長い沈黙は、実際にそれだけの時間が経っているのか。それとも自身がそう感じているだけなのか。絶死にも分からなかった。
とりあえず、背中に負った大剣はおろか、返却した杖も構えようとしない辺り、即敵対とはならずに済んだようだ。
モモンは絶死が本名と所属を明らかにした後、一切口を開かずただ黙って見下ろしている。
いかにモモンが頭の切れる男とはいえ、突然の告白に、情報を処理するだけで精一杯なのか。
それにしても長すぎる間にいい加減焦れて、もう一度こちらから何か言うべきかと口を開きかけた瞬間。
見計らったかのようにモモンが動いた。
「いくつか質問してもいいか?」
「どうぞ」
ある種当然の問いかけに、絶死も即答する。
「君が法国の人間ならば、エルフ王と親子というのも嘘か? その耳や目は幻術か何かで誤魔化していると?」
「いいえ。それは本当のこと。ただ私はエルフの国ではなく、法国で育てられた」
「あの国は人間以外の種族を排斥していると聞いているが?」
「だからこそ、私の存在は常にひた隠しにされていたのよ。国の人間でもごく一部を除いて私のことを知っている人はいないわ」
「ふむ。ならばエルフ王に恨みを持っていたのも本当ということか」
「そうね。さっきも言ったように、無理やり子供を孕まされた母の恨みをコピーされたと言った方が近いから、こいつ自身にそこまで恨みはないけれど」
ポンポン投げかけられる質問に、すべて真実で答えたのは、これ以上、彼に嘘は吐きたくなかったからだ。
また少し沈黙が空いた後、モモンは兜の顎先部分に手を持っていき何度か頷いた。
「なるほどなるほど」
その声はいつものモモンそのもので、特に憤りや怒りは感じなかったことに、こっそりと胸をなで下ろす。
「それで?」
「それで、って?」
あまりにも軽い口調に鸚鵡返しする絶死に、モモンは再度軽く告げた。
「なぜ、今になって本当のことを言ったんだ?」
(こいつ! こういうときこそ察しなさいよ! それともわざと? 私の気持ちに気づきながら言わせようとしてるの!?)
だとすればなんて性格の悪い。
同時にこんな悪趣味なことを仕掛けてくるからには、モモンにとって絶死の素性やそれを隠していたことは、そこまで大したことではないのだと確信出来た。
だからといって、バカ正直に本音を言えるはずもなく、絶死は少しの間思考を巡らせていたが直にあるアイデアを閃く。
「私を魔導国に連れていって欲しいからよ」
あえて魔導国の名を出したのは、こちらが法国の者である以上、モモンの素性も祖国の名も知ってると言外に伝える意図もあった。
「魔導国に? ……それは、亡命したいということか?」
こちらの予想とは違う反応だが、無理はない。
モモンから見れば、絶死が復讐を果たした以上、法国に留まる理由はなく、他の暮らしやすい国に行きたいと考えて、このタイミングで言い出したように見えるだろう。
実際、人間至上主義の法国に於いて絶死は表だって暮らすことはできない。
ただ、法国の人間すべてが同じことを考えているかというと少し違う。
「そうじゃないわ。確かに法国は宗教国家で異種族の排斥を望んでいるけど、それはあくまで一般市民まで。上層部はむしろもっと柔軟な考えを持っているの」
異種族排斥は弱い人間を団結させるための方便にすぎない。
そもそもとして、六大神の中にも人間種以外の存在もいたのだから当然といえば当然の話だ。
いや、そうした教義的な理由だけではない。
少なくとも、自身がこれまで交流を持ち、気に入った人間たちは違った。
彼らならきっと、絶死が見た魔導国の戦力を話して、本気で説得すれば、魔導国との和平──否、併合すら納得してくれると信じたい。
それほどまでに魔導国の戦力は法国の遙か上を行っている。
ここにいるモモンたちやアウラ、マーレの三人だけでなく、六大神の切り札と同じ魔法を使え、数百人単位の兵力を長距離転移させる魔法を使う魔導王の存在がある限り、戦争になったら王国のように国民すべてを虐殺するのも容易いだろう。
祖国がそんな憂き目に遭うくらいなら、帝国のように併呑してもらった方が何倍もましだ。
それが可能なのは、互いに仮想敵国ではあっても直接戦争を始めていないこのタイミングしかない。
「……これまで聞いた法国の行いからすると、そうは思えないがな」
「う」
痛いところを突かれた。
時に他国へ無断で介入してまで行われる法国の異種族狩りは冒険者の中でも有名らしい。
いつだったか、陽光聖典が亜人の村を焼いているところに蒼の薔薇が介入して、隊長であるニグンが手傷を負わされ退却した、なんて話を聞いた覚えがある。
モモンと蒼の薔薇に交流があるかは知らないが、王国が存続していた頃は国内に三組しかいないアダマンタイト級冒険者チーム同士とあって、少なくとも情報収集位はするだろう。
そのときに知ったのかもしれないし、魔導王がスゴい情報収集系魔法を使った可能性もある。
どちらにせよ、モモンの中で法国の印象は悪いらしい。
これはまずい。
「実際、この私が法国で二百数十年生きてこられたことこそがその証拠でしょ?」
「……確かに。法国がエルフに並々ならない恨みを抱いているのは聞いている。その中でも君は生活できていた訳か」
「そもそもその恨みっていうの自体が、私の母があの男に騙されて子を孕まされたことが原因よ。彼らはそんな男の子供である私のこと、同胞だと言って優しくしてくれた。今回、私をエルフ王討伐のために出陣させてくれたのだって、そう。私がこいつを殺すことで、心の安寧を取り戻させようとしてくれたの」
説得のチャンスはここしかないと一気に語る。
「……法国の教義から見れば、真逆の反応だな」
「でしょう? 上がそういう考えである以上、いざとなれば国民を弾圧して口を塞がせることもできる。それは魔導国との関係でも同じことよ」
ここに話を持っていきたかった。
要するに絶死がモモンに伝えたかったのは、法国の上層部は、異種族でも同胞と認める懐深さがあり、最悪の場合一般人もどうとでもできるということ。
つまり──
「私が法国の上層部を。貴方が魔導王を説得すれば、二国間の戦争を回避できる」
私の願いを聞いて、村人を救ってくれたモモンなら。
そして、かつて市民のために魔導王の前に立ちふさがり、彼らの安全のために自らを引き替えにした高潔の英雄モモンなら、むざむざ犠牲を増やすようなことを望まないと思っての提案だったのだが、モモンは即答せず少しの間なにかを考え込むように思考した。
(読み間違えた? いえ、そうじゃないわね。魔導王の怒りを買って、魔導国の市民に被害が出ることを考えてるのね)
自分を犠牲にしてでも守ろうとした自国の民を僅かでも危険に晒すくらいなら、他国の民を見捨てるのもやむなし。
そう考えるのは普通のことだ。
むしろ即答せずに思案すること自体、彼の高潔さの現れと見るべきか。
そんな彼の天秤を傾ける何かを、絶死は提示しなくてはならない。
当然ながら金銭などではダメだ。
もっと、別の──
そこまで考えた時、思い出した。
常に冷静だった彼がただ一度きり、怒りを露わにしたときのことを。
あれは、最初にエルフ王に破れて命を救われた直後、自分とエルフ王の関係を虚実混ぜながら説明して、信用を得ようとしていたときのことだ。
モモンは、どんな種族であっても魅了するマジックアイテムの存在について質問してきた。
六大神の遺産にして、法国の最秘宝であるケイ・セケ・コゥクのことだ。
かつてモモンが退治したというホニョペニョコにも使用されたあのマジックアイテムをモモンはずっと探していて、エルフ王がそれを持っているのではないかと探ってきたのだ。
どんな相手でも魅了し、味方にする強大すぎる力を持ったマジックアイテムではあるが、正直モモンがそれを欲しがる理由は分からない。
あれは自分よりも強い者に向かって使用するからこそ意味がある。
自分より弱い相手を味方に引き入れても大して意味はない──もちろん、情報が欲しいときなどの例外はあるが──はず。
その意味で言えば、絶死よりも強いであろうモモンにとって使う意味は薄い。
それ以前にあの秘宝は誰でも使えるものではないのだが。
どちらにせよモモンがあのアイテムを探しているのは間違いない。
ならば先ずはその情報を交渉材料に。とそこまで考えて、絶死は首を横に振る。
今の法国はもう駆け引きができる立場ではない。
何よりもうモモンに嘘を吐いたり、欺いたりしたくないと決めたではないか。
「私は。いえ、法国は貴方が探していたどんな相手でも魅了できるマジックアイテムを持っている」
その思いが絶死に言葉を紡がせた。
「──」
その言葉を受けてもモモンは微動だにせず、ただじっと絶死を見下ろしていた。
だが、周辺の空気が一変し、緊張感が高まるのを感じた。
その空気を作り出しているのは当然モモンだ。
殺意にも似た強い感情が絶死に向けられるが、前回、絶死にケイ・セケ・コゥクのことを聞いたときにも似たような気配を漂わせていた。
問題はこの殺意の矛先だ。
法国がケイ・セケ・コゥクを使って、ホニョペニョコを魅了したことに対して殺意を抱いているのなら、絶死の行動はまさしく自殺行為に他ならない。
だが、モモンはそのホニョペニョコを討伐している以上、可能性は低い。
仮に法国に対して怒りを抱くとすれば別の理由だ。
(モモンはホニョペニョコともう一体別の吸血鬼を追っているって話だから、魅了されたことでそいつの情報を得られなかったことに怒ってる?)
魅了された相手は命令を受けない限り、行動しなくなる。その代わり攻撃を仕掛けられた場合は相手が誰であれ、無条件で攻撃を仕掛けるようになると聞いている。
そうなったとき、対象の思考力も鈍り、ただ戦うことだけしか考えなくなる。
当然、情報を引き出すことはできないだろう。
それに対する怒りだとすれば辻褄はあうが、いくら何でもそれだけで、これほど怒るだろうか。
もう一つ可能性があるとすれば、モモンが残る吸血鬼に対して個人的な恨みを抱いている場合だ。
それこそ、その存在を思い出しただけで、殺意を抱くレベルの恨みがあったならこの反応にも納得できる。
そして、それを見極めるのはそう難しいことではない。
この殺意がどれだけ続くかで判断すればいいのだから。
母親からコピーされたものとはいえ、絶死もエルフ王に恨みを抱き続けて生きてきたからこそ分かる。
誰かと会話しているとき、その辺りの話が出て自分でも気づかぬうちに、殺意を放出して相手を萎縮させてしまったこともある。
だからといって四六時中相手を恨み続けている訳ではない。
例えば絶死の趣味は、飲食やファッションの新作を、金に糸目をつけずあれこれ確かめてみることだが、その最中はエルフ王のことは一切考えていなかった。
ようは人である以上、怒りでも殺意でも、負の感情は放出し続けることはできないということだ。
それこそ、その対象が目の前にいでもしない限り。
強い殺意に晒され、反射的に構えをとりそうになる自分を必死に律して、まっすぐにモモンを見つめる。
永遠にも感じる時間──実際は僅か数秒だったのだろうが──が過ぎた後、モモンから向けられていた殺意の感情が一瞬にして消え去った。
(よし!)
一気に感情の高ぶりが消滅したかのような静けさに、思わず拳を握る。
殺意を無理矢理抑え込んだのではこうはならない。
やはり、モモンはそのもう一体の吸血鬼に、強い恨みを抱いている。
その上で、その怒りを絶死に向けても意味がないと気づいたからこそ、一気に感情が抑え込まれたのだ。
いわゆる我に返った状態だろう。今ならちゃんと話を聞いてくれるはず。
「貴方が退治したホニョペニョコを魅了したのも私たちの仲間がやったことよ。それで情報が得られなかったのなら悪いことをしたけれど、あいつの強さは相当なものだったと聞いている。その際こちらの戦力も三人が殺された。だからこそ完全に魅了する前に撤退を余儀なくされたらしいわ」
絶死は漆黒聖典の隊長から聞いた話をつらつらと語る。
「貴方が、そいつとは別に、もう一体の吸血鬼を捜しているって話も聞いてるわ。魔導国で治安維持をして動けない貴方に変わって私たちが情報を集めても良い。だから──」
「……アウラ」
絶死を遮り、静かにモモンが言葉を落とした。
その声には一切の怒りは残っていなかった。
「え? あの子もいるの?」
未だ靄が晴れない結界の中をぐるりと見回すが、姿は見えない。
とはいえ、凄腕の
しかし一体何故、彼女を呼んだのかが分からず視線をモモンに戻すが、彼は絶死の問いに答えることなくゆっくりと手を持ち上げると、先ほど同様、独り言のように呟いた。
「敵が残っている」
「敵!?」
思わず視線がエルフ王に向かう。
殺した後一度蘇ったように、時間を置いて復活する魔法でも使っていたのかと思ったのだ。
(でも、あれは一度だけって──)
同時に視界に映ったのは相変わらず恐怖と痛みに歪んだ顔のまま地面に転がっているエルフ王の首。
当然死んでいる。
では敵とは一体。
答えを欲してモモンを見上げた瞬間、彼の指が絶死に向けられていることに気がついた。
「え? ……ッ!」
その意味を問うより早く、ゾワリと背筋を駆けあがる冷たい気配を感じ、同時に体がピクリとも動かなくなる。
(これは、あのときの?)
最初エルフ王に敗北した戦いの最中、好機を見いだして飛び出した絶死の動きを止めた際に感じた気配と同じ。
だが、あのときはまだ動くことはできたはず。
どうにか視線だけ動かそうとして、自分の影に矢が突き刺さっているのが見えた。
「影縫いの矢。効果は言わなくても分かるでしょ?」
背後から聞こえたアウラの声は、今まで聞いたこともないくらい冷たい鋭利さを持っていた。
ここにいたって、絶死はようやく悟った。
彼らの言う敵が、自分自身なのだと。
「な、んで?」
体はピクリとも動かせないが、どうにか動かせる口で問いかけるが、モモンは答えることなく、さきほど絶死が返した杖を頭上高く持ち上げた。
「──あ」
逆光の中に佇む大きな影が、かつて特訓と称して自分を虐待した母親と重なって見えた。
ただ一つだけ違うのは、兜の奥。瞳に当たる部分に炎のように煌々とした赤い光が二つ揺らめいていることだけ。
その光をまっすぐ見つめる絶死の頭に向かって、杖が振り降ろされた──
・
「死んではいないな?」
「はい。ただ気を失っているだけです。ほとんど抵抗もしませんでしたし、エルフ王との戦いでよっぽど消耗していたんでしょうか?」
「そうは見えなかったが、まあどうでも良い」
地面に突っ伏したまま動かないアンティリーネを一瞥した主人が、つまらなそうに言いながら杖を振ると、赤い血が地面に散った。
「とりあえず私はこいつを連れてナザリックに帰還する。聞きたいことはまだまだあるが、こいつの強さを考えるとニューロニストに預けるのは心許ない。私が直接記憶を調べて事実確認をする」
「はい。承知いたしました」
深々と頭を下げて了承する。
主人の手を煩わせるのは配下として情けない限りだが、
アウラとしても、こいつの言っていることが本当なのか、一刻も早く知りたい。
そんなアウラを見ながら、主人は少しだけ言いづらそうな間を空けたが、やがて意を決したように続ける。
「……そうなると、ここの後始末。結界の外にいるエルフどもの説得やらはお前たちに任せてしまうことになるが──」
どこか心配そうな主人の言葉に、アウラは己の不甲斐なさを情けなく思いつつも、力強く告げる。
「問題ありません。すでにマーレが掌握済みです」
「マーレが?」
「はい。外にいた
どんぐりのネックレスを通して慌てて連絡してきたマーレのことを思い出しながら、神の使いの部分に力を込めて言うと、主人は驚いたようにこちらを見た。
その動きで、やっぱり、これが正解だったのだ。とアウラは確信する。
「
さも今気づきましたと言わんばかりの態度は、自然そのもので、全く演技に見えない。
だが、それこそが今から答え合わせを行うと言わんばかりだ。
「はい。なんか、よく分からないんですけど、ハムスケのことをつんぐあさま? とかいう神獣に似てるとかなんとか言い出したので、それを利用してエルフ王の非道を罰するために遣わされた神の使いってことにしておきました。マーレはナザリックでも神様扱いを受けてたので案外うまく出来てるみたいです」
アウラもまた、主人の意図を汲み、今まさに気づいたのだという振りをして話をする。
「なるほど。エルフは生活が原始的だからこそ、信心深いのか。マーレが考えたのか?」
「はい! あの子もアルベドから言われたことを自分なりに反省しているみたいで、作戦の代案を考えていたみたいです」
「ああ、そうか。うんうん、反省して自分で考えるのは良いことだ」
ずっと周囲に満ちていたピリピリとした気配が薄れたことで、アウラはようやく胸をなで下ろした。
今回の作戦はマーレが思いついたものだが、主人はきっと最初からこうなることを見越していたに違いない。
始まりはおそらくアウラが、第六階層を案内した時だろう。
あそこで外から来た植物系モンスターが、
そこで、王より上の存在である神の使いというアンダーカバーを作り、エルフたちを従わせる策を思いついた。
そう考えると、わざわざ弱いハムスケを連れていくと言い出したことにも説明が付く。
流石にハムスケとエルフたちが信仰している神獣の姿が似ていることは偶然だっただろうが、今回に限って、いつも随行させるハンゾウではなくフェンを選んだのも同じ理由だろう。
主人は
駄目押しとして現地の強者である魔獣熊も捕まえ、全員を纏めてエルフたちを追い立てるのに使わせたことで、それほど強大な獣を何体も従わせる存在として神格化を図り、奴らが知る中で最も強い存在である
その上で横暴で王としての器が全くないエルフ王を打ち倒したとなればもう、マーレを神の使いとして疑う者はいなくなる。
(きっとアインズ様は、あたしたちが自分でそれに気づけるようにって、色々とヒントを出してくださっていたんだろうな)
アウラたちは、エルフ王を倒してその地位を簒奪させることで国を纏めようと考えたが、主人はそうではなくもっと上の存在を作り出させようとしていたのた。
そうして振り返ると、所々でアウラたちに計画の変更を言ってきたことにも説明がつく。
あれは戦力として村を纏めさせるためではなく、信仰を集めるやり方を学ばせようとしていたのだ。
思い返してみれば、プラムを初めとした若いダークエルフの何人かは、幼くして強大な力を持ったアウラに敬服し、信者が如き態度で接していた。
ただそこでもアウラは普通に強いダークエルフとしての側面しか見せず、適当にあしらってしまった。
マーレもそうだ。
本来長く生きたことで、この村の中で誰よりも知識があると思っていた長老たちに対し、血抜きや香辛料の作り方などを披露して知識面で上に立てるはずだったが、マーレはそれを自分たちの親から聞いたと言ってしまったため、本人の神格化には繋がらなかった。
だからこそ、主人は、途中で子供たちと遊ぶように命じたのだ。
(あいつらがままごとを選んだのだって、アインズ様がそれとなく誘導したからだもんね)
子供たちが口を滑らせていたが、主人は子供たちにあめ玉を与えて、運動神経を競うものではなく、都市では出来ない遊びに誘ってやってくれ。と言っていたらしい。
そこで子供たちが選んだのが、村ならではの役割を演じるままごとだ。
主人はそれで本来の自分とは違う演技をするのが今回の作戦の肝だと教えようとしたに違いない。
途中からこの女を入れたのもそう。こいつが普通のままごとをいやがり最終的に、ダークエルフの英雄ごっこ、つまり村に伝わる神話を演じることで、神の使いという役割に気づかせようとしていた。
もっと言うのなら、最初から普段と違う話し方や、マーレに女装を止めるように言ったことも、いつもと違う役を演じるのが作戦だ。と暗に伝えようとしていたのではないか。
そんな主人の意図も汲み取れずに、八十歳にもなってままごとなんてと嫌がっていた自分に腹が立つ。
ほんの少しだけ、もう少し分かりやすくヒントを出してくれれば。と思う気持ちもあったが、それもきっとここに来る前、迂闊な発言でアルベドを怒らせたマーレを気遣い自分の意志で気づかせることが大切だと思ったからこそなのだろう。
そして、マーレはようやく答えにたどり着き──ギリギリではあるが──自分の意志で行動した。主人が手放しで喜んでいるのはその部分に違いない。
「ですので、エルフ国の掌握もあたしたちがやってみせます」
力強く宣言する。
ここから先はマーレだけでなく、アウラも協力してことに当たる必要がある。
もしこれ以上、別の狙いがあればここでアウラの提案を却下するか、あるいはヒントという形で何か言ってくるはずだが……
「素晴らしい! 今のお前たちならば、問題なく私の望みを果たしてくれるだろう」
「はい!」
満足げな主人に、アウラも大きく頷いた。
「そして私も、これから積年の望みを叶えるとしよう」
主人の目が、チラリと地面に横たわるアンティリーネに向けられる。
「はい。きっとシャルティアも喜びます」
妹分に刺さった棘も、その傷もこれできっと癒えることだろう。
「……そうだな。〈
アウラは頭を下げたまま、それを見送った。
やがて
「今のアインズ様、ちょっと変だった?」
主人がシャルティアを操った相手に強い怒りを覚えていたのは、ナザリックのシモベなら誰でも知っていることだ。
少しでも関係しそうな事柄を見つけると、別の案件があっても最優先で調べさせ、なにもないとわかると、露骨に不満そうな態度を見せていた。
常に冷静で完璧な主人らしくない姿も、それだけ配下であるシャルティアのことを大切に思ってくれている証であり、正直少し羨ましいと思ったことすらあった。
もちろん、シャルティア自身は主人に反抗してしまったことへの罪の意識で、それどころではなかったのだが。
それだけ怒りを感じていたはずの主人が、その元凶をあんなに丁寧に扱うだろうか。
もちろん今目を覚まされては面倒なことになるため、雑に扱えないのはわかるのだが……
『お姉ちゃーん! 助けてー』
突如、頭の中に大きな声が響き渡り、思わず顔を顰める。
マーレからヘルプコールだ。
マーレは残ったエルフたちに自分たちが神の使いであると説明していたはずだが、おそらくエルフたちからの質問に答えきれなくなったのだろう。
実際まだエルフたちから見れば、
「まったく、もー」
ため息を一つ落としてから、アウラは地面に転がっているエルフ王の頭に目をやった。
「ま、とりあえず、これを持っていけば多少騒ぎは治まるでしょ」
エルフの国の近くまで来ているという法国の連中がどう動くかも含め、急いでやらないといけないことは多い。
大事な
早速とばかりにアウラは山河社稷図を解除するため、腰に巻いた巻物に手をやった。
当然ですが、アインズ様は神の使い云々は一切考えておらず、適当に返事をしただけですが、アウラにとっては自分たちを伴として選んだところから全て繋がっていると考えてしまったようです