ONE PIECE “IF” RED 【完結】 作:巨象先輩
場面は変わり、ゴーイング・メリー号の甲板。
「……‼」
自分たちより格下の海賊に殺到したクラゲ海賊団の船員たちが、たった一人の前に倒れ伏していた。ある者は斬られ、ある者は殴られ蹴飛ばされ――とにかくソイツに襲い掛かった者たちは全員もれなく戦闘不能に陥っていた。
「な、なんやこれ……⁉」
目を白黒させるハナガサの前で、部下たちをなぎ倒した剣士が口から刀を離しながらため息をついた。
「なんだ、もう終わりか?」
真っ黒なバンダナを頭に巻いたその男――ロロノア・ゾロは、〝お前はかかってこないのか〝とばかりにギラリと眼光を相手に飛ばす。
「は、ハナガサさん……」
そばに控えていた部下が恐る恐る伺いを立てる。
指揮を執っていた男――〝クラゲ海賊団〟のハナガサはギリ、と歯ぎしりをするとまだ無事な部下たちに指示を出した。
「お前らァ! ここはもうええ、村へ行けや! エボシさんと合流や!」
「へ、へい‼」
指示を聞いて甲板からそのまま島へと上陸しようとする船員たちの前に、ゾロが立ちはだかる。
「行かせると思うか?」
「‼」
すると、船員の誰かが即座に叫んだ。
「海だ‼」
それを聞いた船員たちが、踵を返したかと思えば次々と甲板から海へと飛び込んでいく。
「は⁉」
「まさか泳いでいくつもり⁉」
突然の敵の奇行に驚くウソップたち。だが、不思議なことに海に飛び込んだ船員たちが浮き上がってくることはない。彼らが目の前の不可思議な状況に呆気に取られているうちにどんどん敵船員たちは船から脱出していき、遂にはメリー号に残っているクラゲ海賊団のメンバーはハナガサだけになってしまった。
「なんだなんだ、みんな沈んじまったのか……?」
「いや、これはまさか……」
なにか思い当たる節があるようなゴードン。と、一同の前にハナガサと呼ばれた大男がドカリと大きな足音を立てて立ち塞がった。
「バンダナァ……思い出したで、お前〝海賊狩り〟やろ‼」
「なんだ、お前らも知ってんのか」
「三刀流の剣士なんて、そうそうおらんやろがい」
〝海賊狩り〟。〝東の海〟で海賊たちを手当たり次第にぶちのめす三刀流の剣士につけられた二つ名である。その正体が、何を隠そうゾロなのだ。
本人の話では、航海術も知らぬまま海に出た挙句、食い扶持を稼ぐために賞金稼ぎとして戦っていた様なのだが、その実力は確かなもの。これまでの戦いでも多くの敵をその実力でねじ伏せてきたものだ。
「そんなやつがこんな無名の海賊団に入っとるなんて、予想外にもほどがあるわ!」
「まあそう言うな。これからのし上がっていくところなんだからよ」
「そもそもおかしな話や!
あのウタって女は仲間でも何でもないんやろが、なんで海賊が首ツッコむねん!」
ガチリ、と音を立ててゾロが再び白い柄の刀を口で構える。
「関係ねえよ。てめえらはこっちにケンカ売ってきたんだ。手を引くなら今のうちだぜ」
「ソーダゾー、テェヒケー」
ゾロの背中に隠れてウソップがハナガサに小さな小さな声で降伏勧告を行うが、ハナガサがひと睨みしただけで「ヒッ」と素早く顔まで隠してしまった。
すると、見かねたゾロが後ろにいる面々にゴードンを指差しながら言う。
「おいウソップ、ナミ。そのおっさん連れて陸に上がっとけ」
「え……」
「それとヨサク、ジョニー。お前らもだ」
「え⁉」
「連中村まで襲うつもりなんだ。守る気があるなら今のうちに行っとけ」
それを聞いたナミがゾロに噛みつく。
「ちょおっと‼ 海賊たちが大勢いるところにわざわざ行けってこと⁉」
「ここで戦いに巻き込まれてもいいってんなら別だぞ」
「ウソップ! 護衛よろしく!」
「変わり身はやすぎんだろおまえ‼」
ポンとナミに肩を叩かれて目を見開きながらツッコむウソップ。
船上と地上、どちらかといえば自分も地上に避難したいとは思っていたが、よく考えればどちらを選んでも外れではないか。そんな及び腰の彼とは裏腹にヨサクとジョニーは張り切っている様子だ。
「確かに‼ 村の危機とあっちゃあ、ここで時間食ってるわけにもいかねえ!」
「ゾロの兄貴、ここは任せやす! さあ、ウソップの兄貴たちもご一緒に!」
「くっそぉ仕方ねえかあ……‼」
「ゾロ! 部屋の中にあるわたしのお宝、取られないでよね!」
どたどたと慌ただしく船から離れていく仲間を横目で見送りながら、ゾロが視線をハナガサに戻した。
「さて、これで思う存分暴れられるな」
「ぺったんこの乾物にしたるわい‼」
拳を構えたハナガサに対し、ゾロもまた臨戦態勢に入りながら一言。
「ならこっちは刺し盛りにしてやるか。生憎コックはいねえんで我流になるがよ!」
†
ルフィとウタに向かって〝クラゲ海賊団〟の船員たちが一斉に駆け出した。
「ゴムゴムの……」
ウタがルフィの声に気づいて横を見ると、ルフィが拳を握って右ひじを後ろに引いている。まるで人を殴るときの構えだ。
が、相手の海賊たちとの距離はまだまだ離れている。何のつもりだろう、とウタもまた向かってくる相手へ警戒しながら考えていると――
「〝
「‼」
ルフィが拳を前に突き出した瞬間、彼の拳は――いや腕が、拳を突き出した方向にまっすぐ伸びた。そうしてすさまじいスピードでカッとんでいった拳は、敵の海賊の一人の顔面にクリーンヒットする。殴られた(?)男は、悲鳴を上げながら走ってきたのとは逆の方向へ弾き飛ばされていった。
「げええ⁉」
「のび、伸びたぁー‼」
すぐ真横で走っていた仲間が殴り飛ばされたのを目撃して、下っ端船員が仰天する。
「ああ、伸びるぞ! ゴムだから!」
―が、狼狽える部下の後方からエボシが喝を入れた。
「ビビんじゃねえ! 数じゃ圧してるんだ、切り刻んでやれェ!」
「――‼」
一瞬足を止めた海賊たちだったが、再び雄たけびを上げて走り出す。
それと同時にルフィも走り出し、今度は右足を後方に振り上げながら伸ばした。
「ゴムゴムの……〝
「‼」
軽くジャンプ、そしてそのまま少し体をひねりながらルフィが右足を横方向に振り切る。伸びてしなやかさを増した足は正に鞭のごとく勢いをつけて、海賊たちの群れの前列に並んでいた者たちを薙ぎ払った。
バチンと大きな音をたてながら足を元に戻したルフィが、今度は両腕を横に大きく伸ばしながら海賊たちに突っ込んでいく。
「……と、〝
「‼‼」
そして敵の喉元や胴体を捉えた大振りのラリアットが、十人近くの海賊を一度に地に沈めた。
〝大鎌〟の勢いに任せてルフィがぐっと身をかがめる。
一瞬気圧された海賊たちだが、すぐにルフィを斬り倒そうと剣を振り下ろす。しかし斬ろうとしたその相手は素早くその場から後方へ飛びのき距離を取っていた。逃がすものかと全力で駆けてくる海賊に向けて、ルフィは拳を素早く突き出しては引っ込め、突き出しては引っ込め始める。
「ゴムゴムのォォォォ……‼‼」
ルフィの拳の動きは段々と加速していき、ついには彼の拳はいくつもの残像を伴って銃弾の嵐のように敵へと殺到した。
「〝
「‼‼」
どこを殴ろうなどと特に狙いを定めたわけではない、ただのパンチの連続。だがその動きの圧倒的なスピードに海賊たちの目が追いつくことはなく、ルフィの拳の餌食になった者たちが次々と吹き飛ばされていった。
「ぎゃあああ……っ‼」
宙へ浮きあがり、そして地面へと落ちていく海賊たち。
気づけば三十人以上いたはずの屈強な荒くれ者たちが、もうほとんど倒されてしまっていた。
そんなウソのような光景を前に、ウタは息を呑むほかなかった。
「すっご……」
ルフィがウタの方へ振り向き、大声で呼びかける。
「どうだウタ! 強くなったろ、おれ‼」
「いや、なりすぎっていうか、なんというか……」
目をキラキラさせながら話しかけてくるルフィの姿に、子どもが大人に新しくできたことを自慢しているような、どこか昔と変わらない幼さをウタは感じた。
そんな、緊張感のない相手の様子にエボシが青筋を立てながら懐をまさぐり、本船との通信用の小電伝虫を見つけ呼び出しをかけるが、反応はない。ウタがしぶとく抵抗した際にはこれを使って仲間に村を襲わせる手筈だったのだが、このままでは計画頓挫どころの話でなくなってしまう。
「ぐ、くそ……! 残りのやつらはどうした! 船長まで船にいないのかよ‼」
と、彼の背後、ちょうど村の中で住宅が多く立ち並んでいる地区の方から、何やら叫び声らしきものが数人分聞こえてきた。数の多さからみて、おそらく海賊団の仲間たちだろう。
「な、なんだよ…呼び出す前にもう来てたってか? 脅かしやがって……」
そう胸を撫で下ろすエボシ。いくら相手が一対多の戦いに慣れてるといっても、限界があるだろう。マース村を襲撃する別動隊に割り振った人員は、はじめにエボシが村まで引き連れてきたものの倍以上だ。〝悪魔の実〟の能力者が二人いたところで、数の暴力に敵うはずがない。あっという間に部下が倒されたのには肝を冷やしたが、これで自分たちの勝利だ。
自然と口角が上がり、笑いが腹の底からこみ上げてくる。勝利宣言でもしてやろうと、エボシがルフィとウタの方へと向き直ると、当の二人は口をぽかんと開けてエボシより遥か後ろの方を見つめていた。
「……ああ?」
よく見ようと目を細めながら部下たちの方を見る二人の様子にどこか不安を覚え、改めてエボシも同じように部下たちの来る方向を見やる。
こちらに向かってくる仲間の姿が段々と近づいてきた。よくよく見れば、仲間は確かにこちらに向かってきてはいるが、表情はどこか怯えているようで、しきりに後ろの方を確かめながら必死にこちらへ走っている。雄叫びかと思った叫び声も、よく聞けばそんなものではなかった。
「兄貴ィー‼ エボシの兄貴ィー‼‼」
「ぜぇっ、ひっ、た、だずけてくだざーい‼‼」
援護に来たはずの仲間たちは、何ともまあ情けない悲鳴をあげながらこちらへ向かってきていた。そして彼らの背後には、大きな刀を振り回しながら敵を追い立てる二つの影がある。
「オラァ木っ端海賊どもがァ! 村のみなさん方に手ェ出そうとしやがって!」
「紙一重で阻止できたがもう許せねえ! 刀のサビにしたらぁ‼」
「ぎゃああああ‼⁉」
土煙を上げながら海賊たちを追いかける二人の男に、彼らをよく知るウタがパッと表情を輝かせながら呼びかけた。
「ヨサク! ジョニー!」
「おお! ウタの姉貴! ルフィの兄貴! 助太刀に来ましたぜー!」
そうしてエボシの元に部下たちが息も絶え絶えで到着した時には、〝クラゲ海賊団〟の一団をルフィとウタ、ヨサクとジョニーで挟み込むような状態になっていた。
「ってうお⁉ すでにこの数の海賊どもを仕留めていらっしゃったとは……!」
「もしかしてウタの姉貴、ステゴロでもめちゃくちゃお強い……?」
「違うから‼ ルフィがやったんだからねコレ‼」
周りに白目を剥いて転がる海賊たちを見てハッと気がついたように口元を押さえるヨサクたちに、ウタは違う違うと手を振る。
「とにかく、これで一網打尽ってやつですぜ」
「見たところこれ以上援軍もいねえみたいだしな!」
自分の元に辿り着いた部下の数をみてエボシが下唇を噛む。計画していた時と比べてあまりにも少ない。これでは焼け石に水である。
「何でこんなに数が減ってる……‼」
「し、島の外れに停泊してた海賊船にあの娘の連れがいたもんで、とっ捕まえようとしたんですが……」
「そこにいた剣士があまりにも強くて!」
「ゾロか」
顔を青くしながらエボシに状況を報告する海賊の口から出た〝剣士〟という言葉に、ルフィが反応する。
「あれ? じゃあ船にはウソップとナミと、ピアノのおっさんもいるのか?」
「いえ、船にはゾロの兄貴が一人残って、残党を相手してくれてやす」
「ウソップの兄貴達は……」
†
時は少し遡り、メリー号から離脱した面々はマース村を取り囲むように広がっている森の中を走っていた。森の中は草木が多く茂っている割に比較的明るく、奥の方まで見渡すことも難しくない。
先頭を行くのはヨサク。長く滞在していたこともあって森の中の様子もある程度見知っている。周りを素早く確認しながら進んでいるが、今のところ海賊たちの気配はない。
「どうする、村に行くか⁉」
「バカ言わないで、敵がこれから押し寄せてくるんでしょ⁉」
「んなこと言ったって、船がなきゃ結局にげられねえだろ⁉」
現在一同の進行方向はメリー号から離れ、森に沿って村の周りをぐるりと回り始めようかというところ。〝クラゲ海賊団〟の者たちは村へ向かったか、どこにあるか定かでない本船に残っているはずなのだが、いずれにせよこのままこの場で大人しくして危険に身を晒さないほうがいいというのがナミの考えだ。
すると、ヨサク達二人がウソップとナミの方へ向き直った。
「ウソップの兄貴、ナミの兄貴」
「誰が兄貴よ」
「おれたちゃ村へ行きやす。村のみなさんには世話になった恩がありやすんで」
それを聞いたウソップはゴードンの背中をポンポンと叩きながらヨサクたちに大仰に返事をしてみせた。
「お、おおそうか。じゃあこのおっさんのことはおれたちに任せろ!」
ヨサクとジョニーの二人がぺこりと礼をして茂みの中へと消えていったのを見送ると、ナミはウソップに冷めた目を向けながら聞く。
「……で、〝任せろ〟って?」
「え? ええとだな……そう!
やっぱり無理に動かずここで守りを固めるってことだよ!」
結局のところ彼もナミの意見に賛同しているというワケである。先ほどメリー号に敵が大挙してきたショックがまだ抜けていないのか、ウソップの膝はよくよく見れば驚くほど細かく震えていた。
そんな彼の様子をじっと見ていたゴードンが、口を開いた。
「二人とも、ここに私を置いていってくれ」
「⁉」
突然、二人と一緒にいたゴードンがそんなことを言い出したので、ギョッとした表情でナミがすぐに反論する。
「ちょっと⁉ どうしてそんな話になるのよ!」
「あの海賊たちとの因縁は、私がウタをしっかり見守ってあげられなかったのが原因だ。
君たちが巻き込まれる謂れはなかったはずなんだ」
幸いというべきか、敵ははじめ自分を標的にしていた。ウタを脅すための人質目的だろうが、今自分が一人で囮になれば村へ向かおうとする海賊がいた時に時間稼ぎもできるし、ウソップたちも危険な目に遭わずに済むはずだ、と続けてゴードンが説明する。
「敵は一人とはいえ、君たちの船も危険な状況のはずだ。
ルフィ君のことを拾って君たちも早く脱出すべきだろう」
「け、けどだからって……」
続きを言おうとして、ナミが言葉に詰まる。利用している立場とはいえ、海賊たちと共に行動している自分が人道云々などとは口が裂けても言えない。だがよし分かった、と言うこともできず、誰も何も言うことができないまま、その場には静寂が訪れた。
と、すぐにその静けさを破ったのはまたもやウソップだった。
「ゴードンさん、だったよな」
「!」
不意に名を呼ばれたゴードンがピクリと肩を揺らす。
「おれは、まだあんたの話は呑み込みきれてねぇ」
「……」
「親父は海賊だけど、お宝目当てだろうが気まぐれだろうが、何の罪もない人を傷つけるような人間だとは、やっぱり思えねえ」
そう言われたゴードンは、何もいえずに項垂れる。ヤソップもいた〝赤髪海賊団〟がエレジアでの虐殺に関わっているという話をしたのは自分である。気づいていなかったとはいえ、そのヤソップの息子であるウソップにそんな話をしてしまったのだ。きっと大きなショックを受けたに違いない。
願わくばこのまま自分をこの場に置いていく決断をしてくれたほうが互いに気が楽だろう、などと心の中でぼんやりと思ったゴードンにウソップが続けて言う。
「けどな、おれはそんな話をしてきたからって、あんたを見捨てる気はねえぞ!」
「⁉ なっ……」
心の中を見透かしてきたかのようなウソップの言葉に、ゴードンが狼狽える。
「いいか、おれの夢は〝勇敢なる海の戦士〟になることだ! それも親父みたいな、な‼」
「!」
「だから、あんたの話は信じられねえけど……あんたをここで死なせるわけにもいかねえ」
なぜそんなことが言えるのか、とゴードンが聞こうと口を開く前にウソップが真っ直ぐゴードンを見据えて言う。
「だってあんた、ウタの親だろ!」
「‼」
〝親〟。
自分はウタにとってどんな存在でいたいのか、これまでゴードンはそれを敢えて考えないようにしていた。考えたとして、ゴードンの中では結論が出ていたからだ。
自分では、ウタの親になってやることはできない。彼女の父親は、シャンクスだけなのだと。
たとえ彼がウタを捨てていったのだとしても、どれだけ彼がウタから憎まれていようと、自身がシャンクスに代わり〝父親〝という存在になることはできない。そう思っていたからこそ――
「い、いや違う! 私はあの子の親などには――」
「同じようなもんだろ、十年も面倒見てたんなら」
「うぅっ…⁉」
ゴードンはウソップに強く言い返すことができない。
(そうだ、分かっていたのに……)
結論は出ている。自分はウタの親などではない、親にはなれないと。けれど、分かっていてもゴードンの心中には確かにあったのだ。〝ウタの親として在りたい〟という願いが。
一人ぼっちになってしまったウタを憐れむ気持ちが最初だったはずだ。だがそこから何年も共に生活をしていくうちに〝この子は私が守らなければ〟と、そう意識するようになっていた。
あの日、滅びゆくエレジアで誓ったこととは別に、たとえ世界一の歌い手になれなかったとしてもウタの未来が晴れやかなものであってほしいと思うようになっていた。もはやそれは歌学の師として請け負う範疇のものではないことも十分分かっていたはずなのに。
だからこれは〝願い〟などと呼ぶにはあまりに身勝手で、浅はかな欲だ。だが、そんな分不相応な欲を持ってしまっていると分かったからこそ、ゴードンはそんな自分を軽蔑しそのことについて考えることを封じてきた。それを今、出会って数日も経っていない若者との会話で思い出してしまったのだ。
「あんたたちの昔の話を聞いた後で、あんな〝頼み〟聞かされて最初は困惑したけどさ、それでもあんたがウタのこと考えての頼みなんだって……それは理解できたぜ」
「ついこの間まで
「だーっ! 話の腰折るんじゃねえ‼」
ひょっこり顔を出してニヤニヤ笑うするナミを、腕を振り回して追い返すウソップ。そんな彼を華麗にかわして、ナミが人差し指をウソップの鼻先に突き付ける。
「で、どうすんの?」
「へ?」
「あんた達がここで負けちゃっても、わたしは自分が逃げ切れられればそれでオッケーなわけだけど――」
「おい」
まぁルフィやゾロが負けると思えないので悪いようにはならないと思うけど、とは思うがそれは口に出さない。
ビシリとツッコむウソップをよそに、ナミは話を続ける。
「こうなったらあのクラゲ海賊団って奴らを徹底的に叩いて、ウタたちにもわたしたちにも二度と手を出さないようにしとくべきだと思う」
「え、おいナミそれはつまり」
ギクリという表情で口を挟もうとするウソップを手で制したナミが、ゴードンの方へと向き直る。
「だ・か・ら。わたしたちも戦うの、弱い者なりのやり方でね」
「ナミ君……」
笑みを浮かべるナミの隣で、「戦う」と聞いたウソップの顔がみるみる青くなる。
「ルフィとゾロが敵の戦力を減らしてくれてる間に、私たちは敵の本船をねらうの」
「確かに、今なら本船には最低限の人員のみが詰めているだけのはず……」
「いやいや、敵がどれほどの数かも分かってないじゃねえかよ!
敵の船長も船に残ってるかもしれないし……」
海賊団の規模というものは、大抵船を見れば推し量れるものである。例えばウソップたちの乗るメリー号はそこまで大人数を乗せることができない。逆に言えば相手がメリー号を見ればウソップたちが数人、多くて十数人ほどしかいない小規模の海賊団だと予測できるのだ。組織の規模が大きくなればなるに伴って船のサイズも大きくなるわけだが、今回相手にしているクラゲ海賊団の船をウソップたちはまだ目にできていない。先ほど船を襲ってきた奴らも敵の全体からみて一割にも満たない人数だった、なんて可能性もあるのだ。
そして、敵の船に関して疑問になっていることがもう一つ、ウソップの頭の中にはあった。
「そもそも、さっきのやつらはどうやっておれたちの船に乗り込んできたんだ?
近くに船も見当たらなかったし、陸からこっそり乗り込んできたようには見えなかったし……」
腕を組んで考え込むウソップに、なんだそんなことかという顔でナミが言う。
「そんなのもう答えは一つじゃない」
「一つ?」
ウソップの反応に、こくりと頷いたナミがズバリ、と答える。
「ええ、〝海〟しかないわ。あいつらが乗り込んできたのも、本船を隠しているのもね」
「はぁ⁉」
海の中から船員を敵地に送り込むなんて考えが思い浮かばなかったウソップが、驚きのあまり大声をあげる。そんな彼にゴードンが説明する。
「私もウワサ程度にしか聞いたことがなかったのだが、他の海では〝潜水艦〟を海賊船として使う者たちもいるようなのだ。
船を水面に浮かべるのでなく、水中に沈めた状態で航海するということらしい」
海賊の格としても脅威度としても、世界全体で比較すると低いこの〝東の海〟でそんなものを使う海賊がいるとは思えなかったが、現状考えられる可能性としてはそれが一番高いだろうとゴードンはナミに同調する。
ウソップは突然の敵襲に狼狽えてよく見ていなかったようだが、メリー号に乗り込んできた海賊たちは全員海水に濡れていた。潜水艦には〝魚雷〟なる水中に撃ち出す砲弾の発射口から人が出入りできるものもあるようだし、敵の船がそのタイプである可能性は十分ある。ハナガサとかいう男が撤退を命じた後海に飛び込んだ海賊たちが浮かんでこなかったことにも、その方法を使ったと考えれば説明がつけられないこともない。
「潜水艦っていうのは基本的に海中での戦闘を想定してるものだから、通常の大砲なんてものは使えない。
それに浮上してきても海上じゃ船の上に出られる人数もしぼられるから大した脅威にはならない」
「つ、つまり行って早々ヒドい目には遭わないってことか……」
「多分ね」
肝心の部分を曖昧にするようなナミの言い方に不安を覚えるウソップだが、要は船長を含めて敵の幹部格がまだ船に残っていたとしても陸地にいるこちらに飛んでくるわけではないということだ。が、相手も流石に見張りも置かずにぼんやり海の中に待機しているわけではないだろう。帰還してくる仲間を素早く迎え入れるために浮上してきていることも考えられるし、そうであれば近づいた際に見張りに見つかる可能性も高い。
「けど、やっぱりおれたちだけで敵の拠点を落とすってのはちょっとなあ……」
敵の数が想定以上に多く本船に詰めている人員がルフィたちが相手取っているものより多かった場合、自分たち三人では到底太刀打ちできない。
「別に攻め落とすとは言ってないわよ」
「え?」
「敵の船に戦力が残ってるのなら、停泊してる場所にそいつらをクギ付けにするのがわたしたちの仕事よ」
こちらのマトモな戦力は狙撃手のウソップだけだ。敵の見張りが陸上にいる場合でも、遠距離から彼のパチンコで狙い撃てば敵をかく乱させられるだろうというのがナミの考えだ。
まあそもそもナミは無理して戦うつもりは毛頭無いし、戦力と言ってもウソップは頼りない部分が多いので当てにはできないが。とはいえ、相手に〝敵がすぐそばにいる〟と思わせられれば、村への脅威をある程度散らせるはずである。そして、ナミにとって最も大事なのは――
「あとは、敵の船にため込んであるお宝がゲットできれば上々……‼」
「やっぱ金目当てじゃねえか‼」
欲望に目を輝かせるナミに盛大にツッコみ、大きくため息をついてからウソップはナミとゴードンに向かって言う。
「仕方ねえ! このキャプテン・ウソップ様の力が必要な作戦というのなら‼」
「必要とは言ってないけどね」
「……必要かもしれない作戦というのなら‼ やってやろうじゃねえか‼」
急に勢いづいたウソップの様子に一瞬呆気にとられたゴードンだったが、すぐに気を取り直してナミとウソップに頭を下げる。
「二人とも、すまない。私も精々足を引っ張らないよう努力するよ」
それに対してナミはチロリと舌を出しながらオーケーサインを出す。
「気にしないで。まだコトは終わってないんだし、私たちが勝手にやるだけだもん。ゴードンさんは巻き込まれるだけよ。
それにあいつらからお宝巻き上げられなかったら、あなたに報酬請求させてもらうから♪」
「おいこら」
こうして敵の本丸へ向かうことにした三人は、まずはクラゲ海賊団が船を止めて良そうなポイントを絞って足を進めることにしたのだった――。
†
「おいおい、こりゃ一体どうしたことだ」
突如、自分たちの背後から聞こえた声に反応してウタとルフィが勢いよく振り返る。
見れば、先ほどまで誰もいなかったはずの場所に、大柄な男と部下らしき海賊たちが大勢現れていた。
先頭に立つ男はドクロのマークが刺繍された大きな三角帽をかぶり、肩や袖口に海洋生物の触手のようなヒラヒラとした飾りをあしらった薄青い生地のコートを羽織っている。奇抜な格好をしてはいるが、雰囲気からして間違いなくクラゲ海賊団の増援だろうと察することができる。
「は⁉ いつの間に……どこから⁉」
「ダレだお前?」
ウタとルフィの言葉に声の主らしき男が何か言おうとしたその時、エボシが叫んだ。
「船長‼」
「⁉」
〝船長〟。その言葉が出た途端、場に緊張が走った。
「あ、あいつが船長……」
ジョニーとヨサクの刀を握る手に力が入る。ウタも一歩後ずさりをしながら横目でルフィを見る。が、突然敵の親玉が表れたという状況の割には狼狽える様子もない。そんなルフィの姿を見て、不思議とウタは落ち着きをすぐに取り戻した。
手前の麦わら帽子の青年と、紅白半々の髪色の女がさほど動じていないのを見て、「船長」と呼ばれた男はピュウと口笛を鳴らしながらニヤリと笑った。
「おおう、こりゃ残念。大人しく不意打ちしときゃよかったかな」
「で、ダレなんだよお前」
改めてルフィに問われた男はけらけらと笑いながら答えた。
「プカカカ…! それもそうだ。なら名乗らせてもらおうかね。
ワタシはクラゲ海賊団船長のゼリフィス。部下が世話になったね……」
ルフィの言葉に応えながらも、ゼリフィスと名乗った男の眼光は真っすぐにウタを捉えていた。
ちまちま書き溜めていたら文章量がいつもより増えちまったぜ。
今後出てくるであろうウタの戦闘描写はオリジナル要素まみれなのでそこはお兄さん許しての精神でほらいくどー。