オーバーロード ~絶死絶命交流ルート~   作:日ノ川

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少し間が空きました
前回の続きでマーレとアウラがそれぞれのグループと交流する話です


第9話 双子のお仕事

 杖を抱きしめつつ、マーレは村の中を歩く。

 時折、村人が視線を向けてくるが、声を掛けてくる者はいない。

 いつもならばともかく、今日に限って言えば、あちらから声を掛けてもらった方がありがたいのだが。

 基本的にマーレは、自分から他人に話しかけるのが得意ではないのだ。

 

 だが、これも主人によって命じられた大切な仕事の一環。

 苦手だからと、即座に出来ないと言えるはずがない。

 

 ここに来る前、守護者統括アルベドより叱責を受け、主人からも出来ないのは仕方ないが、代案は考えるべきだと指摘されている。

 昨夜、姉であるアウラからも同様の事を言われ、必死に考えていたせいで今も少々眠たいが、その甲斐あって一つ作戦を思いついた。

 マーレが考えたのは、わざと人前で困っている風を装うことで──実際に困っているのだが──話しかけて貰うという作戦だ。

 

 その後、話の流れで目標である長老たちを紹介して貰うつもりで選んだのが、村の顔役であり、長老側の立場にいるらしい祭祀頭だったのだが、仕事をしているのか、なかなか家から出てこない。

 

 こういう時はどうしたらいいのかと考えながら村の中をうろうろしている最中、一つ予想外の事態が起こった。

 こちらを見ている視線。

 マーレは、アウラのように探知能力に優れている訳ではないが、それでもレベル百の身体能力によって、並の野伏(レンジャー)よりは目も耳も良い。

 その探知能力が、遠くからこちらを窺っている気配を察知した。それも覗いているのはマーレの目的である長老たちのようだ。

 

(長老の人たちに、これを見せられれば良いんだけど。どうやって説明すればいいかな)

 

 目的の人物が過程を一つ飛ばしてやってきた以上、そのまま長老たちに接触すればいいのだが、その場合祭祀頭を相手に想定していた会話内容を一から考え直さなくてはならない。

 

(逆に祭祀頭の人を紹介して貰って、そのお礼にすれば……大丈夫だよね)

 

 問題は無いと思うが、思考を回転させることの重要さを主がいつも説いているため、しっかりと考える。同時にポケットから交渉材料となる手帳を取り出した。

 アルベドたちに叱られたあと、自分で考え、ナザリックで用意してもらったものだ。

 

 記されているのは、この村でも役に立ちそうな、動物の効率的な血抜きや臭み抜きを行う方法や、村の近くでも取れそうな薬草、ハーブなどを使用した香辛料の作り方など、いわゆる生活の知恵と呼ばれるものだ。

 当然ナザリック由来のものではなく、エ・ランテルを中心とした、魔導国内でのみ集めた知識を、第六階層に正式に置くことになったエルフたちを使って翻訳した。

 これらの知識を使って、長老たちの信頼を得ようと考えたのだ。

 

 わざわざこんなものを用意したことにも理由はある。今回マーレたちは主より、力を隠すよう命じられていたからだ。

 具体的には、使える魔法の位階が制限され、身体能力もだいたいレベルで換算して三十。

 ようは人間たちの言うところの、英雄の領域程度の実力に見せかけている。

 村人だけでなく、ナザリック基準で見てもそれなりに強いあのハーフエルフを欺く意味もあるらしい。それでも魔獣熊と戦ったところは見られているため、もっと上の実力だと気づかれていても不思議はないのだが、主が言うのだから相手は気付いていないのだろう。

 

 力を制限したことで、問題となるのはマーレだ。

 アウラに関しては魔獣熊を操っていたと気づかれてはならないため、魔獣使い(ビーストテイマー)の力はすべて隠さなくてはならないが、野伏(レンジャー)としての能力はあるため、問題は少ない。

 

 しかし、マーレは森祭司(ドルイド)だ。

 それも使える魔法の殆どは攻撃魔法であり、ごく少数の使えそうな魔法として、土地や畑の栄養回復魔法などはあるが、村の畑は木の上に少量の土を運んで作るプランターのようなものしかないため、効果が分かりづらい。水や単純な石材を生み出す魔法もあるが、そちらも規模が大きすぎる。

 

 だからこそ能力とは関係ない、生活の知恵を交渉材料に使うことを思いついたのだ。

 そんなことを思い出しながら、並行して思案していた長老たちとの会話内容をある程度考え終わったところで、こちらを見ている長老たちにも動きがあった。

 

(あ。来たかな)

 

 ゆっくりとこちらに歩いてくる気配を感じ取る。

 一歩一歩踏みしめるように歩く様は、威厳を醸し出そうとしているようだが、普段から絶対的支配者である、主のカッコいい姿を見ているマーレからすれば児戯も良いところだ。

 

(よーし。やるぞー)

 

 手帳を手に持ったまま杖をしっかり握りしめ、マーレは長老たちが近づいてくるのを待った。

 

 

 ・ 

 

 

 マーレと接して最初に思ったことは、子供でありながら村の若者と違って、とても礼儀正しいということだった。

 一見すると自信なさげなおどおどとした態度だが、彼もアウラ同様、あのアンキロウルススの足止めを行える実力を持っていると聞いている。

 通常若くして力を持った者は、その力に驕りを覚えて増長するものだが、彼はそうしたところは見られない。

 とはいえ、引っ込み思案というのは事実らしく、ぺこりと頭を下げた後は、なにを言うでもなく、もじもじと身をよじらせている。

 庇護欲をそそり、与し易そうなマーレの態度に、ストロベリーは内心でほくそ笑みながら、同時に精一杯愛想の良い笑みを浮かべた。

 

「こんなところでどうしたの?」

 

「……え、えっと。あの、ぼ、僕は森祭司(ドルイド)なので、この村の祭祀頭さんのところでちょっと勉強させて、いただきたいと思って。でも、あの──」

 

 ワタワタと言葉をつっかえさせながら、必死に説明する様はやはり会話に慣れていない大人しい子供そのものだ。

 加えて村の中をうろついていた理由も、こちらの想像通りのものだったため、ストロベリーは大きく頷いた。

 長老である自分たちがあえて出向き、ここで彼と接触したのは正解だった。

 何しろ、ここは村の真ん中。

 声こそかけてこないが、複数の住人たちが稀人であるマーレのことを気にしている。

 そんな中、長老である自分たちが声をかけたのだから、固唾を呑んで様子を窺っている気配は、ありありと伝わってきた。

 ここでマーレという引っ込み思案で、まだ村の誰ともまともに接触できていない子供と交流を深め、感謝の言葉を貰えば、自分たちを頭が固いと馬鹿にしていた村の若者たちも見直すに違いない。そのためにも──

 

「そう。だったら私たちが連れていってあげましょうか?」

 

 できる限り優しく告げる。

 周囲の驚くような気配が強くなったのは、ストロベリーの口調が普段と違うためだろう。

 この話し方は長老たちで集まって話すときのもので、いわば素の口調なのだが、他の村人たちがいる前では、敢えて威厳を出すような口調を取っている。

 当然それにも理由がある。

 周囲の村や、エルフの行商──滅多に来ないが──がやってきたときに、侮られないようにするためだ。

 

 村の若者が知れば、実力が伴っていない者が無理に威厳を出そうとしていること自体、滑稽だと笑うだろうが、これも古くからの伝統の一つだ。

 こうした一見無意味に思える口伝にも、何らかの理由があり、無下にしてよいものではない。

 では何故、その伝統を今止めているのかと言えば、当然、マーレに親しみやすく感じてもらうためであり、同時に村人たち、特に若者グループに歩み寄る姿勢を見せるためでもある。

 

 ここでうまくマーレを取り込むことができたとしても、若者グループが取り込もうとしているアウラはマーレの姉であり、力関係もアウラの方が上であるのは明白。

 その上、村の顔役でもあるエグニアがあちらについたことで、若者たちの勢力が増すのは間違いない。

 それでも、彼らの考え方に多少なりとも歩み寄る姿勢を見せておけば、決定的な問題にはならずに済む。

 

(あのお馬鹿さんたちを、調子に乗らせるだけの気もするけど……)

 

 それでもこのまま対立が激化し、かつてのように、村が割れ、それぞれが違う場所で暮らすようなことになるよりはマシだ。と話し合って決めたのだ。

 

「えっと。あの、いいん、ですか?」

 

「ええ。もちろん。フィオーレ殿、いいえ、マーレ殿と呼んでも良いかしら?」

 

 これも親近感を持ってもらうための手段だ。

 

「は、はい。大丈夫、だと思います」

 

 奇妙な言い回しであるが、とりあえずマーレは了承した。

 

「ではマーレ殿、行きましょうか」

 

「は、はい。あ、えっと。よろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げる姿に、ストロベリーは安堵の息を漏らした。

 ここで断られでもしたら、それこそ面目が丸つぶれになるところだった。

 

「それにしても本当に、貴方たちは礼儀正しいわね。うちの村の子たちにも見習ってほしいものだわ」

 

 そうした安堵感が口を軽くして、言葉を滑らせた。

 後ろで二人の長老たちが声を掛けて止めるようとするが、もう遅かった。

 聞き耳を立てていた村人の中で、彼女たちに反目している若者グループから、露骨な舌打ちが聞こえてきた。

 

「えっと、あの、僕は……。こ、こういうのをいろいろと読んでいるので!」

 

 そんな空気を払拭しようとしたわけではないだろうが、慌てながら、マーレが差し出してきたのは小さな本だった。

 存在自体は知っている。

 紙と呼ばれる、薄く真っ平らな木皮のようなものに黒く色づけた木の汁などを使って文字を刻みこむ。

 それを幾枚も重ねて束ねることで、大量の記録を残すことができる代物である。

 

 この村では殆ど見ないものだ。

 というのも、ダークエルフの伝統や技術は基本的に口伝や体に教え込むといった方法で伝達されているからだ。

 それが当然であり、他のやり方など考えもしなかった。

 受け取った本を開いてみるが、そこには良く分からない文字が並んでいて、内容を読みとることができない。

 

(これは確か、エルフの──)

 

 一瞬困惑するが、一緒に記されている図案から察するに、これは生活の知恵──薬の調合や、獣の狩り方、血抜きの方法、食物の育て方など──を記したものであることが分かる。

 それもこの村に残されているやり方よりずっと細かく、洗練されていた。

 

「こ、これは!?」

 

「え、えっと。僕の──行方不明の親が残してくれた知識を纏めたものです。僕たちはこういうものから、色々と教えてもらっている、ので」

 

 ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。

 双子の親が行方不明ということは、宴の席でアウラが話していた。

 森に住む者にとって、親を失う子供など珍しくもないため、軽く流していたが、よくよく考えてみれば、不思議なことがある。

 両親がいないのなら、いったい誰がこの幼い姉弟に、礼儀作法や知識を教えたのか。人間であるモモンはダークエルフよりずっと寿命が短いと聞いているので彼ではないはずだ。

 

 双子が住んでいる都市には、ほとんどダークエルフがいないとも聞いている。

 だからこそ彼らの親は、自分たちがいなくなった後のことを考え、ダークエルフの文化だけでなく、エルフの文化も取り入れた自分たちの知識を本という形で残し、二人はそこから知識や礼儀作法も含めた一般常識を学んだのではないだろうか。

 

 ストロベリーが驚いたのは、彼らの親が己の知識を文字さえ読めれば誰でも継承できる形にして残したその潔さだ。

 自分たちが伝統や知識を形にして残さないことには、当然理由がある。

 既得権益を守るため、というと言葉は悪いが、知識を広めることは同時に責任も伴うことになる。

 

 たとえば、薬の調合などはこの村では基本的に、薬師頭が秘伝として独占しているが、調合を紙などに書いて、それが誰かに盗まれてしまった場合、経験のない者が同じ薬を調合できるはずがなく、間違った調合により薬どころか毒になる危険性すらある。

 そうなると、場合によっては調合した本人の薬さえ疑われてしまう。

 そうした危険を避けるため、知識を独占しておき、どうしてもという場合は、必要な者にだけ教えているのだ。

 

(そんな大切な知識をあっさりと私たちに見せてくる。これはきっと、この子の考えじゃない)

 

 未だこちらをじっと見つめているマーレの瞳には邪気など一切ない。

 自分から声もかけられないようなマーレが、これを使って取引をしようなどと考えるとは思えなかった。

 これも親の教えに違いない。

 そしてなぜ、そんなことをするのかも想像がつく。

 

 知識の流出によって起こる責任を子供たちではなく、親が被るためだ。

 彼が差し出した知識を使って事故が起こったとしても、彼自身を責める者はいないだろう。

 その場合は、この知識を残した親に責任が行く。

 そして間違った知識を授けた愚か者として、笑われることになる。

 たとえ自身が死亡していたとしてもその名誉を傷つけられるのは、自尊心の高いダークエルフにとっては我慢ならないことだ。

 

(彼らの親は、それでも双子を守るために、そうした選択をした)

「……そう。素晴らしいご両親ね」

 

「は、はい! とっても素晴らしい人です」

 

 初めて大声を出したマーレの瞳は、キラキラと輝いていた。

 大人しい彼に感情を露わにするほど愛され、尊敬されている彼の親が羨ましくなる。

 尊敬どころか、次代を担うべき若者グループに疎まれている自分たちとは大違いだ。

 

(私たちも、考え方を変えるときが来たのかもしれない)

 

 そっと、ストロベリーは後ろを見る。

 二人の長老たちも同じ気持ちだと言わんばかりに頷いていた。

 ただ、最長老のラズベリーと異なり、ピーチの顔はどこか引きつっているようにも見えた。

 

「あ、あの」

 

「ああ。ごめんなさい。それじゃあ行きましょうか。歩きながら、色々と話を聞かせてもらえるかしら」

 

 マーレに話しかけられ、思考を一時中断する。

 

「は、はい!」

 

 素直な返事と共に、再度マーレははにかんだように笑った。

 アウラ同様、絶世の美少年と呼べるほど整った顔立ちの少年に笑いかけられる。

 一瞬、奇妙な感情が湧きそうになった自分を律し、小さく頭を振った。

 

 

 ・

 

 

 むせ返るような濃密な森の空気を肺一杯に吸い込んだアウラは、木の上から次の木に乗り移る。

 その音は恐ろしく静かで、次の木に着地したときもほとんど音を発さない。

 風が靡き、木々の葉を揺らす音の方がうるさいほどだ。

 

 これならば、森の中に棲むどんな獣や魔獣でも彼女の存在に気付く者はいないだろう。

 むろんそれは、彼女が一人であればの話だ。

 少し離れたところを動く影と、不自然な木のざわめきのおかげで、アウラの隠密行動も大して効果はない。

 もっともあれでも、魔導国にいる野伏(レンジャー)の職業を修めた冒険者よりも上等な動きなのは間違いないのだが、レベル百にして至高の存在に創造されたアウラとは比べものにもならない。

 これではある程度接近すると、あっさり獲物に気付かれてしまうだろう。

 

 前回のとき同様、彼らの手を借りることなくアウラの感覚だけで遙か先にいる獲物を発見し、離れた位置から狙撃するやり方を取るのが安全だろう。

 信用を勝ち取るという意味では、アウラ一人で狩るよりも、他の者たちと協力しあう方が良いのだが、あちらと歩調を合わせたせいで狩りに失敗した場合、アウラの力が侮られることになる。

 特に今回は、村の副狩猟頭であるプラム以外にもう一人、アウラが近づく価値のある村の顔役が同行している以上、失敗は許されない。

 

(それにしても、視線がずっとあたしから外れないのは、こっちを疑っているってアピールかな)

 

 背中というより、背面全体を舐めるように見回してくる粘度の高い視線は、ゾワリとした悪寒が走るものだが態度には出さない。

 見ているのは間違いなく、今回の狩りに突如として同行を申し出てきたブルーベリー・エグニアだろう。

 彼のことは宴会の際に村人たちから聞いていた。

 

 何でも始まりの十三家なる、トブの大森林からこの大樹海に移動する際の中心的存在となった家の一つの姓を持っているだけでなく、野伏(レンジャー)としての実力も村一番という話だ。

 そんな存在が村の中で何の役職にも就いていないのは、どうやら、下手に重要な役職に就けてしまうと、彼を慕う者が一気に増え、現在の村でのバランスが崩れてしまうことが理由らしい。

 

 それだけの影響力を持った者を味方に付ければ、先日マーレと話し合って決めた、村をひとまとめにして、アンティリーネをトップとして祭り上げさせる作戦にも、大いに役立つ。

 だからこそ、その人物がアウラを怪しみ、監視している状況はよろしくない。

 この狩りの中で、疑いを払拭する必要があった。

 

(んー。可能性があるとすれば、あの魔獣熊。あの子を追い払ったのがこっちの仕込みだって疑われていることだけど)

 

 実際仕込みなのだが、流石にあれがアウラの命令で村を襲った自作自演──主曰くれっど・おーが・くらいどミッション──であるとは気付かれていないはずだ。

 アウラはここに来てから、主の言いつけを守り、魔獣使い(ビーストテイマー)としての力は全く見せていないのだから。

 

(あるとすれば、操ったんじゃなくて、単純にあたしたちが村に追い立てたって考えてるとか? 魔獣熊(あの子)の演技ちょっとわざとらしかったからなぁ)

 

 だが、それならやりようはある。

 アウラ以外の全員が村にいて、アウラを疑っているブルーベリーが監視を続けている状況で、前回と同じことが起こればいいのだ。

 

(多分あっちもあたしの匂いに気付いて近づいているはず)

 

 今回ただ一頭だけ森に連れてきた、アウラの配下であるフェンに思念を飛ばす。

 案の定、直ぐに返答があった。

 かなり嬉しそうな感情が伝わってきて、思わず苦笑するが、表情を引き締め直して再度、思念で確認したいことを聞く。

 今度はやや時間を置いてから返事が来た。

 おそらくは一緒に居るであろう魔獣熊に確認──種族の異なる両者では直接会話できないので、ハムスケを間に入れる必要がある──を取ってアウラの想定通り、狙った獲物が近くにいることが判明した。

 

「よし」

 

「フ、フィオーラさん。どうかしましたか?」

 

 小さな呟きを聞き取ったブルーベリーが緊張した声で問う。

 そうした演技をしているのか、それとも自分より遙か格上の相手に、分かりやすく疑いの眼差しを送ることに、恐怖しているのかは分からないが、今は愛想良くしてやった方が良いだろう。

 

「ん。何でもない。昨日はあっちに行ったから今回は別の方角が良いかなって」

 

「そ。そうですか! 分かりました。後ろには私の方から伝えておきます!」

 

 よろしく。と笑いかけると、ブルーベリーは、ハイ。と裏返った声を上げた。

 ずっと緊張しっぱなしなのは、やはり演技ではなさそうだ。

 そんなことを考えながら、フェンたちがこちらに追い立てて来る予定の場所に向かって移動を開始する。

 同時に、頭の中にマーレから報告が届いた。

 どうやら、あちらも上手く長老たちと接触できたようだ。

 

(よしよし。それじゃあたしも、姉として良い所見せないとね)

 

 アウラもブルーベリーからの疑念を晴らすため、そして若者グループに自分の力を見せつけるために気合を入れ直した。

 

 

 ・

 

 

 直ぐ近くで聞こえた、耳にべったりと張り付く雄叫びに身を竦ませそうになるが、エグニアはそれを意志の力で抑え込む。

 あるいは、女神の加護があったからこそ耐えられたというべきか。

 

「エグニア。あれは」

 

 追いついてきたガネンの言葉に、頷く。

 

「あ、ああ。間違いないウルススだ。それも、あの時の王種(ロード)じゃない。俺が以前見かけた、この辺り一帯を縄張りにしている奴だ。別の個体だったのか」

 

 元々エグニアたちの村より北方にあるアジュの村近隣に、ウルススの王種(ロード)が存在している話は聞いていたが、アウラたちが撃退したのは、それとは別個体だと思っていた。

 もし北方の王種(ロード)が縄張りを変えたのなら、アジュの村から連絡が来るはずだし、万が一連絡する間もなく村が壊滅したとしても今度は、この近辺に生息していたウルススの縄張りに入ることになり、雄叫びが二頭分聞こえなくては不自然だからだ。

 だからこそ、この近隣を縄張りにしていたウルススが急激な成長を遂げて王種(ロード)になったのだと考えていたが、今木々の奥でちらりと見えた影は先日のものよりずっと小さかった。

 

(やはり単純に、片方が雄叫びを上げなかっただけなのか)

 

 ウルススの性別が異なる場合、喧嘩に発展しないことはあり得ると気づいていたはずなのに。

 アウラの美しさと、生まれて初めての恋に浮かれて、頭が回らなくなっていたようだ。

 

「フィオーラさん。とにかく村に戻りましょう。他の皆さんのお力を貸していただければ──」

 

 あのウルススは王種(ロード)よりは弱いだろうが、ここにいる者たちだけでは危険だ。

 確かに、アウラは強い。

 実際あのウルススより強大な王種(ロード)を撃退したが、それは彼女一人の力ではなく他の三人の協力があってこそ。

 今回の狩りには、あの輝くような弓も持ってきていない。ここは撤退し、他の三人に協力を仰ぐべきだ。

 幾分冷静になった頭で提案するが、アウラは相変わらず涼しい顔で、こちらに獣の唸り声が近づいてくる方向を眺めている。

 

「んー。この間の奴とは違うんだよね?」

 

「あ、はい。大きさが全然違います。あれは元々この付近を縄張りにしていた普通のアンキロウルススですが、大人のウルススは、村総出で掛かっても追い返すのがせいぜいの強敵です」

 

 だから戻りましょう。と再度提案する前に、アウラは背中に負っていた村から貸し出された強弓を下ろし、同時に矢をつがえた。

 一瞬たりとも彼女から目を逸らしていないというのに、その瞬間を見ることは出来なかった。

 これも以前なら、女神が如き美しさを持った彼女ならば、それぐらいのことはできて当然と思考停止していただろうが、少し冷静になり、また村一番の野伏(レンジャー)としての研鑽を積んできた自負のあるエグニアには分かる。

 これは奇跡や神の恩恵などでなく、彼女の野伏(レンジャー)としての技量の高さを物語っているのだと。

 つがえた矢を引き絞り、狙いを定める。

 話には聞いていたが、あの華奢な体で、村の誰も引くことのできなかった強弓をこともなげに引き絞る様は、アンバランスながら不思議と板に付いている。

 

「あ、音が無くなってる。整備したんだ」

 

「は、はい! 保管状態がよくないと教えていただきましたので」

 

 ガネンが上擦った声で言う。

 アウラはうんうん、と関心したように何度か頷いてから、チラとガネンに目をやった。

 

「もう一つ聞いておきたいんだけどさー」

 

「はい! 何でしょうか。フィオーラ様」

 

 自分ではなくガネンに話しかけたことに、愕然とする。

 多少冷静になっても、彼女に恋をしていることには変わりないのだ。

 なぜその視線を自分に向けてくれないのか、悔やむ気持ちと、アウラが自分に声をかけてくれなかったのは、ガネンが会話に割って入ってきたせいだと、恨む気持ちが混ざり合った。

 そうしている間にも、ウルススの声は近づいてきているが、アウラの余裕な態度を見て、何となく場の空気も緩んでいる。

 その空気を纏ったまま、アウラはあっけらかんと続けた。

 

「ウルススのお肉って美味しいの?」

 

「え?」

 

 どんな質問にも答えます。とばかりに気合いを入れていたガネンも、流石に予想していなかったらしく、言葉を詰まらせた。

 当たり前だ。

 ダークエルフにとってウルススとは、遭遇すれば一も二もなく逃げ出すような脅威であり、狩りで狙うような獲物ではないのだから。

 よって、ウルススそのものを食料として見ることなどあり得ないことだ。

 実際、ガネンはもちろん、それより年上のエグニアもこれまで一度としてウルススを食べたことなど無い。

 

 ガネンが答えられないと踏んだのか、アウラの視線がこちらに向けられる。

 左右色の違う瞳に射抜かれ、ゴクリと唾を飲んだ。

 エグニアは必死になって記憶を辿る。

 ずいぶん昔になるが、別の村の長老から話を聞いたことがある気がする。

 この村ではウルススに襲撃されたのは前回の王種が初めてだが、他の村で、まだ成熟した個体ではない巣立ちしたばかりのウルススに襲われたことがあったそうだ。

 

「……確か、肉の味も熊に似ていて、野生味があり、独特の臭みがあると聞いたことがあります」

 

「臭みかぁー。うーん、ま。ちょうど良いかな」

 

 眉を寄せて渋い顔をした──そうした表情でも一切その美しさは損なわれない──アウラだったが、次の瞬間にはいつもの天真爛漫な明るい表情に戻り、視線だけエグニアに向け、口元を僅かに持ち上げた。

 

「ありがと」

 

 軽い言葉と共に、彼女は大きな瞳を片方閉じた。

 瞬間、見えない何かが、彼女がつがえた矢よりも早く鋭く発射され、エグニアの心臓を貫いた。

 

「は、はひぃ」

 

 返事とも悲鳴ともつかない声が口から洩れ出る。

 天にも昇るような心地のまま、惚けていたその直後。

 今度は本物の矢の風を裂く音と共に、閃光が瞬いた。

 先の威嚇とは違う悲鳴が混じった咆哮が轟き、やがてドシンと巨大な何かが倒れる音が森中に響いた。




村の者たちの意識改革は本題でもないのでさっさと進めます
ちなみにダークエルフ村に文字や本の文化があるか少し考えたのですが、識字率が高いかはともかく、書籍版で薬師頭が書物の存在を知っていたり、アインズ様がメモを取っても反応しないので、エルフ特有の文字などはあると思ったので、そういう設定にしてあります
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