建設した場所で一時的に暮らさせているのだ。

 その者たちが森に住むモンスターや獣に襲われないように、そして勝手に逃げ出さないようにとの意味も込めて、アンデッドを監視役として置いているのだろう。

 

「んー。でもあと数日でしょ。ダークエルフを置いてきた場所からは結構離れているし、近づくことはないと思うよ。それにピニスンに命じて森のルールは伝えておくように言っておいたから、いきなり攻撃を仕掛けてくることはないでしょ」

 

 アウラが言うと、シャルティアはにんまりと意地悪く笑い、ピシリとアウラを指差した。

 

「そういう考えこそ一番危険だとアインズ様も言っていんした。それにダークエルフの方が攻撃してこなくても配置してるアンデッドは細かい指示ができない奴らでありんすから、アンデッドの方が攻撃するかもしれないでありんしょう?」

 

 以前主人が言っていた内容を自慢げに語る様にアウラは内心で感心する。

 実際アウラもその危険性には気づいていた。

 その上で敢えて気づいていない振りをしたのだ。

 

「うんうん。そうだね。じゃあ、どうするべきだと思う?」

 

「どうするとは?」

 

 はて。と首を傾げるシャルティア。

 そこまでは考えていなかったらしい。

 

「アンデッドを引き上げさせると今度は人間たちが獣に襲われるかもしれないでしょ? それにアイツらの方からダークエルフに近づくかも」

 

 むむむ。と考え込むシャルティアの横顔にアウラは満足げに頷いた。

 以前のシャルティアなら、下等な人間たちなど死んでも問題ないなどと言い出しそうなものだ。

 実際それは事実なのだが、確かセバスから聞いた話だったと思うが、これも主人が言っていたらしい。

 

 弱者を殺すと後で利用できなくなってしまう、と。

 聞いた際には、利用と言っても、ただの人間が何の役に立つのかと思ったものだが、魔導国が建国され、自分たちも外で仕事をすることが増えた今、なんとなくだが主人の言っていることも理解できるようになった。

 全員に力を見せつけて無理矢理働かせるより、統率の取れる者を見つけ、そいつ一人を服従させて働かせる方が手っとり早いし効率も上がる。

 そして、そうした者が肉体的な強さを持っているとは限らない。

 例のナザリックに取り込んだ、デミウルゴスやアルベドに匹敵する頭脳を持っているという王国の王女がいい例だ。

 

 ああした弱い人間では一度殺すと、復活させようとしても通常の復活魔法では蘇らずにそのまま灰になってしまう。

 蘇らせるにはペストーニャが使えるような高位の蘇生魔法を使用し、相応の対価も必要となる。

 ナザリックの資産は全て主人たち至高の御方々のもの。

 故にまずは利用価値のあるなしを考え、殺す選択肢を選ぶのはその後にするべきなのだ。

 それをシャルティアが理解し、きちんと考えていることにアウラは彼女の成長を感じることができた。

 

「こういうのはどうでありんすぇ?」

 

 やがて一つの結論を導き出したシャルティアのアイデアを聞いたアウラは感心とともに手を叩いた。

 

「おー。よく考えてるじゃん」

 

「当然でありんす。もう二度と、アインズ様を失望させることがないようにしなくてはなりんせん」

 

 当たり前のように告げられる台詞で悟った。

 シャルティアがここまで考えているのは、以前刺さった棘のせいなのだと。

 主人から与えられた罰──彼女にとっては褒美だったらしいが──とドワーフの国での働きを認められたことで、その棘は抜けきったものだと思っていたが、棘が抜けたとしても傷は癒えていないのかもしれない。

 

 それこそ、自分を洗脳した張本人が生きている限り、本当の意味でシャルティアが立ち直ることはない。

 そんな彼女に内緒でエルフ王と戦おうとしている自分に、僅かばかり胸が痛んだ。

 だからこそ、アウラは声に出さず誓いを立てる。

 

(アンタの仇は必ずあたしたちが取ってきてあげる)

 

 エルフ王が本当にシャルティアを支配した奴だったらの話だけど。

 心の中でそう付け加え、未だどうするべきか考え続けているシャルティアの横顔を見つめた。




次でダークエルフの村の話は終わり、それからは最終局面に入る予定です
おそらく後6、7話で完結になると思いますのでそれまでお付き合いください
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