オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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最終話という名のエピローグ
前話から結構時間が経ち、トブの大森林内にダークエルフの村が再建されてしばらく経った後の話です


第27話 最初の交流

 エルフツリーに開いた穴から、日の光が差して彼女の顔を照らす。

 

「ぅん」

 

 その眩しさから逃れるように、彼女は眉間に皺を寄せて唸り声をあげ、くるまっていた布団を持ち上げるとそのまま頭からスッポリ覆いかぶせた。

 これでもう太陽の光は関係ない。

 あとはこのまま気が済むまで眠ろう。

 眉間の皺も取れ、安らかな顔つきになった彼女が再び、深い眠りの底に向かおうとして──ドタドタとした無遠慮な音と振動が伝わってきた。

 

「姉ちゃん! 俺。クーナス。入るよー」

 

 返事も聞かずエルフツリーの内部に入ってきた人物は、まっすぐ三階の寝室にまで上ってきた。

 足音が消えると同時に、すぐ近くから深いため息の音が聞こえた。

 

「ハァ。やっぱり寝てるよ。いい加減起きなよ」

 

 子供特有の甲高い声は、ヒドく頭に響く。

 

「なぁによ。こんな朝っぱらから」

 

「朝って。もう十時だよ」

 

 呆れた声に、彼女は未だ寝惚け眼のまま布団の端を持ち上げるとその向こう側にいる人物を睨めつける。

 

「なにが十時よ。あーあ、なげかわしい。いーい? エルフ族っていうのは、昇る太陽と一緒に起きて、太陽が沈むと共に寝るもんなのよ」

 

「元長老みたいなこと言ってら。だったら布団なんか使わないで、木の葉で寝なよ」

 

 言うなり布団の端を掴んで持ち上げようとするクーナスの言葉を、内側から布団を握りしめて拒絶する。

 

「イヤよ。あんなゴワゴワガサガサうるさいもので寝られるわけないでしょ。これはエルフの生き方とは関係ないからいいの」

 

「いいから起きなって。今日はお客さん来るんだから。村人全員で準備するんだよ」

 

「きゃくー?」

 

 未だ寝ぼけたままの頭に入ってきた言葉に引っかかりを覚え、聞き返す。

 

「そう。姉ちゃんと一緒に前の村にやってきた人」

 

「あー、えーっと。モモだっけ?」

 

「モモンさんだよ。村の英雄。薬師頭に会いに来るんだって」

 

「あー、はいはい。言ってたわね」

 

 自分の職場、というかいくつかある手伝い先の一つである薬師たちが集まるエルフツリーで、頭であるマンゴーがそんなことを言っていたのを思い出す。

 なんでも都会に住む薬師を連れてきて、交流会を開くとのことで、薬師頭が普段は作らない秘伝薬を幾つも生産していた。

 

 もっとも薬師頭がやる気になってしまったせいで、太陽が沈んでからも仕事を手伝わされ、寝るのが遅くなってこんな時間まで眠ってしまっていたのだが。

 とはいえ、それを言ったところでクーナスが諦めるとも思えない。

 準備に参加しなかったせいで後で文句を言われたり、宴に参加できず、ご馳走にありつけないのもイヤだ。と彼女は仕方無しに手を離し、ベッドから身を起こした。

 

「んじゃ、準備してから行くから下で待ってなさい」

 

 長い髪をガシガシと掻きながら言い、クーナスを部屋から追い出そうとするが、あちらの視線は懐疑的だ。

 

「そんなこと言って二度寝する気じゃないの?」

 

「しないわよ、私をなんだと思ってんのよ」

 

「……ぐーたら女」

 

「あ?」

 

 ギロリと睨みつけるとそそくさと退散していく。

 

「んじゃ下で待ってるから、早くきてね。アン姉ちゃん」

 

 最後にそう付け加えるのを忘れずに部屋を出ていったクーナスに、ハーフエルフの少女、アンはグッと伸びをしてから、のそのそと動き出した。

 

 

 

「遅いよ」

 

 用意を終え、二階の生活スペースに降りていくと、地面に座ったままのクーナスが木の皿に置かれたアンの食事を摘んでいた。

 

「女には準備ってもんがあるのよ。そういうアンタこそ、人の朝ご飯勝手に食べないでよ」

 

「持ってきたの俺なんだけど」

 

「今日朝食の当番だったの?」

 

「違うけど。途中で会ったから俺が起こすついでに持っていくって預かってきたんだよ。アン姉ちゃん、休みの日はずっと寝てるから、いつまで経っても皿が片づかないって文句言ってたよ」

 

 元々ダークエルフの食事は、それぞれの家庭で朝に纏めて作ったものを朝、夜に分けて食べる形を取っていたらしいが、都会から入ってきた明るくなるマジックアイテムによって、夜でも作業する者が増えたこともあり、しばらくの間は当番の者が纏めて作り、家庭に配布する形を取っている。

 そのため、朝ご飯を食べた後、食器を当番に返しに行くことになっているのだが、基本的に朝はゆっくりしたいアンは返すのが遅くなることが多いのでそのことを言っているのだろう。

 

「休みの日くらい好きにさせなさいよ。皿の一枚や二枚洗わなくても困らないでしょ」

 

 この生活を変えるつもりもないため、適当に返事をしているとクーナスが、皿から大きめの芋虫を取ろうとしているのが目に入り、ヒョイとひと飛びで移動すると、その手をたたき落とす。

 

「痛っ!」

「私の好物を取ろうとするからよ」

 

 手を押さえて涙目になっているクーナスを余所に自分で芋虫を掴み、そのまま一気に齧り付く。

 柔らかな触感と、クリーミーな果肉、その中にわずかにあるえぐみもまた、良いアクセントになっている。

 残念なのは、死亡してから時間が経っているせいで少々臭みがあることくらいか。

 

「やっぱり、芋虫は生きたままが一番よね」

 

 一緒に置いてあった果実水で臭いを消すと同時に口の中を洗い流し、そのまま外に向かって歩き出す。

 

「もういいの?」

 

「後は帰ってから食べる」

 

「また文句言われるよ」

 

「直接言ってきたら聞いてやるわ」

 

 軽く笑って外に出た。

 窓から入る光だけでも分かってはいたが、今日の天気は快晴で、頭上からこぼれる光はいつもより眩しかった。

 

「いい天気ね」

 

 頭上に翳した手の隙間から太陽を見上げつつ、村の中を歩く。

 魔法によって生み出されたエルフツリーが数十以上立ち並ぶ様は、周囲の木々と違って圧倒される。

 一本一本の樹木が太いからなおさらだ。

 だが、これでも以前の村よりは密集度は薄いそうだ。

 中央には村人全員を収容できるお盆のような広場があるが、それ以外にも用途に応じて少人数が集まることのできる娯楽用のエルフツリーも幾つか植えられていた。

 そしてもう一つ。

 アンはよく知らないが、前の村と大きく異なる箇所は、地面に向かって幾つもの梯子が付いていることだ。

 

「全く、嘆かわしいわねぇ。ダークエルフが簡単に地面に降りるなんて」

 

 そんな声が聞こえ、ちらりと目を向けると件の娯楽用エルフツリーの一角に集まって元長老のエルフたちがお茶を飲んでいた。

 その中には一人、エルフではない者──確かドライアードなる精霊──が交じっていた。

 

「でも下から襲ってくる危険なモンスターなんて、この森にいないよ?」

 

「そういう問題じゃないのよ。エルフ族にとっては、木の上で生活することこそが重要だと言ってるの」

 

「えー。でも確か草原で暮らしてるエルフもいるんじゃなかった?」

 

「確かにそうだが、そのせいで奴らは、文化形態のみならず、肉体にも変化が生じ、今ではワイルドエルフという別の種族となっているらしいぞ」

 

「せっかくこの地に帰ってきた私たちまで、そんな風になったら祖霊に面目が立たないわ」

 

 元最長老ラズベリーの言葉を得て、さらに興奮し前のめりになる女の元長老ストロベリーを諫めるように男の元長老ピーチが言う。

 

「しかし、まあ。今までのように少量の土を持ち上げて、プランターの中で育てるしかなかった野菜なども地面を耕せば大量に手に入る。こうして余暇を楽しむ時間を手に入れられたのも、危険な狩りや食料採集に時間を割かずに済むようになったからだ」

 

「うむ。どちらにせよ、我々はもう長老を降りた身だ、後は若い者たちに任せよう」

 

「そんなこと言ってるから、あの子たちが調子に乗って──ピニスン。貴方はどう思うの? 私たちより更に長くダークエルフを見守ってきた貴方ならこの気持ちわかるでしょう?」

 

 形勢不利と見たのか、ストロベリーがドライアードに詰め寄るが、当の本人はどこか憮然としたまま首を横に振った。

 

「私はどっちでも良いけど。君たちには早いところ一人立ちして貰いたいから、その助けになるなら賛成かな。ここってホント栄養薄いからさ。元のところに植えなおして貰いたいよ」

 

「栄養はしっかりしてるだろう? 私たちがいた三百年前とは比べものにならないぞ」

 

「あのときは魔樹もいたからさー。それを差し引いても一度あの味を知っちゃうと他の栄養では満足できないっていうか、あの食べても食べてもなくならない感じがたまらないんだよね。まー、太っちゃうのが難点だけど」

 

「ピニスンまで。まったくもう」

 

「そんなこと言って。お前も都会から来た人間から、樹液から作る美肌効果のある化粧水、だったか? それの作り方を聞いて薬師頭に再現を頼んでいると聞いているぞ?」

 

「そ、それは地面に降りることとは関係ないでしょ!?」

 

 攻守が逆転し、今度はストロベリーが窮地に陥っている。

 

「最近ずっとあんな感じだよね。まぁ、昔みたいに若い人たちと対立して言い合いしてない分マシだけどさ。でもまあ、俺も地面に降りるのはなぁ」

 

「なに? イヤなの?」

 

「イヤじゃないけど、ずっと地面っていうか、村の外は危険だって教え込まれてきたからさ。それに──」

 

「それに?」

 

「いや、なんでもない」

 

 明らかになんでもあるようだったし、聞いてほしそうでもあったが、あえて聞かずに歩き出す。

 理由はいろいろあるが、一番はそろそろあの元長老衆がアンたちの存在に気づきそうだったからだ。

 記憶を失い、この村で世話になるようになってからそれなりに時間が経ったが、以前の自分がこの村で特別な立場にいたことはわかる。

 村人の多くが未だにそれを引きずっていることも。

 

 そして、今の会話でもわかるようにこの村は一見して一つに纏まっているようで、内部に幾つか対立の種が埋まっている。

 影響力のあるアンが下手な行動を取って、その種が芽吹いても困る。

 

「で? 私たちは今日なにすればいいの?」

 

「ほら、森の中に人間が住んでる村があるでしょ?」

 

「あー、あのやけに卑屈な連中」

 

 まだ村の者たちが木の上を移動しているとき、森の奥地で生活していた人間の集団を見つけた。

 あちらは千人近くいたため、最初は数の差もあって警戒しつつ、それでも挨拶くらいはと顔を見せると、どういうわけか村人全員が異常なほど下手に出て、村の手伝いまで申し出てきたそうだ。

 さっき元長老衆が話していた、地面を耕して野菜を育てるやり方も彼らから教わったものらしい。

 

「そ。あそこの人たちと物々交換して香辛料を貰ってきてくれって」

 

「そんなことしなくても、呼び出したら持って来るんじゃない?」

 

 アンが見たところ、あの連中の中には相当数、戦える力を持った者たちもいた。

 数の利も併せて、戦力的にはあちらが上──アンが加われば話は別だが──のはずだ。

 それなのにあんなに卑屈な態度に出るからにはなにか理由があるのだろうが、どちらにせよ、わざわざこっちから会いに行くようなことをしては余計恐縮させるのではないか。

 

「そうかも知れないけど。あんまり頼りすぎるのは良くないって、大人たちが言ってた」

 

「ま。確かにどんな理由で優しくしてるか分かんない連中に、借りを作りすぎるのも良くないか。あ、だから貰うんじゃなくて物々交換なのね」

 

「そう。あっちの人たちは狩りとかは得意じゃないみたいだから狩りで獲れた獣肉を持っていくんだ。で、肉を持っていくとなったら臭いとかで獣が集まってくるかも知れないから、アン姉ちゃんに護衛してもらえって」

 

「ふーん。まぁいいけど」

 

 外に出る際、義務づけられている模様の入った首飾りをつけていれば、森の中は安全とはいえ、それは亜人や知能のある魔獣に限られる。

 普通の獣などには効果はないため、流石に子供を一人で行かせるのは危険ということだろう。

 

「んじゃ早速行こうぜ!」

 

 村の手伝いができるのが嬉しいのか、意気揚々と歩き出すクーナスを前に、アンは頭の後ろで手を組みながら付いていく。

 正直に言うと足の遅い子供がいない方が、素早く移動できるのだが、あっちの村人と交渉というか会話するのも若干面倒臭いので、口にしないことにした。

 

 

 

「えっと。じゃあこれ、ありがたくいただきます」

 

 クーナスはやや緊張した赤ら顔で、使い慣れていない敬語で感謝を述べる。

 

「いえいえ。こちらこそ! 頂いた食料はありがたく頂戴いたします!」

 

 幼い子供に対しても、腰から折れ曲がるような本気の礼を取って言う男は、妙に体が細く、こんな森の中で生きていけるのか疑わしいほど不健康な体つきをしていた。

 同時に肉を受け取った時、わずかにイヤそうにというより、気分の悪そうな顔をしていたのは、単純に肉が嫌いなのか、それとも菜食主義という奴だろうか。

 

 それでも態度には見せず、必死に感謝してみせる様は、ほんの僅かでもこちらから不興を買うことを恐れているようだ。

 ただし、それは眼前の男だけで、奥の方で作業をしながらこちらをチラチラ見ている村人たちの中には、あからさまにこちらを見下すような視線だけでなく、物々交換をバカにしているような内容を囁いている声も聞こえた。

 やはり、ダークエルフの村そのものを恐れているわけではなく、もっと別の理由があるようだ。

 ここはちょっと、突いてみるか。

 

「そう言えば、モモンって人間なんでしょ? この村にいるんじゃないの?」

 

「っ! モ、モモン様は、こんなところではなく魔導国にお住まいですよ?」

 

「まどーこく?」

 

 聞いた記憶はあったが、あえて知らないふりをすると案の定、クーナスが得意顔で語り出した。

 

「それも前言ったよ。モモンさんと、アウラとマーレも住んでる都会の名前。なんかいろんな種族が住んでるんだって。俺も連れてってって頼んでみたんだけど、なんか今忙しいみたいだから、今日改めてモモンさんに頼んでみるよ」

 

 姉ちゃんも一緒に行く? と続けるクーナスを適当に流していると、細身の男が恐る恐るといった様子で口を挟んでくる。

 

「モ、モモン様が、そちらの村にいらっしゃるのですか?!」

 

「え? うん。今日都市の薬師を連れてくるんですって。これは歓迎の宴に必要だから貰いに来たのよ」

 

「そ、そうでしたか。モモン様が直接……」

 

「あ、えっと。何か伝言ありますか? だったら伝えますけど」

 

「い、い、いえいえ。私たちごときがモモン様に直接なんて! 滅相もない」

 

 クーナスの問いかけに男は首が外れるのではないかと思えるほど、早く激しく首を横に振る。

 どうやら彼らが恐れているのはそのモモンという男そのものらしい。

 クーナスたちに聞いた話と違うが、人間でありながら、同種の人間には冷たい男なのか。

 

 そんなことを考えながら再度周囲を見回すと、先ほどまでこちらを侮っていた者たちも、その瞳に恐怖を宿しながら自分たちと目線を合わせないようにしているのが分かった。

 とりあえず、これでこの村の連中に釘を刺すことはできた。と満足し、改めて村に戻ろうとしたところで、細身の男が、意を決したように前に出た。

 

「ひ、一つだけ。モモン様にお伝え願えますか?」

 

「なーに? なんかお願い?」

 

「まさか! ここでの暮らしに何一つ不満はございません。ただ魔導国の戦勝を村人一同お喜び申し上げますと」

 

「戦勝? どこかと戦ってたの?」

 

「え? あ、はい。私たちも詳しくは知らないのですが、南方にあるスレイン法国が愚かにも魔導国に弓を引いたと聞いております。そして、つい先日、魔導国の勝利で戦争が終結したとのことです」

 

「それ本当!? 詳しく聞かせて」

 

 アンより先にクーナスが身を乗り出した。

 瞬間、細身の男の口元に僅かに笑みが浮かんだのが分かった。

 

「はい、もちろんです!」

 

(ああ、そういうこと)

 

 さっきまで伝言を頼むのも烏滸がましいとばかりの態度を見せていた男がわざわざアンたちを呼び止めて付け加えたのは、そのモモンという男に対してではなく、モモンに気に入られているだろう自分たち、ダークエルフの村の者たちへ媚を売るためだ。

 

(まったく。どいつもこいつも、あれこれとよく考えるわね)

 

 好きなときに起きて、好きなものを食べて、好きなことだけやって、疲れたら寝る。

 そんな風に、もっと自由に、シンプルに生きられないのだろうか。

 どちらにしても、過去の記憶もなく、聞いたことのない国の情報など、彼女にとってなんの意味もない。真剣な表情で話し込む二人を尻目に、アンは大きく欠伸をした。

 

 

 

 村に戻る最中、クーナスとアンは行きと異なり、木の上を移動していた。

 アンの身体能力からすれば地面も木の上も大して変わらないのだが、クーナスはそうはいかないらしく、アンは途中で足を止め、後ろを振り返った。

 

「もう良いから下に降りましょ」

 

 これなら地面を歩いている方がずっとマシだ。と木の幹に体を預けながら後方に向かって声を飛ばす。

 

「えー!? なにー!?」

 

 足下を確認するので忙しいのか、こちらの声が届かなかったらしいクーナスの叫び声に、声を掛けては余計時間が掛かりそうだと、肩を竦めて手を振り、追いつくまで待つことにした。

 

 その後、追いついて来たクーナスから休憩を持ちかけられ──アン自身は全く疲れていなかったが──とりあえず話をするために了承した。

 

「で? なんで急に木の上から移動しようなんて言い出したのよ」

 

「だって、さっきの人が言ってたじゃん? スレイン法国が無くなったって」

 

 汗を拭いながら言うクーナスの瞳は、きらきら輝いていた。

 

「それがなんか関係あるの?」

 

「大有りだよ。その国ってずっとエルフの国と戦ってた国なんだよ。だからそこが無くなったら俺たちの故郷の森だって安全になる。ここに慣れてたら、あっちに戻ったあと大変だろ?」

 

「あー、なんか言ってたわね。みんなはずっと南の方にある森から来たんだって?」

 

「アン姉ちゃんが生まれたエルフの国もそっちにあるんだぜ?」

 

「ふーん。私は、記憶ないからどうでも良いけど……みんなその森に帰るの?」

 

「うーん。こっちにも慣れたばっかりだからすぐには無理だろうけどさ。でも俺はいつかは帰りたいなぁ。俺の故郷はやっぱりあの森だから」

 

 故郷。

 記憶のないアンにとっては意味のない言葉だ。

 いや、クーナスの言葉を信じるなら、そのエルフの国とやらがアンの故郷らしいが、話を聞いても全く実感が湧かない。

 

「そ。私はあんまり興味ないけど、行くときは護衛として付いてってあげる」

 

 聞いた話によると、ここより遙かに暮らしづらそうだし、積極的に住みたくはないのだが、それでも一度くらい見に行くのも悪くない。

 

「そんときは俺が森を案内してやるよ」

 

 アンの言葉に応えて胸を叩くクーナスを笑い飛ばす。

 

「だったらこんな森の移動くらい疲れず出来るようになりなさい。いちいち休まれたら案内どころじゃないでしょ」

 

 子供にそこまで求めるのは酷かも知れないが、優秀な野伏(レンジャー)となるには幼い頃から訓練しておく必要があると聞いている。

 アンの言葉に、クーナスは憮然とした顔をしながらも立ち上がり、口元をキツく結び直すと、顔を持ち上げて隣の木に移るべく身を屈めた。

 

 

 

 行きよりは遙かに遅く、けれどアンの想定よりは少しだけ早く、二人は村に到着した。

 入り口となっている外壁のエルフツリーに足を掛け、村の中に入ってすぐ、異変に気づく。

 安全な村とはいえ、最低限入り口の見張りくらいはいる。

 これは敵が来るからというより、さっきの人間の村を始め、交流のある集落から来る客を迎えるためだ。

 それなのに、近くに誰もいないどころか村の中から全く音が聞こえないのだ。

 

「どうしたのかしら」

 

「もう準備終わったのかな」

 

「だとしても見張りくらいいるでしょ。そのモモンって人を迎えるならなおさら──」

 

 そこまで話したところで、アンの耳が複数の人たちの声を聞き取った。

 十や二十どころではない、この声の重なりは、時折開催される村人全員を集めた集会の時と同じ。

 

「広場の方ね。もしかして、もう来たんじゃないの?」

 

 モモンという男がいつ来るかまでは聞いていないが、戻るのに時間が掛かったことで、先に到着してしまったのかもしれない。

 

「きっとそうだよ!」

 

 疲れなど忘れたように駆け出すクーナスの背中に向かって、アンはため息を一つ落とした後、付いていった。

 

 案の定、広場には大勢の村人が集まっていた。

 その中心にはぽっかりと空洞が開き、真ん中に周りより頭一つ以上大きい漆黒の全身鎧を纏った男が立っていた。

 

「モモンさんだ!」

 

 全身鎧の男を指さしながらクーナスが叫ぶ。

 

「あれが……モモン」

 

 村人全員から尊敬を集める代わりに、人間からは恐れられ、なにより記憶を失う前のアンを知っている男。

 目を凝らして確認してみると、モモンの側に集まっているのは、元長老衆やトライアード、そしてブルーベリーやプラムを含めた村の顔役連中ばかりだった。

 さらに、少し離れた場所にはもう一人、見知らぬ金髪色白の少年らしき人物が立っていて、その向かい側には見知った恰幅の良いダークエルフ、薬師頭のマンゴーの姿もあった。

 

「つまりこの苔には治癒のポーションの効能を高める作用があると?」

「ええ。といっても効果はほんの僅かなので、わざわざ加えない人も多いのですが。このトブの大森林では安全に採取が出来るのでうちの商品にはよく入れていますね」

 

 なにやら二人で熱く議論を交わしている。

 

(あっちは噂の都市の薬師ね)

 

 そんなことを考えながら遠目で観察を続けていると、一番外側にいた村人が、アンたちの存在に気づいてしまった。

 

「お、クーナス。それにアンさん! みんな、二人が戻ってきたよ! モモンさんのところに!」

 

 その声に導かれるように、一斉に皆が左右に分かれて動き出し、二人の前にモモンへと続く道が出来る。

 嬉しそうに駆けていこうとするクーナスを、周囲の人間が止め、列に引き込んだ。

 そうしてから、皆がアンを見た。彼らの視線は期待に満ちている。

 

 その視線の意味は流石に分かる。自分とモモンの再会が感動的なものになるのだと期待しているのだろう。

 あるいは出会った途端、アンの記憶が蘇るなんて考えているのかもしれない。

 村人が都市の人間から教えてもらったという物語の中に、そんな話があった気がする。

 

(勘弁してよ)

 

 世の中がそんなに都合よくいかないことくらい、それこそ記憶がなくても分かる。

 同時に、もしかして。という思いがないと言えば嘘になる。

 気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと足を動かし、やっと広場の中心に到着した。

 

「ア、アウラさんたちはご一緒ではないのですか?」

「ええ、アウラとマーレは、エルフの国から戻ってきてはいるのですが、こちらの国でも仕事があって──ん?」

 

 マンゴーと金髪の少年は話に夢中でこちらに一切目を向けないが、もう一組、やけに紅潮した顔のブルーベリーと話していたモモンは、アンの足音に気づいて、こちらを振り返った。

 頭まですっぽりと覆った兜で顔は分からないが、目元付近に空いたスリットからこちらをじっと見つめている。

 そのまましばしの間、向かい合うが、案の定というべきか残念ながらというべきか、モモンと再会してもアンの記憶が戻ることはなかった。

 

「あー。先に言っておくけど、私は貴方のこと覚えてないのよ。貴方っていうかここで目覚める前のこと全部忘れてるから」

 

「ああ、聞いている。今はアンで良かったな?」

 

「ええ。貴方がモモンね。久しぶりで、いいの?」

 

 こちらが覚えてなくても、彼は違うだろうと気を使って言うが、モモンは首を横に振った。

 

「いや、初めまして。だな」

 

 思いのほかキッパリと告げられた後、手甲に包まれたままの、モモンの手が差し出される。

 

「そう。それならそれでいいわ」

 

 言いながら、アンもその手を掴んで笑いかけた。

 

「初めまして。よろしくねモモン」

 

 そう言った瞬間、村人たちが一斉に手を叩いた。

 これも危険な森の中で暮らしていた彼ららしくない行動だが、さっきアンたちが行った村で歓迎を受ける際はいつも似たような行動を取られるので、それを真似しているのだろう。

 

「皆さん、ありがとうございます。私も今後また、村に通うことになるかと思いますので、改めてよろしくどうぞ」

 

 モモンの言葉に、さらに手を叩く音が大きくなる。

 モモンはそれを受けてなにやら満足げに頷いていたが、アンはそんなことより気になることがあった。

 それは彼と会っても記憶が戻らなかったこと、ではない。

 彼に初めましてと返したとき、喉の奥に骨が刺さったような小さな違和感があったのだ。

 思わず喉に触れてみるが、最近小骨があるような魚を食べた記憶はない。さっき芋虫を食べたときも何ともなかったはすだ。

 

(気のせいかな)

 

 気を取り直し、改めて歓迎を受けているモモンを見る。

 結局過去の記憶は欠片も思い出せなかったが、そのことに、少しだけ安堵して心が軽くなっている自分もいた。

 

 だって、記憶が戻らないからこそ、自分はこれからもただのハーフエルフとして、自由に、誰のためでもない、自分のためだけに生きていける。

 

 今のアンにとって、それは過去の記憶より、ずっとずっと大事なことなのだから。




これで終わりとなります
途中、ずいぶん間が空いてしまいましたが、なんとか完結できたのは、これまで読んで頂いた皆さんのおかげです
ありがとうございました
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