ONE PIECE “IF” RED 【完結】   作:巨象先輩

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“魔法の音色”

「あ、あった……」

 森の茂みに隠れながら、ウソップは見つけた〝ソレ〟を目を凝らして見つめていた。島に長く滞在していたゴードンが予測した、港以外に船を停めることのできそうなポイントを厳選して探し回っていたが、さほど時間もかからずに目的のものは見つかった。

 ウソップの視線の先には、あまりにも場違いな造形の船らしき乗り物が水面に浮かんでいる。これまでウソップが目にしてきた木造の帆船とは違い、帆もないそれは船体全体が鉄板で覆われておりのっぺりとした見た目は鯨を想起させる。遠くに見えるそれを指さしながらあれがそうかとゴードンに尋ねると、彼は大きく頷きながら肯定した。

「やはり敵は潜水艦を使っていたんだな」

「それに浮上してる。ウソップ、見張りは何人いる?」

「どれどれ……」

 背後にいるナミに聞かれたウソップが確認すると、見張りらしき人影は陸地に五人、そして潜水艦の上には二人ほど見える。潜水艦の上に出ている男の一人は望遠鏡らしきものも持っているのが分かった。

「どうする? 移動して高台からねらうか?」

「いいえ、むしろ敵は高台からの攻撃の方を警戒するはずよ。

浮上してるから海を見下ろせる場所から船が丸見えになるもの」

「先ほどきみたちの船から撤退した海賊たちはいそうかね?」

 ゴードンに聞かれるが、その時ウソップはかなり慌てていたせいで海賊たちの顔をほとんど覚えておらず、判断がつかない。だが、陸上で見張りをする海賊たちのすぐ近くにの地面にウソップは違和感を覚えた。

「おれたちの船にいたやつは分かんねえけど、陸地の砂が荒れてるな。

ありゃ……足跡か? それもずいぶん大人数で移動したみたいな…….」

「!」

 それを聞いたナミがウソップのすぐ横まで移動してきて一緒に海賊たちの様子を伺う。

「……ウソップ、あの船の見張りがいる場所に煙幕、飛ばせる?」

「な、なに? ――いや分かった、何か考えがあるんだろ?」

 ほとんど説明のないまま聞かれたのでウソップは一瞬狼狽えたが、すぐに頭につけたゴーグルを目元まで引き下げ、パチンコを構えた。懐から撃ち出す弾を選び出し、愛用の銀河パチンコの紐を目一杯引き絞る。

「いくぞ必殺――〝煙星〟‼」

 そうしてウソップが手を離すと、収縮するゴム紐に弾き飛ばされた小さな球は風を切って定めた狙いへと勢いよく発射された。狙うは見張りが立つ潜水艦の甲板部分。放物線を描いた弾が徐々に降下していく。そして固い音を立てて甲板の床にぶつかった弾は、粉っぽい音を立てながら破裂し、当たり一面に大きな煙をあげた。

「な、ぬわっ⁉」

「なんだこりゃ……て、敵襲、敵襲ーー‼」

「⁉」

 陸上にいた海賊たちも破裂音が鳴り響いたのに気づいたが、その時にはすでに船上は煙に包まれていた。陸に上がっていた一人が、船の上の仲間に向かって叫ぶ。

「爆発⁉ 火は⁉」

「分からねえ、どこからだ⁉」

「高台か⁉」

 騒ぐ海賊たちの声は、ナミたちの耳にも届いていた。

「これでもし船の中に待機しているやつがいるなら、あわてて外に出てくるはず……」

「けど一発だけじゃあの煙はそう長持ちしねえぞ?」

「だったら追加で撃つのよホラ!」

 そう言ってナミがぶっきらぼうにウソップの雑嚢を漁り、中から弾をいくつか手渡す。

「あぁバカそんな雑にあつかうな!

〝火薬星〟と混ざらないように中で丁寧に分けてるんだぞ!」

「大丈夫よさっき出してるところ見てたんだから! ほら追加、撃って!」

「ナミ君は大胆なんだな……」

 感心しているような、呆れているような様子のゴードンをよそに、ナミが急かすようにウソップの背中をグイグイと押す。ウソップもまた悪態をつきながらも再びパチンコで狙いを定めながらも敵船の様子をナミに伝える。

「けどさっきの一発でも、船から全然敵が出てきてなさそうだぞ?」

「つまりいま敵船を守ってるのはあの数人だけってこと。村の方に人員をかなり割いたみたいね」

 砂地が荒れるような移動があったということは、かなりの人数の海賊が村へと向かったということだ。そして最初の攻撃に対して通信などで報告をする様子がなかったり、船から追加の人員が出て来ることがなかったのをみるに、おそらく船内には誰もいない、もしくは舵を取るための最低限の人員しか配置されていないということが予想できる。

 これはもしかすると、今いる敵をなんとかすれば敵船の中を安全に漁ることができるかもしれないと考えたナミの目がギラリと光る。対して、相当数の海賊が村に向かったと分かったゴードンは、少なからず不安を覚えていた。

「ウタ……」

 村人たちのことも無論心配だが、ゴードンにとってはウタが最も重要である。

 そんなゴードンを横目に見ながらも、ウソップが二発目、三発目と追加の煙玉を撃ち出していく。

「ここの敵があれだけだってんなら、おれたちだけでも戦えないこともないか……?」

「えっ、じゃあわたし船の中担当するから外のやつらお願いしてもいいかしら?」

「いやそれ全部おれ任せじゃねえかっ‼」

 そんな風にツッコミながら、ナミから渡された分の最後の一発を撃ち出す。

 これまで通り、ウソップの放った弾は狙い通りの軌道を進みながら潜水艦の甲板に着弾し――

 そして盛大に爆発した。

「――――あれ?」

 煙に包まれていた船上に突如爆音と共に火球が現れたのを見て、陸地の海賊がさらに混乱する。

「うわぁぁぁ爆発した⁉」

「敵が本格的に攻撃してきやがった‼」

「どこだ、どこにいやがる⁉」

 顔面にクリーンヒットすれば大の大人でも一発で倒せる程度の火力をもつ〝火薬星〝。それが今敵船の甲板の上で爆発を起こしたのだ。

「なななナミさん? これは一体……?」

 混乱する敵船付近の様子を指差して、ウソップが泣きそうな顔でナミに問う。

「……」

 真剣な顔で目を閉じ、腕を組みながらしばし考え込んだナミは――

「ごめん、なんか混じった♪」

「アホーーーーッ‼‼」

 まああれだけ無造作に、それも手探りで弾を選び出したのだ、こんなトラブルがあってもおかしくないか、などとナミは振り返る。

 一方のウソップはそれはもう必死の形相である。これで敵に見つかってみろ、襲撃の主犯として自分がいの一番に狙われるんだぞ、とほとんど泣いているような顔でナミの肩を揺する。

 と、そんなウソップに追い打ちをかけるように、海岸の方から声が聞こえてきた。

「森だ! あの森から攻撃してるやつがいるぞ!」

「ふんづかまえて痛い目見せてやる‼」

 バレた。

 すぐさま逃げ出そうとするウソップの肩を強く掴んだナミが言う。

「ダメよ!

敵はたかが数人、アンタのお得意のウソでも何でも使って敵を引きつけとかないと――」

「‼」

そうだ。ここで自分たちがヘタに逃げ出したりすれば、奴らは何かのはずみで村へ向かってしまうかもしれなそんなことになれば村への脅威が更に増えることになる。それだけは防がなければ……。

「悪ぃナミ、おかげで落ち着いたぜ――」

 気を幾分か落ち着かせたウソップが謝ると、ナミはふっと微笑んで、

「わたしが落ち着いてお宝探せないでしょうが‼‼」

 鬼のような形相でウソップの尻を思い切り蹴飛ばした。

「やっぱお前最低だばーーっ‼‼」

ウソップは茂みの中から森の外へと弾き出され、顔面から地面へと飛び込んでいった。

 突然森の中から飛んできた男に驚いて、三人のいる方へ向かってきていた海賊たちが驚いて何歩か後ずさる。

「うわっ、なんだこいつ……」

 すると、長鼻の男が飛び出してきた森の奥の方へ女と老人が駆けていくのを目にした海賊の一人が仲間に叫ぶ。

「! 茂みの奥に誰か逃げていくぞ、追いかけ――」

「待てーーーい‼」

「⁉」

後を追おうとする海賊たちを叫び止めたのは、長鼻の男だった。

「おれの名は!キャプテ~~~ン・ウソップ!

大人しく降参しろ、おれには八千人の部下がいる‼‼」

 立派な鼻の先が曲がり、地面に擦り付けた顔が赤くなったウソップが、声高らかに海賊たちへと降伏勧告を行う。心中はもうヤケクソである。

「……」

 呆気に取られた様子の海賊と、相手の出方をじっと待つウソップ。両者の間に僅かながら沈黙の時間が流れた。

 と、海賊の一人がウソップが手に持つパチンコに気がついた。

「パチンコ……?」

「まさか、さっきの攻撃は全部てめえが……」

「げ」

 瞬間、滝のような汗をかきながらウソップが腰を低く、それはもう低くして釈明に走る。

「いや違うんですよ、さっき逃げてった人にそそのかされましてぇ~。

ワタクシめは完全に被害者といいますか……」

 クネクネと薄気味悪く動きながら話しかけてくるウソップという男に、海賊が顔をしかめながら聞く。

「……撃ったのはてめえなんだよな?」

「ええまあはい……」

 すると海賊は一瞬にっこりと笑ったかと思えば、青筋を顔に浮かべながら、

「だったらまずはてめえをシメてから残りを痛めつけるでも良いよなあ‼⁉」

 そう叫んだ海賊がカットラスを振り下ろし、すんでのところでそれを避けたウソップは悲鳴をあげた。

「ぎゃああああごもっともでーーっ⁉」

 完全に先手を取ってやった、と海賊が思ったのも束の間、ウソップはすぐに森の中へと走り込んでいく。 

「あ、逃げる気か⁉」

「んなわけあるか、必殺〝鉛星〟‼」

「‼」

 ウソップは茂みの中へ姿を消したかと思えば、海賊たちへそう叫んで鉛玉を撃ち出す。弾き飛ばされた鉛玉は、正確に海賊の一人の額を捉え、モロにそれを喰らった海賊は白目を剥いて意識を失い、砂地に倒れ込んだ。

仲間が一瞬で一人仕留められたのをみて唖然とする海賊たちを笑い飛ばしながら、ウソップはどんどん森の中へと進んでいく。

「だっはっは! 狙撃手は相手から距離をとってナンボだからな!」

「野郎、身を隠しやすい森の中へ誘い込むつもりだ……!」

 いま自分たちが相手を追いかければ、敵は森の中で隠れながら狙撃してくる。無視したとしてもいまのように森の中から船や自分たちを狙って攻撃してくるかもしれない。ひ弱そうな見た目から大して強くなさそうだと思ったが、放置しておくにはあまりにも厄介だ。 

 ギリ、と歯軋りをしながらも海賊の一人は船の上の仲間と、先ほどまで共に陸地で見張りをしていた一人に用心するよう伝えながら、残りの二人を引き連れ森の中へと入り始めた。それを見てウソップも茂みの中に隠れながら呟く。

「き、来たか……! ナミはどう動くつもりなのかは知らねえが、上手くやれよ~……」

 茂みから太い木の幹の裏に移動して隠れながら、ウソップは森に入ってきた敵の様子を伺う。

 見たところ、相手の一人は懐からピストルを抜いていつでも撃てるようにしている。

 森に入って来られると木の枝などで狙いを定めづらくなる。反撃を受ける可能性があることを考えれば、ここからは不用意に攻撃するのは避けた方が良いだろう。

 そんなわけでウソップは――

「このまま静かぁ~に移動してあいつらから逃げ切るとするぜ……」

 そんなことを言った瞬間、地面に落ちていた少し大きめの枝を踏んだ。折れた枝が大きな音を鳴らす。

「そこか‼」

「ぎゃあーーっ‼」

 

    †

 

 悲鳴をあげながら逃げるウソップを海賊たちが追いかけていくのを見送りながら、茂みの中からナミとゴードンがひょっこり顔を出す。

「よし」

「本当に仲間なのかね君たち⁉」

 小さくガッツポーズを取るナミに、小さいながらも声を荒げてツッコむゴードン。

 彼らはウソップが森から出た後、森の奥へ逃げるふりをしながら道を外れ、先ほど敵船を見張っていた地点からさほど離れていないところで再び息を潜めていたのだ。

「仲間? 違うわよ、あいつらとわたしは言うなればビジネスパートナーってやつ」

「パートナーを囮にするビジネスとか聞いたことないんだがね……」

 気を落ち着けようと大きく息をついたゴードンはナミに問う。

「それで、これからどうするべきだろう?

ウソップ君を追いかけて行った連中は村に行かないだろうか……」

「あの様子じゃウソップに夢中で村には近づかないんじゃないかしら。

ウソップ(あいつ)が何かの間違いで村の中にまで逃げ込んだりしなければ、だけど」

 倒す、とまではいかなかったが陸の見張りは三人ウソップが引きつけてくれた。残った二人のうち一人はまだ気を失っているので陸地の見張りは実質一人。それだけならナミでもまだ戦えないことはないが、問題は船の上にいる連中だ。

「陸にいる一人を倒せたとしても、船にいる奴らまでは相手にできないし……ああでもあの二人をどうにかしなきゃ船のなかには入れないしなあ……」

「え、やっぱり入るのかい?」

 敵の船に乗り込む前提でブツブツとつぶやいているナミに困惑するゴードン。がしかしすぐに先刻ウソップを蹴飛ばして森から追い出した時のことを思い出し、本気で敵ののお宝を狙うつもりなのだと察した。

 そうしてしばらく考え込んでいたナミだったが、ハッと何かに気づいたように顔を上げる。

「そうだ! 倒さなくていいじゃない」

「?」

 どういうことか要領を得られていないゴードン。そんな彼の方を見て、ナミがニヤリと笑った。

「ゴードンさん。協力、してくれるかしら?」

「え……え?」

 猛烈に嫌な予感がするゴードンだったが、すでに彼に断る余地はなかったのであった。

 

    †

 

「全く、駆けつけてみればなんてザマだ、情けないなあ」

 周りに部下たちが転がっている光景を見渡しながら、ゼリフィスと名乗った男は大きくため息をついた。そんな彼に、エボシが忠言する。

「船長、気をつけてください! そこの麦わら野郎も〝悪魔の実〟の能力者です!」

「おう、そこに転がってる奴らは全員おれが倒した‼」

「あ、あたしは本気出してないだけだから! 今からガンガン倒すんだから!」

 やいのやいのと言い合うルフィとウタ。緊張感のカケラもみられない二人の様子に、エボシが顔を真っ赤にする。

「て、テメェら……!」

 そんな彼をよそに、ゼリフィスはルフィの方を向いて話しかける。

「なるほど。麦わらのキミ、名前は?」

「モンキー・D・ルフィ、海賊王になる男だ‼」

 即答するルフィをおい、と小突くウタ。

 だがそんな彼の答えを聞いて、ゼリフィスは納得したような素振りをみせる。

「〝海賊王〟……なるほど。やっぱりあの羊頭の海賊船はキミたちの船だったのか」

「おうそうだ! やらねえぞ」

「いらないよあんなチンケな船。そもそもワタシたちには既に立派な船がある」

 そう言って咳払いを一つしたゼリフィスがウタを指差して続ける。

「端的に言おう。ワタシたちの目的はウタ(そこのおんな)だ。元々キミと争うつもりはないんだよ」

 意識を向けられたことに気づいて警戒をみせるウタ。するとルフィが彼女とゼリフィスの間に入るように動き、そして言い放つ。

「ムリだ。ウタはお前らにはわたせねえ」

「ほう、そりゃまたどうして?」

おやおや、と大げさにゼリフィスが反応しながら聞くと、それに対して今度はルフィがウタを指差しながら答えた。

「こいつ海賊がキライなんだよ」

「……」

 しばらくその場にいた全員が黙り込む。あれ、これってツッコんでいいのか?と言いたげな表情の者もチラホラ。

 少ししてからルフィがポンと拳で手を叩いた。

「あ、おれたちも海賊だったな」

「バカかおめえ⁉」

「……」

 エボシや他のクラゲ海賊団のメンバー、そしてヨサクとジョニーがビシリとルフィに人差し指を突きつけてツッコむ。ウタも、これ以上人前で恥ずかしいマネするなとでも言いたげにルフィをじっとりと見ていた。

 するとゼリフィスは堰を切ったように笑いだしながら言う。

「プカカカ! 〝海賊嫌い〟か! それは知ってるよ。

その上でワタシたちは彼女が欲しいんじゃないか」

「なんでだ」

「それはエボシがもう言ってくれたんじゃないか? その子の〝価値〟を、さ」

「!」

 〝赤髪〟の娘。今現在〝偉大なる航路〟でその名を轟かせている大海賊の娘ともなれば、その身柄にも色々な利用の仕方がある。

 〝赤髪〟と鎬を削っている他の大物海賊に売り飛ばせば大金が手に入るだろう。そうやって手に入れた身柄を人質にでもすれば〝赤髪〟本人を下すことも可能かもしれない。ウタの存在は、〝偉大なる航路〟での勢力争いを大きく揺るがす可能性を秘めているということだ。

「そんな存在がまさかこの〝東の海〟にいたとは!

気づかなければただの生意気な小娘としか思えなかっただろうさ」

 両手を広げ自分たちはなんと幸運なのか、とゼリフィスが高らかに笑っていると、ヨサクとジョニーが反論する。

「いやいやいや! ウタの姉貴がそうだって確証もねえだろうがよ!」

「そうだ! ショーコがねえぞショーコが!」

「いや、ホントだぞ」

「うおおおーーーいっ‼‼」

 そんな助け船を即座に沈めたルフィに二人揃ってツッコむ賞金稼ぎ二人組。

顔を険しくしながらウタがゼリフィスに問う。

「……で、あたしをつかまえるために、村のみんなを人質にしようとしたってことなの?」

 聞かれたゼリフィスは口角を釣り上げ白い歯を見せながら答える。

「ああ、ワタシは慎重なんだよ。

 歌を聞いたら眠らせられるといっても結局本気でぶつかり合えば数と計画の勝負だ。人手を分散させて村を襲えばこちらが一度に受ける損害も少数にできてタイミングも分散させられる。

誰も傷つけさせずに私たちを全員たおす。キミにできるのかな?」

「……‼」

 ウタがきつく拳を握る。

彼女の能力も万能ではない。眠らせる力が届くのはそのまま彼女の歌声が届く範囲まで。以前ルフィたちの前で力を使った時のように屋内で使うのならまだしも、村全体にまで戦いが広がれば徒党を組んだ敵を一人で相手取るには多大な労力が要る。

 そしてこの男――ゼリフィスはウタが後者を選べないと察した上で〝服従〟か〝抵抗〟かを選ばせようとしている。

 相手の卑怯な考えを察したウタはルフィを押し除けながら、怒りの形相でゼリフィスに向かって一歩踏み出す。

「あんた……‼」

「おおっと! そんな怖い顔するなよ、これから一緒に航海していく仲なんだから!」

 勝ち誇ったかのように手をパタパタと振りながらゼリフィスが大仰に明るく振る舞う。彼の背後に控えていた部下たちもゲラゲラと下卑た笑い声をあげる。

「ふざけないで‼ アンタなんかに利用されるくらいなら――」

 徹底的に戦ってやる。そう言いかけたウタをゼリフィスがそれまでより一段と低い声で遮った。

「じゃあ改めて選ばせてやるよ」

「は……?」

 相手の突然の変わり様に困惑するウタにゼリフィスが自分たちの背後、そのさらに遠くの方を指差した。

「ワタシたちはエボシたちとは逆の方向から村に侵入してきたわけなんだが、まあ見ての通りさっきキミたちが暴れたらしい酒場の前を通ったんだよね」

「……まさか……」

 ゼリフィスたちの集団の背後、酒場のある方向から人影が歩いてくる。海賊の一人のようだが何か大きなものを引きずっているようにみえる。

「まあエボシのことだ、どうせ反抗的な態度を取られてイラついて撃った、とかなんだろうけどね。ここいらではっきり決めておこうじゃないか」

「……‼」

 ゼリフィスの元に辿り着いた海賊が引きずってきたモノを足元に無造作に置く。

 それは肩から血を流した酒場の主人、キョウコだった。

 ウタと、そしてヨサクやジョニーも彼女に気づいて叫んだ。

「キョウコさん‼」

「お、女将さん⁉」

 ゼエゼエと荒い息をするキョウコ。起き上がることも、敵に抵抗することもできないほど体力が落ちているようだ。そんな状態で地面に横たわっている彼女に、ゼリフィスが銃口を向けた。

「人質ってのはムダに傷つけちゃダメなんだ。

生かして返すか殺して捨てるか、二つに一つでいいんだよ」

 わかってるだろう、と船長から視線と向けられたエボシが恐怖で肩を震わせる。

 フン、と鼻を鳴らしたゼリフィスが再びウタの方を見る。

「そういうわけで、決めてもらうよ。

 大人しくワタシたちに着いてくるか、ここで徹底的に戦うのか」

 ウタの頬を汗が伝う。

秤にかけろと言われている。自分の尊厳と、他人の命とを。

 どちらを選んでも、自分が奴らに連れていかれることに変わりはない。ただ、その後ろに屍が増えるかどうか。変わるのはただそれだけ。やつらに利用されるなんてまっぴらごめんだ。だが、ここで下手な真似をすればキョウコが殺されてしまう。

(どうしよう、どうしよう……‼)

こうやって混乱しているのも相手の作戦なのだと理解はしているが、それでもウタの頭の中では様々な思考がすさまじいスピードで駆け巡っている。

 今ゼリフィスに対してウタから攻撃する手段は、あるにはある。

 だが、それを確実に遂行できるかどうかは怪しいし、成功させなければキョウコの命はない。

 極度の緊張で手が震え、このまま意識がどこかへ飛んでいってしまいそう――そんな時だった。

「ウタ」

「!!」

 すぐ後ろからルフィの声。振り返ると、彼の被っている麦わら帽子がウタの目に入る。

「ル、ルフィ……」

「ウタ。えらべ」

「!」

 静かに言うルフィの言葉に、ウタは胸の奥がキュッと締まるような感覚を覚える。

 が、ルフィは続けてこうも言った。

「そんで、信じろ!」

「え……」

 ウタがルフィの言葉の真意を汲み取れずにいると、村の方々から声が聞こえてきた。怒号というよりもそれは鬨の声。己を奮い立たせるための叫びであった。

 村の家々から、人が出てくる。ある者は鍋を、ある者は鍬を、またある者はどこかで拾ってきたのか太い木の枝を持って。家から出てきた者は雄叫びをあげながら駆けてくるや否や、困惑するウタたちのすぐそばに集まってきた。

「な、なんだ、なんだこりゃあ……⁉」

「急にどうしちまったんだこいつら‼」

 五十人は下らないだろう村人たちの集結に、驚きを隠せない海賊たち。それは、ウタもまた同じであった。

「これって……⁉」

 すると、集団の中から一人の青年が前に出てくる。見ればその顔には殴られてできたのであろう大きなアザがあった。

「ウタちゃんごめん! オレ、あの海賊に脅されてウタちゃんのことしゃべっちまったんだ……」

 目に涙を滲ませながら謝る青年は、そう言いながらウタの背後、エボシの方を見る。

 青年の顔を見て気づいた様子のエボシが冷や汗を垂らした。

「て、テメェあの時の……‼」

「それでオレ、みんなに伝えたんだ。ウタちゃんが危ないって」

「えっ……」

 青年の言ったことに思わず声が漏れるウタ。

「そうやって人手を集める途中で襲われそうになっちまったけど、ヨサクちゃんとジョニーちゃんが助けてくれてね!」

 すると青年の言葉を引き継ぐように、恰幅の良い女性が話すと、そういえば、と思い出したように顔を見合わせるヨサクとジョニー。

「じゃあ、あっしたちが皆さんを助けたあの時……」

「皆さんは皆さんで準備をしてたってぇことですかい!?」

「ええ、キョウコちゃんが連れてこられて、いよいよまずいとなりまして、村人総出で来てしまいましたわい」

 今度は長いヒゲの老人が答えた。

「みんな、どうして……」

 いくら危険が迫っていると知ったとして、自分のためにこんな危険な真似をしなくたっていいのに、とウタが彼らに言うと、

「決まってる‼」

体格の良い一人の男を筆頭に口々に村人たちが叫んだ。

「みんなウタちゃんが心配だからさ!」

「あたしら、人質扱いなんざごめんだよ!」

「戦いじゃ足引っ張るかもだけど、オレたち守られてばっかりなんてイヤなんだ」

 口々にそんなことを叫んでいる村人たちを見て、海賊たちは訳が分からないと顔を青ざめさせる。

「こ、こいつら怖くねえのか…⁉」

 船長が何も反応していないようだったので傍にいた部下がチラリと様子を伺ってみると、当のゼリフィスは村人たちが騒いでいる様子を面白くなさそうにじっと睨みつけていた。

「ルフィ、アンタが言ってた〝信じろ〟って……」

 これのことだったんだね、とウタが後ろにいるルフィの方を振り向くと、そのルフィ本人も意外そうな顔をしていた。

「すげえなあ~……」

「あれ……?」

 村人たちが助けに来てくれるのを信じろとか、そういうことを言いたかったんじゃないのだろうか、とウタが拍子抜けしているとそんな彼女にルフィは笑いながら言う。

「あいつら、お前の仲間みたいだぞ」

「仲間……?」

ああ、と頷きながら続けるルフィ。

「きっと能力とかヒミツとかも関係ねえ。みんなお前のこと考えてここまでやってるんだ」

「あたしの、こと……」

「〝悪魔の実〟の能力者」でもない、 「〝赤髪〟の娘」でもない。

 ウタという人間を、彼らは今こうやって助けようとしてくれている。

 恐ろしくないなどということないはずなのに、戦いに駆けつけてくれた村人たちの表情はいつになく生き生きとしていて、輝いているようにさえ見えた。

「ウタ、お前も信じろよ。お前のこと」

「!」

 信じろって、そういうことだったのか。

 確かに、さっきまでの自分はできることがあるのにそれを自分で抑え込んでしまっていた。

「あたし、あたしは……」

 いま目の前で奪われようとしている人を助けるためには。

 駆けつけてくれた人たちに報いるためには。

 前に、進むためには。

 顔を上げたウタは、状況を気に入らなさそうに眺めていたゼリフィスの方をまっすぐに見据えて叫んだ。

「おい海賊!」

「……なんだよ」

 明らかに先ほどより機嫌が悪くなっているらしいゼリフィスが目線のみを動かしてウタを睨むと、彼女が先ほどよりも明るい表情になっていることに気づく。まるで踏ん切りがついたというか、腹を決めたといった表情だ。

 そんな自分を気に入らなさそうに見ているゼリフィスに、ウタはハッキリと己の出した答えを突きつける。

「あたしは、絶対にアンタたちの好きなようにはならない。

それに村の人たちのこともこれ以上は絶対に傷つけさせない‼」

「……つまり」

 殺意に満ちたゼリフィスの眼光に臆することなく、ウタが言い放った。

「ええ。勝負だよ、〝クラゲ海賊団〟‼‼」

 村人たちからワッと歓声が上がると、宣戦布告を突き付けられたクラゲ海賊団の面々も、武器を構えてジリジリトとそちらへ距離を詰め始めた。

 鋭い目になったゼリフィスが手に持ったピストルの撃鉄を起こす。

「ならまずこの女を助けてみせ――」

「大人しく殺されると思ったかい、若造が……!」

「‼」

 自分のすぐ下で声がしたかと思えば、ゼリフィスの顔には突然砂がぶちまけられた。モロに目潰しを喰らったゼリフィスが痛みに声を漏らしながら何歩か後ずさる。

 攻撃したのは他でもない、今まさに死にそうになっていたキョウコだった。撃たれた方の腕で片肘をつきながら上半身を起こしている。なかったはずの力を振り絞っているためか、身体を支える腕はブルブルと震えてしまっていた。

 そんな状態のキョウコが、ウタの方へ息を荒げながら叫ぶ。

「ウタ、アタシもアンタの仲間だ、忘れんじゃないよ‼」

「キョウコさん!」

 死にかけだった女が突然攻撃してきたことに驚いていた海賊たちだが、すぐに激昂して何人かがキョウコに斬りかかろうとする。

「こ、このアマ……‼」

「船長になんてことを‼」

 もはやこれまでと、抵抗する力を失くしたキョウコは静かに目をとしながら顔を俯ける。

 させるものか。

「ルフィ! やるよ、あたしも‼」

 ルフィにそう叫んだウタの右手の中に、突如音符が一つ現れた。

「おう、いいぞ‼」

 グッと握り拳をこちらへ突き出すルフィを見てほほ笑みながら、ウタが唱える。

「〝魔法の音色(トーノ・マジコ)〟……」

 そうして右手で銃の形をつくったウタが、銃口に当たる人差し指を今まさに斬り殺されそうとしているキョウコに向け、指先から音符を発射した。

「くたばれババアーーっ!」

「ぐっ……!」

 キョウコへ海賊たちの凶刃が届かんとしたその時、二者の間に先ほどウタが投げた音符が飛び込み、そしてウタが叫んだ。

「〝防〟音(プロテッジェレ)‼」

「‼⁉」

 彼女の叫びと共に、投げ入れられた音符が一瞬閃光を放ち膨らんだかと思えば、キョウコを包み込むようにドームを形成した。そしてキョウコに突き立てられようとしていた刃は夜空の星が散りばめられたような煌めきを放つそのドームの壁に大きな金属音を立てながら阻まれ、ある者の剣は切先が欠け、またある者は刀身が真っ二つに折れてしまった。

「なっ⁉」

「か、硬え……っ‼」

 理解の追いつかない突然の出来事に不意をつかれた海賊たちが狼狽えたのをみて、ウタがその手の中に再び音符を一つ出現させる。

「キョウコさん伏せといて!」

 言われたキョウコが、ドームの中で姿勢を低くする。

 そしてウタがドームに群がる海賊たちに向かって再び音符を発射した。途中まではまるでボールのように放物線を描いて飛んでいった音符はちょうど海賊たちの目の前でスピードを緩め、そのまま空中で移動を止めた。

「な、なんだこれ」

「まだ何かするつもりなのかあの女⁉」

 混乱する海賊たちに、ニッと笑いながらウタが叫んだ。

「音量注意! 〝魔法の音色(トーノ・マジコ)〝‼」

 すると海賊たちの目の前でふわふわと宙に浮いていた音符がカッと光ったかと思えば、まるで風船のように破裂し、それと同時に彼らを強烈な衝撃と突風が襲った。

「〝爆〟音(エスプロシオーネ)‼‼」

「‼‼」

 目の前で破裂したのはただの(?)音符のハズなのに。まるで目の前で爆弾が炸裂したかのような音と衝撃が海賊たちを揺らし、爆風が身体を浮かせ吹き飛ばす。悲鳴と共に弾き飛ばされた海賊たちはキョウコから離れた場所へ背中から落下し、そのまま意識を失った。

「いまだ、行くぞーーっ‼」

 キョウコに群がっていた海賊が一掃されたのを見た村人たちが、一斉に雪崩れ込む。海賊たちはエボシを筆頭に応戦しようとするが、そこに斬りかかったジョニーとヨサク、そして武器をもっと村人たちに阻まれる。

 戦いの火蓋が切られた場の混乱に乗じて、村人数人がキョウコを抱えて離脱するのを見たウタが村人たちの援護をしようと動いた瞬間、彼女を斬ろうとカットラスが振り下ろされた。

「‼」

 すんでのところで回避したウタが見ると、怒りで顔を真っ赤にしたエボシがそこに立っていた。

「このっ…クソ女がぁぁぁ……てめえのせいで何もかもメチャクチャじゃねえか‼」

「ヘマしたのは自分たちでしょ!」

「うるせえ‼ こうなりゃ村人は皆殺しだ! てめえも徹底的に痛めつけてやるからなぁ‼」

 するとエボシの後ろからもぞろぞろと海賊たちが姿を見せ、あっという間にウタの周りに包囲網が完成した。しかしウタはそれに狼狽えることもなく、ため息を一つ吐くと頭を掻きながらエボシたちへ不敵に笑った。

「そっちこそ気をつけなよ。あたしの歌は悪者にはこわいんだから‼」

 

    †

 

「バカな、〝ウタウタの実〟にこんなチカラがあったのか……⁉」

 事前の報告にあった〝ウタウタの実〟の能力にこんなものはなかったはずだ、と部下が吹き飛ばされるのを目の当たりゼリフィスが目を見開いて呟く。

 そんな彼の耳に届くのは、不愉快な呼び声。

「おいくたびれ船長!」

「あぁ⁉」

 苛立ちが限界近くに達しながら勢いよく声のする方を見ようとしたゼリフィスの横っ面に、とてつもないスピードで拳だけが迫っていた。

「!!!」

 ギョッとしながらすぐに身を引きその拳を避けたゼリフィスの目の前を、長く長く伸びた腕が高スピードで横切っていく。腕は途中で伸びるのを止め、先ほどとほとんど同じスピードで今度は逆に縮み始めた。自分の顔にぶつかろうとしていた拳が目の前を映像の逆再生のように戻っていくのをゼリフィスが目で追いかけると、バチンと大きな音を立ててその人物の腕が元の形に戻る。

「ありゃ、おしい」

「麦わら小僧……‼」

 拳の主、モンキー・D・ルフィがすっとぼけた顔で呟いているのをみて、ゼリフィスが額に青筋を浮かべながら怒声を浴びせた。

「この期に及んでお前、まだあの女を守るつもりかい⁉」

「守る? ちげえだろ!」

「何ィ……?」

 アホかおまえ、と相手の言っていることを一蹴するルフィの態度にゼリフィスが苛立ちを募らせていると、ルフィはキッと彼を睨みながら言う。

「ウタはもう自分でたたかってんだから、守る必要なんてねえ。

それにな、おれはお前に一番ムカついたからお前をなぐるんだ!」

 格闘戦の構えを取りながらことごとく自分の機嫌を逆撫でしてくる青年の言葉に白目を剥きそうになるが、何とか平静を取り戻してゼリフィスが言う。

「プカカ……まあ何でもいいけどね、ここでウタの味方をしたって何の得もないのに、要らぬ戦いに首突っ込む理由がどこにあるって言うんだ‼」

 そんなゼリフィスの言葉に、ルフィは静かに答えた。

「……ウタがどう思ってるかは知らねえけどな」

「?」

「おれはあいつの仲間だ。仲間の夢をジャマするやつは、おれがぶん殴る‼‼」

「……‼」

 あまりにも子どもじみた動機。だが自分に向けられるルフィの眼光から、ゼリフィスは相手が本気で言っていると察した。そして先ほどから度々耳にする「仲間」という言葉の響きが無性に腹立たしくて、ゼリフィスは両腰に提げた二本の剣を抜きながらルフィに言う。

「……だったら殴ってみなよ、そのよく伸びる腕でさ!」

 それに対してニッと不敵な笑みを浮かべながら、ルフィが言った。

「おう、殴る! 酒場のおばちゃんの分もな!」

 




戦闘描写を小出しにして肩慣らしをしていくという戦法。
肩慣らしできてるかはこれもう分かんねえな。
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