オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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第22話 戦闘開始

(馬鹿げている)

 

 人気のない集落のエルフツリーを調べながら思う。

 自分たちはこんなことをしている場合なのだろうか。

 

 本来王都を外敵から守るはずの自分たちが都市を離れて、普段近寄らない樹海の奥地までやってきた。

 それも、王都のすぐ近くまで人間の軍勢が迫っている状況でだ。

 これでは民を見捨てて逃げ出したようにしか見えない。

 

 それも目的が近縁種であり、同じ森に生きる同胞であるはずのダークエルフを捕らえるためというのだからたまったものではない。

 とはいえこれは王直々の命令だ。

 断ることなど出来ないし、そんなことをすれば咎を受けるのは自分たちだけでなく、その家族も同様だ。

 ならば一刻も早く任務を達成し、王都に帰還するのが最良。と無理やり自分を納得させる。

 

(まだここに居てくれれば、これ以上無駄な虐殺をせずに済むのだが)

 

 一つ目の村では、村長が呼びかけを無視したことに腹を立てた王の命により、村を包囲し火を掛けて村ごと焼き払うという、森の木々と共に生きるエルフにあるまじき方法を採ってしまった。

 ここに来るまでの間も同様だ。

 木々を切り倒しながら進む。これでは突如森に攻め込んでいたあの法国なる野蛮な人間どもと同じではないか。

 だが、そんな行為もこの村に目標がいれば終わる。

 

 そしてその可能性は高いだろう。

 後方から襲ってきた複数の魔獣たちがその証拠だ。

 通常森を生きる魔獣たちが群れることはない。

 初めから群れて生きる同種や弱い者同士が共存することはあり得るが、あのレベルの魔獣ではそれもないだろう。

 つまりあの魔獣たちは何らかの力によって操られていると考えられる。

 

 あんな強大な魔獣を操るとなれば、それこそ、王が目的にしている強いダークエルフに違いない。

 そしてそうした強大な魔獣を操る場合、あまり離れた位置からでは命令を下せないと聞いたことがある。

 となれば、戦況を確認しやすいこの村の中に隠れていると考えるのが自然だ。

 時間を稼いでくれている同胞たちには申し訳ないが、今しばらく耐えてもらう。

 その間に自分たちが目標を捕らえさえすれば、すぐにでも王都に帰還することが出来るのだ。

 この村は最初の村よりは規模が大きいようだが、それでもエルフツリーの数は百に届かない程度。

 強大な魔獣の足止めに多くの人員を割いているため、ここにやってきたのは十人そこらだが、手分けして捜せばすぐに見つかる。

 そう考えた直後。

 

「居たぞ! 中央だ!」

 

 仲間の声が聞こえ、即座にエルフツリーを出て、声の方に向かった。

 おそらくは集会所や広場として利用していたのであろう、村の中央に宙づりになっているお盆のような場所。

 そこに、一人の少女が立っていた。

 

「ダークエルフ、じゃない?」

 

 白と黒、二色に分かれた髪と、真っ白い肌の色はどちらもダークエルフの特徴とは違う。

 だが、彼女が目的の人物であるのは確実だ。

 こちらを興味なさげに見るその眼差しに浮かぶ、左右異なる色。

 いわゆる王の相と呼ばれる瞳を持っていたのだから。

 

「……あの男は、どこ?」

 

 集まってきた全員に取り囲まれ、弓矢で狙われても、女の態度は変わらない。

 それどころか、手にした杖を構えることもなく、悠然と問いかけてきた。

 そんな態度も、王に似ている。

 やはり王の血を継ぐ者か、確かに王はここに来ることを決めた際、自分の子と孫を迎えに行くと言っていた。

 彼女がそのどちらかであり、もう片方がダークエルフならば、辻褄は合う。

 だが、王の血を継ぐ者はたとえ王の相を有していなくても、並のエルフより遙かに強大な力を持つ。

 

 魔獣使いならば、本人の力は低いはずだが、似たような力を使う召喚士である王は生身でも最強の力を有している。

 自分たちでは手に余る。

 ここは捕らえるのは諦め、王を呼ぶべきか。しかし、その場合、王は魔獣と戦わせているベヒーモスを呼び戻すかもしれない。

 それでは、同胞たちが──

 

「聞こえなかった?」

 

 僅かに怒気と苛立ちを含んだ声に、思考を中断させる。

 身を竦ませるどころか、息をすることすら難しいこの殺気はまさしく王が放つ物と同種。

 素早く答えなくては、即座に殺されてしまいかねない。

 だが、答えたらその後、王に処断されるだろう。

 どちらにしても死しかない。

 

「ふむ。王を迎えるにしては態度がなっていないな」

 

 殺意の奔流とも言える空間に突如として涼しげな声が響いた。

 

「王」

 

 村の入り口で待機していた王が何故ここに。

 ベヒーモスが魔獣を倒し、共にやってきたのかと思ったが、耳を澄ますと背後からは未だ戦闘音が聞こえてくる。

 では一体なぜここに。

 そんな疑問に答えることなく、王はこちらを一瞥するとつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「露払いも出来んとは。つくづくお前たちは無能だな」

「ツユハライ?」

 

 聞き覚えのない言葉に眉を顰めるが、少なくとも戦闘が続いていて、王が一人でやってきた以上、ベヒーモスを魔獣退治させつつ、自分だけ先にきたと見るべきか。

 そんなことを考えている間に、いつの間にか、殺気は消えていた。

 正確には方向性が変わったと言うべきか。

 先ほどまで全周囲にまき散らされていた殺気が、王一人に向けられている。

 しかし王はそんな殺気を意にも介さぬどころか、楽しそうに口元を斜めにした。

 

「以前も思ったが流石は私の娘、良い勘気だ。並の者であればこれだけで命を落としていたやもしれんな。やはり我が血脈こそが全ての頂点に立つにふさわしい」

 

 殆ど確実だったとはいえ、ようやく実感が湧いた。

 確かにこの少女は王の血を受け継ぐものだ。

 そうした者は国にもいて、大人のエルフより強大な力を持っている者がほとんどなのだが、王にとってはそれでも十分ではないらしく、法国との戦争に投入され続けたことで殆ど死亡してしまった。

 それでも、命と引き換えに多大な成果を上げられるだけの実力を持ったものを使い捨てる王の考えは理解できなかったのだが、この少女のような強さを求めていたのなら、理解はできる。

 もちろん納得できるかどうかは別の話だが。

 

「偉そうに語ってるとこ悪いけど、そんな余裕ぶってて良いの? アンタ一人で、私に勝てるとでも?」

 

 ハーフエルフの少女が持っている杖を掲げた。

 やはり少女の殺意は王にのみ向かっている。

 こうは言いたくはないが、正直彼女の気持ちは理解できてしまう。

 先の戦争に投入され続ける子供たちや、拒否権なく子を産まされ続ける女たち。

 王の強大な力によって誰も逆らうことができず、そもそもあの力がなければ、人間たちの侵略も抑えることはできないという事実もあって国民は誰一人刃向かうことはできないが、仮に王と同等の力を持ち、しかも純粋なエルフではなく、国のことを憂う必要もない彼女のような者なら、王に反旗を翻すのもある意味当然だ。

 そして今王は、最大の武器を失っている。

 

(しまった。そういうことか。あの魔獣たちはベヒーモスと王を分断するための罠!)

 

 王の慈悲がこんな形で響くとは。

 思わず王を見る。

 

「王よ!」

 

 自分たちが時間を稼ぐからベヒーモスと合流を。と続けるより早く、王の高らかな笑いが周囲に響きわたった。

 

「はっはっはっ。確かに純粋な戦士であるお前と私がぶつかれば少々分は悪いかもしれんなぁ」

 

 少女の言葉を王が認めたこともそうだが、この余裕はいったい。

 王足るものいついかなる時でも矜持を失うことはないということなのか、それとも王にはベヒーモス以上の切り札があるというのか。

 そう考えた直後、少女の姿が消えた。

 いや、そうではない。

 突如、轟音と共に足元が揺らぎ、同時に目の前に壁がせり上がったことで視界が塞がれたのだ。

 

「なに?!」

 

 その壁が、お盆状になった広場の土台そのものを突き破って出現したベヒーモスの体だと気づくまで少し時間が掛かった。

 王の近くにいた自分はどうにか耐えることができたが、他の同胞たちの悲鳴や地面に落ちる音が聞こえる。

 

「私がこんな役立たずどものために、ベヒーモスと離れると本気で思ったのか?」

 

 場違いに静かな王の声を聞きながら、地面を突き抜けて立つ巨大な土の塊を見やる。

 

(そういうことか)

 

 王の操る最強の精霊、ベヒーモスは土の精霊であり、戦わないときは砂の状態になる。

 王はその状態を維持させてベヒーモスを広場の真下まで移動させた。

 つまり、初めから魔獣に襲われた同胞たちを助ける気などなかったのだ。

 そして自分たちはその接近を気づかせないための捨て駒でしかなかった。

 

 これが我らの王。

 こんな男が。

 怒りが全身を支配し、拳を握りしめる。

 いっそ、この少女に協力して──

 

「なにをしている?」

「は、はっ。なにを、とは?」

 

 唐突に声を掛けられ、自分の心が見透かされてしまったかと恐怖しながら問いかけるが、王は特に怒りを抱いている様子もなく、怪訝そうに眉を顰めた後、ベヒーモスの奥にいる少女を顎で指し示した。

 

「さっさと奴に攻撃を仕掛けろ。ベヒーモスの真価を発揮させるためにな」

 

 王が言っているのは、少女を地面に落とせということだ。

 ベヒーモスに限らず、土の精霊は基本的に地面と接していないと弱体化するため、戦場を地面にしたいのは分かる。

 だからこそ、王はまず土台となる広場を狙った。

 あちらもそれを理解しているらしく、いつの間にか、広場の中央を離れ、足場となりやすいエルフツリーの近くまで移動して、こちらを注意深く観察している。

 だが、王ですら直接戦えば勝てないといわしめる戦士に戦いを挑むなど、無謀以外のなにものでもない。

 第一落とすだけなら、ここまでやってきたように、エルフツリーそのものを攻撃すれば良いだけではないか。

 そんな心の疑問に応えるかのごとく、王は何でもないように続けた。

 

「まだ他にも獲物はいる。この集落は壊したくない。さっさと行け。お前たちのような役立たずでも全員が命を懸ければ重石くらいにはなろう」

 

 そんなことのために。

 分かっていたことだ。

 王にとって、王の相どころか血を引いてすらいない自分たちなどなんの価値もないと。

 ここで王を裏切ってこの少女に付いて共に王を討つべきではないかという思いが、再び湧き上がる。

 彼女が王の娘だというのなら、そのまま我が国の王になってもらえば、人間たちにも対抗できるのでは。

 そんな葛藤も、王の言葉を聞き、戦闘態勢に入った少女を見て霧散した。

 

 正確には掲げた杖の先端に突如として吹き出した炎を見てだ。

 自分たちは王がこんな男だと理解しつつ、なにも行動できず、ましてダークエルフの村を焼き討ちまでしたのだ。

 そんな自分たちが今更、王を裏切って少女に付くなど許されるはずがない。

 残った者たちに目配せをして合図を出し、エルフの精鋭たちは、王の命を叶えるべく、一斉に飛び出した。

 

 

 ・

 

 

「そろそろか」

 

 アンティリーネが戦っている広場から、少し離れた位置にあるエルフツリーの中からアインズが呟くも反応はない。

 近くには、アウラもいるはずだが、アインズが使用している完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)の効果によって、こちらの声が届いていないからだ。

 だがそれはアインズも同じこと。

 ギリーギリーマントを装備して隠密しているアウラがどこにいるのかアインズには分からない。

 そしてもう一人、マーレに至っては現在村の中には居らず、エルフを襲わせたフェンリルたちの近くに待機させている。

 これはマーレの持つ木漏れ日のマントが、家屋内で効果が半減するからではなく、マーレには別の役割があるからだ。

 

「あいつがエルフたちにも手加減しているのはアウラから話を聞いたからか? いや、そんな時間は無かったはずだが……」

 

 根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)は地面に接触していると全ての能力にボーナスが掛かり、土に潜って姿を消すこともできる。

 それを理解しているエルフ王がアンティリーネを地面に落とそうとして、けしかけたエルフたち。

 そんなエルフたちをアンティリーネはできる限り殺さず、逆に地面へ落とすような戦い方をしてるように見える。

 

「しかし、アウラとマーレがエルフの国のことまで考えていたとは」

 

 ダークエルフたちを逃がした以上、エルフに気遣う意味は無くなったため、最初は全員殺す予定──エルフ王に関しては世界級(ワールド)アイテムの情報を含めて話してもらわなくてはならないため、生け捕りにするつもりだが──だったのだが、アウラの提案はアンティリーネに一人で王を倒させることで、エルフの国の王位を奪わせ、そのまま国に戻らせて、魔導国と友好を結ばせるというものだ。

 アンティリーネは王の血を引いている上、エルフ自体がかなり原始的な生活をしている種族なので、そのやり方でも王位を手に入れられるのは理解できる。

 だが、双子がそうした政治的な提案をしてきたのには驚かされた。

 思いついたというより初めからそのつもりだったような言い方からすると、一度ナザリックに戻らせて準備をさせたときに、アルベドかデミウルゴス辺りから提案でもされたのかもしれない。

 

「まぁ、その方が宝物庫を探したりするのには便利だから良いんだけど──」

 

 個人的には、魔導国に亡命して貰い、ダークエルフと一緒にトブの大森林で暮らして貰うのが一番なのだが、アンティリーネが女王になれば、国の秘宝だというユグドラシル産のアイテムを手に入れられるかもしれない。

 場合によっては世界級(ワールド)アイテムもあることを考えると、利は大きい。

 それに、アンティリーネが王になれば、アウラたちを外交官として派遣することもできる。

 どんなときでも仕事を優先させてしまうのがNPCの弱点だが、国交の一環として派遣されれば、仕事として堂々と親交を深めさせられるわけだ。

 

「仮師匠との約束は破ることになるが、まあ、あれは死ぬなよ的な激励だろうから大丈夫だろう」

 

 一人納得してから、改めて戦況を確認する。

 どういう訳か、根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)はエルフ王を守るような位置で陣取ったまま動こうとしない。

 お盆状になった広場の真ん中に根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)が地面を突き抜けて立っている形だ。

 レベル八十を超える相手にとって、ツタが絡み合っているだけの台座など、何の拘束にもなりはしない以上意図的にそうしているのだろうが、これは少々予想外だ。

 できれば根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)に広場のお盆を破壊させ、戦場をエルフツリーに固定させたい。

 先ほどエルフ王本人が言っていたように、この集落をできるだけ無傷で手に入れるために無駄な破壊はさせないようにしているのだろうが、エルフたちがいなくなれば諦めて根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)を動かすだろう。とそこまで考えてはたと気づく。

 

「いや待てよ。エルフ王本人が集落を壊させないために、地面に降りたら元も子もないか」

 

 アンティリーネの目的がエルフ王である以上、奴がこの場から離れたら当然アンティリーネも移動するだろう。

 こちらの手札をできるだけ晒したくなかったからこそ、分断方法を知らせずにいたが、それが裏目に出た。

 

「仕方ない」

 

 エルフたちが一掃された以上、分断自体はいつでも可能だ。

 

「後は、奴が世界級(ワールド)アイテムを持っているかだな」

 

 これからアインズが打つ手段によってそれが判明する。

 万が一、例の相手を洗脳する世界級(ワールド)アイテムを持ってきていたら、もうなにも遠慮はいらない。

 アインズを含めた三人で一気に叩きのめす。

 アンティリーネに任せるという約束は果たせなくなるが、憎い父親に操られるよりはマシだと納得してもらおう。

 エルフ王がシャルティアを操った奴ならば、楽に殺してやるつもりはない。

 情報収集や実験材料としてあらゆる手段でもって責め苦を与え、ナザリックに喧嘩を売ったことを後悔させてやる。

 その過程を手伝ってもらうことで憂さ晴らしをしてもらえばある程度納得してくれるはずだ。

 

「〈伝言(メッセージ)〉」

 

 最後のエルフが落ちたのを確認した後、アインズは魔法を使用し、アウラに連絡を取った。

 

「アウラ、やれ」

『はい。アインズ様!』

 

 力強い声と共にアウラが動き出す。

 同時に、アンティリーネとエルフ王の姿がかき消えた。

 

「……入ったか?」

『その、ようです』

「……そうか」

 

 思わず舌打ちしかけた自分を律し、アインズは自身の頭の中に浮かんでくる選択肢を保留にしたまま考える。

 アウラが発動させたのはいつも彼女に預けている世界級(ワールド)アイテム山河社稷図。

 多種多様な効果がある絵画の世界を展開し、現実世界と入れ替えることで、対象を中に閉じこめることができる。

 使用するのに特別な条件もなく、使用回数の制限もない、かなり使いやすい部類の世界級(ワールド)アイテムだが、ランダムで達成条件が設定され、それを達成すると無条件に奪えてしまうため注意が必要だ。

 

 もっとも今回に限ってはそちらの心配もほぼないと言っていいのだが。

 本来世界級(ワールド)アイテムを身につけているアインズとマーレには効果がないのだが、自分から受け入れればそのまま中に入ることが出来る。

 その選択権は本人にあるため、断ることも可能だ。

 そうせずに大人しく閉じこめられた時点でエルフ王は世界級(ワールド)アイテムを持っていないことになる。

 

(俺たちを捕まえにきた以上持ってこないはずもないし……外れか)

 

 今度こそ、見つけた。と思っただけに肩すかしを食らった気分だ。

 

「では私も入る」

『分かりました』

 

 ちらりと視線を向けた先には、召喚主であるエルフ王が消え、右往左往して狼狽えている根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)の姿。

 そう。

 消えたのはエルフ王とアンティリーネだけで奴はそのまま残されているのだ。

 

(やはり触れているだけなら村に入っていることにはならない)

 

 山河社稷図で包み込める範囲は、使用者がいるエリア一つ。

 今回で言うのなら、アウラが村の中にいるため、村そのものが範囲になる。

 ではなぜ根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)がその中に入らなかったかと言えば、奴が立っているのが地面だからだ。

 これが人間の村であれば、地面にいれば当然そこは村の中になるが、ここはダークエルフの村。

 エルフツリーとそのツリーから延びた枝によって作られた足場を生活の基盤としているダークエルフにとって、地面とは足場のことであって、その下の大地は村の一部ではない。

 いつ何時魔獣や獣が襲いかかってくるかもしれない危険地帯であり、滅多なことがなければ降りようとしない。

 そんな彼らの感情が反映されたかのごとく、地面がエリア判定から除外されるのだ。

 

 これは別にエルフ種族に限った特徴ではない。

 地下で暮らすドワーフの国でアウラが使用したときは、洞窟部分のみがエリアとして設定されたように、水の中を生きる亜人の集落では水の中がエリアとして設定される。

 まるで入った瞬間画面が切り替わるゲームのように。

 何故そうなっているのかは分からないし、考えても意味がない。

 重要なのは、それを利用すればこうやって狙った相手のみを分断することが可能ということだ。

 作戦が上手くいったことに満足し、山河社稷図の作り出した空間に入る前に、今度はマーレに連絡を入れる。

 

「今から私も山河社稷図の中に入る。マーレは手筈通り──あ」

 

 そこまで話して、アインズは地面に転がっているエルフたちに目をやった。

 マーレの役目は孤立した根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)の監視だが、アンティリーネがエルフたちを助けたことでそいつらの身を守る必要も出てきたことに気が付いたのだ。

 

 本来エルフたちはエルフ王の味方側だが、奴が配下のことなどなんとも思っていない以上、山河社稷図の結界内に侵入しようと根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)をその場で暴れさせることも考えられる。

 山河社稷図は絵画の世界と現実世界を入れ替えるものなので、そんなことをしても中には入れないが、相手からすれば突如周囲に靄がかかって閉じ込められた状態だ。

 外から無理やり破壊できないか試すのは当然の選択だろう。

 

『アインズ様?』

 

「いや、予定変更だ。マーレはできるだけエルフたちを守りつつ、根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)の相手をせよ。この世界で発生した精霊ならば、私の知らない能力があるかもしれん。アウラに言ってフェンリルたちを戦わせるから、いきなり戦うのではなく、まずは注意深く相手を観察せよ」

 

 かつてマーレは同格の存在である根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)をあっさり倒しているが、あのときはアウラと二人掛かりだった。

 もっとも、レベル差的にマーレ一人でも負けることはないだろうが、範囲攻撃主体のマーレがエルフを守りながら戦うとなれば話は別だ。

 アウラのペットであるフェンリルを前面に出させるのは彼女に悪い気もするが、動きの遅い根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)の攻撃ならフェンリルを捉えるのは難しいだろう。

 

『えっと。は、はい! 分かりました』

 

 急な作戦変更に戸惑っているのか、上擦った声を出すマーレに申し訳なさと、一抹の不安を覚えつつも、やはり最優先すべきはエルフ王の捕縛だと考え直し、アインズは頭の中に浮かんだまま保留になっている選択肢を選び、結界の中に侵入した。

 

 

 ・

 

 

(えっと、今のって、結局どういうことなのかな?)

 

 キョロキョロと召喚主を探すかのように辺りを見回す根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)をこっそり観察しながらマーレは考える。

 こういうことを考えるのは正直得意ではないのだが、そうも言っていられない事情がある。

 この森にやってくる前、アルベドから受けた叱責がその原因だ。

 アルベドやデミウルゴスが休暇を取ることになった際、自分やアウラがその代わりを務められるかとの主人の問いに、マーレは素直に無理だと答えたことに対してアルベドやアウラ、そして主人からも──二人ほど強くはなかったが──お叱りを受けた。

 

 今回マーレはその失態を雪ぐべく、特に主人の言葉の裏を読み説こうと必死に考え、できる限り自分からアイデアも出すようにした。

 現状それができているかは分からないが、少なくともここまで主人の方から、だめ出しを受けることは無かった。

 むしろ、マーレのやり方を理解した上で、軌道修正が必要だと感じた際は、命令ではなく雑談や思いつきという体をとって自分の考えを伝えてきていた。

 今回の計画変更もその一つに違いない。

 つまりただ戦って倒すのではなく、何か別の意図があるはず……

 

「来たぞ! 魔獣だ!」

 

 マーレの思考を邪魔するエルフの声にムッとしながら顔を上げると、主人の言った通り後方でエルフを逃がさないようにしていたフェンリルがこちらに向かってきているのが見えた。

 

「あれ。ハムスケも一緒だ」

 

 フェンリルの体が細身だからこそ、その後ろから必死に追いすがって駆けているハムスケの体がよく目立つ。

 あの魔獣熊も一緒だが、こちらはハムスケよりさらに遅い。

 そういえば主人はフェンリルたちを向かわせると言っていたことを思い出す。

 しかし、フェンリルと違ってハムスケのレベルは精々三十そこら。動きも大して早くない以上戦いの役には立たない。それどころか、レベル差を考えると一撃で殺されかねないはず。

 

 ここで捕まえた魔獣熊はともかく、冒険者モモンのペットであるハムスケまで捨て駒にするとは思えない。

 これも主人が自分に伝えようとしていることに何か関係があるのかと、改めて観察していると、地面に転がっているエルフたちの様子がおかしいことに気が付いた。

 やってきた魔獣たちを見ても、おびえている様子がないのだ。

 それどころか何か驚いているようにすら見える。

 

「強い魔獣だからかな?」

 

 魔獣熊に襲われたダークエルフが怯えて動けなくなっていたように。と思ってからすぐ否定する。

 ダークエルフだって魔獣熊を見たことがあるものや、日ごろから森の中で狩りをしているような者たちは、怯えてはいたが戦う姿勢は見せていた。

 ここにいるのはエルフの精鋭らしいし、何より少なくとも単体の性能としてはもっと強い根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)がいるのに、全員が動けないほど怯えるとは思えない。

 

「……ツンゴグァ様?」

 

 誰かの呟きが聞こえた瞬間、エルフたちの視線が一点に集中した。

 

「な、なんでござる?」

 

 その視線を受けたハムスケが動きを止め、困惑したように身を後ろにのけぞらせる。

 

「喋った! やっぱり!」

「なんでツンゴグァ様が俺たちを襲うんだよ!?」

 

 ハムスケが話したことで、更に喧騒は強くなるが、マーレはなんとなくその視線や雰囲気に覚えがある気がした。

 

「そんなの、決まってるだろ。何の罪もない同胞を殺した天罰ってやつだよ」

 

 どこでだったか思い出すより早く、両膝を突いたまま呆然とハムスケを見上げる男がポツリと呟いた。

 

「そんな! だってあれは、王の命で──」

「そうだ。そうやって自分で考えず、王の命だからって何でもかんでも言われたとおりにしてきた。あの子はそんな俺たちすら殺さないように手を加えてくれたのに」

 

 男の呟きに反応したわけではないだろうが、今まで周囲を見回していた根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)がフェンリルたちに狙いを定めた。

 それを見た瞬間、先ほどのエルフの男が立ち上がって叫んだ。

 

「俺はもう嫌だ! 王の、あんな男の命令なんか聞いていられるか! ツンゴグァ様! 俺のことはどうなっても構いません! ですから、コイツをそしてあの男に天罰を下し、我らの故郷をお守りください!」

 

 その言葉に呼応して次々に別のエルフも立ち上がり、根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)の前に立ちふさがる。

 

「ど、どうすればいいんでござろうか?」

 

 困惑するハムスケを他所に、マーレはようやく既視感の正体を思い出す。同時に、パズルのピースがハマったように、主人が自分たちに望んでいた本当の狙いに気がついた。

 

「そっか。これって──お姉ちゃん!」

 

 慌ててネックレスを握りしめ、姉に通信を繋ぐと、

 

『なに? フェンはもうそっちにやったよ』

 

「そうじゃなくて! 僕分かったんだ、アインズ様が僕たちにさせたかった事」

 

『そ。アンタも気づいたんだ』

 

「え? お姉ちゃんも分かってたの?」

 

 特に驚いた様子のないアウラにマーレの方が驚いてしまう。

 

『ついさっきね。あたしはフェンを通じて、エルフたちのハムスケに対する態度を聞いてたから』

 

「だったら教えてくれれば良かったのに」

 

 つい責めるようなことを言ってしまったマーレに対し、アウラはため息を吐いた。

 

『そう言わないの。自分で考えることの重要性、でしょ?』

「そうだけど」

 

 まだ釈然としない思いを抱くマーレの言葉を、アウラは鋭い声でピシャリと断じた。

 

『どっちにしろ、あたしは今こっちから動けないからそっちはアンタに任せるわよ。ハムスケが分かってない以上──』

 

「うん。大丈夫、そっちは僕がやる」

 

 ここだけはキッパリと言う。

 これまで主人が何度となくヒントを出してくれていたこと。

 そして既にアウラが正解にたどり着いていたはずなのに、答えではなく更にヒントを出して自分で答えを導き出させようとしたのはきっと、マーレなら答えにたどり着けると思ったからこそに違いない。

 

『よし。先ずは先制攻撃よ。フェンに伝えて根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)をそっちに追い込むから、最大火力で一気に決めなさい。もちろん使う魔法は考えなさいよ。そこのエルフたちも目撃者として生き残らせなきゃダメなんだから』

 

 自分で考えろ。と言いつつもこうしてあれこれ言ってくるのは世話焼きのアウラらしい。

 でも、少なくともその点については問題ない。

 使う魔法も、その前にしなくてはならない準備も、主人がかつて見せてくれた方法を覚えているのだから。

 

「大丈夫だよ。お姉ちゃん」

 

 その言葉を最後にネックレスから手を放し、マーレは両手で握りしめた杖を高らかに掲げ、一つの魔法を発動させた。

 

「〈地母神の力(パワー・オブ・ガイア)〉」




ちなみに山河社稷図で設定されるエリアが、立ち位置によって変わり、地面まで適応されないというのは独自設定ですが、ハムスケがツンゴグァ様というのは、あくまでエルフたちがそう勘違いしただけで、この話で本当にそういう独自設定があるというわけではありません
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