ONE PIECE “IF” RED 【完結】 作:巨象先輩
「ダメだあっ……」
一行がたどり着いたのはごくごく小さな村。名をマース村と言うらしい。
住人は荒事に慣れている様子もなく、ましてや海賊船のコックになってくれそうな者も見当たらない。ならばとコックになってくれる人材がいそうな場所についても聞き込んでみたものの、収穫はゼロ。一通り村人の話を聞き終える頃には日が沈み始めていた。
「そう気を落とすなよ。世の中このおれ様みたいに優秀なやつばかりいるわけじゃねえんだし」
「お前の優秀さってのはともかく、仲間なんてそう簡単に増やせるわけはねえわな」
夕食を食べに立ち寄った酒場の席で、テーブルに突っ伏したナミに声をかけるウソップ。彼の軽口を一蹴しつつ、ゾロが椅子の背もたれに寄りかかる。そんなクルーたちを前に、ルフィは出された食事にがっつきながらナミを慰めた。
「
「とりあえず、しゃべるんなら食う手を止めてからにしろよ……」
「とはいえこんな状態が長く続くのは良くないわ。
海は広いとは言うけど、情報すらゼロだなんて……」
大きくため息をつきながらナミが体を起こす。
思えば変な話だ。いずれ切り捨てるはずの一味の仲間探しのためにこんなに躍起になっている自分がいるとは。これではまるで本当にこいつらの仲間になっているようではないか。そんな思いがふと頭をよぎり、再びため息をこぼす彼女の前に料理が盛り付けられた皿が置かれる。
「はいよお待ちどう様っ。しっかり食べて気力つけなよ、お嬢ちゃん!」
「ああ女将さん。ありがとう……」
酒場の店主は白い歯を見せながらナミに笑いかける。
「おばちゃん! ここの飯うめえなあ‼」
「ありがとさん! そう言ってもらえるとつくり甲斐があるよ」
「あ、おばちゃん! おれ飲み物お代わりで!」
「こっちも頼むっ」
食いまくり飲みまくる男たちを見ていると、落ち込んでいるのが馬鹿らしくなってくる。
そうだ、焦らずとも次に向かう場所でも根気よく探せば、きっとコックだって――。
「なあおばちゃん! うちのコックになってくれよ‼」
「何言っとんじゃーっ‼」
……こいつらのもとを離れるまでに、自分の身は持つのだろうか。ルフィにゲンコツを喰らわせながら、ナミは己の先行きに不安を感じずにはいられなかった。
†
食事がひと段落ついたころ、酒場の入り口が勢いよく開いた。一同がその方向へと視線を向けると、大振りの刀を腰に提げ、鉢金を付けた丸刈り頭の男が立っていた。
男はルフィに気が付くと、目を鋭く光らせながら近づいてくる。
「よお兄ちゃん。
昼間、村の皆様方に〝海賊にならねえか〟って声かけまくってたのはァ……あんたかい?」
「おうそうだ。おれはルフィ、海賊だ! 今コックを探してんだよ。お前コックか?」
「アホッ! なんで全部話すんだよ誤魔化せよ‼ てかどう見てもコックじゃねえだろ‼」
滑らかな口で自分の素性を明かしたルフィに思わずウソップがダメ押しと言わんばかりのツッコミを入れる。そしてそれを聞いた丸刈り頭は殺気を隠すことなく更に言葉を続けた。
「そうかい、ご丁寧にありがとよ。今おれたちゃ〝あるお人〟の護衛をしてるんだがよ……」
「……。んん……?」
しばらく相手の男のことをじっと見ていたゾロが何か覚えがあるかのように首をかしげる。
「その方ァ大の〝海賊嫌い〟でね。今からその人のステージなんだよ……」
瞬間、男は腰の刀を振りかざし、ルフィへと襲い掛かった。
「‼」
「峰打ちにしといてやるから出ていきなァ‼」
†
「か、紙一重だったか……」
「その紙、厚すぎるだろ」
「何だったんだこいつ?」
殴られた頬を腫らしながら床で痙攣する男を見下ろしながら、ウソップとルフィがつぶやくと、ずっと首をかしげながら考え込んでいたゾロがあっと声を上げた。
「お前っ、ヨサクか?」
「はれ? ゾロの
ゾロが言うには、男は彼がまだ賞金稼ぎをしていたころに知り合った〝賞金稼ぎコンビ〟の片割れだという。久しぶりに目にした兄貴分の姿に、ヨサクと呼ばれた男は勢いよく床から起き上がるとゾロの手を両手で固く掴んだ。
「ぞ、ゾロの兄貴‼ お久しぶりですっ、そうですヨサクです‼」
「げ、元気そうじゃねえか」
「兄貴こそ、長いこと音沙汰がなかったんで心配してたんですぜ⁉」
グイグイと詰め寄ってくるヨサクの勢いに若干後ずさりしながら、ゾロは己の近況を説明する。
しばらく前に海軍支部にて囚われの身となり、そこでルフィと出会ったこと、そして今は海賊として活動しているということなどをだ。同時にウソップやナミのことも紹介されたヨサクは納得したように頷き、勘違いだったことを詫びた。
「ほんと、面目ありません。
てっきりおれァこの村にまた海賊が入り込みやがったのかと……」
「とは言っても海賊なのは事実よ(私以外は)。
みんな不安がってるようならすぐにでも出た方がいいだろうし……」
「いやいやっ大丈夫です! ゾロの兄貴のお仲間なら信用できますんで!」
ナミにも腰を低くしながら一味を引き留めるヨサクの言葉に酒場の女将も頷いているのに気づいて、ナミはホッと胸をなでおろした。
「それに、出発するにしろ是非〝あの人〟のステージは見ていってくださいや」
「そういえば、さっきから言ってるのって、誰の事だ?」
「すぐに分かりますぜ。もうすぐ時間ですから」
ウソップが気づけば、酒場にはぞろぞろと村人が入ってきている。それほどの人気者なのか、と彼が考えていると、酒場の裏口の扉が開いた。
「おっ、ゴードンさん、歌姫の準備はできたのかい?」
「ああ、着替えも終わってもうすぐ来るはずだ。待たせてすまないね、キョウコさん」
「なあに言ってんだい、時間通りだよ」
「うおっ、何だあのおっさん……」
裏口から入ってきたのは見上げるほどに大柄な燕尾服の男。
広い肩幅に深い皺が刻まれた顔。サングラスをかけ、耳にはヘッドホンのようなものをつけている。頭には大怪我をしたのか、縫合された跡も見られる。一見すると堅気には見えないナリにウソップが一瞬たじろぐが、男の女将への物腰は低く声も穏やかなものだった。
ゴードンと呼ばれたその男は、女将との会話を済ませると、酒場の隅、バーカウンターの横に置かれたグランドピアノの前へと進む。そして客席のほうへ体を向けた彼が、観客たちに呼びかけた。
「皆さん、大変お待たせいたしました。今宵も彼女の歌で心を癒してくださいますよう……」
「いよっ! 待ってました‼」
酒場の中の方々から拍手が起こる。
拍手が収まるのを見計らって、いつの間にか入り口まで移動していたヨサクが扉を開ける。
「ん?」
ゾロが見ると、そこには一人の女性が立っていた。
赤と白の髪が半分ずつ、頭の後ろで大きな輪になってピンと立っている。
真っ白なドレスに身を包んだ彼女が酒場へと一歩足を踏み入れると同時、ピアノによる伴奏が始まった。
歌姫が、ルフィたちの座るテーブル席の横を過ぎていく。
誰も声を発することはない。ピアノの音色だけが響く中、その場にいる全員の意識が歌姫と呼ばれる彼女に集中していた。
そうしてピアノの傍まで移動し終わった歌姫は大きく息を吸い、歌い始めた。
その声が紡ぐのは輝かしき過去を想う歌。
今は遠く離れてしまった誰かを懐かしむかのような――天使の歌声。
時に不安げに、そして時に力強い信念を感じさせる声色に、聴衆は歌姫がつくりあげた世界に引き込まれていく。
「なん、て……」
素敵な歌声なのだろう、と。
そんなことを言おうとしたナミの口からは、言葉が続かない。自分の言葉ではこの歌声について表現しきれない、と無意識に理解していた。
他のクルーたちの様子を伺おうと、まずルフィを横目でチラリと覗くと、彼もまたさっきまで食事のために忙しなく動かしていた手を止め、歌姫のことをじっと見つめていた。まさかこいつにも芸術を解する心があるのだろうか。ナミがそんなことを考えている間に、最初の曲が終わった。
すると酒場内は喝采に包まれ、歓声や指笛などと共に歌姫が讃えられた。
「ウタちゃーん! 今日も素敵だあ~!!」
「感動したぞー‼」
「ゴードンさん、今日もお見事でしたよ~!」
椅子から立ち上がったゴードンと共に、歌姫が観客へ礼をする。
「うおおお~すっげぇぜ歌姫ぇ~‼」
「大したもんだな……」
観客に交じって歓声を上げるウソップに、素直に感心するゾロ。どうやらあの歌声を良いものだと感じたのはこの場にいる全員だったようだ。
「ほんと、すごかったわね……ねえルフィ――」
ナミが言い終わらないうちにルフィが立ち上がり、歌姫のもとへ歩み寄っていく。
「え」
「お、おいルフィ⁉」
ウソップの制止もむなしく、あっという間にルフィが歌姫の前に来てしまう。
「お、おい君……」
ゴードンが歌姫とルフィの間に割って入ろうとしたその瞬間、
「……ああやっぱり‼」
「……?」
ルフィが顔を輝かせ叫ぶ。
突然の乱入者に訝しむような表情をみせる歌姫。兎の耳のように立ち上がっていた彼女の髪の輪は、力を失い頭の後ろで垂れていた。そんな彼女に、ルフィは続ける。
「ウタっ! お前ウタだろ‼」
「え……?」
「おれだよおれっ!」
自分の名前を呼び、嬉しそうに話しかけてくる青年。
そんな相手の顔をじっと見つめた後、歌姫はハッとした表情と共に髪を跳ね上げる。
「もしかして……ルフィ⁉」
「ひっさしぶりだなぁ~ウタ‼」
相手の口から自分の名が出たことに、より一層の笑みを浮かべながらルフィは両腕を大きく横に広げる。
「ルフィ~~~~~ッ‼‼」
「⁉」
歌姫――ウタが歓喜の声を上げながらルフィの胸に飛び込み、彼を抱きしめると、ルフィもまた、そんな彼女を優しく抱きとめた。
突然の出来事に、酒場内に時間が止まったかのような静寂が訪れる。
と、そんな静まり返った空間で最初に声を上げたのは、ウソップだった。
「お、おいルフィ! そのコと知り合いだったのかぁ⁉」
急に歌姫の前に行ったという時点で冷や汗モノだったのに、まさかその歌姫と抱きしめ合うなど、予想外過ぎてかいていた汗も引っ込んでしまった。
ウソップの声で気を取り戻したのか、茫然としていた他の客たちも困惑でざわつき始める。そんな周りの様子もお構いなしに、ルフィはウソップからの問いにあっけらかんと答えた。
「ああ、だってこいつシャンクスの娘だもん!」
「あっ」
「…………‼⁉」
その夜、マース村中には観客たちによる驚きの声が響き渡ったのだった。
ということで、この小説ではウタの加入エピソードをウソップとサンジの間に挟むことにしました。
お話の中でウタが歌っていたのは「世界のつづき」(のつもり)です。歌詞を使わずにどんな曲を歌っているかを表すの、めっちゃ難しいです。