ONE PIECE “IF” RED 【完結】   作:巨象先輩

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“オン・ステージ”

 

 酒場の中にいた一同が入口の方を見ると、酒場の入り口から厳つい顔をした男たちがぞろぞろと中へ入ってくる。先頭を歩いてくるのは見覚えのある顔――〝クラゲ海賊団〟の副船長、エボシと名乗っていた男だった。

「昨日ぶりだなあお嬢ちゃん……」

「…………」

 無言でエボシを睨むウタ。片足のかかとが床を何度も叩いている。

「お前はたしか……」

「ああん?」

 自分の顔を見ながら思い出したように呟くルフィに、エボシが視線をやる。

 見れば、昨晩自分たちがウタに絡んだ際、彼女と一緒にいた男であることを思い出す。

 昨晩も自分とウタの間に割って入ろうとしていたことを思い出し、生意気言うようだったら叩きのめしてやろう、などと。そんなことをエボシが考えていると――

「〝くたびれ海賊団〟」

「〝クラゲ海賊団〟だ‼‼ ケンカ売ってんのかてめえ⁉」

「あっ、そっか」

 神妙な顔をしながらすっとぼけたことを言う麦わら帽子の男に、エボシを筆頭にクラゲ海賊団の面々が思い切りツッコんだ。

「昨日追い返したばっかりだよね、何のつもり?」

「いやいや、昨日の礼をしようとまた来たんだが、お前さん、とんでもないやつだったんだなあ?」

「?」

 思い当たる節がなさそうなウタを見て、ヒヒッと小馬鹿にしたような声で笑うエボシ。後ろにいる男たちも一緒になってニヤニヤと笑いを浮かべている。

「なあ、お前の父親、〝赤髪〟なんだって?」

「‼」

 ギョッとした顔をするウタを見て確信を得たように口角を釣り上げたエボシが嬉しそうに続ける。

「その顔‼ やっぱりそうなんだな?

思いがけない収穫だぜ、村の中を隠れながら動いてたら、そんな噂をしてるやつがいたもんでちょいと話をしたんだが、まさか本当だったとはなあ‼」

「〝話〟? ……あんたまさか、村の人にヒドイことしてないでしょうね⁉」

「あぁ……?」

 目の色を変えて食ってかかってくるウタをギロリと睨むエボシがおかしなことを聞いたかのように答える。

「てめえこそなんだ、〝酷いこと〟ってよ?

 てめえがおれたちにしでかしてくれたことの方がよっぽど酷いぜ!

 副船長のおれにまで恥かかせてくれやがってよお‼」

 話を逸らすな、と。そう言おうとしたウタの目の前に抜き身の剣の切先が突きつけられる。

「だが心配するな。そんなお前とおれたちとの因縁も今日で終わりだ。

 お前さんが大人しくおれたちについてきてくれるんならな」

「‼」

「もうすぐこの村に本船からうちの船員どもが一斉に集まる。

 そうなりゃ村人の一人や二人どころの騒ぎじゃなくなるぞ?」

 ウタの頭に、海賊にめちゃくちゃにされた町や村の光景が蘇る。

 このマース村も、そんなことになるのか。ウタの顔が青ざめ、冷や汗が頬をつたって流れる。

 と――

「ちょいと待ちな‼」

「!」

 カウンターの方から声がしたかと思えば、エボシの顔面目掛けて一枚の皿が、ブーメランのように飛んできた。エボシが顔をひょいと逸らすと、皿は彼の後方に立っていた船員の一人の顔に直撃した。

「ほぎゃ⁉」

 名も知らぬ海賊の一人が、皿のフチを顔面にめり込ませながら白目を剥いて倒れる。エボシを含めた全員が、皿を飛ばした張本人の方を向く。

「あんたら、昨日といい恥ずかしくないのかい! 女の子一人に寄ってたかって!」

「キョウコさん…!」

 袖を捲ってフンッと鼻を鳴らしながら、酒場の女主人キョウコが二枚目三枚目の皿を構えてエボシたちに啖呵をきった。

 エボシの後ろに控える船員の何人かが、倒れた仲間の姿を見て狼狽える。それを尻目に見て舌打ちを一つ打ったエボシは、

「うるせえぞババア」

 キョウコに向けて銃を撃った。

「‼‼」

「ああっ!」

 酒場内に乾いた発砲音が響いたかと思えば、キョウコの肩からは血が吹き出していた。彼女が取り落とした皿が床に叩きつけられて砕ける。

 慌ててテーブルを飛び越えカウンター内に入ったウタが、倒れたキョウコを抱き起こす。

「き、キョウコさん……‼」

「う、ウタ……にげ…」

 荒く息をしながら、キョウコはウタの腕を引き離そうとする。が、痛みのせいかウタの腕をつかむ手には全く力が入っていない。傷口から流れた血が、肩から腕へと伝い、床へと滴り落ちていく。

「あ、ああ――――ッ」

 ウタの頭のなかが真っ白になる。

 目の前で、人が撃たれた。自分のせいで。

―もう少ししたら、機を見てこの村から出発しようと思ってるの―

―あの海賊たちには完全に目を付けられちゃっただろうしね。これ以上迷惑かけられないもん―

 ついさっき、酒場に来た時にキョウコに話していたことが蘇る。

「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい……っ‼」

 遅かった。遅かったんだ。

 一番最初。この村に来てすぐにあの海賊団が絡んできた。

 最初はなんてことない。ただのナンパのようなもの。海賊だって分かった瞬間眠らせて追い返した。そこから何度か因縁をつけてくるようになって、あとはもう流れ作業。眠らせて、縛って、船で海に流す。

 今までも同じように能力で追い払えていたんだから。きっと、大したことない連中だろうから。

 そんな風に考えて、忘れていたんだ。あいつらが、海賊だってこと。

「――ダメ、だったんだ」

「ああ?」

 眠らせるとか、追い返すとか。そんなやり方じゃ、ダメだったんだ。

 さっさと逃げ出すこともせず。かといって暴力に訴えることもできず。

 私のこの中途半端さが、この事態を招いた。

「終わらせ、なきゃ……」

 胸のあたりで、ザワザワと何かが蠢く気配を感じる。丁度、エレジアから持ってきた例の楽譜をしまっているジャケットの内ポケット。そこから、声なき声が呼びかけてくるような――

 ウタは、真っ黒なインクで頭の中を塗りつぶしていくような、どす黒い感情が沸き上がってくるのを感じた。

 キョウコを抱き起した姿勢のまま動こうとしないウタにしびれを切らして、クラゲ海賊団の下っ端たちがエボシに呼びかける。

「何をモタモタやってんだあのガキぃ……」

「エボシの兄貴、もうさっさと捕まえちまいませんか?」

「あいつ完全にボーゼンジシツってやつですぜ!」

「…………」

 酒場にやってくるまでの、十数分前のことをエボシは思い出す。

 

    †

 

『その小娘が、あの〝赤髪〟の娘だって?』

「ええ、村人何人かに吐かせましたが、どうやらそういう話があったのは間違いねえみたいで」

 マース村に侵入したエボシたちは、昨晩の酒場での出来事について話している若者二人を村の外れまで連れ去り、詳しい話を聞き出していた。どうやら、島の外からやってきた若者の一人がウタと知り合いで、その男の口から大海賊シャンクスの名前が出たということ、そしてウタもそれを否定しなかったということ。それを電伝虫を使って本船へ報告したのだ。

 

『つまりその娘の身柄を確保できれば、ウチはあの〝赤髪〟の弱点を握ることになるね』

「ええ」

『なら使い方次第じゃその小娘はウチに莫大な利益をもたらしてくれるわけだ』

「え、ええ……」

 電伝虫は通信相手の声だけでなく、表情までもそっくりに伝えてくれる。エボシが受話器を握っている電伝虫は、悪辣な笑みを浮かべていた。

『……エボシ』

「へ、へいっ」

『そのウタって娘、連れてきな。なるべく無傷でね』

 通信相手――彼らの船長が命令を伝える声は、悪意に満ちていた。

 

    †

 

 船長との会話を思い出しながら、エボシが剣の峰の部分でトントンと肩を叩くと、その気配を感じ取ったのか、キョウコの傷口のあたりをきつく布で縛り、壁に寄りかからせたウタが振り返った。

 瞳の奥で、真っ黒な炎を燻ぶらせているような、ほの暗い輝きをたたえた視線がじっとりとクラゲ海賊団の面々を見渡す。

「さあ観念しな嬢ちゃん。これ以上村のやつらも傷つけられたくないんなら……」

「やってみなよ、海賊……。もう、油断も手加減も、絶対しない……‼‼」

 殺気に満ちたウタの強気な発言を笑い飛ばしながらエボシが叫ぶ。

「そう言うな! これからしばらくは一緒の船で仲良くしなきゃなんだからよ‼」

 そうしてカウンターの方へ近づこうと一歩踏み出したとき、エボシのすぐそばにいた若い男が彼を呼び止めた。

「おい」

「ああ――?」

 そういえばウタの傍に麦わら帽子のガキも一緒にいたな、と思い返す。何も干渉がなかったので意に介していなかったが、邪魔をするようならぶちのめしておくか、と相手の方へと顔を向けようとしたその瞬間――。

「‼‼」

 エボシの左頬に重い衝撃が走った。

 

    †

 

 目の前で一瞬のうちに起こったことに、ハッと気が付いたウタはエボシが吹き飛んでいった方向へ視線を向ける。見れば先ほどまでエボシが立っていた場所には、拳をふるった後なのか手を握ったり広げたりしているルフィがいた。

 そして彼の向いている先には、大穴の開いた酒場の壁。木材が散らばり、土煙が舞っている。

「ル、フィ……?」

 突然の出来事に対する衝撃に、キョウコが撃たれた時とはまた違った〝真っ白〟がウタの脳内を覆いつくした。脳内に響いていた〝声〟も、いつの間にかパタッと聞こえなくなっていた。

「あ、兄貴ーーー⁉」

 いきなり上司が吹き飛ばされた部下たちは目玉が飛び出しそうなほどの驚きを隠せず、数名が壁の大穴から外へと飛び出していった。ウタもまた唖然とした表情でそんな様子を眺めていると、ルフィが彼女に向けて言った。

「ウタ! わりいな、お前のケンカだったのによ」

 勢いよく相手を吹っ飛ばしたせいか、風圧で飛んでいきそうになっていた帽子を手で押さえながら謝るルフィ。

「な、何で助けてくれるの……ルフィには関係ないのに、あたしの、責任なのに……」

 困惑した様子のウタに、ぐいと帽子をかぶり直したルフィが答えた。

「あの野郎、おばちゃんのこと撃ちやがった」

「!」

 すると、足元の木片を荒っぽく蹴飛ばしながら、エボシが壁の穴から酒場の中へと戻ってくる。

「で、でめえ……‼ 何のつもりだあ‼‼」

「うるせえ! ハラ立ったからぶん殴ってやったんだ! 文句あっか‼」

(き、凶暴――⁉)

 ルフィのあんまりな言い分にショックを隠せない〝クラゲ海賊団〟。

 下っ端どもとは反対に、殴られた頬を抑えながら顔を真っ赤にしたエボシが叫ぶ。

「ふざけんな‼ てめえら構わねえ、ハチの巣にしてやれや‼‼」

 エボシの怒号に応えてその場にいる海賊たちの銃口が一斉にルフィに向く。するとルフィは、そんな状況に臆する様子もなく海賊たちに向けて静かに告げた。

「――お前ら、(ピストル)を抜いたからには命かけろよ?」

「ああ⁉」

 今から死ぬやつが何を言い出すんだ、と。そんな顔をする海賊たちにルフィがニッと笑いながら続けた。

「そいつはオドしの道具じゃねえって言ったんだ!」

「脅しなわけあるかボケ‼ くたばれーーーー‼‼」

「‼ ルフィ、逃げ――」

 十数丁のピストルが一斉に火を噴いた。海賊たちの放った弾丸は狙いを外すことなく、その全てがルフィに命中する。

 思わず目を塞ぐウタ。

 ああ、そんな。あたしの答えを聞かずに。もう二度と会えないのか。

 ――だが。

「―‼‼ ……。………?」 

違和感を覚える。

 撃たれた人間が倒れる音が聞こえない。いや、そもそもルフィの鼓動が消えていない。

 彼女が恐る恐る目を開けると――。

「な、ななな何だてめえその体はぁーーーー⁉」

 ルフィの身体には、間違いなく無数の弾丸が撃ち込まれていた。しかし、彼の身体からは血が噴き出すこともなく、弾が貫通するわけでもなく、ただ、撃たれた部分がさながらゴムのように細く、長く伸びていたのだ。

「………きっ」

 撃たれた部分が伸びたままのルフィがグググ、と背中を丸めながら力を溜めるかのようなポーズを取ったかと思うと、

「かーーーーーーん‼‼‼」

 身体全体を一気に大きく広げ、開放する。

 伸びていた傷口(?)は勢いよく元の状態に戻り、そこから反動で先ほど海賊たちの放った弾丸がそっくりそのまま、撃った時の軌道を戻るように吹っ飛んでいく。

「うおおおおおおっ‼⁉」

 まさか自分たちの撃った者が返ってくるとは思わず、海賊たちはものすごい勢いで後ずさったり尻もちをついたりで大混乱である。

 明らかに人間の常識を超えた光景を見たウタが、ルフィに言う。

「ルフィ、まさか、あんたも……⁉」

「ああ、〝ゴムゴムの実〟を食べた「ゴム人間」だ‼」

「ゴム人間……‼」

 冷や汗を流しながらエボシが頭脳をフル回転させる。

 〝悪魔の実〟の能力者は一人でも百人力だとされている。それほどの脅威が、まさかこの場に二人も存在していたとは。

 普通に戦ったのでは勝ち目はないだろう。だが――。

「く、ククク……‼ 上等だ、二人とも捕まえちまえばいい金になる……‼」

 これはまたとないチャンスだ。二人の〝悪魔の実〟の能力者。ウタの価値はもちろんだが、あの麦わら帽子のゴム野郎も見世物小屋にでも売ってやればそれなりの額になるだろう。これから村には海賊団の仲間たちも駆けつけるし、そこには我らが船長がいる。〝悪魔の実〟の能力者とて、あの方に敵うはずがない。

「おう野郎ども! しっかりしやがれ、目の前にいるのは敵じゃねえ金だ‼

 捕まえちまえば遊び放題の金持ち生活だぜ‼」

 まだ戦意を失っていないらしいエボシが、腰を抜かしている部下に発破をかけているのを見てぎり、と歯ぎしりをするウタ。

 そんな彼女に、ルフィが言う。

「よし、ウタ。さっき言ってたやつの前にもう一つ勝負しとくか!」

「え⁉」

 さっきの勝負の話は冗句の類ではなかったのか、と不意を突かれたウタが上ずった声で驚く。

「あいつらをどっちが多くぶっ飛ばせるか!」

「ええっ⁉」

 重ねて驚きの声を上げるウタに不思議そうな顔で、「なんだよ」と振り返るルフィ。

「昔お前とわかれる前に約束してたこと、ここで見せてやるよ。それに……」

 ししし、と心底楽しそうにルフィが笑って言った。

「思いっきり暴れるとスッキリするぞ~!」

 実力行使大歓迎とでも言うようなルフィの言葉に、思わず呆れてため息をつくウタ。

「言ってることがヤバンだよ……」

 だが、今はその破天荒さに救われる。

 相手が本気で攻めてきているいま、自分が逃げるわけにはいかない。それに、いい加減ウタの中にも鬱憤が溜まってきていたところだ。

 咳ばらいを一つ。そして少しの発声練習。ノドの調子よし。湿度よし。埃は舞っているが問題ない。

 ルフィの方へ歩み寄りながら、彼女は問う。

「〝約束〟、ね……強くなったところ見せてくれるってことでいいんだよね?」

「おう! いまのおれのパンチはピストルより強いぞ‼」

 その言葉を聞いたウタが不敵な笑みを浮かべる。

 海賊嫌いの味方は、海賊。

 相反する立場の二人が、敵を前に並び立っていた。

 





 え、次回からバトルですか……?
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