ONE PIECE “IF” RED 【完結】   作:巨象先輩

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“目が覚めて”

 

「……ん……」

 閉じていた瞼を隔てて日の光を視界に感じながら意識を取り戻す。

 目を覚ましたウタは、そこがゴードンと共に泊まっていた宿の部屋であることに気づいた。服も寝間着に変わり、結っていた髪も下ろされ、海賊たちと戦う中でついたらしい傷にも手当てが施されていた。

 そういえば、エボシたちにトドメを刺した後からの記憶がない。そのタイミングで眠ってしまったらしい。

 変な寝顔とかしてなかっただろうか、などと考えながらポリポリと頭を掻いていると、ガチャリと部屋のドアが開く。

「! おおウタ、目が覚めたんだね」

「ゴードン!」

 体を起こそうとするウタを手で制しながら、ゴードンがベッド脇に置いてある椅子に腰掛ける。

 いつも彼が着ている古びたコートが、今は随分と木屑やら砂やらで汚れているのをウタがじっと見ていると、その視線に気づいたゴードンが慌てて部屋の隅へ行ってコートを脱ぐ。

「あはは、いやすまない。酒場の掃除と修理を手伝いに行っていたんだ」

「酒場……。 ! キョウコさんは!?」

「無事だとも。弾丸が貫通していたおかげで大掛かりな治療にならずに済んだ……。

 二ヶ月もすれば元のように腕を動かせるはずだそうだ」

 ウタはほっと安堵の息をつく。

 だが、酒場を壊した挙句大怪我までさせてしまった。命に障りはなかったとはいえ、これから色々と不便な生活を強いることになる。キョウコへの申し訳なさが、彼女の胸の内をずんと重くする。

 そんなウタへ、ある程度の汚れを払ったコートをハンガーにかけクローゼットへ仕舞いながら、ゴードンは微笑みながら伝える。

「ああそれと…彼女から伝言だ。

 〝責任感じてるんだったら掃除を手伝いに来とくれ〟だそうだ」

「!」

 キョウコなりの気遣いの言葉だろう、ゴードンからの伝言に思わずウタもフッと笑みをこぼした。

「そうだゴードン、結局あたしが寝ちゃった後どうなったの?」

ゴードンの様子から察するにクラゲ海賊団は撃退できたと考えて良いのだろうが、いかんせん混乱の最中に眠ってしまったのでウタには現在の状況が把握しきれていない。

「うぅむ…どこから話したものか…」

 そんな彼女からの問いに、ゴードンは悩まし気に顎をさすりながらも話し始めた。

 

    †

 

「ふぅっ、ヒドイ目に遭った」

 海水に濡れた服を脱ぎ、絞って水分を抜いていたゾロは一息つきながらメリー号の甲板を一通り見渡した。

 さほど苦戦はしなかったが一対多の乱戦のせいか、甲板の床やラウンジへ続くドアなどには刀傷がついているほか、一部の手すりがへし折れているところがある。

「もらって早々ワリぃことしちまったな…」

 シロップ村でメリー号を手に入れた時のことを思い返しながらそんなことを呟いていると、すぐ近くの海面から真っ黒で巨大なモノが飛沫をあげて浮かび上がってきた。

 すぐさま刀を手に取り抜刀の構えを取って待ち構えていると、その物体が船らしいことがわかった。

「なんだこりゃ、船か……⁉」

 呆気に取られたゾロの目の前で船のハッチが開き、そこから男が一人顔を出して手を振ってきた。

「あーよっこらしょ。ハナガサさーん迎えに……」

「……」

が、どうやらその手はゾロに振られたものではなかったようだ。

「何だお前」

「お前こそなんだ」

 見覚えのない相手からのぶっきらぼうな問いに、同じくぶっきらぼうに答えるゾロ。

 そんな彼の態度に逆上した相手が口調を荒げて凄んだ。

「ああっ⁉ なんだこの野郎、ハナガサさんはどうした!」

「そこだ」

「え?」

 海賊がゾロの指さす方を見てみると、海面に白目を剥いたハナガサがプカプカと浮いていた。

「ぎゃーーーっ‼⁉ ハ、ハナガサさーーーん‼」

「こうして見るとあいつの言ってた通りクラゲに見えなくもねえな」

「言っとる場合か‼」

 生きているのか死んでいるのか分からない状態の上司を前にヘラヘラとしているゾロへ力の限りツッコむクラゲ海賊団の船員は、すぐに怒りの形相で船内の方へと叫んだ。

「てめぇら! その女敵だ!

 ハナガサさんが見えたなんて適当なこと抜かしやがっ――⁉」

 言い終わらないうちに、その男の顔面に衝撃。

「女、ね。おれの知り合いかもしれねえ、ジャマするぜ」

 メリー号から潜水艦の上へ、一跳びで着地したゾロが海賊の顔を蹴り飛ばす。気絶した海賊の顔には、ゾロの靴がぶつかった跡が赤く残っていた。

 そして船の中では、仲間からの伝言を聞きつけた海賊二人がナミのことを追い詰めていた。

「あちゃー、ダメじゃんかお嬢ちゃん。人をダマすような真似しちゃあ……」

 そう言ってくるのは、先刻ナミを潜水艦の中へ招き入れた若い船員。態度が軽いのは相変わらずだが、こちらを敵視しているのを察知したナミが慌てた様子で弁明する。

「いやいや、本当に見えたんですよ⁉ みなさんの上司のハナガサさん!」

「だったらおれたちの仲間がウソついてるってのかよお?」

「そもそもテメェが潜望鏡をこの女に任せてるのがおかしいだろうが!」

 ナミへじりじりと詰め寄ってくる仲間の頭を、はじめに船の見張りについていた海賊がはたいた。

 そのままその男は操縦席らしい場所に座っている仲間に指示を出す。

「おい、回頭だ。さっきの浜辺に戻って船長たちと同じルートで村に向かうぞ」

 操舵を担当しているらしい海賊が頷き仕事に取り掛かる。それを見たナミが止めさせようと駆け出しそうになるのを男二人が立ち塞がって防いだ。

「……っ‼」

 たじろぐナミに、低い声で男が言う。

「そもそもな、仲間が寝返るとかそういうのよりも……」

「お嬢ちゃんも人質になってくれた方が手っ取り早いと思うよぉ……?」

 軽い態度の男が引き継ぐようにして言うと、二人の海賊はじりじりとナミを部屋の端へと追い詰めていく。

 そうして壁まで追いやられたナミへ、男たちの手が伸びた。

 ゴードンは船内の倉庫に閉じ込められている。ナミはいざという時のために、彼の手を縛っている縄はすぐに解けるように特別な結び方をしておいたが、マトモに戦えない人間に加勢にこられても焼け石に水だろう。できれば海賊たちに首根っこなど掴まれないうちにゾロの助けが欲しかったところだが、間に合わないかとナミがギュッと目を瞑ったその時だった。

「おっと。そこまでだ」

「‼」

 聞き慣れた声がしたと思えば、海賊たちが襲ってくる気配が止んだ。ナミがそっと目を開けてみると、先ほどと変わらず二人の海賊が目の前に立っている。

 が、彼らの背後からスラリと細い刀の刀身が、冷たい光を放ちながら海賊たちの首を狙うように伸びていた。背後を取られた男たちは、恐怖に目を見開きながら両手を上げ、降伏のポーズを取る。

 そして危機が去ったことにほっと息をついたナミは、その刀の持ち主、すなわち海賊たちの背後にいる男に言い放った。

「遅い!」

「あの入り口、入ろうと思ったら鞘が引っかかってな」

 おそらく腰に提げていたのを手元に抱えながら船内へ降りてきたのだろう。わざわざ手に持った残り二本の刀を見せながらゾロがナミに答えた。

 

    †

 

「……そういうわけで、私たちは〝クラゲ海賊団〟の船を占拠することになったというわけだ」

「あのナミって人、すごいなぁ……」

 ゾロという人物に合流するまで、いざという時にゴードンに頼れない以上ナミの安全は作戦の成功以外には保証することができなかったはずだ。それでも躊躇いなく作戦を実行した彼女への畏敬のような、恐れのようなものを感じながらウタが呟く。

 さて、ゴードンが続けて語るには、船内の海賊たちを無力化した時点でクラゲ海賊団の戦力は村に集中していることになったので、残党がいないかの確認も含めて潜水艦の中をあらかた見て回ったという。

 

    †

 

「む、ここは……」

 船内の廊下に並ぶ幾つもの扉。その一つをゴードンが開けると、部屋の中には数多くの実験器具があった。見れば、壁にピッタリと付くように設置された大きな薬品棚の中に黄色い液体の入った瓶が並んでいる。

「わ、何この部屋。実験室?」

「ここで何か作ってたのか?」

 後ろからナミとゾロがひょっこりと顔を出して部屋の中を覗き込む。おかしなガスなどが発生している様子もなかったので、三人は部屋の中まで入り込んだ。

 するとナミが、机の上に置かれた一冊の本に気づく。手に取って見てみると、どうやら毒を持つ生き物について、更にその毒の効能や成分などが詳しく書き込まれた専門書のようであった。

「毒を持つ生き物…」

「そんな本があるってことは、このビンの中に詰まってるのは毒ってことか?」

「だが見たところ生き物らしきものはいない。人工的な毒薬ということだろうか…」

「手間のかかることしてるわねって……ん?」

 ナミは本の中にやたらと付箋が貼られているページがあることに気づく。開いてみると、そこに書かれているのは〝シクハクラゲ〝というクラゲの一種についての記述だった。

「〝東の海〟では珍しい種類のクラゲみたい。毒の効果は〝激しい痛み、痺れ〟。

 〝四肢が麻痺して動かせなくなった症例もあり〟……」

「‼」

 ナミが読み上げる本の内容を聞きながら探索をしていたゴードンとゾロの動きが止まる。

 わざわざそのページに付箋を付けていたということは、この部屋で作り出されていたのはそのクラゲ毒に近しいもの、あるいは人工的に作り出す上で本物よりも更に毒性を強めたものである可能性がある。

 そして、そんな毒を村へと海賊たちが持ち込んでいるかもしれない。そう考えた瞬間ゴードンの顔から血の気が引いていった。

「む、村の人が、ウタが‼」

「待て待て」

 部屋から出て行こうとするゴードンの肩を掴んで引き戻したゾロが、諭すような口調で言った。

「仮に敵が毒を持っているとしてだ。

 ここでアンタが大急ぎで村へ行っても〝敵は毒を持っているから気をつけて〟なんて言うくらいしかできねえぞ」

「だがそれだけでも毒で不意を突かれることはなくせるじゃないか⁉」

 反論するゴードンに、首を横に振りながらゾロは答える。

「バカ言え。不意を突かれなくても真っ向から攻撃を食らっちまったら同じだ」

「……‼ なら、ならどうするんだ……。

ただでさえ数的不利があるのに、毒なんて使われてしまったら……」

 がくりと膝をつくゴードンに、部屋のあちこちでゴソゴソと何かを探しながらナミが声をかけた。

「大丈夫よ、武器庫に弓矢なんかはなかったし、これをつかうための特別な弾薬らしいものも一切見当たらない。少なくともこの毒は刃物に塗って切りつけるやり方を想定してるはず。

 なら戦い方もないワケじゃないし……あっ!」

「?」

 言いかけていた途中で何かを見つけたらしいナミの声に、ゴードンとゾロの視線がナミに向かう。

 その視線を察してか否か、ナミはニッとイタズラっぽく笑いながら薬品棚に並んでいたものとは様子の違う小瓶を一つ見せて続ける。

「それにね、ルフィは毒なんかで倒れるようなやつじゃないわよ。こないだなんか頭にチャクラム刺さってたし。

 あと、アイツはなんだかんだ言ってウタのこと気にしてたみたいだし、いざとなったら守るくらいするでしょ」

「し、しかし……」

 ゴードンがそれでも、と反論しようとするのを遮って、ナミが先ほど二人に見せた小瓶を再び見せつける。

「あとね。こういう毒の類をあつかう時には、味方が被害にあう〝万が一〟を想定して用意しとくもんよ、解毒薬ってやつをね?」

 

    †

 

 結果から言って、彼らが解毒薬を準備してから村へ向かったのは正しかったといえる。

 実験室からありったけの解毒用の小瓶を持ち出し、ゴードンたちが村へと到着した頃には既に戦いは終わっていた。海賊たちは白目を剥いて地に倒れ伏し、村人たちは歓声をあげる者、喜びに抱き合う者と様々だった。

 と、そんな村人たちの集まりの中からゴードンたちに気づいて何人かが駆け寄ってきた。

「ゴードンさん! 無事だったか!」

「きみたちも、生きていてよかった!」

 がっしりとゴードンと握手を交わした若い村人が、徐々に次の仕事に向けて動き始める村人たちの方を指して言う。

「村人の大半は無事だよ。ウタちゃんや麦わらの人がほとんどの海賊を引きつけてくれたからね」

「‼ そうだウタ、ウタは大丈夫だろうか⁉」

 肩を掴まれ前後に大きく揺さぶられた村人が声も前後に揺らしながら話す。

「あ、あぁ。ウタちゃんも無事さ。

 敵をノした途端意識を失っちまったからヒヤリとしたけど、眠っちまっただけみたいでね」

「よ、よかったぁ……‼」

「はいはい、安心するの早いわよ」

 安堵のため息をつき、両膝を地面に落としたゴードンの肩をパシリと叩いてから、ナミが村人に問いかける。

「それより、敵は毒か何か使ってきた?

 もしそれにやられた人がいるなら、すぐにこれ使ってあげて」

 そう言ってナミが解毒薬の小瓶を詰め込んだ袋を村人に渡すと、渡された方は驚きながらもこくりと頷いて怪我人の集められているらしい場所へと走り出していった。

「この村にも医者くらいいるだろうし、これで安心ね」

 やれやれといった風のナミに、ゾロが思い出したように聞いてみる。

「……それはそうと、お前あいつらの船からはお宝は盗らねぇのか?」

「あっ‼」

 どうやら忘れてしまっていたらしい。ゾロの言葉で己のミスに気づいたナミは、じゃあ私は一旦これで、と先ほどの浜辺の方へ全速力で走っていったのだった。

 そんな彼女の背中を見送ってから、ゴードンがゾロの方を向いて言った。

「……ではゾロ君、私はウタの様子を見てくるよ」

「おう、また後でな」

 そう言ってゴードンと一旦別れたゾロだが、よく考えてみれば今のところ特にやることがない。

 手持ち無沙汰になってしまったので自分はルフィでも探すかと、戦いの場となった広場を静かに歩き始めた途端に背後から声がかかった。

「ゾロの兄貴ー‼」

 呼ばれた方が振り返ってみると、ヨサクとジョニーがこちらへ駆けてくるのがわかった。

「! おおヨサク、ジョニー。……気張ったみたいだな」

 馴染みの二人の顔は汗や砂のせいで随分と汚れている。が、大した傷も負っておらず元気そうであった。兄貴分からの労いの言葉に照れくさそうに頭を掻く弟分たちに、ルフィを見なかったかをゾロが聞くと二人してそれなら、と答えてくれた。

「ルフィの兄貴なら、今ケガの治療中ですぜ」

「治療? てことは毒も食らったのかアイツ」

 ゾロの問いに頷くジョニー。

「ええ。さっきまで起きてらっしゃったんですが、解毒薬が届き始めた瞬間――」

 

―お、それでなおんのか? くれ! んぐっんぐっ……―

―ちょっ、何クチから飲んでんだーー⁉―

―ぶはっ……なおったーーーー‼‼……ぐぅ―

―そんなすぐ治るわけないでしょうが、って寝たーーー⁉⁉―

 

「――って次第でして」

「アホかアイツは……」

 ムチャクチャだ、と自分の顔を押さえるゾロ。

 とはいえ話を聞く限り重篤な負傷を負ったわけでもないらしい。今までも怪我を負ってからの回復は早かったし心配はいらないだろう。むしろ寝て起きた後が心配だ。主に食糧面が。

「……メリー号に戻って寝るか」

 この場に留まる理由が完全に無くなったゾロは首を左右に曲げてコキリと音を鳴らしながら、メリー号を停泊させた港の方へと歩き出す。

 この後、彼が道に迷った挙句村へと逆戻りしてしまったのはまた別の話である。

 

    †

 

 さて、場面は打って変わり、潜水艦を守っていた海賊たちを三人も引きつけ森の中でのゲリラ戦へと持ち込んだ、勇敢で偉大な男についてである。

「おれが自伝を出す時にゃ、この部分の書き出しはゼッタイこう書いてやるぞ……」

 自分のことを囮として突き出した上、援護に来る気配もなかった女が意地悪な顔をして笑っている様子を頭に浮かべながら、ウソップは森の茂みをかき分けながら進んでいた。

 自分のことを追って来ていた海賊たちは、特に難なく、いやむしろあまりにも優勢なまま(本人談)全員を撃破することができた。のちほど眉間に鉛玉を思い切りぶつけられた衝撃で気絶している荒くれ者共が森の中で発見されることだろう。

「どう報告してやろっかな~。

 〝命の危機かと思ったが流石はこのキャプテ~ン・ウソップ、見事に修羅場をくぐり抜けてやったぜ〟とか?

 いやいや、〝程よい緊張感のおかげでおれも成長できた。いい機会をくれたナミには感謝してるよ〟なんてな⁉」

 声を弾ませながら戦果の誇張報告のイメージトレーニングに励んでいると、ウソップはいつの間にか森を抜けてはじめにメリー号を停泊させていたあたりの場所までやって来ていた。

 やった、と呟きながらようやく再開できた愛すべき自分たちの船へと近づいてみると、甲板には先ほどまで繰り広げられていたらしい激しい戦闘の痕跡がみられた。自分たちを逃し、一人船に残ったゾロのことを考えるとウソップは少しばかり不安になったが、彼の強さは自分がよくよく知っている。数で不利になっていても負けることはない、今ごろ船の中で居眠りでもこいてるのだろうと心の中で自分に言い聞かせながら船へと乗り込むと、船の向こうに広がる海に信じられないものを見てウソップは手すりの方へと駆け寄った。

「なっ、あれは……⁉」

 それは紛れもなく、先ほど別の場所で停泊していた〝クラゲ海賊団〟の船であった。最初に見た時より船体は海中に潜り込んでおり全容は確認できないが、間違いなく敵の船だ。

 まさか、と。ウソップの頭に最悪のシナリオがよぎる。ゾロが敗北し、敵の船の中に連れ込まれた。そしてメリー号は実質的に敵の手中にあるというものだ。これが現実に起こっているとすれば、甲板に降り立ってしまった時点でウソップはいつ襲われてもおかしくない状況に陥っているというわけである。

 自身の不用意っぷりに自己嫌悪になる余裕もなく、ウソップの顔からは血の気が引くと同時に次に取るべき行動を弾き出そうと脳みそがフルで回転するが、先ほどまでは息を切らしながらの海賊たちとの追いかけっこ。溜まった疲労と、ぶり返して来た恐怖心のせいでうまく思考がまとまらない。

 こうなったなら、いやこうなっていなくてもウソップという人間が取る行動は一つ。

「にげ―――」

 くるりと回れ右。一目散に船から陸地へと駆け出そうとしたその瞬間、背後に広がる海、というよりクラゲ海賊団の船からバタンと金属の蓋が開く音が響いた。

「‼‼」

 ウソップの身体が凍り付いたかのように動きを止める。

 誰か潜水艦の中から出て来るのだろうか。だとしたらマズイ。ハッチから顔を出されればまだメリー号の甲板にいる自分の姿を見られてしまう。

 思い切ってパチンコで狙撃してしまうか? いやいやそんなことをしては完全に敵対することになってしまうではないか。船内に残っている敵が先刻の追いかけっこの開始から浜辺に残った数名から増えている可能性だってゼロじゃないはず。あ、そういえば村にいるルフィたちは大丈夫かな、先にそっちの様子見にいきゃよかったな……などと。

 途中から脱線してしまった思考を、頭を振って元に戻す。

 とにかく敵対的だと思われないように振る舞うことを最優先する。先ほどは失敗したが今度こそは……‼

 そう決意してウソップは再びくるりと身体の向きを変える。柔らかく、にこやかな表情。声も普段よりも高めにして揉み手をしながらハッチを開けた人物への第一声を放とうとしたその時、その当の相手から先に声がかけられた。

「あら、ウソップじゃない!」

「へ?」

 なるべく相手の顔を見ないようにと限界まで細めていた目を開き、聞き覚えのある声の主を確認する。

 潜水艦の真っ黒な船体からひょっこり顔を出していたのはナミだった。短く切られた彼女のオレンジの髪が潮風に靡いている。

「ナミ! なんでそんなところに―――ってお前‼ さっきはよくもオトリにしてくれたな⁉」

「あーごめんごめん、あの時はあれしかやりようがなかったから……」

「んなわけあるかー‼

 あの後おれがどれだけ苦労、いや活躍、あイヤやっぱり苦労したと……」

 先ほどの自身に対するあまりにも非人道的な行いの糾弾を行なってやると言わんばかりに手すりの部分から身を乗り出してナミへ大きな声で呼びかけたウソップは、船の外へ完全に身体を出した彼女がハッチから何かを引っ張り上げようとしているのに気づいた。

「……何やってんだ?」

「んしょ……んん……っ」

「おーい」

「よい……しょっと!」

 一気に引き上げた袋らしきものをナミが足元に置くとガシャン、と金属音らしきものが鳴る。それなりの硬さと重量のある品が袋の中に詰まっていることが窺えた。

「これね、クラゲ海賊団のやつらが船の中にため込んでたお宝♪

 一千万ベリーはくだらないと思うな~」

「いっせ……⁉」

 滅多に聞かない額の数字に驚愕が隠しきれないウソップ。そんな彼に、ナミが手を振って声をかける。

「ウソップ、ロープか何か持って来て! この袋を結えて船に積み込みたいの」

「え、それおれが引っぱり上げるってことか⁉」

「トーゼンよ。海に落としたりしたら弁償してもらうからねー‼」

「…………」

 もはや囮にされたことへの怒りすら湧いてこない。コイツはこういう人間なんだった、と諦めに近い納得感を改めて覚えながらウソップは船底にある倉庫へとロープを探しに向かうのであった。

 

    †

 

「……とまぁ、色々あったようだが、ルフィくんの仲間も無事合流できたというわけなんだ」

「そっ、かぁ……」

 ゴードンが語る内容を聞きながら、ウタは自分が安心していることに気がついた。

 ルフィが生きていて良かった。彼の仲間が全員無事で良かった。

 ……やはり、いまの自分では彼らをただの(かいぞく)として見ることなどできないようだ。

 ウタがしばらく沈黙していると、彼女の表情を見たゴードンが思い出したように言う。

「そ、そうだウタ! お腹は空いていないかい?

 さっきまでずっと眠っていたんだ、何かお腹に入れたほうがいいかも……」

「ねぇ、ゴードン」

「!」

 自身の言葉を遮ったウタをゴードンが再び見ると、その顔は至って真剣な表情をしていた。

 そして彼女はゴードンの目をまっすぐ見据えながら、続けて言った。

「大事な話を……したいの」

 





ようやく区切りが付けられそうなところに来ました。
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