ONE PIECE “IF” RED 【完結】   作:巨象先輩

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 祝・投稿10話目


“海軍支部准将ミオクル”

 

 あっという間に出発の日がやってきた。

 島の港には海軍の軍艦が数隻が来ており、そのうちの一回り大きな一隻がゴードンたちが乗り込めるよう甲板から階段を降ろして二人を待っていた。

 そんな軍艦に両手にトランクを持ったゴードンが乗り込もうとしてふと後ろを振り返ると、ウタが自分の荷物を持ったまま直立不動の姿勢をとっているのに気がついた。

「ウタ、どうしたんだ……」

「き、気にしないで」

 引っ越しと言っても二人が持ち合わせている荷物の量はたかが知れている。ゴードンが城でよく弾いていたピアノのように思い入れがあるものが無いわけではないが、海軍の手助けがなくなった後に自分たちだけで持ち運べるかと聞かれるとやはり無理があるように思えた。残念だがトランクに詰め込めるだけの衣料品くらいしか二人が島から持ち出せるものがなかったのだ。

 さて、訝しげなゴードンにウタは気にするな、と首を横に振って応えているがよく見れば彼女の膝が細かく震えているのが見えた。

「緊張しているのかい?」

「ち、ちがっ……これはアレ、む、ムシャ震いだから‼」

 クスリと笑うゴードンに、今度は体全体がカタカタと震え出したウタが反論する。

 とはいえ緊張するのも無理はない。ウタにとってもゴードンにとっても本当に久しぶりの外海。しかも今回は〝南の海〟から〝東の海〟への移住である。これから向かうまだ見ぬ土地に対する不安で、ゴードンも昨夜はよく眠れなかった。

 まぁここから数日軍艦で世話になるのでそれまでには落ち着くだろう、などと考えながら完全に腰が引けているウタの手を引くゴードンの前に、軍艦から一人の男性が降りてきた。

「ゴードン王、そしてウタさん。お待ちしておりました!

ワタクシ海軍支部准将のミオクルと申します!」

 肩からコートを羽織ったミオクルと名乗る三十代半ばといったところの男が、二人に対し敬礼をする。

「ああ、待たせてしまってすまない。よろしく頼む。

それと、私はもう王などではないからそう畏まらなくてもいいよ」

「いえ、そういう訳にもいきません!

お二人を賓客としてお出迎えするよう本部から仰せつかっておりますので‼」

 よく通る声で勢いよく話すミオクルを前にウタはゴードンの後ろへコソコソと回り込んで隠れる。盾にされたゴードンは苦笑いを浮かべながら、かつてこの島に来た「海軍本部」のモモンガのことを思い出していた。彼がこの島に派遣された当時は少将。あれから昇進などはしたのだろうか。態度も厳しくておっかない人物だったなあ、などと思い返しているとミオクルが話を続ける。

「本日からの航海の予定なのですが、立ち話もなんですしどうぞ船内へ!

 我ら一同、しっかりとお二人をお見送り! いや間違った、お送りさせていただきます‼」

 ゴードンたちが乗り込んだ軍艦はエレジアに来ていた他の船よりもひと回り大きく、真新しいようにみえていたが、甲板に上がると本当につい最近進水したばかりのもののようだった。

 ミオクルの部下らしき海兵たちがズラリと整列し、ゴードンとウタの姿を認めると一斉に敬礼する。そんな彼らの前を通り過ぎ、ゴードンたちはミオクルに連れられ執務室らしき部屋へと案内された。

「〝東の海〟までの針路ですが、以前お話しいただいた島へは〝凪の帯(カームベルト)〟、ひいては〝偉大なる航路〟を横切ると五日ほどで到着できる目算です‼」

「〝凪の帯〟⁉ しかしあそこは大型の海王類の巣だと……」

「ええ、そのため本部も気を利かせてくれまして!

いえ、この新型軍艦のテストも兼ねての任務だとは思うのですが、この軍艦、〝凪の帯〟を通っても海王類に察知されづらい仕組みになっているのです!」

「……⁉」

 海王類というのはこの世界の海に生息する超大型の海洋生物。基本的に獰猛なものばかりで、並の船では太刀打ちできないほどの強さを誇ると聞いたことがある。

 そんな怪物が群生するという〝凪の帯〟は〝偉大なる航路〟を挟むように存在する無風地帯のことである。海風を帆に受けて進むのが基本の帆船にとっては死地といっても過言ではない地帯だが、この軍艦はその海域を安全に進むことができるのだとミオクルは言う。

「この軍艦、普段は〝偉大なる航路〟にある本部の隊が試験的に運用しているのですが、この度モモンガ中将の取り計らいで我々支部が一隻使わせてもらえることになりまして!」

「し、しかしどんな仕組みで海王類の目を掻い潜るなんてことが……」

「そこは守秘義務がありますので‼ 申し訳ありません!」

 聞けば既に本部の方では試験運用がかなり進み、〝偉大なる航路〟にある支部全体で正式に配備される日も遠くないという。実用性は証明されているということなのだろう。

 仕組みについてはやはり疑問が残るものの、安全性が高いことは間違いないようだ。

「……なるほど、承知した。きみたちと船のこと、私は信用しよう。ウタはいいかい?」

「う、うん。無事に着けるなら……」

「お任せください‼ 〝偉大なる航路〟を通るのはぶっちゃけ初めての者が多いですが!

 無事任務を果たします‼」

「…………」

 やはり不安が残るゴードンとウタなのであった。

 

    †

 

「そうか。無事に出港したか」 

 〝偉大なる航路〟のとある海域。任務で基地を離れているモモンガは、船にある電伝虫からの通信でミオクル率いる隊がエレジアを出発したとの報告を受けた。

 「エレジアの悲劇」からはや八年。モモンガはあれから程なくして中将の位まで昇進し、より過酷な任務へと身を投じることが多くなったが、何かと疑わしい点が多かったゴードンやウタのことはたびたび思い出していた。

 だが疑わしいとはいえ老人と幼い少女。人っ子一人いなくなったエレジアに彼らをそのまま置いていくことに後ろ髪を引かれる思いだったことも思い出す。

「軍艦のことではセンゴクさんに無理を言ったな……それにしても〝東の海〟か……」

 八年の時を経てゴードンから海軍へと連絡があったと聞いた時は驚いたものだ。事件の後からは国としての登録はほぼ抹消されたようなものだったが、エレジアは未だに「世界政府」の加盟国のひとつ。王であるゴードンの要請なのだから、本部の者でなくとも支部将校くらいなら派遣すべきだろうというのが本部の判断であった。

 だが、今回そのゴードン本人がエレジアを離れ移住することで、エレジアは王国としても、加盟国としても完全にその権限を失うことになるだろう。今回の任務が終われば彼は何でもないただの一般人だ。

 それは別にいいとして、モモンガが疑問に思ったのは彼らの移住先だ。〝南の海〟にも町や村のある島々があるというのに、わざわざ〝東の海〟を移住先に選んでいる。

 かの海のことを聞いてモモンガがまず想起したのは、あの場所で唯一の「世界政府」加盟国であるゴア王国だが、そこもゴードンは移住先にしてはいない。むしろそこからかなり離れた、特に目立った特徴もない小さな町のある辺境の島だ。ゴードンほどの経歴のある男なら出自のわからない少女を連れていたとしても、大国で音楽関係のそれなりに待遇の良い仕事にありつけると思っていたが、彼はそれを望んでいないということなのだろうか。

「……今更の宮仕えは老体に堪える、か?」

 曖昧な推測を呟いていると、モモンガの部屋の扉をノックするとともに海兵が一人入ってくる。

「モモンガ中将! 十時の方向に敵船発見! まだこちらには気づいていないようです!」

「よし、すぐに向かう。砲撃の準備を」

「はっ!」

 ……追跡対象の海賊が見つかったようだ。モモンガはすぐさま切り替えて戦闘に向けて準備を整える。

 既にエレジアの一件は自身の手を離れた案件だ。壁に掛けた愛刀を手に取り、モモンガは甲板へと上がっていく。いま自分が為すべきことを為すために。

 

    †

 

 軍艦での生活というのは窮屈なものだと思っていたが、存外悪くはない。ゴードンは出発からほとんど変わることのない景色を甲板から眺めながらそう考えていた。

 進水からそれほど時間の経っていない新型の船ということもあり、船内の設備はいまだに真新しさを感じさせ、清潔感がある。本来なら海兵を百人近く乗せることが可能だというスペースには、「流石に支部自体をガラ空きにする訳にもいきませんでしたので……!」とミオクル筆頭に五十名ほどの海兵しか乗り合わせていないため持て余している部屋が多く見受けられた。

「それでもこれだけの人数を一度に動員する任務は、我が支部では初めてのことなのです! 良い経験になります!」

「ま、まぁ若い者たちのためになるならそれでいいんだが……」

「全くです‼」

 聞けばミオクル准将は新入りの頃は本部で訓練を受けた後、支部へと派遣されてから今の地位まで上り詰めたらしい。かつて〝大将〟の称号を背負った辣腕に育てられたというのだから、時たま不安になるようなことをぶっちゃける彼もまた〝偉大なる航路〟でも実力者の一人ということになるのかもしれない。

 ミオクルの言に苦笑いを返しながら、ふとゴードンは離れた場所で同じく甲板から海を眺め続けるウタのことを見る。

 軍艦に乗り込んでからは、ウタは昼間だけでなく夜にも海を眺めることが多かった。かつての仲間のことを思い出しているのか、はたまたこれから向かう新しい地のことを考えているのか、ゴードンにその真意は分からない。ただ、そうやって海を眺めながらも、時たまウタはどこからか借りてきたのかインクと羽根ペンを持ち出してきては紙切れに何かを書き留めていた。エレジアでは夜遅くまで起きて歌の歌詞やら楽譜やらを書いていたのをチラリと見た記憶があるが、昼間からそのようなことをしているのをゴードンが見るのは初めてであった。

 何を書いているのかは分からなかったが、ウタの心が良い方向に進んでいけば…、と考えたゴードンはブルブルと頭を振る。違う、そうなるように自分が支えなければならないのだ。

 この旅に彼女を引き込んだのは自分なのだから、その責任は果たさなければならない。今は自分の身勝手に付き合わせてしまっているようなものだが、いつか彼女が自身の未来を自分で見定めることができるように。

 

    †

 

 海なんてものは海賊船に乗っていた頃から見慣れていたと思っていたが、頭身が上がったせいかウタが甲板から眺める景色は思い出の中のものとは印象が違って見えた。まあ、幼い頃は樽の上に乗って眺めていたので視点の高さで言えばそこまで大きく変わっていないとは思うのだが。

 今自分たちが乗っている海軍の船は船体の側面に外輪が取り付けられており、海風が全く吹かない〝凪の帯〟ではこれを動かすことで推進力にするらしい。新型、と言われてもウタはこれまで遠目でしか軍艦を見たことがなかったのでそれほど大きな驚きはない。……いや、海王類に気づかれずに航海できるというのは流石に驚いたが。

 思えばこれまでの人生、知らないことばかりだったなとウタはため息を一つつく。

 シャンクスたちが海戦に出る時はいつも一人で船番。彼らが負けて帰ってくるなんてことは考えもしなかったので、いつも一人で鼻歌なんか歌いながら帰りを待っていたっけか。ウタが新たな知見を得られた機会といえば、どこかの島に上陸して、町や村を巡った時。大抵はシャンクスに引っ付いて酒場に行ったり、他の船員の買い出しを手伝ったり。

町や村ごとに様々な生活が、文化があった。長居することはほとんどなく、用事が済めばすぐに出航してしまっていたが、そんな旅の中で唯一長い間世話になった村があった。その村がある海へ、これから自分たちは向かう。そう考えると何だか落ち着かなくて、エレジアにいた頃と同じようにずっと海を眺めてしまうのだ。

 ただ、以前までとは意識して変えた部分がある。ウタは懐から紙切れを出して頭の中に思い浮かんだフレーズをペンで書き留めた。

―君の歌声には、世界中の人々を幸せにする力があるはずなんだ―

 あの日、ゴードンから言われた言葉を思い出す。

 彼は自分の歌声を世界に広めようとしてくれている。自分の国を滅ぼした海賊団の音楽家を名乗っていたような自分をだ。

 本当なら大切なものを奪われた怒りや悲しみをぶつけてきたっておかしくないはずなのに、彼はそんなことをするどころか、八年もの間自分の面倒を見続けてくれた。

 彼が何を考えているのか分からなくて、少し怖くなることもあった。顔も怖いし。けれど、これまで自分を育ててくれた、生かしてくれた彼に返せるものなんて、今の自分には歌うことくらいしかない。〝赤髪海賊団〟という過去を隠し、未来の展望さえ不確かないまの自分にできることは、彼の夢を叶えることくらいだ。

 だから、自分にできることはやらなくちゃ。

 会いたい人はいる。そいつと話したいことだってある。けれど、それは最優先じゃない。

 自分が目指すべきものはもう見失ってはいけない。それは、世界一の歌い手になることだ。なので、今はこうやって景色を眺めるだけじゃなく、そこから思い浮かんだフレーズやメロディーなどを、すぐに書き留めるようにしているのだ。

 そうやっていそいそとメモを取っていると、ふと上着のポケットに何か入っている感覚を覚える。ウタがそこを探ってみると、一枚の折り畳まれた紙があることに気づいた。

 かなり古いようで、茶色く変色したそれを開いてみると、どうやら楽譜であることに気づく。経年のせいかインクはところどころ掠れているが、書かれたメロディーを読むのに支障はない。

「昔の言葉……?」 

 歌詞はこれまで見たことのない字体で書かれている。いや、ウタは何故だかこの歌詞に見覚えがあるような気がしたのだが、結局思い当たることはなく首を傾げる。というかそもそも、こんな楽譜を上着のポケットにしまった覚えもないのだ。

ゴードンが何かの間違いで自分の上着に入れてしまったのかもしれない。楽譜もこの一枚だけで終わりでないようなので、後で聞いてみることにしよう。そう考えてウタは仕方なく楽譜をもう一度折り畳んで懐にしまうのだった。 

 ゴードンたちの食事は一日に二回、船内の広い部屋を食堂代わりにして海兵たちと共に取るとこになっている。ミオクル曰く、隊を十人程度のグループに分け、一つのグループが食事をとっている間は他のグループが業務に当たるシフト制にしているらしい。海軍の船といえども海賊に狙われる可能性がゼロでない以上妥当な措置といえるだろう。

「我が支部ではカレーが名物でして!

 厨房担当のカラミスキー君のつくるカレーは絶品なのです!」

「カレーか。エレジアにいた頃は滅多に食べたことがなかったな」

「ちなみに明日の献立は朝食がチキンカレー、夕食はグリーンカレー。

明後日の朝はカレーうどんに、夜は再びグリーンカレーとなっております」

「カレーばっかりか⁉」

「ご安心ください‼」

 驚愕の表情のゴードンににっこりと微笑んでミオクルが言う。

「その次の日の夜はカレイの煮付けです‼」

「何その遊び心⁉」

 なんてやり取りはあったものの、その日の夕食のスパイスカレーの味は絶品であった。舌鼓を打ちながら満足げに腹をさするゴードンに、ウタが話しかけてくる。

「ねえ、ゴードン。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「うん?どうしたんだい、ウタ?」  

 

「こ、これは……⁉」

 差し出された楽譜を見たゴードンの顔は、これまでにないほどの驚きを示していた。額にかいている汗は、カレーのスパイスだけのせいではなさそうである。

「ウタ、これをどこで⁉ まさかエレジアから持ち出してきたのか⁉」

「ち、違うよ⁉ 気づいたら上着のポケットに入ってたの‼」

 凄い勢いで迫ってくるゴードンの顔にたじろぎながらも、ウタは事の経緯を説明する。

「もしかしてゴードンの荷物が紛れ込んだのかと思ったんだけど……」

「…………‼‼」

 ゴードンがテーブルに置いてあったコップを手にとって中に入っていた水を一気に喉に流し込む。 それから大きく深呼吸をし、少し落ち着いたらしいゴードンが口を開いた。

「…… いや、私の荷物でもないんだ。すまない、驚かせてしまったね」

「違うの?」

「ああ、その楽譜はエレジアに代々受け継がれてきた……国宝のようなものなんだ」

 場所を移そう、と促すゴードンに連れられ、ウタたちは船内に用意された二人の部屋のうち、ゴードンの部屋に入る。

 ベッドにどかりと腰を下ろしたゴードンが、話の続きをする。

「その楽譜は、大昔のエレジアに住んでいた人物が完成させた歌の楽譜らしい。

 ……君と同じ〝ウタウタの実〟の能力者だったという人物が、だ」

「‼」

 ゴードンがウタの能力を知っているということは、エレジアで暮らし始めてからすぐに打ち明けられた。「エレジアの悲劇」が起こったあの日、シャンクスから不意に教えられたのだという。

 当時からウタは能力のコントロールがある程度できており、歌えば必ず周りの人間を眠らせる、なんてことはほとんど起こしていなかった。だが海軍の手を借りて移住をするということが決まった時、自分が能力者であることはバレないように行動しよう、とゴードンと固く約束を交わしたのを思い出す。

―〝悪魔の実〟の能力者というのは一般市民にはほとんどいないものなんだ。〝悪魔の実〟自体が珍しい品だからね。

 だから君が能力者だと知られれば、当時の事件についてあらぬ疑いを懸けられるかもしれない。海軍には能力者であることは隠し通そう……‼―

 そんな自分と同じ能力を持っていたという大昔の人間が書き記した楽譜が、自分の懐に入り込んでいた。話を聞いていてウタは何だか因縁めいたものを感じた。

「でも、エレジアの国宝なら尚更持ち出しても良かったんじゃないの?

王様だったなら大事にしてたんだろうし……」

「……そ、そうかも知れないね。だが、〝ウタウタ〟の能力者である君と、〝ウタウタ〟の能力者がつくった楽譜。これらが一緒にいれば何が起こるか分からない。

 ……何かの間違いで君が能力者であるとバレかねないからね。つい、焦ってしまったんだ」

 額に汗を浮かべたままゴードンが申し訳なさそうにウタへと笑いかける。

「そういう訳だから、その楽譜はエレジアに置いてきたつもりだったが……まぁ仕方ない。

 それは私が預かってもいいかね?」

「う、うん。ごめんね、ゴードン」

「いやいや私こそ! さあ、今日はもう部屋に戻った方がいい。夜の見張りは海軍に任せよう」

 ゴードンの部屋を出て、自分の部屋へと向かいながらウタは先ほどのゴードンの表情を思い出す。彼があの楽譜に対して見せた反応は、ただ驚いたというだけのものではなかった。もっと他の……恐怖すら感じていたかのような顔。

「何なんだろう……」

 廊下の壁に寄りかかって、ため息をつく。

 あの歌が何か悪いものなのか。いやそもそも歌に良いも悪いもあるのか。そんな考えで頭の中が溢れかえりそうになって、ウタはプルプルと頭を振る。

 分からないことはいくら考えたって分からない。今日は取り敢えず寝よう。楽譜もゴードンに預けたのだから、これで一件落着。

 眠る前に新しい歌の構想をキリのいいところまでまとめよう、などと考えながら、ウタは自分の部屋へと早足で向かうのだった。

 

 そして次の日の朝、部屋の扉をノックする音でウタは目を覚ました。

「ウタ、朝食の準備ができたそうだ。起きているかい?」

「ん、んぅ……」

 頭を上げると、目の前にはいろいろと書き散らした紙と机。どうやら昨晩は歌の構想を考えている途中で眠ってしまったようだ。手鏡で顔を見ると乾き切らないうちに触れたらしいインクで頬が黒くなっている。 

「うえぇマジか。ゴードンごめーん、先に食堂行ってて~」

「ああ、分かった。ゆっくりでいいよ」

 何が起こっているのか何となしに察したらしく、笑いを含んだゴードンの声が部屋から遠ざかっていく。

 ああ、よく考えたら顔を洗うための水は部屋の外まで貰いに行かないといけないんだった。迂闊な自分に呆れながらため息をつき、ウタが部屋の扉を開けて出ていく。

 そうしてウタが出ていった部屋のベッドの下には、一枚の紙が落ちていた。

 昨晩ゴードンに預けたはずの、あの楽譜が。

 





 海軍支部准将ミオクル

 通称“黄泉送りのミオクル”。支部准将なので本部では中佐相当…のハズだ。
 棒術に秀でており“南の海”ではそれなりに頑張っている方…のハズだ。

 プリンプリンも若いころは本部で鍛えられたりしてたんだろうか。

 本部から軍艦を運んできてくれた隊の皆さんは別の任務があるので別の軍艦で帰られました。そういうことにしておいてください。
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