オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

7 / 27
今回から村人との交流に入る予定でしたが、先にそれぞれの目的などを整理していたら思った以上に長くなったのでここで切ります


第7話 目的設定

 宴が終わり、アインズはエルフツリーへと戻ってきた。

 アウラたちが借りている物とは別に、一人で使うために用意してもらったものだが、現在はマーレも一緒だ。

 というのも、先の宴を経てこの村の状況が何となく掴めたため、情報を共有しておきたかったからだ。

 

 都合よくアンティリーネが先にエルフツリーに戻ったこともあり、今後の行動について指示もまとめて出すことにしたのだ。

 アウラは現在そのアンティリーネが、本当にエルフツリーに戻っているかの確認に出向いているところだ。

 万が一先に戻った振りをして、アインズたちの行動を監視していたら面倒なことになる。

 

(まあ、奴がそんなことをする理由はないと思うが、念のためだ。おっと、その前に──)

「マーレ」

 

「は、はい。えっと、モモン、さん?」

 

 恐る恐るといった様子でマーレが返事をする。

 

「グッド。そうだ、たとえ周りに誰もいなくても、この村にいる間はそのままで頼むぞ」

「は、はい!」

 

 敬語はそのままだが、マーレの場合誰に対してもこうした態度なので、言葉遣いまで直させる必要はない。

 

「それで。先に言っておくが、私たちはまだしばらく、この村に滞在することになる」

 

「は、はい」

 

「それで、だな。この村に滞在している間、いや、もしかしたら別の村やエルフの王都に向かったときも、その服のまま、つまり女装はしないで貰いたいんだ」

 

 今のうちにこの話をしておかなくてはならない。

 現在マーレが着ているのはアインズが事前に用意していたユグドラシル製の物だが、これは女物ではない。

 アンティリーネを助け出した後、モモンの装備に変更したアインズと共に、アウラとマーレも着替えさせていたからだ。

 

 理由は当然、ユグドラシル製の武具を持っていたアンティリーネに怪しまれないようにするためであり、二人にもそう説明して着替えて貰ったのだが、マーレは何故自分が男物の服を着るのかと疑問に思っている様子だった。

 すぐに説明しようとしたのだが、直後アンティリーネが目を覚ましてしまい、その後も話をする機会がないまま、ここまで来てしまった。

 これからもしばらく滞在する以上、女装しているマーレが奇妙に思われ、疎外されないためにも、今のうちにきちんと話しておく必要がある。

 

「……」

 

 アウラは男装のままなのに、何故自分だけ。とでも思っているのか、じっとこちらを見つめるマーレに、アインズはここに来るまでの間に考えていた理由を早口でまくし立てる。

 簡単に言ってしまえば、今回は潜入工作の一環で目立っては不味いというものだが、同時にそれなりに強力なユグドラシル武具を持っていたアンティリーネやエルフ王の目を誤魔化すため、強い装備を着けるわけにはいかないという名目も付け足しておいた。

 

「! は、はい。分かりました。潜入のためであれば、ぶくぶく茶釜様も分かってくださいます」

 

 大きな瞳を更に見開いた後、マーレは力強く頷いた。

 何かに気づいたかのような態度に、一瞬違和感を抱くが、その理由を訊ねる前に、エルフツリーの入り口からアウラが顔を覗かせた。

 

「失礼しま……えっと、入る、ね。モモン、さん」

 

 マーレ同様、他の者が居なくてもモモン呼びするのはできているが、アウラの場合、言葉遣いを変えなくてはならないこともあり、まだ窮屈そうだ。

 

「ああ、アウラ。入ってくれ」

 

「お邪魔、します」

 

 活発な彼女らしからぬ小声と共に、アウラが中に入ってくる。

 

「それで、どうだった?」

 

「間違いなく中にいまし、いたよ? 寝息は聞こえなかったから、起きてはいると……思う」

 

 つっかえながらも何とか敬語を排して報告する。

 

「ふむ。まだ体も治りきってないだろうし、疲れも溜まっていたのかもしれないな」

 

 本人も普通な態度だったので忘れていたが、アンティリーネが戦闘で負った傷を回復させた際、あまり強力な回復魔法が使えると思われても面倒なので、マーレではなくアインズが持っているネックレスを使用して回復させた。

 アンティリーネ自身、レベルが高く、HPも相応に高いため、第三位階の重傷治癒(ヘビーリカバー)程度では完全回復とはならないはずだ。

 

(ポーションでも渡すか、いやでも俺が今持っているのはンフィーレアの紫ポーションだけだし、それの使い道も決めてあるしな)

 

 明日以降も疲れが残っているようなら、もう一度検討しよう。

 そう決めてアインズの言葉を待っている双子に向き直る。

 

「それじゃあ、明日からの予定を話しておこう」

 

「は、はい」

「はい!」

 

 元気よく返事をする二人を前に、アインズは次の言葉を止める。

 本当にこれで良いのか。と一瞬考えてしまったのだ。

 

「モモンさん?」

 

 動きを止めたアインズを見て、不思議そうに首を傾げるアウラに、アインズは覚悟を決めた。

 

「予定ではこの村には一週間ほど滞在するつもりだったが、五日に変更しよう」

 

「い、五日、ですか?」

 

「ああ。もちろん予定だから、もっと短くなるかもしれないし、逆に長くそれこそ当初の予定通り一週間になるかもしれないが」

 

 一度言葉を切る。

 ちなみに、この五日という期間には大した意味はない。

 宴の席で、近隣に他にも幾つか村があると聞いたので、なるべく多くの村を回るために、一ヶ所あたりの滞在日数を少し減らしただけだ。

 

 本題はここから。

 こっそりと息を吸い、話を再開する。

 

「その間二人には自由に動いて情報を集めて貰いたい。大人も子供も関係なく、なるべく多くの村人たちと接して、普通のダークエルフの暮らしという奴を体感してほしいんだ。将来的に二人には普通のダークエルフの振りをして貰うときが来るかもしれないだろう? そのときのためにダークエルフの一般常識に触れておいてくれ」

 

 本当は大人は抜きにして、子供メインで仲良くなって欲しいところなのだが、派閥争いが起こっているこの村で、それをするのは面倒臭すぎる。

 子供と仲良くしようにも、その親がどの派閥に属しているかによっては、仲良くなれない可能性もあるし、下手をすれば親が子供を通してアウラたちを懐柔し、自分の派閥に引き入れようと企むかもしれない。

 どちらにしても純粋な友達作りは難しい。

 

(それならいっそのこと、この村は練習、チュートリアルと考えて、ダークエルフの習慣や礼節を学ぶだけに留め、友達作りは次の村で行えばいい)

 

 そう。

 友達作りをするにしても、なにもこんな面倒な村でする必要はないのだ。

 近隣には他にもダークエルフの村があるのだから。

 

 当初の予定では、もっと慎重なやり方。先にアウラだけを送り込み、村で生活させながら完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使用してアインズが村の中を調べ回った上で、改めてマーレと二人で合流して、そこから本格的な友達作りを始める。といった方法を取るつもりだった。

 

 しかし、部外者であるアンティリーネがパーティーに加わったことで、行き当たりばったりで動くしかなくなった。

 それはそれで、久しぶりに先の見えない自由な冒険者らしい楽しさがあるのだが、今回の第一目的は二人の友達作りだ。

 ダークエルフの子供に関する情報収集もこの村で行い、本番は次の村からにすればいい。

 そう考えての予定変更に、アウラとマーレは少し不思議そうな顔をして、一瞬目配せをし合った。

 

(あれ? なんだこの感じ。元々冒険者として情報収集するのが表向きの目的なんだから、おかしいことは何も言っていないはずだけど)

 

 最初の予定通り、子供たちと遊んだりして情報を集めるように。と踏み込んだ言い方をした場合なら、こんな反応をするかもしれないと考えてはいたが、今回のアインズの提案は至極まともなもののはずだ。

 それとも、何か抜けているところでも合っただろうか。

 

「あの女……アンティリーネのことは良い、の?」

 

「え? あ」

 

(そうか。二人にはあけみちゃんさんの関係者かもしれないってことは言っていないからな。あいつがシャルティアを洗脳した奴と関係している可能性を考えているのか)

 

 一応その可能性は低いと言ってあるが、そもそもとして普段からアインズは、様々な可能性を考慮し、特にナザリック外に出たときは注意するよう、口を酸っぱくして告げている。

 それなのに、完全に無関係だと言い切れない相手が近くにいるのに放置していて良いのかと言いたいのだろう。

 

(あいつも二人の友達候補だし、見張りがてら一緒に行動させるか? いや、そんなことをしたら見張りの方に集中してしまうか。一緒に行動させるにしても、次の村からの方がいいよな──よし。ここは)

 

「奴に関しては私が対応する。二人は気にしなくて良い。ただ、場合によっては一緒に行動してもらうこともあるかもしれないから軽く気に留めておいてくれ」

 

 少し悩んでから、アインズが出した答えは、どっちつかずの返答だった。

 二人の様子を見つつ、必要だと思ったらその時初めてアンティリーネと一緒に行動させればいい。

 それまではアインズがともに行動しつつ、エルフ王の名前や、プレイヤーについてほかに知っていることがないか調べておこう。

 二人は再度目配せをし合ってから大きく頷き、了解の返事をしたが、その声はどこか元気がなさそうに聞こえた。

 

 

 ・

 

 

 主人の仮宿から、自分たちが借りているエルフツリーに戻るまでの間、アウラは必死に思考を回転させていた。

 内容は言うまでもなく、先ほど主人に命じられた仕事についてだ。

 

(大人子供に関わらず村中と友好的な関係を構築ってことは、特定の派閥に肩入れするんじゃないってことだよね? だとすればあたしのやり方は不味かったのかな)

 

 アウラが若者グループに力を見せつけるために狩りへ同行することを提案した際、主人も同意してくれたのだから、てっきりアウラはこのまま若者グループと接触して影響力を強めれば良いのかと思ったが、そうでもなさそうだ。

 むしろその間違いを正すために、わざわざアウラたちを自分の下に呼んで今後の予定を話したのかもしれない。

 ピニスンの一件での失態を取り戻すため、積極的に動いたつもりが空回ったわけだ。

 

 落ち込む気持ちが、そのままため息となって口から出そうになるのを押し留め、再び思考を回転させる。

 大人だけでなく子供も含めてとは言っていたが、子供だけが持っている有益な情報などあるはずがないのだから、やはり主人の狙いはアレなのかもしれない。

 

 目を前方、自分たちが借りているエルフツリーに向ける。

 正確にはその中で休んでいるハーフエルフに向かってだ。

 戻る前に、自分の考えを弟にも伝えておこうとアウラはドングリのネックレスを握りしめた。

 

『どうしたの? お姉ちゃん』

 

 自分が必死に頭を働かせているというのに。暢気な返答をするマーレに僅かに苛立ちがこみ上げる。

 だいたい、元から誰にでも敬語を使っているからと、主人に対して特に演技をせずに名前を変えるだけで済んでいることにも正直不満がある。

 自分はこんなに苦労しているというのに。

 そうした声に出さない感情まで伝わったのか、マーレは慌てたように思考を飛ばしてきた。

 

『あの人のことだよね?』

 

 一応マーレもアウラと同じ結論に至っていたようだ。

 

『そうよ。アイツをエルフの国の王にするにしても、とりあえずアイツの意識改革をしないと駄目でしょ? てっきりあたしたちがそれをやるのかと思ったけど、アインズ様は自分でやるって仰っていたし』

 

 主人のために、全身全霊をかけて尽くすことを至上の喜びとしているアウラにとって、先ほどの提案はショックだった。

 度重なる自分のミスが原因の一端を担っているとすれば、なおのことだ。

 

『でもなんで、急に一週間から五日に変わったんだろうね』

 

 相変わらずのんびりしたマーレに、再び苛立ちが募るが、ミスを続けているのはマーレではなく自分なのだから、これでは八つ当たりでしかないと頭を切り替える。

 

『それこそ、アイツの考えを変えるのが、あたしたちには任せられないとお考えになったからでしょ? アインズ様なら五日で十分だってことよ』

 

『でも、五日も必要かなぁ。アインズ様ならもっと短く、それこそ一日でだってできる気がするけど』

 

 そう言われて、はたと思い直す。

 確かにその通りだ。

 

 自分たちの担当以外は大ざっぱな話しか聞いていないが、周辺国家で真っ先に魔導国への属国化を願った帝国は、本来ならばデミウルゴスでも最短一ヶ月は掛かると言われていたところを、主人がたった三日で皇帝を懐柔したと聞いている。

 そんな主人が、強者とはいえたった一人を手駒にするのに、そんなに時間がかかるとは思えない。

 では、一週間から短縮された二日はいったい何のためのものなのか。とそこまで考えていたアウラに、再びマーレが思考を飛ばす。

 

『あのね。もしかして、短縮された期間はアインズ様じゃなくて、僕たちのためじゃないかな』

 

『どういうこと?』

 

『えっとね。さっきお姉ちゃんが来る前のことなんだけど。アインズ様から、しばらくの間この格好でいるようにって言われたんだ』

 

 この格好と言いながら、マーレが主人より借り受けた服を指す。

 普段アウラたちが身に着けている装備とは異なり、特別な力もなく外見も非常におとなしい服装だ。

 

『そりゃそうでしょ。アイツがいる限りいつもの格好なんて出来ないよ』

 

『うん。だから僕もアインズ様がなんでそんな当たり前のことを仰るのかなって思ったんだけど。ほら、前にアルベドさんが言ってたよね。アインズ様は敢えて浅い部分までしか話さないって』

 

『ああ、あたしたちの成長を促すために、先ずは自分で考えさせるって話ね』

 

『うん。それで僕も考えてみたんだけど、この服ってもしかしたらあのハーフエルフの人を誤魔化すだけじゃなくて、村に溶け込みやすくさせるためにってことじゃないかなって』

 

『そう仰っていたじゃない。色々情報を集めなさいって……』

 

 何を聞いていたんだ。と呆れた息を吐く直前で、はたと気付いた。

 

『あ、そういうこと? あいつの意識改革はアインズ様がご自分で行っている間に、あたしたちは村のとりまとめを行うってこと。この衣装もその一環なんだってマーレに教えようとしたのね』

 

 アンティリーネがエルフの国のトップに立つことを決めたとしても、その手足となって働く者がいなければ裸の王様でしかない。

 村一つとはいえ、配下がいればその後が楽になるはずだ。

 

『うん、だから。まずは村を一つにまとめることが先なんじゃないかな。あの人の下に付けた後で、派閥争いをしてたら意味ないと思うし』

 

『じゃあ、それが五日に短縮したのは』

 

『今の僕たちなら、五日でも可能だとお考えになったから、とか?』

 

 主人は日頃から守護者たちに、常に思考を回転させ、どうすれば最もナザリックの利益に繋がるかを考えるように促している。

 おそらく、元々はアウラたちの能力であれば一週間はかかると考えて予定を決めていたが、今のアウラたちなら一週間は必要ない。五日で充分だと考えなおしたが故の短縮ではないか。とマーレは言っているのだ。

 

 しかし、順調に仕事をこなしていたのならば、そういう考え方もできるが、少なくともアウラは既に二度ミスを犯している。

 時間を延ばすならともかく、短縮するとは──

 

「あ!」

 

 思わず声が出た。

 

『ど、どうしたのお姉ちゃん』

 

『そっか。そうだったんだ。あれはミスしたって伝えたかったんじゃなくて逆だったんだ』

 

『何の話?』

 

『村をまとめるにしても、二百人も居たら一人ずつ説得するのなんて無理でしょ?』

 

『う、うん。そうだね』

 

 二百人近くいるという村人を、一人一人説得していたのでは時間が掛かりすぎる。

 それは五日でも七日でも同じことだ。

 となると、それ以外の方法があるはずだ。

 その方法を気付かせるために、マーレには服の件を改めて伝え、アウラには狩りへの同行を承認するというやり方でヒントを出した。

 

『つまり。村の代表というか目立つ奴らから説得していけばいいってこと』

 

 以前シャルティアと一緒に主人の供としてドワーフの国に行ったときにも、似たようなことがあった。

 ルーン工匠を引き抜くため、かつてのドワーフの王都を奪還する任務についたときのことだ。

 都市を占拠していたのはフロストドラゴンとクアゴアなる種族で、アウラとシャルティアはクアゴアの方を担当した。

 

 結局説得はできず、力を見せつけて一万まで減らした上で配下にすることになったが、主人が犠牲にしたのはフロストドラゴンの王と、その子供で二番目に強いとされたドラゴンの二匹だけで、ほとんど無傷でフロストドラゴンの一族を掌握していた。

 

 あのときはシャルティアの成長をみるテストなのだろうと口を挟まなかったし、主人もシャルティアの働きに満足していたようだったが、最初の命令は配下に加わるように説得するというものだったのだから、当然そちらが成功しているに越したことはなかったはずだ。

 

 あの場で下手に交渉などせず、一人で出てきた氏族王を殺すか、そこまでしなくても力を見せつけて屈服させれば、他の者たちはあっさり配下に収まったのかもしれない。

 弱者は所詮強者の後に付いてくるだけなのだから。

 その理屈を応用し、この村でも有力な者を捜してそいつらだけを説得すれば手っとり早く村をまとめることができる。

 

『よし、マーレ明日からは忙しくなるわよ』

 

 先ほどまでの落ち込みは消え、やる気がメラメラと燃え上がってきた。

 

『う、うん。お姉ちゃん、頑張って……』

 

『あんたも頑張りなさい。あたしはこのまま村の若者グループに近づくから、あんたは長老の方ね』

 

『ええ! む、無理だよ。僕知らない人と話すの得意じゃないし、それも大人の人なんて──』

 

 思考が弱くなりウジウジし始めたマーレに、アウラはネックレスから手を離して一瞬周囲を見回してこちらを探っている者がいないことを確認した後、マーレの背を叩いた。

 

「何言ってんの! 簡単に無理なんて言わない。この前アルベドにも言われたでしょ。現に今こうやって色々考えられたじゃない」

 

 ここに来る前、アルベドやデミウルゴスが休暇を取るようなことになっても、アウラやマーレで同じ仕事ができるのかと訊ねた主人に、マーレは代案も出さず無理だと言ってしまい、アルベドから強い叱責を受けたのだ。

 アウラもあの発言には頭に来たし、アルベドの言うことももっともだと冷たくあしらったものだ。

 

 今回引っ込み思案のマーレが主人の意図を必死に読み解き、その上で自分の考えをあれこれと提案してきたのはきっとその時の失態を払拭しようという意図があったに違いない。

 だからこそ、アウラは姉として、そして栄えあるナザリック地下大墳墓第六階層の守護者を共に務める者として、マーレの成長の芽を摘まず、むしろ奮起させなくてはならない。

 アウラの本気が伝わったのか、マーレは手にしていた杖をぎゅっと握りしめると大きく頷いた。

 

「わ、分かったよお姉ちゃん。僕、頑張ってみる」

 

「それでこそあたしの弟。じゃ、時間もないし帰るわよ」

 

 やる気に満ちたマーレの瞳に満足してそう告げた同時に、森の奥から魔獣の遠吠えが聞こえてきた。

 聞いたことのない鳴き声だが、この森の中では特に珍しいことではないらしい。

 かなり離れているしこちらを狙っているような声でもなかったので警戒はしないが、ふと今も森の中で待機している者たちを思い出す。

 

(そういえば、フェンたちは大人しくお留守番できてるかな)

 

 ハムスケと、配下にしたばかりでまだ名前を付けていない魔獣熊だけでは危険かもしれないが、アウラ配下の魔獣たちの中でもトップクラスであるフェンがいれば大丈夫だろう。

 

(でも、どこかのタイミングで遊んでやらないと後で拗ねるかもなぁ)

 

 魔獣使いにとって遊ぶ行為は重要だ。

 かまってやらないとストレスが溜まり、能力が十分発揮できなくなるからだ。

 いざというときのことを考えると、全力が出せる状態にしておきたい。

 

(明日また狩りに同行して、隙をみて会いに行こうかな)

 

 よーし。と小声で気合を入れているマーレを後目に、アウラは前を向き、今度こそエルフツリーに向かって歩きだした。

 

 

 ・

 

 

 ダークエルフの村から離れた場所に、三匹の魔獣が集まって話をしていた。

 うち二匹は、周囲をある程度警戒しつつも、リラックスした様子を見せていたが、その二匹の前に座る魔獣は、神妙な様子で、その四メートルはあろうかという巨体を小さくさせている。

 この広大な大樹海の支配者である魔獣たちの王、その一柱とは思えないような態度だが、それも仕方ない。

 つい先日、己が強者などではなかったのだと、骨の髄まで叩き込まれたばかりなのだから。

 

「そうでござったか。やはりこの森にもそれがしの同族はいないでござるか」

 

 自分より少し小さめの丸い四足獣がガックリと項垂れる。

 

「グゥ」

 

 申し訳なさを伝えると共に、あくまで自分の縄張りの中での話だと付け加えておく。

 巣立ちをした直後はともかく、成長し強者となった後は、自分の縄張りの外にでることは基本的にないためだ。

 それを聞いた丸いのは大きく頷いた。

 

「そうでござるな。まだ諦めるのは早いでござる! 殿を待っている間少し探しに行くのも──」

 

 元気のよい唸り声を聞いた瞬間、それまで黙って辺りを警戒していた黒くて大きいのが低い唸り声をあげた。

 明確な怒りの込められた威嚇に、全身におぞけが走る。

 この大きな黒いのも、自分より遙かに強い存在であり、その気になれば一瞬で喰い殺されるのは間違いない。

 

「ヒィ。嘘、嘘でござるよフェン殿。殿の命令に逆らう気などないでござる。アウラ殿には言わないでほしいでござるよ。皮を剥がれるのは嫌でござるー」

 

 自分と同じように殺気を感じ取ったらしい、丸いのが腹を見せてひっくり返る。

 服従を示す格好なのか、その姿を見て黒い大きいのは殺気を収めた。

 

 このことから、この群には明確な序列が存在していることが分かる。

 巣立ちをした後は己だけで生きていたが、森の獲物の中には、違う生き物であっても群を成して生活するものはいる。

 

 今まで見てきたのは、捕食者から身を守るため、互いを助け合う関係であり、このような強者が集まっている関係は見たことがないが、それでも群として序列が決まっているのなら、分かりやすい。

 自分より序列の上のものに逆らわないのは当然だが、その中の序列も知っていれば、誰の命を優先すれば良いか順番をつけることができるからだ。

 

 これまで見てきたところによると、最も序列が上なのは黒い中くらいので、その下に自分の直接の主人である黒い小さいの、その主人と似た匂いのする同じく黒い小さいの、その次がよく分からずにいたのだが、この関係を見るに、黒い大きいのがその下で、丸いのは一番下。

 ただ一つ、白黒の小さいのだけはいまいち分からないが、ここにいる全員と距離を置いているように見えたので、今は考えなくてもいいだろう。

 

 重要なのは、自分が一番下に付いたという事実であり、ここに残っている二人の序列もはっきりした以上、当面は黒くて大きいのに従っていればいいのだ。

 

「それにしても、そろそろお腹が減ってきたでござるなぁ」

 

 服従のポーズを止めて、丸いのが起きあがった。

 

「グォゥ」

 

 これはこの周辺を縄張りにしている自分の出番かとひと吠えした。

 

「食事を取ってきてくれるでござるか? ありがとうでごさる。ええっと──名前はまだ付いてないんでござったな。お主の働きはそれがしから殿とアウラ殿に伝えておくでござる」

 

 答えたのは丸いのだった。

 黒い大きいのに言ったつもりだったので、どう答えれば良いかと、ちらりと現在序列の最高位にいる黒い大きいのを見る。

 

「グルルルゥ」

 

 返ってきたのは先ほどと似た低い唸り声。

 しかも今度は丸いのではなく、自分に向けられたものだ。

 殺気とまではいかないが、不満を抱いているのは分かる。こちらを見るな。と言っているような気がした。

 

「グゥ……」

 

 突然の敵意にどうしていいのか分からず身を縮ませる。

 

「あ! フェン殿。苛めてはダメでござるよ。新人いびりは良くないと殿も言っていたでござる」

 

 丸いのが自分と黒い大きいのの間に割り込んでくる。

 序列を無視した行いに、再び丸いのが叱責を受けるかと思ったが。

 

「……クゥン」

 

 黒く大きいのの唸り声が、甘えた鳴き声に変わった。

 

「グゥ?」

 

 序列を無視した行いに驚いていると、丸いのは改めてこちらを向き直る。

 

「もう大丈夫でござる。これからも何かあればそれがしに言うといいでごさるよ。外部からナザリックに属したものの先達として面倒をみるでござる」

 

 自信満々に言い切る丸いのを前に、自分の序列認定は間違っていたのかと困惑しつつ、取りあえず、礼がわりにひと吠えして、早速二匹の上位者に食事を献上すべく、走り出した。




ちなみに書籍版では魔獣熊視点でアウラの言葉を理解できていませんでしたが、ハムスケは同じ魔獣ですし、デスナイトやぷれぷれ時空ではありますが、恐怖侯の眷属とも普通に会話できているようだったので、ハムスケを介してなら正確な意思疎通ができる設定にしています
次こそ村人たちとの交流に入ります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。