オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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第25話 結末

「アインズ様。ご命令通り、ナザリックの防衛に関わる案件を除き、全軍を動かす準備が整いました。もちろん我々守護者一同も同様に。後は御身のご命令一つで今すぐにでも法国を滅ぼすことが可能です」

 

 エルフの国があるエイヴァーシャー大森林に出向いていた主人が帰還して早々、アルベドに下った命を実行に移したことを伝える。

 久しぶりに主人に会えたというのに声が固くなってしまったのは、命じられた際に強烈な怒りの波動を感じたためだ。

 

「いや。先ほどは感情に任せて全てと言ってしまったが、そこまでする必要はない。まだ王国の跡地や生き残った貴族たちの対応も済んでいないのだろう?」

 

 憤怒の感情は消えてはいないが、ずっと薄くなっていることを不思議に思いつつ、頭を下げて答える。

 

「いえ。シャルティアを操った世界級(ワールド)アイテムに関する案件、なによりも至高の御身であらせられるアインズ様をご不快にした者どもへ、誅を下すのは我々にとってなにより重要な案件ですので」

 

「……そうか。お前たちの忠義ありがたく思う。だが、急ぐ必要がないと言ったのは事実だ。ちょうどアウラとマーレから連絡が入ってな。エルフの国に到着し、悪政を布いていた王に罰を下した神の使いとして歓迎を受けているとな」

 

 アウラたちだけでエルフの国に向かったことは知っていたが、その目的を聞きアルベドは目を見開いた。

 

「神の使い──そういうことですか。つまり攻め入るのはそちらが済んだ後。確かにそれなら大義名分だけでなく法国側からも戦争を回避出来なくなります。流石はアインズ様、エイヴァーシャー大森林に出向いたのはそれが理由だったのですね?」

 

 アルベドとしては、法国にエルフの国を滅ぼさせ、奴隷となったエルフを解放することを大義名分にするつもりだったが、主人はもっと手っとり早い方法で戦争に介入するやり方を取った。

 思えば、エルフの国に出向く前、誰かが休暇に入って仕事に穴が出来ても問題なくナザリックが運営できるか確認してきたのは、王国の残党の始末が残っている現状で法国と戦争に入っても問題ないか確認するためだったのかもしれない。

 

「いや、そうではない。今回のことは全てアウラとマーレ、特にマーレが中心になって計画したものだ。私はそれに乗ったにすぎない」

 

 アルベドの言葉を苦笑しながら否定し、手を振る態度は真に迫っているが、それが演技であるのは言うまでもない。

 

 一度ナザリックに帰還したアウラからことの次第を聞いていた。

 もっともそのときの計画は神の使いではなく、エルフ王を殺して現地で出会ったハーフエルフの王の娘とやらに王位を簒奪させるというものだった。

 正直主人の計画にしては少し杜撰というか、如何にエルフが原始的な生活をする種族でも、王を殺しての簒奪では住民に混乱が生じてしまうのではないかと思ったのだが、アウラから主人はあえてヒントを出すだけに留めて、出立前のいざこざを引きずっているマーレに自分で考えさせようとしているみたいだ。とも聞いていたため、アルベドも何も言わずにいた。

 案の定、計画は王位の簒奪ではなく、更にその上位である神の使いという立場を作り出すことにあったらしい。

 

 なによりマーレは、答えを教えてもらうのではなく、自分で考えて提示してみせた。

 ならばアルベドも、主人の考えに従おう。

 

「アウラとマーレが階層守護者として、アインズ様の満足いく仕事をこなせたこと、守護者統括として喜ばしく思います。そして以前のアインズ様の問いに今こそ私は自信をもってお答えいたします」

 

「ん?」

 

「仮に私とデミウルゴスが休暇を取った場合、組織として問題なく運営出来るかについてです」

 

 この問いに自分には無理だとマーレが答えたことが、すべての始まりだった。

 ああ。と思い出したかのような演技をする主人に、アルベドは顔を上げ、キッパリと答えた。

 

「アウラやマーレのみならず、他の者たちがアインズ様の求めるレベルでの働きを遂行し、空いた穴を問題なく塞ぐに相違ありません」

 

 守護者の中で最も精神的に幼く、頼りなかった二人が、これほどの成長を見せたのだ。

 同じようなことがあれば、他のシモベたちも我先にと奮起し、他の者たちで協力し合うことだろう。

 

「そ、そうか。お前たちの成長と忠義、嬉しく思うぞ……ちなみに奴らは狙い通りに踊ると思うか?」

 

「もちろんです。大義名分としては、友好国となったエルフの国へこれまで法国が行ってきた非道な行いを止めるため。と言ったところでしょうか?」

 

 例のナザリックで雇うことになった元奴隷エルフから話を聞き、義憤に駆られたモモンが国の内情を調べに行ってことが発覚した。という体を取れば大義名分としては十分だ。

 

「その上で、法国の政治は王ではなく最高執行機関による合議制を採用しておりますが、国民を一致団結させるため宗教を利用しています。いわば、国の決定より宗教の教義を上に置いている。だからこそアウラとマーレが神の使いを名乗ったことが重要になります」

 

「ほう。それはどうしてだ?」

 

 主人自ら立てた計画なのだから、分かっていないはずはない。

 アルベドを試そうとしているのだろう。

 頭の中で思考し、問題がないか確認してから続ける。

 

「アインズ様とアウラが打ち倒したというハーフエルフの女。アレが法国の最高戦力だと仮定した場合、現時点で我々が見せた戦力だけでも法国を遙かに凌いでいることは、おそらく最高執行機関も理解するでしょう。ですので、場合によっては魔導国に膝を折り帝国のように属国になろうとするかも知れません」

 

 一度言葉を切り様子を窺うと主人は納得したように頷く。ここまでは正解ということだ。

 

「ただ属国になるだけなら、無理やり弾圧出来るでしょうが、宗教国家であり六大神とやらを本物の神と断じている以上、他宗教の神の存在を認める訳にはいかない。よってこちらが神の使いを名乗って先頭に立たせれば、奴らはいやがおうでも戦争に乗るしかない。もちろん上層部は内々に和平交渉の打診くらいはしてくるでしょうが──」

 

「我々がそれを呑むわけがないということか。流石はアルベド。我が真意をしかと読んだな」

 

「もったいなきお言葉」

 

 機嫌良さそうに頷く主人にアルベドは恭しく頭を下げつつも、内心で苦笑する。

 流石もなにも、アウラとマーレを連れていくと言ったときからこうなるように動いていたに違いないのだから。

 むしろ気づくのが遅すぎたくらいだ。

 もっとも流石の主人といえど、予想外のこともあったようだが。

 

(法国が介入してくるのは想定していたとしても、例のハーフエルフの女からシャルティアを洗脳した相手まで繋がるとは思っていなかったはず)

 

 もし最初からその展開を予想していたのなら、アウラとマーレに世界級(ワールド)アイテムを持っていくように指示を出していたはずだ。

 第一それでは先ほどまでの感情的な態度に説明が付かない。

 あんな感情的な主人の態度はアルベドとて数えるほどしか見たことがない。

 主人が憤怒の感情を覚えても、アンデッドの特性ですぐに落ち着くのは知っているが、それでも許せない感情はある。

 

 一つはあの至高の存在を騙る、裏切り者どもに関すること。

 そしてもう一つが自分たちナザリックのシモベに手を出されることだ。

 一つ目に関しては、主人がアレらに対して未だ強い未練を感じていると実感出来てしまうので、正直おもしろくないが、自分を含めたアレらに直接創造された者たちを特別扱いして貰えるというのは、気分が良い。

 

 もちろん、自分だけ特別扱いして貰えればなお良いが。どちらにせよ、常に冷静沈着で先の先まで読んで動く主人らしからぬ態度は、予想外の出来事だったからこそだろう。

 

(でも、あの怒りがこんな僅かな間で落ち着くなんて)

 

 主人らしくないと思いつつも、アルベドが戦争ではなく殲滅の用意をしていたのは、どんな感情的なものであっても主人の命を叶えるのが最優先だからなのだが、同時に主人の怒りはそう簡単に治まらないと考えてのことだった。

 それがこんな短時間でどうして。

 

 ふと、アルベドは主人のテーブル上に置かれた手帳に目を留めた。

 粗末な装丁はナザリックで作られたものではなく、魔導国内で生産、流通しているものだ。

 主人がそんなものを普段使いしているはずがないので、おそらく今回冒険者モモンとして活動するにあたり用意した小道具の一つだろう。

 しかし、何故そんなものがここに。

 

「アインズ様、そちらは?」

 

 単なる勘だが、この手帳が主人の落ち着きに関係しているのではないかと思っての問いに、主人は一瞬動きを止めたが、すぐ気を取り直したようにそれを手に取り、小さく鼻を鳴らした。

 

「……感傷だ」

「感、傷?」

 

 アルベドの問いに、主人は再度鼻を鳴らすと、手帳を空間内に仕舞込み、小さく頭を振った。

 

「いや。何でもない。では、後のことは任せる。アウラとマーレと相談し、大義名分の内容と打ち出すタイミングを決めた後、布告官を派遣せよ」

 

「はっ!」

 

 未だ気になるのは間違いないが、主人の命は絶対だ。

 早速仕事に取りかかろうと、一礼しその場を離れようとしたところで、後ろから声がかかった。

 

「言うまでもないが、王国の時のようにお前が直接宣戦布告に出向くようなことはしないようにな」

 

「は、はい! それでは布告官はこちらで選定し、後ほど報告いたします」

 

 アルベドが行かないようにというのは、例の洗脳をする世界級(ワールド)アイテムの存在も考慮してだろう。

 アルベドは外に出る際必ずギンヌンガガプを持つように言われているが、世界級(ワールド)アイテムにはその防御を突破する術もあるらしいのでその対策ということだ。

 だが、どんな理由にしろ主人が自分の身を案じてくれたことへの喜びで、手帳のことを忘れたと気づくのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 

 ・

 

 

 エルフを引き連れ、ダークエルフの集落を後にしたアウラとマーレ、そして三匹の魔獣たちは、現在、王都に住むエルフたちに魔導国への忠誠を誓わせるために移動していた。

 

「というわけで、王としての責務を蔑ろにして、私利私欲に走ったアイツが我らが神の怒りに触れたため、あたしたちがその使いとして天罰を下しにきたってわけ。ね?」

 

「あ、えっと……そう、です」

 

 フェンの上に乗ったまま、出来る限り威厳を込めた話し方をしようと試みるが、主人のように上手く行くはずもなく、仕方なしに隣でハムスケの上に乗っているマーレに同意を求めるが、当のマーレは、いつものようにおどおどとした態度で、言葉少なに頷くだけだった。

 

『まったくもー! ちゃんとしなさいよ! 先にコイツらに王都で話を広めさせないと計画が台無しでしょ!』

 

『う、うう。ごめんなさい』

 

 どんぐりのネックレスを握りながら頭の中でマーレを叱責するが、最初主人の意志を見抜いて提案してきたときの強引さはどこへやら、いつもの弱気な態度に戻ったマーレ。

 これ以上時間はかけられないとネックレスから手を外し、改めて視線を前方に向けなおす。

 そこにはダークエルフの集落とは比べものにならない規模のエルフツリーの集合体である、王都が見えていた。

 本当はここにつくまでの間にすべて説明を終えていなくてはならなかったのだが、根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)が作った道を使用したことで、予想以上に早く王都近くまで着いてしまったため、休憩と称して一度足を止め、改めて主人の素晴らしさを説明することにしたのだ。

 

「神とは、ツンゴグァ様のことではないのですか?」

 

 エルフたちのまとめ役らしい男がおずおずとハムスケに目をやりながら問う。

 自分が神扱いされたことにハムスケはご満悦のようだが、そんなふざけた扱いを許すはずもない。

 

「そんな訳ないでしょ。こいつは単なる騎乗魔獣。本物の神はあたしたちの主人にして絶対の支配者、アインズ・ウール・ゴウン様よ」

 

 なるほど。と感心しているらしい声が上がるが、エルフたちが主人の名は疎か、魔導国のことすら知らないのは道中の会話で聞いているので適当に合わせているだけだろう。

 不敬この上ないが、今は仕方ない。

 

「それだけじゃない。アインズ様は、あなたたちが今直面している危機、スレイン法国のことだってご存じなんだから」

 

「なんと! あの法国のことまで」

 

 途端に声が大きくなる。

 背後でボソボソと法国についての悪評──突然攻めてきたとか、奴隷として連れてかれたとか、森を汚しているといった声が聞こえる。

 やはり法国はエルフの王都で評判が悪いらしい。

 これなら上手く行きそうだとアウラは内心でほくそ笑みながら、一つ咳払いをして視線を戻させる。

 

「あなたたちが我々の神を崇め奉り、絶対の忠誠を誓うのならばきっと神は、法国のことも斥けてくれるでしょう」

 

 別にエルフの国のことが無くても、シャルティアを洗脳したのがあいつらだと確信を得た今、法国の未来は決まったようなものだが、あえてエルフのためにという言葉を使う。

 

「本当ですか!? 是非、是非とも我らをお救いください」

「話を聞かせてください!」

 

 先ほどまでの半信半疑な態度から一転して、今度は本気で話を聞きたがる。

 これは信仰する気になったのではなく、法国が王都のすぐ近くまで侵攻していて相当せっぱ詰まっている上、性格はともかく戦力としてはエルフの国でずば抜けていたエルフ王が死んだ今、すがるものが自分達しかいないからだろう。

 いつか、デミウルゴスも言っていた。

 人間達は絶望に近づけば近づくほど、それを救ったときの感謝も大きくなるのだと。

 それはエルフも同じらしいが、今はこれでいい。

 

「うむ。では、神様のことを教えてあげましょう」

 

 信仰系魔法の使えないアウラは、神とやらの存在を感じたことはない。

 だからこそ、マーレに話させたかったのだが、その必要もなくなった。

 たとえ信仰系魔法が使えなくても、アウラには、いやナザリックのシモベたちには共通した神が存在しているのだから。

 

「あたしたちの神は、日の光が届かない地底に森を生み、花畑を生み、太陽すら作り出した」

 

 自分達が住むナザリックを創造した至高の御方々。

 それこそがアウラにとって創造主であり、神なのだから。

 

「神樹の世界……」

 

 誰かがぽつりと呟く。

 おそらくツンゴグァなるハムスケ似の神同様、エルフに伝わる神話か何かだろう。

 そんなものと、至高の御方々が造ったナザリックを一緒にされるのは不愉快だが、否定しても始まらない。と気を取り直したところで、アウラの感知能力に引っかかるものがあった。

 

(ようやく動いた)

 

 エルフの王都。

 その外周部分にある橋のようなところに、向かっている影が幾つか確認できたのだが、その動きを見てアウラは思わず心の中で悪態を吐いた。

 

(あーあー、なにあの歩き方。見つけてくださいって言ってるようなものじゃない!)

 

 魔法やマジックアイテムを使って姿を隠しているつもりだろうが、おそらく元の能力が低いからだろう。

 精鋭でなくても見つけられそうな足取りだ。

 

(あたしの吐息(ブレス)で見張りの注目を集めるとか? でもそうなるとコイツらがなぁ)

 

 目をキラキラと輝かせるエルフたちを前にアウラは唇を尖らせる。

 どっちを優先するべきか考えていると、マーレがグイと前に出た。

 

「そ、その中では、エルフや植物系モンスター、亜人や魔獣まで皆仲良く暮らしているんです!」

 

 ずっと黙っていたマーレの力強い言葉に、一気に視線が集中した。

 そんな状況にあっても、マーレは臆することなく話を続ける。

 大きく身振り手振りを使って本物の神である至高の御方の話をするマーレは、頑張って注目を集めようとしているかのようだ。

 どんぐりのネックレスを使ってもいないのに、アウラの意図を汲み、自分に注意を向けさせてアウラを自由に行動させるべく動いたのだ。

 

(うんうん。偉いよマーレ)

 

 心の中で弟の頑張りを称えつつ、エルフたちの視線が外れたアウラは吐息(ブレス)を発動させた。

 遠目でも慌てた様子の見張りが周囲を見回しているのがわかる。

 その隙を突くように王都内へ先ほどの間者が侵入していった。

 その様子にアウラは満足げな笑顔を浮かべた後、エルフたちと共に、たどたどしい口調で頑張って語る弟の話に耳を傾けた。

 

 

 ・

 

 

「ま、間違いないのだな?」

 

 最高神官長の部屋の中、つい今し方入ったばかりの報告を聞いた最高神官長の声は震えていた。

 無理もない。

 自分とて、かつて漆黒聖典第三席次として活動し、数多の修羅場をくぐり抜けた過去がなければ、こんなに冷静ではいられなかっただろう。

 

「はい。情報収集に当たっていた火滅聖典が、危険を押してエルフの王国内に侵入して直接確認してきたとのことです。いつもであれば外周部分を哨戒している精鋭のエルフがいるのですが、その姿もなく──」

 

「そんなことはどうでも良い! それで、彼女は本当に……」

 

 いつも穏和で、会議が白熱する度に諫める役を担っている最高神官長らしからぬ強い言葉に、レイモンは眉間に皺を刻みつつ頷いた。

 

「はい。エルフ王と相打ちになり、壮絶な最後を迎えたそうです」

 

「何故。何故、そんなことになった? 一度エルフ王に敗北した後、なにがあったというのだ!?」

 

 最高執行機関での話し合いで軍の引き上げが決定し、その準備をする傍ら、火滅聖典によって王都の監視が行われていたが、エルフ王が複数の精鋭らしきエルフと進軍したところは確認されている。

 その姿を見て、やはり絶死絶命はエルフ王に敗北したものと思われていたのだが、つい先日、精鋭エルフたちと共に、二人の幼いダークエルフが、三匹の強大な魔獣に乗って現れたという知らせが入った。

 しかも、そのダークエルフによってエルフ王が殺されたという知らせを伴ってだ。

 

「おそらくこのダークエルフのどちらかが、例の魔導王の側近でしょう。三体の魔獣の中には、モモンの騎乗魔獣である森の賢王に酷似した魔獣もいたそうですので」

 

「その者が彼女の最期を知っていたということは、彼女はモモンと行動を共にしていたのか?」

 

「あるいは、一度撤退した彼女が森の中に潜み、エルフ王を狙っていたところを、横やりをいれられ討たれてしまったのではないかと」

 

「あの魔導国ならばあり得るか──ならば遺体は? 遺体はどうなった? それさえあれば」

 

 復活魔法のことを言っているのだろうが、それは無理な話だ。

 

「ダークエルフが持ってきたのはエルフ王の首のみで、彼女に関しては森の中に埋葬されたと。探し出すことはとても」

 

「占星千里は!? 巫女姫を使った魔法は!? なんとか探しだせ!」

 

 以前にも似たようなことを聞かれ、すべて否定したはずだが、それを忘れてしまうほど、頭に血が上っているらしい。

 やはり最高神官長と、絶死絶命の間には、他の者に知られていない絆のようなものがあるのかも知れない。

 だがそれはレイモンとて同じこと。

 かつて漆黒聖典として戦っていた際、彼女から幾度も手ほどきという名の叱責を受けた。

 英雄と呼ばれるほどの強い力を手に入れて調子づき、奢りにまみれていた自分を、その絶対的な力でねじ伏せて己の分を教えてくれたのも彼女だ。

 それがあったからこそ、自分の力を過信することなく戦い続けることが出来、いつしか周りに人も集まり始めた。

 

 本来、所属した時点で、顔も経歴も変わる漆黒聖典の隊員だった自分が、土の神官長として最高執行機関の一員──それも最年少で──になれたのも、そのときの経験が大きいと思っている。

 神官長にして六色聖典の纏め役という立場に就いて、彼女へ指示を出す立場になってからは、その自由奔放さに手を焼いたが、それでもあれだけ個性の強い面々を纏めることが出来たのは、彼女が漆黒聖典となった者たちを教育してくれていたからこそだ。

 そうした間接的な行動も含め、彼女がこれまで幾度法国を救ってきたか。

 彼女が法国にとってなくてはならない本物の英雄だと理解していてなお、レイモンは覚悟を決めて、最高神官長に詰め寄った。

 

「彼女の遺体を探すよりも、我々にはしなくてはならないことがあります」

 

「なんだと?」

 

「一刻も早く、魔導国に膝を屈する。いえ、属国となるよう願い出るべきです」

 

 これは以前会議にも上がった内容だ。

 魔導国と法国の戦力差はあまりにも大きいのだから、勝てない戦いを挑むより、属国となり何十年でも何百年でもかけて力を付け、内側から好機を待ち続ける。

 番外席次の死亡によって、その差は更に広がった今、もはや躊躇する理由はない。

 

「……しかし、今回の件は」

 

「はい。間違いなく魔導国の謀略が関わっているでしょう」

 

 そもそも彼女がエルフの国に派遣されたのは、戦線を二つ抱える危険性を考慮し、戦争を早期に解決するためだ。

 しかし結果はこの様。エルフの国攻略のために用意していた前線基地は放棄され、法国の最強戦力である番外席次は死亡した。

 エルフ王が死亡したといっても、代わりに魔導国のダークエルフが英雄、否、神の使いとして立った以上、もはやエルフの国は魔導国の傀儡になったも同然。

 だからこそ、今なのだ。

 正式に宣戦布告がなされていない今こそ、魔導国に恭順を示す最後の機会。

 

「……魔導国が呑むと思うか?」

 

 魔導国との戦争に繋がりかねない状況にあると気づいた最高神官長も流石に落ち着いたらしく、しばらく考え込んだ後問う。

 

「おそらくは。評議国との緩衝地帯を作るという目的のあった王国と異なり、法国を焦土と化しても魔導国に旨味はありません」

 

「それは確かに。この地までもアンデッド多発地帯となれば、せっかく手に入れたアベリオン丘陵や、傀儡となったエルフの国。そしてアンデッドの販売で影響力を増している竜王国との交易もやりづらくなる」

 

 正確には竜王国は帝国やカッツェ平野とも繋がっているが、そちらの間には山脈が連なっているため移動は難しい。

 その意味で法国をわざわざ壊滅させる理由はないはずだ。

 

「では早急に最高執行機関の召集を──」

 

「その余裕はありません! 壊滅させる旨味はなくとも、戦争する意味はあるのです。奴らとしては六色聖典に代表される法国の戦力を削った方が、支配しやすくなるのですから」

 

「しかし法国は帝国や王国とは違う。私は最高神官長であっても、最高権力者ではない。我々はあくまで等しい立場での話し合いによって方針を決めるべきだ」

 

 人類の繁栄と存続を願う最高執行機関の面々は皆平等の立場。

 それが法国の理念であると最高神官長は語っている。

 確かにそれは正しい。

 人間は弱い生き物だ。そうやって規則で縛らなくてはいつか必ず、内側から腐り始める。

 王国という実例を知っているからこその言葉なのだろうが、レイモンとしてはこの期に及んで悠長なことを言っているようにしか聞こえなかった。

 

「それではいつまで経っても結論は出ません。前々回の会議でもそうだったではありませんか」

 

 王国への侵攻が、とっくの昔に始まっていたと知った際に行われた会議のことだ。

 魔導国に膝を折る話が出たのもあのときだが、結局反対するであろう国民への対応などで意見が割れ、結論は出なかった。

 

「絶死絶命が敗北し、死亡した。本当の意味で、この損失を理解できているのは私たちだけでしょう」

 

 六色聖典の存在は最高執行機関も当然知っているが、その中でも更に秘匿とされる彼女の力を正確に知るものは少ない。

 レイモンのような同じ部隊に属していた者か、あるいは最高神官長のように彼女と個人的な親交を持っていた者だけだ。

 熱の籠もった説得に、最高神官長は熟考するような間を空けた後、ゆっくりと首を縦に振った。

 

「…………分かった。すぐに恭順を示す文書を作成する。お前は布告官の選定と、転移による移動の計画を立ててくれ」

 

「転移を使うのですか?」

 

 国の重要機密を扱う布告官が移動する際は、魔法などは使わず──転移が使える者自体ほぼいないが──馬車を使って移動させるのが一般的だ。

 そうした儀式的な行動を省くと、周辺国家から野蛮な国だと侮られてしまうからだ。

 

「そもそも。もはやまともな周辺国家など残ってはいまい? 動くと決めた魔導国の行動は早い。それは王国が証明してくれた。ならばそれを上回る速度で行動するしかない」

 

「確かに。分かりました。準備をさせます」

 

「一つ言っておくが、転移の際は住民から見えるよう、エ・ランテルの外に出るように。内側では秘密裏に処理されかねない」

 

 魔導国の情報を得るため、エ・ランテル内にも転移できる場所を作っているが、間者として送り込んでいた目耳が気づかぬうちに潰されたことを考えるとそれは危険だ。

 

「心得ております。では早速──」

 

 そう言って最高神官長の部屋を出ようとしたところで、ノックも無しに男が入ってきた。

 最高神官長の補佐官である彼とはつい先ほど、面会を求めた際にも会ったが、その表情は先ほどとは比べものにならないほど青ざめていた。

 レイモンの背筋に冷たいものが流れていく。

 

「ど、どうした?」

 

 最高神官長の声もまた、震えていた。

 すでに最悪の事態を想定しているかのように。

 

「ま、魔導国の使者として、旗を掲げた一団が訪れております」

 

「バカな! そんな話聞いていないぞ!?」

 

 聖殿のある法都シクルサンテクスは法国の中心に位置しているが、仮想敵国である魔導国からそんな動きがあればもっと前から連絡が入っているはず。とそこまで考えて気がついた。

 これは今まさに自分たちがしようとしていたことと同じではないのかと。

 

「それが、相手は突如として法都近辺に出現したと報告が」

 

「やはりか」

 

 こちらがやろうとしたことを、単体ではなく、大勢で一気にしてくるとは。

 魔導国の魔法技術は、法国のそれを遙かに超えている。

 そして、こんなに素早く動いたということは……

 

「恭順すら許さぬということか。何故そこまでする。何故……」

 

 最高神官長の呟きに、レイモンはかつて大元帥が口にしていたことを思い出した。

 

「所詮アンデッド、か」

 

 何故突然王国を滅ぼしたのかという疑問に、大元帥が立てた推論の一つに、生者に対する憎悪に支配されたことで衝動的に動いたというものがあった。

 今までの魔導王の行動を見ていると違和感が強く、大元帥自身もその線は薄いと考えているようだったが、どんな手段を用いてでも戦を起こそうとする様を見ていると、案外それが全てなのではないかと思えてくる。

 

「……如何致しますか?」

 

「まずは外に留めておけ。その間に、最高執行機関を集めて会議を開く」

 

 指示を出す最高神官長の声は暗い。

 

「……それと、絶望の名残に向かう人選の選定を急がせよ」

 

 こちらも以前の会議で出た内容の一つだが、まさかこんなに早く使うことになるとは思ってもみなかった。

 

「はっ。土塵聖典にも通達を致します」

 

 それだけ言い残し、レイモンは最高神官長の部屋を後にする。

 まさか、本当に人間が六百年前と同じようにただ逃げまどい、怯えるだけの生活を送ることになろうとは。

 

「神よ」

 

 外に出たレイモンは、目を伏せて、神に祈りを捧げる。

 もはや人間が助かるには、六百年前と同じく、神の降臨を待つよりない。

 そして、そんな奇跡が二度も起こらないことは、レイモン自身にもよく分かっていた。




ちなみに今回の時系列はバラバラで、アウラたちの話が最初で次がアルベド、そしてそれからしばらく経った後、レイモンたちの話となります

次が一応の最終回、アインズ様とアンティリーネの交流の結末となります
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