ONE PIECE “IF” RED 【完結】   作:巨象先輩

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“IF RED”

 

 エレジアを出発してから5日ほどが経過した。ウタたちを乗せた船は予定通りの航行を維持し、遂に二度目の〝凪の帯〟越えを果たして〝東の海〟へと進入していた。

 道中では様々なことがあったのだが、ここでは割愛する。言えることがあるとすれば、あまりの新体験の連続でウタやゴードン、果てには海兵たちのほとんどが〝東の海〟に突入する頃にはエレジアを発った頃より少しやつれたことくらいだ。怪我をしたというわけではなく精神的に疲れが溜まっているという状態。十人単位だった班はさらに細かく分けられ、より多くの海兵たちが休息を取る時間を増やせるようミオクルも苦心していたのをゴードンは思い出していた。

「過酷すぎるよ、〝偉大なる航路〟……」

 目の下にうっすらと隈ができたウタがボソリと呟く。朧げだった子どもの頃の記憶が改めてアップデートされたのか、ウタの顔の暗さからは〝偉大なる航路〟に対するネガティブな感情が多分に感じ取れた。

「し、しかしいい経験になったんじゃないか? 新しい歌をつくるうえでも参考に……」

「参考?  ふふふふふ……」

 肩を震わせ笑ったかと思えば、ウタがゴードンの肩をがっしりと掴む。上げた彼女の顔を見れば目が涙で潤んでいた。

「連日の嵐でまともに外の景色も見られなかった! 部屋の中にカンヅメの日もあったし!

 聞こえるのは海兵の人たちが動き回ってる時の声や音だけ!曲想膨らませようがないじゃん‼ 〝海兵さんが頑張ってました〟ってだけの歌聞いてゴードンは感動する‼⁉」

「い、いいじゃないか海兵を称える歌……。

それに少ない情報からイメージを広げるのも曲づくりの醍醐味だろう?」

 完全に疲れのせいでテンションがおかしくなってしまっている。涙目で捲し立てるウタをなだめようとするが、ゴードンの言葉にウタが膝から崩れ落ちた。

「あたしは〝偉大なる航路〟の歌が書きたかったのぉぉぉ……」

 出発する前の緊張でガチガチに固まっていた頃の姿が嘘のようだ。彼女なりに今回の航海には色々と期待する部分があったのだろう。だが得られた結果は期待とはズレたもの。パンケーキを頼んだらプリンが出てきたような……いや果たしてこの例えが的確かゴードン自身も定かではなかったが、兎に角ウタにとっては満足いかなかったようだ。

 まあ今回は単に〝偉大なる航路〟を横切るというだけの船旅。ここで経験したことが全てではないのだ。いつか改めて旅をするときに歌をつくればいいさとゴードンがウタの頭を撫でながら諭すと、鼻をすすりながらも納得したのか、ウタは頷いた。

 とはいえ、これで今回の航海の最大の難所は越えたといえるだろう。あとは目的の島まで一直線に向かって良い筈である。

「では、私は一度通信室へ向かいます!」

 ミオクルが敬礼をして船内へと戻っていく。おそらく無事に〝東の海〟へと到着したことを上層部へ報告するためだろう。あとはこれから向かう島の港への連絡のためもあるだろうか。

 ほんの数日の間ではあったが、ようやくこの船旅にも終わりが見えてきたのだと実感すると、途端に気持ちが引き締まるような感覚をウタは覚えた。

 数年ぶりに見る〝東の海〟の景色。〝偉大なる航路〟や〝凪の帯〟のような特異な点もなく、ただただ穏やかな波と風。不思議と懐かしい気持ちになり、ウタは頬杖をつきながら遠くの水平線を眺めていた。

 そうやって海原を眺めながら、ふと何かの気まぐれでウタが耳元につけたヘッドホンを外すと、少し蒸していたヘッドホン内の空気が抜け、潮風の冷たさが心地よく感じられた。

「少し落ち着いたかい?」

 海兵からもらってきたのか、淹れたてのコーヒーが注がれたカップを二つ持ったゴードンが戻ってきた。カップを受け取りながら頷くウタに、ゴードンは笑いながら彼女と同じように流れゆく景色を見やる。 

「本当に穏やかな海だね」

「そう? 〝南の海〟と同じようなものだと思うけど」

 ウタの返答に苦笑を浮かべながらコーヒーを啜る。

 ようやくたどり着いたのだ。かつてウタが仲間たちと駆けた海に。

 そしてここは始まりの海になる。

 この海から〝歌姫ウタ〟の名を広めていき、彼女の歌声を世界に届ける。

 そうすれば、きっと――。

 ゴードンが何やら考えながらほほ笑んでいるのに気づいて、ウタが訝し気な顔を見せる。

「……どしたの、にやにやして」

「えっ、そっそんな顔してたかな……」

 慌てたように頬のあたりをさするゴードンの様子を見て、ウタがふっと笑みをこぼした。

 そんなやり取りをしていると突然船内へ続く扉が勢いよく開かれ、ミオクルがこちらへと駆け寄ってきた。

「ゴードン王、ウタさん。緊急事態です」 

「ど、どうしたんだね?」 

 ミオクルが苦々しげに表情を歪めながらことの経緯を話し始めた――。

 

 

「これは――」

 言葉が出なかった。

 自分たちを出迎えてくれるはずだった町はめちゃくちゃに荒らされていた。並んだ家々には火がつけられていたのか、消火された現在でもまだ煙が上がっているところがあり、大通りには破壊された家屋のものと思われる木片や、家具の類が散乱している。

「我々が〝東の海〟に入った頃には、すでに海賊どもはここから去っていたようで……」

 港にはすでに別の海軍の軍艦がやって来ており、怪我人の手当てや瓦礫の撤去などの作業に海兵たちが奔走している。海賊たちは町民たちから金品を巻き上げた後に逃走。その際に家屋に火を放っていったとの話だった。

「目的地はこの町でしたが、この状況ですとやはりお二人がお住まいになるにも時間が必要かと……」

 船に乗っている時にも確認としてその話は聞いた。だが、聞いた上でどうしても来たいと言ったのは他でもないゴードンたちだった。

 今行けば、何か間に合うのではないか。その〝何か〟が何なのかも分からず、そして間に合わないことは確実だったのにも関わらず、ゴードンたちはここへと来てしまった。

 荒れ果てた町を見てかつてのエレジアの光景が脳裏に蘇る。無意識に脈拍が速くなり、呼吸も浅く多くなる。汗の吹き出す額をハンカチで拭いながらゴードンがウタの方を見やると、彼女もまた町の光景を見て立ち尽くしていた。ゴードンと同じように、エレジアのことを思い出しているのか、目を見開き汗をかいていたその顔が次第に歪んでいき、苦しげな表情のまま俯いたウタの目が前髪に隠れる。

「……海賊……っ」

 ゴードンにとって、シャンクスという男と出会ったのは海賊と言う存在への印象を少なからず変えられる経験であった。子どもの頃シャンクスたちに育てられたウタにとっても、その影響は大きかったであろう。エレジアが滅んでもなお、彼女の中には家族であった頃の海賊団の姿が心のどこかにあったに違いない。

 だが、これが世界での〝海賊〟の姿だ。

 奪い、傷つけ、貶める。〝大海賊時代〟とはつまり、そういった者たちが蔓延り、多くの無辜の民が虐げられる世のことを指すのだ。

 自分達がこれから住もうとしていたはずの町でさえ、そんなものは関係ないと言わんばかりに標的にされる。ゴードンは改めて、この時代の過酷さと言うものを突きつけられたような気がしていた。

 

    †

 

 町長が町の教会へと避難しているとのことで、二人もミオクルに案内されてやってきた。

 町から少し離れた小高い丘の上にある教会は、運良く海賊による襲撃を免れたようで、民間人の避難場所として解放されていた。町から少し歩かなければいけなかったが、それが海賊たちの目を逸らしたのだとしたら、何が良い方向に転ぶか分からないものだ。 

 近くまで行くとシスターらしき女性に出迎えられ、教会の中へと入る。

 教会の中は普段置いてある長椅子を全て移動させ、床には毛布や厚手の布が敷かれている。その上に避難者が座っていたり寝ていたりといった様子だ。だが屋内のスペースだけでは足りず教会周りの屋外まで毛布による場所取りが行われていた。

 日中が暖かいとはいえ夜はそうもいかない。日の傾いてきた現在はすでに上着を着込んでいる者の姿も見られた。

 避難所の様子を見渡していると、シスターがどこからか老人を連れて戻ってきた。町長のようだ。

「申し訳ない。移住のお話を受けてからこちらでも準備を進めていたのですが、こんなことになってしまって……」

「いえ、我々のことはお気になさらないでください。まずは町の復興が第一でしょう」

「お心遣い痛み入ります。

 しかし、町の蓄えもほとんど奪われてしまった今、どうすれば良いのやら……」

 町長の言葉にミオクルが苦々しい表情になる。

 おそらくこの町が立ち直るまで復興に手を貸したいと思っているのだろうが、〝南の海〟が管轄の彼がいつまでもここに居座るわけにもいかないだろう。ならば〝東の海〟の支部の海軍に任せれば良いのでは、となるだろうが、それも簡単な話ではない。海兵たちの仕事は基本的に管轄の海域にある島々の巡視のほか、海賊の捜索・掃討である。重要なのが、「襲われた町の復興作業は海軍の仕事ではない」ということだ。そういった作業は基本当事者である町の者たち自身の手で行われる。無論義務ではないとはいえある程度の支援は行われるだろうが、それも町の復興が為されるまでずっと、というわけにもいかない。それにこの町がある島は最寄りの海軍支部からもそれなりに距離があるらしい。海兵たちがこの島にかかりきりになる、というのは現実的ではないだろう。

「申し訳ない、私たちにも何か手伝えれば良いのだが……」

「いえ、貴方がたに無茶をさせるわけにもいきませんからな。まぁ、なんとかやってみますよ」

 町長が横に首を振る。

 だが受けられる支援も最低限という状況で、この先彼らがどう元の生活を取り戻していくのか、ゴードンにはあまりにも遠い道のりに思えた。

 ふと、コートの裾を引っ張られる感覚を覚えて後ろへ振り向くと、ウタが片手に数枚の紙を持っていた。

「ゴードン、これ今から弾ける?」

「! 今からって、ウタ、これは……」

「船で書き上げたの。それに、ほら」

 彼女が指差した方を見ると、教会内にスペースをつくるためか外へと運び出された立派なピアノが置かれているのに気づいた。ゴードンが弾いて、ウタが歌うということなのだろうか。

 渡された楽譜を見ると、珍しくアップテンポで明るい曲調だ。これまでウタが書いてきた歌には少なかった特徴である。それにこの状況で歌いたいという彼女の意志にはきっと何か意味があるに違いない。

 改めてウタの目を見てゴードンが頷くと、町に来てから固かったウタの顔が、少し綻んだように見えた。

 町長とシスターに確認を取り二人がピアノの元へと進むと、途中教会の外で座り込んでいた子どもの一人が、ゴードンのもとへ駆け寄り声をかけてきた。

「こわい顔のおじちゃん、ピアノひくの?」

「怖い顔……ああいや、弾かせてもらうよ。そこのお姉ちゃんが歌もつけてくれる」

「ふぅん……」

 複数人から一気に視線を向けられたのに気づいたウタが、気まずそうな顔をして目を伏せる。

「おねえちゃん、歌うまいの?」

「え。ど、どうかな……」

「上手いとも。きっと聞けばみんなびっくりすると思うよ」

「…………」

 ハードル上げないでよ、と無言の抗議を投げられたような気がしたが、気に留めないでゴードンは笑う。

 町のひどい有様を見て一瞬頭から抜けていたが、そうだ。この旅はウタの歌が多くの人を幸せにすることができると証明するためのものでもあった。たとえ破壊され尽くした町が舞台であったとしても、そこを忘れるわけにはいかない。自分の為すべきことを、見失ってはいけない。ウタが歌いたいと言ったのならば。そんな彼女を全力で支えるのが、自分の仕事なのだ。

 子どもたちが口伝てに話しているのを聞いたのか、教会の中からも数名の町民が出てきた。死人は出ていないと聞いてはいたが、出てきた者の内の何名かは腕や頭といったところに包帯を巻いている。顔も煤や土で汚れ、疲れ切った表情だった。

 既に太陽は真っ赤に染まりながら水平線の向こうへと沈み始めている。丘の広場にいる者たちの影が色濃く地面に伸びる。そんな中でたった二人、教会の外へ無造作に置かれたピアノのそばに立っていた。

 避難してきた者たちが少しずつそれに気づいて意識を向け始めたのを見計らって、ゴードンが一礼して椅子に座り、鍵盤へと両手の指を置いた。跳ねるような音を空に響かせながら前奏が始まり、それに合わせウタが歌い始めた。

 

 歌うのはある船乗りたちの視点での冒険譚。

 彼らの乗った船は、風の吹かない静かな海を突き進む。けれどそこは怪物たちの蠢く恐ろしい場所。時折水底から顔を出す怪物に驚かされながらも、船乗りたちは突き進む。

 そうして彼らが突入したのは風が荒れ狂い、雨粒が顔を殴りつける嵐の海。黒い雲に覆われた空を走る稲妻に、船乗りたちの濡れた顔が照らされる。

 過酷な自然からの試練をくぐり抜け、船乗りたちは負けじと更に突き進む。

 そうして嵐を抜けた先、見えた青空のなんと鮮やかなことか。白い雲が流れてゆく様の、なんと自由なことか。

 困難を乗り越えた船乗りたちは世界の美しさを、そして己の命の逞しさを誇るのだ。

 

 演奏をしながらゴードンは、エレジアからここまでの道のりを思い出していた。おそらくこの歌も、ウタが同じようにこれまでの旅の思い出を振り返りながら書き上げたのだろう。船の上では何だかんだと言っていたが、あのほんの少しの旅路も彼女にとってよい経験となったようだ。

 ……願わくば、町の者たちがこの歌から海賊を想起してくれなければ良いのだが。

 だがゴードンの不安とは裏腹に、聴衆の反応は良好だった。先ほどゴードンに声をかけてきた子どもは、疲れや不安からかどこか虚ろだった瞳に光を宿して、自分の目の前に立つ歌い手を見ている。教会から出てきた者たちも、歌を聞いているうちに段々と穏やかな表情を取り戻していた。ミオクル筆頭に、教会まで同行していた海兵たちもうっとりとした面持ちで聞き入っていた。

(ウタ、やはり君の歌は……!)

 思えばこれがエレジアから出てきて人前で彼女が歌う初めての機会。かつての発表会の時と比べると、舞台と呼べるものもなければ観客の数も圧倒的に少ない。だが、いま歌っている少女の顔は、あの時と比べても遜色ないほどに晴れやかだ。

 歌い始めは緊張のせいか少し固い面持ちだったが、今この瞬間のウタは心の底から歌うことを楽しんでいるようだった。

 そうして、あっという間に曲の演奏が終わった。

 椅子から立ち上がったゴードンがウタと共に観客たちへと一礼。するとウタが町民たちに向かって話し始めた。

「いきなり歌い出したりしてしまって、驚かせちゃってたらごめんなさい。あたしたち、今日からここに引っ越して来る予定だったんだけど、町がこんなことになって、その、その……」

 ウタが自身の気持ちをどうにかして伝えようとするが、うまく話せない。

 身体にも心にも傷を負った者に、どんな言葉をかければよいのか。それはゴードンもエレジアで八年間ずっと考え続けてきたことだ。結局自分では答えを出すことができず、気を紛らわせることができればとウタには歌のレッスンをさせ続けた。そうやってゴードン自身も己の負った傷のことを考えないようにしていた節がある。結局のところ、心に負った傷というものは時間が経ったところで完璧に癒えるわけではないと思い知らされたのだ。

 言葉だけでは慰みにもならないだろうということを知っているからこそ、ウタも今どんなことを言えばいいのか考えている。そうこうしていると、ウタたちの前に寄り集まっている観客たちの中から声が上がった。

「ねえちゃん、すごかった‼」

「!」

 先ほど、ピアノへと向かうゴードンたちに最初に声をかけてきた子どもの声だった。少年の声に呼応するように、観客たちから拍手が飛び始める。

「歌、とても良かったよ!」

「素敵な声だったわぁ」

「怖い顔のおっさんも、いい演奏だったぜ‼」

 町の者たちだけでなく、そのまた後方で待機していたミオクルを含めた海兵たちからも拍手が起こっていた。

 歓声を受け、ウタがポカンと口を開いたまま固まる。そんな彼女の隣にゴードンが並び立った。

「音楽とは万人に平等なもの。

歌の出来栄えだけじゃない、歌い手の姿そのものが人の心を震わせることもある。」

「……見た目のこと?」

「歌うことへ込める気持ちの表れ、とでも言えば良いのかな……」

ウタには決して、町の者たちの心を徒に逆撫でようといった悪意はなかった。無論、そういう意図がなかったとしても反感を買う可能性はあったのだが、彼女の歌は、彼女の想いを正しく聴衆へと届けた。

 その想いとはすなわち、〝町の人たちの心を少しでも癒したい〟というもの。説明の言葉こそなかったが、楽譜を渡された時のウタの目からも、そんなことを考えての行動なのだろうとゴードンにも察することはできた。その行動の結果が、今彼らの目の前にある光景なのだ。

「ゴードン。あたし、幸せにできてるのかな、みんなのこと……」

「ああ。きみの声と、想いがみんなに届いている証拠だよ」

 いつの間に誰かが言い出したのか、観客の中からアンコールを求める声がいくつもあがり、それに便乗して一緒にアンコールを求める海兵がミオクルに小突かれた。

 皆が、笑顔だった。

「……‼」

 ウタが肩を震わせながら顔を伏せる。

 彼女の頬を光るものが伝って落ちたのには何も言わずに、わざとらしくゴードンが声をかける。

「さて、まだ曲のストックはあったかな」

「……うん、うんっ!」

 目元をゴシゴシと服の袖で拭ったウタが顔を上げ、手荷物を詰めたバッグの中を探り始める。

 ウタの初めてのライブは、この後日が暮れて辺りが真っ暗になってもしばらく続いたのだった。

 

    †

 

 避難所も満員の状態で、流石に護衛対象を屋内で雑魚寝させるわけにもいかなかったのか、ゴードンとウタは港に停泊させた軍艦に戻って眠ることになった。自分たちだけベッドで夜を過ごすなんて、とウタは拒否しようとしたのだが、町長や町の者たちからの説得も受け、渋々と承諾したようだった。

「ウタねえちゃん、また明日ー!」

「うん、また明日!」

 突発ライブの後、ウタは特に子どもたちから懐かれたようで、教会から離れる時には互いに手を振り合いながら来た道を戻っていったのだった。

 その夜、用を足しに便所へと向かおうと部屋を出たゴードンは、ウタの部屋の扉の隙間から光が漏れているのに気づいた。エレジアにいた頃も、そしてここに来るまでの船での生活でも夜遅くまで楽譜を書くなどして夜更かしをしていたが、どうやら今日も同じようだ。 

「ウタ、まだ起きているのかい?」 

 ノックすると、ガチャリと音を立てて扉が開き、中から寝間着姿のウタが出てくる。結んでいた髪を解き、ヘッドホンも外している。

「ゴードン。どうしたの?」

「いや、今日も遅くまで起きているのかと思ってね。疲れていないのかい?」

「うん、なんだかいつもより目が冴えちゃって。新しい歌を考えてたの」

 ウタが動かした視線の先には、書きかけの楽譜が何枚か机の上に置かれていた。そういえば町の子どもたちからも、また新しい歌を聞かせてほしいとせがまれている様子だったことを思い出す。

 流石に一晩では仕上げられないだろうが、と考えたが、今回教会でのライブで披露した一曲目だってかなりの短時間で仕上げたはずのものだ。案外明日にはまた新曲の伴奏をお願いされるかもしれないな、などと考えながら、ゴードンはふっと微笑んだ。

 と、ゴードンがふと見た方に、見覚えのあるものがあった。

「⁉」

 それはあの楽譜。

 エレジアを出た際にウタの荷物に紛れ込んでいた、古代の〝ウタウタの実〟の能力者がつくったとされる歌が記された遺物。

 思わずウタの部屋の中に飛び込んで、その楽譜を手に取る。

 ――間違いなくあの楽譜だ。

 最初にウタがこの楽譜の存在をゴードンに知らせた日に、彼はこの楽譜を預かっていた。〝ウタウタ〟の能力の産物である楽譜がきっかけで、何かの拍子にウタが〝悪魔の実〟の能力者であることが露見することを防ぐためだ。

 しかし、この楽譜は何度ウタから預かっても、いつの間にかウタの近くへと舞い戻っていたのだ。その度にゴードンは再び楽譜を預かり、そして次の日にはまたウタの手元に楽譜がある、なんてことをずっと繰り返していた。鞄の奥に仕舞っても。袋に入れて口をきつく縛っても。終いには海軍には内緒で部屋の壁にピン留めをしても。ゴードンもウタも気づかないうちに、楽譜はウタのもとへとやって来ていたのだ。ピンが刺さっていたはずの場所には穴も空いておらず、経年による紙の変色以外目立った傷みも残っていなかった。

「また来てたんだ、それ……」

 ああまたか、とウタは半ば呆れたように言う。

 ゴードンは顔をしかめながら楽譜に向かって呟いた。

「どうして……」

 いや、理由は推測できる。〝惹きつけられている〟のだ。

 ウタとこの楽譜には〝ウタウタ〟の能力という要素で縁がある。この楽譜は、その縁に導かれてウタに引き寄せられている、いや、連日の現象からみるに〝自分から近づいている〟。まるで生きているかのようにだ。

 そうまでしてウタと共にいようとするのは何故なのか。それを考えるとゴードンの額からは自分でも気づかぬうちに驚くほど大量の汗が噴き出てきた。

 すると、神妙な顔をしているゴードンの手からウタがひょいと楽譜を取り上げた。

「歌ってほしいの、あんた……?」

 ウタの問いかけに、楽譜は何も答えない。ウタ自身も、たかが楽譜にどうしてそんなことを聞いたのか、不思議と分からなかった。

 ただ、この楽譜からそんな気配を感じた。うまく説明できないが、彼女はそう感じた気がしたのだ。

 実際この楽譜に記された歌がどんなのものなのかはとても気になる。歌い手としての性(さが)だろうか。何度目かの楽譜の受け渡しの際に、ゴードンにもこの歌の内容を聞いてみたことがあったが、なにぶん古いもののためか国王であったゴードンさえも把握していない様子だった。だから、この歌が〝自分を見てほしい〟と、そんな風に自分へ訴えかけているんじゃないか、なんて考えてしまった。

「いけない、ウタ」

 再びウタの手から楽譜が取り上げられる。楽譜を持ったゴードンが、ウタの目を見ながらはっきりと言った。

「君の能力がバレるといけない」

「それは、そうなんだけど……」

 このやり取りも何度目だろう。楽譜を渡すときには必ず言われる。

 〝人前でこの歌を歌ってはいけない〟。これまでの数日間で、耳にタコができるほどに言われ慣れてしまった。

「ねえゴードン。こういうのはひどい言い方かもだけど、そんなに危ないなら捨てちゃえばいいんじゃないの、その楽譜?」

「……たしかに、そうするのが一番手っ取り早いだろうね」

 楽譜を折り畳み、懐に仕舞ったゴードンがため息をつきながら自重気味に笑みを浮かべる。

「けれど……こんな私でも音楽家の端くれだ。古代の遺物、曰く付きの品だからといって、楽譜を捨てるということには抵抗があるんだ。

 情けない話だが、この楽譜も残しつつ、きみと旅を続けたいと思ってしまっている」

 いつかゴードンから聞いたが、今自分たちが持っている楽譜は、全部で五枚ほどある内の一枚らしく、この一枚に記された詞を歌ったからといって何が起こるという確証はないらしい。

 故にゴードンは、この楽譜に恐れをみせつつ、それでも音楽を愛する者としてこの歌を残そうとしている。

 矛盾していないか、と言われてもおかしくないだろうが、ウタはゴードンのどんな歌にもリスペクトを忘れようとしないその姿勢を、音楽家として尊敬もしていた。

「そっか。うん、ゴードンがそう言うならあたしもそれでいいや。その代わり――」

 ウタが机の上に積まれたまっさらな紙の束から何枚かを取る。

「いつか、その歌の続き、あたしが書くよ」

「え……?」

「だって、その一枚の部分だけじゃ全然歌として成立しないでしょ?

だからあたしが続きを書くの」

 ゴードンが再び懐から楽譜を取り出す。楽譜に記されているのは曲のほんの触りの部分。歌詞もまともに歌われ始める寸前といったところで途切れてしまっている。

「ゴードン、あたしここで歌ってひさしぶりに思い出したの。

どんな歌も、人を幸せにすることができるんだって」

「ウタ……」

「だから、その歌が元々どんな歌だったのかは分からないけど……きっといまの時代に、ううん、あたしのつくる〝新時代〟に相応しい歌にしてみせる」

 トンと拳で自分の胸を叩くウタの姿にしばらく呆然としていたゴードンだったが、次第に腹の底から湧き出てくる笑いを抑えきれずに声を上げた。

「フフフ…ハッハハハ‼ そうか、〝新時代〟。

なら、私も一層気合を入れて手伝わないとだね」

「あたしも、ゴードンの夢のためにもっと頑張らなきゃね!」

 ウタとゴードンは、互いの顔を見合って笑い合ったのだった。

 その後、ゴードンが部屋を出て行き足音が聞こえなくなったのを確認して、ウタは扉に背を預ける。

「そう、〝新時代〟。みんなが自由になれる…….」

 けれど〝自由〟って何だろう?

 みんなは何から〝自由〟になれば良いんだろう?

 お腹が空くこと?

 怪我をして痛い思いをすること?

 ――死んでしまうこと?

―明日からのご飯、どうなるんだろ…―

―雨ふらないといいなあ。外は屋根ないから…―

―お父さん、海賊にきられてひどいけがなの。死んじゃったりしないよね…―

 ライブの後に子どもたちから聞いた話を思い出す。

 自分が歌って、町の者たちの心は幾分か癒されたのかもしれない。けれど、根本的な問題が解決したわけじゃない。明日からも町の者の多くは家に帰れず教会で過ごすだろうし、食糧の備蓄もほとんどないのでロクな食事もできない。怪我をした者は傷の痛みで眠れないこともあるだろう。これからも、この町の人たちが苦しいままなのは、変わりないのだ。

 幸せにはできたのだと、そう信じたい。だが、それも一瞬のこと。

 たとえ明日から毎日ウタが歌っても、彼らの心が安らぐのはその瞬間だけのことだ。

 どうすれば、いいんだろう。

 ……いや、彼らが苦しむことになった原因は分かりきっている。

「……海賊……」

 そう、海賊。ひいてはこの〝大海賊時代〟という、世界の在り方そのものが原因だ。

 なら、世界中のみんなを幸せにするためには、いずれ自分もこの世界と真っ向からぶつからなければならない。

 だから、そのためにも――。

「いい加減、忘れ、ないとね……」

 いつかの記憶がフラッシュバックする。

 自分よりも大きくて、かっこいい海の男たちに囲まれ、たくさん冒険した幼い頃の日々。

 まだ、信じたかったけれど。

 また、会いたかったけれど。

 己の夢のためには、この過去は断ち切らないといけない。

 だって、海賊のせいで苦しんでる人たちを、海賊が好きな奴が救うだなんて、ちゃんちゃらおかしいでしょう?

 時代を、世界を変えるなら、それに相応しい姿に自分自身も変わらなければ。

 あたしはウタ。海賊が嫌いなウタ。海賊は誰であろうと、あたしの敵だ。

「…………っ‼」

 胸に痛みが走ったような感覚を覚えて、ウタは床へ座り込んだのだった。

 

    †

 

「本当によろしいんですか……!?」

 次の日、ゴードンがミオクルに話したのは、やはり自分たちはこの町で船を降りるということだった。

「町の人たちの話によれば、この島に定期的に訪れる商船が明日には来るらしい。

明日までこの島で滞在させてもらって、その商船に便乗して別の島へ行こうと思う」

 君たちにも元の管轄での仕事もあるだろう、と言うゴードンに、ミオクルが何とも言えない表情になる。

「それはっ……そうなんですが…‼」

 そんな二人のやり取りを、少し離れた場所から眺めるウタ。彼女の足元には、すでに船から降ろした自分たちの荷物が置かれている。

 昨晩ゴードンが部屋に来た時に、今後のことについて相談されたのだが、ウタもゴードンの意見に賛同した。自分たちに何ができるというわけでもないが、このままこの島を離れるということに、納得することができなかったからだ。

 ゴードンたちの様子を眺めるウタのもとに、子どもたちがやってくる。

 大人たちは早速町の復興のため、壊された家屋の修理や散乱した瓦礫の撤去などに着手している。

 しかし海賊の襲撃に遭った際に負傷者も少なからず出ているため、力のある男手が特に足りていない様子だ。

「ウタねえちゃん、ゴードンのおっちゃん、なに話してるんだ?」

「ん? んー、明日商船が来るまで、あたしたちもこの町にいることにしたって言ってるんだ」

「え、ほんと⁉ まだウタねえちゃんたちいるの⁉」

 子どもたちが目を輝かせる。

 小さなファンたちに囲まれて、ウタも存外満更でもない気分になる。

「じゃあ、海軍の人たちは帰っちゃうの?」

「うーん、多分そうかも……」

「……海賊からまもってもくれなかったのに、町をなおすのも手伝わないで帰っちゃうのかよ……」

「……」

 何も言えなくなる。

 ミオクルたちだって悪気があってこの町を手伝わないのではない。彼らの任務は、ウタたちを移住先まで護衛することだ。その護衛対象である自分たちが、ここまででいいと言ったのなら、ミオクルたちは自分たちの元の管轄である〝南の海〟へと戻るのが道理だ。

 無論、ここで自分たちが何かしら屁理屈をこねれば、海軍の面々をしばらくここに釘付けにしてあわよくば町の復興作業の手伝いをさせることもできるかもしれない。でも彼らには彼らなりに、これからもやらなければならないことが沢山あるのだ。邪魔をするわけにはいかない。

「~~~~っ……!」

 しばらくの間唸りながら考え込んでいたミオクルが、とうとう観念したかのように大きく息を吐いた。

「………分かりましたゴードン王。

我々のあなた方の護衛任務は、この島までということに変更はありません」

「無理を言ってしまって、すまなかったね」

「いえ、お気になさらず!」

 ビシリと敬礼をするミオクルの姿を見て、そういえばとゴードンが話を切り出す。

「もう任務もこれで終わりだろう?

私も今から一般市民なのだから、王だなんて呼んでくれなくていいよ」

「ん? ゴードン王、何を仰っているのですか?」

「え?」

 わざとらしくすっとぼけるミオクルに、どういうことか問いただそうとしたその時、軍艦からバタバタと海兵たちが降りてくる。数からして軍艦に乗り合わせた海兵が全員降りてきているようだ。そうして降りてきた海兵たちがズラリと背後に整列すると、先頭に立ったミオクルが声を張り上げた。

「我々の任務は! お二人を安全に目的地までお見送り、否! お送りすること!

 しかし! この町の有様はどうでしょう⁉」

 ミオクルが荒れた町の方を手を広げながら示す。

「そ、それは」

「そう‼ 決して良い状況とは言えないものです!

 そんな場所に、護衛対象であるお二人を置いていくというのは、〝安全にお送りする〟という任務内容に反しないかと考えた結果‼」

 ミオクルの声が空にエコーがかかったかのように響く。彼の声の迫力に、その場にいた全員が息を呑んで続きが話されるのを待つ。

「……結果! ……〝そりゃないだろう〟という話になりましてぇ……」

 一気に勢いを無くしたミオクルの喋り方に、その場にいた全員がガクリと崩れ落ちる。

「最後まで頑張ってくださいよそこは‼」

「准将カッコ悪いです‼」

「いやなにぶんワタクシの独断も含めた結論でしたので……誰だ今カッコ悪いとか言った者は‼」

 ゴホンと咳払いを一つ。気を取り直したミオクルが再び話す。

「つまり! お二人が安心して明日まで暮らせるよう!

せめて町の状態を整えなければならないはずだ、と考えたわけであります!」

「!」

「町長殿にはすでに話を通してまして、後はお二人に説明するだけだったのですが、先にゴードン王から話を切り出されてしまいました‼」

 ミオクルが頭を掻きながら笑うと、彼の後ろに並んでいた海兵たちが、続々と町の方へと進んでいった。

「い、良いのか? 支部にいる部下たちや本部への報告は……」

「支部のことでしたらご心配なく!

 部下たちもヤワな鍛え方はしておりませんから、そこらの海賊に負けるようなことはありません! 本部への報告も……まあなんとかしてみせます!」

 ゴードンたちは明日商船に乗ってここを出発する予定なので、遅くとも同じころには海軍も発つ必要があるが、とミオクルは付け加える。

「……すっげえ」

 子どもたちの内の一人が呟く。

 今ミオクルが言っていること、海軍がとっている行動は決して容易にできることではない。それこそ屁理屈のようなものだ。けれど、そんな無茶を押し通して誰かを助けようとするその姿に、ウタもまた驚きと、そして嬉しさを隠せなかった。

「あたしも、何か手伝わなきゃね!」

「あっ、ウタ姉ちゃんまってくれよ~!」

「わたしも行く~!!」

 海軍の面々も加わり、町での作業は一気にスピードを上げていく。空には作業に勤しむ者たちの活気ある声が声が響き渡っていた。

 

    †

 

 海兵たちと町の者たちとの連携がとれたため町の復興作業は順調に行われ、日が暮れる頃には瓦礫の撤去が完了したほか、多くの家屋が修理され住居としての機能を取り戻した。まだ元通りの状態が戻ってきたわけではないが、これで教会の中に入りきれなかった者たちも夜に屋外で眠る必要はなくなるはずだ。

 町長がミオクルと固く握手を交わす。

「准将殿。本当に、本当にありがとう!」

「いえ、これくらいしか手をお貸しできず、市民の安全を守る者として不甲斐ない限りです‼」

「そんなことねえさ! おれたちだけじゃここまで直すのにも随分時間がかかったはずだ!」

「これで教会の外に出ていた人たちにも、屋根のあるところで眠ってもらえます!」

町の者たちからも次々と感謝の声があがり、海兵たちは互いに嬉しそうに顔を見合わせていた。

「皆さん……」

「海兵のおっさん!」

「!」

 ミオクルが声のした方、自分の足元を見るとそこには子どもたちがいた。先頭に立っているのは、ウタに海軍への愚痴をこぼしていた少年だ。

「おれ、海軍なんておれたちのこと全然たすけてくれない、イヤなやつらかと思ってたけど、おっさんはいいやつだなって思った! 手伝ってくれてうれしかった!」

「!」

 ポジティブもネガティブもすべてひっくるめた、あまりに正直な言葉。こんな風にストレートにものを言うことができるのは幼いが故なのか、それともあの少年の生来の気質なのか。そんな彼の姿を後ろから見ていたウタは、不思議と懐かしい気持ちになった。 

「……」

 ミオクルが屈み、少年と目線を合わせる。

「私たちの仕事は、君たち市民の安全を守ること。

それができなかったんだから、嫌われても仕方ない。

けれど、ありがとう。そう言ってもらえて、私もとても嬉しい」

 そして立ち上がったミオクルは、ゴードンの前へと進んでいき、そこで敬礼する。

「ではゴードン殿。これにて、本当に任務完了とさせていただきます!」

「ああ、ありがとう」

 差し出されたゴードンの手を、ミオクルがガッチリと固く握った。

 そうしてあっという間に出港の準備を終えた軍艦は、〝南の海〟へと戻るため出発していった。船の影が日の沈む水平線の向こうへと消えていくまで、港では子どもたちがずっとそれを見送っていたのだった。

 そして次の日。町の者の話の通り、商船が港へとやってきた。どこかで話を聞きつけたのか、荒らされた町のために家屋の修理に使う材木や食糧などを多く積み込んできたらしい。

「町長とうちのオーナーが昔馴染みらしくてね」

 ゴードンと船への便乗について交渉していた船の責任者らしき男が笑う。これで町の復興ついてもある程度安心できそうだ。責任者である船長は、ゴードンたちが船に乗ることも快諾してくれた。

「二人っきりで島から島への興行だなんて珍しいな、何ができるんだい?」

「私はピアノの演奏、この子は歌が得意でね」

「ほぉーそりゃいい! 道中いろいろ聞かせてくれよな!」

 カラカラと快活に笑う船長。ミオクルとはまた違った明るさに少したじろいだが、ウタはにっこりと笑って頷いた。

 荷物の積み下ろしが終わり、商船も出発する時間になる。と、船に乗ったウタが港を見ると、町の者たちがこちらに向かって大きく手を振っていた。

「またおいでよー! 次来た時にはもっと綺麗な町並みになってるからねー!」

「元気でなぁ~‼」

 たった数日の付き合いなのに、こんなに温かく送り出してくれるとは。なんだか申し訳ないような、気恥ずかしいような気持ちになりながら船の上から小さく手を振り返していた。

 すると、大人たちの列をかき分けて、子どもたちも前に出てきた。

「ウタねえちゃ~ん‼ つぎ来た時! 新曲聞かせてくれよー‼」

「有名になったら、この町もライブ会場にえらんでねー‼」

「……‼」

 この町の人たちが、あたしの最初のファン。

 改めてそう考えるとなんだかとても嬉しくて、目頭が熱くなる。涙が出そうになるのを堪えながら、ウタは思いきり手を振って力の限り叫んだ。

「ぜったい……絶対! また来るね‼‼

 それまでみんな…っ! 元気でねー‼」

 水平線の彼方へと、町の影が見えなくなるまで手を振る。ずっと腕を振っていたせいで、落ち着いた時には息が乱れてしまっていた。

 けれど、不思議と疲れは感じない。この胸の高鳴りは、決して激しく動いたせいではない。

「ウタ、大丈夫かい?」

「うんっ……大丈夫」

 大きく息を吸うと、潮の香りを含んだ冷たい空気が肺に流れ込んできた。

(待ってて世界みんな。きっとあたしがつくってみせる……〝新時代〟を!)

 亡国の元国王と大海賊の娘。いまでは旅の音楽家。二人を乗せた船は次なる目的地へと進んでいく。

 そこから数年の時を経て、〝新時代〟を目指す歌姫の旅路は、同じく〝海賊王(しんじだい)〟を目指す男と交わることになる。そしてこの出会いが、己の運命を大きく変えることになるのを――まだ彼女は知らない。

 





 次回から時間軸が戻ります。過去編終わり!
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