オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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二話目です
15巻中盤、火滅聖典の副リーダー、シュエンが足止めをしていた子供エルフを倒した直後からの話になります
ここからもうだいぶ展開が変わってきます


第2話 絶死絶命の敗北

「さあ──殺しつくせ、ベヒーモス」

 

 逃げ出した瞬間、背後から涼やかな声が聞こえた。

 法国の最終標的にして、唾棄すべき大犯罪者。エルフ王の声だ。

 

 瞬間、大地が揺れる。

 

 巨大な何かが後ろに現れたことを知り、火滅聖典の副リーダーであるシュエンは、恐怖に身を震わせた。

 自分が死ぬことへの恐怖ではない。

 その覚悟はとうに出来ている。

 ではいったい何に対する恐怖かと言えば、自分の部下たち、そして近くに来ている法国の同胞たちを危険に晒すことへの恐怖だ。

 

(頼むぞ。来ていてくれ!)

「撤退!」

 

 沈黙(サイレンス)を解除し、全力で声を張り上げる。

 同時にシュエンも駆け出した。

 全員が一直線に走り出した方向には、たった一人のエルフによって足止めを食らっていた、四万の法国軍のいる本陣がある。

 シュエンたち火滅聖典の本来の目的は、その足止めを行っているエルフの少女を討伐することだったのだ。

 

 本隊がこの近くで陣を張っているのは、火滅聖典が目標を討伐したあと、足止めによって失った時間を取り戻し、進軍の歩を早めるためだ。

 その本陣に向かって逃げ出すのは、本来下策も下策。

 逃げ出すにしても四方に散開し、どんな犠牲を払おうと誰か一人でも良いから逃げ延び、情報を持ち帰った方が、後々役に立つのだから。

 

 これでは、敵に本陣の場所を教えるようなものだ。

 深い森の中まで進軍していることも含め、本隊が逃げ出すのは難しく──木を伐採しながら侵攻ルートを作っているため、そこから逃げ出すことはできるが、そんなところを進もうとすれば、それこそ後ろから追いかけられて順番に潰されるだけだ──その場で戦うしかなくなってしまう。

 

 チラと後ろを確認すると、背後にいたのは巨大で威風を兼ね備えた精霊の王と呼ぶにふさわしい土の精霊だ。

 こんな者が相手では本陣に待機している同胞はもちろん、自分たち火滅聖典の隊員であっても一瞬で殺されてしまうだろう。

 

 数は時に巨大な力となり得るが、それもある程度まで。

 英雄や逸脱者と呼ばれる者たちは数の利を個の力で消しとばす。

 それ以上と目されているエルフ王の使う精霊が相手では、本陣に連れていったところで虐殺が起こるだけだ。

 だが、それで良い。

 

 勝ち目はなくとも、数がいれば時間を稼ぐことはできる。

 再度背後を確認すると、土の精霊──ベヒーモスは追いかけてきているが、エルフ王はその場でにやにやと嘲り笑っているだけだ。

 

 やはり。

 

 ああした傲慢な強者は、配下が傍にいる場合、そちらに任せて自分は動こうとしないと予想していたが、ズバリ的中した。

 ここまでは予定通り。

 このままベヒーモスを本陣まで連れていけば、自分たちの目的は果たせる。

 

「頼むぞ!」

 

 声に出して告げる。

 エルフ王から見れば、先に逃げた部下たちに言っているように聞こえただろうが、実際は違う。

 シュエンが言ったのは、法国最強にしてごく一部の限られた者しか知らない切り札に対してだ。

 英雄の領域に足を踏み入れた者だけで構成された漆黒聖典。

 その中でも特別な、神の血が覚醒した神人と呼ばれる者が存在する。

 

 その内の一人が、現在ここにやってきているのだ。

 これはつい先日、火滅聖典にのみ伝えられた極秘情報だ。

 同時に、作戦中にエルフ王が現れた場合は、いかなる犠牲を払ってでも、エルフ王と神人を一対一で戦える場を作り出すことも任務に追加された。

 

 エルフ王とベヒーモスを引き離し、ベヒーモスを自分たちが引きつけている間に、神人にエルフ王を打ち倒してもらう。

 そうすれば精霊も消える。

 

 なにより、エルフ王さえ討ち取れば、この戦争は終わったも同然。

 自分や部下たちはもちろん、兵を賭ける価値はある。

 そのためには、できるだけベヒーモスとエルフ王を引き離さなくてはならない。

 

 そう考えてシュエンも全力で逃げ出しているのだが、いかんせん相手の速度が異常だ。

 地面を滑るように移動するベヒーモスの速度は、こちらを遙かに超えている。

 この分では、この作戦の成否を見届けることなく、自分は殺されてしまうだろう。

 部下たちも同様だ。

 

 だが、一人でも本陣近くまでたどり着ければ良い。

 多数の獲物を前にすれば、エルフ王も撤退することなく、軍を叩く選択をするだろう。

 そうなれば、きっと──

 

 頭上に影が現れる。

 振り返らずとも、先ほど一瞬見えた巨大な腕を振り降ろそうとしているのは明白だ。

 今からでは避けることも受けることもできない。

 

(クソ。ここまでか、しまったな。どうせ死ぬならエルフ王に一言言ってからにすれば良かった)

 

 今回の作戦で大事なのは、エルフ王を逃がさないことだ。

 傲慢で自尊心の高そうなエルフ王のこと。

 挑発の一つでもすれば、弱者に侮られたことに激高し、逃げる選択肢を消せたかもしれない。

 そんな後悔ももう遅い。

 次の瞬間には自分は潰されて死ぬ。

 そう確信した瞬間、突如シュエンの体は真横に吹き飛んだ。

 

「ガハッ!」

 

 突然の衝撃に、肺から強制的に息が吐き出され、直後近くの木に叩きつけられて地面に転がった。

 いったい何が。と考える間もなく、視界に映った光景で答え合わせがなされた。

 そこに立っていたのは白を基調に、各所に金色のラインと十字の模様が入った見事な全身鎧に、刃が三つ付いた奇妙なデザインの戦鎌を持った一人の戦士。

 戦鎌を携えたまま、ベヒーモスと向かい合うその姿は、まさしく話に聞いた英雄や逸脱者すら超えた超越者。

 

「おお!」

 

 本来はベヒーモスと分断させてから現れる予定だった彼女が、なぜここにいるのかはわからない。

 だが、命を救われ、あれだけ強大な敵を前にしても、悠然と立ちふさがる姿の前には、そんなことは些事であるように感じられた。

 

「邪魔になるから動けるならさっさと逃げなさい。コイツらは私が片づけておくから」

 

 それだけ言うと彼女はその場から離れ、ベヒーモスとエルフ王の双方を相手取れる位置に移動した。

 特段気負いはないかのような態度だが、声には隠しきれない憎悪と怒りが込められていることに気付く。

 事情は分からないが、これほど早く姿を見せたことに関係しているのだろうか。

 どちらにせよ、彼女の言うようにシュエンがここにいても邪魔にしかならない。

 言われたとおり一刻も早くこの場を離れ、先に行った部下たちとともに本陣に合流し、本国に報告を入れなくては。

 

「神よ。あの御方に、ご加護を」

 

 法国とエルフ国、その最大戦力同士のぶつかり合いとなるこの戦い。

 彼女の勝利を神に祈り、シュエンはその場から立ち去った。

 

 

 ・

 

 

「うーむ。二人ともかなり強いな」

 

 法国軍が、この近くまで侵攻していることを知ったアインズは、神の目(ゴッド・アイ)と併用した遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を使用して動きを観察していた。

 その最中、偶然発見した戦いは、両者ともこの地に来てから見た強者たちの中でもトップクラスの実力を持っていた。

 特に全身鎧を纏った戦士の方は、パンドラズ・アクターと戦った謎の戦士リク・アガネイアと同等かそれ以上だ。

 プレイヤーかとも思ったのだが、全身鎧の方はこの世界にしか存在しない武技を使用している。

 

 もう片方のエルフはユグドラシルに存在した根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)を使役しているところを見るに、プレイヤーの可能性はあるのだが、それにしては強さが中途半端。

 おそらく七十から八十の間と言ったところだ。

 ユクドラシルというゲームはレベル九十程度までは素早く上げることが可能であり、百レベルもそう珍しくないことを考えると、プレイヤー本人の線は薄い。

 となると、現地で生まれた強者と考えるべきか。

 

「そうですね。あ、そうだ、ね? えぇっとモモン、さん」

 

 アインズの独り言を拾ったアウラがつっかえながらも何とか、敬語を崩して接しようとしている様子を見て、アインズは思考を一時中断する。

 今は良い。と言ってやりたいところだが、正直それどころではない。

 余裕ぶった態度を取ってはいるが、有休を取って冒険だ。と楽しんでいた気分は既に吹っ飛んでいた。

 

(さて。どうしたものか)

 

 これからアインズが取れる行動は、大きく分けて四つ。

 

 一つ目はこのまま観察を続けて決着が付くまで情報収集した上で、接触もしない。

 二つ目は決着後、勝者に接触し弱っているようならその場で倒してナザリックに持ち帰り、情報を引き出す。

 三つ目は直ぐにでも横やりを入れて、双方ともアインズたちが倒してナザリックに帰還する。

 そして四つ目は、今からどちらかの手助けをして友好関係を築くというものだ。

 

 情報収集の観点から言えば三つ目が一番良いのだが、あの二人が何者なのか分からない状況でその選択はまずい。

 二人がプレイヤーでなかったとしても、仲間にはプレイヤーがいる可能性もある。

 その場合、アインズの行動は完全に敵対行為と取られてしまうからだ。

 アインズとしては別にプレイヤーと敵対する気はないのだ。

 

(シャルティアを洗脳した者たちは別だけど……っと思考が逸れたな。ここからでも監視に気づいていない以上、一つ目が一番安全だけど、せっかくのチャンス。できる限り情報は手に入れたい。となると──四番目か)

 

 どちらかを助けて友好関係を築いた上で、情報を集めて完全に背後関係を明らかにし、必要ならそのとき初めてナザリックに連れていく。

 これが最良だ。

 

(なにより、最近の俺はちょっと雑になりすぎている気がする)

 

 先日、エルフ国の情報を得るため、ナザリックで保護していたエルフたちから情報収集をする際にも、ついつい支配(ドミネイト)などを使ってさっさと情報を引き出してやりたくなってしまった。

 そのときは、結局頭の中で考えるだけで済んだが、こうした短絡的な思考を第一に考えるようでは、いつか致命的なミスに繋がりそうな気がする。

 だからこそ、今回はできる限り慎重に考えながら行動してみることにしよう。

 そう自分を納得させて、次に考えるのは、いったいどちらを助けるかというものだ。

 

「アウラ、マーレ。あの二人どちらが勝つと思う?」

 

「うーん。そうですね、あ、いや。そうだ、ね?」

 

「今は普通に話して良いぞ」

 

 今後の方針をある程度決めたことで余裕が生まれ、先ほど言えなかった台詞を告げることができた。

 アインズの言葉に、アウラとマーレは元気よく頷く。

 

「はい! あたしはあっちの全身鎧の方が優勢だと思います!」

 

「ふむ」

 

 数的なことを言えば二対一。

 それも、従えているのはレベル八十後半の根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)だ。

 地面に接触していることで、土精霊の力を存分に発揮できる状態であることも併せて、優位はエルフにあると思うのが普通なのだが、実のところアインズも同じ意見だった。

 

「ぼ、僕もそう思います。えっと、あっちの鎧の人はなにか、切り札を使う機会を狙っているのかなって」

 

 マーレの答えもまた、アインズと同じだった。

 劣勢に見える全身鎧の戦士だが、その態度には余裕が見える。

 そもそも勝ち目が薄いと思ったのなら逃げ出せば良いだけの話。勝ち筋があるからこそ戦いを続けていると考える方が自然だ。

 逆にエルフの方はもう底が見えた。

 

 通常の手段では召喚できない根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)を使役できるのは驚嘆に値するが、それだけだ。

 精霊もアインズの持つギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで召喚できるため物珍しいものではない。

 片方に肩入れする場合、もう片方は敵対することになる可能性もあるのだから、既に対処法が分かっている方を選ぶのは当然だ。

 

「よし。二人とも、すまないが予定を少々変更させてくれ。ここはぷにっと萌えさんが昔、私に教えてくれた作戦を私たち三、いや五人で実行しよう」

 

 三人と言いかけて、少し離れたところでアインズをじっと見ているハムスケ、フェンリルに気づく。

 人語を解するハムスケは当然として、言葉こそ使えないがフェンリルも相当に頭が良い。

 アインズが何を言っているかは分からずとも、雰囲気で自分たちを除外されたと知ればいい気分はしないだろう。

 

「は、はい!」

「はい!」

「了解でござる!」

「アォン!」

 

 それぞれ気合いの入った──フェンリルはおそらく──声をあげる。

 

「それで、どうなさるんですか?」

 

 期待で目をキラキラと輝かせるアウラに、アインズは自慢げに答える。

 

「横殴りと、れっど・おーが・くらいどの併用ミッションだ」

 

 

 ・

 

 

(勝てる!)

 

 地面に向かって振り降ろされた強力な一撃を躱しがてら、戦鎌──カロンの導きを振るう。

 岩や鉱石などを積み上げて作られたような不格好な巨体は、その外見相応の硬度を持ってはいるが、六大神の一人であるスルシャーナが愛用したこの武器であれば確実にダメージを与えることができる。

 

 振り下ろしの攻撃はかなり強力で、一撃でも食らえば絶死といえどただでは済まないのは明白だったため、これまではずっと回避に徹していたが、ようやく動きに慣れてきたことで、避けながら攻撃することも可能となった。

 

「フン。しつこいな」

 

 それを見て、ずっと余裕ぶっていたエルフ王の声に、苛立ちが混ざる。

 ここまでの戦いで、エルフ王は後ろで見ているだけで戦闘には加わっていない。

 つまり絶死と土の精霊が一対一で戦っているのだが、戦況はほぼ互角。

 正直、これほどの精霊を召喚できる力があったことは知らなかったが、同時にこの精霊がいたからこそ、かつて法国の切り札と唄われた絶死の母をたやすく攫うことができたのだと納得した。

 

(防御力もそうだけど、生命力が飛び抜けてる。普通の攻撃だけじゃ、倒すのにまだまだ時間が掛かりそうね)

 

 だが、それで良い。

 ここまでの戦い方でエルフ王の性格もだいたい掴むことができた。

 思っていたとおり傲慢な性格をしているあの男は、自らの思い通りにならない戦況に苛立ちながらも、自分が敗北することなどいっさい考えていない。

 

 その余裕の答えは一つ。

 奴にはまだ使用していない切り札があるのだ。

 いや、切り札と呼ぶほどのものではない。普通なら当然のように使う手札を切っていないだけだ。

 それはつまり、土の精霊とエルフ王による同時攻撃である。

 

 強力なシモベを召喚することに特化した者の中には、制御することに全力を注いでいるため、戦闘中動けなくなる者もいるが、エルフ王はそうではない。

 絶死が土の精霊が猛攻の隙を突き、本人を狙って攻撃を仕掛けようとしたときも、慌てた様子を見せないことから推察できる。

 本人が戦わないのは、単純に王たる者が直接手を汚すことを嫌っているからだろう。

 

 だが、それもそろそろ限界のはず。

 いつまで経っても絶死に攻撃を当てられないことに、業を煮やしているのは明白。

 あと少しすれば本人が戦うはずだ。

 それこそが、絶死の狙い。

 

(さあ、前に出ろ)

 

 戦鎌を握る手に力が篭る。

 絶死もまた切り札を隠している。

 それも二つ。

 どちらを使っても、状況を一変させることが可能だが、問題なのはそれを使うと、劣勢を悟ったエルフ王が逃げ出す可能性があることだ。

 

 絶死は火滅聖典の副リーダー、シュエンが幼いエルフを討ち取ったところから、ずっと様子を観察していた。

 その際、奴が転移で現れる瞬間を目撃したのだ。

 劣勢を悟ったエルフ王が、その力で逃げられてしまうと追いかける手段を持っていない。

 故に絶死は確実に奴を仕留めるため、切り札を使う好機をずっと窺っていた。

 奴が前に出てくるときこそ、その好機だ。

 

(本当はもっといたぶってやりたかったけど、仕方ないか)

 

 使う力は、このカロンの導きを持っている時だけ使用できる、死の神スルシャーナが保有した最強の力。

 使用する魔法の力を後押しして、いかなる対策を用意しようと、死のないアンデッドやゴーレムであっても確実に殺すことのできる最強の能力だ。

 その力をエルフ王に使用する。

 

 土の精霊の方に使っても一撃で殺すことはできるが、それを見て警戒した奴に逃走されては困る。

 だからこそ、先にエルフ王を殺すのだ。

 それで召喚主が死亡した土の精霊も共に消えれば良し。

 消えずにそのまま襲いかかってきたとしても問題はない。

 

 この力は連続使用はできないが、もう一つの切り札を使えばこの土の精霊も確実に倒せる。

 それでこの戦争、そして絶死と母の復讐が終わる。

 

(全部終わったら、そのときこそ、私は──)

 

「たかが人間にしては良くやるな。貴様、女だな?」

 

「……だったら?」

 

 兜のせいで顔は見えていないため、当然といえば当然だが、エルフ王は絶死の正体に気づいていないようだ。

 本当は最初に顔を晒して、恨み言でも言ってやるつもりだったのだが、シュエンを助けるため、予定より早く動いたことでその暇がなくなってしまった。

 

 予定では、シュエンも含めたここに来ているエルフ討伐軍を犠牲にしてでも、エルフ王を殺すことに全力を費やす手筈となっていたのだが、魔導国が動き出している可能性があり、作戦の予定を早めたという話を聞いて絶死は考え方を変えた。

 

 エルフの国との戦争が終わっても、次は魔導国と戦争になる可能性がある。

 英雄ではなくとも、それなりに強い戦力であるシュエンを含めた火滅聖典をあのエルフ王に殺させるのは大きな損失だ。

 それもまずはこいつをここで殺してからの話。

 

 再度気合いを入れ直したところで、それまでずっと、こちらを見ながらなにやら考え込んでいた──土の精霊は相変わらずエルフ王と絶死の間にいるので決定的な隙にはならない──エルフ王が顔を持ち上げ、一つ大きく頷いた。

 

「純粋なエルフでないというのは業腹だが、まあいい加減無能ばかりしか生まれないことにも飽いていたところだ。光栄に思え、貴様に我が子を生ませてやる」

「……は?」

 

 思わず足が止まる。

 同時に、頭が真っ白になるほどの怒りが込みあがってきた。

 

「貴様も法国の人間ならば知っているのではないか? 以前お前たちの国の女を抱いてやったことがあった。孕ませるところまでは行ったが、生まれる前に、なんと言ったか……そう漆黒聖典。奴らに奪われてしまってな。この国が落ちたら私自ら子を取り戻しにいこうかと考えていたところだ。子供は私のものなのだから、生まれていたのなら返してもらうのは当然のことだろう?」

 

 滔々とくだらないことを語り続けるエルフ王の台詞は、ほとんど頭に入っていなかった。

 ただ唯一、耳に残ったのは女を抱いてやったという言葉と、子供は私のものという言葉。

 それは母と絶死、双方にとって最低最悪の台詞だ。

 

「殺す」

 

 もはや、それしか言えない。

 絶死は、エルフ王個人には大した恨みはなかった。

 母の恨みをコピーされただけであって、それをぶつけるのは理不尽だとすら思っていた。

 

 だがこれは違う。これは絶死本人の怒りだ。

 母を侮辱され、あまつさえ自分を所有物扱いされた。

 こんな男が自分と同じこの世界に生きていることすら許せない。

 

「ん? ……もしや、お前」

 

 エルフ王が何かに気づいたように目を細める。

 絶死の素性を理解したのかもしれないが、それを口に出されるのも不愉快だとばかりに、絶死は止めていた足を動かし、一直線にエルフ王に向かって駆けだした。

 

〈疾風超走破〉、〈剛腕剛撃〉、〈超貫通〉、〈能力超向上〉、〈可能性超知覚〉

 

 移動速度と敏捷性を上げる武技を複数使用して、一気に距離を潰し、懐へ入り込む。

 切り札を使って一撃で殺してやろうと思っていたが、止めだ。

 土の精霊から多少のダメージを負うことになっても奴はこの手で直接始末する。

 転移で逃がす暇も与えない。

 

「チッ!」

「遅い!」

 

 土の精霊に命令を下したのか、それとも自分が直接攻撃をしようとしているのかは知らないが、間に合わない。

 確実に自分の武器が先に、奴の腹に突き刺さる。

 そう確信した瞬間。

 

──ゾワリ。

 

 背筋を駆けあがる冷たい気配。

 土の精霊がいる方とは逆側から、見逃すことができないほどの敵意が向けられた。

 それと共に、全身に重たい何かがのし掛かってきたかのような重圧を感じ、動きが鈍くなる。

 慌ててそちらを確認しようとしたのが、致命的なミスだった。

 なぜなら絶死が足を止めた場所は、土の精霊の真横だったのだから。

 

「しまっ!」

 

 足を止めたことで本来はかわせるはずだった振り下ろしによる一撃を、ガードもできずにまともに受けることになってしまった。

 これまで一度も受けたことのないような強力すぎる一撃に、しかし、絶死はギリギリのところで意識を飛ばさず耐えきった。

 だが、それが限界だった。

 

 絶死はその場で棒立ちになってしまう。

 そこまで致命的なダメージではなかったはずだが、なぜか足が動かないのだ。

 その理由を探ろうとして、唯一動く目を動かす。

 兜の隙間から覗いた先で、先ほどまで慌てていたはずのエルフ王が、勝利を確信したかのごとくにやついていた。

 まさか、これは奴の策だったというのか。

 絶死を激高させることで動きを単調にさせて、罠を踏ませて動きを止め、土の精霊で止めを刺す。

 

「クソ」

 

 再び頭上に影が映る。

 次の一撃では意識を保てないだろう。

 絶死は己の迂闊さと、この先降りかかるであろう最悪の未来を呪い、衝撃と共に意識を手放した。

 

 

 ・

 

 

 ベヒーモスの二撃目を食らい、今度こそ地面に倒れ伏せた女を離れた位置から見下ろし、確実に意識を失っていることを確信したエルフ王、デケム・ホウガンは笑みを深めた。

 

「やれやれ。少々ヒヤリとさせられたが、やはり我がベヒーモスにかなう者など存在するはずがない!」

 

 湧き上がる歓喜をそのまま声に出して笑いながら、デケムは改めて地面に伏せた全身鎧の女を見る。

 最終的に敗北したとはいえ、デケムですら直接対峙すれば勝ち目はないベヒーモス相手にこれほど粘るとは驚きの強さだ。

 

「しかし。やはりこいつはあの時の子か? これほどの強さを持っていたとは。母体の強さが重要であるという私の考えは間違っていなかったということだな」

 

 かつて法国の切り札と呼ばれた女との間にできた子がこの女なら、これほどの強さを持つのも納得できる。

 同時に、これまでデケムがいくら子を作っても、自身の半分にも満たない程度の弱者しか生まれなかった理由もだ。

 やはり、弱者との間に生まれた子ではダメなのだ。

 その点、この女なら問題はない。

 

「純粋なエルフでないのはやはり気になるが、まああの時の子だというのならこいつはハーフだ。人間よりはマシか」

 

 強者であるこいつが生む子は、より強くなるに違いない。

 デケムの夢である、己の子供たちで構成された強き軍隊が世界を席巻する未来もそう遠くない。

 

「そうと決まればさっさと連れ帰るか」

 

 もともとの目的であった、失敗作に貸し与えていた武具の回収という目的も達成済みだ。

 当初はこんな雑事を自分がやらなくてはならないことに苛立っていたが、その不快感も綺麗さっぱり消え失せていた。

 

「帰るぞベヒーモス、そいつを拾って──」

 

 機嫌の良さから、本来は声に出さずとも念じるだけでできる命令を口にした瞬間。

 突然、自分の影に矢が突き刺さった。

 

「なに!」

 

 この女以外にまだ敵がいたのかと、慌ててベヒーモスに警戒を命じようとした瞬間。

 

「え、えい!」

 

 気の抜ける声と共に、ベヒーモスの巨体が吹き飛んだ。

 

「なっ!」

 

 今度こそ絶句する。

 最強の精霊であるベヒーモスの体が吹き飛ばされたことだけではない。

 その一撃によって、ベヒーモスの生命力が大きく削られたことを理解したためだ。

 

 ベヒーモスの巨体が吹き飛ばされた場所に立っていたのは、深い緑色をした、森の葉を集めて作ったような短めのマントを羽織った、小さなダークエルフだった。

 手には黒い杖を握りしめ、顔は布のようなもので覆われて分からないが、ただ唯一晒された瞳を見てデケムは息を呑んだ。

 左右の色が違う、いわゆる王の相を持っていたからだ。

 ダークエルフを抱いた覚えはなかったため、いったい何者なのかと考えた瞬間。

 

「こっちに!」

「は、はい!」

 

 別の声が聞こえ、ダークエルフは地面に横たわっていたデケムの娘──おそらく──を掴むと、そのまま森の奥に向かって放り投げた。

 鎧を着込んだ相手をいとも簡単に投げ飛ばすあたり、やはり見た目通りの強さではない。

 さきほどベヒーモスを殴りつけたのもこいつで、間違いない。

 

「待っ!」

 

 投げられた娘とダークエルフ、どちらを先に押さえるべきか考えた一瞬の隙を突くように突如、周囲を覆っていた木々の間から、黒い影のようなものが現れ、ダークエルフを抱きかかえるとそのまま再び地面を蹴って離れていく。

 一瞬だけ見えた姿はやはりダークエルフだったように思えたが、デケムどころか、先ほどの娘よりも素早く、完全に目で捉えることはできなかった。

 

「おのれ!」

 

 慌ててデケムも動き出し逃げていった方角をみるが、すでに近くには誰の姿もなく、ずいぶん離れた場所に、木々が密集し、進むことも難しい森の中を一直線に駆け進む巨大な──ベヒーモスよりは小さいが──魔獣のような生物の後ろ姿だけが見えた。

 

 その影もやがて木々に隠れて消えてしまう。

 あまりに突然の事態に、デケムはあっけに取られてその場に立ち尽くすことしかできなかった。




ちなみにアインズ様がろくに戦っていないデケムのことを七十台後半と判断したのは書籍版同様、魔力の精髄でMPを確認したからです
神の目を経由した状態でも確認できるのかは不明ですが、とりあえず独自設定として出来ることにしておきます

三話目までは完成しているので、次の話は推敲後、明後日あたりに投稿すると思います
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