「それで。アンティリーネ。君はいったい何者だ?」
名前で呼ばれることにむずがゆさを覚えつつ、絶死は思案する。
自分の立場をどう説明するかだ。
法国と魔導国は、正式に宣戦布告をしたわけではないのだから、正直に法国の者だと話してもすぐに敵対とはならない。
だが人間至上主義の法国とアンデッドが治める国である魔導国は互いに仮想敵国同士であるのも事実。
正直に言うのは得策ではない。
(だったら──)
チラリと二人のダークエルフに目を向ける。
この二人が魔導国からモモンと共にやってきた者だという話も、事前に聞いている。
だが、この目に関する報告はなかった。
「なに? 早くモモンさんの質問に答えなよ」
左右色の違う瞳が細くなり、絶死を威圧する。
その威圧感は、漆黒聖典に属する英雄や逸脱者すら超えていた。
戦っているところを見なくては断定はできないが、魔導国の危険性が一段階上がったと見るべきだ。
なおさら自分の行動が重要になることを理解し、絶死は気づかれないようにこっそりと息を吸って、呼吸を整えると口元に薄く笑みを浮かべた。
友好を示すものではなく、自分の本心を隠すために行うものだ。
「私は貴方たちの姉よ。母親は違うけどね」
「は?」
「……え?」
「んん?」
三人がそれぞれ疑問を浮かべる。
奇妙な反応だ。
この二人がエルフ王の子ならば、これだけである程度わかるはずだが。
「まさか。茶釜さんの? いや、それなら母親が違うっていうのはおかしい……」
ぶつぶつとモモンが呟く。
独り言のようだが、ハーフエルフの特性で耳が良い絶死にはキチンと聞こえていた。
残る二人はそんなモモンをじっと見つめ、反応を待っているかのようだ。
(ちゃがま? 何の話? いえ、それより母親の方を重視するってことは──あ!)
閃くものがあった。
てっきりエルフ王の実子、つまり絶死の弟妹だと思ったが、別の可能性もある。
エルフ王の血を継いだ、左右色の違う目を持った女がいて、この子たちはその子供である場合だ。
つまりこの子たちは、エルフ王の孫にして、絶死の姪甥なのではないか。
それなら母親が違うと言った絶死に、疑問を覚えた理由にも説明が付く。
「んんっ。えっと、その目。貴方たちにもエルフ王の血が流れているんでしょう? ほら。私もそうなの」
自分の目を指して改めて説明する。
モモンは絶死の顔をまじまじと見てから再度首を捻る。
「まさか。特徴も出ていないし──」
(特徴? 目のことじゃないなら母親がエルフ王の血筋というのは間違い? というか、もしかして自分たちの血筋を知らないのかしら)
あり得る話だ。
そもそもこの二人はモモンと一緒に魔導国からやってきたのだ。
魔導国は複数の種族が共に暮らす、多種族国家だと聞いている。
もしかしたら、彼らは何も知らず、ここにその
「と、とにかく。私はエルフ王の娘ってこと。左右目の色が違うのが特徴だから、そっちの二人もそうかと思っただけ」
アレの娘を名乗るなど不愉快極まりないのだが、これも魔導国の目を法国から逸らし、祖国を守るために必要なことだ。と無理やり自分を納得させる。
「それはわかったが、ならば何故先ほどエルフと戦っていた? エルフの国は他国と戦争中と聞いていたから、てっきりそこの人間かと思ったが……」
(来た!)
この質問を待っていた。
「さっき戦っていたのが、そのエルフ王よ」
「なに? 自国の王、それも父親と戦っていたのか?」
兜に隠れて顔は見えないが、いぶかしんでいるのは分かる。
「……私はエルフの国で生まれはしたけど、国民ではないのよ。見ただけで分からないかも知れないけど、私はエルフ王と人間の母親のハーフでね。国ではかなり冷遇を受けていたわ」
「ほう」
「戦う才能はあったから殺されたりはしなかったけど、子供の頃からほとんど拷問みたいな訓練を、ずっと受けさせられ続けていたわ」
ある程度事実を混ぜつつ、話を続ける。
あまり話したくない自分の出自や子供の頃のことをあえて告げたのは、エルフ王は自分の血筋の者であっても容赦しない性格であり、そんなところにこの二人を連れて行ったら危険だと言外に伝えて、彼らとエルフ王を接触させないためだ。
もしかしたら、彼らの目的はエルフ国と同盟を結ぶことかもしれないのだ。
それだけは阻止しなくてはならない。
「で。成長して強くなったから、さっき貴方が言っていた他国との戦争に私もかり出されることになったんだけど、正直私はエルフ王のことを嫌ってたし、恨みもあったからこれを機に国を裏切ることにしたの。亡命するときの手土産としてエルフ王の首を持っていくつもりだったけど、あっちが一枚上手で……あの様よ。そこを貴方たちに助けられたってわけ」
筋は通っているはずだ。
今回の件はすべてエルフ国内のもめ事であり、法国とは全く無関係ということにする。
その上で、これから法国に合流する理由づくりもできた。
後はこのまま、モモンたちをエルフ討伐軍と合流するように話を誘導すれば良い。
それまでにモモンを説得するか、できなくても魔導国の情報を得る。
これが最善だ。
「ならば、君が取られたという武具はエルフの国の物なのだな?」
「……そうよ。エルフの国に伝わる国宝ってところね」
六大神の遺産を、大罪人である八欲王の血を引くエルフ王の持ち物だと言うのは業腹だが、今更嘘でしたとも言えない。
絶死の言葉を聞いたモモンは、何か深く考え込み始めていたが、しばらく時間をおいてから指を立てた。
「では、他にも同じような強力なアイテムはあるのか? 例えば──どんな種族であっても魅了するマジックアイテム、とか」
ゾクリと背筋に冷たい物が流れた。
モモンたちから殺意じみた気配が向けられているからだけでなく、そのアイテムに覚えがあったからだ。
(ケイセケコゥクを知っている? ホニョペニョコを倒すときに聞いたの? どうしよう。これもエルフの国にすり付ける? いやまだモモンの立場も分からない。ここは──)
「さあ? 国宝について知っているのはエルフ王だけだから、私はただ自分に合った武具を貸し与えられただけ」
殺意が向けられた対象が不明な以上、断言するのは避けるべきだ。
「なるほど、なるほど。分かった、情報提供感謝する。私たちはそろそろ出立するが、君はどうする?」
「出立って、どこに?」
「エルフの国、いや先ずはダークエルフの集落を探すところからかな。この子たちをダークエルフに会わせてあげたくてな……それと。調べなくてはならないこともできた」
落ち着いてはいるが、声からは深い憎悪を感じられる。
やはりケイセケコゥクを使用した者に対して怒りを抱いているのか。だとすると何故。
(確かモモンはホニョペニョコ以外にもう一体別の吸血鬼を追っているって話だったはず。ケイセケコゥクを使ったのはそいつだと勘違いしている? ──情報が足りないわね)
ホニョペニョコやモモンについては、詳しい報告書が自分のところに上がっていたが、絶死は読むのが面倒で、漆黒聖典の隊長に直接話を聞いてあらましを理解している程度。
もっと詳しく読んでおけばよかったと思うが今更だ。
どちらにせよ、これでは法国の本陣に連れていくのは危険すぎる。
ならば。
「だったら、私も連れていってくれない?」
モモンたちを連れていくことができないのなら、自分が付いていくしかない。
できれば自分の無事を早々に本国に伝えたいところなのだが、この大森林で一度見失った者を再び見つけるのは不可能に近い。
ならばこちらの方が法国にとっても利は大きいはず。
「ん? しかし、攻めてきている国に亡命すると言っていなかったか?」
「攻めてきているのは人間至上主義の国らしいから、何の手土産もなしでは無理でしょう? 体も回復させたいしね」
「まさかダークエルフを土産にする気ではないだろうな? あの国はエルフを奴隷にすると聞いているが」
「……それこそまさか、よ」
嫌な話を聞いた。
話自体は知っている。法国が戦争で捕らえたエルフの心を折って帝国などに奴隷として売り出しているという話だ。
それほどエルフに対する法国の恨みが強いということであり、自分の存在がその一因になっていることも理解しているが、自分の好きな国が非道な行いをしているのを知ったときは、嫌な気持ちが湧いたものだ。
「それなら良い。では共に行こう」
「……いいの? 私が嘘を言っているとかそういうことは考えないの?」
現時点では証拠の提示もできないので、断られることも視野に入れていたが、思いのほかあっさりと同意され、絶死の方が驚いてしまって、余計なことまで聞いてしまう。
そんな絶死にモモンはカラカラと笑った。
「それならそれで構わないさ。そのときは私が力尽くで止めるだけだ」
大した自信だ。
子供の頃はともかく、成長し最強となった絶死にこんな態度を取る者は滅多にいない。
ゼロではないのは漆黒聖典のメンバーの中には、英雄となったことを鼻に掛けて、つけあがり絶死に舐めた態度を取る者もいるためだ。
そうした者たちは模擬戦という形で絶死と戦うことになる。
そうやって鼻っ柱をへし折り、教育してやるのが絶死の役目の一つなのだ。
(ただ、モモンの場合、今の私だと正直手に余るのは事実なのよね)
武具を揃えていれば、負ける気はしないが、正真正銘丸裸の現状では、モモンに勝てるかは怪しいところだ。
「そもそも我々もこの大樹海に来たのは初めてだからな。ガイド役がいるのはありがたい」
「え? ちょっと待って、案内とか無理よ。さっきも言ったでしょ。私はずっと訓練を受けてばかりで、ほとんど王宮に軟禁状態だったんだから」
一つ嘘をつくと、次から次に嘘を重ねなくてはならなくなる。
いつかボロが出そうで怖くなるが、そのときはそのときだ。今の自分でも逃げるだけならば何とかなるだろう。
そんなことを考えつつ、言い訳を重ねる。
「ダークエルフの集落がある場所も知らないのか?」
「……それは、なんとなく」
普段は報告書などまともに読まない絶死だが、今回、エルフ王討伐の為にエイヴァーシャー大森林へ出向くことが決まったため、ある程度の地理だけは頭に入れてきた。
いざ森の中で戦いをする事になったとき、地理を覚えておけば役立つからだ。
といっても、この広大な森に正確な地図などあるわけもなく、捕虜として捕らえたエルフから聞いた情報を、そのまま文章に起こしたものを見ただけなのだが。
その中にダークエルフの村についての情報もあった。
その内容を必死に思い出そうとする。
「確か、王都から更に南東へ、二千五百歩ほど行った先にある大岩から三本樹がある方向に、三千歩ぐらい進んだところに村がある。だったと思う」
「……ずいぶん大ざっぱだな」
モモンの呆れた声には、思わず同意しかけてしまう。
半分エルフの血が流れている絶死ですら、こんな情報だけではたどり着ける気がしない。
「アウラ。今の説明でどうだ? 行けそうか?」
「あ。は……うん。その王都の場所さえ分かれば、大丈夫、だと思う?」
突然話を振られた男の子、アウラがぎこちなく頷く。
本当に大丈夫なのかと心配になったが、モモンは特に疑うことなくあっさりと納得した。
「よし。それなら頼む。なるべくエルフや、法国とは接触しないように注意して進もう」
(法国。やっぱり、私たちの国がエルフの国を攻めているのは、魔導国も知っていたのね)
これまであえて出していなかった国名をここで告げるのは、絶死の演技を信じたためか、それとも別の狙いでもあるのか。
「っとその前に。ハムスケ!」
モモンが声を張り上げると、ガサガサと大きな物が動く音が近くから鳴った。
先ほどこちらを見ていた視線を思い出して、身構える。
木々の間からのそりと顔を出したのは、巨大な四足獣だった。
見たことのない獣だが、目に知性の光が宿っている。特殊な魔獣なのかも知れない。
「話は終わったでござるか?」
魔獣が流暢に言葉を話し、その大きな瞳をこちらに向けた。
「ああ。彼女が同行することになった。お互い仲良くな」
「承知したでござる。それがしはハムスケ。殿の騎乗魔獣でござるよ」
「ああ、そう。えっと私はアンティリーネ。ハーフエルフよ。よろしくね、ハムスケ」
挨拶をしている間、視界の端でモモンがなにやらゴソゴソとやっていると思って、そちらを向くと、いつの間にか手に服を持っていた。
それをこちらに向かって差し出してくる。
「私に?」
「ああ。いつまでもその格好じゃな」
どこか言いづらそうなモモンに、絶死はくすりと意地悪く笑った。
「あら。目に毒だったかしら?」
案外初なところがあるものだと思っていると、モモンは不思議そうに首を傾げた後、ああ。と言うように一つ頷き、それから首を横に振った。
「いや、そんな痴女みたいな格好だと、二人の情操教育に悪いからな」
「私のせいじゃないわよ!」
あまりにもまじめに言われて、怒りと共にモモンの手から服を奪い取った。
・
『うーん。結局アレは殺さなくていいんだよね?』
ネックレスを握ってマーレに言葉を送るとすぐに頭の中に返答が届いた。
『アインズ様自ら回復させたってことは、そうじゃないかな』
『……もしかしてあれが、アルベドの言っていたアインズ様の狙いって奴なのかも』
『え?』
『ほら、アルベドが言ってたでしょ? エルフの国に行くからには、戦争中の法国とやり合う可能性があるって』
戦線を二つ抱えたくない法国は、エルフの国との決着を急ぐため、大攻勢を仕掛けるはずだと、アルベドが予想していた。
実際、アウラたちはここに来る途中、森を切り開きながら進む軍隊を目撃している。
最初、エルフと戦うあのハーフエルフを見たときは、兜で顔が見えないこともあって、アウラは法国の人間だと思っていたため、主がなぜエルフの方ではなく、こちらを助けるのか良く分からなかった。
アルベドから、戦うとすれば法国の方だと言われていたからだ。
『でも、あの人は法国じゃなくて、エルフの国の人なんでしょ?』
『だからでしょ。アインズ様はそのことにも最初から気づいていたから、あっちを助けたのかも。ほら、もう一人のエルフの方はなんかバカっぽかったし、こっちを助けた方が利益が大きいってお思いになったんじゃないかな』
鎧の上からではアウラでも種族までは分からなかったが、そこはナザリック最高の知恵者であるアルベドやデミウルゴスを、子供扱いするほどの叡智を持った主のこと。
事前にそれを見ぬいていても、何の不思議もない。
ただ、そうして助けたこのハーフエルフを、なにに使うのか。
主のことだから、当然それも考えているはずだが、残念ながらアウラには想像ができない。
何かあるだろうかと、考えていると突然、頭の中に大きな声が響く。
『あ!』
実際に声にしているわけではないため声量はないのだが、強い意志を込めた思考はその分、頭に響く。
『……なに?』
こちらの不満が伝わったのだろう。
マーレは震える声でおずおずと思考を続ける。
『もしかしたら、デミウルゴスさんが聖王国でやったことをこっちでもやるんじゃないかな? ほら、聖王国でアインズ様が助けた人を使って宗教みたいの作ったって話』
『あー。シズが言ってた人間か。それなら、今からダークエルフの集落に行くのもアレを使って、人集めをするためなのかな。でもなんか王の子供とかなんとか言ってたし、もしかしたら聖王に化けさせたっていうドッペルゲンガーの方じゃないの? あのバカっぽい王を殺して、アレを王にしたあと、魔導国の下につければ、大義名分? とかもできるし』
マーレの考えを聞いてアウラも思いつく。
ある程度大きな作戦については、守護者全員に情報共有されているため、デミウルゴスが聖王国で行った計画も、当然把握している。
元は聖王の偽物を作り出して国を操る予定だったのだが、そこに主が手を加え、現地の人間を心酔させることで敬虔な信者を生み出し、既存の宗教とは異なる勢力を設立させたことによって、計画が年単位で短縮されたそうだ。
このハーフエルフを使えば、同じことが一人で出来るのではないか。と思ったのだ。
ようはダークエルフを始めとして、民の信頼を集めた上で、こっそりと王を暗殺し、混乱している最中、この女を先頭に立たせて法国を撃退し、正当な後継者として名乗りを上げる。
人間国家ならともかく、原始的な暮らしをしているエルフたちなら、そうした方法での王位簒奪も可能だろう。
主はあの奴隷となっていた三人のエルフから話を聞いた段階で、すでにここまで思いついていたに違いない。
アルベドが言っていた不確定要素というのは、対象者が見つかるか分からなかった。というところだろうか。
もしかしたら自分たちを連れてきたのは、見つからなかった場合の保険だったのかもしれない。
『マーレ。気を抜くんじゃないわよ。ここからが本番。非常にハイレベルな仕事の開始よ!』
アルベドの言葉を思い出し、先ほどのマーレと同じほど強い意志を込めて思考を送り、同時に頷く。
『う、うん!』
アウラの思考を受けて、マーレも思考のみならず、実際に頷いて答えてみせた。
・
(さて。どうしたものか)
アウラの案内と、フェンリルの持つ森渡りの能力を使って、ほとんど一直線に大樹海──魔導国に於いてはエイヴァーシャー大森林をそう呼ぶことに決めた──の中を数時間かけて通り抜け、そろそろダークエルフの村が近くなった辺りで、アインズたちは少しの間生活するための拠点が作れそうな場所を捜索していた。
いきなり村に行くのは危険なので、まずはダークエルフなど、知的生物の生活圏から離れた場所に、発見されにくい拠点を作り、そこで作戦を立てることにしたのだ。
大樹海に入ってからは基本的にアウラとフェンリルがそうした場所を見つけてきて、アインズたちは留守番をしていたのだが、今回は状況が違うため、皆で固まって行動しながら周囲の散策を行っていた。
とはいえ、結局のところ、安全な場所を探すのはアウラにしか出来ない仕事なのは変わりない。
アインズは周囲の警戒という名目で適当に辺りを見回しているだけだ。
そうした現状を利用して、アインズはこれからの行動について考えを纏めていた。
ハーフエルフ──アンティリーネの身の上話を聞いて、アインズが考えなくてはならないことと、やるべきことが一気に増えたためだ。
(エルフ王はプレイヤーではないはずだ。純粋なエルフなら、茶釜さんの子供ということもないだろうし、あとはあけみちゃんさんか)
やまいこの妹だったあけみちゃんは、エルフでキャラメイクをしていたはずだから可能性はある。
しかしユグドラシルにはあまりはまっていなかったので、アインズとはさほど縁がなかった人物だ。
まずはそれを確かめたい。
その上でシャルティアを洗脳した
(先の戦いに持ってきていなかったのならば、そっちの可能性は薄そうだがな)
それならそれで良い。
本当にエルフ王があけみちゃんの子供であった場合、殺すのは躊躇われる。
とそこまで考えた後、別の可能性が浮上した。
(いや、待てよ。もしかして、あの
通常の手段で召喚できない精霊を使役していたのだから、そこにも何か理由があるはずだ。やはり
(とにかく優先順位を決めなくては)
アインズが今後しなくてはならないことは大きく分けて三つ。
一つ目は当初の予定だったアウラとマーレの友達作り。
これに関しては、ダークエルフの村に行ってからが本番だ。
二つ目はエルフの国の情報を集めること。特に
三つ目が、アンティリーネの扱いだ。
当初は彼女と友好的な関係を築き、いろいろと情報を引きだすつもりだったが、現時点で話を聞いただけで、もう聞くことはほとんどなくなってしまった。
というより彼女が言っていることが事実だと仮定すれば、子供の頃から幽閉され、訓練漬けの日々を送っていた彼女が、アインズが知りたい情報を持っているとは思えなかったのだ。
もちろん本当のことを言っている保証はないため、本来ならナザリックに送って情報を引き出し、言っていることが本当か確かめる方が手っとり早い。
しかし──
周囲を警戒──という振り──したアインズはハムスケに乗ったまま、チラリとアンティリーネを見る。
彼女もまた、周囲を警戒しているようだが
ずっと幽閉されていたため、外で見るものすべてが新鮮に映っているようだ。
(現地生まれの強者って、正直やっかいだよなぁ)
この世界でいうところの英雄や逸脱者、ようは三十から四十レベル程度ならばともかく、エルフ王は七十以上、アンティリーネに至っては九十近いレベルだと推察される。
先日パンドラズ・アクターが戦ったリク・アガネイアもそうだが、この世界にはユグドラシルのルールとは異なる、独自の進化を遂げた強者が存在しているのは間違いない。
そんな者たちがこれからも増えていけば、いずれはナザリックをも上回る戦力が誕生するかもしれない。
だからこそ、アインズはこれまでこの世界固有の魔法やルーン、アイテムなどの研究は行っても、それを外に漏らさないよう、魔導国内に囲い込んできた。
その理屈で言えばやはり、アンティリーネをナザリックに連れていき、なぜ彼女がこれほどの力を手に入れたのかを調べ尽くした上で、それを独占する。
というより、今後似たような者が生まれないように、知識を封印した方が良い。
だが、エルフ王があけみちゃんの子供であった場合、彼女はその孫になる。
本当にどうしようもなければ仕方ないが、そうでないのなら、やまいこの家族である、あけみちゃんの子孫とは友好的な関係を築きたい。とりあえずエルフ王同様、正体が分かるまでは強行策は採らないことにした。
それに。
(そんな娘だからこそ、アウラとマーレの友達になれるかも知れない)
アウラとマーレには、これから行くダークエルフの集落で友達作りを勧めるつもりだが、うまく行く保証はない。
普通のダークエルフの子供と、圧倒的強者である守護者。
アインズはそうは思わないが、立場が違いすぎる者同士では、仲良くなれないと考える者もいる。
特にナザリックのシモベたちは、ナザリックで生まれたものとそれ以外を明確に区分して、見下す傾向にある。
それはアウラたちも同じだろう。
だが、少なくともアンティリーネは強さという部分では二人にも見劣りしない。
加えて本当に彼女があけみちゃんの孫であった場合、ナザリック至上主義のアウラたちも親近感を抱くはずだ。
気になるのは、外見年齢が十代前半ほどに見えるため、アウラたちとは年齢的に差があることだが、守護者として仕事をしている二人は、同年代のダークエルフに比べ精神的に成熟しているはずだ。逆にずっと幽閉されていたアンティリーネは情緒が育っていない可能性もある。
精神年齢で言えば釣り合いが取れるかもしれない。
そう考えると、やはり即ナザリックに送り出すことはできない。
(シズとあの目つきの悪い娘が仲良くなったのも、共に旅をして友好を深めたのが大きいと聞いている。今からダークエルフの村まで一緒に旅をすれば、仲良くなれるかも知れない)
その意味で言うと大人であるアインズは、これからは少し離れた位置から、彼らの行動を見守る立場を取った方が良さそうだ。
そうして、物理的にも少し後ろに下がろうとした矢先。
「モモンさん」
アウラが鋭い声を上げた。
「ん? どうしたアウラ」
こちらの考えが見透かされたかと思ったが、そうではなかった。
「少し離れたところで魔獣の声がします」
「ほう。魔獣か」
何か知っているか。と言うようにアンティリーネを見たが彼女は首を横に振る。
大樹海に関する知識をほとんど持っていないのは、事実のようだ。
「ここまでは一度も遭遇しなかったが、ダークエルフの村が近いのなら、ちょうど良い。どの程度の魔獣がいるか調べる意味でも戦ってみるか」
相手の強さが分からない状態で戦闘に入るのは、アインズ・ウール・ゴウンのやり方ではない。
しかし、今回は別だ。
いくら何でもレベル百──アインズは戦士化しているため本来の実力よりかなり劣るが──が三人に、九十程度が二人──フェンリルはレベル七十八だがアウラの支援でプラス十アップできる──ついでにハムスケ。
この面子で勝てない敵が、その辺をうろうろしているとは考えられない。
最悪でも逃げるぐらいはできるはずだ。
なによりシズの時と同じように、アウラたちとアンティリーネが共に戦うことで絆が深められるかも知れない。
加えてもう一つ。
「次の作戦で使用するから、出来れば生きたまま捕らえて欲しい。もちろん、無理だと判断したらすぐ教えてくれ」
最悪アインズが、アンティリーネの目を盗んでモンスターを召喚するつもりだったが、ここに住んでいる魔獣ならちょうど良い。
「アンティリーネ。悪いがお前にも手伝ってもらうぞ」
「それは構わないけど、素手で? 貴方の剣一本貸してよ」
エルフ王と戦っていたときは鎌を使っていたのだから、彼女は素手で戦うモンクではない。
当然といえば当然の提案だ。
現在戦士化しているアインズが持っている剣は、鍛冶長が作り上げた武器なので、貸しても問題はないが、そうなるとアインズは剣一本で戦うことになってしまう。
アインズが訓練しているのは二本の大剣を使った戦い方か、剣と盾を使う方法、あるいはスティレットを両方に持つやり方。
ようは両手に武具を持って戦う方法が基本なのだ。
大剣一本で戦うとなると、普通は両手持ちにするのだろうが、そうした戦い方はしたことがないので、不格好になる。
かといって、片手で大剣を振るう戦い方をしても、空いた片手をどうすればいいのか分からない。
歴戦の戦士という設定のモモンが、そんな無様を晒すわけにはいかない。
「……すまないがこの武器は人に貸すことは出来ない。武器も鎧も、ある程度の時間装備し続けておくことで、特殊な効力を発揮する武具なのでな」
とっさにしてはなかなか良い言い訳だ。と自分で感心する。
実際、アウラとマーレが着けているどんぐりのネックレスのように、一定期間装備しないと効果を発揮しないアイテムは存在している。
こちらの世界にも似たような武具があるかは正直分からないが、ユグドラシルの武具を着けていたアンティリーネならば納得してくれるだろう。
「……そ。分かったわ」
多少不満げだが、案の定、彼女はそれ以上文句を言ってくることはなかった。
「よし。では行くぞ!」
下手に話を続けてぼろが出てもいけないと声を張り上げて、アインズたちはアウラの案内に従って、魔獣の下に移動を開始した。
次からはダークエルフの村の話も入ってきます
半分くらい書いてあるので、次の投稿も一週間はかからないはず