オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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第21話 希望的観測

 住人がいなくなった村の広場で、絶死は一人モモンから借り受けた杖の使い心地を確かめていた。

 

「……うーん」

 

 何度か杖を振るってから手を止め、思わず唸る。

 武器の使い心地に問題があるわけではない。

 そもそも絶死は六大神の遺産を十全に扱うため、様々な武器を使いこなす訓練を重ねている。

 使ったことのない武器でも少し練習すれば、実践レベルで使用可能だ。

 

 特にこの杖は、本来の用途である魔法の威力を高めるものではなく物理攻撃に特化しているためか柄が長く、先端に装飾が付いて適度な重さもある。

 リーチの違いこそあれ、絶死が最も得意としている戦鎌と同じ様な使い方ができるので、使い心地自体は悪くない。

 ではなにが気になるのか。

 実のところ、彼女自身よく分かっていなかった。

 

「全く。いつまで掛かっているのよ」

 

 その正体不明の苛立ちが、ここにいないモモンたちに向けられる。

 彼らは現在、村人を送り届けるついでに戦いの準備をしてくると言って彼らの故郷──明言はしてなかったが魔導国だろう──に戻っていた。

 すぐに戻ると言っていたが、なかなか戻ってこない。

 もうエルフ王が来るまで、さほど時間も無いというのに。

 

 そんなことを考えた直後、絶死の耳がピクリと動く。

 法国では目立つ上、出自を知られたくない意味もあって普段は髪の中に隠しているが、今は髪を結わえ、あえて晒している。

 村人が全員居なくなったため見られる相手がいないこともあるが、なにより敵の接近にいち早く気づくため、僅かでも聴覚の妨げになることを避けようと考えたからだ。

 その耳が、先ほどより近づいてくる騒音を捉えた。

 

「後三十分ってところかしら」

 

 予想よりさらに早い。

 このままでは自分一人でエルフ軍と対峙することになる。

 モモンたちが間に合わなければ、一度ここから退くことも考えるべきか。

 しかしその場合、モモンたちがここに戻ってきたとき敵に囲まれた状態になってしまう。

 

(仕方ないわね。モモンたちには書き置きでも──)

 

 残してから撤退するか。という考えが頭を過ぎった瞬間、はたと気付いた。

 

「どうして私、逃げることを考えているの?」

 

 戦略的に考えれば、絶死の思考は間違っていない。

 武器を借りたとはいえ、性能では六大神の遺産には遠く及ばず、防具に至っては何の効果もないただの皮の服だ。

 そもそも十全な準備を調えた状態でも、一人では勝てずに敗北を喫した。

 今はそこにエルフの精鋭も加わっている。

 

 もちろん、いくら精鋭といっても神人である絶死にとってはものの数にもならないが、エルフ王の性格上、同族だからといって配下に気を使うとは考えられない。

 肉壁にして攻撃を受けさせたり、突撃させて絶死の動きを制限させ、そのまま味方ごと土の精霊に攻撃させるなどされると非常に厄介だ。

 絶死の足を止めさせたあの能力の謎も解けていない。

 どう考えても絶死一人では勝ち目はないのだから、ここは逃げることを選択するのも立派な戦術である。

 だが、それは相手がただの敵であった場合だ。

 

 エルフ王は戦争中の法国にとって最重要討伐対象であり、絶死個人にとっても許しがたい怨敵なのだ。

 何故自分はそんなを相手を前にして、こんなにもあっさり逃げることを選択しようとしているのか。

 こういうときは普通、逃げる方が正しいと理解しつつも感情のままに戦いを挑むものではないか。

 事実、最初にエルフ王を見つけたときはそうだった。

 

 火滅聖典の副隊長が殺されそうだったから、法国の戦力低下を避けるために助けに入ったと思っていたが、今になって考えると、それは後付けの理由だ。

 本当は姿を見た瞬間から殺したくてたまらず、それらしい理由を見つけたから飛び出したに過ぎない。

 その自分が、今回は逃げる選択をしようとしている。

 もしかして──

 

「一度、負けたから?」

 

 思い出したのは絶死が指導した漆黒聖典の隊員たち。

 直接叩きのめして力の差を見せつけると、それまで増長していた彼らは皆大人しくなり、中にはあからさまに卑屈な態度で接してくる者もいた。

 共通しているのは絶死に逆らおうとせず、訓練であっても戦うことすら避けるようになったこと。

 それと同じように、自分もまた一度エルフ王に敗北したことで、戦い自体を避けようとして自然と逃げることを選んでいるのだとしたら……

 

「冗談じゃない!」

 

 感情のままに吐き捨てる。

 母の無念と憎悪。それらをコピーされた絶死の過去、そして法国の今後。

 それらすべて、エルフ王を殺すことで初めて先に進める。

 万が一モモンたちが戻ってこなかったとしても、奴だけは必ずここで討たなくてはならない。

 

 再度覚悟を決め直し、手元の杖に目を向ける。

 本当はモモンたちが戻ってから改めて自分の生まれながらの異能(タレント)に付いて説明し、許可を取った上で行おうと思っていたが、予定変更だ。

 能力の内容によっては、事前に使用して能力の効果範囲などを調べておく必要があるのだから、もう待ってはいられない。

 それでも、まだ少しだけ躊躇する自分を頭を振って追い出した後、絶死は杖に向かってタレントを発動させた。

 直後、杖の持ち主が使える最も強力な能力、いわゆる切り札の情報が頭に入ってきた。

 

「え?」

 

 これは魔導王の杖なのだから、例のカッツェ平野で使用したという数万人を一度に殺し尽くした魔法か、そうでなくても、未知の凄い魔法だろうと推察していたが、そうではなかった。

 むしろその力を絶死は誰より良く知っていた。

 

 死者であるアンデッドや、命なきゴーレムですら絶対の死を与える無敵の技。

 死の神スルシャーナが保有した最強の力。

『The goal of all life is death』

 その能力と使い方が頭の中に流れ込んできたのだ。

 

(どうして。杖から、この力が──)

 

 この力は六大神の中でも最強と謳われた死の神スルシャーナしか使えないはずだ。

 たまたま魔導王とスルシャーナが同じ切り札を持っていたと考えることもできなくはないが、切り札は人それぞれ違う。

 それがたまたま被る確率は低い。

 むしろ考えられるのは持ち主が同一人物だった場合だ。

 

(魔導王が六大神の遺産を奪った? いえ、魔導王が現れたのはつい最近のはず。他に考えられるとしたら……再降臨?)

 

 あり得ない話ではない。

 魔導王の外見は、伝聞に残っているスルシャーナの姿とも一致している。

 スルシャーナは八欲王によって殺されたらしいが、死者蘇生の魔法のように、アンデッドを復活させる魔法や儀式が存在してもおかしくはない。

 それを使用して、百年ごとの揺り返しに合わせてこの地に再び降臨したとは考えられないか。

 

(でも、人間を守護していた六大神が王国の虐殺なんてするはずが──)

 

 無い。と断じる前に閃きが走る。

 規模が違うだけで、これは法国が王国にやろうとしたことと同じではないのか。と考えたのだ。

 安全で肥沃な大地に出来た王国に、人類の守護者となる英雄が誕生するよう、法国は陰から手を貸し続けてきた。

 

 しかし、結果的にその安寧によって王国は内部から腐り始め、もはや処置なしとなったところで、最高執行機関は優秀な皇帝によって統治されていた帝国に併呑させる方向に舵を切った。

 つまり、法国は王国を見捨てたのだ。

 単純に見捨てただけでなく、併呑を早めるために、いくつか工作も仕掛けていた。

 その中の一つとして戦力の要であった王国戦士長暗殺を行った結果、陽光聖典の瓦解に繋がり、計画は一時中断となったらしいが、その陽光聖典を壊滅させた張本人が後の魔導王だったはず。

 

(そこで陽光聖典から計画を聞いた。その上で王国の貴族たちだけでなく、国民も堕落していると考えて罰を与えたとすれば?)

 

 法国の考えではあくまで王侯貴族のみ排除して、トップを帝国の皇帝にすげ替えることで、王国領をそのまま帝国の下につけるつもりだったが、その場合でも直ぐに成果が出るわけではない。

 八本指がばらまいた黒粉や、例年の戦争によって国民そのものが疲弊している状況を立て直して初めて、国力向上に繋がる。

 ならばいっそのこと国民ごと全てを更地にすることで、カッツェ平野のようなアンデッドの群生地を人工的に作り上げ、周辺諸国で最も強大な力を持った真なる竜王がいる評議国との間に緩衝地帯を作り上げる。

 そんな風に考えたとすれば、これまで不要な犠牲を出さなかった魔導王が王国のみ虐殺した理由にも説明がつく。

 

(人間同士なら残酷すぎて出来ないことだけど、死の神なら──)

 

 死を司る神であるスルシャーナが、堕落した王国民に死という罰を与えた。

 関係ない者まで巻き込んでいるのはどうかと思うが、神の視点では人間ひとりひとりを区別できず、国そのものを対象にしたのかもしれない。

 事実、優秀な皇帝の下、国力が向上し続けている帝国は属国になった後も平和な統治が続いているではないか。

 そして、それは六大神が去った後も、様々なやり方で国力向上を続けている法国も同様のはず。

 それならば、魔導国と法国が争う理由がなくなる。

 懸念材料だった人間以外を認めない国民たちも、魔導王が六大神だったと知れば、喜んで従属を願い出るだろう。

 

 もちろんこれは絶死の希望的な憶測に過ぎない。

 陽光聖典を壊滅させたことや、これまで法国に接触してこなかったこと。絶死の師であり現在の法国の守り神とも呼べる、スルシャーナ第一の従者が動かない理由にも説明は付かない。

 だが、魔導王の魔法やアンデッドだけでなく、モモンやアウラたちといった神人級の戦力が複数確認され、まともにぶつかれば勝ち目は皆無の魔導国との戦いを避ける可能性が見えてきた。

 それは同時にモモンたちとも争わずに済むことにも繋がる。

 絶死は知らず、自分が笑みを浮かべていることに気づいた。

 同時に再び近くで大きな木が倒れる音が聞こえて、絶死は一度思考を止めた。

 

「っと」

 

 慌てて口元を押さえて笑みを隠した。

 

(ともかく、まずはエルフ王を討伐してからね。この力は即死魔法と組み合わせないと意味がないからここでは使えない)

 

 カロンの導きはそれ自体に第八位階の即死魔法、(デス)を発動させる力があったが、この杖で発動できるのは杖に炎を纏わせる能力のみ。

 絶死自身の使える魔法は信仰系魔法、それも第三位階までなので、即死系魔法は使えない。

 残念ながらタレントを使ったことによる戦力増強には繋がらなかった。

 かといって、逃げ出すつもりもない。

 むしろ魔導国との交渉を進めるためにも、一刻も早くエルフ国との戦争を終わらせる必要がある。これでエルフ王討伐がますます重要になった。

 そのためには──

 

「……モモン」

 

 未だ戻ってきていないモモンたちのことを考えて、自然とその名を呼んでしまう。

 同時に自分でも驚いた。

 彼の名を呼んだその声音が、自分自身でも聞いたことがないくらい弱弱しいものだったからだ。

 その意味を理解する間もなく、背後で足音が鳴り、全身から血の気が引く。

 

(モモンが戻ってきた? 今の聞かれた? いえ、大丈夫。あんな小声聞き取れるはずがない。普段通り、普段通り迎えれば)

「遅かったわね、モモ──」

 

「いろいろ準備があってねー」

 

 やや低めの声と共に現れたのは、モモンではなくアウラだった。

 彼女の背後には、村人たちを転移させていた楕円形の漆黒が展開されていたが、彼女の後に続く者はなく、そのまま収束して消えていく。

 

「……他は?」

 

 努めて冷静に問うと、アウラは小さく肩を竦めて首を横に振った。

 

「モモンさんとマーレは別の場所で待機しているよ」

 

「そう」

 

 そっと胸をなで下ろす。

 野伏(レンジャー)であるアウラの聴覚なら、先ほどの声が聞かれているだろうが、彼女はまだ子供。

 そこに込められた意味までは気づかないだろう。

 

(いや。意味って! 別に何もないけど)

 

 自分の心に突っ込みを入れつつもそれは表に出さず、代わりに笑みを浮かべる。

 さっきのものとは違う、意図した笑みは、絶死にとって本心を隠す仮面だ。

 元は母親の常軌を逸した訓練から身と心を守るために覚えた技術を、こんなことに使用するとは思わなかったが、アウラにも通じたらしく、彼女は特に気にした様子もなく話を進めた。

 

「ま、いいや。エルフの軍ももう結構近くまで来ているみたいだね。後十五分そこらかな」

 

 アウラの耳がぴくぴくと動く。

 絶死の予想よりさらに早いが、彼女の耳の方が信頼度は高いだろう。と思考を戦闘用に切り替えた。

 アウラたちも間に合った。

 これで今度こそエルフ王を殺せる。

 先ほどまでとは別種の興奮が全身に漲り、杖を握る手に力が籠った。

 

「それ」

「え?」

 

 アウラの手が絶死の持つ杖に向けられる。

 

「雑に扱って傷つけたり壊したりしたら、許さないから」

 

 瞬間、いっそ物理的な干渉すら感じる勘気が向けられた。

 流石にエルフ王と戦った際に感じた体が硬直するほどのものではないが、それは絶死だからであり、並の人間、いや漆黒聖典の隊員レベルでもこの視線を受けただけで気絶してしまいかねない。

 それほどの怒りを向けているのはやはり、魔導王が単純な君主ではなく、神であり忠義とは別の信仰による潔癖性──異教徒に自分が信仰する神の持ち物に触れられたくない──のようなものがあるからなのか。

 とそこまで考えて、絶死は内心で息を吐いた。

 

(ダメね。さっきから自分の都合の良いように考えてる)

 

 魔導王の正体が、死の神スルシャーナだというのはあくまで絶死の推論だ。

 絶死が今しなくてはならないのは、予想が当たっていた場合ではなく、外れていたときにどうするべきかである。

 その場合、当初の予定通り魔導王に接近して討ち取ることになるかもしれないのだから。

 魔導王が六大神でなかったとしても、スルシャーナと同じ切り札が使える以上、実力も同等とみて間違いない。

 それを討つとなれば、考えすぎて困ることはないだろう。

 

(アウラが魔導王にもこれほど心酔しているなら、私のタレントのことは言わない方が良さそうね)

 

 こうした場合、隠し事はせず素直に話して謝罪する方がいいこともあるが、それは話が通じる相手に限られる。

 アウラの性格と魔導王への忠義心を考えれば、間違いなく突っかかってくる。

 

(戦力増強の為と言っても、何で自分たちを待たずに勝手なことをしたのかって言われたらそれまでだし。やっぱりここはモモンを通すのが無難ね)

 

 アウラたちがモモンに対して魔導王と同等に近い感情を向けているのはよく分かる。

 そのモモンから許しをもらえば、アウラも下手なことは言えないだろう。

 そしてモモンならば、絶死の行動を頭ごなしに否定することはないはず。

 

(いっそのこと、魔導王の正体についてもモモンに聞いてみる?)

「ねえ。聞いてる?」

 

 いっそう不機嫌なアウラの声に、絶死は慌ててけれどそれは隠して頷く。

 

「え? ええ。もちろん分かっているわよ」

 

 それでも突然のことに少々声が上擦ってしまった。

 当然アウラにも伝わり、こちらの言うことを信じていないように片眉を持ち上げていたが、何か言う前に地面に巨大な樹木が倒れる音と共に、僅かな振動が響いた。

 先ほどよりさらに近づき、いよいよエルフたちの足音まで聞こえてくるようだ。

 

「もう時間がないから手短に。モモンさんから伝言ね。予定通りエルフたちとの分断はこっちでするから、アンタはここに待機して、エルフ王を倒すことだけに集中しろってさ」

 

「分断って、どうやって」

 

 当初の予定では、もっと距離があるときにアウラだけが姿を見せて、エルフ王と土の精霊を先行させて分断させた後、モモンたちが土の精霊を引きつけて、絶死とエルフ王が一対一で戦える場を整えてもらう手はずだったが、そのときとは状況が違う。

 あれは、エルフであっても一度見失ったら再度発見することは困難な樹海の中だからこそ、無理をしてでも追いかけるしかない。という前提があっての作戦だ。

 この村という拠点を手にした後では意味が無い。

 絶死の考えを読みとったらしく、アウラはニンマリと笑う。

 

「余計な話をしている暇はないって言ったでしょ。分断はこっちでやるって、モモンさんが言っているの」

 

 さあどうする?

 ニンマリとした笑顔は、更に深く挑発的な物に変わる。

 自分たちを信じるかどうかは絶死に任せるとでも言いたげな態度に、間髪入れずに答えていた。

 

「分かった。信じるわ」

 

 ごく自然に声が出て、絶死自身も驚いた。

 とはいえ、元々自分はモモンたちに敵討ちを手助けして貰う立場なのだから、ということもあるが、それ以上に最後の一言。

 モモンがそう言っている。

 それだけで不思議と信じる気になってくる。

 その理由はよく分からないが、今。戦いの前に考えることではない。

 

「ふーん。あっそ。じゃ、よろしくね」

 

 こちらが即答したことが面白くないのか、憮然と唇を尖らせてアウラが言う。

 ようやく一矢報いて気分が良くなった絶死はついでとばかりに、これまであえて意識の外に追いやろうとして、しかし捨てることもできずに地面に置いていた駕籠を手に取るとそのままアウラに差し出した。

 

「私はもう貰ったから残りは貴方たちに上げるわ。一緒に遊んだお友達からの贈り物よ」

 

 お友達の部分を強調して言うと今度こそアウラは分かりやすく眉間に皺を寄せ、嫌そうな顔をした。

 しかし、モモンからなにか言われているのか、無碍に扱うようなことはせず、渋々といった様子で受け取った。

 

 

 ・

 

 

 疲れ知らずのベヒーモスがムチのように振るう攻撃によって、木々が粉砕され、一気に数メートル程度空間が広がる。

 当然、木々の破片や破壊されていない枝葉が周囲にまき散らされ、そこを寝床としていた小動物や地面に生えていた草花が犠牲になっただろうが、そんなことは知ったことではない。

 王たる自分が通る道を造るための犠牲なのだから。

 

 とはいえ、その度に舞い上がる悲鳴にも似た轟音や、土ボコリにはうんざりしていたのだが、それもようやく終わった。

 視界の先に、それまで倒してきた樹とは異なる、ずんぐりと幹の太い木々が現れたためだ。

 エルフツリーと呼ばれるこの樹は、エルフ種特有の魔法によって自在に姿を変え、住居は勿論、服や武器、生活用品なども作り出す。

 それらが密集したものこそが、この森に住むエルフの集落だ。

 数千本のエルフツリーと、並のエルフツリーより遙かに巨大で高さもある王城を有する、デケムの王都と比べると目の前の集落は小規模なものだ。

 

「とはいえ、前のところよりはマシか」

 

 ベヒーモスの上からひとりごちる。

 エルフツリーの数から言って村の住人は二百人程度だ。

 自分が拠点として暮らすと考えれば、最低でもそのくらいの広さは必要となる。

 もちろん、自分と身の回りの世話を任せる者数名のみ残して後は全員追い出した上での話だが。 

 追い出した者たちは別の村に向かわせて、例のハーフエルフたちの捜索に使うとしよう。

 

(まあ、ここに匿われているのであれば、手っとり早いが……)

 

 そんなことを考えながら、村を見ていて疑問を抱く。

 誰も出てこないのだ。

 

「おい」

「はっ!」

 

 側近として側に置いている男に声を掛けると、即座に近づいてくる。

 未だ樹を倒した際のざわめきは収まらず、ベヒーモスの上にいるデケムとは距離も離れているというのに声を聞き取れたのは、この男が連れてきたエルフたちの中では最も野伏(レンジャー)としての実力が優れているが故だ。

 

「この私が来たというのに、何故村の者たちは出迎えない?」

 

 村が黙視できる距離で、これだけ音を発生させれば流石に村人たちも気づくはずだ。

 少なくとも前の村ではそうだった。

 その上で、奴らはデケムがすべてのエルフ種の頂点に立つ王であると気づかず、こともあろうに敵対行動を取ったからこそ、処罰したのだ。

 だが、そもそも様子を見にすら来ないのはどういうことか。

 

「王よ。恐れながら、村から音が聞こえません。おそらく既に村を棄てたのではないでしょうか」

 

「棄てた? 何故そんな真似を──ああ。やはり前の村の生き残りでも居たのか」

 

 村を燃やした後何名か、森の中に逃げ出した者たちがいた。

 追っ手を差し向け殆どは殺したし、残った者に関しても深手を負わせたので、途中で息絶えたか魔獣などに殺されたと考えていたが、その中で運良く生き延びた者が、ここまでたどり着き情報を伝えたと考えれば辻褄は合う。

 思わず舌打ちすると、側近の男はビクリと身を震わせた。

 

「しかし愚かなことをする。先の村が罰を受けたのは私に対して無礼な態度を取ったが故。寛大な王であるこの私は、礼を尽くせばダークエルフだからと言って差別などしないというのにな」

 

「……あるいは、何か後ろ暗いことがあったのかもしれません」

 

「この村で匿っていたということか」

 

「先の村ほどではありませんが、ここも王都から近い位置にありますので」

 

 暢気な物言いに苛立ち、怒気を込めた視線を向ける。

 

「ならば早々に追いかけろ。まだ遠くには行っていないはずだ。何のためにお前たちを連れてきたと思っている」

 

「ひっ」

 

 デケムの勘気に当てられた男は、すぐに動き出すことなく、悲鳴ともつかない嗚咽とともに体を硬直させる。

 

(情けない)

 

 弱者ならこれだけで気絶することもあるため、それよりはマシとはいえ、現在王都に住むエルフの精鋭ですらこの様。

 やはりエルフが最高の種族であると証明するには、こいつらではダメだ。

 世界最高のエルフである自分と、その血を受け継いだ強い母胎の間に生まれた子供が必要だ。

 なんとしてもあのハーフエルフとダークエルフを捕らえなくてはならない。

 改めてそう決心し、未だ動けない男に再度命令を下そうとした直後。

 後方、おそらくは隊列の最後尾付近から喧噪混じりの悲鳴が上がった。

 

「何事だ?」

「す、すぐ確認して参ります」

 

 デケムの勘気に当てられていた側近がよろよろと立ち上がる。

 

(森に住む魔獣が襲いかかってきたのか? いや、それにしてはあまりにもタイミングが良すぎる)

 

 となると。

 あのハーフエルフを助ける際、ダークエルフの子供が乗っていた魔獣の存在を思い出す。

 やはりあの連中はこの村に匿われていたのだ。

 その上で、事前に森の中に潜伏して自分たちを素通りさせた後、タイミングを見計らい、後ろから一気に攻撃を仕掛けてきたと考えれば辻褄は合う。

 

「王よ! 報告いたします!」

 

 横から、二人のエルフが姿を見せて告げた。

 一人はさきほど調べに行った側近だが、後方を確認してきたにしては早すぎる。

 おそらく報告を伝えにきた伝令と途中で合流して戻ってきたのだろう。

 無言で報告を促すと青白い顔で男が告げる。

 

「突如現れた魔獣に、最後尾の者たちが襲われております。敵の数は三匹。狼のような魔獣に、見たこともない巨大な四足獣。そして王種(ロード)と思われる巨大なアンキロウルススもおり、倒れた木々に行く手を阻まれ逃げることもできず蹂躙されております。なにとぞ王のお力を!」

 

「ダークエルフは?」

 

「か、確認されておりません。魔獣だけです」

 

「……」

 

 深く頭を下げる伝令と側近を前にデケムは思案する。

 

「なるほどなるほど。正攻法では勝ち目は無いと、弱者らしく策を練ったわけだ」

 

 突然の事態にもデケムは慌てない。

 策を練るという行為自体、正面から戦っては自分に勝てないと宣言しているようなものなのだから。

 

(私を誘いだそうとしている? いや。それならばわざわざ後ろから襲う必要はない。むしろ退路を塞いで村の中に追い込もうとしているのか)

 

 村を棄てる際、ついでに何か罠を仕掛けており、中に追い込んだところで一網打尽にする。

 未開人のダークエルフどもの考える策など、そんなところだろう。

 どんな罠であろうと、自分とベヒーモスなら問題なく突破できるだろうが、わざわざ王たる自分が出るまでもない。

 

「良かろう。そちらにはベヒーモスを向かわせる。先頭のお前たちはそのまま村に入り、中にダークエルフが居れば捕らえておけ。魔獣に襲われている者どもにはベヒーモスが到着するまで全力で時間を稼ぐように命じよ」

「は、はは!」

 

 側近の男の声に力が漲った。

 デケムが自分たちの身を案じて、安全な場所に避難させようとしているのだと考えているらしいが、むしろ逆だ。

 どんな罠が張られているかを確認するための捨て駒。確か──

 

「露払い。だったか」

 

 偉大なる父がかつて言っていた。

 小物に先を歩かせ、地面に生えた草の露を処理させて、王たるものの足下を汚させないようにする。

 まさにこの状況のためにあるような言葉だ。

 

 どちらにしても、ようやくこの面倒ごとに決着をつけられそうだ。

 奴らを捕らえた後、ハーフエルフの娘とダークエルフ、どちらから王の慈悲をくれてやるべきか。

 成長度合い的にはハーフエルフだが、血筋的には人間の血が混ざっているハーフより近縁種であるダークエルフの方が良い。

 それとも、もう一人のダークエルフの子供を使って同時に孕ませ、どちらの母胎が優れているか確認してから改めて自分の子を産ませるべきか。

 どんな道を選ぶにしろ、これでようやく長年の夢を叶えることが出来る。

 

「行くぞベヒーモス」

 

 未だ背後から聞こえるエルフどもの悲鳴を無視して、デケムはベヒーモスに命じ、ゆっくりと村に向かって移動を開始した。




ちなみに絶死の持つタレントは、サイコメトリーとポゼッションとの合わせ技とのことですが、サイコメトリー部分でも知れるのは切り札のみで細かい部分は分からないとのことでしたので、使い手の名前や能力の詳細は分からず、結果アインズ様とスルシャーナが同一人物かも。と勘違いしたという感じです
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