オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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交流スタート。と言ってもまだ書籍版との大きな違いは出てきません


第8話 それぞれの交流

 翌日。アインズは早朝から、のんびりとダークエルフの村を歩く。

 ナザリックにいる三人のエルフたちから聞いていたエルフの集落と同じく、ダークエルフの村も多数のエルフツリーが集まって出来ていた。

 地面ではなく木の上で生活するところも同様で、地面には誰もおらず、皆エルフツリー同士を繋ぐ橋を使って移動しているようだ。

 

 アインズも同じように、橋を使って昨日宴が行われた広場まで移動した。

 途中、すれ違った村人たちが視線を向けてくるが、その瞳に宿っているのは好奇心や興味の類だ。

 ある意味、当然と言える。

 変化の少ない村にとって、アインズたちは降って湧いた話題の種なのだから。

 

 それも、彼らと同じダークエルフのアウラやマーレと異なり、村には存在しない金属製の全身鎧に身を包み、人間として自己紹介したアインズ。

 そして。

 

「ちょっと。どこに行くつもり?」

 

 不満そうな声と共に周囲に威圧的な視線を向けるハーフエルフのアンティリーネ。

 彼らからすれば、どちらも初めて遭遇する種族であり、ある意味アウラたちより興味を引く存在に違いない。

 

 本来それは望むところではない。今回の主役はアウラとマーレの二人であって、アインズは刺身のツマに徹することを決めているからだ。

 しかし逆に、まったく違う種族という部分で自分たちに好奇の目を集めれば、同族であるアウラとマーレには親しみを持ってもらえるかもしれない、という計算も働いている。

 だからこうして、目的地に直行せずに、人が集まるであろう広場までやってきたのだ。

 

「聞いているの?」

 

 アインズが黙っているためか、再度声を低くして不満を口にする。

 

「まだ村のこともよく知らないのでな。少し歩き回りたかっただけだ」

 

「散歩したいなら一人ですれば良いでしょうに」

 

 アインズの言葉にアンティリーネは皮肉を込めて鼻を鳴らした。

 

「そう言うな。一人で出歩くのも味気ないだろ? アウラたちは出かけてしまったからな」

 

「私はあの二人の代わりってわけね」

 

「君だって特にやることがあったわけではないんだろう? それともまだ傷が痛むのか?」

 

「おかげさまで。もう何ともないわ。私の方でも回復魔法を使ったし──あ」 

 

 肩を竦めて言ったアンティリーネは、その格好のまま、しまった。とでも言いたげに動きを止めた。

 

「ほう。回復魔法も使えたのか」

 

 完全に戦士系のビルドかと思ったが、回復魔法が使えるとなると、森祭司(ドルイド)の職業も修めているのか、それとも信仰系か。

 

「まあ、第一位階だけだけれどね」

 

 慌てて付け加えた内容に、アインズは即座に、嘘だと察した。

 回復魔法が使えることが知られてしまったのなら、せめて使用できる位階は隠しておきたいといったところだろう。

 

(稚拙ではあるが、偽の情報を掴ませようとする意味では、誰でも楽々PK術に似てないこともない)

 

 あれを知っているのはギルドメンバーだけだが、やまいこがあけみちゃんに教えたとも考えられる。そこから息子、孫と代々受け継がれているとしたら──

 また少しだけエルフ王があけみちゃんの子供である可能性が上がったが、すぐに考えを止める。

 そもそもこの程度ならばプレイヤーでなくても考えつく。実際、この世界の冒険者やワーカーでも、自分の切り札を隠したり誤魔化そうとする者は多くいた。

 下手に突いて怒らせるのもつまらない。

 取りあえず話題を変える。

 

「ところで、急に連れ出してしまったが、もう朝食は済んでいたかな?」

 

 やや強引な話題転換だが、アンティリーネの方も自分の能力について、これ以上話したくないのなら乗ってくれるだろうと思っての発言に、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。

 

「ええ。朝夜一緒で、たっぷりと用意してもらったわ。まあ芋虫は無かったけどね」

 

 わざわざ芋虫を強調するのは、昨日の宴でアインズが味の感想を聞いたためだろうか。

 嬉しそうにカブリついて食べ尽くした後、食材が新鮮で、一度食べたら忘れられない美味。と彼女は言っていた。

 鈴木悟もかつては昆虫などは食べていたが、あれはバーベキュー味の付いたものだったため、虫本来の味については知らない。

 より詳細な内容について聞いてみたくもあったが止めておく。彼女の声が笑顔とは裏腹にどこか棘があるように感じたからだ。いったい何故。と一瞬思うが、すぐに察しが付く。

 

(ああ。好物が朝食に無かったのが不満だったということか。村に来たばかりで図々しい気もするが、まあ鍛錬ばかりで冷遇されていたとはいえ、一応エルフ国の王女だったわけだし、食べ物に関しては飽食だったんだろう)

 

 その不満をアインズにぶつけられても迷惑でしかないのだが、ダークエルフに直接言わないだけ、彼女なりに我慢しているのかもしれない。

 

(アウラとマーレに食事で芋虫が出たら譲るように言っておくか。二人はナザリックの料理に慣れているから、ここでの食事はあまり美味しくないらしいからな)

 

 昨日の宴でもアウラたちが好んで食べていたのは果物などで、それ以外の物にはあまり手を付けていなかったため、喜んで譲るだろう。

 しかし。

 

(二人は成長期。好き嫌いはさせず、きちんと食べさせるのも情操教育か? うーむ、分からん。この問題は後で考えることにしよう) 

「それは良かった。では改めて。私はこの後人に会いに行くつもりなのだが、つき合ってくれるか?」

 

「散歩じゃなかったの? まあいいわ、ここでさらし者になっているよりは、誰かの家の中に入っている方がずっとマシ」

 

 周囲を威嚇するように睨みつけるアンティリーネの様を見て、自分の勘違いに気づかされた。

 不満の理由は、食事のことではなかったらしい。

 

 アインズたちがこちらの世界に来てから数年経ち、己が目立って注目を集めるのはもう慣れたものだが──それでも多少の緊張はあるが──ハーフエルフであり、ずっと王宮内で過ごしていたらしいアンティリーネにとっては無遠慮な視線もストレスになるようだ。

 悪いことをしたとは思うが、それを正面から伝えると、聞き耳を立てているであろうダークエルフたちが気を悪くしかねない。

 実際、アンティリーネの言葉が聞こえた幾人かのダークエルフは、視線を外してそそくさと広場を後にしていった。

 これ以上評判が落ちる前に、移動するべきだ。

 

「では行こう」

 

 目的のエルフツリーがある方向に歩き出すと、アンティリーネも黙って付いてくる。

 そのまま広場を出た直後、周りに人がいなくなったのを見計らったように、アインズを見上げた。

 

「ところで、どこに行くの?」

 

 質問が最初に戻ったが、今度はキチンと答えることが出来る。

 目的地とそこに住んでいるダークエルフに付いては、昨日の宴の席で長老たちから聞いていた。

 その人物像と、これからアインズが頼もうとしていることが成功すれば、彼女の不満も解消されることだろう。

 

「村の薬師頭のところだ。これも調査の一環だよ」

 

 

 ・

 

 

「ええ、約束します。記憶したら記録は燃やします」

 

 薬の調合方法を教わるにあたり、メモを取る許可を貰ったモモンは、取ったメモの後始末について力強く頷いた。

 それを見て、得心いったというように頷き返す薬師頭を見ながら、絶死もまたモモンの弁舌に驚かされる。

 

(口から先に生まれてきたような男ね)

 

 強大な力を持ちながら、戦いに際し綿密な計画を立てる姿を見たときは、知識を戦闘に特化した自分と同種の存在だと思ったものだが、少なくとも口の巧さに関しては、まるで勝てる気がしない。

 元々口が達者なわけではないが、それでも絶死は人間よりは遙かに長い時を生きてきた。

 それも通常のエルフやダークエルフと異なり、人生のサイクルが短い人間と共に生きてきたことで、様々な経験を積んだ自負がある。

 その彼女をして、今のモモンの弁舌には、それこそ舌を巻くしかない。

 

 モモンが薬師頭と交渉して教わることになったのは、彼のみが知るダークエルフ村の秘伝薬の伝授だ。

 法国でもそうだが、こうした門外不出の技術を伝授してもらうには、それ相応の代価だけでなく、相手に信頼されることが必須条件となる。

 対価に関しては問題ない。

 

 モモンが差し出したのは、法国でも見たことのない魔導国特産の紫色ポーション。

 怪我を負うことなど滅多になく、そもそも自前の魔法で回復できるため、ポーションを使ったことは殆どない──幼いころの母との訓練では回復は母が行なっていた──絶死にはその価値はいまいち分からなかったが、いかにも薬学に精通していそうな薬師頭が驚いた以上、効能もすばらしいのだろう。

 

 しかし、いかに素晴らしい対価を払おうと、もう一つの信頼は一朝一夕で得られるものではない。

 時間をかけたり、あるいは魔法や特殊技術、タレントといった異能を用いて、信じさせる必要がでてくる。

 それをこの男は。

 

(顔も見せずに言葉一つで)

 

 教えてほしい物を選ばせるため、つらつらと薬の名前と効能を挙げている薬師頭を見る。

 当初は挨拶すらまともにしようとしなかった男が、随分と饒舌になったものだ。

 この僅かな時間でこれだけ距離が詰められたのは間違いなく、モモンが口にしたメモを取るという発言に端を発している。

 

 最初はなぜわざわざ目の前でそんなことを言うのか分からなかった。

 メモを取りたいにしてもバカ正直に目の前で取らずとも、ここで教えてもらったあと、仮宿に戻ってから書き写せばいいだけだ。

 モモンはお誂え向きに自分一人用のエルフツリーを借りているため、人に見つかる可能性は低い。

 

 教えてもらってからエルフツリーに戻るまでの間に忘れてしまうほど記憶力がないというのなら話は分かるが、これまで見てきたモモンの態度や考え方、先ほどの理路整然とした、相手の逃げ道を塞ぐような弁舌などを見ているとそれはあり得ない。

 頭が切れるところを見せた上で、あえて自分の頭脳を貶める、相反する態度を見せることで、なにか伝えたいことがあったのだ。

 途中薬師頭がなにかに気づいた仕草を見せたことで、絶死もそれに気づいた。

 

(あれは多分、自分は隠し事をするような男ではない。と証明するためのものね)

 

 信頼関係の構築をはかるだけでなく、その前に言った薬師頭が出す対価である秘伝の薬に関しても、秘伝でも何でもないつまらない薬を出させないよう、保険を掛ける意味もあるのだろう。

 説得の中で話していた、薬師としての誇りに訴える文言からそれが窺える。

 

 これも相手によっては悪手になる。

 適当な薬を教えることで、魔導国の薬師に辺境の森に住む薬師の力量など、その程度と笑われてしまうぞ。というのがモモンの主張だが、恥を知らないものであれば、自分の知らない地でどんな評価を下されようが関係ないと言い切ることができるからだ。

 

 だが、絶死も経験上知っている。この手の自分の仕事に誇りと自信を持っている者は、たとえ声の届かぬ地であろうと嘲笑されることに堪えきれないのだと。

 モモンも薬師頭がそうした人物だと見抜いたうえで、メモの話一つで自分は嘘を吐かず、ポーションに釣り合う薬を教えてくれれば、魔導国で薬師頭の力量を賞賛し、逆に釣り合わないものを教えれば嘲笑する。この言葉にも嘘はないと宣言してみせたのだ。

 

 結果、薬師頭はモモンの言葉に込められた意味を理解しつつも、嘘偽りなく秘伝の薬を伝授するしかなくなったわけだ。

 

(しかし、なんで男たちってこういう面倒な言い回しが好きなのかしら)

 

 言葉に出さす態度で示したり、本心とは逆の内容を口にして真意を読ませようとするなど、シンプルな考え方を好む絶死としては、面倒で仕方ないが、どういうわけか自分に自信を持っている男ほど、そうした読み合いを好む気がする。

 まったくもって、理解できない。

 

「ハァ」

 

 思わずため息が漏れる。

 その瞬間、機嫌良く話していた薬師頭が口を閉じ、視線をこちらに向けた。

 

(ヤバ)

 

「……ところで、お前が薬の知識を手に入れるためにきたのは分かったが、そっちの──娘はどんな用事があるんだ?」

 

 一瞬間が空いたのは、ハーフエルフの娘と言おうとして取りやめたのだろう。

 粗暴に見えるが案外気の利く男らしい。

 だが、それに関して絶死の方が知りたい。

 

 なにやら思わせぶりなことを言って、絶死を連れてきたのはモモンだが、今の話を聞く限り絶死にできることはなさそうだ。

 そうした非難の意味も込めてモモンを見ると、薬師頭もそれに続く。

 二人の視線を受けてもモモンは慌てた様子も見せずに、一つ大きく頷くと、絶死に近づいて肩に手を乗せ、そのままズイと前につきだした。

 

「ちょっと。なに?」

 

 当惑する絶死を無視してモモンは薬師頭に告げた。

 

「今更になりますが、貴方の秘伝を教えてもらうに当たり、直接的な作業は彼女にやって貰うつもりなんです。私はそれをメモするということで」

 

「はぁ!?」

 

 突然の言葉に絶死だけでなく、薬師頭の声も重なった。

 

「実は私が着ているこの鎧は特別な魔法が込められていまして。装着してから一定時間経たないと効果が発揮されないんです。流石にこの手甲を付けたままでは薬の調合はできませんからね」

 

 またこの言い訳だ。

 怒りと呆れで逆に言葉が見つからず、声にならないままモモンを凝視する。

 薬師頭もまた、モモンに視線を向けて、難しい顔でなにかを考えていたが、直にため息を落とした。

 モモンに文句を言いたいのは山々だが、なにを言ってもどうせ例の口の巧さで言いくるめられるのが分かっている。といった様子だ。

 

 その後彼は、視線を絶死に向けた。

 無遠慮にジロジロ眺められるのは気に食わないが、今回は我慢しよう。

 絶死とて、これまでのやりとりでモモンを言葉で言いくるめるのが難しいことはよく分かった。

 ならば後は感情による拒否。それも自分だけでなく、薬師頭と二人がかりでぶつける。

 確かに人目に付きたくはないが、こんな場所でやったこともない薬の調合をさせられるくらいならば、アウラ辺りと一緒に狩りにでも出た方がマシだ。

 

(肉をたくさん取ってくれば、芋虫を食べさせられることもないし)

 

 まさしく一石二鳥ではないか。

 そうと決まれば、薬師頭の否定に合わせて自分も拒否してやろう。

 そう考えて薬師頭の言葉を待っていたのだが……

 

「仕方ない。もう約束しちまった後だ。それで行こう。時間もないんだろ? 早速始めるぞ」

 

「え? あ、ちょっと」

 

 いかにも不本意。と言外に伝えようとしつつ、その実、声は妙に楽しげだ。

 思わぬ台詞に戸惑う絶死をよそに、男二人は話を続けた。

 

「俺のことは師匠と──いや、正式なものじゃないんだから、師匠はまずいか」

 

「ですね。五日そこらですし、ここは……仮師匠とかでしょうか」

 

「ということはお前たちは仮弟子か──しっくりはこないが、まあいい。では先ずは材料の準備だ。こっちに来い仮弟子」

 

「はい! 仮師匠」

 

 勝手に盛り上がった男二人は勢いよく立ち上がり、エルフツリーの三階に続く階段らしき場所に向かっていく。

 そんな二人の背を見送ってから、このままこっそり帰ろうか。とソロリと立ち上がった絶死の行動は。

 

「お前もさっさと来い。仮弟子二号」

 

 階段の陰からひょっこり顔を覗かせた、薬師頭によって封殺された。

 

「何でこうなるのよ」

 

 思わず呟いた絶死の声は誰に届くこともなく、太く防音性も高いエルフツリーの幹に吸い込まれて消えていった。

 

 

 ・

 

 

 ダークエルフの村と大樹海との境目にある一本のエルフツリーの前に、一人の男が立っていた。

 涼し気に整った顔立ちと、すらりと伸びたしなやかな四肢。

 そして、経験と実力に裏打ちされた自信を全身から漲らせるこの男の名は、ブルーベリー・エグニア。

 

 かつての大移動の際、中心的存在となった始まりの十三家のひとつ。

 由緒正しきブルーベリー家の姓を持ち、この村のみならず大樹海に住むダークエルフの中で知らぬ者はいない一流の野伏(レンジャー)である。

 

 そんな彼が、未だ日も出ていないような早朝から、手にダークエルフ式複合弓を持って、この場所に立っているのには理由がある。

 彼は前日、怪我の治療という名目で宴に参加することも出来ずに隔離されていた。

 怪我自体は治っていたのだが、体力の消耗が激しかったのは事実であり、今朝になってようやく体力も回復して、通常の生活に戻れるようになった。

 

 早々に家に戻った彼は、急いで準備を整え、そのままここにやってきた。

 病み上がりの上、とある理由で昨夜はほとんど眠れなかったのだが、体の調子は悪くない。

 むしろこれから起こることを考えると、いつもより力が漲るくらいだ。

 

 太陽の動きに合わせて生活しているダークエルフにとって、時間の概念はかなり緩いものだが、狩人だけはその限りではない。

 ある程度の人数が纏まって行動するため、個々人の感覚を合わせて、決まった時間に集合して狩りに出発する。

 とはいえ、エグニアは今日の狩りには誘われておらず、肝心の約束時刻がわからない。

 

 だからこそ、こうして日が昇る前から、村の出入り口にもなっているエルフツリーの傍で待機していた。

 普段の狩りであればそろそろ来るはず。と太陽の位置を確認しようと顔を持ち上げると、頭上を生い茂る木々の葉に付いた朝露が雫となり、今まさに落ちてこようとしているのが見えた。

 

 少し前まではその雫が落ちる際、黎明の光を反射して宝石のように輝く様こそが、世界で最も美しいものだと思っていたが、今見たらその輝きもくすんで見えることだろう。

 彼は、それ以上の美しさを知ってしまったのだから。

 

「フッ」

 

 それでもこれから訪れる女神にして絶世の美少女──アウラ・ベラ・フィオーラとの再会を祝福してくれているような気がして、エグニアは視線を雫に合わせて、落ちる時を待つ。

 だが、その雫が落ちるより早く、突如として鼻孔がかぐわしい香りを嗅ぎ取った。

 細胞の一つ一つが歓喜で踊り出しそうな、その香りをエグニアが忘れるはずがない。

 

(落ち着け。落ち着け)

 

 踊り出す細胞に合わせて、強く大きくなった心臓の鼓動を、無理やり抑えつけながら自分に言い聞かせる。

 続いて捉えたのは耳。

 

 ダークエルフの聴力はそれなりに敏感だが、その能力の限界すら超えた距離から、彼女の声がエグニアには確かに聞こえた。

 その証拠に聞こえてくるのはアウラの声だけで、その付近にいるはずの他のダークエルフの声は聞こえない。

 

 何度も何度も。

 耳の中でリフレインし続けたあの可愛らしい声。その声と顔、香り。彼女を構成するあらゆる要素を思い出すだけで体が興奮し、昨夜は一睡もできなかったのだから。

 

 もう雫のことなど完全に忘れたエグニアは視線を声のする方向に動かし、同時に服装の乱れや髪型などをチェックする。

 問題ないことを確認した後、再度木に体を預け、ポーズを決めて女神の到着を待った。

 やがて、一緒にいた者たちの声も聞こえてくる。

 その中でも一際大きな声を出している者に、エグニアは眉を顰めた。

 単純にアウラの声が聞こえなくなるからだけでなく、彼女に近づきすぎだと感じたためだ。

 

(昨日も一緒に狩りに出たというのに、今日も付いていく気か。図々しい)

 

 狩りはグループを組んで行うが、危険な森の中で行動するのは、精神的な疲労を招くため、同じ者が連日狩りに出ることは稀だ。

 その意味では彼女も二日連続となるのだが、巨大な力を持つ魔獣が美しいように、絶世の美女である彼女は、強大な力を持っている。

 それこそ、あのアンキロウルススの王種(ロード)を撃退できるほどに。

 その力を以てすれば、二日続けての狩りも苦ではないはずだ。

 

 だが、この声の主。

 副狩猟頭の一人であるプラム・ガネンは違う。

 もちろん副狩猟頭という立場に就いている以上、村では有数の野伏(レンジャー)なのは間違いないが、直情的な性格が災いしているのか視野が狭い。

 それが長老衆と若者たちとの間の諍いを強めている。

 以前は、村の外にも名が知られているエグニアをかつぎ上げようとしていたようだが、アウラの実力を知ったことで、すっかり彼女に鞍替えし、あわよくば村を率いて貰うつもりなのだ。

 エグニアとて、アウラがそのまま村に残ってくれるのならば、ガネンに協力するのはやぶさかではないが、それでも他の男が彼女に近づきすぎるのは頂けない。

 

(くそう。そこをどけ、アウラさんが見えないだろうが)

 

 彼女の前を歩きながら、これから出向く狩り場について話をしているガネンの背を睨みつける。

 その視線に気づいたのは、ガネンではなかった。

 

「……ん?」

 

 ガネンの体からひょっこりと顔を覗かせ、こちらを見る。

 黎明の輝きを反射する金色の髪と、その太陽すら霞むような可憐な美貌。

 そして、新緑の森と静かな湖畔の美しさをそれぞれ写し取ったかのような、左右色の違う瞳がエグニアを捉えた。

 

 可憐だ。

 可憐すぎる。

 

 実物の彼女は、一晩中何度となく思い出していた姿とすら、比べものにもならない。

 その女神が如き美少女の瞳に、自分の姿が映っている事実に、エグニアは頬が緩むのを抑えきれなくなった。

 

「……エグニア?」

 

 そんなエグニアの気分を台無しにするガネンの声も、しかし、今は助かった。

 こんなだらしない顔を彼女に見せるわけにはいかないと思い直すことができた。

 やがて、ガネンを筆頭に三人のダークエルフが一歩前に出てくる。

 アウラはその少し後ろをゆっくりと歩いているが、三人はアウラの前にさっと移動する。自分からアウラを隠しているようで気に入らない。

 

「エグニア。体はもう良いのか?」

 

 会話ができるくらいの距離まで近づいてきた、ガネンが言う。

 

「ああ。もうすっかり回復した」

 

「そうか。それは良かった。それで? こんな朝早くからここで何をしているんだ?」

 

 その声には険があった。

 弓まで持ってここにいるのだから、こちらの考えはわかっているだろうに。

 

「もちろん。ア……フィオーラさんを待っていたんだ。助けてもらったお礼を言いたくてな」

 

 頭の中でずっと名前で呼んでいたこともあり、名前呼びしそうになって直前で留める。

 まだ自分の自己紹介もしていないのだ。

 いきなり距離を詰めすぎて、警戒されるようなことだけは避けなくては。

 先ずはあくまで礼という口実で直接会話をし、自分のことを覚えて貰うところからだ。

 

「悪いが、それは後にしてくれ。フィオーラ様は今から俺たちと狩りに出るところなんだ。戻ってから──」

 

「ならば俺も、狩りに同行させてもらおう」

 

 言葉を遮り、本題に繋げると、ガネンは今度こそ嫌そうに顔を歪めた。

 

「……今回の狩りは待ち伏せではなく、フィオーラ様を先頭に獲物を見つけて狩るやり方だ。隊列を維持するのがもっとも重要になる。一人増えればそれだけ隊列が崩れやすくなる。お前ほどの野伏(レンジャー)が分からないわけがないだろ?」

 

 それは事実だ。

 ダークエルフの狩りの方法は、罠による待ちと動きながら獲物を探す、二つに大別できるが、後者の場合基本的に四人一組で行動する。

 

 これは獲物を追って森を移動する際、ダークエルフは危険な地面ではなく木の上を移動するためであり、その際、狩人は互いが互いをカバーしやすい位置を維持して動くのだが、幼い頃から四人一組での位置取りを基本としていることもあって、一人増えただけでその位置取りが難しくなるのだ。

 

「もちろん分かっている。だがお前は昨日の今日で疲れているだろう? だから俺が代わると言っているんだ」

 

「昨日もフィオーラ様のおかげで、すぐに獲物を狩ることができた。疲れてなどいない。それに俺を選んだのはフィオーラ様だ」

 

「なんだと!?」

 

「今回の狩りのリーダーはフィオーラ様だ。どんな人材が必要かと伺ったら、案内役として、知っている人、つまり俺も居た方がいいってことでな」

 

 ガネンが自慢げに言う。

 

「なっ」

 

 自分以外の者がアウラに選ばれた事実に、再び絶句する。

 まだまともに挨拶もしていないのだから、自分が選ばれないのは当然なのだが、ショックはショックだ。

 

「あのさー」

 

「は、はい! 何でしょうフィオーラ様」

 

「もう良いからその人も連れていこうよ。あたしが先行するから、あなたたちは四人一組で後ろを付いてきてよ。正直、合わせるの面倒だし」

 

「え、いや──分かりました。エグニア、それで良いな?」

 

 アウラが付いていくことを許可してくれたという事実に感動し、ガネンの言葉にも頷くことしかできずにいると、改めてアウラがエグニアを見た。

 

「えーっと。それで、あなたの名前は? 確か魔獣熊に襲われてた人だよね?」

 

 左右に分かれたダークエルフたちの間を通ってこちらに近づき、小首を傾げるアウラの姿に、エグニアは先ほどとは別の意味で、言葉を詰まらせる。

 彼女とこんなに至近距離で顔を合わせているからだけでなく、自分のことを覚えていてくれたことに感動したためだ。

 しかし、いつまでも言葉を返さない訳にはいかないと必死に己を奮い立たせ、顔を引き締めて頭を下げた。

 

「その通りです。あのときは命を助けていただき、まことにありがとうございました。私は、ブルーベリー・エグニアと申します。エグニア、と呼んでください」

 

「なっ!」

 

「はいはい。エグニアね。よろしく」

 

「っ!」

 

 自分で言ったこととはいえ、アウラから名前で呼ばれた事実に身震いしてしまう。

 

「■■、■■■■■■!」

 

 ガネンが何か言っているが、感動に打ちふるえているエグニアの耳に、その言葉も意味も、全く入ってこなかった。

 

 

 ・

 

 

「なんだと? ブルーベリーが?」

 

「ええ。プラムのお馬鹿さんと一緒に、フィオーラ殿と狩りに出向いたそうよ」

 

 長老たちが集まるエルフツリーの中で、三人の長老衆は顔を合わせて話し合いを行っていた。

 議題は言うまでもなく、村にやってきた来訪者たちの現状。

 

 特に長老と対立している若者グループが、誰と接触しているかだ。

 こちらは予想通りと言うべきか、若者たちの中心人物である副狩猟頭プラムが推しているアウラだった。

 そこまでは予想がついていたが、問題はもう一人の人物、ブルーベリー・エグニアだ。

 由緒正しきブルーベリーの姓を持ち、大樹海のダークエルフで知らぬ者はいない程の実力者でもある。

 

 そんな彼を村の頭にと考えている者は多いのだが、とうのエグニア自身にその気がないらしく、誘いを袖にしていたため、これまでは大きな問題になってこなかった。

 そのエグニアが、若者グループがかつぎ上げようとしているアウラに付くとなれば、中立を守っている者たちもそちらに流れていきかねない。

 

「モモン殿は、やはり?」

 

「ああ。薬師頭の下に出向いたらしい。例のハーフエルフの少女と共にな」

 

「マンゴーのところであれば、積極的に村の者たちと関わることはないか」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。薬師頭のマンゴー・ギレナは薬師としての腕は立つが、偏屈な変わり者で、基本的に村の内情に首を突っ込むことはない。

 そんな彼の下に居る以上、あの二人が村のことに関わってくる可能性は低い。

 

 そもそもとして、純粋なダークエルフではない彼らを、自分たちの派閥に取り込もうという考えは、どちらも持ち合わせていなかった。

 つまり、現時点で長老たちが取れる手段は一つだけだ。

 

「……フィオーレ殿は?」

 

「一応村からはでていないみたいだけれど、村の者と関わろうとはしていないみたいね。ただ、彼は森祭司(ドルイド)の力を持っているそうだから、祭祀頭の様子を窺っているとは聞いているわね。大人しそうな子だから声をかけづらいのかも知れないわ」

 

 ストロベリーの言葉に、ラズベリーの瞳が妖しく光る。

 

「では、その仲介役を我々が引き受けるとするか。話のとっかかりにはなるだろう」

 

「しかし、引っ込み思案な子なんだろう? その後どう話を持っていく? 小さい子との会話なぞ、ここ最近とんとしていないぞ」

 

 村にも子供はいるが、基本的にその親世代は長老と対立している若者が多く、必然的に子供たちにも距離を置かれてしまっている。

 ピーチの言葉に、ラズベリーとストロベリーも眉を顰める。

 

「先ずはそこからだな」

 

 ため息を一つ落としてから、長老たちは新たな議題の答えを求めて話し合いを続けた。




次は書籍版ではあまり村人と交流の無かったマーレの話になる予定です
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