ONE PIECE “IF” RED 【完結】 作:巨象先輩
日は傾き始め、地上を照らしていた日の光は段々と赤みを帯びてきていた。
村の居住区から離れた場所にある酒場。村の広場に向かって壁に大きく空いた穴がまだ新しいその店の前で、起き上がったゼリフィスとルフィが向かい合っていた。
「げほっ……はぁーっ、今のは効いたよ…‼」
口の端から垂れる血を手の甲で拭い、大きく息を吐いたゼリフィスがニタリとルフィへ笑う。
〝悪魔の実〟の能力者に遭ったのは初めてだったが、その脅威を文字通り身体に叩き込まれた気分である。まさしく人間の範疇を超えたチカラ。自在に伸び縮みさせることのできる肉体は、格闘戦において無類の強さを発揮するだろう。
ゼリフィスは剣の腕にはそれなりに自信があったのだが、先程の数度の打ち合いの時点でこちらの攻撃は相手に掠ることすらなかった。ゴム人間などという存在と戦うことが初めてであったということを言い訳にしても、これまで多くの海兵を屠ってきた自分のチカラが通用しなかったという事実は、彼の心に大きな衝撃を与えていた。
そんなゼリフィスが絞り出した言葉に、ルフィもまた不敵に笑いながら応える。
「おれのパンチはピストルよりも強いからな」
「面白い例えだね、そして不愉快だよ……」
毒という搦手を使ってもなお、既にこの劣勢。早々に自身の脳裏に浮かんだ〝敗北〟という言葉から起こる焦燥感は、ゼリフィスの鼓動を早鐘を打つが如く加速させた。
だが、それと同時に見てみたくなった。自分が負けるなどとは微塵も思っていないだろうこの男を完膚なきまでに叩きのめした時、コイツは一体どんな顔を見せてくれるのか。そうして動けなくなったこいつの目の前で村人を皆殺しにし、ウタを連れていく。いや、目の前で辱めてやるのもいい。こいつは随分とウタに入れ込んでいるようだから、きっといい表情を見せてくれるに違いない。
そんなことを考えていると、ゼリフィスの口からは自然と笑みが溢れていた。
「なにわらってんだお前……?」
それなりにキツイ一撃を喰らわせてやったと思ったが、目の前でニヤニヤと笑い出したゼリフィスを前にルフィが気味の悪いものを見るような目をする。
「プク、ククカカカ……あ、いや失礼。
ようやくワタシも追い詰められる側の気持ちになれたというところだよ」
そう言ってゼリフィスは両手の剣の柄にある、毒液を出した時とはまた別のスイッチらしきものを親指で押した。
「キミの伸びる手足はとても脅威だ。
来るはずのない場所から
そう、人間ってのは予想外の攻撃に弱いものなんだよな……」
「??」
何を言っているんだ、と首を傾げるルフィだったが、クツクツと喉奥で笑いながらゼリフィスが剣を構えるのをみて相手が何か仕掛けてくると察し、いつでも相手の方へ突っ込んでいけるよう姿勢を低くした。
「見ておきたまえ―――」
「!」
するとゼリフィスが両腕を動かし始める。が、その動きが妙に艶かしい。
肩から肘、そして手首まで、全ての腕の関節が、いや骨までもがまるでないかのように錯覚させられる動き。
何をしてくる気だ、とじっと見ているうちにルフィの目にはゼリフィスが手に持つ剣の刀身すらも一瞬ぐにゃりと曲がってみえた。
「ん? んん??」
一瞬の違和感。ルフィが目を擦ってみようとしたその瞬間。
「喰らえ‼」
「え⁉」
それまでの緩慢な動きから一転、突如ゼリフィスが地面を蹴って一気にルフィのもとへ飛び込んでくる。五メートル以上はあったお互いの距離が一気に縮まり、ゼリフィスは剣の間合いにルフィを捉えた。
これはいけないとルフィもすぐさま思い切り後方へと飛び退く。縮まった互いの距離は再び離れたかと思えた。
が、ゼリフィスはそこで終わりはしなかった。
剣を振るったのだ。
回避行動を取られたため剣の間合いに
何してんだ、と思わず言葉がルフィの口から出そうになった次の瞬間、
「⁉」
ルフィの視界に、血が飛び散った。それと同時に、身体に鋭い痛みが走る。
「いっ……⁉」
痛みに顔をしかめて着地したルフィが見ると、自身の身体、胸の辺りから腹部にかけて大きな切り傷が二つ付いていた。パックリと裂けた傷口からは熱い血がじわりと滲み出始め、着ている赤の上着が黒く染まっていく。
「えっ、何だこれ……おれ、きられたのか⁉」
予想外の負傷にぎょっと目を見開きながら驚くルフィの様子を見て、ゼリフィスが満足そうに笑い声をあげる。
「プカカカカ‼ いいねいいね、期待通りの反応だ‼」
「⁉」
楽しげに笑うゼリフィスの方を見たルフィ。彼の手元を見ると、彼の持っている剣の刀身がぐにゃりと折れ曲がり、剣先が地面へと垂れ下がっていた。
柳の木の枝のような、はたまた鞭のようにもみえるその異様な見た目の剣をよくよく見れば、先ほどまで直剣だった刀身がいくつもの節に等間隔で分かれ、その金属製の刃のパーツは中心に通った鉄線のようなもので繋がれているのが分かった。
ヒュルンヒュルンとその触手状の武器を振って音をたてながら、ゼリフィスが見せつけるようにして叫んだ。
「これぞワタシの剣、〝クラゲボネ〟‼
毒液を出す機能だけでなく、さらに変形機構まで組み込んだ渾身の一作だよ」
受けた傷からジンジンと痛みと熱を感じながら、ルフィは先ほどの違和感の正体に納得する。
「その剣、伸びたのか!」
ゼリフィスの剣が曲がったように見えたのは錯覚ではなく、実際に曲がっていたということだ。
事前のおかしな動きも、剣の変化に気づかせないためのカモフラージュだったのだろう。ルフィは悔しそうに呟く。
「腕の動きに釣られたなあ……!」
そんな彼の様子に満足げににやけながら、ゼリフィスは付け加える。
「念のため言っておくが、毒は健在だ。じきに効いてくるよ」
と、ルフィの傷の痛みが急に増してくる。いや、それだけではない。傷を中心として、植物が地中に根を張っていくかのように自身の身体に強烈な痛みがジワジワと広がっていくのをルフィは感じた。
「いぎ……っ⁉」
毒の効果が出始めたのを確認したゼリフィスがケラケラと笑いながら言い放つ。
「さっきも言った通り、その毒は神経に作用して強烈な痛みを引き起こす。致死性はないはずだけど、その傷の大きさと場所になると、ちょっとまずいかもねえ」
「……っ‼ ……‼‼」
ルフィはというと、表情を歪めながら身体をくの字に曲げたり、はたまた背伸びをするかのように後ろに反らしたりと、痛みに悶絶しているようで、ゼリフィスの言葉が耳に届いているかどうかも怪しい。普通なら立っていられないほどの痛みが身体中を襲っているはずなのだが、何も知らない者が見れば腹痛を我慢してるんじゃないかと思われそうな緊張感のないルフィの表情と動きに、ゼリフィスは若干困惑する。
が、効いていないわけではない。いずれ限界が来る。患者の診察をするかのように、ゼリフィスは穏やかにルフィへと問うた。
「どうだい、痛むかい?」
フーフーと荒く息をしながら、ルフィは答える。
「い、痛くねぇ……ドアに指はさんだときくらい痛くねえ……」
「痛いんじゃないか」
「ぬがぁーーっ‼ 効くかこんなもん! ゴムゴムの……」
我慢が効かなくなったか、歯を食いしばりながらルフィが右腕を後方へ引く。
〝
「〝ピスト〟――えっ⁉」
ルフィが右腕を突き出し拳を前方へ発射したその時、ゼリフィスが一気に駆け出した。
ルフィの放った拳は、先ほどまでゼリフィスのいた地点へ到達するが、当の本人が軌道上にいないため空振りに終わった。
敵の初撃を躱したゼリフィスは、ルフィから見て右手へ大きく回り込むようにして猛スピードで走って近づいてくる。
「左で……ダメか⁉」
相手に伸びる剣がある以上、充分な速度の出ない咄嗟の二撃目では相手に攻撃のチャンスを与えかねない。一瞬の迷いからルフィの動きが鈍ったのを察知してゼリフィスがとどめを刺しにかかる。
「見切ったり、だ‼」
が、そんなゼリフィスの勝利宣言に対し、ルフィがカッと目を見開いて叫んだ。
「まだだ、ゴムゴムの……‼」
慌てた様子で伸びた右腕を左手で掴むルフィ。引き戻す速度を上げようとしているのかと考えるが、既に〝クラゲボネ〟の間合いの中。もう一撃喰らわせてトドメにしてやる、とゼリフィスが剣を振り上げた。
が、素直に斬られるルフィではない。伸びた腕をある程度引き戻したルフィは、まだ伸びたままの右腕を左手で掴んだまま大きく右へと薙ぎ払った。
「〝
「‼」
ゼリフィスの後頭部分に、ルフィの右手の裏拳が炸裂した。不意の一撃を喰らったゼリフィスが前のめりになる。
その隙を逃さず、ルフィが元に戻した右腕でゼリフィスの喉元へラリアットを喰らわせた。
「…と‼」
「‼」
衝撃と痛みで意識が飛びそうになるが、負けじとゼリフィスも応戦する。
「……! 舐めるな‼」
「‼」
ルフィの腕に首を引っ掛けられながらも、右手首のスナップをきかせ、剣を上下に振るう。
柄から伝わった手の動きが刀身を波打たせ、最高速に達した剣先がルフィの左肩を切り裂いた。
「いっ⁉ う、があああああ‼」
痛みに思わず叫ぶルフィ。だが、構わずに左腕を伸ばし、酒場の壁の穴のフチに手をかけた。
「⁉」
ゼリフィスの首元にかかる力が強まる。
肩の傷口から血を吹き出させながらルフィが左腕の伸長を解除すると、二人の体が酒場の方へと高速で引き寄せられていく。
このまま建物へと突っ込むつもりだ、と察したゼリフィスはギョッとした表情でルフィを振り解こうとするが、恐ろしいほどの力で首から上をガッチリとホールドされてしまい、脱出ができない。
「ゴムゴムのォォォ‼」
「ぐっ、かっ……‼」
足が地面から浮き上がり、酒場へ向かって一直線。 風圧に流されて腕も動かせない。
「〝
「‼」
そのまま一気にルフィとゼリフィスが酒場へと突っ込んだ。破砕音と共に木材やガラス片が飛び散り、カウンターにぶつかった勢いでゼリフィスが勢いよく床を転がっていく。
「ぶ、ブホォ‼ ぐっ、クソ…っ‼」
衝突のはずみで切れた額から血を流しながら起き上がったゼリフィスは、まだ土煙の晴れていないカウンターの辺りを睨みつける。すると舞い上がった砂埃の中から、黒い影が立ち上がった。
「言ったろ、おれのやり方でぶっ飛ばすって」
肩で息をしながらルフィが言う。
「ああ……⁉」
まだ立っていられるのか、と困惑を隠せないゼリフィスの顔が歪む。
というか、何が〝おれののやり方〟だ。傷を受けても無理やり身体を動かして、共倒れ覚悟の攻撃をするのがそうなのか?わけがわからん、とゼリフィスが舌打ちをすると、ルフィは続けて言った。
「はじめはエボシとかいうやつにムカついて始めたケンカだけどな、やっぱり一番お前が気に食わねえ」
帽子に隠れて、ルフィの表情はゼリフィスに見えない。
「痛めつけてうばうとか、苦しんでるのが楽しいとか、お前らの方がよっぽど海賊らしくねえ」
先ほどまであった快活さとは裏腹に、静かに放たれるルフィの言葉には、確かな圧があった。それに気圧されて後ずさり始めたゼリフィスに、顔を上げてルフィが叫ぶ。
「おれの憧れる海賊ってのは、そんなもんじゃねえ‼‼」
燃えるような怒りを感じさせるルフィの眼光に、思わずゼリフィスが怯むまいと叫び返した。
「テメエの憧れが何だってんだァ‼‼」
両手に持った剣をバシリと床に叩きつけ、続けてルフィに向けて叫ぶ。
「おい知ってるか‼ 鞭の穂先ってのは振るったときに音速にもなるそうだ。
オレの剣も同じだ、柔軟な〝クラゲボネ〟の刀身にオレの剣術、それらを掛け合わせて放たれる斬撃は――」
「うおおあああああ‼‼」
「‼‼」
荒くなった口調でまくし立てるゼリフィスへとルフィが飛び掛かり、右の拳で思い切り殴りつけた。酒場の壁をぶち破り、ゼリフィスの身体が外へ放り出される。
痛みのせいで自由の利かない顎を動かしながら、何とか言葉を紡ぐゼリフィス。
「な、なんでだ、オレ(ぼれ)の毒は効いでるはずだのに……‼」
すると酒場に空いた二つ目の穴から出てきたルフィが右腕を肩からぐるぐると回しながら言う。
「毒だろうが、のびる剣だろうが関係ねえ!
おれは! おまえを‼ ぶっ飛ばす‼‼」
「だったら、だったらなぁ……‼」
ガバリと体を起こして立ち上がったゼリフィスが再び両腕をグネグネと動かし始めた。
「さっきも言ったが、〝クラゲボネ〟とオレの剣の腕が合わさった時、その斬撃は〝飛ぶ〟‼
距離なんて意味はないぞ! コイツを喰らって生きていたやつはいねえ‼」
「関係ねえ‼」
そう叫んでルフィが右腕を後方へと思い切り伸ばし、そのままゼリフィスの方へと走り出した。
「くたばれ‼ 〝
ゼリフィスは腕全体でスナップをきかせながら刀身を波打たせ、〝クラゲボネ〟を振るうと、ズパン、と剣先が空気を叩く音を響かせたかと思えば、剣が起こした斬撃は真空の刃となってルフィへと放たれた。
「‼」
疾風のごとく飛んでいった二閃の斬撃は、全速力で駆けてくるルフィの身体を一度に切り裂いた。
が、ルフィが止まることはない。
「おおおおお‼‼」
一瞬痛みに顔を歪めたかにみえたルフィだが、歯を食いしばりながらもなお速度を緩めることなく、ゼリフィスへと迫る。
虎の子の大技を出してもたまらない敵の進撃に、ゼリフィスの顔から血の気が引いていく。
「ヒッ、ヒィィィィ⁉ な、〝
無我夢中になって斬撃を飛ばす。が、平静を欠いたせいか狙いが定まらず、ほとんどがあらぬ方向へと飛んでいき霧散する。運よくルフィを捉えても、身体の端を掠めるばかりだ。
そして気づいたときにはもう、ゼリフィスの眼前にルフィが迫っていた。
ゼリフィスを間合いに捉えた瞬間、ルフィは伸ばした右腕を元に戻し始める。スピードを上げながら元の長さへと縮んでいくルフィの腕は、次第に風を切って鋭い音を立てていく。
「ゴム、ゴム、のォォォ……‼」
「‼」
ふと、ゼリフィスは辺りの時間が止まったかのような錯覚に陥った。
いや、止まっているわけではない。ゆっくりとだが進んでいる。現に今まさに敵の拳が、自分の顔面に迫ってきているのが分かる。
そんな中彼が思い出すのは、エボシからウタの素性を報告された時のこと。
本来ならウタを見つけ次第問答無用で始末させて終わりのはずであった。だがウタが〝赤髪〟の娘だということを知ってから何かがズレていったのだ。
作戦のなにもかもが突発的で、数の力にモノを言わせた杜撰な計画。報告になかったウタの能力、村人の蜂起に、二人目の〝悪魔の実〟の能力者。想定外の連続だった。思えばエボシもハナガサも援軍に来やしない。負けたのか? 仮にもうちの大戦力が。
こんなはずじゃあなかった。こんなはずじゃあなかったのに。
ミシミシと自身の顔が拳につぶされていく感触のなか、ゼリフィスはふとそんなことを考えて――。
「ま゛っ――」
「〝
「‼‼」
ルフィが思い切り右腕を振りぬくと、ゼリフィスが後頭部から地面に叩きつけられる。重く、何かが爆発したかのような大きな音と共に地面へとヒビが入り、砂埃が舞い上がった。
一陣の風が吹き煙が晴れると、そこには顔がひしゃげ、白目をむいた状態で倒れ込んだゼリフィス。
そして、傷口から血を流したまま立つルフィは両腕を突き上げ、大きく息を吸って叫んだ。
「ウ~~~~タ~~~~‼ 勝ったぞぉ~~~‼‼」
ルフィの勝鬨は風に乗り、村一体に響き渡っていった。
Film REDにちなんで、トドメは
“クラゲボネ”のビジュアルはいわゆる蛇腹剣と呼ばれてる奴です。
六式の“剃”の下位互換がクロ戦で出ていたので、ここでは飛ぶ斬撃の下位互換でも出したいなあと思ってゼリフィスの能力を考えました(映画ではエボシがそんな感じの攻撃してたので)。
原作では完全に使用者の力量だけで放つ飛ぶ斬撃を、ゼリフィスは武器の特性を大いに頼って放っている、みたいな具合です。
ちなみに、前話でエボシが使おうとしていた技は“
声優の山田裕貴さんがアフレコの際、そういう読みの技名を叫んでたというお話をどこかで見かけたのがきっかけで考えたものです。
ボス戦にしてはあっさり終わっちゃった気もしますが、これが今の自分の限界ということでどうか一つご容赦願います。
細々と続けてきたウタ加入IFエピソードもそろそろ終盤。気楽にお楽しみいただければ幸いです。