オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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第23話 勝者と敗者

 突然周囲を靄のような煙が包み込む。

 上下まですっぽりと覆い隠すその靄がなんであるかは不明だが、これが発生すると同時に、あの厄介な土の精霊の姿が消えた。

 エルフたちの姿も見えないのは靄の中にいるためかも知れないが、確認する術は無い。

 一つ分かるのは、これがモモンが言っていたエルフ王と土の精霊を分断する策に違いないことだけだ。

 

(最後のエルフが落ちてからすぐに分断されたってことは、私の狙いにも気づいてくれたってことよね?)

 

 絶死がエルフを殺さずに済ませたのは、村の子供たちのいつかこの森に帰ってきたいという願いを聞いていたからだ。

 そのときに、こちらがエルフを殺していると遺恨が残ってしまう。

 絶死の狙いに気づいたのなら、外にいるエルフたちはモモンが死なないよう面倒を見てくれるはずだ。

 

 相手を殺さないように手加減するのは、もともと漆黒聖典の隊員との戦闘訓練で慣れていたが、それでもあの人数を地面にたたき落とすのはなかなか面倒だった。それでも、その手間をかけた甲斐はあった。

 こうして、エルフ王と一対一で戦う場が整ったのだから。

 

(とはいえ、さっさとコイツを殺して外に出ないと。この靄がどれくらい持つか分からないし、なにより──)

 

 エルフ王個人の力は知らないが、前回の戦いで少し見た動きから推察するに、あの土の精霊の方がエルフ王よりよっぽど危険だ。

 いかにモモンたちといえど、エルフたちを守りながらではキツいはず。

 こいつを殺せば、召喚された精霊との繋がりが切れて消滅するか、そうでなくても私があちらに加勢することができればきっと勝てる。

 そのためにも時間をかけてなんていられない。

 

 モモンとは生かして捕縛すると約束したが、今頃土の精霊の強さを理解しているだろうから、なんとか納得してもらえるだろう。

 

(それに。もうコイツのことなんて、どうでもよくなっちゃった)

 

 一度敗北して、辱めを受けかけたことで母の恨みをコピーされたためだけでなく、自身も十分恨んでしかるべき相手だというのに。

 もうこいつに構っている暇なんてない。

 やらなくてはならないこと、守らないといけない約束がいくつもある。

 改めて杖を握りしめる。

 エルフ王は恐らく召喚士系の魔法詠唱者(マジックキャスター)

 攻撃魔法なども使えるだろうが、どちらにしてもこの靄の外に出られない以上距離を詰めて戦うのが得策だ。

 

 いざ。と足に力を込め、飛び出そうとした直後。

 周囲を見回していたエルフ王が絶死に視線を向けた。

 ビリビリとした勘気に踏み出しかけた足が止まる。

 前回の戦いで、突然絶死の体を止めたあの不可思議な寒気のことを思い出したからだ。

 あの視線が何かの武技か魔法だった場合、迂闊に距離を詰めるのは危険だ。

 

「まったく。あのような雑魚どもをちまちま相手して、なにがしたいのかと思えば時間稼ぎが目的だったか。私とベヒーモスの連携を恐れて分断したかったわけだ」

 

 どうやら勘違いしているらしいがちょうど良い。

 こちらがエルフをなるべく殺したくないと思っていることが知られると、土の精霊に命じて人質を取るような作戦に出かねない。

 それはまずい。

 

「そーね。どっかのバカが、余裕ぶって高みの見物をしてくれたおかげで楽にできたわ。それともなに? 私が正義の味方みたいに同族のエルフに手を出せないとでも本気で思ったの?」

 

 ピクリとエルフ王の眉が持ち上がる。

 わざわざ口頭で言うのは少々わざとらしいが、この男が煽りに弱いのは前回の戦いで確認済みだ。

 

「随分と口が回る。よもや、この程度で私に勝てるつもりなのか?」

 

「アンタこそ。この距離で戦士の私を相手に勝てるつもり?」

 

 組んでいた腕を解き、構えらしいものを見せるが、やはりその姿は本職の戦士のソレには及ばない。

 それなのにこの余裕。

 まだなにか切り札があるのか。

 

「この靄。どうやらお前も外には出られないようだな?」

 

「だったら?」

 

「つまり、私が外に出ればそれだけで一気に形勢が逆転するということだ」

 

 不敵な笑みを浮かべるエルフ王に、最初奴と遭遇した時の記憶が蘇った。

 火滅聖典と遭遇した土の精霊のすぐ側に突如として現れたあの魔法。

 

(転移魔法!? いや、問題ない。はず)

 

 こいつが転移魔法を使えることは、すでにモモンに伝えてある。

 その上で、この靄のような結界を使ったのだから、これには転移を阻害するような効果があるはず。

 ただ、こいつの切り札が、そうした転移阻害を無効化してどんな場所にでも転移できるものだったらまずい。

 やはりここは、速攻。

 

 一度止めた足を再度蹴り出し、同時に体が加速する。

 当然まっすぐに向かうようなことはせず、途中で横方向に地面を蹴りなおして、進行方向を変える。

 ツタが絡まって出来た地面はその一瞬で巨大な穴を空けるが、そこに足が取られるようなことはなく、エルフ王も突然の変化についてこれていない。

 転移の発動が間に合わなかったのか、それとも奴の切り札よりモモンが用意したこの結界の強度が勝ったのか。

 どちらにしてもこれなら。

 そう、確信した瞬間だった。

 横顔しか見えなかったエルフ王の口元に裂けたような笑みが浮かんだ。

 

「〈陽光爆裂(シャイニング・バースト)〉」

 

 聞き覚えのない魔法を唱えると同時に、エルフ王を中心に白い光が半球状となって顕現し、太陽がごとき輝きが灼熱となって絶死に襲いくる。

 

(範囲魔法! クソ! 罠か)

 

 自分を中心にして一気に広がりダメージを与える範囲魔法は基本、単体を狙う魔法より威力は少ないが、問題なのはその範囲がどの程度なのか。

 この結界全てに広がるのなら、奴を封じ込めるはずの結界がそのまま絶死の逃げ場を失わせることになる。

 せめて装備しているのが、六大神の武具だったら魔法防御も高いのだが、この服にはそうした力はない。

 

 完全に出し抜かれた。

 だがそれでも、絶死の足は止まらない。

 今更ここで足を止めても意味が無いのを理解しているからだ。

 そしてもう一つ。絶死には今の装備でも使える切り札が残っていた。

 

「来なさい! エインヘリヤル」

 

 本来声に出す必要など無いのだが、それだけ神経が高ぶっていたのだろう。

 エルフ王の魔法が絶死に届くより早く、眼前に白い光が集まり、そのまま形を成す。

 絶死が取得した職業──レッサーワルキューレ/オールマイティ──によって生み出される分身体。

 戦闘能力自体は絶死に劣るが、今は関係ない。

 

 今回絶死がこの分身体を出した理由は、タンク役として使うためなのだから。

 この手の範囲攻撃は縦に並んだ相手に当たった場合、一番手前のみにダメージがいき、その後ろまでは効果が発揮されないことは、今までの戦闘訓練で知っている。

 カロンの導きがあれば、召喚したアンデッドにその役をやらせるところだが、この武器にはその力はない。

 

 それでもいつもの絶死なら、こんなに軽々に切り札を切ることはなかっただろう。

 まずは様子見から入っていたはずだ。

 幼いころ、まだ絶死より強かった母とばかり戦闘訓練をしていたときからずっと、自分が傷つかないように、少しでも痛い思いをしないようにと必死だった。

 そのせいで、未知の敵と相対した際は相手の戦力を探りながら戦う癖がついてしまった。

 そんな絶死が、最初から切り札を使用したのは、エルフ王より強い土の精霊を抑えてくれているモモンたちを一刻も早く助けるため。

 そして、モモンたち、いやモモンなら絶死のこの力を見たとしても、キチンと話せば秘密を守ってくれると信じた──信頼したからだ。

 

「ッ!」

 

 分身体の背中越しに、白い光が広がるのが見え、僅かに熱波も届いたが予想通り絶死にダメージはなく、また分身体も大きなダメージはなかった。

 高位魔法といえど絶死クラスを一撃で倒せるはずはない。

 これなら切り札を使わずとも接近出来ただろうが、惜しいとは考えない。

 これだけの範囲魔法なのだから万が一程度だろうが、熱以外に即死効果も付与されている可能性もあるのだから。

 とにもかくにも、魔法を突破した絶死は即座に武器を振りあげ、そのままエルフ王に向かって振り下ろす。

 

「ちっ!」

 

 苛立たしげな舌打ちと共にエルフ王が真横に飛んだ。

 第二撃を警戒して分身体をぎりぎりまで前に立たせていたせいで、目測を誤ったようだ。

 次はもう少し早めに分身体を移動させようと決めて、再度武器を構える。

 

 そのまま分身体だけでもエルフ王に突撃させないのは、次も同じ魔法を繰り出したときの壁にするためだ。

 二人並んでエルフ王を見やる。

 未だ余裕ぶった笑みは浮かんでいるが、あれだけ全力で回避行動を行った後だと滑稽にしか見えない。

 

「ふん。それがお前の切り札というわけか。なるほど二対一なら──」

 

 突然語りだした理由は、考えるまでもなく時間稼ぎだ。

 外で戦っている土の精霊がモモンたちを倒す、あるいはこの結界を外から破壊するまでの時間を稼ごうとしている。

 その手には乗るまいと無言で攻撃を再開しようとした瞬間、エルフ王の顔が突然驚愕に歪んだ。

 

「なぁ!」

 

 目を血走らせそのまま胸を押さえる。

 あの余裕ぶった表情を驚愕に歪め、ヒクヒクと頬の下辺りを痙攣させる様は異様の一言だ。

 これが時間稼ぎのための演技なのだとしたら、エルフ王の評価を覆さなくてはならないが、それはないだろう。

 ではいったい。

 

「お、おおお前! なにをした!?」

 

「何の話?」

 

「私の、私のベヒーモスをどこにやったと言っている! この喪失感、ベヒーモスが滅びた? いや、そんなはずがない! こんな短時間で、私の分身が絶対無敵の大精霊が破れるはずなどない! 私との繋がりを絶った? いやそう見せかけているだけだ! そうだろう!?」

 

 問いかけの形を取ってはいるが、そうであってくれと懇願しているようにしか見えない。

 なんとも情けない姿にあっけに取られつつも、絶死は少しずつ事態を把握していき、同時に笑いがこみ上げてきた。

 

「あははは、そう。あの土の精霊がもう死んだの。どうやったかなんて、私の方が聞きたいくらい」

 

 絶死があれだけ苦労したというのに。

 いくら三人いたとはいえ、本当に規格外。

 もう一つの切り札が使えない現状、たとえ私が三人いたとしても、こんな短時間で倒せたかどうか。

 そう考えると、モモン以外の二人も、並の神人以上、つまり絶死に近しい実力をもっているのかもしれない。

 そこに魔導王本人と、一国の大部分をごく短期間で焼き尽くせる魔導王の軍勢まで加わるのだ。

 法国どころか世界中を蹂躙できる力があると見て間違いない。

 それでもなお、絶死はそこまで絶望してはいなかった。

 

 先の推察──魔導王がスルシャーナが再降臨した姿なのではないか──に確信を持ったから。ではない。

 むしろモモンたち三人が、絶死と同等かそれ以上の力を持っているのなら、それはモモンたちもまた、かつての神々──六大神と同じ存在である可能性が高まった。

 しかし、言い伝えにある六大神の姿や能力とは一致しないため、揺り返しで現れた別の存在であると考えるべきだ。

 必然的にその仲間である魔導王もスルシャーナと別の存在と考える方が自然だ。

 

 だが、少なくともモモンは、数日世話になっただけのダークエルフの村人を全員安全な場所に逃がし、敵対するエルフにまでも慈悲を与える人物。

 なにより、絶死の思いを汲んで、一人でエルフ王を殺させる場を整えてくれた。

 決して話の分からない人間ではない。

 彼ならきっと、分かってくれる。

 自分が法国の人間であることも、その法国がどんな理念を持って活動しているのかも。

 その上で礼を尽くせば無碍には扱わない。

 そう信じる。

 というより、法国が生き残る道はそれしかない。

 だから今は。

 

「さっさと片づけるつもりだったけど……急ぐ必要がなくなっちゃった」

 

 土の精霊を失ったとはいえ、エルフ王は未だ無傷。

 だがそれでも、こちらもエインヘリヤルは健在で、先の範囲攻撃の破り方は見つけてある。

 もはや決着は見えた。

 こいつの存在がどうでもよくなったのは事実だが、ここで今までの鬱憤を晴らしておけば、すっきりした気持ちで交渉に望むことができる。

 

「さぁ、最初で最後の親子の交流と洒落込みましょう? お父さん」

 

「ヒ、ヒィ!」

 

 情けない声と共に後ずさるエルフ王に向かって、絶死と分身体は同時に武器を構えて突進した。

 

 

 ・ 

 

 

「そろそろだな」

 

 隠れていたエルフツリーの中から出たアインズは、あちこちに穴が開いた広場を気を付けながら歩き、アンティリーネとエインヘリヤルによって生み出された分身体、二人がかりでボコボコにされたエルフ王に近づいた。

 地面に転がり、ピクピクと体を痙攣させている。生命の精髄(ライフ・エッセンス)を使って確認しても、もう虫の息なのは明らかだ。

 

「途中からかなり一方的になったな。まぁ、エインヘリヤルまで使えるのなら、当たり前か」

 

 彼女がエインヘリヤルを使用したときは正直驚いた。いや驚愕したと言う方が正しい。

 だがそれも一時のこと。いつものように精神沈静で落ち着きを取り戻してからは冷静に思考することができた。

 

 自分と同レベルの分身を一体作り出すエインヘリヤルはワルキューレの職業を修めた者だけが手に入れられる切り札だ。

 考えてみれば、シャルティアとアンティリーネは信仰系魔法も使える戦士職という割と似た職業構成をしているのだから切り札が同じでもそこまでおかしくはない。

 だが、ユグドラシルでワルキューレを習得するには面倒な前提条件があったはずなので、まさかこの世界で習得出来る奴がいるとは思わなかった。

 

「いや、ティラの例もあったか」

 

 少し前魔導国で取り込んだ暗殺組織イジャニーヤの首領のことを思い出す。

 彼女はレベルで言えばどう見積もっても二十前半でありながら、ユグドラシルでは六十以上でないと習得できない忍者のスキルを使えていた。

 それも、特別なマジックアイテムなどを使ったわけでもなく、ただ修行していただけで自然に会得したという。

 どうもこの世界には、そうした前提条件を一部無視して習得できる奴らもいるらしい。

 エイトエッジ・アサシン一体の方が遙かに優秀だと理解しつつも、ハンゾウを貸し出して鍛えさせ、さらなるレベルアップを図らせているのはそういう意図もある。

 

「とはいえ、このレベルの奴が量産されると危険の方が大きいか。やはりエルフの国は魔導国の支配下において管理した方が安全だな」

 

 エルフ王の子が全員こうなるとは思えない──もしそうなら、法国との戦争などとっくに終わっているはずだ──以上、アンティリーネが特別なのだろうが、それでもアインズの知らないところで、こんな強者が生まれる可能性は潰しておかなくては。

 どちらにせよ、目的は変えなくて済みそうだ。と胸をなで下ろしつつ、改めてアンティリーネを見る。

 

「しかし、こいつは完全に俺との約束忘れてるな」

 

 殺さずに捕らえたいと言ったはずだが、死にかけになっても一向に攻撃の手を緩める様子がない。

 なんならトドメは自分の手でやりたいのか、途中からエインヘリヤルを解除して一人で殴りつけている始末だ。

 今すぐ止めに入ればいいのだが、アインズはそうせずに黙って視線を手元に移した。

 そこにあるのは骸骨の腕。

 そう。現在アインズはモモンの姿ではなくアインズ本来の姿に戻っている。

 これは完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使用する為だ。

 

 アインズが鎧を纏うためには、完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)の魔法を使って実物の鎧を装備するか、上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で鎧を作るしかないが、どちらの方法であっても、装備中に使える魔法は限られる。

 だからこそ現在は普段を姿に戻しているわけだが、直ぐ止めに入らないのは、それが理由ではない。

 完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使っていても魔法は使えるため、今から鎧を纏うことも出来る。

 場合によっては不可知化の効果が切れてしまうかもしれないが、それであっても、いざというときは助太刀をするつもりで隠れていたと言えば済む話だ。

 止めに入らないのはもっと簡単な理由だ。

 つまり、アンティリーネの気持ちを考えてのこと。

 

 彼女がエルフ王に並々ならぬ殺意を抱いているのは、ここまでの戦いを見ても明らかだ。

 強い感情を覚えると、すぐに沈静してしまうこの体になってから、怒りや憎しみが持続することはなく──シャルティアを操った奴は例外だが──他人の感情にも疎くなり始めているのが気になっていた。

 ここで無理に止めて消化不良を起こされて、その不満が後々。ということになっても困る。

 アウラたちの計画通り、アンティリーネをエルフ国の王に据えた場合、長い付き合いになるのだから、しこりを残してはまずい。

 

「まあ、とりあえず一度殺すまでは様子を見るか」

 

 やれやれ。とため息を吐きながらアインズは地面に這い蹲っているエルフ王の様子をつぶさに観察する。

 

「エルフ王が沙羅双樹の慈悲(マーシー・オブ・ショレア・ロブスタ)を使えて助かったな」

 

 そう。アインズがここまで暢気に様子を見守っていた理由こそがこの魔法である。

 戦いの最中、エルフ王が使ったその魔法は、現断(リアリティ・スラッシュ)に匹敵する魔力消費量を誇るだけあって、一つの魔法で三つの効果を持つ。

 一つ目は一定時間徐々に体力が回復する効果、おそらくはこの効果を狙って使ったのだろうが、アンティリーネの攻撃力の前では焼け石に水だったようだ。

 二つ目の効果は即死に対する完全耐性だが、これは即死魔法の使えないアンティリーネ相手では大した意味はない。

 もっともアインズが奪ったカロンの導きなる戦鎌があれば話は違ったかもしれないが……

 そして三つ目の効果。これは本人にとってもそうだろうが、アインズにとっても重要な意味を持つ。

 

「……死にたく、ない──誰か、たす──」

 

 掠れた呼吸音に混ざって聞こえる懇願の声は弱々しい。いよいよ最期が近いらしい。

 

「さて、そろそろか。〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉」

 

 戦士化の魔法を掛けた後、速攻着替えのデータクリスタルが入ったローブを翻すと同時にモモンの姿に置き換わる。

 そんな派手な動きをしてもアンティリーネは気づく様子はない。

 どうやら、他の魔法が使えなくなる戦士化の魔法を使ったとしても、その前から使用している魔法の効果が切れることはないらしい。

 これは使い方を工夫すれば、戦略に組み込めそうな仕様だな。とどうでも良いことを考えながら、今まさに最後の一撃を加えようと杖を高く掲げたアンティリーネの隣に立つ。

 

「強者は弱者になにをしても良い。これがアンタの理論で、その結末よ。自業自得でしょ」

 

 淡々とした語り口からはもはや怒りは感じない。

 一方的に殴り続けたことで、大分怒りは収まったようだ。と満足するアインズをよそに、アンティリーネの一撃がエルフ王の心臓付近に叩き込まれた。

 二度三度と、痙攣した後完全に動きを止める。

 間違いなく死亡した。

 

 そして──三つ目の効果が発動する。

 ブワリと停止していたエルフ王の体が膨らみ始めたのだ。

 これが沙羅双樹の慈悲(マーシー・オブ・シヨレフ・ロブスタ)の三つ目の効果、体力がゼロになった際、つまり死亡した時に一度だけ復活できる。

 とはいえ、復活時の体力はかなり少ないので、このまま何もしなければすぐに追撃で殺されてしまう。

 

「なに? 体が膨らんだ!?」

 

 案の定、アンティリーネも突然動き出したエルフ王に驚きつつも、再び攻撃を仕掛けようと杖を持ち上げる。

 この瞬間を待っていた。

 アインズはさっと二人の傍に移動すると、エルフ王の体を押さえ込むように足で踏みつける。もちろん瀕死のエルフ王が死なないように注意しながら。

 それが攻撃と見なされ、同時に不可知化が解かれた瞬間、アンティリーネは大きく目を見開いた。

 

「モモン!?」

「困るなアンティリーネ。約束が違うぞ」

 

 足の下で蠢くエルフ王は、言葉にならない悲鳴を上げていたが、抜け出す様子はない。

 瀕死だからだけではなく、単純に戦士化によって百レベルの筋力を手に入れたアインズの拘束から逃れるほどの力がないのだ。

 

「……そう。隠れて見てたのね。マジックアイテムか何か?」

 

「言っただろう? この鎧には数日付けていなければ発揮できない魔法の力が込められていると」

 

「またそれ? ……ふぅ。まあいいわ」

 

 本気で信じたかはともかく、とりあえず納得したアンティリーネだが、武器を下ろすことはなく、その視線はエルフ王に向けられたままだ。

 

「お前の気持ちを汲んで、死ぬまでは黙ってみていた。さっきの一撃でこいつは一度死んでいる。蘇ったのは、魔法の効果だがあれは一度きりだ。まだ気は晴れないか?」

 

「全然。って言いたいところだけどね。正直な話、私はこいつ自身にはそんな恨みはないのよ。恨みを抱いていた母の憎しみをコピーされただけ。私自身の憎しみも……まあこんだけ無様な姿が見れれば十分よ」

 

 そう言って、アンティリーネはようやく武器を下ろした。

 母の憎しみとは、人間だという彼女の母親がエルフ国で迫害を受けていたとかそういうことだろうか。

 どちらにしてもこれで一番の目的が果たされた。

 

「そうか。それは良かっ──」

 

 安堵を含めた息を吐いた瞬間。

 

「〈空斬〉」

 

 ヒュンと風を切り裂く音がすぐ近くで鳴り、目には見えない真空の刃が目の前を通り過ぎていった。

 アインズを狙ったものではないとすぐ分かった。

 

 ちらりと視線を地面に向ける。

 そこには恐怖と苦痛に歪んだ表情の首が転がっていた。

 先の空斬によって、切断されたエルフ王の首だ。

 この状態では当然もう死んでいる。

 

「……どういうつもりかな?」

 

 できるだけ冷静に問いかける。

 口ではああ言いながらやはり鬱憤は晴れていなかったのか、それとも別の狙いがあるのかを見極めなくては。

 現時点ではまだそこまで慌てることはない。

 エルフ王は死んだが、この損傷具合なら蘇生は可能だからだ。

 

 とはいえ、アインズも使える復活の短杖(ワンド)は数に限りがある。ユグドラシル時代のように簡単に入手できない以上無駄遣いはしたくない。

 何度殺そうとも生きていること自体が許せない。ということなら、復活させてもまた殺されかねない。

 先に彼女の本心を聞き出さなくては。

 

(エルフ国の纏め役や、エインヘリヤルの件も含めてこいつにはまだまだ利用価値がある。どうしてもというのなら、ここはそのまま死体を放置して後でこっそり回収すれば良い)

 

 時間経過とともに復活魔法の成功率は下がるそうだが、それはあくまで現地の魔法での話。

 短杖(ワンド)に込められた真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)ならば多少時間が経っても問題ない。

 エルフたちを説得している間に誰かに回収させ、獣に持っていかれたように偽装すれば完全犯罪の成立だ。

 少々手間はかかるが、今後のことを考えれば必要経費と割り切ることもできる。

 

「モモン」

「ん?」

 

 ようやく口を開いた彼女の声は、晴れやかではあったが、同時に何か決意めいたものも感じられた。

 

「ありがとう。貴方のおかげで、私の喉に刺さっていた骨がようやく一本抜けた」

 

 一言一言噛みしめるような言葉も、アインズの望みとは違うものだ。

 下手に口を挟んで話が長くなっても困るので、黙って続きを促すと、彼女は手にした杖をクルリと回転させてそれをアインズに向かって差し出した。

 無言のままそれを受け取ると、彼女は杖を放して空になった両手を組んで、そのまま恭しく頭を下げる。

 流れるような洗練された礼は、付け焼き刃ではない、長い訓練によって身に染み着いた貴族たちがする礼に似ていた。

 少なくとも大樹海に来てから見聞きした、野生の中で生きる蛮族じみたエルフたちの振る舞いからはかけ離れている。

 

(いや、長老たちはそれっぽい感じはあったし、王族はやっぱり違うのか。しかしこの礼、どこかで)

 

 見覚えがある気がする。

 どこでだったかと頭をフル回転させるアインズを前に、ゆっくりと頭を持ち上げたアンティリーネは口元にうっすらとした笑みを浮かべた。

 

「だからこそ、貴方に謝罪と、改めてご挨拶を」

 

 すっと息を吸い、僅かに緊張したような間を空けてから彼女は続ける。

 

「私の本当の名前は……アンティリーネ・ヘラン・フーシェ」

 

「その名前」

 

 名前の付け方は、各国どころか国内でも立場によって変わってくるが、洗礼名を含んだ三つで構成される名前を基本としている国をアインズは一つしか知らない。

 そして同時に思い出す。

 先の礼はスレイン法国の信者たちが神に祈りを捧げるときのポーズと同じではなかったか。

 確か、ずいぶん前に捕らえた陽光聖典なる特殊部隊の生き残りが自分の境遇を憂い、神に助けを求める際にやっていた気がする。

 こちらがそのことを問うより早く、アンティリーネは力強く宣言した。

 

「スレイン法国特殊部隊、漆黒聖典の番外席次・絶死絶命。それが私の本当の姿」

 

 胸に手を当てながら一気に言い切った彼女の手は、微かに震えていた。

 それがいかなる感情から来るものか、アインズには分からなかった。




最後まで書き終わりましたので、これからはなるべく早めに推敲して投稿していきます
もうしばらくお付き合い下さい
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