オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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絶死絶命とアインズ様たちの出会いの話
ここまでがプロローグです


第3話 超越者たちの出会い

「ほう。この鎧はかなりの品だな。ユグドラシル産か?」

 

 白を基調として、所々黄色のラインと星形模様が刻まれた鎧を持ったアインズは、道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)で頭に入ってきた情報に驚きを示した。

 この世界で手にしたアイテムの中では、ぶっちぎりの性能だ。

 こちらの世界で作られたものにしては強すぎるため、おそらくプレイヤーの誰かが持ち込んだユグドラシル産の武具なのだろう。

 

「やはり奴はプレイヤーの関係者か。エルフと戦っていて、プレイヤーの気配がある国と言えば法国だと思ったんだが──ハーフエルフとはなぁ。関係ないならてっとり早く支配(ドミネイト)でも使えばよかったか」

 

 現在気絶した半妖精(ハーフエルフ)の女──この鎧とセットになっている兜を剥いだことで判明した──は少し離れたところでアウラとマーレが監視をしている。

 相手が気絶しているのだから、魅了(チャーム)支配(ドミネイト)でさっさと情報を引き出してしまい、その後記憶操作でそのときの記憶を消す方法もあるのだが、高レベルの者は精神操作に対する耐性も高く、気絶中であってもレジストされる可能性が高い。

 

 エルフと戦っているのだから、どうせ法国関係者だろうと当たりをつけて、先に武具の鑑定から入ったのだ。

 というのも以前アインズが捕らえた陽光聖典を始め、法国の特殊部隊には、情報対策としていくつか質問をすると、死亡する魔法が掛かっているためだ。

 記憶操作でも同じような処理がなされていることも考えられたので、慎重策としてアイテムの鑑定から入ったのだが、相手がハーフエルフなら人間至上主義の法国の者である可能性は低い。

 今からでも支配で情報を引き出してと思うが、先ほど雑なやり方はしないと決心したばかりだと思い直す。

 

世界級(ワールド)アイテムも持っていないようだし、シャルティアを洗脳した奴とは関係がないのか? いや、まだ決めつけるのは早いか」

 

「殿ー。これで最後でござるよ」

 

 ちょうど良く、アウラたちがハーフエルフから剥がした武具を次々に運んできていたハムスケが、十字槍に似た大きな戦鎌を背負ってやってきた。

 

「うむ」

 

 ここまで調べた装備品の中に、シャルティアを洗脳した世界級(ワールド)アイテムは無かった。

 最後の可能性があるとすれば、あの戦鎌だ。

 もしあれが世界級(ワールド)アイテムであったのなら、話は簡単だ。

 

 もう慎重に動くなどと考える必要はない。

 さっさとナザリックに運びこんで情報を抜き取り──万が一法国所属であっても、三回までは大丈夫のはずだ──背後関係を調べる。

 大切な友人であるペロロンチーノ。その子供同然の存在であるシャルティアをアインズ自身に殺させたのだ。

 これはアインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売ってきたと同じこと。

 決して許されるものではない。

 

「〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉」

 

 覚悟と期待を込めて使用した魔法によって、頭の中に入ってきた情報は、残念ながらというべきか、アインズの求めていた物ではなかった。

 

「カロンの導き──これもユグドラシル産のようだが、ふむ」

 

 一定時間ごとに決められた回数、付加されている魔法を選択して使用できる武器のようだ。

 高位階から低位階まで種類は様々だが、なんというべきか。

 

「かなり趣味に寄った構成だな。俺が言えた義理じゃないけど……」

 

 アインズはアンデッドの魔法使いとしてのロールプレイを重視して、職業や特殊技術を習得しているため、強さの面では無駄な構成といえるものが多い。

 この武器もそうした意図で製作された武器のようだ。

 殆どが死霊系魔法というのもアインズと似ている。

 

「俺と同じようなことを考えた奴がいたのか。まさかオーバーロードではないだろうな。まあ、それならわざわざ武器に魔法を込めるわけないか」

 

 ここに込められている魔法は、アインズと同じオーバーロードならば、普通に取得できる魔法ばかりだ。

 使える魔法をわざわざ武器に込めるのは、効率が悪すぎる。

 どちらにしても、鑑定した中に世界級(ワールド)アイテムはなかった。

 プレイヤーと繋がっている可能性はまだ残っているが、少なくともあのハーフエルフが直接シャルティアを支配したわけではなさそうだ。

 

「とりあえずこの武具はナザリックに運んでおくか」

 

 インベントリに入れておくこともできるが、それでは物体発見(ロケート・オブジェクト)などの魔法で、アインズが持っていることがバレてしまうかもしれない。

 ナザリック内ならば、情報系魔法への対策もほぼ完璧なので見つかる心配はない。

 

 〈転移門(ゲート)〉をナザリック地表部分に作られたログハウス近くに開くと、詰めていたエントマに簡単に事情を説明し、アイテムをナザリックに運んでおくように伝えたあと、急いで戻ってきたアインズはモモンの鎧に換装することにした。

 相手が法国所属でないのなら、モモンの姿を使って友好的に情報を探る作戦が続行できる。

 

(モモンの格好だと、いざというときの対処が一手遅れるが──まぁしかたないか)

 

 モモンの装備は上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で鎧を作る方法と、完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)によって戦士化し、実物の鎧を着用する二つの方法があるが、今回は後者を選択する。

 これは本来あまり良い選択ではない。

 戦士化の魔法を使っていると他の維持魔法と重なり合い、MPの自然回復量と消費量が拮抗してしまうためだ。

 

 何度か行った道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)と今使用した転移門(ゲート)によって、MPも消費している。

 アインズのMPからすればまだまだ余裕はあるが、いざというときのことを考えて完全回復しておきたいのは事実だ。

 なにより戦士化しているときは他の魔法はいっさい使えなくなり、打てる手が限定されてしまう。

 

 もっとも、それは五つの魔法しか使えなくなる上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)によって創造した鎧を着ている時でも大差ない。 

 どちらの場合でも、本来の装備を登録した早着替えのデータクリスタルを入れたローブをマント代わりにしておけば、いつでも換装可能であるため問題はない。

 

(いつものモモンじゃ、あのハーフエルフより遙かに弱いからな)

 

 実際助けたのはアウラとマーレだが、相手にはモモンが助けたと言うつもりだ。

 仮にもレベル七十以上のエルフから助けたのだ、こちらも相応の実力がなくては──たとえ逃げただけだとしても──信用してもらえない。

 とはいえ、あちらの素性も分からない今、双子が高レベルの存在だと知らせるのは得策ではない。

 

 その点、モモンであれば様々な逸話が、尾ひれ付きで広まっているため、この辺りに噂が届いていたとしても誤魔化せると考えたのだ。

 その際、戦士換算でレベル三十三程度のモモンでは説得力に欠ける。

 なにしろ相手はレベル八十七の根源の土精霊(プライマル・アースエレメンタル)と互角に戦う戦士なのだから、モモンの実力も相応にしておかなくてはならない。

 

「これでよし。ではハムスケ、二人のところへ戻るぞ」

 

「了解でござる」

 

 ハムスケの背に付いた騎乗用の鞍に跨り、二人が待つ場所に向かって移動を開始する。

 

「そういえば、例の鎧はどうだ? 今は付けていないようだが、あれを着たままでも戦えるようになったか?」

 

 ふと思い出して聞いてみる。

 ハムスケ用に作った全身鎧のことだ。

 全身鎧を着た状態で発生する、回避能力や移動速度が著しく低下してしまうペナルティを解除させるため、戦士のクラスを取るように命じていた。

 そちらは既に取得済みだと聞いていたが、今ハムスケが装備しているのは金属製の全身鎧ではなく、軽装鎧というか鞍を乗せただけの代物だった。

 見覚えのない装備だが、ハムスケの装備品に関しては、本人と訓練教官のリザードマンが必要だと思った物を、鍛冶長に依頼するように言ってあるので、その一つだろう。

 

「もちろんでござる! ただあれを着るとやっぱりまだ少し重くて速度が落ちてしまうのでごさるよ。だから今回はこの鞍にしたでごさる。アウラ殿に速度を上げる特殊技術(スキル)も使ってもらったので、殿を乗せても軽々でござる」

 

「ほう。道理で」

 

 先ほどハーフエルフを救出した際には、フェンリルが森渡りの能力を使用して先頭を進み、ハムスケとアインズはその後ろを付いて走ったのだが、レベル三十そこらのハムスケにしては移動速度が速いと思っていたのだ。

 

「流石にフェンリル殿には追いつけなかったでござるが……」

 

「まあ、あれはアウラの魔獣の中でも最上位だからな」

 

 単純にレベルだけでもハムスケとは格が違うが、フェンリルは特に移動速度に優れている。

 あのときでもおそらく、手加減して移動していたはずだ。

 今更ながら、速度を揃える意味では、ハムスケを連れてきたのは失敗だったかもしれない。

 

「でも。それがしも、殿の騎乗魔獣として頑張るでござるよ!」

 

(うーん。今更帰れとも言えないしなぁ。まあ、とりあえずフェンリルにはハムスケに合わせてもらうか)

 

 最悪完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)の効果で、速力と腕力もレベル百戦士並になっているアインズが、持ち上げて運べばいいだけだ。

 

(今のところ順調だが、ここからが本番だ。よし!)

 

 気合いを入れ直す。

 アウラの吐息(ブレス)で隙を作らせ、無理やり敗北させてから救出することで恩を売る。

 れっど・おーが・くらいどミッションの肝部分は成功したが、重要なのはここから。如何にして友好関係を構築していくかだ。

 会話パターンを幾つかシミュレートするため、思考を回転させながら、アインズはアウラたちの下に戻っていった。

 

 

 ・

 

 

 夢だ。

 夢を見ている。

 以前見たものと同じ、夢だと分かる明晰夢。

 

 またあれを見せられるのかと思うと、心底嫌な気分になるが、これは自分ではどうすることもできない。

 以前のように外部から声を掛けられれば目覚めるのかもしれないが、今の状況で、それはごめんだ。

 

 あれ?

 なんで嫌なのだろう。

 この夢は嫌いなはずなのに、目覚めるのはもっと嫌だ。

 なにか、夢を見る前に、最悪な出来事があったような──

 

 そんな取り留めのない思考を無視して、映像が浮かび上がる。

 そこにいるのはやはり子供の頃の自分と、棍を握りしめて目の前に立っている母の姿。

 もう夢の中でしか会えない母は相変わらず、自分を殴り飛ばすと、立ち上がるように命じる。

 地面に叩きつけられたまま、自分の棍を探す。

 少し離れたところにあるそれを見つけたが、手に取ることができなかった。

 

 痛いし、辛い。

 なんでこんなことをしなくてはならないのか。

 泣き言を言って、助け起こしてもらいたい。

 

 だが、そんなことをしても無意味だ。

 母は決して自分に手を差し伸べることはない。

 そう確信していた私の前に、手が映る。

 

 自分の手ではない。

 だって私の手はこんなに小さい。

 

 ではいったい誰の……

 

 顔を上げると、そこにはナズルおばちゃんが居た。

 我が家で家事手伝いをしていた、優しい女性。

 おいしいご飯を作ってくれるだけでなく、時折こうして仲裁にも入ってくれた。

 もっとも、その言葉を母が聞き入れてくれることはほとんどなかったのだが、今日はなにも言ってこない。

 

 ああ。

 これは良い夢だ。

 このままナズルおばちゃんの手を取って、ご飯を作ってもらおう。

 私の好物のとろとろオムレツ。

 もう食べられない思い出の味だ。

 そうしよう。

 

 母に立てと命じられる前に、ナズルおばちゃんの手を取ろうとしたところで、その肉付きの良い手が引っ込んだ。

 

「え?」

 

 疑問の答えだというように、私の頬に衝撃が走る。

 やはり夢だ、痛みはない。

 でも痛い。頬ではなく、心が直接握られたような、頭を真っ白に染めあげる痛み。

 顔を戻すと、そこには目を三角につり上げたナズルおばちゃんが私を見下ろしていた。

 その横には、いつの間にか移動した母が、同じような顔をして並んでいる。

 

 訳が分からない。

 優しいナズルおばちゃんのそんな顔は初めてみた。

 いや、母もそうだ。

 母はいつもの仮面を被ったような、感情のないガラス玉じみた冷めた瞳ではなく、憎悪を瞳に宿らせて、私を睨み付けている。

 

「なんで?」

 

 思わず呟く。

 どうして自分がこんな目に遭わなくてはならないのか。

 愛されていないことを知りながら、痛いのを堪えて、母の期待に応える。ただ、それだけのためにこんなに頑張っているのに。

 

「だって」

 

 瞳に憎悪を携えたまま、二人の声が揃う。

 

「お前はアレに負けたじゃない」

 

「──あ」

 

 思い出す。

 同時に視界が歪み、母とナズルおばちゃんの姿が消えていく。

 代わりに立っていたのは、自分と同じ左右で色の違う瞳を持った、エルフ王の姿。

 にやにやと欲望にまみれた好色な視線がぶつけられる。

 

 いつの間にか自分は大人に戻っていた。

 今すぐにでもその顔を切り裂いてやりたいのに、武器もなければ、体も動かない。

 

「光栄に思え。貴様に我が子を生ませてやる」

 

 先ほど聞いた吐き気を催す言葉を、再び聞かされる。

 夢と現実。

 その両方で最悪が更新された。

 

 いっそこのまま死んでしまいたい。

 夢の中で自殺すれば、もしかしたら〈(デス)〉の魔法を受けた者のように、精神だけ死亡できるのではないだろうか。

 そんなことを大まじめに考えてしまった。

 瞬間。

 

「……ま。起……みたい……です」

 

「……に? しまった……サンドを……使っ……だったか……たない……回復を……」

 

 途切れ途切れに、微かな声が聞こえてきた。

 女と男が会話している声。

 これは夢ではない。現実の声だ。

 意識が覚醒しかけている。

 同時に体中に走る痛みまでも、覚醒してしまう。

 

 嫌だ。

 やめて。

 このまま──

 

「〈……治癒(カバー)〉」

 

 男の声と共に、暖かな何かが体を包む。

 痛みが溶けるように消えていき、意識が覚醒した。

 

 

 

 視界には、こちらをのぞき込む見知らぬ顔が三つ。

 ダークエルフの子供が二人に、頭まで覆う漆黒の全身鎧を纏った戦士が一人。

 未だぼんやりとする頭で必死に状況を確認しようと頭を動かして、自分の裸体が見えた。

 

「ッチィ!」

 

 怒りと恥辱で一気に意識が覚醒する。

 全身鎧など纏っているが、こいつはあのエルフ王に違いない。

 倒れる直前と、夢の中で聞いたあのおぞけが走る言葉を思い出し、痛む体を無理やり動かそうとして。

 あれほど重傷を負っていた体が、思った以上に軽く動かせることに気が付いた。

 いったい何故。と考える間も惜しいとばかりに拳を握り、こちらを見下ろしているエルフ王に殴りかかった。

 

「落ち着け」

 

 しかし、その拳はいともたやすく受け止められる。

 自身のタレントの効力を十全に発揮するため、あらゆる武器を使いこなすことに心血を注いだ代償として、素手での攻撃は格段に落ちるとはいえ、神と大罪人、双方の血が覚醒した特別な神人である絶死の拳は、並大抵の者なら一撃で殴り殺せる。

 

 ましてあのエルフ王は、召喚魔法をメインとしているため、肉体的には大した強さはないはずなのに。

 この鎧の効果か。

 だからわざわざ装備を換えたのだろうか。

 

「落ち着け」

 

 もう一度、同じ言葉をかけられたところで、漆黒の戦士は手に持っていたローブのようなものを絶死に投げつけた。

 

「うわっ」

 

 そのローブは小柄な絶死の体にまとわりつき、動きを抑制する。

 

「まずはそれを。そして、私の話を聞け」

 

 どこか疲れたような声。

 今更ながら、その声がエルフ王のものとは違うことに気がついた。

 

「え? え?」

 

「モモンさん。これ、もう一回気絶させた方が良いんじゃないですか?」

 

 漆黒の戦士の両脇に立つ男女のダークエルフのうち、男の子の方が言う。

 手にはしなる鞭が握られていた。

 

「え、えっと。僕もその方が良いかと」

 

 女の子の方も同意し、ねじ曲がった黒い木の杖を構える。

 同時に叩きつけられる殺気は、エルフ王と対峙したときよりも強く絶死を打った。

 やはり敵なのか。

 気絶というのは、エルフ王の下に連れて行くために、とかそういうことだろうか。

 

「二人とも落ち着け。混乱しているだけだ。目覚めていきなり知らない人物が立っていれば誰だってこうなる」

 

 漆黒の戦士が二人の頭に両手を置いた。

 それだけで二人は先ほどまでの殺気を霧散させ、ふにゃりとだらしなく破顔する。

 

(少なくともこの戦士は敵じゃない、の? さっき、なにか。あれ?)

 

 男の子ダークエルフが言っていた名前に聞き覚えがあった。

 モモン。

 彼は確かにそう言った。

 どこで聞いた名前だったか、頭を必死に回転させて思い出す。

 

(もしかして、こいつ。魔導国のアダマンタイト級冒険者、えっと、漆黒のモモン?)

 

 そうだ。

 漆黒聖典の隊長から聞いた。例の強大な力を持ったアンデッド、ホニョペニョコを討ち取り、一気にアダマンタイト級冒険者として名を馳せ、王都ではヤルダバオトなる悪魔を撃退して人類の英雄となった男。

 現在は魔導王に膝を折ったことで、法国からは人類の裏切り者として認定されている存在だ。

 

「ともかくここを離れよう。さっきの奴が追いかけてくるかもしれないからな」

 

 モモンが立ち上がる。

 そのときになってこの三人以外に、二つ絶死を見ている気配を察知した。

 人間やエルフではない野生の獣じみた視線だ。

 

「ちょっと。私の服と武具は?」

 

 離れていくモモンの背に問いかける。

 先の一撃が簡単に受け止められたことに加え、ダークエルフの殺気、そしてこの視線。

 武具が無い状態では、勝ち目はないと判断しての問いに、モモンは小さく肩を竦めた。

 

「私は知らん。君を助けたときはその姿だった。近くにエルフが居たから、そいつに奪われたんじゃないのか?」

 

「ッ! あの、くそったれの腐れ外道。こんな場所で──」

 

 単純に戦力を低下させるために武具を外したのかもしれないが、それならば下着を含めたインナーまで脱がす意味はない。

 現実と夢の中、二度聞いたエルフ王の言葉が蘇り、怒りで拳を握りしめる。

 

「良いから行くぞ。えっと、君は──なんと呼べばいい?」

 

「え?」

 

 モモンから渡されたローブを体に巻いている最中名を問われ、手が止まる。

 

(絶死絶命は、不味いわよね。漆黒聖典の存在は秘匿だけど、魔導王は陽光聖典を壊滅させている。魔導王が使うなんかすごい魔法なら、私のことが調べがついていても不思議はない)

 

 あまり魔法には詳しくないが、占星千里が見た魔導王の魔法は、英雄や逸脱者でも相手にならない強大なものだったと聞く。

 その力を情報入手に使えば、法国の秘匿といえど簡単に調べられてしまうかもしれない。

 そしてモモンはその魔導王の下についている。

 

(……仕方ない、か)

「……アンティリーネ。そう呼んで」

 

 同僚である漆黒聖典はおろか、神官長にすら呼ばせたことのない絶死の本名。

 誰が付けたかも知らず、母にすら一度も呼ばれたことのない名前ならば、知られている可能性は皆無だ。

 だが、今まで誰にも呼ばせなかった名前を絶死は初めて会ったばかりの男に教えた。

 未だ頭の中が混乱している彼女に、その意味も理由も考えている余裕は無かった。

 

 

 ・

 

 

「まだ彼女は発見できないのか!?」

 

「……はい。現在火滅聖典を中心に、周辺を捜索していますが依然として」

 

 最高神官長の鋭い言葉に、レイモンは言いづらそうに告げる。

 ここは最高神官長の私室であり、室内には二人しかいない。

 先日の会議で決定したとおり、法国の切り札である絶死絶命をエルフ国へ投入し、運良く──いや現在の状況を考えると最悪というべきか──早々にエルフ王を発見し、交戦に入ったと報告があったのは少し前のことだ。

 問題はその後。

 

 火滅聖典の副リーダーであるシュエンは、帰還した本陣にて彼女の帰りを待っていたのだが、待てど暮らせど一向に戻ってこなかったのだ。

 不審に思った彼らが、意を決して捜索に出向いたところ、戦闘の痕跡は残されていたが、絶死とエルフ王はどちらも居なかった。

 その情報はすぐに、六色聖典を管理するレイモンに伝えられ、より広範囲に亘る探索を命じたが、未だに発見できていない。

 

 本来は即刻、最高執行機関の面々を集めて話し合うべきなのだが、流石に短期間に三度目となると、最高執行機関の面々の予定調整が必要となり、その部下たちにも不審に思われてしまうため、先ずはレイモンと最高神官長で話し合い、ある程度対応を決めてから連絡する形を取ることにした。

 

「……占星千里は?」

 

「彼女の力を以ってしても、流石に広大なエイヴァーシャー大森林から個人を捜すことは不可能です」

 

「では、巫女姫はどうだ? 特定の物体を探す魔法があっただろう? 叡者の額冠を使用すれば」

 

「それも考えたのですが、また以前のようなことになったらと考えますと、それも」

 

 高位魔法を使用した巫女姫が、突如爆発して死亡した事件のことだ。

 

「あれは確か、魔導王のことを調べようとしたためでは──まさか。此度の一件に奴が関わっていると?」

 

「可能性は高いかと。エイヴァーシャー大森林にモモンを送り出したことも含めると、すでにモモンとエルフ王が接触した、あるいは初めから絶死絶命を送り出すことを見抜かれ、魔導王が先回りして罠を張っていたとも考えられます。なによりそうでなくては、彼女がエルフ王に敗北するなど考えられません」

 

 エルフ王の力の詳細は不明だが、かつての漆黒聖典が壊滅的な被害を受けつつも、絶死絶命の母を奪還できたことを考えると、絶対無敵の存在とはいえない。

 対して絶死絶命は、もう一人の神人である第一席次を含めた漆黒聖典全員で掛かっても勝ち目はない。と断定できるほどの実力者。

 六大神の血に加え、唾棄すべき大罪人であるとはいえ、その六大神さえ打ち破った八欲王の血。

 その両方の血が覚醒した存在なのだから、当然だ。

 

 そんな絶死が、エルフ王に敗北することなど考えられない。いや信じたくない。

 あるとすれば、エルフ王だけでなく、別勢力の介入があった場合だ。

 それも英雄や逸脱者すら超える規格外の存在による介入が。

 

「確かに。いかに彼女といえど、かの者たちと思われる魔導王やモモンを相手にしては」

 

 確定ではないが、魔導王、モモン、ヤルダバオト、ホニョペニョコ。

 ほぼ同時期に現れた強者たちを、最高執行機関では口伝によって伝えられている、一定周期で現れる六大神や八欲王に近い存在だと考えていた。

 いかに神の血が覚醒しようと、その神と同格である者が相手では勝ち目は薄い。

 前回の会議でもその危険性は考えられ、だからこそ、モモンがエルフ王と接触する前に早期決着を図るつもりだったのだが、それすら魔導王に見抜かれていたのかもしれない。

 

「その可能性を考慮した上で、今後どうすべきか考えるべきかと。特にエルフ討伐軍の進退については早急に」

 

 どうしますか。と目で伝えると最高神官長は眉間に深い皺を寄せ、しばし考え込んでいたが、やがて顔を持ち上げた。

 

「やはり、最終的には最高執行機関の話し合いによって決めるべきだと思うが……私個人としては、軍は即刻引き上げるべきだと考える」

 

「ここまで来て、ですか?」

 

 すでにエルフ王都がある三日月湖近くに、前線基地を作るまでに至っている。

 ここで軍を退けば、その基地は確実に破壊されてしまう。

 エルフたちが使用する木を生み出す魔法を使われると、木を切り倒して作った進軍ルートも潰されるかもしれない。

 

 もっとも木を生み出す魔法は一から行う場合、かなり時間が掛かることは実験で分かっているので、そちらの心配は薄いかもしれないが、それも再び進軍するまでどの程度時間が空くかによる。

 

「仕方あるまい。例の、魔導王がカッツェ平野で使用した第十一位階魔法が使用されれば、身動きの取れぬ状態では一網打尽にされかねないのだからな」

 

「それは確かに。では、火滅聖典は?」

 

「申し訳ないが、彼らには危険を承知で残ってもらう。彼女の探索は当然として、エルフ王の安否を確認しなくてはならない。それにより魔導国の狙いも掴める」

 

 つまり魔導国が本当に介入していたとして、エルフの国と手を結んだのか、それともエルフの国と法国どちらも敵に回すつもりで、両方に攻撃を仕掛けたのかを見極めるということだ。

 絶死絶命だけでなく、エルフ王も王都に帰還しない場合、後者の可能性も考えられる。

 

「分かりました。最高神官長は早急に会議の準備をお願いいたします。私は火滅聖典に捜索の続行と、水明聖典を使ってエルフ王の動向を探ってみます」

 

 情報収集の際、潜入に向いているのは風花聖典だが、流石にエルフの王都に直接潜入は難しい以上、水明聖典の方が適役だ。

 

「うむ。必ずや彼女を見つけだしてくれ……それと、神の遺産である武具の捜索もだな」

 

 本来法国にとっては神の遺産である武具の重要度の方が高いはずだ。

 異常とも言えるエルフ王に対する憎悪や、危険を承知で絶死絶命の投入を早め、選択のチャンスを与えたことも含めて、最高神官長の個人的な感情が介入している気がしたが、そこには触れず、レイモンは深く頭を下げて了承を示した。




絶死を回復させたのはマーレではなく、アインズ様です
使える能力を誤魔化す意味で、魔法ではなくネイアに貸したネックレスを使用して回復させました
ちなみに絶死が、法国でも誰も呼んでいなさそうな名前をあっさり教えたのは、怨敵であったエルフ王に敗北したことで、投げやりというか自暴自棄になっていたのも理由の一つです

書き溜めが尽きたので、次からは少し間が空きます
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