ONE PIECE “IF” RED 【完結】   作:巨象先輩

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“ねえ”

 

 ゴードンが話を終えたのち、ゴーイング・メリー号の甲板ではしばらくの間重い沈黙が続いた。

 永遠に続くかと思われたその静寂を破ったのは、ウソップだった。

「ま、待ってくれよ……‼」

 ゴードンが見ると、立ち上がったウソップの顔は真っ青になっている。

「お、おれの親父がそんな……虐殺なんてマネに手を貸すもんか‼」

「お、親父ィ?」

 異常な取り乱し方をするウソップに訝し気な反応をするジョニー。するとゴードンが、ハッと気が付いたように呟いた。

「まさか、君はヤソップの……⁉」

「‼ じ、じゃあやっぱり親父も来てたのか、そのエレジアって国に……」

 力が抜けたようにへたりと座り込んだウソップに、ナミが問いかけた。

「海賊だとは聞いてたけど、まさかアンタの父親って〝赤髪海賊団〟の船員なの⁉」

「おれも、ルフィから聞いただけだったんだ……」

 ウソップが父ヤソップのことをルフィから聞いたのは、自身の故郷であるシロップ村だった。

 射撃の名人だった父は、ある日息子である自分と母親を置いて、海賊として海へ出ていった。村の者の多くは父のことを悪く言ったが、彼は父のことを〝勇敢なる海の戦士〟として憧れの対象にしながら育ってきたのだ。ながく噂さえも耳にしていなかった父が、かの大海賊〝赤髪〟の仲間として生きていることを知った時は、それはもう興奮したものだった。

 今こうやってルフィたちの仲間として旅をしている間も、いつか父のような海の戦士になるのだと、そう心に決めていたのである。

「ウソップ……」

「いきなり叫んで悪かったよ。けどやっぱり……」

 信じられないよ、と。最後まで言い切らずとも、彼の言いたいことはその場の誰もが分かった。

 実の父親が何の罪もない人々を殺しただなんて、一度聞いて信じろという方が難しいだろう。

「すまない……」

「謝ることないわよ。ゴードンさんたちは被害者なんだし」

「…………」

 謝るゴードンを制するナミが横目に見るが、ウソップは顔を俯けたまま黙っている。

「だが、これでウタが海賊をきらってる理由はわかったわけだ」

「そうね。やっぱり早いとこお暇した方がいいと思うわ」

 ゾロの言葉に頷きながら、ナミはヨサクとジョニーの方へ向き直った。元々自分たちの目的はコックなのだ。その情報を握っているというヨサク達に話を聞いて、さっさとこの村を離れた方がいらぬ諍いを起こす危険もなくなる。

 ただ、ナミの脳裏では昨晩のウタの様子がフラッシュバックしていた。

―あんた達が海賊である以上、あたしは仲良くするつもりはない―

 背中を向けられていたので、表情は見えなかったが、あの時のウタの声色からは、怒りとはまた別の感情が感じられた。あの感じは何だったのか、もうすぐこの島からも離れるのだから確かめようもないのだが、どうしてもナミはあの歌姫のことが気がかりに思えてしまうのだった。

「ま、待ってほしい‼ 実は、謝罪とは別できみたちに頼みたいことがあるんだ……‼」

「頼みたいこと?」

 今にも出航の準備を呼びかけそうなナミに待ったをかけたゴードンの言葉に、それまでずっと黙っていたウソップも含めた場の全員がゴードンに注目したのだった。

 

    †

 

「ルフィ……」

 酒場の入り口に現れた麦わら帽子の青年の顔を見て、ウタが表情を険しくする。

「ウタ」

「……何しに来たの。仲間の人たちから聞かなかった? あたしは……」

「の、のどかわいだ……‼ そのジュース、飲まねえならぐれ……‼」

「はい??」

 犬のように舌をだらりと伸ばし、ぜえぜえと荒く息をしながら懇願するルフィに呆気にとられるウタ。そんな彼女の後ろで、酒場の主人がぷっと吹き出す声が聞こえた。

 

    †

 

「ああーっ生き返った‼ ありがとな、おばちゃん‼」

 大ジョッキに注がれたドリンクを一息に飲み干したルフィは大きく息をつくと、キョウコへ満面の笑みを浮かべながら礼を言う。礼を言われた方が嬉しそうに青年の持つジョッキにお代わりを注ぐと、相手は歓声を上げて再び飲み物を喉へと流し込んだ。ウタはその様子をカウンター席の端の方からじっと睨みつけながら言った。

「で? わざわざジュース飲むためだけに来たの? お昼どきの酒場にさ」

「んぐ……いや、昨日は途中でジャマが入ってちゃんと話せなかったからよ」

 ゴキュリと大きく喉を鳴らして最後の一口を飲み切ったルフィが、口元を手で拭いながらウタの方へ振り返った。

 聞けば、もう一度ウタに会おうと仲間に教えてもらった通り、船を停泊させた場所から〝北〟へまっすぐ走っていたら、まったくの見当違いの場所に出てしまったらしく、そこから島の方々を走り回っていたところ、ようやく村が見えたという話だった。

「ウソップのやつ、北がどっちかも教えてくれりゃよかったのになあ」

「あんたが方向オンチなだけでしょ」

 呆れたといった様子でため息をつくウタ。そうして一息ついてから、ギロリと眼光を鋭くしてルフィに言い放つ。

「昨日はあんたが寝ちゃってたから、仲間の人に伝言を頼んだんだよ。

〝海賊と仲良くする気はない〟ってね」

「……」

 ウタの言葉を聞いたルフィは、笑ったりでも怒ったりでもない、何を考えているのかよく分からない顔でウタを見据える。

「ヨサク達から聞いてない?

あたしは〝海賊嫌いのウタ〟。そんなあたしが、海賊船の音楽家に? 笑わせないで」

 するとルフィは表情一つ変えずにウタに言った。

「でもお前、シャンクスたちの船で音楽家やってたじゃねえか」

 瞬間、ウタが両手でテーブルを叩き、大きな音を店内に響かせながら立ち上がる。

「それは‼ ……もう、昔の話だよ。あたしはシャンクスたちの仲間でも何でもない!」

「いいや。おれの中じゃお前はまだシャンクスたちの仲間だ」

「……!」

 ギリ、と。そんな音が聞こえそうなくらいに歯軋りをしたウタは、一呼吸おいてルフィへと向き直ると、静かに言った。

「……あたしね、嬉しかったよ。もう会えないって思ってたルフィにまた会えて。

それで、仲間にも誘ってもらえて……」

 キョウコは洗い終わった食器を拭きながら、二人の様子を黙って見守る。

「けど、よりにもよって、海賊……‼

しかも、シャンクスの……あいつの帽子なんか持っちゃってさ……‼」

「…………」

 言葉を紡ぎながら少しずつ顔を俯けていくウタを、ルフィはただ黙って見つめる。

「ねえ、ルフィ」

「なんだ」

 背中を丸めながらルフィの方へ視線を戻したウタの顔は、先ほどまでの怒りを前面に出したそれとは違っていた。

「今ならまだ、間に合うからさ……海賊、やめなよ」

 まるで、もう行かないで、と。

 そう懇願するかのような弱々しささえ感じるものだった。

 

    †

 

「ひいいいい‼‼ お助け! オタスケー‼」

「情けねえ声出すんじゃねえよ!」

 ガタガタと震えながらゾロの背中に隠れるウソップと、そんな彼に二本の刀を構えながら叱咤の声を飛ばすゾロ。

「けどゾロの兄貴ィ‼ これは紙一重どころじゃないヤバさですぜ⁉」

 ヨサクとジョニーもまた、大振りの刀を構えながら、その背にナミとゴードンを庇っている。

 臨戦態勢をとる面々がいるメリー号の甲板には、大勢の屈強な男たちが乗り込んできていた。多くがカットラスを構え、ピストルで武装しているものも数名見える。

 そしてそんな荒くれ者どもの先頭に立つ、一番大柄な男がゾロたちに向け言い放った。

「降伏せえお前らぁ! この船はワシら〝クラゲ海賊団〟が占領した‼」

 聞き覚えのある海賊団の名前に、ナミがヨサクの背に隠れながら呟く。

「〝クラゲ海賊団〟……! 昨日のやつらの仲間⁉

 けどどうやって乗り込んできたの、船が近づいてくる様子もなかったのに……‼」

 するとゴードンが思い出したように呟いた。

「聞いたことがある、〝クラゲ海賊団〟は奇襲の名人。

 襲われる側はコトが起こるまで気づけないと――」

「よーし分かった! なんでもいいから早くこいつらを追い出してくれたまえゾロ君」

「お前も働け」

 落ち着いたのかと思ったら完全に丸投げしてくるウソップを華麗にスルーするゾロ。

 そんな彼らの様子をあざ笑いながら、降伏勧告を行った大男がゴードンをびしりと指差した。

「おうお前! エボシさんから聞いたでぇ。例の歌姫の保護者らしいやんけ!」

「‼」

「何度も何度もウチのもんが小娘一人に追い返されて、しかも小舟でグースカ寝とる状態で海に流されてるときた! 船長もええ加減イラついとってなあ……」

 大男は隈のような模様のついた目元を歪めながら舌なめずりをし、続けて言った。

「そんなところに飛び込んできたのがあの女が〝赤髪〟の娘やっちゅう話や!

 腹立つだけやった小娘が金の成る木やったなんてなあ‼」

 どうやら彼らは自分をウタを捕らえるための人質にでもするつもりらしい。想定していたことではあるが、秘密が明るみになった瞬間にこんなことになるとは――。

「ぐぅ……」

「なるほど。完全に私たちは巻き込まれた形ね」

「いや、ウタの秘密はルフィからバラしちまったんだから、責任があるのはウチじゃねえか?」

「よーしルフィを呼ぼう! 責任はアイツにある」

「兄貴たち焦ってないんですかい⁉」

 大勢の敵に囲まれてもさほど動揺していないらしい敵の船員たちに大男が舌打ちを一つして、背後にいる仲間に号令をかけた。

「おう! そこの老いぼれ一人おれば十分や!

 最悪全員どうにかなっても構へん、骨抜きの干物にしたれや‼‼」

 それに応えて雄たけびをあげながら十人は下らない海賊たちが殺到する。

 迎え撃つは三人の剣士と、パチンコで武装した狙撃手。そして懐から取り出した三節棍を組み上げた航海士。

 剣士の一人であるロロノア・ゾロは、黒いバンダナを頭に巻くと、不敵な笑みを浮かべて腰に提げた三本目の刀を、すらりと鞘から抜いた――。

 

    †

 

「わりい、ウタ」

「!」

 ルフィの返答に勢いよく顔を上げるウタ。

 弱気な表情の彼女に、ルフィは静かに言い放った。

「おれは、もう決めてんだ。おれの夢を」

「ゆ、め……」

 少しは逡巡してくれるかも、とわずかにでも期待していたウタにとって、ルフィに拒否されたことは想像以上に衝撃であった。目の前に立っている相手の姿が真っ黒なシルエットになったように見え、それがぐにゃりと歪んでいく。

 (それ)って、海賊じゃないと叶えられないもの?

 キミも、何の罪もない人から幸せを奪っていくの?

 そんな言葉が出そうになった瞬間、ウタの脳裏に夢で何度も見た光景の数々が火花のように瞬く。

 瓦礫の山。地面に並ぶ死体袋。そして自分を置いて去っていく者たちの背中――。

 ルフィもあんな光景をつくる存在になるのかと考えると、怒りを通り越して吐き気すら感じる。

 止めなきゃ。止めなきゃ。

 ウタの視界に映っているのは既に真っ黒に塗りつぶされたシルエット。かろうじて麦わら帽子のつばのおかげで判別がつけられる。その相手を、どうにかして止めなくちゃいけない。頭の中が焦りの感情でいっぱいになる。早鐘を打つ心臓の鼓動が耳にまで響くのを感じながら、ウタが己の人差し指をピンと立て標的に向けようとしたその瞬間だった。

「ウタの夢はあれだろ、〝世界一の歌姫〟!」

「!」

 ルフィが能天気な声で話し始めたのを聞いて、ウタの意識が引き戻された。

「世界一っつったらやっぱあれだ、〝偉大なる航路〟にも行かねえとなあ」

「〝偉大なる……航路〟……」

 まだぼんやりとしている頭でルフィの言ったことを確かめるように呟くウタに、ルフィは少し間をおいてから再び語りかける。

「おれは……お前とシャンクスたちに何があったかは知らねえ。聞く気もねえ」

「! …………」

 突き放すようにも聞こえる相手の言葉を聞いて、ウタが一瞬肩を揺らす。

 だが、それ以上ウタからの反応はないのをみて、ルフィは続ける。

「ウタは昔っから、おれの知らねえシャンクスの顔たっくさん知ってるって言ってたもんな」

「………」

 顔を俯けたままのウタからの反応はない。ルフィは続ける。

「だから、今のお前の中でシャンクスがどんな顔してんのかはよく分かんねえけどさ」

「……」

 ウタからの反応はない。ルフィが麦わら帽子を手に取り、それを見ながら続ける。

「あの人はおれの憧れの船長だ。そこは、絶対かわらねえ」

「……!」

 帽子を見るルフィの顔を見て、ウタの意識は完全に元に戻った。

 ああ、本当に憧れてるんだなあ。ウタはルフィの顔を見続けることができずに顔を背けた。

 ……だけど。

 わかりきっていた答えだ。

 昔からこいつは、なぜかそういうところは頑固で。なぜかそういうところが、不思議と羨ましかった。

 あたしの方が年上なのに。勝負にはいつも勝っていたのに。こいつに本当に勝てた気でいられたことなんて、一度もなかった。

―出た!負け惜しみぃ~!―

 負け惜しみを言う側だったのは、どっちなんだか。

 ……シャンクスのことなんてどうでもいいはずなのに、ルフィが彼にどれほど憧れているのかを見せつけられると無性に心がかき乱される。シャンクスはもう自分にとっては憎むべき〝海賊〟。自分がそんなやつに憧れるわけがないし、他のやつがそうなったからって気にするはずがないのに。

「あたし……」

 ルフィのことを否定できる気が起きない。その資格が自分にはないと本能でわかる。

「あたし、あた、しの方が……」

 その先は言えない。言っちゃいけないのに。悔しさのような、情けなさのような。そんな感情で震えるウタの口から言葉が漏れ出てくる。すると――

「だから、勝負だ。ウタ」

 突然、彼がそう言った。

「え……」

 何を言われたのか一瞬わからず顔を上げてみると、大きな、成長した男の子の手が、目の前に差し出されていた。

 手の主は、何が何やら分かっていない様子の相手の潤んだ目を見ながら、ニカッと笑顔をつくりながら言う。

「勝負しよう!」

「は、あ……はあ⁉」

 ウタの髪の輪が跳ね上がる。

 にしし、といたずらっぽく笑うルフィに、もたつきながらウタが詰め寄った。

「い、いきなり何なの……⁉ し、勝負って……」

「おう! ウタはシャンクスのことがキライで、おれはシャンクスを越えなきゃならねえ‼

 だから〝どっちが先にシャンクスに「参った」って言わせられるか〟って勝負をしようかと思ってよ」

「は、はあぁぁ~……⁉」

 先ほどの会話で聞き逃した部分でもあっただろうか。気持ちが揺らいでいたのはあるが耳の良さには自信があるのに、とあたふたするウタをルフィは不思議そうに眺めている。

「なんかヘンなこと言ったかおれ?」

「ヘンなこと言った自覚ないのアンタ⁉」

「? ない‼」

「……‼‼」

 そういえば、こいつは昔っからバカ(こう)だった。直情的というかなんというか。とにかく思ったことをズバズバと言ってのけてこちらの感情を逆なでしてくる。

 そもそも何なんだ、シャンクスに参ったと言わせるとは。

「ル、ルフィ、アンタもしかしてシャンクスに会いに行くつもりなの?」

 おずおずと聞いてくるウタに、何言ってんだと疑問に思っているような子をするルフィ。

 あんたのせいでこっちが「?」だらけになってるんだよ、とウタが頭を抱えていると、ルフィが先の問いに答えた。

「おう、言ったろ? 帽子は預かってるんだって。だから返しに行かねえと。それに……」

 そう言って麦わら帽子を再び自分の頭にかぶせたルフィがウタの方に顔を向けて続けた。

「勝負すんなら、スタートはいっしょじゃねえとな」

「! スタート……?」

「別に、海賊の仲間がイヤだってんなら、仲間じゃなくてもいいんだ」

そうウタに言うルフィの顔は、これまでになく真剣な表情だった。

「本当は仲間になってほしいけど、ウタがイヤだってんなら、おれはあきらめる。

 けど、勝負すんなら船には乗ってほしいんだよ」

 ますます訳がわからなくなったウタは、いやいやと手を振りながらルフィに言う。

「な、なんかおかしくない? 仲間にならなくていいけど勝負しよう?

 けど勝負するなら船には乗れって、それ結局海賊への勧誘じゃん⁉」

「いやいや……」

 ウタの疑問に、ルフィは何言ってんだよぉ、とご近所のおば様のような身振りと共に言う。

「海賊は〝なる〟って決めた時になるんだから、一緒の船でも〝ならねえ〟って思うんなら海賊じゃねえよ~」

「…………‼‼」

 ウタは確信する。今でもバカだこいつ‼

 海賊への勧誘を子どものごっこ遊びみたいに考えてるんじゃなかろうか。先ほどまであった嫌悪の感情が一気に消え去り、途端にルフィに対する心配が膨れ上がってきた。

「あんた、他のみんなもそんな感じで仲間に誘ったの……⁉」

「? おう」

 バカだ‼‼

 捕虜とかならともかく、一緒の船に乗っているなら仲間だとみなされるのが基本の世界なのに、こいつは勝負だとかワケの分からない話をダシにアタシを船に引き入れようとしている。

 愕然とした表情のウタは一言一言をゆっくりと話しながら、確かめるようにルフィに聞いた。

「お、おーけールフィ。じゃあアンタの言う通りあたしが海賊にならないまま船に乗ったとして。

 ……なんで同じ船に乗る必要があるわけ?」

 そう、〝仲間にならなくていい〟ならそもそも一緒の船に乗る必要など皆無。〝あたしは海賊にならないし、アンタの仲間にもなりたくないから船にも乗らない〟と、そう断ってしまえばいいだけのことなのだ。

 流石のルフィ(おバカ)でもその程度は予測できるだろうに、と未だに相手への怪しさが拭いきれないウタからの質問に、ルフィは笑って答えた。

「だって、別々に出発したら絶対おれが勝っちまうもんよ」

「な……っ⁉」

「それにお前、〝海賊にならないし仲間にもなりたくないから船にも乗らねえ〟って言ってねえ」

「‼」

 さらりと差し込まれた、ルフィの核心を突く言葉で瞬時にウタの身体が固まる。

 ルフィの顔が、笑顔から少し真面目な様子に変わり、続けて言った。

「本当はシャンクスと話したいこと、あるんじゃねえのか」

「…………‼‼」

―さあ、ウチの音楽家のステージだ!―

 幼いころ、自分が歌う姿を見守っていた時の彼の顔が目に浮かぶ。

 気が付くと、ウタの前に再びルフィの手が差し出されていた。

「シャンクスに聞きたいこととか、言いたいことがあるんならよ、いっしょに来いよ」

 ……なるほど。勝負云々はこれを伝えるための前置きだったという訳か。先ほどまで心の中でバカだバカだと言っていた相手に、実のところは翻弄されていたとは。

 やっぱり、勝てないなあ。

 もはや悔しいと感じることもなく、ウタは己の負けを受け入れていた。

 今差し出されているルフィの手を取ったら、それはつまり彼にもそれを知らせるということ。これまで固持してきた年上としての威厳や、〝海賊嫌い〟としての立場も全てかなぐり捨てることになる。

 しかし、彼の言っていることに納得している自分がいたのもまた事実だった。

 シャンクスに聞きたいこと。言いたいこと。

 ウタの頭の中でぐわんぐわんとルフィの言葉が反響する。

「そんなの……そんなの……」

 きつく拳を握り締める。

 シャンクスとはもう、別れて十年も経つ。そんな相手に今更質したいことなどあるものか。

 自分を捨てたやつに。自分の夢を踏みにじったやつにそんなものない、と。そう言いたいけれど。

 …………

 ………

 ……

 …

「ある…」

「…………」

 ウタの目からは、涙があふれ出していた。

「あるに決まってんじゃん‼‼」

 嗚咽と共に、叫ぶように。きつく蓋をしていたものが解き放たれたかのように、涙と言葉が止まらなくなっていた。

 どうしてエレジアを襲ったの? どうし自分だけ置いていったの?  どうして――

「どうしで、迎えに来てぐれなかったのって…………‼‼」

 本当は、本当はずっと会いたかった。

 海賊だろうと、殺人者だろうと、何だろうと。シャンクスは、自分の父親なのだから。そう信じていたのだから。

 だからずっと、待っていた。彼が迎えに来てくれれば、地獄だろうとどこだろうと、着いていけた。

 けれど、十年という年月は、彼を自分のもとへ運んではくれなかった。

 代わりに見せつけられたのは、〝海賊〝という生き物の悍ましさ。

 奪い、殺し、不幸だけを置いていく。

 結局、彼も同じだったのか。なら、彼に育てられた私の九年間は、いったい何だったのだろうか。

 ねえ、シャンクス。あたしは一体、何だったのかな。

 黒鉄色の水底に投げかけるような、答えの返ってこない問いを頭の中で反芻するたびに、おかしくなりそうだった。

 だから忘れようとした。目の前で苦しむ人たちを歌で救って。悪意を歌で退けて。

 ――そうやって忘れようとしていたことを、いま目の前に立つ男は確かめに行けばいいと言う。

 きっと知らないんだろうな。私がどんな思いをしてきたのか。聞かれてないし話してもいないから当然なのだが。

 けれど、もし、許されるのなら……

「……いいのかな、ほんとに。今からでも、あたしから会いに行っても」

「別に、にげられることはねえと思うけどなあ」

 涙やら鼻水やらで顔がぐしゃぐしゃになりながら聞くウタに、首を傾げて考えながらルフィが答える。

 どんな顔を、されるのかな。

 喜んでくれるのかな。それとも怒る? 悲しむ? もしかしたら殺そうとしてくるのかも。

 ゴードンはどんな顔するのかな。私が、海賊と一緒に旅に出るなんて言ったら。

 怒るかな。悲しむかも? いや、でもあの人だったら――。

 ひとしきり涙を流した後、目元を手の甲で拭う。腫れぼったい感覚が残っているが、問題ない。

「――ねえ、ルフィ」

「おう」

 ルフィの手は未だに自分の目の前にある。きっと、自分のいない間に随分と鍛えたのだろう。まだまだ若いはずの青年の手は岩を想起させた。

 改めて、ウタはルフィと真っすぐ目線を合わせる。

 本当に、初めてフーシャ村で出会ったころと変わらない。けれど力強さを増した友の瞳をじっと見つめ、言う。

「あたし――」

 そうして彼の手に、自身の手を伸ばそうとしたその時。

「邪魔するぜえ……!!」

 酒場の扉が、勢いよく開かれた。

 

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