新たなヒカリへ   作:寝神

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三話

 ふと、ルフィが目を覚ますと、夜はとうに更けきっていた。

 寝ぼけ眼を擦りながら見渡すと、周囲には酒の杯が散乱し、篝火はとうに消え、地べたに酔っ払いたちが寝こけていた。

 仲間たちも、机に突っ伏したり、壁に背を預けたり、各々の形で寝入っていた。

 そこに、ウタの姿はない。

 気づかぬうちに、マキノの家に戻ったのだろうか。

 大あくびを一つし、再び寝ようとしたルフィの耳に、かすかに歌声が聞こえた。

「……ウタ?」

 ルフィは立ち上がると、歌声に導かれるままに、村はずれへと歩き出した。

 フーシャ村は、ゴア王国の端にある寒村だ。人口も乏しく、自然は豊かだが、産業に富んでいるとは言えない。

 村はずれの丘陵地には牧場が広がり、麦を引くための風車がいくつも建っているが、その中には、もう管理の手も回らず、ツタにまみれて動かなくなったものがいくつかあった。

 そういった廃墟は、数少ない村の子供たちにとっては、格好の遊び場となっていた。かつて、ルフィとウタが、秘密の隠れ家としていたように。

 ルフィの足は、苔むした廃墟の真ん中にある、一つの風車の前で止まった。

 懐かしさを覚えながら、中に入る。

 今となっては狭く感じる階段を一歩一歩上ると、窓辺に、月明かりに照らされる紅白の髪が見えた。

「ルフィ……」

 ウタは、歌うのを止めてルフィを見た。

「よく、ここが分かったね」

「歌声、聞こえたからな」

「ここから? そんなに大きな声で歌ってないのに」

 ふふ、とウタは笑った。窓から、月明かりにかすかに照らされた風車たちの影と、さざめく海が見える。月はほとんど雲に隠れている。風が立って、潮の匂いが少しだけした。

「ねえ、ルフィ、覚えてる? ここ、昔も二人でよく来たよね」

「そりゃ、覚えてる。よく、ここで歌ってたじゃねえか」

「うん、昔は、ここは私のお気に入りのステージだった」

 ルフィは、ウタの隣に並んで、窓辺に腰かけた。

「あのころは、どこだって私のステージだった。ボロボロの風車も、酒場の机の上も、崖の上の原っぱも。歌えば歌声がどこまでも、世界中に広がっていくように思ってた」

「今は、違うのか?」

 ウタは答えなかった。何かを言いかけて、思い出したかのように、口をつぐんだ。風が草木を揺らし、ぎしりと、風車の羽が少し軋んだ。

 少し間が空いて、それから、唐突にウタは言った。

「ねえ、そうだ。ルフィの冒険の話、聞かせてよ」

 ぱちくりと、目を瞬いたあと、おう、と返事して、ルフィは語りだした。

 東の海での、仲間たちとの出会いの話。偉大なる航路の入り口にいる、巨大なクジラの話。恐竜うごめく島の、100年間決闘を続ける巨人族の戦士たちの話。真冬の島の、桜の話。砂漠の国と、国思う王女の話。空に浮かぶ島と、黄金の鐘の話。水の都と、夢を乗せた水上機関車の話。ゾンビ蠢くゴースト島の話。偉大なる航路の中央の、シャボンで彩られた島の話。深海にある、魚人たちの楽園の話。国民がおもちゃにされた、支配された王国の話。巨大な象の背にある獣たちの国の話。お菓子や植物が命を宿した不思議な国の話。侍たちの奪われた国の話。

 大きなものから小さなものまで、身振り手振りを交えて、たくさんの冒険の話をした。

 ウタは、笑ったり、驚いたり、悲しんだり、憤ったり、いろいろな反応をしながら、ずっと真剣に、話を聞いていた。

 

「あ~、なんか喋りすぎて疲れちまった……」

「私も、疲れちゃった……」

 一通り話終わって、ルフィの喉はすっかり渇いてカラカラになっていた。ルフィが話を止めると、沈黙が訪れた。ルフィも何も言わず、少し時間が経って、ウタはぽつりと呟いた。

「ルフィは、本当に、たくさんの冒険をして、強くなったんだね」

 ルフィは、ウタを見た。

 ウタは、窓の外の遠い夜空を見つめていた。

「私、フーシャ村で目が覚めて、しばらくほとんど立ち上がれなくてね。起きている間、ずっと、なんでああなっちゃったんだろう、って考えてたんだ」

「ルフィやシャンクス、たくさんの人に迷惑かけて。ただ、みんなを歌で幸せにしたかっただけだったのに」

 ウタの話が、あのエレジアでの事件のことだと、ルフィは遅れて理解した。

「考えて、考えて、何度も考えて、思ったんだ。わたし、なにも分かってなかったんだな、って」

「私の歌を待ち望んでいた大勢の人が、ほんとうは、全部捨てて、現実から逃げたいなんて思ってなかった。歌を聞いてちょっと楽しみたいだけで、きっと中には、私をおだてて、利用しようとしている人もいた」

「何も知らなかったんだ。みんなが本気で、私の歌だけを求めてるって思った。だから、間違えた。望まれない方法で、みんなを幸せにしようと一人で思い詰めて、だれも幸せになれない結果になっちゃった」

 ウタは、変わらず遠くの夜空を見つめていた。ルフィの目からは、ウタが何を見ているのかは見えなかった。

「フーシャ村でね、色々なことを調べたんだ。いま世界で起きていること。いろんな島や国のこと。歴史や、文化や、風習のこと。戦争や、災害のこと。いままで知らなかった、知ろうともしなかったこと。そして、……エースの、ルフィのお兄さんのこと」

「ルフィは、逃げ出したい辛いことも、投げ捨てたい苦しいことも、全部、全部乗り越えて、夢を叶えたんだね」

 すごいや、と小さくウタはこぼした。

 風が頬を撫でて、髪を揺らす。髪を抑えて、ウタは俯いた。

 少し風が立ってきたのか、海にはかすかに白波が見え、雲の流れが速くなっていた。

 ルフィは、少し間をおいて、口を開いた。

「ウタは、どうなんだ?」

「え?」

 少し驚いて聞き返して、ウタはルフィを見た。

 ルフィは、じっと、ウタを見つめて言った。

「お前にだって夢があったじゃねぇか」

「私は、だって、あんなことになっちゃったから。もう、だれも、私の歌を聞いてなんてくれないよ……」

「最近はね、フーシャ村で、マキノさんのお手伝いするのも楽しいんだよ。村の人も、みんな良くしてくれるし、こないだだって……」

「諦めるのか?」

「……ルフィ?」

 ルフィから視線を外そうとしたウタは、急に重くなったルフィの言葉の圧に、驚いたように返した。

「お前がもう諦めるなら、何も言わねェ。けど、諦めたくないから、そんなに悔しそうなんだろ? 投げ捨てられないから、そんなに苦しそうなんだろ?」

「ウタ、お前はどうしてェんだ。どうなりてェんだ」

「おれには、ちゃんと言えよ!」

 ウタは、また俯いた。しばらく、沈黙が続いた。かすかに聞こえる、風が木を揺らす音だけが、やけに大きく響いていた。

 ぽた、と音がした。

 ウタの目線の先で、床に一つ、また一つと染みが増える。それが、自分の瞳から溢れる涙だと、遅れて理解して。

 感情が、迸った。止められなくなった。

「……わたしは」

「世界中を旅してみたい」

「いろんなところに行って、いろんな食べ物を食べて、見たこともない景色を見て、新しい歌を作りたい」

「世界中の人に会って、話して、いっしょに歌って、踊って、たくさんの人を笑顔にしたい」

「……わたしは」

「わたしは、世界一の歌手になりたい!」

「世界中にわたしの歌声を響かせたい! 世界中の人を、わたしの歌で笑顔にしたい! みんなが、歌で笑顔になれるような世界をつくりたい!」

「わたしは、わたじは、夢をあぎらめだくない!!!」

「……なんだ、言えるじゃねぇか」

 叫んで、それから必死に涙を止めようとするウタを見て、ルフィはかすかに笑った。

 

「なあ、ウタ。おれたちの船に乗れよ」

「え……?」

 

 ウタは、驚いて顔を上げた。思いがけないことに、涙が止まった。

 風がひときわ強く吹いた。雲が流れ、落ちかけた月があらわになった。ルフィは、それを見つめて、語りだした。

「世界はな、すげェんだ。どれだけ旅しても、行ったこともねえ場所や、見たこともねえ景色がいっぱいある。うまい食い物も、とんでもねえ怪物もいっぱいだ」

「閉じこもって、本や新聞で調べてるだけじゃ分かんねェ、見れねェものがたくさんある!」

「俺たちはこの世の果てに行ったけど、それでもまだまだ世界には冒険がいっぱい待ってる! だから、これからもずっと、俺たちの冒険の旅は続くんだ」

「だからさ、いっしょに来いよ、ウタ!」

「っっっ……!」

 ウタは息を飲んだ。絞り出した声は、小さく、震えていた。

「……けど、けどわたし戦えないよ?」

「別に平気だ!」

「わたし、わがままいっぱい言うよ?」

「おれだって、好き勝手言って、仲間にしょっちゅう怒られてる!」

「いっぱい迷惑かけるよ!」

「仲間だったら、当たり前だ!」

「わたしが生きてるって知ったら……! 海軍や世界政府が! わたしを捕まえにくる!そしたら、みんなだって……!」

「おれは、世界一強い男だ! なんてことねえ!」

「けど、けど!」

「ウタ」

 ウタは、ルフィを見上げた。ルフィは、にしし、と笑って、手を差し出した。

 

「おれといっしょに、冒険しよう!」

 

 

 

「……う゛ん゛っ!!!」

 

 

 

 いつの間にか、夜は明けていた。水平線から太陽が昇り、徐々に陽の光が部屋の中へと差し込んでくる。

 薄っすらとした光の中で、ウタは子供のように泣き、ルフィはただ嬉しそうに笑っていた。

 




一番書きたいシーンが書けました。
一部誤字修正しました。
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