ONE PIECE “IF” RED 【完結】   作:巨象先輩

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流儀(やりかた)

 

 ゴーイング・メリー号の甲板にて。

 両手と口に刀を構えたゾロが、クラゲ海賊団戦闘員のハナガサとの距離を一気に詰める。

「〝鬼〟……」

「‼」

 両腕を交差させ、手に握った刀を垂直に立てる。体制を低く保ったまま、ゾロがハナガサの懐へ潜り込んだ。

 繰り出すは彼が最も得意とし、そしてこれまでも多くの敵を打ち負かしてきた三刀流の技の一つ。

「〝斬り〟‼」

 両腕を同時に振り抜く。敵とすれ違うその一瞬に繰り出される剣技は、確かにその動作を完了させていた。

 ――が。

「‼」

「ガッハッハ! なるほどな、〝海賊狩り〟の名はダテとちゃうっちゅうわけや!」

 ゾロが振り抜いた刀には、一切の手応えがなかった。

 その代わりとでもいうように勝ち誇ったような笑い声があがった方を見てみれば、そこには健康そのものといった様子のハナガサがいた。無論、身体には刀傷など一つもついていない。

「てめえ……」

「どうや、ねらったエモノが斬れんかった気分は?」

「……!」

 ゾロの〝鬼斬り〟は確かに決まっていた。これまで通りであれば、彼の刀はハナガサの肉体を切り裂き、それで決着がついていたはずだ。

 だが、ゾロの目は確かに捉えていた。彼の刀が自分の身体を捉えて振り抜かれるその瞬間、ハナガサの巨躯がおよそ常人ではありえないような姿勢へと変化して刀を避け、それまで立っていた場所から離脱していたのを。

「その図体で器用なことしやがる」

「デカブツは攻めることしか知らんなんて思うたらいかんで、〝海賊狩り〟。

 まあこれまでお前が斬ってきたんが大した奴らやなかったちゅうだけやろうけどなぁ」

「言ってろタコ野郎――」

 ゾロが言い切らないうちに、今度はハナガサが飛びかかってくる。

「それ言うならクラゲやハゲタコォ‼」

「〝虎〟――」

「‼」

 口に咥えた刀と十字に交差するようにゾロが両手を頭の後ろへ回し二刀を構える。そしてハナガサの身体が間合いに入った瞬間、二本の刀が一気に振り下ろされた。

「〝狩り〟‼」

「無駄や‼」

「!」

 ハナガサが甲板の床を勢いよく蹴り、ゾロの左真横へと滑り込んでくる。ブレーキをかけることなく回避行動に移るその動きの滑らかさは軟体動物を彷彿とさせる。

 水面に飛び込むかのように頭から自分のそばまで飛び込んできたハナガサを視界の端に捉え、ゾロが左手に握った刀を持ち替え突きを繰り出す。しかし、それをも見切ったハナガサは釣り上げられた魚のようにバチンと身体を床に叩きつけたかと思えば、その反動を利用し上半身を起こし、そのまま素早く立ち上がり追撃を躱した。

 立ち上がったところにゾロが再び斬りかかるが、これもまたヌルリとしたハナガサの動きに避けられ続ける。クネクネと動き回りながらハナガサがゾロに語り始めた。

「ワシは長いことこの拳ひとつで戦い続けてきたんや。

 そんな中でワシが編み出したんがこの戦い方や!

 持ち前の目の良さと関節の柔らかさに、敵の攻撃の勢いを利用した完璧な回避法、さながら波間を漂う――」

「避けるかしゃべるかどっちかにしやがれタコ野郎!」

「そうタコの如し、ってクラゲやアホ‼」

 ゾロの攻撃を避け切ったハナガサが一度大きく距離を開ける。

「名付けて〝マニマニ闘法(とうほう)〟‼」

「……」

 ゾロが刀を咥えたまま口から大きく息を吐く。

 相手のヤケに高いテンションと、回避に徹した戦い方に幾分か体力を取られた。油断があったことも確かだが、ハナガサの回避能力は想定以上のものだ。紙一重で技を避けてくる相手のやり方には、水面に浮かんだ小さなゴミを手で掬おうとして隙間から取り逃がしてしまったときのような、妙に腹立たしい感覚を覚える。

「くだらねえ。曲芸ならどこぞのサーカスでやってくれ」

「その曲芸に翻弄されとるやつが言うことか!

 もちろん避けるだけやないでワシは!

この関節の柔らかさを活かして繰り出す拳は何者にも避けきれん‼」

「!」

 相手が攻めてくると分かったゾロは、させるものかとハナガサへ駆け寄る。それに対しハナガサが、ウネウネと触手のように右腕を後ろに引き、すぐさま拳を突き出した。

「〝クラー(ゲン)〟‼」

「‼」

 ただパンチを繰り出すだけなら簡単に避けられる。ゾロは迫ってくるハナガサの右ストレートを最小限の頭の動きのみで難なく躱した。

 と次の瞬間、躱したはずのハナガサの右腕がゾロの左肩へと真っ直ぐ振り下ろされた。鈍器で殴りつけられるような衝撃と痛みが身体に突き刺さる。

「なっ……⁉」

 ストレートを放った直後の右腕が、そのままゾロにチョップを喰らわせていたのだ。しかも、おそらくストレートを放った際に起こったスピードや衝撃をそのまま残して。

「ただの連続攻撃やない。〝クラー拳〟は相手にワシの攻撃が当たるまで止まらへんし威力を緩めへん。別々の動作にみえても、当たるまでの全ての動きがつながっとるんや。

 今ので言うたらストレートからのチョップでようやく一つの動作が終わったっちゅう感じやなぁ」

「……!」

 予想だにしなかったダメージに思わず膝をつきそうになる。が、辛うじてゾロは体勢を立て直した。

 息の荒くなったゾロを見てニヤリと口角を上げたハナガサが今度は両腕をくねらせながら迫る。

「まだまだいくでぇ…〝クラー拳〟ーー‼‼」

 今度は左右両方の腕が襲いかかる。ストレート、フック、アッパー、挙句には裏拳や肘、平手など、上下左右あらゆる方向からあらゆる組み合わせの攻撃が高速で飛んでくる。ハナガサ自身も腕だけでなく身体ごとくねらせながら拳撃を繰り出してくるため、攻撃の軌道が一つに定まっていない。それらの攻撃を何とか躱すが、だんだんとゾロは船のへりまで追い詰められていく。

(くそっ、このままじゃジリ貧だ……何とかスキを突けねぇもんか――)

 そんなことを考えていると、ゾロは踵に何かがぶつかったことに気づく。彼が首を回して見てみれば、いつの間にか甲板の端、壁際の部分まで追いやられていた。下を見るとすぐそこに海面が見える。

「しまっ――」

「隙ありぃ‼」

 その一瞬を見逃さなかったハナガサの拳がゾロの顔に数回にわたって炸裂した。瞬時に何発もパンチを叩き込まれ脳が揺れたゾロの意識が飛びかけ、身体から力が抜ける。

「これで終(しま)いや! 〝(カイ)(サン)・〟――」

(…………‼)

 敵は大技を仕掛けてこようとしているが、この状態では避け切れないだろう。無意識にそう判断したゾロは、同じく無意識に先ほどまでの相手の様子を脳内にて高速で振り返っていた。

(そういや……)

 ゾロが何かに気づきかけた瞬間、ハナガサの渾身のストレートがゾロの腹部に突き刺さった。

「〝(ブツ)〟‼‼」

「‼‼」

 太い丸太が思い切りぶつかってくるような、硬く重い衝撃がゾロの体を突き抜けた。喉奥から血の味が口の中に広がる。視界が真っ白になっていくのを感じながらも、ゾロは先ほど気づいたことについてはっきりとかんがえをまとめることができた。

「ガッハッハ‼ 〝海賊狩り〟も大したことなかったみたいやな!」

 白目を剥きながら口の端から血を流すゾロを見て、ハナガサが声高らかに自分の勝利をアピールする。これまで多くの海賊を倒してきた猛者がどんなものなのかと思えば、少し自分が力を入れたくらいでこの体たらく。失望の念も感じながらも、ハナガサは自身の挙げた手柄に内心ほくそ笑んでいた。

「ほな、ワシも村の方へ加勢にいかんとなあ。慣れん陸での仕事はさっさと終わらせな――」

 そう言いながら、ハナガサが船を降りようと歩き出した時、背後からの声が彼のことを呼び止めた。

「待ちな、タコ野郎」

「だからクラゲって言っとるやろが――  ⁉」

 見れば、そこにはゾロが立っていた。

「な……⁉」

 なぜ、と叫ぼうとしたが、あとの言葉が喉につっかえて出てこない。そんな、倒したはずの相手がまた立っていることに驚きを隠せない様子のハナガサをゾロが鼻で笑う。

「あんな一発で降参だなんて冗談じゃねぇ。腹下した時のほうがよっぽど痛むぜ」

「な、なんやと⁉」

「それにな、てめえの……なんだったか、ナントカ法ってのももう通用しねえ」

「は‼⁉」

 挑発されたかと思えば、自慢の〝マニマニ闘法〟を見切ったとでもいうようなゾロの発言に、ハナガサの頭の中を驚きの「!」と困惑の「?」が飛び交う。

「き、急に何言うとるんや」

「いや、さっきまでおれが手加減してたばっかりに、お前に自信をもたせちまったようなんで一言断っとこうと思ってな」

「‼」

 ……分かっている。安い挑発だ。あんなことを言っておいて、先ほどまで自分の技に翻弄されていたのは事実なのだ。戯言だ。戯言でしかない。己の心の中に沸々と何かが沸き立つような感覚を覚えながらも、ハナガサはそう考えて心の平静を保とうとする。

「ほぉぉぉ~……〝手加減〟かい。そら残念やなあ、本気で戦ってもらえんっちゅうんは……」

「それはおれもだぜ、残念でならねえよ」

「あん?」

 ゾロがハナガサに殴られた腹をポンポンと叩きながらニヤリと笑って言った。

「今までお前はその自慢の拳とやらで敵をたおしてきたんだろうけどな、さっき驚いてたあたりおれが倒れない程度の威力でしか相手をなぐってこなかったんだろ?

 ってことは、お前が今まで殴なぐってきたのはこの程度で倒れるような大したことないやつらだったか……お前の本気が大したことないってことだろ?」

 ハナガサの中で何かがブツリと音を立てて切れた。

 ガツンと拳同士をかち合わせ、荒っぽく口から息を吐き出したハナガサが、目尻を釣り上げてゾロに言い放った。

「ほんなら見せたろやないか……今度はその脳天にぶちかましたルァァァ‼‼」

 言い切らないうちに全速力でゾロに突進するハナガサ。対するゾロは二本の刀をバツ印の形に交差させて待ち構える。

「終わりや、〝クラー拳〟‼‼‼」

 ハナガサによる全力のストレートがゾロの顔面に打ち込まれる―――ことはなく。

「……んあ??」

 何故か。

 何故かハナガサの身体は、宙に浮いていた。

 どこからかゾロの声が聞こえてくる。

「てめえの攻撃の初手は、絶対に右のストレート。

 それも体をひねったりせず真正面からおれの頭を狙うもんだから軌道が丸わかりときた。

 なら、受け止めるのは難しくもねえ」

「あ、あぁ…‼⁉」

 瞬間、ハナガサは思い出した。

 ついさっきストレートを繰り出した瞬間、ゾロはバツ印に交差させた刀の刀身でハナガサの拳を受け止めたのだ。それだけではない。拳を受け止めながら、ゾロは甲板の床に背中をつけて後転の姿勢をとりつつ攻撃の勢いを殺し、そのままつんのめったハナガサの身体が自身の真上に来たタイミングでそれを思い切り蹴り上げた。その結果ハナガサは船の外へ投げ出され、いまに至っているのだ。ゾロはこれら一連の動きを、(またた)きの間に実行してみせたのだ。あまりに一瞬の出来事に、ハナガサも自分の身に起こったことをすぐに把握することができなかった。

 そうやって高く、そして緩やかな放物線を描くように飛んでいく己を止めようといくらもがいても、彼の手足は空を切るばかり。そして――

「軸になる足が地面についてなきゃ、あのヘンタイ的な動きもできねえだろ」

「‼」

 立ち上がったゾロが船の外へ飛び出す。

 助走をつけ甲板の床を蹴っている分のスピードで、あっという間にハナガサを間合いに捉えた。

「三刀流、〝(とび)・〟……」

「ぬあああああ‼⁉」

 抵抗しようとするハナガサが腕を振り回すが、もう遅い。

「〝小鬼斬(こおにぎ)り〟‼‼‼」

「‼‼」

 一瞬で三閃。ハナガサの体に大きな傷が刻まれた。

 ダメージのショックで白目を剥き、口から血を吐きながら海へと落ちていくハナガサ。

「……ん? うおあああ⁉」

 そしてゾロもまた、自分が船の外、海の真上に浮いていたことを思い出し、すっとんきょうな声をあげながら落下していくのだった。

 

    †

 

 場面は変わり、島にある浜のひとつ。その沿岸に停泊させていた船を見張っている〝クラゲ海賊団〟の船員が一人いた。

 先程まで船の甲板に煙幕やら爆発物やらで攻撃をされ、その実行犯らしき長鼻の男を仲間が追いかけて行ったのだが、森の中へ入って行ったきり戻ってくる気配がない。そして自分の隣には、その長鼻の男によって気絶させられていた仲間が腰を下ろしている。鉛玉をモロに眉間に喰らってしばらく気絶していたのだが、意識を取り戻した様子だ。悪態をつきながら痛むのだろう額をさするそいつを休ませながら、今は自分が見張り番である。

 とはいえ流石にいざという時マトモに戦える人員が自分だけというのも危なっかしいので、甲板にいる仲間に一人こちらに来て欲しい旨を伝えて、再び村のある方角へと意識を向けていると、海岸から少し歩いてすぐ道の両脇に広がる森、その茂みから人影が目の前へと躍り出た。

「⁉」

 見れば相手は二人。一人は女。一目見ただけでもなかなかの上玉だ。

 そしてもう一人は大柄な老人。が、よくよく見てみれば縄で両手を縛られ、女に手綱を握られているよという何とも奇妙な状態であった。

 そんな様子の相手を見て警戒した船員は、剣の切先をこちらへと近づいてくる二人へ向けて警告する。

「怪しいやつだな……おい止まれ‼」

 すると女の方が老人を縛っている縄を片手に持ったまま両腕を上げて敵意がないことを示しながら声をあげた。

「待ってください!

わたし、あなたたちの仲間に言われてウタの仲間を捕まえてきたんです‼」

「なに……⁉」

 確かに、先ほどここから少し移動した先の海域でそんなやつを捕まえるために、幹部のハナガサをリーダーにした部隊を送り出したはずだが、すぐにほとんどの船員が逃げ帰ってきた。

 帰ってきた者の話によれば、随分と腕の立つ剣士に次々と仲間がやられたとのことだった。しかも残りの敵は、標的を連れて森の中へ逃げ込んだとかで、船長が痺れを切らして直接村へウタを捕まえに向かったのだ。

 それに思い返してみれば、敵の船に乗っていたらしいのは剣士の他に先程仲間が追いかけて行った長鼻、用心棒らしき男二人に女が一人――。

「お前、さっきの長鼻の仲間じゃねえのか?」

「とんでもないです!

わたしはあいつを利用して、このお爺さんをつかまえるチャンスをねらってたんですよ」

「ぬうーナミ君、裏切ったなー」

 威圧してくる海賊に臆することなくペラペラと出まかせを言うナミ。そんな彼女の横で慣れない芝居を強いられ冷や汗をかきながらも、ゴードンは〝突如裏切られ敵に売られそうになっている老人〟を演じていた。

「それでその、さっきお会いしたお仲間の方にですね、〝この先にいる仲間に引き渡してくれれば、あとで船長から褒美も貰えるようにしとく〟って……」

 そう言われたんです、とナミが猫を被る。しかも何気なくサラッと報酬も要求している。彼女の口八丁手八丁に内心感服しつつも、ゴードンは自分の芝居が見劣りしすぎてバレやしないかと気が気ではない。それに相手の頭目は既にウタを攫いに村へと行ってしまっている。〝人質なんぞもう必要ない〟とこの場で斬り捨てられる可能性だってある。

「うぅむ……」

 既に狙いは保護者を人質にとることではなく、ウタを直接連れ去ることに変わっている。今更こんな老ぼれ一人手に入れたところで何か利点でもあるのかどうか……。そんなことを海賊が考えていると、甲板から降りてきたもう一人の仲間が後ろからやってきた。

「おいどうし――え、そのジジイ、最初にねらってたウタの仲間じゃねえか!」

「おう、この女がおれらの仲間にここに連れて行けって言われたみてぇでよ」

 すると軽い態度の海賊は目を細め、ナミの顔や身体をジロジロと見ながら言う。

「ほぉー嬢ちゃんお手柄だなあ! それにベッピンさんだ……♡」

 苦笑いしながらナミがそれに対応していると、二人目の海賊がパチンと指を鳴らして一人目の海賊に言った。

「そうだ!今からこの爺さん連れて村に行こうぜ!

 コイツのこと見りゃウタだって抵抗できなくなるだろ?」

「なに?」

「人質作戦を今からでもやっちまおうってことだよ!」

 乗り気でない一人目に、笑顔でウンウンと頷く二人目。

 上手く話が自分たちに有利な方へ流れ始めたのを察してナミがそこに加わった。

「あー! ならわたしもついていきます!」

「お前が?」

 怪訝な顔をする一人目にナミが続けて言う。

「だって、村ではわたしの元船長も戦ってるんですよ?

 わたしがそちらについているのを見れば、きっと動揺して身動き取れなくなりますよ‼」

 いい作戦思いついちゃった~、という感じに大袈裟に話してみせるナミになるほど~、と同調する二人目の見張り番。

「それにわたしはほんの少しご褒美がもらえるだけでいいので、このお爺さん捕まえたお手柄もお二人にあげちゃいますよ」

「マジで⁉」

「本気か?」

 一番重要であろう部分の功績が譲られると聞いて驚く海賊たちに、全然オッケーと手でサインをつくりながらにっこりと笑うナミ。

 本当に手柄が自分たちのものになったとして、この老人を人質にすることでウタを捕えることに貢献できれば功績はさらに積み上がる。船長からも褒美が出るかもしれないし、船の中での地位だって――。

などと頭の中で考えているのだろう、先ほどまで怪しむ素振りを見せていた一人目の見張り番の表情がほころぶのを見逃さず、ナミが更に続ける。

「あっ、でもその前にウチの船に向かっていったお仲間を迎えに行ったほうがいいですかね?

 ホラ、あの体格のいいムキムキの……」

「あ、そう言えばハナガサさんたち……」

 元々いま目の前で縛られている老人は、相手海賊の船にいるというので幹部のハナガサ率いる襲撃班が捕まえに行った人物のはずだ。幹部を差し置いて下っ端の自分たちだけ手柄をあげるなどというのは魅力的ではあるがその後のことが怖い。少し考えたが、やはり上役を除いたまま話を進めるのはやめておこう、と海賊二人は結論付けた。

「……行くかぁ」

 仲間と互いに頷き合いながら、一人目の海賊が船の方へを足を運ぶ。二人目の海賊がそれを見てナミからゴードンを縛っている縄の端を受け取ろうと手を伸ばすと、ひょいとそれをかわしながら彼女が言う。

「じゃ、わたしもついていきます! 一人で待つのヒマだし!」

「ええ~? お嬢ちゃん、流石に船の中まで入ってこられるのは……」

 断ろうとした二人目の目をじっと見つめながら、困ったような表情を見せてナミが言った。

「ダメ……ですか??」

「‼‼」

 膝を曲げて身をかがめ、下からこちらを見上げてくる相手の姿に思わず胸が高鳴った。しかも姿勢を低くしたせいで着ているシャツの襟のあたりからチラリと胸の谷間が見える。女っ気のない生活がずっと続いていた彼からすれば、美人から話しかけられたというだけでも嬉しいのにこんなセクシーな姿まで見せられてしまっては断りようもなく―――

「いらっしゃーい♡」

「お邪魔しまーす♪」

 ナミたち二人はあっさりと船内へ侵入できてしまった。

「ぬうー、はなせーはなせー……」

 あまりに順調に敵の本丸に侵入できた驚きと、虎口に入り込んでしまったことへの恐怖から冷や汗をかきながらも、ゴードンは必至で演技を続けるのだった。

 

    †

 

 海賊と村人が入り乱れて争う決戦場と化したマース村の大広場。そのちょうど中心のあたりでウタとクラゲ海賊団副船長のエボシが対峙していた。

「〝ウタウタの実〟の能力……歌で眠らせるんじゃなかったのか⁉」

「エボシさん……‼」

 先ほどウタの力によって目の前で仲間が一度に何人も吹き飛ばされたことで、エボシのそばに控える部下たちは及び腰になっていた。そんな海賊たちの様子を見てウタがエボシにニヤニヤと笑いながら言う。

「ねえねえ、さっきあたしをテッテイテキにイタメツケル~とか言ってたけど、できそう?」

「ううう、うるせえっ‼ そもそもおかしいだろ!

 〝悪魔の実〟は一つにつき能力は一つだけって話じゃねえか! どう言う理屈なんだ‼」

 エボシの叫びに腕を組みながらうーんとしばし考える素振りをとったウタが、ウサギの耳のように結んだ髪を片方だけピンと立てながら答える。

「もちろんあたしの能力は一つだけだよ。それがいろんな方向に伸ばせるってだけ。

 音楽と同じだよ。声だけのアカペラや楽器だけの器楽、そしてそれらが組み合わさって歌唱曲になって……まぁ、あたしは楽器はまだ苦手なんだけどね?」

「いや、全然わからん……」

 ウタの説明では理解できないと海賊たちが手をパタパタと振って示す。それを見たウタが大きくため息をつき、そして海賊たちの方を再び見たと思えば、

「フッ」

 ……と、まぁそちらには分からんでしょうねと嘲るかのような笑みを浮かべた。

 それを見たエボシたちは恥ずかしさと怒りが混ざり合ったような感情から顔を赤くする。そして、真っ赤な顔のままエボシが周りの仲間たちに向けて大声で指示を出した。

「っ……‼ てめえらぁ! おれたちの本当の恐ろしさ見せてやれ!」

「へいっ‼」

 その号令を聞いた海賊たちが、自分たちの持つカットラスの柄の部分を何やらいじっていたと思えば、カチリ、という小さな音が鳴ったのがウタには聞こえた。

 すると、剣と柄の境の部分から何やら黄色がかった液体がドロリと流れ出し、それが刀身を伝って滴り落ちる。

「なんだ、あいつら何を……?」

「‼ おいっ、危ねえぞ‼」

「なっ……」

 海賊たちが不審な動きを見せたことに一瞬動きを止めた村人たち。その内の一人に、海賊が斬りかかる。不意を突かれた若者が体勢を崩し、海賊がそんな相手の腕を切りつけた。

「うあっ……⁉」

「大丈夫か⁉」

 腕に傷を負った村人に仲間が駆け寄ると、相手は突如苦痛に顔を歪めながら膝から崩れ落ちて地に倒れ伏す。

「うぐっ……ぐ、ああああああああ⁉」

その様子は明らかに尋常ではない。少なくとも、剣で斬られた痛みだけで悲鳴をあげているわけではないようにみえた。

 相手の剣を濡らしていた液体に、斬られた村人の苦しみ方。そこから最悪の予想が頭の中に浮かんだウタが呟いた。

「まさか……‼」

 

    †

 

「何だ、どうしたんだ?」

 ウタがいる所からは少し離れた位置で、ゼリフィスと交戦しながら彼女たちのいる方向を見ていたルフィ。どうも向こうの様子がおかしいことに気づいたらしい彼に、ゼリフィスが言った。

「毒だよ」

「毒?」

 ルフィが見ると、ゼリフィスが振るう二本の剣の刀身も他の海賊たちと同じく黄色い液体に濡れている。その剣をルフィの方に見せながら、ゼリフィスが話し出した。

「〝シクハクラゲ〟というクラゲが持つ毒をもとに、ウチで独自開発したんだ。

 武器に仕込んで、傷から侵入した毒が神経に作用して激痛をもたらす。あの村人、下手したら腕が二度と使い物にならないかもね」

「なんでそんなことすんだ」

「はぁ??」

 表情を変えないまま聞くルフィに、ゼリフィスが意味が分からないとばかりに吹き出しながら答える。

「プッ、カカカ‼ キミの〝なんで〟というのが、毒を使うことに対してなのか、毒の効能に対してなのかは分からないけど……どちらも同じ理由だよ」

 そうして笑い終えたゼリフィスが、ほぅと一息ついてから下卑た笑みを顔に浮かべながら言った。

「楽しいんだよ。僕らに逆らってきたバカが苦しんでいるのがね!

 毒には色々あるからさ、人を殺すモノだってつくれるワケだけど、それじゃ斬り殺すのや撃ち殺すのと変わり映えしないだろ?

 だからね、この毒では死なせないんだ。弱っちい身の程知らずを痛めつけて、まともに動けなくなったそいつらの絶望した顔を楽しみながら奪い尽くす!

 それが、ワタシたちの海賊としての流儀(やりかた)なんだよ‼」

 そう、それが自分たち〝クラゲ海賊団〟。

 潜水艦を使うのは、誰にも気づかれず襲撃を不意に行えるようにさせるだけでなく、カモにできそうな相手を安全な場所から品定めするため。

 毒を使うのは、死なない程度に苦しめた相手の目の前で、そいつらの大切なものを奪い、壊してやるため。

 無論海賊なので富を得ること、名声を高めることは当然の目的な訳だが、ゼリフィスはそこまでの過程である、人から〝奪う〟ということ自体に無上の喜びを見出していた。

 平穏そうな場所から、奪いたい。

 幸せそうなやつらから、奪いたい。

 たとえ実入りが少なかろうと、相手が弱そうなら奪いたい。

 それが、ゼリフィスという男が海を渡る最も単純で、そして重要な動機だった。

「…………」

 大演説をじっと黙って聞いていたルフィに、ゼリフィスが言う。

「それよりも、ワタシにとっちゃキミの方が疑問なんだよ。

 〝仲間〟だ何だと言ってあの女を守ったり村人のことに気を逸らしたり‼

 まっっったく海賊らしくない振る舞いだよキミのそれは――」

「らしいとか、らしくねえとか――」

 ゼリフィスが言い終わるか否かというタイミングでルフィがグッと身をかがめ、そのまま勢いよく地面を蹴りゼリフィスへと突撃する。

「お前が決めんな‼‼」

「!」

 叫びと共にルフィの腕が伸び、そこから勢いよく飛んでくる右拳を躱しながらゼリフィスが手に持った剣をルフィの腕へと振り下ろそうとすると、

「〝(ピストル)〟‼」

「⁉」

 瞬間、ゼリフィスの右脇腹に重い衝撃と痛みが走る。

みればそこにもう一方のルフィの拳がめり込んでいた。苦悶の声をあげたゼリフィスが、体を捻りながらルフィの両腕を切りつけるため二本の剣を振り下ろそうとすると、ルフィの手がゼリフィスの手首を掴んでそれを阻んだ。

「いくぞ! ゴムゴムの〝ロケット〟ォ‼」

「‼‼」

 腕が縮む勢いを利用したルフィの頭突きに近い体当たりがゼリフィスの腹に炸裂した。

 体を突き破らんばかりの衝撃にたまらずゼリフィスが吹き飛び、先ほどまで戦っていた場所から大きく離れた場所、ちょうど酒場のあたりまで地面を滑っていく。

「ご、ぉあ……‼」

 体当たりをした際に空に舞い上がった麦わら帽子を、腕を伸ばして捕まえ頭に被り直したルフィが、目の前で倒れ呻いているゼリフィスを見下ろしながらギラリと目を光らせながら言う。

「お前らのやり方なんか、おれのやり方でぶっ飛ばしてやる‼」

「な、にぃ……⁉」

 

    †

 

「オラオラ怖いか⁉ 怖いよなあ‼ 喰らえば一撃でノックダウンだ!」

「……っ‼」

 毒液に塗れた剣を振り回しながら、エボシがウタとの距離をじわじわと詰めてくる。ウタを斬るのではなく、毒の存在をちらつかせて威圧してやろうという意図が動きから見て取れた。

 こんな卑劣な作戦を用意していたとは、と内心怒りが込み上げてくるウタだったが、彼女も迂闊に応戦できず後退りをするばかりである。そしてそんな様子のウタを見てエボシがベロリと長い舌を口の端から覗かせながら言う。

「おお? どうした、さっきの音符の攻撃は使わねぇのか⁉」

「アンタなんかに使うべきか、なやんでるの!」

「あぁ?」

 そう、果たしてここで使うべきなのかどうか―――。

 この能力が発現したのは、ちょうどマース村に着いてから一週間ほど経った頃だった。

 村の外れの丘から海を眺めながらふと気まぐれに歌ってみたら音符が一つ、何もない空中にポンと現れたのだ。その音符は何かを起こすことなく自然に消滅してしまったのだが、この時からウタは歌を起点に音符を具現化させることができるようになった。

 この音符は不思議なことに、タダの音符の状態からウタが構想(イメージ)した通りの効果を発揮するという特性を持っていた。

 〝硬く、守るように〟と構想(イメージ)すればまるで盾のように。〝(はじ)け、吹き飛ばすように〟と構想(イメージ)すればまるで爆弾のように、音符はさまざまに形や性質を変えることができた。

 だが、ウタの能力は、使えば使うほどに体力を消耗する。歌声で人を眠らせる力を連続で使い続けられるのはは四分ほどの曲を歌いきるまでの間だけ。このリミットを超えて能力を発動させていると、体力が尽きて逆にウタが眠ってしまうことになる。

 ウタが倒れるか、歌うのを中断すれば眠らせる能力は途切れる。後者の場合、ウタは倒れはしないものの眠らせた人々の眠りは浅いものになりすぐに起きる可能性があるため、これまで海賊相手に能力を使う時は後始末を迅速にするようにしてきたのだ。

 そして、先ほど使用した音符を使った能力。これによる体力の消耗は歌う時よりも大きい。使い慣れていないということもあるが、本来現実に存在しないモノを具現化させているのが体に負担をかけているのだろう、と以前ゴードンと話していたのを思い出す。

 これまで能力を対海賊のための手段にしてきたウタは、この音符のチカラを得た事で身を守るだけでなく相手を攻撃できるようになったが、調子に乗ってポンポン音符を出し続けていると、一分ともたずにウタは意識を失ってしまうのだ。

(まだ体力の余裕はある……よね。そんなに音符は使ってないし)

 自分が倒れないように、消耗の少ない歌声で眠らせる方法をとることも考えたが、この能力は対象を選べない。先日の酒場でエボシたちを眠らせた時も、彼女の声を聞いた村人が一緒に眠ってしまったように、敵味方入り乱れるこの場で彼女が歌えば、その時と同じことが起こるだろう。

 それに相手は自分の歌声の力を既に知っている。耳栓などで歌声を防がれてしまえばほぼ村人の実が被害を被ることになる。そうなれば彼らは海賊たちの前で無防備な姿を晒してしまうだろう

(非力なあたしじゃ、他にコイツらをたおす手段はつかえない。やるなら速攻で、いちばん強いワザをぶつけないと……‼)

 だが、敵の不意をついて攻撃できた先ほどとは違って、いまは彼女の歌声だけでなく音符にまで敵が警戒している状況だ。使い慣れていない能力を使おうとヘタな動きを見せれば、逆に反撃をもらう可能性もある。

 じりじりと相手との距離を測りながらもそうやって考え込んでいる様子のウタに、エボシがにやにやと笑いながら話しかける。

「ククク、どうも迷ってるみてぇだな」

「!」

 自分を睨みつけたまま仕掛けてこようとしないウタに、エボシが続けて言う。

「大方おれたちを攻撃する手段があの音符くらいしかねぇもんで、どう動いたもんか悩んでるんだろう?」

「……」

 図星だが、ウタは表情をまったく変えない。

 激昂していたはじめの頃より幾分か落ち着きを取り戻したらしいエボシは静かに、まるで言い聞かせるかのように彼女へ言った。

「所詮お前さんはただの歌い手。

おれたち海賊に逆らおうなんて発想が出る時点で身の程知らずだったってもんなんだぜ?」

 間違ってはいない、とウタは考える。

強いチカラを持っていたって、自分は歌い手。そもそも、人を傷つけられるような能力が自分にあること自体おかしなことだ。いや、戦うために能力を使おうとしてたのはほかでもない自分なのだった。

 エボシの言葉を聞きながら自嘲気味に考えていたウタの脳裏に、ふとある日ゴードンと話した時のことが思い浮かぶ。

 それはちょうど音符の能力が発現した、その日の出来事だったはずだ。急に新しいチカラが使えるようになったことを、ウタは興奮気味にゴードンへ話していた。ゴードンもはじめは驚いていたが、身振り手振りで説明する自分を見ながら楽しそうに聞いてくれていたのを覚えている。

 けれど、これで海賊たちと戦いになっても安心だ、なんてことをウタが言った時、彼は微笑むのをやめて、こう言った。

「ウタ。今まできみの能力に助けられてきた身で言うことではないかもしれないが……私は、きみが海賊と争うことには反対なんだ」

「え……?」

 急にそんなことを言いだしたゴードンに驚いて、先ほどまで高揚で跳ねていたウタの髪がシュンと力を失う。

「もちろんこんな世の中だ。自衛の手段はあって困ることはない。

 けれどねウタ、きみは歌い手だ。戦士でも武術家でもない。

 戦うなとは言わないし、私の口からは言えない。だがウタ、忘れないでいてくれ。

 歌で人を癒し、幸せにする。観客の笑顔こそが歌い手の宝なのだと言うことを」

 ゴードンの最後の言葉が、頭の中で繰り返し響く。

 観客の笑顔が歌い手の宝、か。

「そう……だね……」

「あん?」

 先ほどの挑発を真に受けたかのようなウタの返答に、エボシが眉を上げる。彼女の顔には険しさや暗さはなく、戦いの場にいるとは思えないほどの穏やかさがあった。

「……あんたの言う通り、あたしは歌い手。戦いは専門じゃない。

 さっきまであんたたちがきらいだ、倒さなきゃって気持ちが前に出すぎて、それを忘れちゃってたよ」

「なっ……?」

 微笑みをたたえてそう言うウタの顔を見て、一瞬ドキリと胸が跳ねるような感覚を覚えたエボシが、すぐに我に返ったようにブンブンと顔を振る。

「ぐっ、そ、それで? どうするってんだよ! 大人しく降参してくれるってか?」

「ううん。それでも戦うよ。ただし、歌い手として、ね」

「はぁ⁉」

 困惑するエボシたちをよそに、ウタが足でリズムを取り始める。いつもならゴードンの合図とタイミングを合わせるが、今は仕方ない。

 そうして腹に空気を流し込むイメージで大きく息を吸ってから、音を、投げた。

 

 小さなころには 宝の地図が

 頭の中に 浮かんでいて

 

「‼⁉」

 ウタが突然アカペラで歌いはじめたのを見て、エボシは慌てて懐から耳栓を取り出す。

 だが、歌で眠らせる能力はすでに自分たちに知られている。歌声を聞きさえしなければ良いのだから、こんな風に対策されていると言うのは予想できたはず。それなのにどうして歌なのか。これなら音符で攻撃してきた方がマシだったろうに。

 栓を耳の穴に詰めながらそんなことを考え、エボシが周りの様子を確認すると、なぜか違和感があった。

「あ、あれ……?」

 耳栓を念入りに詰めたおかげで周りの音はほとんど完全にシャットアウトされている。少なくともウタが歌っているのは見て分かるが、声は聞こえない。

 だがおかしなことに、彼女の周りには誰ひとりとして倒れている者がいなかった。

 村人が倒れていないなら、ウタが敵味方の区別をつけて眠らせられるようになったとかそんな理由をつければ納得できる話だ。事実ついさっき自分たちの知らなかった能力を見せつけられたところなのだから。だがエボシの視界には村人はもちろん、自分よりかなり出遅れて耳栓でも手でも耳を塞げていない味方の海賊にすら、眠っているらしい者が見当たらない。

 エボシの脳内に、もう一つの推測が浮かぶ。至極単純なものだ。

「ま、さか……能力を使ってないのか⁉」

 それは、命のやり取りをしている場での行動としてはまず思いつかないもの。だが現に誰も眠りについたりはしていない。

 改めてエボシが周辺をぐるりと見渡すと、海賊も、村人も、ウタたちの近くで戦っていた全員が手を止め、ウタの方を見つめていた。

「う、ウタの姉貴……?」

「こんな時に歌⁉」

「いや、でもコレは……」

 村人だけでなく、仲間の海賊たちも困惑している。

「なんだ、ちっとも眠くならねえぞ……?」

「情報が間違ってたのか?」

「んなわけあるか! け、けどこりゃあ…」

 自分たちは戦っているのに。命をかけているのに。

 ――だけど、今は。

 この歌を、聞いていたい。

 その場にいた全員がそう感じていた。

 

 本当の 夢さえ掴めないまま―――

 

「何を、して、やがる……」

 歌っているウタの表情は状況に真っ向から反して、楽しげで、そして優しい。

「…………」

 そんな相手の様子を見て、エボシは自分でも分からないまま耳に詰めた栓をら外してしまっていた。

 

 もしも世界が 変わるのなら

 何も知らないころの わたしに

 

 曲のサビらしいパートがエボシの耳に流れ込んでくる。

 夕暮れ時の砂浜で、無数の宝石を散りばめたように煌めく海を見つめるいくつかの影。彼の頭の中にはそんな光景が浮かんでいた。

 

 連れて行って 思い出が 色褪せないように

 

 そして、ウタが歌い終わった。二分にも満たないアカペラでの歌唱だったが、歌が終わった後も、広場には静寂の時間がしばし続いた。

 そして、その空間で周囲の視線が自分に集中しているのを感じ取りながら、ウタが静かに言う。

「……これがあたし。歌い手としてのあたし。海賊(アンタたち)はきらいだけど、聞いてくれてありがとう」

「…………」

 なぜ、黙って聞き入ってしまったのか。顔を俯けてエボシが拳を握り込む。

 能力も使わず敵の目の前で歌うなんて格好のマトなのに、誰も攻撃しなかった、いやできなかった。自分も含めてだ。横目で素早く周りの様子を伺うが、麦わら坊主と船長の姿が見当たらない。どうもこの広場から離れているようだ。

 今の姿を船長に見られでもしたら大目玉だ、などと考えるが、焦りはあっても不思議と後悔はない。それほどエボシは自分が彼女の歌声に魅入られているということに気づいていた。

「なるほど、今のがてめえの戦い方ってことか」

「……そうだね、うん。歌声(これ)があたしの武器だから」

 皮肉を交えるつもりもなさそうに、己の喉のあたりを指しながら言ってのけるウタから、エボシが気まずそうに顔を背けた。

「ケッ」

 海賊たちも、先ほどまで対峙していた村人と気まずそうに目を合わせる。戦っていたところを遮られ、天使の歌声を聞いた。船長にどやされるのは非常に困るが、ここからまた争いを再開する気にはなれそうもなかった。

 と、海賊の一人が隣にいた村人へ気まずそうに話しかける。

「いい、歌だったよな……」

 さっきまで武器をかち合っていた相手から突然そんなことを言われた村人の男は一瞬驚くも、それに対しておずおずと答えた。

「え⁉ あ、ああ、すごく……良かったよな」

 すると、海賊と村人たちが、互いに距離を取り始める。移動し始めた両者はウタのそばに村人たちが、エボシのそばに海賊たちがといった具合にいつの間にか綺麗に分かれていた。

 彼らが動き終わるまで黙って立っていた二人のうち、最初に口を開いたのはウタだった。

「……どうしよっか?」

「くそ、なんでこんなことに……」

 目を細めて問いかけてくるウタに、ボリボリと頭を掻きながらエボシが悪態をつく。

 まともに立ち上がれるくらいの体力を保っている味方は、最初の頃と比べてずいぶん減っていた。が、それは村人側も同じ。自分たちの使った毒に侵された者のほとんどが後方に退避させられ、今も他の住民に支えられて上体を起こすのがやっとの様子の者が数名といったところだ。途中参戦してきた賞金稼ぎの二人組は肩で息をしているものの健在のようで、まだこちらのことをキッと睨みつけてきている。

 ここで再びぶつかれば、今度こそ殲滅戦になるだろう。

 エボシたちには毒つきの武器もある。ウタの不意打ちをきっかけに流れるように戦いに突入した当初と違って、一応の態勢を整え直した今からであれば賞金稼ぎ共に邪魔される可能性を含めても村人の始末は難しくないだろう。だが、こちらの士気が問題だ。完全に先ほどの歌で戦意を削がれてしまっている。

そしてそれはエボシも同じ。今までの自分であれば同じ状況でも押せ押せで攻めに転じていたはずなのに、及び腰とも言える考えを働かせてしまっているのだから。

 ふと、エボシは姿が見当たらなかった船長と麦わら坊主のことを思い出す。

 おそらく、ウタの歌声が届かないところまで離れているのだろう。ゼリフィスが倒されるとは思えないが、麦わらの方はウタと違って武闘派の能力者。戦力は多い方がいい。ここでウタを見逃しても、ゼリフィスと協力して麦わらを始末した後でもう一度仕切り直せばいい。その頃には部下たちの士気も元に戻っているはずだ。

 方針を定め直したエボシが、ウタに言った。

「いや、ヤメだ。こんな状態で戦ってもお互い良いことないだろうからな」

「……そっか」

 ほっと小さく息をつくウタに、エボシがビシリと指を差す。

「ただし、テメェを逃がすつもりはねえぞ。絶対に捕まえにきてやるからな」

「うん、わかった。ここは手を引いてくれるってことだね」

 また来るとのエボシの言葉に、村人たちの雰囲気がピリつくが、ウタはそんな彼にコクリと頷く。

 敢えて麦わらのところに行く、という事は伏せて言ってみたが、思っていたよりスムーズに戦線離脱できそうだ、とエボシが内心ほくそ笑んでいると、そうだ、とウタから声がかかった。

「でもさ、あたしもアンタたちを逃がすとは言ってないよ」

 にっこりと微笑みながらウタの放った言葉に、エボシたちが一瞬呆気に取られる。

「え?」

 と、そんな彼らを真っ直ぐ見ながら、ウタが下を指差しながらニッと笑った。

 下を見てみろということらしい。ウタの示した通りに自分たちの足元を見る海賊たち。

「‼⁉」

 そこには、あの音符があった。

 海賊たちの足元の地面につくかつかないかくらいの高さに、いくつもの音符がフワフワと浮いていたのだ。

 瞬間、エボシの脳裏に仲間たちが吹き飛ばされていく光景がよみがえる。海賊たちからは驚きと困惑、それに混じって恐怖する声も聞こえた。

 エボシがウタへと叫ぶ。

「てっ、てめえいつの間に⁉」

「さっき歌ってた時だよ。流石に全員分出すと倒れちゃうからさ。数はしぼったんだけど……」

 そう答えるウタの顔は最初に比べて青ざめており、息も浅く、早くなっているようだった。かなり体力を消耗する類の能力だったことにエボシは気づくが、問題はいま自分たちの足元にある脅威(おんぷ)だ。

「ふざけんな‼ いま完全に穏便に別れる流れだったろうが⁉」

「絶対捕まえに来るって言ってたじゃん。

それにどうせ、この後ルフィたちのところに援軍にでも行くつもりだったんでしょ」

「‼」

 図星を突かれたエボシが右足で一歩後ずさると、彼の足にまとわりつくように音符も一緒に移動する。

「え⁉ そうだったんですかい⁉」

「お前は黙ってろ」

 驚くヨサクの頭をはたくジョニー。

 冷や汗で顔がびっしょりになったエボシに、ウタが強い語調で言った。

「それにね、あたしもアンタを許してないよ。キョウコさんを撃ったこと‼」

「ふざけんなァ‼‼ 調子づきやがってこのガキャァーーー‼‼」

 エボシたちが悲鳴にも似た叫びを上げながら、武器を手に破れかぶれの特攻を行う。

 後ずさる村人たちとは対照に、ヨサクとジョニーがウタの両脇まで来て武器を構えるが、ウタはそれを手で制し一歩前へ進んだ。

「あのババアより先に逝っちまえ‼ 〝割斧(カツオノ)〟……」

「〝魔法の音色(トーノ・マジコ)〟……」

 人差し指を下から上へ。ウタが動かした指の動きに従うように、エボシたちの足元にあった音符がふわりと浮き上がった。

「はっ⁉」

 両手で剣を持ち、振り上げていたエボシのすぐ目の前に足元にあったはずの音符が現れた。

 もう、彼らに防ぎようはない。

〝爆〟音(エスプロシオーネ)・〝やや強く(メッゾフォルテ)〟‼‼」

「‼‼」

 ウタが叫ぶと音符は爆音と共に破裂し、海賊たちの顔面や後頭部へモロに爆風を浴びせた。

 爆発の衝撃で前へ後ろへと、ボウリングのピンのように吹き飛んでいく海賊たち。仲間と同様、顔面へ爆発を喰らい顔が煤で真っ黒になったエボシが、白目を剥き口から煙を吐きながらウタへと吐き捨てる。

「で、でめ…卑怯(ヒギョウ)()ぼ……‼」

 そうして背中から地面へと倒れ込んだかと思えば、エボシは既に沈黙していた。他の海賊たちも彼と同様に白目を剥いて意識を失っている。

 数秒の間をおいて、村人たちから歓声が上がった。勝利に喜ぶ人々の声を背中に感じながら、ウタが呟く。

「あは……負け惜しみ……」

 そうして膝から崩れるウタ。ヨサクたちが気づいて駆け寄ると、彼女は地面に座り込んだまま静かな寝息を立てているのだった。

 




 この小説を書き始めた日から先月で1年経っていたみたいです。完全に見逃してましたバホホ。

 そしてこのエピソードを10月1日の午前10時01分に投稿することができなかったので……午後10時01分にしましたヨホホ。

 改めまして誕生日おめでとうございます。再放映もほらいくどー。
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